2007年10月31日

"身内新聞"にあきれ顔、女子供の血も噴出

守屋氏に“身内”はあきれ顔、憤りの声も噴出

 防衛商社「山田洋行」元専務(69)との親密な関係などをめぐり、守屋武昌前防衛事務次官(63)の証人喚問が始まった29日、東京・市谷の防衛省では、職員がテレビの中継に見入って、かつてのトップに「すべて明らかにしてほしい」の声が上がった。
 自衛隊員の1人は「わたしたちがイラクやインド洋で汗を流していた時、次官はグリーンの上で汗を流していたのか」。自衛隊の海外派遣は守屋氏が尽力した「省昇格」に伴い本来任務となった業務。次々と疑惑が噴き出した守屋氏に、多くの隊員はあきれ顔だ。
 防衛省幹部は、毎週末のように埼玉県や千葉県など郊外でゴルフをしていたことに憤る。「自分たちが土日返上で働いていた時も、次官は遊んでいた」。さらに「そういう人物を生んだ組織にも責任があるのかもしれない」と声を落とした。
 元専務が昨年6月まで所属した東京・六本木の山田洋行本社。受付の女性が「約束がないと取り次げません」と話しただけだった。

2007年10月29日 参詣新聞


「イラクやインド洋で汗を流していた」んだそうですが、まあ、汗も流せば油も流し込む、それどころか「横流し」までしていたんですからエライもんです。どっちにしてもそれは民間人の血を流すために使われたんですよね。「土日返上で働いていた」ってのもわざわざ数字を間違えたりしてそいつを隠蔽するためなんですから、ご苦労様です。

米軍のヘリが農民を虐殺していた時も、自衛隊はインド洋など海外でのんびり油を売って、いや只でやっていたんですが、ゴルフよりは辛いんでしょうな。もっともこの記事、誰が言ったのかちっともわかんないような事ばっかり書いてありますから、自衛隊員や防衛省幹部の皆が皆こんな太平楽を並べているノーテンキのみで構成されているとは限りません。

そんな愚劣な記事が載っているあたり参詣さんもノーテンキですが、どーもこの「兵隊さんが一生懸命やってるのに守屋さんたら悪いことして、兵隊さんが河合その子」という頓珍漢な方向に行きたいようで、「腫脹」という欄にも

自身の問題が新テロ特措法案の審議の妨げになっている点については「痛切に責任を感じている」と反省を口にした。自衛隊の国際貢献や米軍再編などに守屋氏が業績を挙げてきたことは事実だが、不適切な振る舞いが取り返しのつかない事態を招いた。賭けマージャンでの勝ち分は、焼き肉代になったなどという情けない言い訳を、自衛隊員やその家族がどのような気持ちで聞いているか。そこに思いをめぐらせるべきである。

2007年10月30日 参詣新聞


と来たもんです。守屋さんは米国および日本政府と兵隊さんと銃後の家族に責任を感じればそれでいいらしい。僕だって税金を払ってるんですが、それは言わないでおきますよ。ただし、今のところ防衛とかいうもんは、本を読まずにじっくり考えてみると日本がアメリカから買い物をすることに他ならないようですから、守屋さんもただただ遊び呆けていたというわけでもない、エンジンでも何でもどんどん買って来て「日米同盟」に大いに貢献したというわけです。守屋さんにどんな見返りがあったにしても、アメリカにしちゃ安いもんじゃないすか。

こんな「日米軍事同盟」の本質みたいなもんを隠蔽するかのように叩かれまくる守屋さんは、そうはいっても自業自得ですからちっとも可哀想でもなんでもありませんが、兵隊さんも別段カワイソウには当たらないでしょう。おかげで酷い目に遭っている人がそれこそ何千人何万人といるわけです。それこそ可哀想と言うべきもんですけど、そいつに日本が不適切にも加担していて、取り返しのつかない自体を招いたりしていますが、僕なんか自慢じゃないけど賭けマージャンで負けても真面目に税金を払っている(源泉徴収されるんで)からやっぱり加担してるわけなんで「あきれ顔」じゃ済まないんですが、そこに思いをめぐらせるべきでありましょう。
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2007年10月30日

学校におけるお尻の惨事

君が代不起立者 教委への報告『条例違反』 個人思想収集と指摘

 神奈川県教委が、入学式などで君が代斉唱時に、起立しなかった教職員の氏名などを県立高校の校長から報告させていることについて、県個人情報保護審査会(会長・矢口俊昭神奈川大学大学院教授)が、県個人情報保護条例が禁止する「思想信条に関する個人情報の収集に当たる」と判断していたことが二十九日、分かった。
 同審査会は県教委に対し、収集を中止するよう答申。県教委は、二〇〇六年度と〇七年度に報告を受けた氏名などの情報の廃棄を検討する。
 個人の思想、信条や犯罪歴などのいわゆる「センシティブ情報」をめぐっては、神奈川県と同様に条例で取り扱いを原則禁止している自治体もあり、影響を与えそうだ。
 県教委は〇五年春から、各県立高校長に対し、卒業式や入学式で君が代斉唱時に起立しなかった教職員の人数、〇六年春からは氏名と指導経過を報告するよう指導している。これを不服とした教職員が個人情報保護条例に基づき、情報収集をやめるよう請求したが、県教委は「不起立者の氏名や人数は客観的事実。各教職員に不起立の理由を聞いておらず、思想信条は記載されていない」として請求を退けた。教職員十六人が昨年八月に異議申し立てをしていた。
 審査会の答申は今月二十四日付。答申では「起立しない理由の多くは、過去に日の丸・君が代が果たしてきた役割に対する否定的評価に基づくと考えられる。不起立者にその理由を問わないとしても、一定の思想信条に基づく行為であることが推定できる」とした。
 県教委高校教育課は「答申内容を尊重せざるを得ないが、これまで主張してきた内容が生かされず残念。今後も起立するように指導はしていく」とコメントした。

2007年10月29日 東京新聞


神奈川県教育委員会は「各教職員に不起立の理由を聞いておらず」としていますが、これは重大な瑕疵であると考えられます。起立しない場合には様々な理由が考えられるのですが、それを調査せずに報告したとすれば、この報告には何の意味もありません。もしかすると下痢で(下剤入りのオレンジジュースを飲んだかなにかして)立ち上がると、もう、ヤバい、という相当に切羽詰まった状況にある人もいたかもしれないではないですか。

そもそも教委がこのような報告を求めたのには何か理由があるはずです。例えば起立していない人を表彰するとか、ボーナスを増額するなどの、何らかの処分を念頭に置いていたのかも知れません。仮にそうだとすれば、そこでウンコを漏らしている人も、たまたま立たなかった、いや立てなかったために同様の恩恵を授けて良いものなのかどうか、甚だ疑問とせざるを得ません。

逆に、理由はともあれとにかく起立していないことが問題なのだとすれば、何故そんなことを問題にしなければならないのかという疑問がわきます。「君が代」を歌っている間に空いていない椅子があることに何か不都合な点でもあるのでしょうか?式典の最中に全ての椅子の上にのっかっているケツを持ち上げてもらわなくちゃ困るというのは一体どういうわけなのか。

ひとつ考えられるのは「掃除」です。このスキに椅子の座面をぞうきんで拭こうという考えです。出来れば出席者が着席する前に済ませてもらいたいものですが、時間がない場合もありますから、「君が代」斉唱のときに椅子を掃除するというのは、もしかするとグッドなアイデアかもしれません。こういう場合に椅子に座っている人がいると清掃の邪魔である、というのも無理はありません。

より可能性が高いのは、この時にブーブークッションを設置するのではないか。これは大変愉快な効果をもたらすだけではなく、前述の下痢に悩む人の助けにもなりますから、大いに考えられることです。また、クッションは公費で購入しているはずです。購入したクッションの数から出席者数を引いた数量が余剰クッション数となりますが、実際に余ったクッションの数がこれと異なる場合は、当然その理由を追及しなければなりません。着席している人のところにはクッションが置けませんから、その数を明らかにするのはもっともな話しです。

ところが、どちらにしても起立しない人の人数は必要ですが、氏名まで報告する必要はありません。氏名の報告がなされているということをどのように考えたら良いでしょうか。これは後になってから、起立しない「理由」を確認するためでしょう。そうすることによって下痢のために立てない人、勃起してしまって立てない人などと、そうでない人を分けることが出来るわけです。そこで神奈川県個人情報保護審査会では、氏名の収集は「不起立者にその理由を問わないとしても、一定の思想信条に基づく行為であることが推定できる」としていますし、ことのことは教委も認めていないわけではありません。

県教委が継続求め審議会に諮問へ/不起立教職員の氏名収集問題

 県個人情報保護審査会が県教育委員会への答申で、県立高校の入学式と卒業式で君が代斉唱時に起立しなかった教職員の氏名の収集停止を求めた問題で、県教育委員会は二十九日、県個人情報保護条例の例外措置として氏名収集を継続するため、十一月八日に予定されている県個人情報保護審議会(会長・兼子仁東京都立大学名誉教授)に諮問する方針を明らかにした。
 起立しなかった教職員の個人情報保護をめぐっては、行政機関の対応に対する県民からの不服申し立てを受けて同条例の原則に基づいて議論する同審査会から、行政機関の諮問を受けて同条例が認める例外の可否を決める同審議会に審議の場が移ることになる。
 同審査会の答申は、県教委が同種の情報を今後収集する場合、同審議会への諮問を求めていた。
 答申は「氏名の収集は思想信条に該当する」と認定したが、県教委高校教育課は同日、「服務に関する情報と受け止めている」と従来通り主張。「指導にあたる校長を支援するためにも、起立しなかった教職員の氏名を知ることは重要」と述べ、氏名収集による“抑止力”などで不起立の教職員が減る効果があるとしている。
 答申では、氏名収集は「服務情報としての側面も有する」と併記したことから、県教委は今後、同審議会の“お墨付き”を得られれば、来春の卒業式以降も氏名収集を続ける意向を示した。
 ただ、答申に従い、校長を通じて氏名の収集を始めた二〇〇六年の卒業式以降に集めた延べ百九十三人分の関係資料については、早期に廃棄する方針。内訳は〇六年の卒業式三十八校七十七人、入学式二十五校四十三人、〇七年の卒業式二十七校四十八人、入学式十七校二十五人。

2007年10月30日 神奈川新聞


教委側の主張というのは要するに「思想信条情報」はすなわち「服務情報」であるということですから、思想信条による差別が服務状況による処分という形で行われるであろうことを意味しています。仮に今のところこのような処分が行われていなくても、そのような形で何らかの不利益を被るであろうという予想がなければ「抑止力」は作用しない道理ですから、教育現場には思想信条による差別が存在すること、そして教育委員会がそれを助長し、利用していることは教委自らの主張するところによって明白です。

ここで思想信条の表現がどこまで許容出来るかという問題ですが、表現されなければ思想信条だろうが死相新庄だろうが存在しないのと同様ですから、基本的に表現は許容されます。ただし、それによって例えば式典の進行が著しく阻害されるといった場合には、お互いに検討の余地があるでしょう。もっともただ座っているだけでは何の邪魔にもなりませんから、はやり学校側としては座席の清掃あるいはブーブークッションの設置というような、着席されていては何としても困るという理由を説明しなければならないでしょう。「理由」が必要なのは起立しない方ではなくて起立させようという側ということになります。正当な理由もなく強硬に起立を求めるならば、そっちの方の「思想信条」がどうなっているのか心配です。本当にブーブークッションを置くのであれば、アタマがどうなっているのか、相当に心配です。しかしながら僕としては全校生徒並びに教職員、父兄に来賓に教委のスパイが一斉にブーブークッションの上に座ったらどうなるのか、という点が一番気にかかります。
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2007年10月26日

カチンの街の大事件

キチ祥寺の「楳図邸新築工事」問題、まだやるみたいですよ。この間工事差し止めの仮処分申請が却下されたんですが、その時は「心身ともに疲れており、今は、正式な裁判などで争うことを考えられない」ような状態だったらしいのです。まあ、だいたい裁判所などにお出掛けすると疲れるものですが、一晩寝れば大丈夫なのが健康というものです。いつまでも疲れが取れないようですと過労状態ですから気をつけましょう。しかしときには感情的な刺激が疲労回復を早めることもあるようです。

