2006年09月28日

動物異種格闘技 アニマルGP トラVSイヌ!!!

近頃になって全く突然に脚光を浴びたのが「飲酒運転」でありまして、なんだか知りませんが急にいろんな人が捕まりだしました。もちろん飲酒運転による事故が矢鱈滅多ら多発しているわけではありません。事故は今どき「カセットテープ」をひっくり返したりしている人が知らない脇道に入り込んで起しています。実際のところは飲酒運転をしていた人が見つかるのが増えただけですから安心です。それもお巡りさんが特にそのために活動しているおかげでありまして、別にお酒を飲んで運転することが流行しているわけではないのですから、他人様がやることは何でも真似する人たちも気をつけましょう。

「まず飲酒運転防止」・溝手国家公安委員長
 「世界一安全な国へ向けて、行動指針策定に全力を挙げるよう指示された。重責に身が引き締まる」。国家公安委員長・防災担当相に就任した溝手顕正参院議員は神妙な面持ち。「喫緊の課題は飲酒運転やひき逃げ防止の取り組み」という。
 兼務の防災担当相としては「大規模地震や津波対策などの防災対策を進め、民間の力を取り入れた防災の仕組みを築きたい」と意気込む。 (23:00)
Nikkei Net 2006年9月29日


この人は総裁選の「推薦人」ですね。「私の所属する宏池会の参議院議員会長ということもあり、皆の推挙で推薦人になった。皆、推薦人になりたいというような、報道がなされているが、誤った報道ではないかとも思う。勝ち馬に乗るというような批判も受けている。だから私は、推薦人になっているとあえてこれまで触れてこなかった。」http://mizote.exblog.jp/d2006-09-16んだそうです。「勝ち馬に乗る」かどうかはバカ殿との関係においての話でありますから、ブログで「あえてこれまで触れてこなかった」かどうかは関係ありません。バカ殿が自分の推薦人が誰なのか知り得ないというなら別ですが。まあ「批判」されるのがイヤで黙ってたんでしょう。ともかくもそのおかげで、国家公安委員会委員長・内閣府特命担当大臣(防災担当)ということになった次第です。

しかしこれは意外と大変ですよ。「核の保有をしてからに戦争しちゃるけんのう」などとお気楽にほざいていれば良い立場とはえらく違います。バカ殿が頭に脳みそを入れて少しは物事を考えるようになれば、あるいは戦争はしなくても済むでしょうが、台風や地震は首相が誰であろうとやって来ます。地震や台風には話は通じません。バカ殿も話が通じないらしいのですから、あれも天災の一種なのかも知れませんが、かなりの確度で予知が出来た点で地震とはおおいに異なるところです。溝手さんはこの点について特命担当大臣として責任を問われるところですが、「推薦人」じゃどうしようもありません。

溝手さんは国家公安委員長になるにあたって「喫緊の課題は飲酒運転やひき逃げ防止の取り組み」なんだそうですが、はたしてそんなことでいいのか、疑問の残るところです。というのも国家公安委員会というのは、「国民の良識を代表する者が警察を管理することにより、警察行政の民主的管理と政治的中立性の確保を図ろうとするもの」なわけですが、ちなみにこれは当の「国家公安委員会」のHPから直接引用して来たので間違いないでしょう。

(1)国家公安委員会制度
国家公安委員会は、国務大臣である委員長と5人の委員の計6人で構成される合議制の行政委員会です。この制度は、戦後新たに導入されたもので、 国民の良識を代表する者が警察を管理することにより、警察行政の民主的管理と政治的中立性の確保を図ろうとするものです。
なお、第一回の国家公安委員会は、旧警察法の下で昭和23年3月8日に開催され、新警察法の下での第一回の国家公安委員会は、 昭和29年7月1日(新警察法施行の日)に開催されています。
http://www.npsc.go.jp/detail/index.html

これを要するに警察がふざけたことをやらかさないように「国民の良識を代表する者」が見張っているための組織であります。警察は誰でも彼でも取っ捕まえて犯罪者に仕立て上げて閉じ込めたり殺したりすることが出来ますから、放し飼いをしたらいけないことになっているんですね。必ず鎖でつないでおかなければなりません。散歩の際には警察が飼い主より先に立って歩くことは望ましくありません。警察は序列意識が強いのですから、このような状態は警察がリーダーシップをとっていることを意味します。これを放置すれば将来、飼い主は警察の問題行動に悩まされることになります。

ところが不用意に警察を飼い始める飼い主はリーダーシップをとることに失敗してしまうことが間々あります。例えばこの溝手さんですが、国家公安委員長として「喫緊の課題は飲酒運転やひき逃げ防止の取り組み」だなどと言っています。ところが「飲酒運転」は警察のキャンペーンに過ぎず、たしかに違法行為ではありますが取り立てて急いで取り組まなければならない様なものではありません。「飲酒運転による事故」の報道の何十倍もの「飲酒運転により逮捕された公務員」の報道がなされています。気をつけていると「飲酒運転者」は沢山いるのですが、残念ながら「事故」に結びつくのはそのごく一部に過ぎません。このように始めから警察のペースに巻き込まれているのでは飼い主としての務めを果たすことは難しいでしょう。警察は長ずるに及んで飼い主を無視し、勝手に吠えたり噛んだりし始めるようになってしまいます。

ましてや「地方の警察官増員や、組織化する犯罪に対応できる警察組織の構築等をはかる事が必要です。」などと警察におもねり、警察の都合の良いことばかり言っているようでは先が思いやられます。例えば鈴香ちゃんの件などを見ても、あの事件において誰が真犯人であるにせよ警察は問題だらけなのは明らかですが、このような個々の事件についても「警察庁長官が、国家公安委員会の管理に服しながら、警察庁としての事務を行い、また、都道府県警察を指揮監督することによって行なわれ」ることになっていますから、飼い主は「しっかり」やらないと噛み付かれます。

実際、手のつけられなくなった警察には飼い主もこれを恐れてしつけが出来なくなっているようなことをよく見かけますが、そういうことでは誰にとって「世界一安全な国」にするつもりなのか見当もつきません。つきますけど。どっちにしろ犬が放し飼いになっている国は多くの人にとって危険なものであろうと想像できます。

犬放し飼いシーン「ダメ」、条例違反の指摘でCM中止
 神奈川県鎌倉市の海岸を犬が走る日清製粉グループ本社(東京都)のテレビコマーシャル(CM)が、飼い主のマナーを定めた県条例に違反すると視聴者の指摘を受け、差し替えられることが13日、わかった。
 県動物愛護管理条例は、犬を放し飼いしないよう求めており、県は「直ちに条例に反しないが、マナーについて誤解を与え、望ましくない」としている。
 同社によると、問題となったのは、放し飼いの大型犬2頭が飼い主のもとへ走り寄り、じゃれ合う場面。グループ各社のイメージ広告で、首都圏で4月中旬から毎週日曜日の夜に放映されていた。
 撮影地は、鎌倉市の七里ヶ浜海岸で、県の許可を受け、3月末、警備員を置いて撮影した。CMは、撮影地が記されていないが、風景から神奈川県内と判断した視聴者が11日、「県条例に違反するのではないか」と指摘。同社は、県に照会し、12日にCMの差し替えを決めた。
(2006年9月14日3時38分 読売新聞)
posted by 珍風 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

備えよう!住宅用火災警報器

住宅火災の相次いでおります折柄、防火管理者として消防署の査察立ち入りには並々ならぬ心労を重ねて来た者として(http://worstblog.seesaa.net/article/24307471.html)、一言申しあげたいと存じます。

今村代議士の実家全焼、失火と不審火の両面で捜査
 25日午前3時45分ごろ、佐賀県鹿島市高津原、無職今村利雄さん(89)方から出火、木造平屋の同住宅115平方メートルを全焼した。けが人はなかった。
 今村さん方は佐賀2区選出の今村雅弘衆院議員(59)(無所属)の実家。県警鹿島署は失火と不審火の両面で捜査している。
 調べによると、利雄さん方は夫婦2人暮らし。2人で24日午前中から外出しており、出火時は留守だった。
 隣家にいた女性(57)が、利雄さん方から火が出ているのに気付いて119番通報した。現場の状況から、同署は室内から出火した可能性が強いとみている。
(2006年9月25日12時23分��読売新聞)


今回もまた「実家」の火災が発生致しました。幸いにして住人の方は外出中のことでありまして、ケガ一つなさらなかったのは誠に不幸中の幸いと言うべきものでありますが、最近、居住者の留守中に発生する「不審火」の事例を耳にすることがあり、たとえ留守中といえども、どうか油断なさることのないように、お願いを申し上げます。

このたびの火災の原因につきましては、現地の消防ならびに警察にてご調査されていることであろうことと思います。昨今は報道関係への規制もなかなか厳しいものがあると聞いておりますので、もしかすると真相は私どもの知りうるところではないのかも知れません。事実、地元「佐賀新聞」では「居間の燃え方が激しいことから、コンセント部分がショートを起こして出火した可能性が高い」との見方を示しておりますので、おそらくその通りであると考えるものであります。

しかしながら、専ら防火の立場から見ますと、火災の直接の原因の調査を待たずとも、その遠因となる様な出来事を指摘することが出来るのであります。これは不断からの心がけといった要素が極めて大きな役割を果たしているものでありまして、今日はこのような点について、皆さんのご注意を促したい。

まず今村議員は昨年、郵政民営化法案に反対票を投じた、いわゆる「造反議員」であります。「造反有理」の「造反」であります。そのあとには「革命無罪」と続くのであります。しかしながらそれはまあよろしい。革命が即ち火災につながるとはいえません。よしんば革命が火災を意味するとしても、国民一人一人の防火意識によって必ずや革命の火の手を食い止めうるものと信じております。そのためにも是非、ご家庭の消火器の点検を、いろいろな意味でお願いしたいのであります。

それはともかくと致しまして、今村議員において本日取り上げたいと考えておりますのは、彼のブログであります。http://www.imamura-masahiro.com/皆さんはよくご存知かと思いますが、ブログ、これは極めて燃えやすいものであります。何かというとじきに「炎上」するところ、高い可燃性を持っておりまして、本来ならば危険物に準じた取り扱いを要するところでありますが、仮に皆さんのお宅にこのブログなどというものが放置してある、書いたり読んだりしている、このような状態は火災を誘発する恐れが極めて高い、このような認識を持って頂いて、ひとつこの際止めて頂くに越したことはありません。

例えば今村議員は9月10日のブログにおいて「いよいよ自民党総栽選が始まった。予想どうりの顔ぶれとなったが安倍優勢は変わらない。」などと書いておられます。良くご覧になって頂きたい「総栽選」であります。現在無所属であるからといって総裁をナスかカボチャのように栽培するつもりでいるらしい。不適当な表現であるとしか言いようがありません。ちなみに「予想どうり」は「よそうどおり」と入力すると「予想通り」と変換されるのですが、今村議員は日本語に弱いらしく、別の日の記事でも畏れ多くも「悠仁」を「さきひと」と読むという、いやしくも日本人であるならば仮に間違うとしてもそういう間違い方はしないだろうわざとやるならもっと面白くしろ例えばちょっと苦しいが「ひまじん」と読ませるとか、まことに不敬千万なことであります。ちなみに議員は東大法学部出身でいらっしゃいます。

今村議員はこの日の記事において安倍氏の当選を予想した後で「問題はその後だ。いみじくも森元総理が心配されるよう、にわか側近が多すぎる」などと書いてしまいました。「にわか側近」、これは良い。しかしそれが「多すぎる」となるとかなり危険であります。大勢の「にわか側近」に総攻撃を受ける恐れがあります。事実「にわか側近」は大勢いるのであります。自民党の大部分が「にわか側近」と呼ばれる資格を持っているわけですから、今村議員は自民党全体を敵に回したのと同様であります。

さらに民主党渡部国対委員長の「安倍総理は国民の為にはならないが我が党の為にはなる、何故ならば参院選で必ず勝てるからだ」との言を「不遜」と切り捨て、そればかりか「ふざけるんじゃないぞ、たとえ今は党を離れているとはいえ平沼元経済産業相以下真の武闘派が控えていることを忘れるな!」と喧嘩を売っております。「武闘派」だそうであります。選挙を「武闘」で切り抜けるつもりらしいのですが、自民党の中にも大仁田厚や神取忍がおりまして、こちらの方が頼りになりそうです。いずれにせよこれで民主党をも敵に回してしまったものであります。これは防災上、大変危険な状況であると言わねばなりません。