住民「勝利宣言にカチン」 楳図さん宅訴訟で

 漫画家の楳図かずおさんが東京都武蔵野市内に建築中の自宅をめぐり、外壁を赤白しま模様にする工事の差し止めなどを求め提訴した住民側代理人の長谷川健弁護士が24日、東京で記者会見し「仮処分が却下になった際の楳図さんの“勝利宣言”に、住民がカチンときた」と提訴の理由を話した。
 長谷川弁護士は「住民同士のトラブルなので、判決などで白黒つけるよりも話し合いをしたいと思っていた」と説明。訴状では「住民は景観破壊で平穏に暮らせず、騒音被害ならぬ『騒色被害』を受ける危機に直面している」と訴えている。
 今後、裁判の途中で工事が完成すれば、外壁の撤去や損害賠償を求めていくという。
 工事差し止めの仮処分申し立てを却下した今月12日の東京地裁決定後、楳図さんは「色とボーダー(しま模様)に関して法的に理解を得たことは、全国の同じ立場の方にも勇気を与えた」などとコメントしていた。

2007年10月24日 共同


「提訴の理由」は「カチン」なのだそうです。そりゃそういうこともあるでしょうけど、それを「理由」として記者会見で発表するものなのかどうか、僕はそういうことに不案内なのでよくわかりませんが、何かもっと説得力のあるもっともらしい「理由」はなかったんでしょうか。これではまるで「単にアタマに来たので訴えました」と言っているようなものです。もちろん訴えようという以上は「アタマに来て」いることが多いものですが、そういう場合でも、人様にわかるように「カチン」や「プンプン」の理由を解りやすく説明したいものです。この訴訟は「カチン裁判」とかいって楳図かずおさんのプロフィールに興味深い一項目を付け加えることになりそうです。

で、その「カチン」の原因は楳図さんが「勝利宣言」をしたことなんだそうです。それはどうも「色とボーダー(しま模様)に関して法的に理解を得たことは、全国の同じ立場の方にも勇気を与えた」というものであったらしいのです。内容的に特に「カチン」要素が含まれているとは思えません。いわゆる「住民側」をことさらに敵視したり馬鹿にしたり反社会的人物として排斥したりするようなことも言っていないようです。まあだいたい、「カチン」の原因などというものは推し量るのが困難なものです。僕の奥さんのような女の人などは頻繁に「カチン」を活用なさいますが、何がどう「カチン」なのかということについては、当人もあまりわかっていないことが多いようです。そもそも「カチン」は直感的であり、脳味噌が相当程度複雑な処理を一気にやっていますから、本人の生活史や直前に見たTV番組、お腹の具合や腰の痛みなど、多様な要素が含まれています。これを理解するには多年の年月と経験を要します。「結婚十五の歓び」のひとつは、「カチン」がわかるようになる、ということなのです。あとの14個は、恐くて書けません。

そこでよく知らない人に唐突に「カチン」してもらっても、何とも対応のしようがないわけですが、もしかすると「全国の同じ立場の方」に言及したのがマズかったのかも知れません。楳図さんには「仲間」がいたのです。全国に。多分いたんでしょうな。前から報道されていましたから、いろんな人から激励やら賛同やらの意見が集まったでしょう。そのうち日本中がシマシマになりますよ。誹謗中傷悪口雑言も沢山来たでしょうけど。「住民側」としては、孤立した素っ頓狂な一個人が跳ね上がった行動をとらないように、ご親切にもたしなめてあげようと思っていたのに、相手は全国に仲間がいて、お互いに励まし合ったりして「勇気を与えた」りなんかしているようなのです。楳図さんは、いわば「公共」の「正義」に呼びかけてしまったわけで、そこらへんがどうも「住民側」の思惑と違った、こっちこそ「正義」だと思ってたのに。これも「カチン」と来る原因のひとつであり得ます。

一方、「勝利」を「宣言」するという行為そのものに「カチン」である可能性もあります。もっとも仮処分の申請を出した時点でいわば「喧嘩」ですし、「喧嘩」には勝ち負けがつきものですから、言い分が通った方は「勝った」と思っても間違いじゃありません。今更「判決などで白黒つけるよりも話し合いをしたいと思っていた」と言ってますが、既に仮処分の申請を行った段階で「話し合い」の可能性はなくなっておりまして、勝負は勝ち負けでつけよう、という局面に入っていますから、勝ったものを勝ったと言うことに問題はないようです。しかしそこが「カチン」の「カチン」たる所以です。多分「住民側」の人は仮処分なりで楳図さんを凹ませたうえで、「話し合い」で「円満」に「解決」するつもりだったのではないでしょうか。ということはつまり法的な権力をかさに着て「話し合い」をしようということになりますが、そこんとこには無自覚に、あくまで「話し合い」という形に持って行きたい、そういう気持ちを理解せずに「勝利」とは何事だ、という、これもこれで「カチン」になってしまう流れです。

僕などに理解出来る「カチン」はこんな程度です。本当は他にもあまり人に知られたくもないような諸事情が複雑に絡みあっているのが「カチン」なのですから、その真の姿は知る由もありません。しかし街でも村でも家庭でも、いつ何時このような「カチン」と遭遇するかわかりません。家庭に愛を、家庭の外にも愛を、街には「カチン注意」の看板を。
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2007年10月23日

ハイ・ライズ2007

全然知ったことではないんですが、マンションが売れていないそうです。

 不動産経済研究所は、10月16日、9月の首都圏マンション市場動向を発表した。9月の首都圏マンションの発売は5,202戸、前年同月(6,488戸)比19.8%減、前月(3,337戸)比55.9%増だった。
 契約率は全体で65.9%、前年同月比12.1ポイントダウン、前月比では0.3ポイントアップとなった。
 地域別発売戸数は東京都区部1,124戸(全体比21.6%)、都下736戸(同14.1%)、神奈川県1,506戸(同29.0%)、埼玉県801戸(同15.4%)、千葉県1,035戸(同19.9%)となっている。東京都のシェアは35.8%。


もはやマンションなどというものはまともな人間の買えるものではなくなってきているようです。不動産経済研究所によれば9月度の首都圏のマンション1戸当り価格は4,481万円。よく言われるのがローンは年収の5倍までという説ですが、首都圏ではサラリーマンの平均年収の10倍以上になります。これを地域別に見ると以下のようになります。カッコ内は契約率。

東京都区部  5,656万円 (75.4%)
都下     4,443万円 (74.2%)
神奈川県   4,690万円 (62.4%)
埼玉県    3,654万円 (48.7%)
千葉県    3,570万円 (68.0%)


東京都区部は高いのに売れ行き好調です。ここら辺の物件は少なくとも年収1000万円以上なければ購入出来ず、おそらくは2000万円以上の人が買っています。そういう人達はわざわざ不便な田舎のマンションを買う理由がないので、埼玉県の物件は2000万円以上安いのに売れていません。これは何も埼玉がど田舎だとかそういう意味ですから、気を悪くする人は悪くして下さい。しかしながら人跡の稀な道路が動物の糞だらけの千葉県では7割近い契約率が上がっています。千葉県は、なにしろ千葉県ですから、埼玉県なんかより更に物件が安いのですが、特に埼玉県を嫌う理由(人殺し知事など)がない限り、おそらく3600万円前後のところに「富裕層」と「小金持」を分けるラインが存在します。これは年収700万円あたりに相当すると思われますが、サラリーマンでいうとほぼ課長クラスに当たるでしょう。

ここら辺の下級管理職は、もっと上層の「富裕層」とは異なり「成果主義」のターゲットにされていますから、収入が不安定であり、現在はマンションが買えても近い将来にはローンの支払いが不可能になる可能性が高いものと考えられます。したがって中古物件は千葉県が狙い目です。それでも、年収400万円台の平均的サラリーマンが購入可能な2000万円くらいの物件は、中古でも東京に通勤するのに片道2時間近くかかるような好立地に位置していますから、よほど体力に恵まれない限り死にに行くようなものです。まだ死にたくない人はちょっと考えないといけません。

たとえば埼玉県のマンションはもうちょっと値下げすれば下級管理職あるいは「小金持」にも購入可能なレベルまで下落しますが、もうちょっとビンボーな人が買うためには更なる価格下落が必要です。そこで空いている新築マンションに柄の悪い人が住んでいると価格が下がるという噂があります。とりあえず見た目コワそうな人を入居させてしまいましょう。もっとも最初からコワいと入れてくれないかも知れませんから、入居後に柄が悪くなれば良いでしょう。「プロ」である必要はありません。「コスプレ」とか「扮装」でよいのです。それで購入を希望する「小金持」が来たら、ことさらに派手な格好でこれみよがしに出入りしてみたり、ある種の「外車」を駐車場に停めておくことが有効です。銃声を響かせたり血まみれでエレベータから転がり出てくるような演出はやり過ぎでしょう。コステュームあるいは扮装は、たとえば元予備校講師の佐藤忠志さんなどが参考になります。もっとも佐藤さんは今では拓大教授ですから、ちょっと「本物」に近いような気もしますが。

とはいっても佐藤さんは慶応で「国際政治学」を専攻され、筑波で修士をとったインテリですから、あれこそ「扮装」であると言えないことはありません。しかし2001年に自民党公認で参院選に出たおりには、「野党が政権を取ったら税金の支払いを拒否しよう」と呼びかけたので、これに賛同した税金を払いたくない人が佐藤さんに投票しなかったようですから、日本の「国際政治学」のレベルは驚くべきものです。このような佐藤さんの主張は、国家に税金を払うのではなく政党にお金を出すということであり、そうなると政党は国政のために存在するのではなくお金を支払う人たちだけのために活動するようになりますから、これは徐々に政党ではなくて協同組合のようになっていきます。いくつかの「政党」にまたがる問題は、あくまで「政党」間の協議により決定されます。その結果に賛成しない「政党」は、その協議の結果に基づく活動については支持者から集めたお金を一銭も拠出しませんし、その恩恵を受けず義務も負いません。恒久的な「国家」活動のための財源、すなわち「税金」を否定しているのですから、「国家」とは複数の「政党」が共同での協議を必要とするような局面、その都度変化するインターパーティーなレベルそのものを指すことになるでしょう。佐藤さんはこのような変わった考えを持っていますんで、最近では選挙には出ずに古巣の教育業界との密接な関係によって、教育評論のようなことをやっているようです。

教育業界といえば佐藤さんのみならず、なんとなくアヤシイ雰囲気を感じるのは僕だけではありますまい。たとえば「みすず学苑」などは、ワールドメイトとの関係はもとより変な奴がクレオパトラや楊貴妃の「扮装」をしていたりする狂った広告を電車の窓に出していることで知られていますが、この広告の中で全く目立たない扱いを受けている「縄文太郎」がメインキャラクターだったとはお釈迦様でも気がつきません。一応正式なイコノロジーでは、「縄文太郎」はターザンのようにツタにつかまって鉛筆を持っているんですってね。

縄文太郎と受験生

縄文時代というのは、文明的には不自由であり不便であり思い通りにいかないこともたくさんあったけども、自然と共生して戦争はなく、自然とみんなが一つとなった、平和で幸せで豊かな、内面の高い文明があった一番良い時代だったといわれています。
同じように受験生も、不自由なこととか思い通りにならないこととか、不便なこととかたくさんあるけども、先生と生徒と仲良く一体となって、目標に向かってがんばっていったということが、人生を振り返ってみて、自分の人生の中で一番良い時代だったと思えるようになります。受験とはそういうものです。縄文時代の良さのようなものです。
「つた」は何かというと、「やつた」「やつた」「やつた」「やつた」です。コマンドテストを「やつた」「やつた」「やつた」口頭テストを「やつた」「やつた」「やつた」。リビューテストを「やつた」「やつた」「やつた」。合宿講習を「やつた」「やつた」「やつた」。「やつた」「やつた」「やつた」「やつた」といいながらずっと上がっていくと、合格の女神に出会えて、自由に豊かな、高いレベルの自由な楽しめる大学生活が待っています。それが上の上の方にある自由の女神です。怒涛の合格みすず学苑を立体で表現したものです。
また縄文太郎は「鉛筆」を持っていますが、人間というものはしっかり目標をもって、芯はしっかりとして光っていなくてはいけません。身を削るような思いをして光っていなくてはいけません。きっとご縁ピツのある学校に合格するでしょう。

http://www.misuzu-gakuen.jp/character/


相当なものです。これは戸渡阿見のギャグではないそうです。こっちの方が若干レベルが高いようです。若干ですが。一方通信教育大手のベネッセでは熊本県立高校教諭あがりの執行役員が会議の席上部下と対立した挙げ句、なんと自分の方が会議室を飛び出し、追いかけてきた部下を殴ったそうですが、これもご本人は涙目で本気汁です。このように、いかなる高額なマンションといえども学習塾でも開業するならば明日にでも直ちにバカとビンボー人の楽園と化すことでしょう。ありがたいことです。明後日にはスラム化しますけど、それでいいんです。
posted by 珍風 at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

生類哀れみの令

ぐ犯少年への配慮明記=任意調査の手続き規定−警察活動規則を改正・国家公安委

 国家公安委員会は18日、将来罪を犯す恐れがある「ぐ犯少年」に対する警察の任意調査の手続きや配慮に関する規定を「少年警察活動規則」に盛り込むことを決め、規則を改正した。改正少年法と合わせ、11月1日に施行する。
 規則は、改正少年法で刑事責任を問えない14歳未満の触法少年の事件について、警察に強制調査権が付与されたことを踏まえ、手続きなどを規定。ぐ犯少年の任意調査についても、調査項目や態勢を定めたほか、「不安を与えないよう言動に注意し、やむを得ない場合を除き、長時間の質問を避けなければならない」などと明記した。

2007年10月18日 時事


もちろん全ての場合が「やむを得ない場合」に当たることになりますが、それ以前に虞犯少年、てゆうか「虞犯少年である疑いのある者」への調査権については、少年法「改正」時に削除されています。ところが警察庁ではいつものように法を無視し、少年警察活動規則に「ぐ犯調査」の項目を新設してしまったわけです。どうして平気でこういうことが出来るのか理解に苦しみます。常識のある大人の行動とは到底思えません。もっともお巡りが「常識ある大人」に含まれるのかどうかは大変疑問ですが。

警察の活動というものは、基本的に対象に被害損害を与えるものです。そこでその対象について厳しく限定してその活動を何とか許容出来ないでもない範囲に押さえ込むことによって、その存在を許されています。正に畜犬類と同様、人様に危害を及ぼさないように鎖につないでおくことが奨められているわけです。

しかし警察を「イヌ」などと呼ぶのは謹みたいものです。犬はしつけることが出来ますし、正しくしつけられた犬は人間様の良い従僕です。しかし警察は犬ではないのでしつけることが出来ません。犬の中でも知能の低いものは訓練がしにくいことがありますが、警察はしつけを受ける可能性においては犬畜生にも劣るものと思われます。のみならず税金で喰っている身であるにも関わらず自ら主人としてふるまおうとします。飼い主を咬みます。ちっとも可愛くありません。本来なら薬殺されるべきところであります。

放っておくと、てゆうか放ってあるんですが、警察は犯罪者でない人を捕まえたりしがちであります。しつけがなっていない証拠です。あの女教師はクビになってしまいました。警察のせいです。熟年女教師が単なるオバサンになってしまいました。が、恋愛する元気があれば何とかなるかも知れません。旦那さんがどう思っているか知りませんが、自分が妻に浮気されたことが満天下に曝露されることを不快に思うかも知れませんし、妻が些細なことで逮捕され職を失ったことを残念に思うかも知れません。いずれにしても奥さんが見当たらないからといって警察に駆け込むのは考えものです。犯罪の被害が確定した後でなければ見つけてくれませんし、その前に発見した場合は「犯罪者」にされてしまいます。

警察の習性として生きているものは「犯罪者」に見えます。古来から警官に遭ったら「死んだフリ」をしろ、と言われている所以です。活きのいい奴は尚更上等の「犯罪者」に見える道理です。犯罪事実が確認出来ない場合でも「犯罪を犯す虞がある」と警察が勝手に判断することによって、少年法により審判に付すことが出来ます。少年法第3条第3項に次のように規定されている通りです。

イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること。
ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと。
ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し、又はいかがわしい場所に出入すること。
ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること。


これだけでも、「監督」の「正当」とは何か、「家屋に寄り附かない」ための「正当」でない「理由」とはどんなもんだろうか、「不道徳な人」とはどういう人のことなのか、「いかがわしい場所」てえのはどこのことだ、「自己又は他人の徳性を害する行為」って何よ、など、お巡りさんがテキトーに決めることの出来る条件だけで出来上がっていますから、ほとんどオールマイティというか野放しというか、ヤリたい放題でお腹いっぱいのはずなんですが、更にこのような状態にある「疑い」があるだけでオッケーだぜ、というワイルドカード、ビンボー人が夢に見る「無制限のクレジットカード」と同様のものを、そりゃいくらなんでもアレなんで与野党が一致して疑義を呈しているのを無視して、警察は自分で自分に発行してしまいました。

正確に言えば、これは警察自身ではなく「国家公安委員会」が出したことになっていますが、これは「国家公安委員会」が役立たずの税金ドロボーであることを示しているにすぎません。ちなみに1947年に制定された警察法の元では国家公安委員長は民間人だったのですが、1954年の警察法改正では警察法第6条により国務大臣がつとめることになっています。したがって今回のように国会で拒否された政府案の内容を国家公安委員会が事実上復活させることは、制度上当然にあり得べきことであると想定されていると見るべきでしょう。さらにちなみに、1954年の警察法改正に当たっての国会混乱に際して、国会に警官隊が導入されました。現行の警察法は警察自身が作ったものであるといっていいでしょう。

しかしながらこのように警察の活動が無制限に拡大する、ということは、彼等が仕事を求めているということでもあります。「犯罪」以外の逮捕事例でもわかるように、従来の犯罪は年々減少の一途をたどっているのであり、警察はその活動の対象の少なさにいらだっているところであります。小人閑居して不善をなすとの言葉通り、このままでは暴走した警察官が好きな女性を射殺したりするばかりでなく、そこらの連中を見境なくぶち殺すに至る危険があるのです。警察から見れば、「少年警察活動規則改正」は、この「そこらの連中を見境なく」に制度的な正統性を付与すると同時に、適当な限度の中に収めて「ぶち殺す」に至らしめない、という効果が期待されているものと考えられます。

要するに警察がヒマだから連中は余計なことをするのですから、「個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持するため、民主的理念を基調とする警察の管理と運営を保障し、且つ、能率的にその任務を遂行するに足る警察の組織を定める」という警察法の目的からすれば、警察は犯罪発生規模に応じた組織規模を持つべきであります。即ち犯罪が減少すれば警察は規模を縮小しなければなりません。しかし現状の警察は、組織の規模に対応した「犯罪」を求めているのです。ところがそれは「個人の権利と自由を保護し」という、警察活動の目的と齟齬を来しています。したがって、もし警察組織の規模縮小が出来ないのであれば、法的に定義された、定型的な犯罪が増加することが必要です。つまり、どこかで人が殺されたりして警察がその対応に忙殺されればされるほど、警察の活動は正当な範囲内に収まることになるのであり、そのことは警察法の理念にも合致することになります。

さっきから警察を犬に例えることはよろしくないと言っているのですが、にもかかわらず警察は狭いアパートに飼われている土佐犬のようなものです。相当抑制しないとエラいことになります。勝手にさせておくとその部屋は住むに耐えないものになってしまいます。それでも土佐犬がいるとドロボーが入ってきた時に心強いような気がしているのですが、わかったものではありません。そのくせ警察は犯罪による被害を回復することは不可能です。もし僕が数千万円の貴金属類などを盗まれたとしても(それは天地がひっくり返っても無理ですけど)、警察の活動によってそれが戻ってくる保障はないのですが、じゃあそれならといって僕が被害相当額を他所から盗んできて被害を回復することを警察は妨害してくれます。僕の家族が殺されたので殺した奴の家族を殺して精神的に些かでも均衡をはかろうとすれば、やはり警察が邪魔をしてくれます。てゆうか警察はそういう行為にハードルを設けます。そうして警察の活動に対抗し、そのハードルを越えるちからのある、いわば「プロ犯罪者」との間に格差が生じます。警察の存在は結果として、「プロ」に有利でありアマチュアの一般ピーポーには大変に不利となる条件を構成しています。大飯ばかり食らって、何のためにいるのかよくわかりませんが、だからといって解散を命じるわけにもいきません。野に放たれた警察官の群れほど危険なものはないからです。結局のところ、警察組織の維持が「公共の安全と秩序を維持」することにつながっているようですが、だからこそ警察にはあたかも刑務所に収容されているかの如き拘束が必要とされています。風呂は週2回、15分ずつです。犬臭くもなるわな。哀れな奴め。もっとも、少なくとも四つ足で歩く犬に関しては同情的な意見もあるようです。
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2007年10月17日

犯罪大国みんなの前科

全国の「お兄ちゃん」には朗報かも知れませんが、「おじさん」はどうなるんだ。

「お兄ちゃんは悪くない」女児が男をかばう 小6誘拐事件

 長崎県諫早市の小学6年の女児(12)がブログで知り合った男に誘拐され、8日間にわたって一緒に生活していたとされる事件で、女児が同県警に保護された際、「長崎に帰りたくない。お兄ちゃんは悪くない」などと、男をかばっていたことが15日、わかった。だが、その後の県警の調べに対しては、ほとんど話をしておらず、県警は男と一緒に大阪に行った動機や経緯など、詳しい事情を聴いている。
 これまでの調べでは、未成年者誘拐の疑いで逮捕された大阪市福島区玉川2丁目、会社員坂本優介容疑者(20)が、女児が開設したブログに書き込みをするようになったのは今年7月ごろから。
 ブログで2人は漫画の感想などについてやり取りしていたほか、女児が「寂しい。(周囲が)わかってくれない」などと書くと、坂本容疑者は女児を慰めたり、同情したりするコメントを送っていたという。
 誘拐の直前には、「うちの部屋が空いている。小倉まで迎えに行く」と書き込んで誘い出し、6日に北九州市のJR小倉駅前で落ち合った後は、大阪市内の坂本容疑者のマンションで一緒に暮らしていたという。
 同居中、坂本容疑者は勤務先の会社に普段通りに通っていたといい、女児は自由にマンションから出入りできる状態だったという。休日には、一緒にドライブをしたこともあったらしい。
 坂本容疑者は「12歳と分かっていて誘った」と供述しているが、動機などについては明らかにしておらず、県警は2人が一緒に生活するようになった経緯などを詳しく聴いている。

2007年10月15日 asahi.com


「恋愛感情抱き、誘拐認識ない」容疑者 長崎の小6誘拐

 長崎県諫早市の女児(12)がインターネットで知り合った男に誘拐されたとされる事件で、未成年者誘拐の疑いで逮捕された大阪市福島区玉川2丁目、会社員坂本優介容疑者(20)が県警の調べに「誘拐という認識はない」と供述していることがわかった。限られたメンバーだけで会話のやり取りができる「メッセンジャー」と呼ばれる機能を使ったチャットで女児を誘い出していたという。
 坂本容疑者は当初、誰でも閲覧や書き込みができるアニメに関するサイトで女児と知り合い、会話のように情報交換ができるチャットでやり取りしたという。その後は2人だけで、文字メッセージや音声、写真などを送り合い、「うちの部屋が空いている」と女児を誘い出したという。
 15日に接見した弁護士によると、坂本容疑者は「(女児とは)お互いに恋愛感情を抱いていた。誘拐という認識はない」などと供述。6日に北九州市で女児と落ち合った際も、「大阪の自宅に連れ帰るつもりはなかったが、(女児が)家に帰りたくないというので、連れていった」と話しているという。
 女児は6〜13日に容疑者宅のマンションで生活していたが、県警の捜査員に保護された際、「お兄ちゃんは悪くない。長崎に帰りたくない」などと、坂本容疑者をかばっていたという。
 一方、長崎県教委は15日、ブログやメールについて児童や生徒への指導を徹底するよう県内の公立の664小中高校に通知を出した。
 通知は「ウェブページやブログなどには多くの危険が潜んでおり、利用する際は十分留意する」と、児童生徒への指導の徹底を求め、保護者にも「ネットやメールの利用状況を把握する」「家庭でルールなどをつくる」などと呼びかけている。
 県教委の担当者は「子どもにブログやメールをさせないようにすることは難しい。危険性を教え、上手に使うよう指導したい」と話している。諫早市教委も事件で児童生徒や保護者を動揺させないよう対応を求める文書を市内の42小中学校の校長に送った。