このように自ら火を起しつつあったところへ更に油を注いでしまったのが21日の記事だったと申し上げてよろしいかと思います。今村議員は安倍氏の当選を受けて「安倍自民党総裁が誕生!心から祝福を送ります。」としながらも、「内外に多くの課題を抱えるなかしっかりとリーダーシップを発揮してほしいと願っていまそれにしても何ともいえない三候補の微妙な得票具合だった。先般ブログで、マスコミが言うほど安倍圧勝にはならない、と述べたがまさかこれほどとは」と書いてしまいました。「発揮してほしいと願っていまそれにしても」は原文のママであります。「願っています」なのか「願っていません」なのか分かりませんが、そこら辺をあいまいにしたまま「それにしても」と得票数の少なさを指摘する。極めて効果的です。

おそらく安倍陣営としては集票に相当な努力を払っていたと思われ、おどしたりすかしたり、無理矢理に支持を取り付けたものの最終的には裏切られた、そういう形で他候補に流れた票がかなりあったのではないでしょうか。これから陰惨な復讐劇が始まろうという矢先でありますが、この時に当たり一介の「造反議員」の「まさかこれほどとは」という表現は、かなりカチンと来るものと推察されます。この文末表現は「まさかこれほどとは(笑)」とか「まさかこれほどとはw」のように外部からの高みの見物的嘲笑的に受け取られても仕方のないものでした。これだけでも安倍総裁への宣戦布告としてはもう十分すぎるほど十分でありますが、この日の記事の最後ではこれからの全面戦争に向けて、こんな風に締めています。

「本日のところはここまで。これ以上余計なことは言わないでしばらくおとなしくしときます。」

今村議員のブログは本日までのところここでプッツリと途切れ、そして本日未明の火事へと至ったわけですが、火事の直接の原因はあくまでコンセントの埃ですから、相当長期間にわたって「余計なことは言わないで」「おとなしく」していることが期待されているようです。次に灰になるのは家だけではないのかもしれないのですから、やはり人命尊重が第一であるということをしっかりと考えて頂きたいと思うものであります。

ちなみに平成18年度秋の火災予防運動は11月9日から15日でありまして、ポスターは「出口のない海」の尾高杏奈ちゃんがカワイイのですが、全国統一防火標語は
「消さないで あなたの心の 注意の火。」
であります。何に注意しなければならないかは言うまでもございません。

S-1b.jpg
posted by 珍風 at 22:49| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

レビトラもいいかも。「立たせられてる」って気分がたまりませんが。

そこいらの連中の多くが国家に対して忠誠を誓っていたり「愛国心」を所有しているなんてことになってるようですが、勿論そんな話は美しい嘘で、この虚偽は不断の暴力の行使に支えられているわけです。ところがこの「暴力」が明らかに表立って行使されること、「暴力」それ自体が問題化されてしまうことは実は大いによろしくないのであって、あくまで「国家への忠誠」は「国民ひとりひとりの自発的意志」であるという見せかけが維持されなければなりません。だから「クビにするぞ」「どっか遠くの方へ転勤させてやる」「金属バットでぶん殴るぞ」「お家が火事だ」などという脅迫は、こっそりやる分には構わないのですが、万一明るみに出てしまったらこれを一部ハネアガリのやったことにして、国家の公式な立場としてはこれを否定するより他ないのです。天皇が米長に言ったのもそういうことです。あれじゃ殺し屋が表に出て来て得々と仕事の成果を報告しているのと一緒ですから。暴力は裏稼業です。死して屍拾う者なし。

そこでみんなが憶えておけというので、難波光一さんのことについて調べてみました。

2001年8月27日、NIFTY-Serve名誉毀損事件
http://www.jcj.gr.jp/kishodai/weekmass_200109.html
これはいわゆる「ニフティ訴訟」とは違うやつで、どちらかというと喧嘩に近いんですが、ニフティの「本と雑誌のフォーラム」で漢字表記をきっかけに論争となり、侮辱的な書き込みをされた女性会員がニフティに対して損害賠償と相手方会員の個人情報の開示を求めた裁判で、難波孝一裁判長は「言論には言論で対抗しなさい」とこの訴えを棄却しました。

2004年5月31日、明治乳業賃金差別行政訴訟
http://www.jlaf.jp/tsushin/2004/1132.html
明治乳業株式会社市川工場において「合理化」に抗して活動していた社員に対する不当労働行為について救済を求められた中央労働委員会がこれを却下する命令を下した件に対する行政訴訟で、難波孝一裁判長は被告中労委の命令を追認しました。

2004年5月17日、大阪・大阪証券取引所不当労働行為事件
http://www.kyuuenkai.gr.jp/shinbun/2004/20040705.html
1999年に仲立証券が会社を解散し従業員全員の解雇を通告してきたことに対して労組が親会社である大阪証券取引所に団交を求めたところ会社側が拒否、中央労働委員会は会社側に団交に応じるように命令しましたが、難波孝一裁判長はこの命令を取り消す判決を出しました。

2004年11月29日、旭ダイヤモンド工業街宣禁止判決
http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/hanrei/20041201b.htm
営業成績不振を理由に解雇された旭ダイヤモンド工業株式会社の元社員と東京・中部地域労働者組合が解雇を不当として本社や工場周辺、前社長宅付近で街宣、ビラまきを行うことについて難波孝一裁判長はこれを営業妨害で違法とし、会社等の周辺150m以内での街宣を禁止、損害賠償として200万円を支払うことを命じました。

2005年3月「民事要件事実講座〈1〉総論1―要件事実の基礎理論 」(共著)出版。5月には「民事証拠法大系〈第5巻〉各論(3)鑑定 その他」出版。その間に4月ごろに共著で「労働事件審理ノート」という本も出している位で、難波さんの担当は労働事件が多いのですが、概ね労働側からは「不当判決」と批判される様な判決を出しているのが分かると思います。特に「アカ」とか「バカ」とか言われる様な人ではないらしいのです。

2005年9月15日、鉄建公団訴訟
http://www7a.biglobe.ne.jp/%7Etomonigo/news2005/05915hanketubun.PDF
難波孝一裁判長は国鉄分割民営化に際して特定労働組合に対する採用差別があったことを明確に認定する一方で、解雇は有効とし、慰謝料は1人500万円に留まりました。この時の国家による労働運動潰しが現在の労働環境を形作っているとも言えるわけで、国の政策として行われた不当労働行為を認めた点で評価されるものです。勿論原告闘争団は気に入りません。被告鉄道建設・運輸施設整備支援機構も大激怒。

2005年10月19日、モルガン・スタンレー証券時間外手当請求
これは例の「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入に向けて一歩近づいた判決であると考えられます。このとき難波孝一裁判長は「(1)原告の給与は労働時間数によってではなく、会社に与えた利益などによって決まっていた(2)同社は原告の勤務時間を管理しておらず、原告は自分の判断で働き方を決めていた(3)基本給だけで月額183万円を超えており、時間外手当を基本給に含める合意をしても今回のケースでは労働者の保護に欠ける点はない」として、こういった「一定の条件下では、時間外労働の対価は基本給に含まれて支払われたと言える」という判断を示しました。ところが一般にはそういうふうに「言える」場合においては「基本給」のうち「時間外手当」相当分がいくらであるか明示されなければならないとされており、実務的には相当面倒な計算をしなければならないことになっています。この判決は事実上、時間外手当の不払いを容認し、サービス産業を助長するものであるといえるでしょう。たとえ183万円だろうが労基法の原則を曲げるもんではないか。

2005年10月31日、根津公子さんの調布中転任処分取り消し等請求
http://www.badi.jp/kiji/2005/11/nw0511021.html
1994年に八王子市立石川中学校で職員会議の決定を無視して掲げられた日の丸を降ろし、君が代に不起立を繰り返して何度も訓告、減給、転任、停職などの処分を受けている根津公子さんが2003年に通勤に片道2時間かかる調布中に移動させられたときのことですが、都教委の「異動要綱」では通勤時間が90分までになるように決められているんだそうで、難波孝一裁判長は「90分以内で通勤することができると認めるに足りる的確な証拠は存在しない」ので「異動要綱第4の3(通勤時間)に抵触している」のであり、「異動要綱に合致しない転任処分は特段の事情のない限り、裁量権の逸脱があるものと推認される」としたものの、通勤時間については被告都教委側の提出した資料のみに基づいて90分以内での通勤が可能であると判断し、かなりアクロバティックな「特段の事情」があったんだということで原告根津さんの請求を却下しました。

2006年6月28日、炎天下での道路舗装工事中に倒れ、死亡した1995年7月の件について、高温環境下の業務により熱中症となり、不整脈を併発して死亡したものとして労災認定しました。真夏のアスファルト工事は危険です。

2006年7月10日、東京の顔料メーカーでは消防署への届出を超える量の危険物を密かに保管していたところ、1999年9月16日の朝、消防署から当日中に査察が入る旨予告を受けたので、危険物保安監督者を兼務する52歳の課長が慌ててこれらの危険物、一斗缶80個を何処へか知りませんが倉庫の外へ運び出した直後に心筋梗塞で死亡した件について、難波孝一裁判長は「査察による精神的負荷がかかった状況での運搬が原因で死亡した」と労災認定し、労基署の不支給処分を取り消しました。僕もかつて、サービス業ではありますが消防の査察を担当する立場にいたことがあります。あれは会社の命令と役所の命令の板挟みになってかなり心臓に悪い。危険です。

そしてついこの間、業務に起因する精神病によって退職後に自殺した元保母について労災認定を下したのは記憶に新しいところであります。

保母退職後の自殺、労災に認定…東京地裁
 兵庫県加古川市内の無認可保育所の保母だった岡村牧子さん(当時21歳)が退職から約1か月後に自殺したのは、過労によるうつ症状が原因だとして、神戸市に住む父の昭さん(70)が、国を相手取り、労災認定を求めた行政訴訟の判決が4日、東京地裁であった。
 難波孝一裁判長は、「過重な業務の結果、精神障害を発症し、その状態のまま自殺に至った」として、業務と自殺の因果関係を認め、労災と認めなかった1996年の加古川労働基準監督署の処分取り消しを言い渡した。厚生労働省によると、過労で退職した後の自殺が労災と認められたケースは「これまで聞いたことがない」という。
 判決によると、牧子さんは保母資格を得た直後の93年1月から同保育所に勤務していたが、同僚の保母が一斉退職するため同4月から新人保母5人をまとめる主任になることが決まり、心身の疲労からうつ状態となって緊急入院。同3月末に退職し、同4月下旬、両親の留守中に自宅で首をつって自殺した。
 両親は加古川労基署に労災を申請し、保育所にも損害賠償を求めて提訴。損害賠償訴訟は98年に大阪高裁が自殺と業務の因果関係を認め2000年に確定したが、労災は認められず、労働保険審査会の再審査も棄却されたため、昭さんが行政訴訟を起こしていた。
 加古川労基署を管轄する兵庫労働局労災補償課は、「判決文を十分検討し、控訴するか否かを含め対応していきたい」としている。
(2006年9月4日23時18分 読売新聞)


理由はよくわかりませんが「同僚の保母が一斉退職」するような職場というのはどんなもんなんでしょうか。残ることにした当人も、つとめ始めてから2ヶ月くらいにしては過剰な重圧を受けて結局は心を病んで緊急入院しなければならない程の激烈な症状に陥り、結局退職に至ったことから見ても、相当劣悪な労働環境であることが推定されます。しかもそれから1ヶ月立たないうちに自殺してしまったというのに、労基署は「自殺した頃には精神障害は治ってた」と言い張って労災認定をしなかったわけです。難波孝一裁判長はこれについて業務と精神障害、精神障害と自殺との因果関係を認めたのですが、同件については先に民事判決がその因果関係を認めてはいたものの、労働事件としては画期的な判決であったようです。しかしそれにしてもその間13年。

ざっとこんなところですから、今回の判決についても被告側は楽観していたんじゃないかと思うんですよ。難波だから大丈夫さ奴は俺たちの味方だ。ところがこの難波さんという人は、別に誰の味方もしてくれなかったのでした。「国旗国歌法」の「趣旨」と「教育基本法」、それに「憲法」に照らし合わせて判断したのみであって、国家の表象といえども「法以前の問題」などではあり得ないってのは、裁判官としてはあたりまえの考え方でしょうね。これは鉄建公団訴訟において「再就職促進法」の「趣旨」と「期限」だけに基づいて「解雇有効」を認めたのと同じなんだと思います。特に今回は判断を狂わせがちな個別具体的事例における「特段の事情」というものがないんですから、むしろこれと真逆の判決を下すのは、誰が裁判を指揮しても困難ではないでしょうか。一方で難波さんは労基法の「趣旨」を「ビンボー人の保護」だと思っちゃって、会社と一般的な労働者とは異なる関係にあって基本給183万円の人は保護しなくていいやと考えてしまったのはちょっとどうかな、この時期にその判決はまずかっぺ、と思うわけですが、その手の法律外的な判断ってしないんだろうな。いずれにしても司法というのは国家が「カッコつけ」る局面ですから、クールにいこうぜ、指パッチンで。
posted by 珍風 at 20:01| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

連中にバイアグラを飲ませて立たせますか?