2007年10月16日asahi.com


とはいうものの、オヤジ新聞「日刊ゲンダイ」に寄せられた日大の板倉教授(例によって)の見解によれば

未成年者を略取又は誘拐した場合、刑法224条により3ヶ月以上7年以下の懲役。わいせつ目的では1年以上10年以下の懲役です。結婚目的でも同罪に問われますから、たとえ恋愛関係だったとしても、未成年相手ということで厳しく罰せられるでしょう


とのことであります。結婚目的で未成年者を誘拐するっていつの時代のはなしだよ。もっともこれは16日の記事に見られる「お互いに恋愛感情を抱いていた」という供述が坂本さんの無罪を導くか、という問いに対する答えであって、主旨は恋愛関係であっても「誘拐」として立件し得るし、司法として刑に処することが出来るということに尽きます。勿論、法としては「恋愛感情」を偽計として用いる場合を想定して弱い立場にある未成年者を保護する建前になっていますから、たとえこの女の子が坂本さんちに滞在中に「自由に出入りできる」状態にあり、かつ坂本さんを擁護しているとしても、これを偽計による欺瞞のためだとする、要するに「騙されている」のであると考えることは全く可能です。したがって二人の「恋愛感情」が実のところどのようなものであったとしても、それを「犯罪」とみなすことが可能な仕組みになっています。

実際のところこの事案において「恋愛関係」がいかなるものであったのかは知る由もありません。女の子は単に「保護」を求めていただけで、坂本さんが一方的に「恋愛感情」を抱いていたのかも知れません。よくいわれる「わいせつ目的」にしても、これは「恋愛感情」との境界がきわめて曖昧です。そしてこのような状況は一般に言われる「恋愛」におけるものとほとんど変わりません。あなたの恋人はあなたを「愛して」いますか?そうですか。お仕合せな奴だ。もしかするとあなたの彼女は、単に「寂しいから」とりあえずあなたとつき合ってるのかも知れませんし、もしかするとあなたの彼氏はあなたの体だけが目的なのかも知れません。そんな「目的」になるような体をしていないって?そいつぁ恐れ入りました。

そういうわけで坂本さんの例はほとんど「犯罪」性を感じさせません。僕はあえて女の子の年齢を度外視しているわけですが、精神的成熟については個人差が大きすぎるんで、何とも言えません。悪い宗教に狂って老婆を踏み殺す人たちがこの女の子より大人だとは、ちと想定し難い。つき合ってもいない女の子の成熟のことなんかわかりませんが、一般的に言ってこの例は通常の「恋愛関係」そのものです。その限りでこの事案は通常の普通の行動が法によって「犯罪」とみなされるひとつの例であるといえるでしょう。このような例は全国至る所から報告されています。

女教師が元教え子と性的関係=夫から捜索願、発見−佐賀県警

 元教え子の16歳少年にわいせつな行為をしたとして、佐賀県警少年課などは27日、県青少年健全育成条例違反の疑いで、佐賀市立中学校教諭下村紀子容疑者(42)=小城市小城町畑田=を逮捕した。同容疑者は「3月ごろから性的関係を持っていた」と容疑を認めているという。
 調べでは、下村容疑者は25日から26日にかけて、唐津市内のホテルで、佐賀市に住む男子高校生(16)にわいせつな行為をした疑い。同容疑者は、高校生が中学3年時の担任で、高校生は3月に卒業していた。
 佐賀市教育委員会などによると、下村容疑者は「体調が悪い」との理由で、20日午後から有給休暇を取り、同容疑者の夫から25日に「20日ごろからいない」と捜索願が出されていた。26日夕、武雄市内の交通検問で、車に高校生と一緒に乗っているところを発見された。

2007年9月27日 時事


この先生は職場をずる休みしたり、いわゆる「不倫」をしたりということが報道されていますが、捕まったのは「県青少年健全育成条例違反」ですから、そういうことは一切関係なかったのです。どういうわけだか未成年者、といってももう高校生ですが、それと性関係を持つだけで「犯罪」ということになっています。勿論お互い合意の上であったと思われます。この先生の行動によって何らかの被害を受けたのは職場の人々とか配偶者ですが、「青少年健全育成条例」は別段そんな連中のために制定されているわけではありません。

「私の処女をもらって」とカキコミ 17歳女高生検挙されたワケ

18歳未満の少女が、出会系サイトに「性交渉」を持ちかけるカキコミをして警察に検挙される例が2007年になって相次いでいる。2007年10月15日には愛知県豊川市の県立高校2年の女子生徒(17歳)が、携帯電話の出会い系サイト掲示板で、「私の処女をもらって」「H系募集」などとカキコみ、書類送検されたことがわかった。たとえ、性交渉が無くても、カキコんだだけで検挙されるのである。

「¥困っている女子高生」も違法
愛知県警によると、この女子高生は出会い系サイトに「性交渉」に関係するカキコミをしたため「出会い系サイト規制法」違反で「事件」扱いになったのだという。実際に性交渉がなかったとしてもカキコみだけで検挙されるというのだ。
この「出会い系サイト規制法」の正式名称は、「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」。18歳未満の少年少女を保護するため03年9月に施行された。出会い系サイトで18歳未満を性行為に誘うと法律違反になり、カキコんだのが18歳未満の少年少女だったとしても同じ処罰となる。違反すれば100万円以下の罰金だ。
警視庁のホームページには違法なカキコミ例が掲載されていて、大人が、
「女子中学生で僕とHしてくれるひといませんか」TAROU(25歳)
「¥困っている女子高生気軽にメールください」こういち(35歳)
などとカキコむと違法で、18歳未満も、
「高校生とHしたい人いませんか?」byゆみ(17歳)
「お小遣いくれればお茶してもいいよ」byあけみ(16歳)
とカキコんでも、同じく検挙対象なのだそうだ。
「出会い系サイト規制法」適用例は全国的に増えている
愛知県警はJ-CASTニュースの取材に対し、愛知県でこうしたカキコみで家裁に送致されるのは「事件としては珍しい」と話したが、07年からこうした「出会い系サイト規制法」適用の検挙は全国的に増えているのだ。
07年9月22日付け朝日新聞は、福井市内の高校1年女子生徒(16)が、出会い系サイト規制法違反容疑で家裁に書類送検された、と報じた。女子高校生(16)が中学3年生だった07年1月上旬、出会い系サイトの掲示板に、「援交してください」「5万で」などと書き込んだという。実際に相手と会うことはなく、女子高校生は「小遣いがほしかった」と容疑を認めているそうだ。福井南署員が07年3月にカキコみを発見し、プロバイダーの履歴などから犯人を特定したのと同紙は書いている。
読売新聞07年9月7日付けによると、茅野市の女子高校生(16)が売春目的の同携帯電話サイトに登録。売春相手を探す内容のカキコみをしたことで「出会い系サイト規制法」違反の疑いで07年9月6日に家裁諏訪支部に書類送検された。女子高生の「出会い系サイト規制法」違反での検挙は、このほかにも07年だけで、秋田県、福島県、栃木県、青森県などで報告されている。

2007年10月16日 J-CASTニュース


記事の後半に出て来る事例が「小遣いがほしかった」のではっきりと「援交してください」、値段は「5万で」と明朗会計で、そこらの寿司屋よりもよっぽど正直ですが、それに対して愛知県の女の子は「私の処女をもらって」「H系募集」というだけのことですから、「売春」目的であるわけでもありません。未成年の女の子が性交したい旨を発表すると「犯罪」で100万円以下の罰金なのだそうです。「18歳未満の少年少女」を何から保護するつもりか不可解ですが、罰金を稼ぐにはどうしたら良いかということもこの法律には書いてありますので抜かりはありません。

この勢いでは日本の「犯罪」件数は飛躍的に上昇し、世界に冠たる犯罪大国となる日も近いものと思われます。これはあまり「犯罪」だとは思われていない行為を対象に、それを警察が認知した時点で「犯罪」の発生と検挙がほとんど同時に行われますから、検挙率も大いに向上します。もっとも「犯罪大国」の中身はというと、些細な個人的欲望の実現や、その表明だったりしますので、連続殺人者や大量殺人者、革命家やテロリストなどを擁する他の「犯罪大国」に比べて著しく見劣りがすることは事実です。路地裏に盆栽を楽しむ国民にはこのくらいがちょうど良いのかも知れませんが、与党の政策に反対するだけで「テロリスト」になれるこの国では、「犯罪者」になるのはとても簡単なことです。やりたいことをやり、言いたいことを言っているだけで良いのです。そのうち法律の方からやってきて「犯罪者」の烙印を押してくれますから、こんな楽なことはありません。近い将来には前科のひとつくらいないとまともな人間として扱ってもらえなくなります。今のうちにビラ配りなどをして前科を作っておくと後で困りません。

とはいえ、そんなことで一人前の「犯罪者」面をするのもちょっと考えものです。ケチな「犯罪」は似合わねえ、という剛胆な人の中には小さな前科を積み重ねるのを潔しとしない人もいるでしょう。その一方でやっぱり「犯罪者」はイヤだ、という人もいるかも知れません。価値観は人それぞれです。そういう人には「見つからなきゃやっちゃったっていいじゃん」としか申し上げられません。これはとても褒められた考え方ではないかも知れませんが、エライ人たちはみんなこのようにして生きています。むしろこれは「権力」が存在する社会で考えられる唯一の倫理であるともいえるでしょう。こういう考え方で行動して他人に迷惑をかけたり酷い目に遭わせたり病人を放置したり人を飢え死にさせている人がいるのも事実です。しかし、迷惑をかけられた人や酷い目に遭わされた人も「見つかんなきゃいい」とばかりにこっそりと復讐にやってきます。それにどうせ見つかったところでまたひとつ食らうだけだと思えば、足取りもかろやかに肩に背負った重い荷物も軽きこと鵞毛の如し、というのが明るい前科者というわけです。何を背負っているのか知りませんが、しかしこれではまるでヤケクソのようなもんです。3年目の「犯罪」くらい大目に見てよ。開き直るその態度が気に入った。

そういえば検察では佐賀の女教師について処分保留としたようです。これは裁判では到底勝ち目がないという判断ですが、
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2007年10月16日

悪い恋愛・良い結婚・普通の会社

悪い恋愛関係、心臓発作の要因になる可能性=英調査

 [ロンドン 8日 ロイター] 英国のロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの研究チームが行った調査によると、悪い恋愛関係によって心臓発作や胸痛が引き起こされる可能性があるという。
 同チームは、1985─1988年、および1989─1990年の期間、9000人の英国公務員を対象に、配偶者や親しい友人を含む人間関係のネガティブな局面に関する質問を行った。さらに同チームは、これらの回答者に対して12年後に追跡調査を行ったところ、以前の質問で口論や非難などが日常的なものだと答えた者は、そうでない者と比べて、心臓発作や胸痛を引き起こす危険性が34%も高いことが分かった。同研究を率いたロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの疫学者Roberto De Vogli氏によると、これらは、肥満や喫煙、飲酒、家系といった危険因子を取り除いても、23%と高い数値を示したという。
 De Vogli氏は電話取材で、「周囲に良い人がいれば、健康にもよい。後ろ向きな人が周りにいれば健康の悪化にもつながる」と語った。
 研究結果は、専門誌「Archives of Internal Medicine」上で発表された。

2007年10月09日 REUTERS


それにしても「悪い恋愛関係」を12年も続けているマヌケはどこの誰か、ということに興味がわきますが、これはイギリスの公務員であることがはっきりしています。さすがイギリスは紳士の国というべきか、「口論や非難などが日常的なもの」であるような恋人と12年もつき合ったあげく心臓発作を起こしているんだそうです。極東の土人の吊り上がった目から見ると、相当おかしな連中です。イギリスの人たちは一旦手にしたものはそれがどんなに価値のないものであっても金輪際放さない、スッポンのような人たちのようです。

さて、この海賊の子孫、命綱から手を離したら海の藻くずと化すような危険と隣り合わせの生活を続けてきた連中が、どうしてこんなことになったのか、これから長々しい講釈をするにあたって、その前に、連中はこの嘆かわしい状態を連中自身の言葉でどのように表現しているのかと思ったのですが、そうしたら実に驚くべき事実が発覚したわけです。

A bad relationship can cause heart attack?

というのが元のタイトルです。これを日本語に訳すと「悪い恋愛関係、心臓発作の要因になる可能性」となるわけですが、原文が疑問形になっていることを度外視しても相当無理をして訳していることがわかります。この文には、あの一大事、「恋愛」が出てきません。「 relationship」を「恋愛関係」と訳すのはかなりの意訳です。もっとgentlyでない言い方をするとするならば、誤訳と言っていいでしょう。もっとも日本語版の記事を読んでも、この見出しのテコヘンなることは一目瞭然です。この研究では「配偶者や親しい友人を含む人間関係」が問題になっているだけで、特に「悪い恋愛関係」のみを問題にしているのではなかったのでした。

ここでは12年というスパンで追跡調査を行っているんですが、こんくらいの時間スケールでは最も維持し難いのが「悪い恋愛関係」なのではないかと思われます。「良い恋愛関係」の方がより維持し難い、という意見も当然あることと思いますが、それはお気の毒でした。それはともかくとして、現在における心疾患が12年前から続く「悪い関係」と相関する(実は記事ではここら辺の関係があまり明らかではないのですが)のであれば、それはほとんどの場合において「悪い配偶者関係」であるはずです。恋愛関係と比較して結婚は「悪い関係」を断ち切ることがより困難であると考えられるでしょう。

ですから現在「悪い恋愛関係」に悩んでいる人は、さっさと別れしてまえば良いのですから安心です。しかし配偶者との関係が悪化している既婚者は、致命的な心疾患の危険に晒されています。生活や餓鬼のことなどで関係の解消が困難な人が多いと思いますが、そういう人はもう悪魔に魅入られたようなものです。心臓発作がそのような関係からあなたを救い出してくれるのを待って一度しかない人生を棒に振りましょう。

このように、記事の見出しの趣旨には反しますが、結婚はあなたにとって心臓発作の危険性を高めます。このことは婚姻届などの書式の中に特に欄を設けてわかりやすく警告する文言を入れておいた方が良いと思われます。各自治体とも次回に婚姻届用紙を印刷発注の際には、漫然と既存の版を刷る前に、ご一考願いたいところであります。

とは言ってもはやり持つべきものは良い配偶者です。特に自分が死んだあとには。

東京地裁、パワハラ自殺に初の労災認定…主因では初の判決

 上司から「存在が目障りだ」「給料泥棒」などとなじられ続けたら、アナタは耐えられる? 営業担当社員の男性=当時(35)=が自殺した原因は、上司の暴言によるパワーハラスメントだとして、妻が労災申請を退けた静岡労働基準監督署の処分取り消しを求めた訴訟の判決で東京地裁は15日、自殺はパワハラでうつ病となったための労災と認めた。
 男性が務めていたのは、医薬品販売会社日研化学(現・興和創薬)。
 判決によると、男性は平成2年に入社し、9年から日研化学の名古屋支店静岡営業所で沼津地域を担当。14年4月に赴任した50代係長から秋以降、忘年会や営業の帰りなどに「居るだけでみんな迷惑している。お願いだから消えてくれ」「仕事をしないやつと言い触らす」などと言われてうつ病になり、15年3月に自殺した。
 渡辺弘裁判長は、上司の係長が「存在が目障りだ」「会社を食い物にしている。給料泥棒」などと発言したと認定し、「過度に厳しく、キャリアばかりか人格や存在自体を否定している。部下の心理的負荷は過重」と判断。「指導や助言の一つ。心理的負荷は強くなかった」とする国側の主張を退け、労基署の処分を取り消した。
 原告側弁護士によると、自殺の原因を長時間労働とパワハラの複合とした例はあるが、パワハラを主因に労災認定した判決は初めてという。
 判決は、係長が男性を嫌っていたことや相手の感情を配慮せずに思ったことを大声で言う性格だったことも指摘している。

2007年10月16日 サンスポ


心理的負担による自殺は12年もかかりません。この事例では1年未満です。ここでの「パワハラ」は、嫌悪の情を込めた執拗なものだったようですが、企業内でのこういう「悪い関係」も、やはり色々の事情でその関係から離れるということが困難であることが多いものです。これは最終的には経済的な事情というものがあるわけで、30代になると正社員としての再就職は困難を極めますが、家族をかかえてプーをやっているわけにもいきません。雇用関係の基本は労働者はイヤでも働き続けなければ死ぬということですから、このように追い詰められてしまうのも当然なのです。

これは自活出来ないので「悪い配偶者」にいじめられて殴られっぱなしの女性と同様の状況ですが、一方、「パワハラ」のもう一方の当事者である「50代係長」というのもなかなか微妙です。当時の日研化学、今の興和創薬さんの事情はよくわかりませんが、失礼ながらこの係長さんもあまりうだつの上がる方であるとは思えません。「秋以降」から「パワハラ」が始まったとするのも興味深いもので、人事考課が年2回行われていたとすればそういうタイミングです。もしかするとこの係長さんは、営業所内で誰かを辞めさせなければ自分のクビが危なかった、という可能性もあります。よくある話しです。会社はこの係長さんと自殺した男性をペアで外回りをさせて、たまに直行直帰で行動させ、一緒に食事をさせるなどして「問題があった場合に発見しにくい」状態を放置、あるいはあえて「問題を起こしやすい」状態を設置していたようです。もしそうなのであれば「パワハラ」の二重構造というわけですが、結局こういう結果になってしまったのがこの係長さんの出世しない所以なのかも知れません。他の人はもっと上手にいじめているというわけです。出世しないもうひとつの理由は、おそらく「思ったことを大声で言う性格」でしょう。

一方では会社でいじめられてる人が奥さんを虐げるということもよくあるそうで、この事例ではそういうことはなかったようですが、もしそうであれば三重構造をなします。このように暴力は組織の枠を超えて社会の構造に沿って下に向けて流れてゆきます。暴力の流れが社会を構造化しているのかも知れませんが、なんだか地獄のような世の中であります。まあ、「パワー」のあるところ「ハラスメント」あり、てゆうか相手がいやがることを強要し「ハラスメント」を行うことを可能にするものを「パワー」と呼んでいるようです。ついでに言えばそういう権力関係から逃れられなくする「パワー」というものがあって、死ぬまで会社に通ったりイヤな恋人と12年も交際することになるようです。悪くすると逃げた奴を捕まえてなぶり殺しにしますが、きくところによるとアレは「神事」なんだそうで。どうりで「紀元会」でも同じようなことをしていたわけです。納得のいく話しではありますが、宗教とか権力とかいうものは煙草より心臓に悪いそうです。周囲への悪影響は副流煙の比じゃありません。おそろしいことです。
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2007年10月14日

テロリストが近所のGSに無料給油を強要!謝意も強要!

テロリストが近所のOLに無料吸茎を強要!射精も強要!(バカです)

自民・中谷氏、給油反対「テロリストだけ」=鳩山民主幹事長は反発

 自民党の中谷元・安全保障調査会長(元防衛庁長官)は14日、フジテレビの番組で、民主党がインド洋での海上自衛隊の給油活動継続に反対していることに関し「(給油活動は)国際社会の中で非常に評価され、ぜひ続けてくれと要望されている。反対するのはテロリストしかいない」と批判した。さらに「民主党はテロリスト集団か」との質問にも「(反対するのは)僕には理解できない」と語った。
 これに関し、民主党の鳩山由紀夫幹事長は同日、和歌山市内のホテルで記者会見し、「国民の3割は給油活動、テロ対策特別措置法に反対しており、日本(国民)にも3割のテロリストがいるという話になる。こんなむちゃくちゃなことをテレビの前で発言するのはとんでもないことだ」と強く反発した。

2007年10月14日 時事


国民の3割が「テロリスト」だっていいじゃないすか。なんならもっと「テロリスト」がいたっていい。中谷さんはまともな政治家ではなく、もっとも自民党にまともな政治家が何人いるのか知りませんが、防衛大学校出身の生え抜きの元軍人です。本当は防衛庁長官や完全保障調査会長などをやっているべきものではありません。とは言っても軍歴は4年くらいなんですが、シャブだって4年も続ければ人格が崩壊するそうですから、軍人を4年もやってると脳に障害が残ることがありますので油断なりません。

中谷さんは以前も「国と国民って一体なんですよ」なんて「むちゃくちゃなことをテレビの前で発言」しています。僕もむちゃくちゃなことをテレビの前で発言することがありますが、それとは少し違うようです。鳩山さんの言う「テレビの前」というのは実のところ「テレビカメラの前」のことなんですから鳩山さんもむちゃくちゃですが、テレビカメラの後ろでむちゃくちゃなことを言う人は意外と多いものらしい。また、テレビカメラの前であってもカメラが動いてないときは誰でもむちゃくちゃなことを言うんだそうですから、これも油断なりません。

そういうわけで中谷さんによれば国民の3割を占める「テロリスト」と「一体」である日本国は、やはり「テロ支援国家」以外の何ものでもありません。それがイヤなら「テロリスト」を「国民」から排除することになります。これはつまり「非国民」というわけで、21世紀にもなって「非国民」を意味するような発言は確かに「むちゃくちゃ」の名に恥じません。さすがは「軍事脳の恐怖」ですが、軍人さんから見れば「国民」には二種類しかありません。抑え込まれている「テロリスト」と活動している「テロリスト」です。それにしても少子化の進行する折柄、いきなり3割の国民を失うのは大きな痛手ではないでしょうか。

それはともかくとして、中谷さんは軍人としてもかなりアヤシイ発言をしています。無料ガソリンスタンドに反対する人が「テロリスト」で「非国民」で「敵」なのはいいとしても、「僕には理解できない」とはちと困った発言です。孫子に敵を知り己を知れば百戦危うからずと申します。知っているだけで危うからずかどうかは定かならずですが、素人目に見てもやはり知っておいた方が良いような気がします。「敵」すなわち「テロリスト」要するに「国民」を「理解出来ない」などと言ってすましているようでは危ういものがあります。おそらく「敵」を「理解」する気がないのか、こちらのほうが文意には合いますが、「理解」する能力がないのかのどちらかかと思われますが、こういう人は味方を敗北に導きます。

そのくせご当人はバカ殿の面前でアンタじゃダメだと言ったんですから大したものです。中谷さんは「敵」ばかりか「己」も知らないようですから、これはもう完璧といっていいほどですが、こういう人物をして安全保障や憲法などの重要問題に関わらせたり、あまつさえTVで失言させたりしている自民党も愉快な仲間達といったところでしょうか。今のところ内閣支持率は高いものの、「抜本的治療」だの「再出発」だのとはほど遠い状態であるといわざるを得ません。まあ他人事ですけど。死ななきゃ治らない病というもんがあるわけですが、死んだって治りゃしません。
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2007年10月13日

きちがいの住む街

建築家で政治家で美女の夫である黒川紀章さんが亡くなりましたけど、この人は昔、房総半島をぶった切って運河を造るんだとか言ってまして、こういうのを世間では「破天荒」とか「ケタ違い」とか言うようですが、なんだか酒席の戯言がそのまま真面目なプロジェクトになってしまうような気軽さがたまりません。なにしろ若尾文子を口説くのに「君はバロックだ」なんて、よく考えたら殴られても文句を言えないようなことを言ったようですから危なっかしい人です。もっともこれを受け入れた若尾さんも教養がなかったのか精神がバロック的に流動的にして重層的かつ多義的、要するにヒネクレていたのかなんだか判りませんが。一方その頃、建築界はもうひとりの奇才によって大きく揺らいでいたのでした。

「楳図御殿」東京地裁は“OK”

 漫画家の楳図かずおさん(71)が東京都武蔵野市内に新築中の自宅をめぐり、赤白のしま模様などの外観が住宅地の景観を破壊するとして、周辺住民が工事差し止めを求めた仮処分について、東京地裁は12日、住民側の申し立てを却下する決定をした。
 森淳子裁判官は「この地域にある建物の色はさまざまで、特別な景観があるとはいえない」と判断。「景観の利益が侵害される」とする住民らの主張を退けた。
 楳図さんは「決定は大変うれしい。住民の方も納得していることと思う。(外壁の)色とボーダー(しま模様)に関して法的に理解を得たことは、全国の同じ立場の方にも勇気を与えた」とコメントした。
 一方、住民側弁護士によると、住民は「心身ともに疲れており、今は、正式な裁判などで争うことを考えられない。楳図さんは世界中が反対しても建てるんでしょうね」と話しているという。