ある一定の態度が「当然」であるとするならばそれを「強制」する必要はないんじゃないか、「強制」しなければならないのであればそれは「当然」なものではないのではないかという、しかしこんな問題が片付いてないのは宗教的蒙昧の世界だけかと思っていたら、そういった妄想や霊能力者や宇宙人は意外と身近にいたりして。

「国歌斉唱の義務ない」教職員の訴え認める 東京地裁判決
 東京都教育委員会が卒業式などの行事で、教職員に国旗に向かっての起立や国歌斉唱を求めているのは、思想と良心の自由を定めた憲法に違反するとして、教職員ら401人が、起立と斉唱の義務がないことの確認のほか、慰謝料の支払いなどを求めた訴訟の判決が21日、東京地裁であった。難波孝一裁判長は「懲戒処分をしてまで起立させることは行きすぎた措置で違法」として原告側の主張をほぼ全面的に認め、都に1人当たり3万円の慰謝料の支払いを命じた。
 都教委は平成15年10月、学校の式典での国旗掲揚や国歌斉唱時の起立などを求めた通達を出しており、これまでに通達違反として延べ345人の教職員が懲戒処分を受けた。判決は通達違反を理由にした処分も禁じており、都教委の対応に影響を与えそうだ。
 訴訟では(1)教員らが国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務があるか(2)都教委の通達は違法か(3)教員らは通達によって精神的損害を受けたか−が主な争点となった。
 難波裁判長は「日の丸、君が代は第二次世界大戦が終わるまで軍国主義思想の精神的支柱だったのは歴史的事実」と述べた上で、反対する権利は公共の福祉に反しない限り保護されるべきで、起立や斉唱の義務はないと判断した。
 通達については、「合理的な基準を逸脱している」とし、「教職員が起立や斉唱を拒否しても、式典の進行や、国旗と国歌に対する正しい認識を生徒に教えることを阻害するものではない」と述べた。
 難波裁判長はこうした判断の上で、「原告の教職員は義務がないのに起立や斉唱を強要され、精神的損害を受けた」として、都に慰謝料の支払いを命じた。
 都の中村正彦教育長は判決を受け「主張が認められなかったことは大変遺憾。判決内容を確認して今後の対応を検討する」とのコメントを発表した。
 小泉純一郎首相は21日、国旗国歌の強制は違法とした東京地裁の判決に関連し「人間として国旗国歌に敬意を表するというのは法律以前の問題だ」と述べた。
Sankei Web(09/21 19:48)


石原都知事が控訴方針…国旗・国歌通達の違憲判断
 入学式や卒業式で教職員に国旗に向かって起立し、国歌斉唱するよう義務づけた東京都教育委員会の通達を違憲とした21日の東京地裁判決について、石原慎太郎都知事は22日の記者会見で「控訴しますよ。方針は変わらない」と述べ、控訴審で都側の主張を訴えていくことを明言した。
 石原知事は「式典で国旗・国歌に敬意を払う行為は(学校に)規律を取り戻すための統一行動の一つ。裁判官は実態を見ていない」と反論。通達は文部科学省の学習指導要領などに基づく適法なものだとして、「義務を怠った教師が懲戒処分を受けるのは当たり前」と述べ、正当性を強調した。
 一方、小坂文科相は、この日の閣議後会見で「これまでの判決と照らして予想外で、都教委の主張が認められなかったことは驚き」と話し、都の対応を見守る考えを示した。
         ◇
 都教委は22日、この問題で緊急の都立学校校長会を開き、従来の方針に変更がないことなどを伝えた。副校長などの代理を認めず、島部などの学校を除き251人の校長が出席した。
 出席者からは「今後どのようにして裁判を争うのか」「職務命令はどのように考えたらよいのか」といった質問が出され、都教委側は「態勢を強化して臨む」「判決で行政行為が阻まれるわけではない」などと回答。今後も、通達に従って対応するよう求めた。
 校長の1人は会合後、「職員に理解してもらうのは難しい面がある。矢面に立つのは私たちだ」と厳しい表情で話していた。
(2006年9月22日20時50分��読売新聞)


まずはこの校長さんは甘い甘すぎる十万石饅頭だ。厳しいのは表情だけのようです。矢面に立つのは当たり前です。それがイヤなら校長なんぞにならないのがよろしい。楽して高給取れると思ってはいけません。核攻撃を受けて「忠良なる被爆者」にさせられないだけ仕合せだと思うべきでしょう。本来なら今頃ケロイドだらけでのたうち回っている頃です。

しかしこの判決に控訴するってのは考えものです。この判決では「懲戒処分をしてまで起立させ、斉唱させること」、つまり強制することは良くない、と言っているわけですけど、これに対して控訴するということは「強制しなければならない」という立場を表明するわけですよね。そんなことで大丈夫なのか。

たとえばコイヌミなんかは「人間として国旗国歌に敬意を表するというのは法律以前の問題だ」などと、これはこれで大いに疑わしい話ですが、巧妙に「強制」については回避してみせているわけです。もちろん彼の本意は「敬意を表するのは人間として当然である」からして「敬意を表しない者は人間ではない」のであるから「真人間に立ち返らせるようにしなければならない」のだ、というもんでしょうけど、それはあえて言わないところがズルいわけですね。これは起立しない教員をクビにすることを(「人間ではない」から。人間でない先生はちょとね。「犬のお巡りさん」はOKですね)支持しているわけですが、逆に起立しない人に起立を強制する根拠を与えることは回避しているわけです。

また「人間として何々するのは当然」という言い方はかなり原始的と言うかバカというかナイーブなもので、こういうことを言う人を5年も内閣総理大臣の座に置いといたという事実は愛国者であれば切腹ものではありますが、そんなバカのふりをしてしまうのもコイヌミの手なのであってみれば、コイヌミの意を受けて「行政行為」としては「強制」という手段をとらざるを得ないお役人様としてはまるで自分がバカになった様な気がするかも知れません。しかしお役人様の長が石原慎太郎という正真正銘なものですから、僕たちは「ああやっぱり」と思うしかないのでした。

そういうわけで、日の丸とか君が代が「明治時代から終戦まで、軍国主義思想などの精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在においても、国民の間で中立的な価値が認められたとは言えない」からこそ、これに「敬意」を払うことは「強制」されなければなりません。なぜなら「強制」されなければこれらにあえて敬意を表明する者があるはずがないから。これが今回の判決の要旨です。

今回の判決に控訴するならば、以上の様な判決理由を肯定しなければなりません。つまり「不当であるが故に強制しなければならない」ということを認めたうえで、政策の違憲性を棚上げにして「強制」の是非について形式的に争うことになります。また逆に「国旗国歌に敬意を払うのは人間として当然」であるとするならば、「人間として当然の行為」を否認する者は極めて少数であると考えられることから「懲戒処分をしてまで」これを強制する根拠を失います。

このように考えると東京地裁の難波孝一裁判長もなかなかですが、彼に可能なのは最大限そこまでのはずです。そのあとは「都教委の主張が認められなかったことは驚き」などと、いとも簡単に司法判断を軽視してみせる「法相」と、「判決で行政行為が阻まれるわけではない」と言って負けずに司法軽視を表明する都職員、そして「金属バット応援団」とハンカチに危ない薬品をしみ込ませた「ハンカチ王子」が何をするのか、いままでになく学校の先生の身が案じられる今日この頃です。
posted by 珍風 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

保険は危険な不治の病

社員が提訴 弁護士との接触を制限する行動規範は違憲
 社員が弁護士に相談する際、事前に会社の承認を義務付けた「行動規範」は憲法に違反するとして、中堅損保「富士火災海上保険」(本社・大阪市)の社員15人が20日、行動規範の無効確認と計150万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 原告代理人によると、弁護士との接触を制限する行動規範を企業がつくるのは前代未聞という。
 富士火災は5月、行動規範を社員に提示。同規範は「業務に関連して法律事務所に相談したり、弁護士に訴訟の代理委任をする場合は事前に法務部長の承認を得なければならない」などと規定し、違反者は懲戒処分の対象になるとしている。
 原告らは「会社側は法律相談の対象を労働争議全般と説明している」とした上で、「事実上、会社を提訴する権利を罰則付きで禁止するに等しい」と主張している。
 一方、富士火災は「法律相談の規定は保険業務に関するものだけで、労働争議全般に及ぶものではない。なぜこんな誤解が生じたのか分からない」としている。
(09/20 20:53)Sankei Web


保険金の支払い漏れに「手取り2万円」と、何かと話題のつきない優良企業ですが、今度は「行動規範」が問題になってます。会社には「行動規範」だの「服務規程」だのというものがあって、結構読み応えのある文章になっていたりすることが多いようですから、被雇用者のみなさんは一度きちんと読んでみた方がいいと思います。思わぬ発見があるかも?

「手取り2万円」って、なんだかたけし軍団のメンバーの名前みたいですけど、これは2005年の6月のことだったんですが、富士火災海上としてはボーナスの出る頃でもあるし、2万円でも文句は言わねえだろうとタカをくくっていたら、「手取り2万円」氏は7月に賃金を払ってもらうように仮処分を申請、さらに11月には仮処分申請を取り下げて本訴訟に持ち込もうとしたところ、富士火災火災としてはとても勝ち目はないとあわてて「和解」したわけです。さらに同年9月には保険金未払いが発覚。これらの事態を重く見た富士火災海上は不祥事の発覚を防止すべく慎重に検討を重ねた結果、今年5月に「行動規範」を定めて従業員に提示した、ということのようです、

富士火災海上はこれについて「コンプライアンス」という横文字を使用して煙に巻こうとしていますが、「法令遵守」と訳されることの多いこの言葉が「不正の隠匿」の意味で表立って使われたのは今回が初めてかも知れません。どうも英語というのは難しい言語です。この辺についてはワシントン大学で経営学修士を貰って来たくらい英語に堪能であり、富士火災海上の株のうち22.19%を保持するオリックス株式会社の会長にあらせられる宮内義彦氏によくよく確認する必要があるでしょう。

というのも、「行動規範」の「業務に関連して法律事務所に相談したり、弁護士に訴訟の代理委任をする場合は事前に法務部長の承認を得なければならない」という規定について、富士火災海上は「法律相談の規定は保険業務に関するものだけで、労働争議全般に及ぶものではない」と説明していますし、記事に引用された文面は会社側の説明のようにしか読めないにも拘らず、原告側は「会社側は法律相談の対象を労働争議全般と説明している」と主張しているように、「行動規範」の解釈について真っ向から対立しているばかりではなく、この訴訟そのものがその解釈の是非を争うものとなると思われるからです。

ここで問題になるのが原告側の解釈、というか「会社側は法律相談の対象を労働争議全般と説明している」という事実を証明することが出来るかどうかなのですが、一般的にはこれは極めて困難であると考えられます。おそらくそのような「説明」は口頭で行われたものであり、文書が配布されたとか掲示されたとかいうことはなかったと考えられます。なにしろ「コンプライアンス」ですから、そのような「説明」自体に違法性が疑われることは明白なので、証拠が残る様なことはしていない可能性が高いのです。

もちろん、このような「説明」が存在しなかったのであれば、提訴自体がその根拠を失うものであり、富士火災海上に雇用されている社員であるという原告の身分関係に鑑みても根拠のない提訴を行うことは考えにくく、むしろ「説明」の非存在は想定し難いものでありますし、まして最近「労働争議」を経験していますからね。「なぜこんな誤解が生じたのか分からない」のはそれが「誤解」でもなんでもないからじゃないのかな。しかしどうなんでしょ、原告側は何か決定的な証拠を握っているとか?