2007年10月13日 スポーツニッポン

「奇っ怪」楳図かずお邸建築OK…東京地裁が差し止め認めず

 「まことちゃん」などの作品で知られる漫画家、楳図かずおさん(71)=顔写真=が東京・吉祥寺に建設中の自宅をめぐり、近隣住民が「周囲の景観を無視した奇っ怪な建造物だ」として工事差し止めを求めた仮処分申請について、東京地裁は12日、申し立てを却下する決定をした。森淳子裁判官は決定理由で「景観利益の違法な侵害に当たるとは認められない」などとする判断を示した。
 申立書によると、楳図さん宅の敷地は約235平方メートルで今年3月着工。外壁をトレードマークの赤白のしま模様(60センチ幅)にする計画で、壁面以外は完成している。
 閑静な住宅街にあり、住民は「周囲の調和を無視した極彩色の不快な建物を眺めて暮らさざるを得ないのは苦痛」と主張。計4回開かれた審尋でしま模様の壁面の数を減らすよう求めていた。
 楳図さんは今回の決定を受け「大変うれしい。住民の方も納得していることと思う。(外壁の)色とボーダー(しま模様)に関して法的に理解を得たことは、全国の同じ立場の方にも勇気を与えた」などとコメントした。施工者の住友林業は工事を全面再開し、年内に完成させる予定。

2007年10月13日 サンケイスポーツ

楳図氏の新居、差し止め申し立て却下 東京地裁

 「まことちゃん」などの作品で知られる漫画家の楳図かずおさん(71)が東京・吉祥寺に外壁を赤と白で塗り分けた新居を建築していることをめぐり、東京地裁は12日、「街の景観を破壊する」と主張して楳図さんと施工業者を相手に建築差し止めの仮処分を求めた近隣住民2人の申し立てを却下する決定を出した。
 住民側によると、計画では外壁を60センチ幅の赤白の横しま模様に塗り分ける予定。今月初めの段階では建物はほぼ完成し、塗装したパネルを取り付ける状態だったという。
 住民側は「不快と感じる色彩をいや応なしに継続的に見せられることは苦痛だ。価値観の押しつけは環境型ハラスメントとして違法だ」と主張。これに対し、楳図さん側は「赤白の塗り分けは自己表現であり表現の自由がある」として住民側との交渉には応じない意向を示していた。

2007年10月12日 asahi.com


いや、べつに揺らぎゃしませんが。もっとも充分に「大きく揺らぐ」ならば建築なんてものは偽装の有無に関わらず崩壊することになっていますから、揺らがないことは全ての建築にとって大変良いことには違いありません。もっとも日本人はプレートの危険な端っこにいながらでっかい火山を眺めて「美しい」などと言っていられるほど暢気だし、次の瞬間には崩壊する家屋のために一生を棒に振って平気でいるくらい将来の考えのない人たちなのですから別にどうでもいいようなものじゃないかと思うんですが、世の中には近所に赤白ボーダーの家が建つと「苦痛」を感じるという人もいるらしいんですね。「星条旗」や「日の丸」を連想させる配色に「苦痛」を感じる気持ちはわからないでもないですが、一方で「紅白」は大晦日の歌合戦のみならず源平の合戦もそうですし、何かおめでたいおりには紅白幕を張るという、きわめて忌まわしい習慣も存在します。もっともあれは縦ストライプですけど、縦のものが横になると「苦痛」だというのはエレファントマン以来の奇癖というべきでしょう。

まあしかし、「景観」というもの自体、主観の塊みたいなもんでして、如何様にも文句がつけられます。たとえば「美しい景観を創る会」というのがありまして、「悪い景観70選」というものを発表しています。http://www.utsukushii-keikan.net/10_worst70/worst.html

これはこいつらの考えですからべつに良いのですが、どれもこれも別に悪くなかったり、どうでもよかったり、「景観」の善し悪しの問題ではないのではないかという事例ばかりです。しかしながらこういうのを「悪い景観」として挙げることも可能なわけです。一方京都では個人の住宅やアパートでも「和風」にしないといけないらしいのですが、「和風」がムカつく、という人もいないとも限りません。「不快」は各人の価値観だけでなく、個人的な思い出やら何やらとも結びつきますから、誰が何を「不快」で「苦痛」だと言い張っても不思議ではありません。楳図さんが「住民」との交渉に応じないというのももっともで、こういう問題にはあまり「交渉」の余地はありません。住民側は「価値観の押しつけは環境型ハラスメント」であるとしていますが、むしろこれは京都の事例のような公権力による規制とか、「創る会」への批判には有効な議論でしょう。

しかしながら戸建て住宅が多い地域では、こういう問題は頻繁に存在するようです。そういう場所では赤白御殿はおろか普通のアパートでもゴミ処理場でも葬祭場でもショッピングセンターでも何でもほとんどありとあらゆるものを排斥しようとしています。特に東京近郊の古い住宅地では集合住宅の需要が高いので、余所者の侵入を嫌う住民との軋轢が絶えません。そういう場合に引き合いに出されるのが「景観」でして、これがまた一定の効果があるらしいのは今回の判決からも伺われます。東京地裁の森淳子裁判官はこの吉祥寺南町について「特別な景観があるとはいえない」として工事差し止めの仮処分の申請を却下したんですが、裏を返せば「価値観の押しつけ」をして統一的景観を作り上げるならばこの申請は認められるということになるわけです。

都心に近い便利なところに住んでいるのに、戸建てが買えない人は来るな、余所者は来るなという田舎者みたいな人もいるわけですが、もっとも、「価値観」はともかく「出費」の押し付けには耐えられない人も多いでしょう。「景観」のために家の立て替えは無理ですし、それどころか住宅や庭木というものは手入れをしていないと「景観」以前の問題と化しますが、リフォームのお金がない人は沢山いそうです。それでも戸建てに住んでる人は恵まれた方で、アパートに入ることも出来ないような人が大勢いるんですから、「景観」なんぞよりはそういう人たちのことを考える方が先じゃないかという気もします。ところが今度出来た京都の条例に従うと外装だけでも100万円ほど余計にかかるんだそうで、これはアパートなんかにも適用されるんですからビンボー人は出て行けというに等しい。出ちゃったって行くとこのない人は、逆にこれも「景観」の問題として捉え、都市の「景観」を破壊する要素が公園にテントを張ったりウロウロとゴミなんぞあさっているのはよろしくないとして追い出し、取っ捕まえてどっかに収容するのが今日の「景観」政策の主流であります。

とはいうものの大自然の驚異は人知を超えてますから、「景観」だろうが「里山」だろうが、富士山でも噴火すれば元の木阿弥であります。富士山はともかくとして巨大地震はいつの日か必ず来るそうですから、板子一枚下はマグマと心得て気をつけるにこしたことはありません。関東大地震の直後にはバラックが乱立し、マヴォの人たちが「バラック装飾社」と称していきなりペンキ缶をかかえてやってきては塗らせて下さいといって過激極まる塗装を施したそうですが、当時の人々には結構好評だったようです。やはり大地震によって少しは覚醒した模様です。赤白ボーダーの楳図邸には、そうしたバラックの趣があるのかも知れません。そんな「奇怪」な屋敷や「マヴォ理髪店」や「住吉屋百貨店」、「林屋食堂」とか「あぐり美容室」、ついでに「東洋キネマ」なんかが雑然と立ち並ぶ東京の「景観」も悪いもんじゃないですよ。ど真ん中に400メートルにもなる「第3インターナショナル記念塔」を建てたら危険でしょうな。
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2007年10月10日

日本32%、世界68%。

電車とかバスの車内の広告、こういうのを「交通広告」というそうですが、あれは大変便利なものです。本を忘れたときに何か字が見たい場合に助かりますし、車内が混んでいて窓の外が見えない、さりとて周りに好ましい異性もいないというときにも意外と目の保養になります。沈黙が気詰まりな相手と一緒に乗車したときの話題づくりにも事欠きません。中でも週刊誌などの「中吊り」は、どの雑誌が何を扱っているかを比較出来ますし、場合によっては週刊誌を読むかわりにもなります。最低でも2日単位で掲載される広告が変わりますんで、毎日が楽しくて仕方がありません。

なんてことのあるわきゃないんですが、隣に立ったオヤジの口臭が耐え難い時には広告のお陰でちょっと上を向いていることも出来ます。ドアや窓の上で「壁」がカーブを描いて「天井」に続いていくところに「窓上ポスター」があります。掲出期間は最低4日、料金は「中吊り」の半額ですが、これを眺めている人は口が開いている場合が多いのが特徴です。臭気を避けるために鼻呼吸を止めて口呼吸に切り替えているのかも知れませんが、あまり利口そうにはみえません。

最も注目率が高いと言われているのが、ドアの横にある「ドア横額面ポスター」。何も考えずにボーッとしているとそこにある、そういう位置にありますので、知らない間に洗脳されている危険もなきにしもあらですが、眺めている人の口が開かない、もしくは口の開き方が狭いことは確かです。ドアの窓に張ってある「ステッカー」も同様です。「ステッカー」は小型ながらも乗客の目線に最も近く、そのせいかやたらと細かいことが書いてある場合があります。こういうのは読めないのがほとんどですから、無理して読むにはあたらないでしょう。ほとんどの「ステッカー」は小さい面積にシンプルなビジュアルを表現しています。こういう広告の訴求力は強いものとされていますが、ベロを出している女の人などのイメージだけが記憶に残って、果たしてあれは何の広告だったのかさっぱり思い出せないのが実情です。

「ステッカー」は1ヶ月間掲出していますが、同様に1ヶ月の長期に渡って掲出されているのはドアのすぐ上にある横長の「ドア上額面ポスター」です。掲載期間は1年もの長期に渡る場合もありますが、観光やマナー等、鉄道会社等が自社で広告を出していることも多いものです。その他には空調機器の会社が半永久的に出していたりします。この位置に掲載される広告は「中吊り」などと違って、ある程度「まじめ」なものが多いようです。ドアの上という好位置にありながら、これを見るには首を上に向けるというちょっとした努力が必要ですし、サイズの関係でビジュアルが弱くなりがちなので、扱いの難しいものです。ともするとクライアントがいなくて空いてしまいがちで、そう言う場合は「路線図」などで埋めることになっているようです。

この分野でそれなりの効果を上げているのが「栄光ゼミナール」です。ここは横長のスペースを活かして簡潔なコピーを大書して人目を引いています。たいていは赤系の地に白抜き明朝体でキャッチコピー、そして右端5分の1くらいのスペースにより詳しい文章で説明が掲げられています。内容は教育に関する意見広告のような体裁ですが、広告のことですからどれをとっても扇情的で、よく考えるとおかしなことばかり書いてあったりします。もしかすると「教育の危機」というのはこの会社が生産していたのかも知れません。

もっとも栄光ゼミの広告も、近頃は何故か本文の文字数が少なくなってきていました。「広告の危機」であります。あるいは「教育の危機」の効果を身を以て示そうという大胆なアイデアであったのかも知れませんが、よく考えたら以前の方が「教育の危機」が深刻に現れていたような気もします。特に過去の広告まで堂々と公開しているあたり、かなり深刻な状況であることは間違いありません。
http://www.eikoh-seminar.com/ad/2007/2007.html

そういうわけかどういうわけか、今年の夏ごろからは同じ会社の経営する「日本教育大学院大学」の広告に切り替えられています。「これは「教師は大学院の修士以上」という流れがフィンランドなど欧州を始めとして世界の教育界の潮流になっているからでもあります。教員はこれからは学士(大学卒)から修士(大学院修士課程修了)が当然という時代になってくるでしょう」http://www.kyoiku-u.jp/about/about02.htmということで昨年からやっている事業であります。どうしてフィンランドが出てくるかというと、2004年だかの国際学力調査でフィンランドが1位だったということがありまして、その理由について中教審では、フィンランドの教職員がみんな修士号を取っているからだ、と思っちゃったわけです。それも理由のひとつかも知れませんが、実はフィンランドでは日本の旧教育基本法の理念を参考に選別教育から離れ、無料化、受験の廃止(卒業認定試験はある)、少人数クラスでの指導などの制度改革を行ってるんだそうです。もちろん政府ではそういう不都合な点を無視して、都合のいいところだけを取り入れようというわけですが、教師が修士だと餓鬼の成績が上がるというのはいかにも安易な発想です。