今後の展開が気になりますが、いずれにしても富士火災海上としては従業員の「メディア対応」や「法律相談」を押さえつけようとするよりも、もっと他にやることがあるはずなんですが。現在保険業界の信用はガタ落ちで、保険契約の締結そのものがリスク発生要因となっているのが現状です。そんな時期に組織の自浄作用を機能麻痺させようとするような「行動規範」を従業員に押し付ける企業を信用できるもんでしょうか。保険てのは保険会社が儲けていようが顧客にはあんまり関係ないんですよ。自分の保険金をちゃんと払ってくれるかどうか、つまりは利益追求に一時的には反することを正しく行うかどうかなんで、まあ儲かってなきゃ払わなかったりもするかもしれないけど、保険金を払わないことで儲けてもらっても仕方ないのでした。一方、労働基準法違反で利益を出してもそれはかえって危険因子だし、「問題が明るみに出ることを防止するための対策が明るみに出る」ような会社の保険に入ってみるのも、それはそれで冒険的な人生であり、「脳幹」を刺激されたいむきにはおすすめです。僕は「官能」を刺激されるのがいいですが、やはり「完納」のほうが大事だかんのう。
posted by 珍風 at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

金属バット応援団

みなさんバカ殿の悪口ばっかり言っているようですが、今日はバカ殿にも良いところがあるということを書きましょう。バカ殿の唯一の長所、それは彼に子どもがないことです。もし息子でもいれば父親と同じ様な政治家になってしまう可能性が高いことを考えれば、これは大変立派なことなのです。まあ勿論、本当に子どもがいなかったのかどうかは分かりません。葦舟に乗せて流してしまったのかもしれないし。

ところが田中真紀子などは「種無し西瓜に何が分かる」などと言って、バカ殿が生涯に残したたった一つの善行をもこき下ろしてしまうのでした。いや、生涯にたった一つと言い切るのは早計でした。バカ殿だってまだまだ良いことをしようと思えばいくらでも出来るのです。総裁を辞退するとか。いずれにしてもバカ殿の唯一の美点をバカにされて頭に来たバカ殿ファンの人もいるようです。

<脅迫電話>田中真紀子議員に相次ぐ 脅迫事件として捜査
 田中真紀子衆院議員(無所属)の東京都文京区内の自宅などに同一人物とみられる男から脅迫電話が相次いでいることが分かった。田中議員は被害届を出しており、警視庁大塚署が脅迫事件として捜査している。
 調べでは、電話は最近では今月9日午前あり、「おまえの口を金属バットで殴って叩きつぶしてやる」などと自宅の留守番電話の録音テープに吹き込まれていた。関西なまりのある声で、以前から自宅と事務所に同じ男からと見られる脅迫電話があったという。田中議員は9日、被害届を提出した。
(毎日新聞) - 9月20日13時21分更新


田中真紀子の「口を金属バットで殴って叩きつぶす」。なかなか鮮烈なイメージだと申しておきましょう。山田優さんほどではありませんが、田中真紀子の口も「おちょぼ口」とはちょっと言い難い、言ってみればかなり特徴的な、顔の中でも特に目立つ部分です。それを叩きつぶすんだそうですが、そういうことをすれば当然、顔面の下半分が潰滅してしまいます。立位の田中真紀子に対して水平にバットを振れば、下顎は外れて血と粘液を引きずって飛んでゆくかも知れません。そればかりではなく、横たわった田中真紀子の口にバットを振り下ろせば、気管をも切断して彼女は自らの出血に溺れて間もなく死んでしまいます。より強い力が加わればバットは延髄を破壊して彼女を即死に至らしめることでしょう。

どうも非常に良い趣味ですが、このように熱心なファンに恵まれたバカ殿は幸せ者であります。そのおかげで総裁選でも464票、実に3分の2という圧倒的多数による勝利を収めることが出来ました。田中真紀子の件は被害届が出されたので僕たちの知るところとなりましたが、他にも警察に届けていない脅迫や実行があるのかどうかは僕たちの伺い知れない世界のことです。しかしながらバカ殿の「絶大な人気」を見るとこの手のファンが沢山いる可能性も否定できません。結構強引な手法で言論を封殺するのがバカ殿の愛用する政治技術であることに鑑みて、彼ら「ファン」が今後どのような活躍を見せるのか、気をつけておきましょうか。次に家を焼かれるのは誰なのか、金属バットで殴られるのは誰か、木製バットも使用するのか、圧縮バットを使うことがあるのか、肉バットやチョコバットの殺傷能力はいかほどのものか、ボールが飛んで来るということはないのか、その際高反発球が使用されているのではないか、やる前には誰にも電話くらいくれるものなのか、間違い電話をしたら謝るのか、電話口でハァハァしないものなのか、色々な疑問がこれからどんどん明らかにされていくことでしょう。
posted by 珍風 at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

押し掛け弔辞

謹んでお悔やみを申し上げます。ここに故人の偉大な業績をご列席の皆んとともに振り返ってみたいと存じます。

故人は一般には「ハウステンボス物語」などのサラリーマン本のライターだと思われていますが、本当は実に色々な分野に手を出しておられまして、宗教を語れば「教祖誕生」が知られていますし、「池田大作の3分間スピーチ」なんてのもあったりします。池田大作ばかりでなくて、政治の方では「小泉純一郎の痛快語録」も聞いて来たそうでありますし、なんとアイドル本「岡田有希子はなぜ死んだか」まで出してしまうという、まさに八面六臂の大活躍でありました。

しかし故人の名を天下に知らしめたのはやはり「スパルタの海」をおいて他にはありますまい。http://totsuka-yacht.com/suparu.htm何しろ当時はTVにもさかんにご出演なさっておられましたから、顔まで売ってしまいました。しかしながらこの本は数ある「犯罪実録本」の中でも極めて特異なアプローチがなされていることでもよく知られているのです。

実は故人には何かを批判する著作というものがほとんどありませんでした。故人の著書で扱われている取材対象はだいたい褒めてあります。批判的な態度や批評的なスタンスを控え、あくまで対象に寄り添いつつ、相手が胸襟を開く瞬間をとらえてその深層に迫る、と申しましょうか、相手の書いてもらいたいことを書くことにすれば取材は容易だし本も沢山出せるわけです。まあそいつは何よりだと僕などは感心をしてしまうのですが、故人は相手が堤義明だろうと本田宗一郎だろうと小泉純一郎だろうと池田大作だろうと戸塚宏だろうと一貫してこの執筆方針を貫かれました。

もちろん、「犯罪実録本」のなかには犯罪者に比較的同情的なものも少なくありません。犯罪者の中には不幸な境遇からやむを得ず犯罪に導かれた者がおり、大義のための犯罪があり、無実の罪に苦しむ人がいます。このような時にあるいは犯罪者に同情し、その大義に理解を示す書き手がいますし、冤罪を晴らす戦いを支援する目的で本を書く人も別段珍しいことではありません。しかしながら積極的に犯罪行為を支援するという立場を表明したのは故人くらいなものではないでしょうか。戸塚氏は人を殴り殺すのを「信念」とする連続殺人者ですが、氏の運営する「ヨットスクール」を「支援する会」というものが存在することはよく知られています。石原東京都知事が恥ずかしげもなく会長を務めるこの会ですが、故人もこれには積極的に参加しておられました。

戸塚ヨットスクールを支援する会
会長:石原慎太郎(東京都知事)
伊東四朗(俳優)、伊藤玲子(鎌倉市議会議員)、植芝守央(「合気会」当主)、鍵谷武雄、加瀬英明(外交評論家)、上之郷利昭(ジャーナリスト)、河西善三郎、木下吉信(大阪市議会議員)、国重光煕・晶(潟gリム)、栗原俊記、小嶋一碩(千草ホテル)、小林則子、小室直樹(作家)、近藤建(潟sコイ)、榊原康三(西尾市議会議員)、澤龍(サワズ)、信楽充男(願エ州路)、篠宮良幸、嶋崎和明(嶋崎犬猫病院)、白岩正通(白岩工業)、鈴木和孝(鈴木コーヒー)、鈴木絢詞、高池勝彦(弁護士)、高花豊(テイケイ)、田代ひろし(東京都議会議員)、立川談志(落語家)、田中健介(潟Pン・コーポレーション)、田中博政(共栄コンクリート)、柘植久慶(作家)、津田佐兵衛(活苴對ェツ橋本舗)、土屋たかゆき (東京都議会議員)、寺岡直彦(鰍トら岡)、戸塚マツ、殿岡昭郎、中澤茂和(月曜評論社)、中村シカ郎(有倫間学園)、中村実(船橋市議会議員)、西村眞悟(衆議院議員)、日野晃(武道家)、福原寿万子(福原病院)、堀本和博(叶「界日報社)、眞鍋晃篤、水島毅、南丘喜八郎(鰍j&Kプレス)、三宅博(八尾市議会議員)、三輪和雄(日本世論の会)、茂木弘道(叶「界出版)、森下敬一(自然医学会)、山本善心、横田建文、渡辺正廣


しかしこの事実をもって故人が「法律などくそくらえ、殺人万歳!」などという危険思想の持ち主であると考えるのは早計でしょう。出来ることなら人殺しは避けたい、しかし人間というものは誰か他の人の(堤義明の、池田大作の、小泉純一郎の、戸塚宏の、都知事の、両親の)いうことを聞くために生まれて来たんだから、それが出来ねえ奴は死んで当然だ、くらいには考えていたかも知れません。しかしそれこそが「法の精神」なのではないでしょうか。その意味では故人ほど法律を重んじた人はいなかったと、僕は思います。

それにしても気になるのはアイドル本「岡田有希子はなぜ死んだか」のことです。この件に関しては当時から色々な話があったわけですが、彼女の死と石原プロモーション所属俳優との関係も噂として囁かれていたものでした。それが故人の著作によってはっきりと否定されてみると、やはり石原慎太郎の弟の会社と何かあったに違いないと誰もが逆に疑いを深めてしまうあたり、故人の「ジャーナリスト」としての才能の高さに改めて感銘を受けるのです。

願わくは故人のいつまでも安らかに間違いなく永久に眠りたまわんことを。そして故人の尊敬する友人が速やかにそのもとに至って故人を慰めんことを。

平成18年9月20日 神楽坂毘沙門天にて
posted by 珍風 at 23:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

暗い秘密は水に流して

エッチな下着にセーラー服、裸エプロンにSMなど、オマンコに際して馬鹿げたとをするのが日本の伝統です。裸ショールなどはその一端に過ぎません。なんでもイザナキとイザナミという男女は、おっ始めるにあたって柱の周りを互いに反対から回って来て、出くわしたときに「あらイイ男ねえ(ハート)アソコはもうグチョチョよ」、「おっ、イイ女じゃんもうビンビンだぜ」なんて、まるで初めて遭った様な振りをして気分を盛り上げたんだそうですが、近頃ちょっとご無沙汰なご夫婦には参考になるかも知れません。そんな立派な柱などのないご家庭では、町内を一周して来るとか。裸ショールで。

もっともコイツらは初めてだったはずなんで、そうだとするとずいぶん手のかかるカップルですが、その名に恥じぬ好き者の二人のこと、すっかりそーゆー気分になったのでとりあえずオマンコをされたわけですが、そしたら蛭子能収さんが生まれて来ちゃった。なんてオソロシイことがあったわけではないのですが、「水蛭子」と書いて「ヒルコ」と読むもんが生まれて来たということです。これがどんなんだったかというとヒルみたいに骨がない障害者だったというんですよ。それでそんなのは気に入らねえからというので葦舟に入れて流しちゃったてんですから坂東眞砂子もこれには叶美香です。次に「淡島」というのが生まれたんだけどこれも流しちゃう。

普通に考えればとんでもない嬰児連続殺害事件ですが、そこはそれ、神話のことですからちゃんと生き延びていたりするんですけどね。ともかく「へんなの」はあっちへ追いやっちゃって、どうして「あんなの」が生まれたのか、天の神様に相談をしますと、イザナミの方が先に「あらイイ男ねえ(ハート)」と声をかけたのが良くなかったんだと。なんと女の子から誘うと障害者が生まれるんだそうですよ。なかなか無茶苦茶な話ですが、「古事記」というのは最初からこんな感じですから諦めてもらって、今度はイザナキの方から声をかけるようにヤリ直して、第3子に大いに期待した、というのが「国産み」の神話です。

ところが「日本書紀」では「蛭児」は「国産み」の後に天照大神、月読に次ぐ第3子として生まれたという記述もありますから複雑です。しかもこちらのヒルコは3年経っても立てなかったので捨てられちゃったことになっています。世界起源神話では障害者を出産して流し捨てることはよくあることなんだそうですが、このように位置づけが違うのでヒルコの機能をいかに解釈するのかというところがちと難しいですな。「日の子」と解釈して「太陽神」とするものもありますが、これだとアマテラスの立場が微妙です。ズバリ「女帝」と解釈しても良いのかも知れませんが、ツクヨミと対になっているんだからやっぱりねえ。天皇は「太陽」だったっけか。ヒルコは死んでお星様になった、北極星になったというのは滝沢馬琴でしたか。乙武君みたいに動かないから。

流されたヒルコが流れ着いたという話が至る所にあるようで、海の神になるわけですけど、これってつまり不審船として回帰したようなもんで、そうなると外来神であり、そのようなヒルコは蛭子さんですからえびす、夷とか戎です。これは外国人であり、あるいは朝廷に平らげられていないまつろわぬ民ということになります。これが共同体の外部との交通を担当して市神、商売繁盛の神としての性格も出てきますが、日本神話では障害者は排除され、社会からはじき出される、あるいはマージナルな領域に押し込まれるということになっているようです。ですから共同体のど真ん中で、みんなが見ている前で障害者が誕生した場合の対応をどうしているのかということは大変興味ある問題ではないでしょうか。とりあえずご懐妊の場合に備えて常にスペアを用意しておく、という程度のことは当然あってもおかしくない。スペアがそのまま天皇になっていても構いませんが、問題はスペアと交換された「部品」の行方です。だって今どき海に流したりしないでしょう。
posted by 珍風 at 23:12| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いんたぁ〜なしょなる・だめんず

安倍・麻生両氏、イラク派遣の正当性強調=谷垣氏は「禍根残した」と批判
 安倍晋三官房長官、谷垣禎一財務相、麻生太郎外相は11日の日本記者クラブでの公開討論会で、イラクの旧フセイン政権と国際テロ組織アルカイダの関係を否定した米上院情報特別委員会の報告書が公表されたことに言及した。安倍、麻生両氏は、米国の開戦を支持した日本政府の対応に問題はないとの立場を表明。谷垣氏は、議論の余地があるとの考えを示した。
 安倍氏は「米国も情報(分析)において誤りがあったかもしれない」としつつ、イラクが過去に大量破壊兵器を使用したことなどを挙げ「日米同盟も念頭に置いて(米国を)支持した決断は間違っていなかった」と述べた。麻生氏も「米国の戦後の統治、占領政策はかなり詰めの甘さを批判されてしかるべきだ」と述べながらも、「日本は米国に言われて(イラクに)行ったのではなく、国連決議に基づいて人道復興支援のために参加した」と語った。
 これに対し、谷垣氏は、日本政府の判断について「(米国で)大量破壊兵器の存在を立証できなかった点で大きな禍根が残っている」と暗に批判。同時に「中東の安定のため引き続き努力しなければならない」と述べ、イラクへの支援継続を訴えた。 
(時事通信) - 9月11日19時1分更新


「タカ派」で「国家主義者」だという評判のバカ殿ですが、これでは「タカ派」の人や「国家主義者」の人が気の毒に思えて来ます。バカ殿はアメリカがどんなワルやヘマやドジをやらかそうとも「日米同盟」なんだから断固支持する、と言うんですからなるほど大した見識だ。アメリカではウソをバラしているんですが、ウソでも何でもアメリカを支持することはとにかく正しかったというわけで、こういう人にはなんたら主義なんて思想はこれっぽちもないらしいですね。対米追従という立場を守ること意外は何も考えていない様なのです。

麻生太郎氏もたしか「タカ派」ということになっていたと思いますが、彼は日本は自分の考えでイラクに行った、アメリカの命令に従ったんじゃないぞ、と言っています。アメリカの戦争に協力したのを「人道復興支援だ」と言い張るのはどうかと思いますが、とりあえずは独立国としての面子を立てた発言であると言って良いでしょう。と同時に、彼が日本が自分の考えで自主的に戦争をするようになるのが望ましいと考えているのもわかります。はなはだ物騒な「タカ派」思想ではありますが、どうもこの人には思想があって、それに賛成したり批判したりすることが可能な様です。

谷垣氏は日本の判断は怪しいもんだったとしながらも、怪しい判断に基づいて行われている「支援」はこれからもやるんだそうで、まあアメリカへの「支援」を止めるなんて言い出したら怒ったアメリカが少量破壊兵器を谷垣氏に向けて来るかも知れませんから、矛盾したことも平気で言っちゃってますが、当時の政府の判断に対する評価ははっきりしてます。「禍根」が「大き」かったと言うんですから、要するにありゃ間違ってたと。

バカ殿にとってはこれは決定的ですね。国際的ダメ男として歴史に残るんじゃないですか。同時にアメリカにかくも愚かなまでに従順であることを示して首相の座は安泰です。彼はアメリカが過去に日本に対して大量破壊兵器を使用したことは憶えていないようですが、アメリカがじーさんを助けてくれて、それで現在の自分の地位があることくらい薄々は理解しているようです。米上院情報特別委員会の報告書が公表されるに及んでも「誤りがあったかもしれない」などとヌカすうすらボンヤリ君で、「タカ派」のふりはするものの麻生氏のように事実を曲げてでも、ついでに口も曲げてでも一国の宰相候補としての見栄を切ることも出来ませんが、傀儡も3代続けば堂に入ったもので、アメリカに振る尻尾だけはいつでもピンと立っているところがなるほど血統書付きです。
posted by 珍風 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

れぃむ・だめんず・ぱぁ〜てぃ〜(LDP)の筋肉番付

自由民主党の英文名称は"Liberal Democratic Party"でもって略してLDPなんですが、「自由」「民主」「リベラル」「デモクラティック」どれをとっても自民党には似合いません。そこで選挙対策として、僕が新しいお似合いの名前を考えてあげようってんだからありがてえじゃねえか。

「れぃむ」ってのは"Lame"、"Lame Duck"の"Lame"だよ。知ってるだろうがこの言葉の意味は「びっこ」だ。俗語では「現代風のことを知らない」「体制派の」「ばかな」という意味にも使う。どうだ、気に入ったろう。略称は変えないで済むようにしてあっからな、折角頂いた名前だ、大事に使うんだぞ。

ところで「だめんず」の一人である竹中氏が参議院議員を辞職するとのことです。政治資金に関するスキャンダルが原因なのか、自らの失政と不明を恥じたのか、「改革の負の部分」とやらの責任を全部おっかぶせられるのが嫌だったのか、植草一秀氏を叩き潰したのと引き換えにか、なんだか分かりませんが、その効果たるや誠におっかないものがあったのでした。

国民のため努力、まい進 繰り上げ当選で神取氏
 竹中平蔵総務相が参院議員を辞職することで、自民党比例代表名簿に基づき繰り上げ当選する見通しとなった女子プロレスラーの神取忍氏は15日、所属事務所を通じて「身の引き締まる思いだ。国会議員となったら、国民のために精いっぱい努力、まい進していく所存だ」とのコメントを発表した。
徳島新聞2006年9月15日


そういえば立候補していましたよ、この人。政治のことは何も分かんないとか言ってましたが、考えてみればスゴい候補者です。こういう認識で国会議員選挙に出るんだったら、同様の考え方でミス日本コンテストに応募することも可能だったはずですな。それにしても次点だったんですから、政治は甘いわ。「ミス日本」ではそうはいきません、多分。「身の引き締まる思い」だそうですが、良いことですね、と言っておきましょう。少なくともあと10キロは引き締めてよいと思います。

バカ殿の仕事は教育基本法に共謀罪、そして憲法をあわてて片付けることのようですから、議論では負けるバカ殿、「金力」と「筋力」で突破するつもりでしょう。その時にはこの男の肩がものを言うぜ。

自民、新庄選手に出馬打診 来年の参院選比例代表
 自民党の久間章生総務会長は15日、プロ野球北海道日本ハムファイターズの新庄剛志選手に来年夏の参院選比例代表での立候補を打診していることを明らかにした。
 出馬交渉に関し「今季限りの引退を表明しているので人を介して感触を探っている。今のところ色よい返事はもらえていない」と難航を認めた上で、「プレーも日常生活も明るく、みんなの気持ちを集めてくれそうな人だ」と期待感を示した。党本部で記者団の質問に答えた。
Sankei Web(09/15 18:39)


明るきゃいいんだったら横山ノックを出せば良いのではないか。それともSHINJOさんはかつて「自称アメリカ人」だったらしいんで、LDPでは「名誉アメリカ人」として厚遇するのかも知れませんが、おそらく外野扱いでしょう。国会ではバカ殿に賛成させられるだけのつまらない立場ですから、その時には電光表示ハチマキを頭に巻いて、「憲法改悪反対!」などのメッセージを流したら目立ちますよ。

実はバカ殿などの考えだと、憲法はその基本的理念から覆されてしまいますから「改悪」どころか「改滅」とでも言うべきところですが、そうしてついでに消費税も上げたら、あとは逃げ足の勝負だ。

増田明美 参院東京に出馬
 自民党が来夏の参院選には勝てない、と東京選挙区で元マラソンの増田明美を擁立する動きがある。東京選挙区は今回から定数が4から5に増えて、自民VS民主の激戦区。確実に大量得票できる候補者はいないかと探した結果、増田明美になったという。その理由は、美人では反発が多いし、年配者では若者票が集まらないし…ということらしい。増田サイドも前向きだとされるから面白くなってきた。
Gendai Net2006年09月12日�掲載


「美人では反発が多い」からダメなんですか。同じ理由で紀香さんにも打診したんですか失礼な。いやもちろん明美さんに対しても大いに失礼ではありますが。ブスでゴメンね!そのかわりに「年配者」ではないと言ってあげたわけですね。人間40歳を超えると年配者気分になるもんですが、「まだまだお若い」とか言われるとうれしくなっちゃう様な人もいるのかも知れません。それにしても「確実に大量得票できる候補者」とは「若いブス」である、なんて、いい大人が真顔で口にする言葉ではありません。流石は「れぃむ」な「だめんず」の「ぱぁ〜てぃ〜」です。

まあ、「ぱぁ〜てぃ〜」の中でもみんなバカ殿については来るようだけど内心では何を考えているのか知れたものではないので、バカ殿としてはこのような「肉体派」が頼りなんでしょうけど、それでも飽き足らないバカ殿は候補者の公募制を徹底させるんだそうですから、力自慢に乱暴者、それにダメ男とブス共はこぞって応募するように。楽しい選挙になることでしょうね。国会まで「楽しく」してしまって良いものかどうかは考えものですが。
posted by 珍風 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

だめんず・ぱぁ〜てぃ〜

そういえば正月早々、自民党総裁選に一般も参加できるようにしたいなんてヌカした狂豚もいたようですが、実際にやってみたらいいじゃないのか。などと人の悪いことは言いっこありですが、実際のところバカ殿のあのたれ目顔が「党の顔」では目も当てられない選挙結果が目に見えて夜の目も寝られぬ自民党、奇麗なおねいさんに目をつけたのはいいのですが、カラダにしか興味ないだろ。