政府が安易でもビジネスは手堅く行きたいものです。こんな事業を始めたのは良いのですが、どうも学生の集まりが今ひとつらしい。そこで大々的に広告展開をするに至った次第です。ところがこの広告の体裁が栄光ゼミのとほとんど同じ。いつもの調子で大きく「日本9%、アメリカ54%。」とした上に「世界は大学院卒の先生の時代」という文字が入っています。教職員養成の仕組みの違いや高等教育を受ける経済的負担などの相違もあって単純に比較するわけにはいかないんですが、それにしてもフィンランドとかはどこへ行ったんでしょうか。「世界」といえば「アメリカ」なのがわかりやすいというか安いというかバカです。

まあ、栄光さんはそういうレベルらしいのですが、もともと商売というものはお客のレベルに合わせなければ何も売れません。広告もまた然りで、訴求対象が「世界」といえば「アメリカ」のことだと思っているんならそういう風に広告を作ってしまえばいいわけです。広告にそこらのバカ共を啓蒙したりする義務はありません。フィンランドどころか韓国にも遅れをとったって知ったことか。

韓国が「死刑廃止国」に 執行停止から10年
◆アムネスティ基準「事実上の」
 一九九七年末以来、死刑を執行していない韓国が十二月、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)の執行停止十年の基準で「事実上の死刑廃止国」となる。同国の市民団体は十日、ソウル市内で日本などから来賓を招き「死刑廃止国家宣布式」を開く。
 宣布式を主催するのは「韓国死刑廃止運動協議会」などで、同協議会の会長を務める李相赫(イ・サンヒョク)弁護士は「大韓民国は死刑のない平和愛好国になろうとしていることを宣言したい」と話している。
 同協議会によると、宣布式にはアムネスティや日本の死刑廃止運動団体のほか、加盟国がすべて死刑を廃止しているEUの団体などからも代表者らが参加する予定。
 韓国で死刑が最後に執行されたのは、九七年十二月三十日。金泳三(キム・ヨンサム)政権末期で、この日は二十三人が処刑された。後任の金大中(キム・デジュン)大統領は自ら政治犯として死刑囚になった経験があり、任期中に死刑は執行されず、現在の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権も執行停止を引き継いでいる。
 ただ李弁護士は「昨年十二月から今年一月にかけ、法務当局が執行を画策した」とし、死刑制度を廃止する法案が国会で可決される見通しも立っていないという。
 【事実上の死刑廃止国】 アムネスティ・インターナショナルの分類で、軍法下など例外的な犯罪だけでなく、殺人など通常犯罪にも死刑を存置しているものの、10年間執行がなく、死刑を執行しない政策や慣例を持つ国。死刑を適用しないと国際的に公約している国も含め、今年9月現在、ロシア、ケニア、ミャンマーなど32カ国。死刑は全面的廃止国がEU加盟国やオーストラリア、南アフリカなど90カ国に上り、通常犯罪廃止国もブラジル、イスラエルなど11カ国。これに対し、通常犯罪で死刑を続けているのは日本、米国、中国、北朝鮮、イラクなど64カ国にとどまる。

2007年10月8日 中日新聞


徴兵制のある「平和愛好国」って何だよとツッコミたくなりますし、「ミャンマー」の「事実上の死刑廃止国」というのも相当アヤシイもんであることはご案内の通りですが、まあ厳密に言ってあれは「死刑」ではないんでしょうな。「事実上の死刑」のような気もしますが。ともあれ、「事実上の死刑廃止国」は、もし韓国が入れば33になります。死刑廃止が90。通常犯に廃止は11。好評虐殺続行中は63カ国になります。日本のお仲間はいわゆる「世界」を含めて世界の3分の1弱ということになります。お仲間連中に「中国、北朝鮮、イラク」を挙げるのは人が悪いようですから全部いっちゃいましょう。面倒いですが、友達なら当たり前です。

アフガニスタン、アンティグアバーブーダ、バハマ、バーレーン、バングラデシュ、バルバドス、ベラルーシ、ベリーズ、ボツワナ、ブルンジ、カメルーン、チャド、中国、コモロ、コンゴ民主共和国、キューバ、ドミニカ、エジプト、赤道ギニア、エチオピア、グアテマラ、ギニア、ガイアナ、インド、インドネシア、イラン、イラク、ジャマイカ、日本、ヨルダン、カザフスタン、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、クウェート、レバノン、レソト、リビア、マレーシア、モンゴル、ナイジェリア、オマーン、パキスタン、パレスチナ自治政府、カタール、セントクリストファーネビス、セントルシア、セントビンセント・グレナディーン、サウジアラビア、シエラレオネ、シンガポール、ソマリア、スーダン、シリア、台湾、タジキスタン、タイ、トリニダード・トバゴ、ウガンダ、アラブ首長国連邦、米国、ウズベキスタン、ベトナム、イエメン、ジンバブエ


例のフィンランドは全面廃止国ですが、国連において死刑執行停止措置を求める決議案を支持して、2006年12月、全ての死刑存置国に対して死刑全廃又は死刑執行停止措置の確立を求める見解を示し、キルスティ・リントネン国連大使は「死刑廃止は人間としての尊厳の確保と人権問題の前進的な解決につながる」と言っています。憎きフィンランドのならずもの仲間達はこいつらだ。

アルバニア、アンドラ、アンゴラ、アルメニア、オーストラリア、オーストリア、アゼルバイジャン、ベルギー、ブータン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、カンボジア、カナダ、カボベルデ、コロンビア、コスタリカ、コートジボアール、クロアチア、キプロス、チェコ共和国、デンマーク、ジブチ、ドミニカ共和国、エクアドル、エストニア、フィンランド、フランス、グルジア、ドイツ、ギリシャ、ギニアビサウ、ハイチ、ホンジュラス、ハンガリー、アイスランド、アイルランド、イタリア、キリバス、リベリア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルク、マケドニア(旧ユーゴスラビア)、マルタ、マーシャル諸島、モーリシャス、メキシコ、ミクロネシア(連邦)、モルドバ、モナコ、モンテネグロ、モザンビーク、ナミビア、ネパール、オランダ、ニュージーランド、ニカラグア、ニウエ、ノルウェー、パラウ、パナマ、パラグアイ、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、ルワンダ、サモア、サンマリノ、サントメプリンシペ、セネガル、セルビア、セーシェル、スロバキア共和国、スロベニア、ソロモン諸島、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、東チモール、トルコ、トルクメニスタン、ツバル、ウクライナ、英国、ウルグアイ、バヌアツ、バチカン市国、ベネズエラ


ついでに通常犯のみ廃止は以下。

アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、クック諸島、エルサルバドル、フィジー、イスラエル、キルギスタン、ラトビア、ペルー


どうせなので「事実上の廃止国」。

アルジェリア、ベニン、ブルネイ・ダルサラーム、ブルキナファソ、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国、エリトリア、ガボン、ガンビア、ガーナ、グレナダ、ケニア、ラオス、マダガスカル、マラウィ、モルディブ、マリ、モーリタニア、モロッコ、ビルマ(ミャンマー)、ナウル、ニジェール、パプアニューギニア、ロシア、スリランカ、スリナム、スワジランド、タンザニア、トーゴ、トンガ、チュニジア、ザンビア


でもまあ、日本の多くの人にとって「世界」はアメリカだから、どこにあるのかも知らないような、そんなフィンランドなんてどうでもいいでしょ。「人間としての尊厳」なんて存在しないことは「国技」を見れば一目瞭然、「世界」の真似をして「人権」なんて言ってみるけど、微笑ましいですね。猿回しみたいで。
posted by 珍風 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月06日