藤原紀香 参院選出馬
 藤原紀香(35)の参院選出馬説が現実味を帯びてきた。来年夏の参院選に向けて、自民党は知名度のある大物タレントを発掘中だが、その目玉が藤原紀香。すでに周辺に打診しているのは有名な話だ。
 今週号の朝日新聞の週刊誌「アエラ」もこの話題を追跡している。最近、政治活動が目立つ藤原紀香が、かつて雑誌で安倍官房長官と対談し、面識があることを報じている。ある自民党関係者が言う。
「藤原紀香が東京選挙区から出るんじゃないかという話は有名。参院・東京は来年から定数が4議席から5議席になり、自民党は候補を2人立てることになる。東京選出の衆院議員たちが地元後援会に藤原紀香の是非を諮ったところ、圧倒的に支持が多かった。出馬を予定している現職の陣営は、“自民票を独占されたら困る”と恐れているそうです」
 出馬するにしても、芸能活動にひと区切りつく公示日直前になりそうだが、苦戦必至の安倍自民党が有名タレント乱立作戦をもくろんでいるのは間違いなさそうだ。
ゲンダイネット【2006年9月11日掲載】


藤原紀香さんはバカ殿とも「面識」があるんでしょうけれども、井上ひさしとも「面識」はあるし、TAKEとも「面識」あるし、さる関西大手製薬会社の御曹司など色々な人と「面識」があるんだと思います。問題はバカ殿の方で、紀香さんは性格がいいから何か勘違いをしているに違いない。それにどうやらバカ殿って若い女性とあんまり「面識」がないんじゃないの?退屈な人はモテませんからねえ。僕も他人のことは言えませんが、女性にアプローチする前には友達なんかにその人についてそれとなく情報収集をしたり、努力はしているんですよ。そういう「努力」はキモいとされる原因になったりするかもしれないけど、いいんだもん、どうせ。

そこで基本的な情報をバカ殿様のお耳に。紀香さんは最近ではマンションのオマケにされてしまったり(しかし171、88、60、89の紀香さんが座ってると部屋の狭さがやけに目立つので中止に。ただしCM出演自体は続行)、TVで見かけることも若干少なくなったようではありますが、アフガニスタンや東ティモール問題に取り組んだ活動は知られていますし、井上ひさしさんと一緒になって「日本国憲法の味方」をしておられます。ついでに10月からはTVドラマ「だめんず・うぉ〜か〜」の主演なんですが、これの原作は倉田真由美さん、年齢は紀香さんと同級生!、最近ではコメンテーターとして紀香さんよりもテレビ露出が多いかも知れない点が危惧されますが、しかも民主党の有識者会議メンバーだったりするというわけで、どうも紀香さんの場合、身辺に自民党臭はしないんですよね。バカ殿の手に負える女人ではござらん。

自民党総裁選でのバカ殿の圧倒的優勢のおかげで、世の中では逆に危機感が高まっているのかも知れません。太田光が何故か中沢新一と対談した本なんかも売れてるみたいですし。護憲派は「安倍晋三に感謝しないといけない」なんて不謹慎なことを言ってしまっても良いでしょう。まあ、これからの見所はバカ殿が金と権力にものを言わせて紀香さんを転向させるや否や、というところでしょうか?でも紀香さんにはジョリ姐がついてるぞ!それに「大奥〜華の乱〜」ではそれこそバカ殿の正室ながらセックスレスを貫いた(と思う)鷹司信子を演じた紀香さんのことですから心配はないと思いますよ。しかしながらこれからやるドラマってダメ男と縁の切れない人の役ですよね、ダメ男と。しつこいようですがダメ男と。とっても心配になってきた。「だめ連」は何やってるんだ。
posted by 珍風 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

裸ショールで国家安泰

こじつけもここまで来ると脱帽ものです。

吉沢悠1年半ぶり俳優活動を再開
 吉沢悠(28)が1年半ぶりに俳優活動を再開する。6年間でドラマ25本、映画4本という驚異的なペースで仕事を続けたが昨年春、突然姿を消した。「もう自分から出すものがない」。引退覚悟で日本を去り、米国生活を送っていた。同世代の日本人俳優の活躍やイチローの言葉に励まされ、再出発を決意した。「ゆう」と読んだ名前も本名の「ひさし」に戻し心機一転。生涯俳優を目指す。
 秋篠宮家の悠仁(ひさひと)さま誕生で、注目を集めた「悠」の文字に願いを込めた俳優が再出発する。吉沢は99年に連続ドラマを4期連続出演。01年には同時期にドラマを掛け持ち、02年に再び4期連続で連ドラに出演した。合間にドラマ、映画の出演が続いた。主人公の親友やヒロインの相手役など重要な役が多く、息つく暇がなかった。
 周囲から将来を期待された何よりの証拠だった多忙な生活が、逆に意欲まで奪った。「幸せだと思っていましたが、もう自分の中から出せるものがなくなった。空っぽになったんです」。自宅に戻ると抜け殻のように過ごした。「消費されていく」と感じた。
 親心に感謝しながらも昨年4月、所属事務所を離れた。毎晩飲み歩いた。「ただ空気を吸って生きているだけの生活になってしまって」。自分の可能性を広げようと語学留学を決意。ニューヨークに向かった。
 語学学校は週6日。英語漬けの日々。冷蔵庫も台所もない寮に住んだ。共演経験もある藤原竜也のニューヨーク公演記事を新聞で見つけた。「会いに行くことも観劇もできなかった」。複雑な思いだった。ある日、韓国人留学生とブロードウェーでミュージカルを観劇した。最後列まで年配黒人女優の迫力が届いてきた。鳥肌が立った。いつかテレビで聞いたマリナーズ・イチローの言葉を思い出した。「オフシーズンは振りたいと思うまでバットは握らない」。
 留学を半年で打ち切り、昨年12月に帰国。旧知の芸能関係者に「俳優の仕事がしたい」と伝えた。原点に戻るため、名前の呼び方を本名通りにした。再出発の作品が決まった。田中麗奈主演の映画「夕凪の街 桜の国」(佐々部清監督、来夏公開)。「同世代にも心も体も疲れ切っている友人が多い。追い込まないで休む勇気も大切だと思います」。同映画の撮影初日は「デビュー時のように気持ちが高ぶりました」。
 2年後に30代になる。「まだまだ未熟ですが、地に足つけて一生俳優を続けていきたい」。ゆったりした気持ちで、長く久しく…。秋篠宮さまが「悠」の文字にこめた意味と同じ答えに、たどりついた。【松田秀彦】
日刊スポーツ[2006年9月14日8時21分 紙面から]


この人は一応6月から仕事を再開してるんで、今回の騒動とは全く関係ないんですが、溺れる人が藁をつかんでいる様な。

この間まで天皇の後継者がいないからどうするんだとかで大騒ぎをしていたようですが、御公務としてオマンコに励まなければならない立場というのも、ちょっと考えると楽しいようですが、なんだかつらそうです。実際のところ楽しいのは最初のうちだけなんで、そこら辺は覚醒剤などと変わりないといいます。いや別にそーゆーもんの経験はありませんよ、そんなの。ただ結婚の経験はありますんで、その手のおクスリには手を出さずに済んでますが。

そういう場合に、親切な人は「裸エプロン」などを奨めていたようでしたけど、その甲斐があったのかどうか知りませんが、どうやら何とかなったみたいです。しかし裸エプロンも良いのですが、ちょっと古臭いような感じがしないでもありません。世間ではメイドだナースだチャイナだセーラーだと面白い服装を売ったり貸したりしているようですが、僕としてはここで少子化問題の最後の切り札として「裸ショール」を推奨したい。

http://www.rakuten.co.jp/fukusoya/596273/596347/

ラクエル・ウェルチがやってたのは「裸ポンチョ」ですが、あれはかぶるやつだからちょっと違います。ここで売ってるのはショール(shawl)じゃなくてストール(stole)なんですか。よくわかりませんがストールって椅子じゃないんですか。それはスツール(stool)か。日本語って難しいですね。これは背もたれのない椅子のことで、代表的な例として「スケベ椅子」があります。これも同様に役立ちそうなのですが、ところが「椅」の字には「寄りかかる」意味がありますから、「背もたれのない椅子」ってのはちょっと矛盾してないか。そういうのは「兀子」というのがそれにあたるのかもしれませんが、これは4本脚の小さなテーブル様の腰掛け。宮中には「草敦(「敦」は本当は「土へんに敦」)」という樽型のスツールもあったみたいですから今度誰か裸エプロンの先生に聞いて来て。いずれにしてもスツール上でのオマンコは不安定で危険なので、マットかベッドを用いるのが良いでしょう。

世を憂い時を憤る僕としては、このように「家族の価値の再生」について深く思いを致すわけですが、僕が思いを致すと家族が再生する前に家庭がソープ化しそうです。もっとも「家族の価値」なんてのは要するに「世襲を批判しないように」ということなんで、うちとかには全然関係ないんですがね。ビンボーとバカを世襲してどうするんだ。天皇さんの家とか、その他お偉い人たちにはそりゃあもう大事なことなんでしょう。もっとも政治家の場合は、バカが総理大臣になっては大変なので批判されたりしますが、バカが天皇になったら大変だ、とは誰も思わないようで。てゆうかバカが天皇になった例は結構あるみたいですけど、あんなもん誰がやったって同じなんでしょうな。誰もやらなくても一向に差し支えない。

そんなことより同じ世襲制の国でバカばっかりやっているとこが近所にありますけど、そっちの方が大問題だったりして。オマンコ、じゃなかった覚醒剤の供給にも影響してきますしねえ。三代目がどうなるのか、注射する人も鼻で吸う人も興味のあるところじゃないですか。僕は松茸や蛤は好きですがおクスリは嫌いなので関係ないですが、金さんのとこだってあれが千年も続けば天皇と同じ様なもんです。その他にも大国の傀儡が指導的政党となってその他が衛星政党のようになっている様子などを見ても「北朝鮮+生産力=日本」というくらい似ているところがあります。これには文化的に儒教の影響が暗い影を落としていることも無関係ではないでしょう。日本と「価値観を共有」しているのは印度あたりよりも朝鮮半島の方です。特に中国とはちがって最近まで椅子生活が一般的でなく、床に座りたがるところなどは腰掛けと肩掛けの区別がつかない大きな原因です。一方アメリカから「押し付けられた」憲法が気に食わないという人が「アメリカと価値観を共有している」てのはちょっと筋違いじゃないか。

え〜、おもしろいトラバがいっぱいありますが、
posted by 珍風 at 13:08| Comment(0) | TrackBack(30) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

今日は狂犬病だ

社民党の福島瑞穂党首は11日午前の党の会合であいさつし、次期首相に確実視される安倍晋三官房長官の著作に触れ「国家に命を投げ出すことが必要などとすさまじい発言をしている。戦争の被害者にも加害者にもならないという戦後の出発点を変え、国家による『死』を再び迎える時代になる」と述べ、「安倍政権」への強い危機感を表明した。
2006年9月11日12:09時事通信社


言いたいことは分かるんですけどね、「国家による『死』」は今でも日常茶飯事でしょう。企業の垂れ流す有毒物質による「公害病」は国家の不作為によるものではなかったでしょうか。「公害」がオシャレに「環境」と言い換えられてからも、我がスポンジ頭が思い出せる限りでも薬害エイズにアスベスト、そして肝炎はどうなんですか。肝硬変は「生活習慣病」ですかそうですかへー。知らなかったよ全く予防注射が「生活習慣」だったなんて。国家は数多くの過労死について、その防止のために有効などんな手を打ちましたっけ。企業は労基法違反が会社の存亡に関わる重大事だと認識していますかね。国家は国民の「死」と企業の「死」が競合したらどっちを選択するんでしょうか。債務者を自殺させて高利を貪るサラ金を保護するのも国の大事な務めだよ、な?

そういうわけで、なにもバカ殿に言われなくても「国家に命を投げ出」してる、てゆうか投げ出さされてる人は大勢いるわけです。戦争ってのは確かに国家が直接顔を出しますから、まともな神経じゃちとやりにくいわけで、「愛国心」や神社とかで誤摩化したりしなきゃどうしようもないところがありますけど、国家は、例えばナントカセメント会社のために人が何人か死んでも仕方ない、ってゆーことが出来るんですよね、行政としてその会社を取り締まるかどうか決められるわけなんで。そういう意味では「公害」も「過労死」も「森永ヒ素ミルク」も「サラ金自殺」も「国家による『死』」と言ってしまって良いところがありますわな。

もっともその全てについて国は責任をとれ、なんて言ってるわけじゃあないんですがね、ただ、「国家」てもんのお墨付きさえあれば人の命を奪うのに何の遠慮がいるものか、それが「国家」ってもんでしょう。たしかに自分の餓鬼や嫁さんが殺されりゃあ犯人を死刑にしてくれ、それは分からんでもないんですが、そいつはそういう場合は死刑にするって国の法律とか判例とかで決まってるってわけだ。そこらへん、何をしたら死刑に処すかってのを決めるのが「国家」なんですから、「国の判決に文句を言う奴は死刑」とか「裁判中にいろいろ意見を言う遺族も審判に無用の影響を与える虞があるので死刑」なんていうことを決めちゃえばよろしい。みんな死刑になっちゃう。原則として「国家」は自分の趣味に合うもん、あるいは合わないもんを自由に死刑にすることが出来ます。逆に言えばそれが出来るから「国家」というものには色んなことを行う力があるわけです。一番良い国民は死んだ国民だ。なんだかのべつ幕無しに死刑宣告を行うこまわり君みたいですが、実際のところ陰部を露出するかどうかという違いしかないのかもしれません。しかしながらそこら辺の限度は最低限わきまえてもらいたいもんです。

まあそれでも今のところは憲法というものがあって、国家が自らの快感原則、或は「国家原則」とでもいうものに振り回されて国民を皆殺しにしないように、殺されそうな側が手綱を取り、鎖で繋いでおくということにしていますが、犬はちょっと甘やかすとつけあがりますから、今度の首相なんかはどうやら「国家」の友達みたいでして、憲法を「国家」の好きなように変更してあげたいらしいのね。でもそいつは「狂犬が犬の飼い方を決める」ようなもんで、危険この上ない事態なわけです。「猿の惑星」と「狂犬の島」とどっちに住みたいですか?まさに究極の選択、コンクリフトです。「犬猿の仲」とはよく言ったものです。いずれにしても誰か保健所に連絡して犬殺しに来てもらった方が良いと思うんですが。ところが保健所がどういう種類の狂犬を処分するのかを決めているのが「国家」という狂犬の親玉なんですから処置なしですな。
posted by 珍風 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

危険な子ども(ただしもうすぐ52歳)

子ども絡みの犯罪で検討会  自民が設置、議論促進
 自民党は6日、秋田県藤里町の連続児童殺人事件や北海道稚内市の母親刺殺事件など子どもが被害者や加害者として絡む事件が続発している事態を受け、同様の犯罪の防止策を検討するチームを党内に設置する方針を決めた。
 座長に中山成彬前文部科学相、座長代理に馳浩文科副大臣を充て、関係省庁の政務官も参加。「子どもは宝プロジェクト」と題し、7日に初会合を開く。次期首相に最有力となっている安倍晋三官房長官が教育の抜本改革を掲げていることを念頭に、党側でも議論を促進する。来夏の参院選に向け党の積極的な取り組み姿勢をアピールする狙いもありそうだ。
(共同)
東京新聞(2006年09月06日 16時47分)


「続発」なんて言ってますが、鈴香さんの事件と稚内の事件とではぜーんぜん違うんじゃないでしょうか。「子ども」が絡んでるってゆうんですが、「子ども」って言葉にもいろんな意味がありますからね。日常的にはだいたい3種類の「子ども」があります。つまり「良い子悪い子普通の子」の3つであります。違います。

1、自分の息子とか娘。続柄としての意味。この意味では全ての人は誰かの子どもですから、ありとあらゆる「事件」は一つの例外もなく「子ども」が関係していることに間違いはない。うちの餓鬼。
2、小児や児童などの年齢の少ない人間。年齢の範囲は一定していませんが、未成年者の大半を含むことが可能。ただし赤ん坊は入らないと思います。そこらの餓鬼共。
3、幼稚で未熟な人間を上記2に喩えて言う。僕自身。

例えば鈴香さんの事件は、犯人が誰であるかによって2だけに当てはまる場合と1と2が該当する場合とに分かれます。更には鈴香さん自身が3であるなどという報道もありますんで、そうなるとオールマイティです。稚内の方は1。16歳の人間が2に該当するんだとすれば2も当てはまりますが、高校生は大人と子どもの狭間であると高校の教科書に書いてあります。微妙ですね。2と3は両立しないんですよ。本来2でないものを2に喩えたのが3なんですから。稚内君は2ではない場合には3であるかも知れない。

ところで稚内の事件は、むしろこっちの方に近いようです。

父親殴り死なせた男逮捕
 兵庫県警西宮署は3日、傷害致死の疑いで同県西宮市の無職野々村高広容疑者(40)を逮捕した。
 調べでは、野々村容疑者は同日、自宅で父松太郎さん(75)の顔を素手で何度も殴るなどし死なせた疑い。容疑を認め、「金をくれと言うと、働いていないと言われカッとなった」などと供述しているという。
 野々村容疑者は同日午前、松太郎さんを殴り、倒れているのを放置して外出したという。同日夜西宮署に通報、同署員が死亡している松太郎さんを見つけた。
日刊スポーツ[2006年9月4日6時47分]


この場合は1と3でしょうね。こういう事件は頻繁に発生するようですが、間違いなく「子ども」が絡んでいるわりには世間ではあまり騒いでくれません。全ての発覚した犯罪の犯人は3の要素を持っていますが、この無職40歳はその動機においても犯行の様態においてもとりわけ濃厚な3であると言えるでしょう。これは立派な「子ども事件」です。中年男だからといって差別しないで頂きたいもんです。おじさんも人並みに扱っておくれよ。もっとも殺人の大半は家族間で行われているんですけどね。

その他最近の事件ですと山口1区の男子学生さんは未成年者だけど2なんですかね?19歳といったらもういい歳だぜ。僕なんかのいい加減な思いつきだと、おおむね1を産生しうる人間は2には該当しないとして良いのではないか。「餓鬼が餓鬼を生んでどうすんだ」なんてよく言ったりしますが、餓鬼2が餓鬼1を生むことはあり得ないという定義です。他方で餓鬼1が餓鬼1を生めば孫になりますし、餓鬼3が餓鬼1を生んだ場合は車内に放置して死なせてしまったり、崖から放り投げて殺してしまったりすることがあり得ますな。そういえば男子学生さんは女の子の死体に何だかずいぶんとオトナっぽいことをしたという噂もあるんですが、フツーにヤリたかっただけなら殺してしまうのは3な感じですが、特に死体にヤリたかったということになると一人前のブットゲライトです。ちなみに19世紀あたりだとヘンタイは3の中に入れてたんですが、最近ではそういう見解は否定されていますのでこの事件は「子ども事件」には該当しないのかもしれません。

その一方でやはり山口(4区)が関係している自民党総裁選も、1と3に該当です。もはや政治家が出世するには政治家の1じゃないといけないようなのです。そういうのをナントカチルドレンの様な3のカタマリみたいなもんが支えていくという仕組みなんですが、支えられている本人も3だったりするんですから危険極まる「子ども事件」だといって差し支えないでしょう。バカ殿は「子ども事件の原因は教育基本法だ」と言うんですが、悪いことしないように学校で言って聞かせればいい、なんてかなり幼稚な発想です。今時の小学生でももうちょっと考えてものを言うでしょう。まして政府のやることなすこと全て正当化する「愛国心」を教え、気に入らない教師は首にするというような悪い暴力の手本をオトナが示してどうするんだ。

総裁選の結果から、自民党は来年の参院選での苦戦を予想しています。的確な判断でしょう。そこで自民党は「防犯」とか「安全」をネタに国民を恫喝するつもりのようです。これから1年間は治安キャンペーンですが、餓鬼共の将来は真っ暗だし、犯罪でもしなきゃ食えない人たちは増えるし、確かに治安が悪化するような環境は整備されていますし、ますます整備するように頑張るとのことなので期待しましょう。同時に犯罪の社会経済的要因を無視して犯罪者の心理を中心に考えるようになるわけですが、その際には自らの犯罪行為を抑制する傾向の欠如が問題とされます。そしてこのような抑制力は人間同士の同情の念ではなくて社会規範の強制的内面化によって発動するんだという議論が妙に説得力を持って主張されます。これは国民が一般に他人に対する同情を失っている度合いに応じ、また内面に規範を持っていない度合いに応じて説得力を増す考え方ですから、なかなか有望なアイデアです。来年の日本はみんなが「他人は犯罪者だ」と考える「美しい国」になります。いや、珍しいことじゃないですよ。「人を見たら泥棒と思え」の心構えが日本の伝統です。そして人が見ていないときには自分が泥棒なんです。
posted by 珍風 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

山の中で放置プレイ

「少年法改正」を祈願して山口の山中に吊り下げられた大きな羊が骨になって落ちたので回収されることになりました。

遺体で発見の容疑者男子学生、逃亡は狭い範囲か
◆ 山口・女子学生殺害事件 ◆
 山口県周南市の徳山工業高専で5年生中谷歩さん(20)が殺害された事件で、殺人容疑で指名手配され山中で遺体で発見された同級生の男子学生(19)の所持金は、犯行当日の登校時とほぼ同じ約3000円だったことが、周南署捜査本部の調べで8日、分かった。
 これまでの調べで(1)中谷さんの死亡推定時刻は8月28日午前10時半から正午(2)同日午前11時半ごろバイクで校内を去る男子学生を目撃(3)男子学生は自殺に使ったビニールひもを同日正午ごろ山口県下松市の量販店で購入(4)男子学生は死後約10日経過−が判明。
 また、男子学生の家族は「所持金は2、3000円だった」と証言している。
 これらの情報から捜査本部は、男子学生が広範囲に逃亡した可能性はほぼないと判断。同日午前11時ごろ中谷さんを殺害し、自殺を決意、ひもを購入した足で学校から直線で約4キロの山中に入ったとみている。
スポーツニッポン[ 2006年9月9日付 紙面記事 ]


少年法の改定をもくろむ人たちには申し訳ないんですが、この事件はそのために利用するにはあんまり適当ではないんじゃないかと思います。そういう人たちの主張するところによれば、この男子学生の顔写真などを公開していれば自殺する前に捕まえることが出来たと言うんですが、本当にそうなのか。

報道などによればこの男子学生さんは女の子を殺してから1時間程度の間にはもう自殺してしまったか、少なくとも山の中に入ってしまったようなのです。彼の身柄を確保することが可能なタイミングは8月28日の11時半頃からせいぜい1時間ほどの間です。ところが被害者の死体が発見されたのは同じ日の午後3時頃ですから、いくら写真をバラまいてもちょっと間に合いそうにありません。時をかける少女かタイムボカンが必要です。工業高等専門学校ですからもしかするとちょっとしたタイムマシンくらいは倉庫の隅に置いてあるのかもしれませんが、そういうもんがあれば殺人そのものを解消できます。

ところで不思議なのは男子学生さんの死体「発見」の驚異的な遅延であります。警察は何を探していたのか知りませんが、長期に渡って行方不明だった彼が自殺していた可能性は極めて高かったはずです。当然そのような想定の元での捜索も行われていたと考えられますし、所持金が少なかったことから学校及び自宅の周辺を探してなかったとは考えにくい。地元の警察はよほどボンクラなのか、もしかすると実はもっと以前に「発見」していたのではないか。ところが何しろ季節が季節ですから、クサいし、グズグズだし、デロデロだ。どうせ死んでるんだからもうちょっと扱いやすくなってからでも遅くはないや、少し干しておこう、と考えたとしても不思議ではありません。死体を扱うのがイヤだとは警官の風上にも置けない野郎共です。

そこで警察の名誉のために、自殺死体発見の遅れについて今ひとつの可能性を考えてあげることが出来ます。何故か早々とこの男子学生さんが犯人であると断定して指名手配したところをみると、優秀なる山口県警は彼の死体を極めて早い時期に発見していたと考えることも出来ます。これを10日もぶら下げたままにしていたのは腐敗した死体を触るのをいやがったからではありません。「週刊新潮」の発売を待っていただけだったのです。7日発売の「週刊新潮」に男子学生さんの名前と写真が掲載されていることが「分かった」ことが6日に「報道」されました。誰が発表したのかよくわかりませんが、これは「報道」というよりは「宣伝」じゃないかという気がしますけど。新潮社が自分で報道機関に触れ回ったのか、それとも別の「信頼できるソース」があったのかも知れません。とにかくそういう告知が行われて翌7日が「週刊新潮」の発売日、朝の出勤時や昼休みにみんなが「週刊新潮」買いますわな。概ね売れたところでその日のお昼休みが終わった頃合いを見計らって「発見」という、水も漏らさぬ段取りです。これは警察としては可能な限り早い「発見」だったと言えるのではないでしょうか。それにこれで夕方にもますます売れるというものです。