所信表明演説が誤植で「すごいこと」に

(恥めに)
 この度、私は、内閣掃除大臣ににに任命されました。政権が大きな転覆期を迎えている現在、貧乏くじを担うことの重大さを痛感し、身の引きこもる思いであります。自由民主党と公明党の連立政権の安定を傾けて、即席内閣は果たせるかなろくなもんじゃありません。
 前任者はやる気があっても能力のない人で、一旦は所信を申し述べたものの、どうもあまり上手くいかなかったと申しますか、いろいろ都合がございまして、ほとんど強引に自由民主党の総裁選挙の実施を強行致しましたことに伴い、国会運営にご迷惑をおかけしたことについて、議員各位、そして国民の皆様に対し、強行だのご迷惑だのは総裁が変わったところで治るものではない、これはもう自由民主党の体質みたいなもんですから、どうかひとつお諦めいただきますよう申し上げるとともに、今後とも、不誠実な国会対応に努めてまいりますが、今度の人はやる気すらアヤシイもんですから、まあ一応やりますけど、掃除係だから、やっぱし。
(国開運なんでも官邸団について)
 先の参議院議員通常選挙の結果は、温泉芸者が不見転するという、大変嬉しいものでありました。この状況下においては、衆議院と参議院で議決が異なる場合、米国と親しい政策を進めていくことが困難になります。国民生活は「お守り」まかせ、どっかの利益を守ってこそこそするのが、政治の使命であり、私は、聖剣を預かる身として、ゲーム脳ですが、野党の野郎共と、重要な失策について、勢威をもって話し合いながら、聞こえないふりをしながら、総選挙をなるべく引き延ばしてまいりたいと思いますですよ。
(政治と行政に対する心配な下腹部)
 私が、政治と行政に対する国民の不信の原因であります。国民の皆様の信頼を回復することは私には不可能です。せいぜい今日中にやれることといったら、喫煙者緊急避難所の開設です。
 国民の皆様から厳しいご批判を頂いた私の政治資金問題につきましては、諸悪の根源は全て私にあるもので、それを踏まえた上で、責任を取る考えです。そして何より今回の一件で、多くの国民の皆様に「またか、それみたことか」と言われてしまったことは、明らかに公明党への裏切りです。政治家として、嫌味を表現する人間として、プロとして、あってはならない事で、そして人として、まだまだ未熟で4〜5歳程度の発達しかしていないゆえの事だと思います。今回の事は、自分なりに受け止めています。失った議席もあるようですが、この経験を通して学べた事は何一つありません。問題ありません。謝罪して終わりになる事ではないですが、これから国民の皆様にすこしずつ仕返しをしていけたらと思っています。
 「全体」の奉仕者である公務員についても、「公」の立場にあることを自覚し、「全体」のための職務を忠実に遂行していれば、ビンボー人が何人くたばろうと自己に恥じることはありません。行政に対する心配を取り戻すため、特に、各府省の幹部職員が、それぞれの職務全般を握りつぶし、国家の立場に立った行政を、責任をもって遂行するよう、徹底してまいります。同時に、公務員一人ひとりが高い給与を維持し、権力志向を高め、誇大妄想をもって食事に専念できるような総合的なメニュとなるように、 議員会館の食堂などを参考に、安くて盛りの多い食堂改革を進めてまいります。
 というような行政の無駄や非効率を放置したままでは、次世代に負担を先送りするだけでなく、国民の皆様からの信頼を取り戻すことはできません。私がここで信頼信頼と言えば言うほど信頼されなくなりそうです。例えば「2011年度には国と地方の基礎的財政収支の黒字化を確実に達成する」などです。21世紀にふさわしい、22世紀には後悔必至の簡粗で効率第一の政府を作るため、なるべく何にもしないようにします。
 何もしないので対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対しては、安定的な財源を将来世代にわたって負担させるようにしなければなりません。今後、早急に、歳出改革・行政改革よりも先に、担税者は無視して納税者の合意を目指して、本格的な議論を進め、消費税の増税を実現させるべく取り組んでまいります。消費が減ったら税率を上げるので、かなり安定的です。
(心配な社会保障制度の整理)
 年金、医療、介護、福祉といった社会保障制度は、国民の立場に立ったものでなくてもかまいません。大変厳しい財政状況にありますから、卑劣と強制の理念に基づき、将来にわたり持続可能で、さっきそのために消費税を上げるなどと大嘘を言いましたので、嘘つきは泥棒の始まりと言いますが、政治家は泥棒の終わりとも申します。そう言う立場から申し上げれば、社会保障給付につきましては、最初からないものと思って頂ければ安心です。お年寄りにとっても、若者にとっても、皆で安心、喰えなきゃ盗め。
 昨年からの年金を巡る問題も事務的には良くありませんでしたが、そのことによって不正をしたわけではありません。一人ひとりの年金記録が点検され、正しく年金が支払われることが重要であり、これはもう歩くときは二本の脚を同時に前に出そうとしないというくらい重要なことで、転ぶと怪我をします。とりあえず着服だの告発だのと本質と無関係なところで大騒ぎを演じておりますところのハゲが、なんとかしてくれると思いますので怪我なく安心です。
 年金制度はすべての国民に関することであり、お年寄りの生活の基盤となっているため、将来には足りなくなります。現在の年金制度は西丸震哉さんの「41歳寿命説」に基づいており、年金が支払われていくというようなことを、全く想定していません。あの野郎寿命の倍くらい生きてやがる。どうしてくれるのか。科学的な合理的の仮説に基づいた山の上からの眺望的な視野に立って制度設計が不可欠であります。国会における老人党の立場に立った議論が再開され、透明で全然見えない協議が行われるよう、お願いしたいと思います。
 ど田舎にお住まいの方が必要な医療を受けられないとの糞生意気な不満をお持ちです。小児科や産婦人科などの医師不足の解消策や、救急患者の受入れを確実に行うためのシステム作りなど救急医療の充実を図るため、土地の古老によるおまじないやちちんぷいぷい、「奇跡の水」や「毒草」の処方を促進し、相応の報酬を払う事にすればお年寄りの暮らしの足しになり、邪魔な病人や障害者やいらない餓鬼も早く処理出来ます。
(国民の暗然・疑心暗鬼をジューシーな性転換)
 国民の間に姉歯建築士(ヅラ)のファンを増やした耐震偽装問題の発生を受け、安晋会で安普請な住生活への転換を図る法改正が行われました。成熟した先進国とはほど遠い我が国においては、生産第一という思考から、権力と結託した金儲けが重視されなければならないという時代になったと認識すべきです。政治や行政のあり方のすべてを見直し、国民の皆様が日々、暗澹として乱心して暮らせるよう、真に悪徳企業の支店の軒下に建った犬小屋的な行政に発想を転換し、消費者保護の根絶に向けた制度の整備など、行政機能の強化に取り組みます。
 消費税率の高騰に向けて、毎日の電卓の安全・安心は、暮らしの基本です。計算者の立場に立った行政により、正しい計算を徹底するとともに、間違った答えを出す安価な輸入電卓の監視体制を強化します。
 今なお頻発する妻害による死者の発生は、若い男性に大きな不安をもたらしています。妻害が発生した場合の「犠牲者ゼロ」を目指し、結婚の7年契約制度を取り入れると、稲垣吾郎などはもう更新時期だそうです。愛情1本抜いてます。
(子育てを支える会社の現実)
 教育は、餓鬼のいる家庭にとって極めて関心の高い問題です。餓鬼のために偽装夫婦をやっている連中もいるくらいです。学校のみならず、家庭、地域、行政が一体となって、夫婦関係の破壊に取り組んでまいりました結果です。
 信頼できる公教育を確立することが、まず必要です。授業時間の増加や歴史を歪曲した教科書の検定について学校教育でしっかりと教えなければなりません。それとともに性体験活動や女教師特出し(死語)にも力を入れ、自涜と無理やりの精神を養います。先生が子どもたちと十分間にらめっこをするとともに、メリハリのある教員給与体系によりバカにしていい先生とそうでない先生の区別を教えます。
 女性も男性もすべての個人が、喜びや快感を分かち合い、変態性や精力を見境なく発揮しまくる「男女共同三角関係」の実現に向け、私もひとつ取っ組みたいものです。十分な休業を取り、その後も仕事を継続できるようにするなど、昼休みの時間を延長して安心してオマンコできる環境を整備します。超長時間セックスの普及に取り組むなど、社会全体で腰の動かし方の改革を進め、仕事と家庭生活が個人生活の中で程よい位置を占めるよう、男女和合を推進します。
(内閣の継続と安定した政調)
 これまで我が国は、経済、社会全般にわたる構造破壊に取り組んでまいりました。それにも関わらず景気は回復し、雇用は拡大するなど、全く成果が上がってきていません。しかし、我が国はなお、本格的な人口減少社会の到来、少子高齢化に伴う社会保障費の増大や、内外経済の構造的な変化、地球環境問題などの難題に直面しています。これに乗じて、コイヌミ・バカ殿路線を更により一層進めていかなければなりません。
 改革と安定した経済成長は、酒酔い運転の車の両輪であり、ともに進めてまいります。国内経済の環境変化に対応し、成長著しいアジアの中で孤立を深め、拡大NATO戦略の代弁者となってアジア・ゲートウェイ構想を具体化し、世界に冠たる売春天国として援助交際と人妻売春のゲイシャ観光立国の推進や金玉を融かす競争力の強化に取り組みます。閨房技術の発展に向け、性感帯への集中的な刺激を促進し、人材育成を充実するとともに、チンポの先端を突き刺すと、それは痛い。
(いわゆる「格差問題」へのいわゆる「対応」)
 構造改革を進める中で、いわゆる「格差」といわれる様々ないわゆる「問題」が生じているとされます。私は、私の実感から決して目をそらさず、イヌ・バカ改革の方向性は変えずに、生じたいわゆる「問題」には一つ一つきちんとその存在を否定していくことに全力を注ぎます。
 地方は構造改革の結果、学校、病院等、暮らしを支える施設の利用が不便になるなど、魅力が薄れ、さらに人口が減るという悪循環に陥っています。この構造改革を断ち切るには、それぞれの地方の状況に応じ、生活の維持や産業の活性化のためには何が必要かを考え、そうかと思えば地方の再生に向けた戦略を一元的に立案し、地方と都会がともに支え合う「共生」などと言っておきながら、地方が自ら考え、実行できる体制の整備に向け、地方自治体に対する一層の権限移譲を行うとともに、財政面からも地方が自立できるよう、地方税財政の改革に取り組みます。なんだかメチャクチャですが、ゆくゆくは地方分離の総仕上げである道州制を実現し、貧困地域では藤原紀香がガニ股で歩き回ってビンボー人の餓鬼の写真を撮りまくり、抗議するお母さんを張り倒し、大阪弁を教える学校を作ってあげます。
 都市については、内妻外人の安全確保など、各所にお巡りと駐車監視員と喫煙監視員と駐輪監視員と食品衛生監視員とプール監視員と見守り活動家と公安と公調と監視カメラと盗撮カメラとノゾキカメラとビックカメラとヨドバシカメラと電池ひとつ探すのに30分かかる店員を配備し、安全・安心な街づくりを目指します。
 本日、郵政民営化がスタートしました。サービス水準を維持するとか誰か言いましたか?利用者の方に不便をおかけしないよう、「不便」というのはかなり主観的なんですが、排便は毎日着実にやっております。
 ウンコの元になる食料の安定供給は、今も将来も極めて重要なことであり、安心・安全な肥料のために、荒縄や鞭による「責めの農政」を基本に、担い手の踏ん張りに応える支援として浣腸を行います。高齢者やケツの穴の小さい農家も安心してエネマに取り組める環境を作り上げ、田舎のボスどもを血祭りに上げて農山漁村に明るさを取り戻します。
 若者の非正規雇用とともに我が国の大企業の経済成長の原動力である中小企業は、当然ながら景気回復の恩恵を受けられずにいます。キヤノンの便所虫が鳴き出さない限りにおいて大企業と中小企業の調和のとれた成長を図り、正規雇用への転換促進や職業能力の向上、労働条件の改善など、働く人を大切にする施策を進めてまいらないでもありません。国会に呼び出してかわいがってあげましょう。ビール瓶の持ち込みは禁止です。
(これからの環境を考えた社会への転換)
 地球環境問題への取組は待ったなしです。
 従来の、大量生産、大量消費を良しとする社会から決別し、少量生産、少量消費をめざして「持続可能社会」にむけて大規模な人口縮小を行います。住宅の寿命を延ばす「200年住宅」に向けた取組は、住宅価格を高くする一方、「200年住宅」だからといって家賃が安くなるわけではないので、国民を住宅から解放するという点で、持続可能社会の実現に向けた具体的な政策の第一歩です。
 持続可能社会の実現に向け、社会が持続する一方で個人の持続は難しくなってまいります。空き家は不法でも占拠するくらいの根性がないと凍えて死にます。わが国は他国に対しても率先して、温暖化の防止に向けた働きかけを行っていきますのでなおさら家のない人にはこたえます。路傍の死体が50日間腐敗せず、美観を損ねることのない「美しい星50」において示した、2050年までに温暖化ガスの排出量を半減させるとの目標を達成するため、主要な温暖化ガス排出国がすべて参加できる枠組みづくりに向け、寒冷化ガスを排出しますので、大急ぎで新聞紙を着ることが必要です。
(平和に倦み疲れた外交)
 日米軍事同盟の堅持と日米協調は、米国外交の基本です。米国の平和は、米国とその同盟国が連帯して取り組まなければ実現できないものです。私は、激動する国際情勢の中で、今後の世界の行く末を見据え、我が国が軍事同盟の中でその国力にふさわしい責任を自覚し、ワシントンに信頼される51番目の州となることを目指し、世界征服に貢献する外交を展開します。直面する喫緊の課題は、海上自衛隊のインド洋におけるテロ支援活動の継続と、北朝鮮問題の早急な解決です。
 テロ特措法に基づくテロ支援活動は、米国テロを拡散するための日米一致した行動であり、海上輸送に資源の多くを依存する我が国を危険な立場に追いやるもので、日本が米国に対して果たすべき責任でもあります。国連にお願いして前文の隅っこでコメントして頂き、具体的な継続の要望も各国から取り付けるなど、引き続き見え透いた姑息な工作を継続して、国民や国会を誤摩化すよう、全力を尽くします。 毎日大統領から電話で怒鳴られるのです。モンキーとか言われてます。人のことが言えるのか。
 朝鮮半島をめぐって常に問題が発生することは、アジアの平和と安定に不可欠です。北朝鮮の非核化と南朝鮮の核武装、ついでに日本も憲法だって変えようという時代ですから、米国の都合により核兵器だって持てるでしょう。拉致問題は重大な人権問題です。人権についてとやかく言えるわけではありませんが、ミャンマーとのバランスを考えると、北朝鮮が単に拉致するだけで満足に殺害すらしていないらしいことは誠に遺憾です。軍隊が国民を監視し、沖縄など地元の切実な声を無視して日米軍事同盟の強化し、中国、韓国、そしてアセアン諸国など、ロシアも含めた全てのアジア諸国を日本を含む拡大NATOの支配下に置くお手伝いをするわが国ですが、私の申し上げる「人権」はこのような脆弱性も抱えています。
 米国への一層の貢献を行えるよう、国連安保理改革と我が国の常任理事国入りを目指すとともに、貧困といった問題に対しては自助努力でなんとかすればいいんじゃないか。
(ぬすみ ― 自滅と強制の社会に向けて)
 我が国は、今、一部の連中が人々労苦と膏血を盗み取って景気の停滞から抜け出したとはいえ、ほとんど全ての国民がイヌ・バカ時代の大きな悪政の中で、経済、社会、国際情勢、自然環境など様々な面で、先の見えない、不確実な状況の中にあります。自分や家族、子どもの将来について、様々な不安を抱いておられる方も決して少なくないと思います。
 こうした不安定な状況の中でこそ、次政権に思いを致し、守るべきものは守り、育てるべきものは育て、引き継ぐべきものは引き継ぎ、消え去るべきものは消え去るという大きな方針を示し、幕引きを行っていくことが、私に課された責務であると考えます。
 将来のあるべき日本の姿を見据え、どのようにその姿に近づけるかを常に念頭に置きながら、国民の皆様の目線に立って、総選挙を断行してまいります。
 イヌ・バカ改革の続行に当たって、私は、「自滅と強制」を基本に、政策を実行してまいりたいと思います。老いも若きも、大企業も中小企業も、そして都市も地方も、自暴自棄を基本としながらも、お互いに自惚れと自恣と自利の追求を専らにし、弱者には負担と犠牲を強制する政治を行ってまいります。その先に、若者もお年寄りも酒が美味くてねえちゃんがキレイなあの世に希望を持つ「希望と信心」の国があるものと私は信じます。激しく厳しい冷酷な時代の潮流を、国民の皆様方に実感していただけるよう、持てる力のすべてを傾けて、取り組んでまいる所存であります。
 国民の皆様、並びに議員各位はこのことをご理解のうえ、ちゃんと考えましょう。自由民主党と公明党の連立政権が米帝+宗教ファシズムで、民主党が米帝+アカだったら、どっちがいいんでしょう?おあとがよろしいようですか?
posted by 珍風 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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