もちろん新潮社の都合ばかりではなく、いわゆる識者とか専門家とか称する人々による少年法を邪魔者扱いするコメントが一応出そろうまで、男子学生さんは木にぶら下がったままずっと待たされていたんですから、いくら死体とはいえ多少気の毒な感じもします。腐った肉に縄が食い込んでボトリと落ちるまで、誰かが見張っていたのかもしれませんが、見張る方もそんな美しい日本の風景につきあわされるのはたまったものではないでしょう。おまわりさんは大変なんです。たまに拳銃で自分の頭をブチ抜きたくなったとしても仕方ないのかもしれません。
posted by 珍風 at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

美しい日本の束子

そういうわけでどうも今年の流行語大賞は「美しい」になるんだそうであります。毎度おなじみのバカ殿ばかりではなく、櫻井よしこさんも「気高く、強く、美しくあれ」なんて本を出しておられるようであります。気高くて強くて美しくて、これで値段が安くて量が多ければ言うことはありませんが、櫻井さんによると「日本の復活は憲法改正からはじまる」ということのようですから、日本は今のところ死んでるらしいのです。ちっとも知りませんでした。「日本」が死んでいても僕たちは大抵生きているようなので一向に平気ですが、バカ殿が首相になっても、それは日本が死んでる間になったもんですから無効ですな。

もっとも櫻井さんが「美しくあれ」と言っているのが、鏡に向かってのことである可能性は否定しませんが、美醜の判断は人それぞれであるとはいえ、女性の容姿に限っては本人の意向を最大限尊重するのがよろしかろうと存じますので、そういう難解な問題に立ち入ることは、ここでは致しません。まあ個人的なことを申し上げるならば、最近はともかくとして、彼女が30代の頃からテレビで拝見させて頂いておりますが、その当時としては、頼近美津子や田丸美寿々と並び称されるほどの存在感があったといってもよろしいのではないかと。年増なところがまたなんともいえませんでしたな。今もって年増の度は深まるばかりですが。

で、そんな櫻井よしこさんも、そして「美」とは金輪際縁もゆかりもなさそうなバカ殿も「美しい」とかゆうことを言いたがる、いや実際に盛んに方々で触れ回っているわけなんですが、いったい何のつもりなんでしょうか。考えてみると「美しい」という言葉はかなり便利なものであります。それは一方では、何かが誰かに何らかの快いものをもたらすものであり、且つ又それが善いものや真なるものであり得ることを言い表しています。たしかに善きものは往々にして美しかったりすることが間々ありますので、「美しい」ものは即ち「真」にして「善」であるような気になってしまいます。

ところが他方ではこの言葉は単に個人的な感性的価値認識の表明に過ぎません。何を「美しい」とするにしても、それはその人の感性ですから、他人としては「ちょっと違うんじゃないの」と思ったとしても文句を付けることが出来ません。いや、文句は付けられるのですが、文句を付けられたほうは無限に自己の判断に固執することが可能です。たとえば僕は南海キャンディーズのしずちゃんは「美しい」と言うことが出来ます。世の中は広いですから、中には「いやそんなことはない」と考える人物がいてもおかしくはありませんが、その人物が「しずちゃんは美しくない事」を僕に納得させるのは困難です。僕は「だって僕には彼女が美しいと思われるんだから」と言って、自分の判断にいつまでも固執することが出来ます。いくら彼女が美しくないゆえんをといて聞かせても無駄なことです。もっともそんなことをするとしずちゃんにひっぱたかれるのですから、困難さはいや増すばかりであります。

実はこれは「美しい」ということについて、それが美しいとされる対象の属性であるのか、美しいと感じる認識主体がそういう性質を対象に与えてるのかという問題になるのですが、日常言語でははこれらを弁別することなく、個人の感性の恣意的な判断に従って何かを「美しい」と言ってしまえば、その対象が何らかの善きものであることを主張できます。いや、主張は出来ないんですが、そのように印象付けることが可能なのです。

例えば憲法を「改正」して国を挙げてアメ公の鉄砲玉となったり、「共謀罪」の疑いで「日本版CIA」が拷問したり、国民の大多数を貧窮化したりすることが「善い」と言うためには、それが善いとされるゆえんを説明しなければなりません。「いや全然善くない」という意見が出てくるのは目に見えていますから、なおさら反論する必要があるでしょう。しかしこれを「美しい」と言ってしまえば、もはや説明義務を果たす必要のないバカ殿個人の感性の問題にすり替わることでしょう。その一方で、しかし秘かに、「美」というものの別口の定義から、それが「善」であるという判断を、それと分からないように言い表しているのでした。これは詐欺師のやりかたに近いようなもんです。

どうも「美しい」なんていう美辞麗句には気をつけるに越したことはなさそうですが、そういえば「美」という字は「羊」が「大」きいということなんだそうです。「羊」は「犠牲」として捧げられる動物であることから、「美」とは大きな犠牲を払うことを意味するようです。つまりビンボー人が金持ちに犠牲として献上されたり、日本自体がどっかよその国に捧げられたりするという、取り返しのつかない大きな犠牲のことです。そんな目に遭うんだったら美しくない方がいいと、しずちゃんも自らの美貌を呪うことしきりであります。大きな羊に似ていなくもありません。
posted by 珍風 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

国民の 勝手許さぬ 和の心

教育基本法の改正を最優先 安倍氏表明  2006/09/03 23:24
 安倍晋三官房長官は三日、盛岡市で開かれた自民党東北ブロック大会で、「大切なのは教育基本法の改正だ」と述べ、新首相指名後の臨時国会で、継続審議となっている同法改正案の成立に最優先で取り組む考えを表明した。
 さらに安倍氏は「難易度は高いが条約刑法、テロを防止するための刑法の改正(が必要だ)。条約を結んでいる以上、国内法を整備していく責任は果たしていくべきだ」と述べ、共謀罪を創設する組織犯罪処罰法改正案の成立を目指す意向を示した。
 社会保険庁改革法案については「いまの改革案のままでいいのかという問題がある。年金はわかりやすくなければ、なかなか(国民は)払ってくれない」と述べ、法案の修正が必要との認識を示した。また、防衛庁を省に昇格させる防衛庁設置法等改正案の成立を目指す考えも明らかにした。
北海道新聞


実にのんびりした太平楽であります。このご時勢に「教育基本法改正」やら「共謀罪」やらを優先的にやるんだそうです。まず最初に自分のやりたいことをやっちゃいたいようですが、どうもこれは「興味本位」の謗りを免れません。てゆうか一番最初に好きなものを食べてお腹いっぱいになっちゃう餓鬼のようですが、国民が政治に期待しているのは別段密告の奨励や学校を通じた抑圧的支配では全然ないんじゃないかと思うんですが。そういえば売り物の「再チャレンジ」とやらはどこに行ってしまったのか、どう考えてもこっちの方が優先じゃないですか。「再チャレンジ支援議員連盟」は、今でも何かの冗談で当初の名前を使用中とのことですが、あなたの町の「再チャレンジ支援議員」が何か言ってたら「再チャレンジはどーした?」と大きな声で言ってあげましょう。逮捕されますよ。

もっとも教育基本法の「改正」など、やったところで実際にはあんまり意味はありません。実際の教育行政は「教育基本法」というよりは自民党の「教育基本法改正案」にのっとって行われているといって良いくらいで、実際の学校などを見れば、日本に「教育基本法」などというものがあるとはほとんど信じられないような状態であることは、1日でも学校に行ったことのある人には明らかでしょう。ところが根が正直で頭が悪い人は日本の教育が「教育基本法」にのっとって行われているもんだとばかり思ってしまうので、教育に問題があるとすればそれは「教育基本法」に何か問題があるんじゃないかと考えてしまうわけです。バカ殿にしては大したトリックですが、現行の「教育基本法」を読んで近所の学校の実態と照らし合わせれば事態は明白になってしまいます。つまりトリックは国民が文盲であることを前提にしているわけなんですが、ちょっとどうかなと思いますね。もちろん国民を文盲同様にすべく頑張っているわけで、テレビ番組の放送前にチェックを入れて気に入らないところは変えてもらうなど率先垂範されているようですし、努力はしてるみたいだけどね。「共謀罪」に「再チャレンジ」しようというのもそういうことでしょう。でもこれらの努力は国民がまだ文盲ではないことを前提にしているようですから、ちょっとオカシイ。

アメリカの命令による憲法改定のためにわざわざ自民党が結党されて以来、「日本国憲法」についても日本政府はあたかもそれが存在しないかのようにやってきたんで、いまでは「日本国憲法」が日本の憲法だとはちょっと信じられないような状態です。しかしながら自民党がそうやってこられたのも、戦後過程の中でバカ殿みたいにバカ殿でも世襲で偉くなっちゃうような連中とビンボー人との対立が先鋭化しなかったことが大きい。生活を豊かにしてもらった大多数は、自らの権利が踏みにじられるのを黙って観ていたものでした。ところがこれからはどうもそうはいかない様子なのです。ビンボー人がバイトのくせに労組なんか作ったり、デモをしてみたりと、このままだとビンボー人が自分らはどうもバカ殿やなんかとは全然対立するんじゃないかと考え始めます。

自民党としちゃそれは困るんで、同じ「日本人」というなかで頑張った人は総理大臣とかなんとかで、そうでない人はワーキングプアで餓死と、そういうことにしたいところなんですが、対立する、ということは「あいつらは日本人は日本人でも「違う日本人」だ」というふうに見るようになる、そこでそれじゃまずいってんで「再チャレンジ」とか言ってはみたものの、経済のことは何も分からないので何もしません。分かったところでやる気がありません。そこで先祖伝来の田舎侍の合い言葉「愛国心」とか「公」とかを持ち出して「同じ日本人」として統合をはかる、というのは気持ちとしては理解できるのですが、その「統合」とやらが成り立たない条件下でそれをやらなきゃいけないってんだからバカ殿にはちょっと難しい課題ではないでしょうか。茶飲みジジイの応援をどうぞ。

和の発想へ転換 大阪「正論」懇話会 千玄室氏が講演
 大阪「正論」懇話会の第4回講演会が4日、大阪市内のホテルで開かれ、茶道裏千家前家元の千玄室氏が「『和』 茶の心」と題して講演。茶道のもてなしの心を踏まえ、教育や国際関係でも、相手の立場に立った「和の心」が大切だと訴えた。
 千氏は、親殺しや子殺しなどの事件が相次ぐ現代社会で最も重要なのは教育であると指摘。戦後の教育では、「親と子」「世界と日本」といった対立的発想が中心となっているが、「親の子」「世界の日本」のように「和」の発想への転換が必要であると強調。
 「茶道では、隣の人に『いかがですか』『おさきにいただきます』と気遣い、たててもらったお茶を感謝して飲む。そういういたわりの心をもてば、日本はもっと優しい、すばらしい国になる」と述べた。
参詣新聞【2006/09/05 東京朝刊から】


なかなかどうして心もとない応援であります。「和」の心で「対立」をねじ伏せようというわけですが、「和」は人の声に応じ加わる意、歌をムリヤリ一緒に歌わせたりする、そういう心ですな。大変勉強になります。

千玄室さんももう相当なお年になられますが、バカ殿も一部では短命と言われ、自分でも「教育毀損法」に「珍憲法」に「共謀罪」が最優先だと言っているくらいですから、おそらく来年の選挙までにそういうことを済ませておくというのが精一杯の努力目標でしょう。今年中には早くも能力の限界を満天下に露呈しそうな感じですが。もちろんその間にも幻の犯罪不安に振り回された自警団が十数人の団体(!)で夜回りをするは、防災訓練に米軍が来るは、事態はとっくに進行中ですが、にも拘らず選挙の結果は自民党にとっては残念なものとなる可能性があり、そうなると総裁の座を引きずり降ろされることにもなりかねません。しかし上手くすればそれまでに国民どもを制圧する体制の基礎固めをすることが出来るでしょう。それがつまり「改革」なわけで、そうすればアメちゃんのお誉めにあずかって「再チャレンジ」だ!バカ殿自身のですが。
posted by 珍風 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。