2008年01月20日

危機に陥ったら彼を呼べ!ふふみ、よごむな。

危機連発 自民党大会は「隠忍自重」

 自民党の第75回定期党大会が17日、都内のホテルで開かれた。福田康夫首相(党総裁)はあいさつで「立党以来の最大の危機だ」と指摘し、「国民の声に耳を傾け、自民党に対する消えぬ期待の炎を燃えさかる支持と支援の炎に変えていく。立党宣言に戻って大きな転換をしたい」と述べた。
 また、18日召集の通常国会について「国会は非常に難しい状況だ。困難があっても党利党略でなく、真に国民のための結論を得る」と述べ、平成20年度予算案や予算関連法案の年度内成立に全力を挙げる考えを示した。
 大会では、伊吹文明幹事長が平成20年運動方針を報告、採択された。運動方針は、格差問題の是正や農林水産政策の推進などの重点政策を打ち出した。首相は「原油価格や輸入食料品の高騰、株価下落が、短期的なのか長期的なのか見極めて対応したい」と強調し、国民の立場に立った政治の実践をアピールした。
    (大谷次郎)
 全国から約3400人の党員・党友を集めて盛大に催された17日の自民党党大会。福田康夫首相(党総裁)の就任後初めての大会は、衆参ねじれ国会のあおりを受け、「隠忍自重」(首相)な重苦しい空気が漂った。郵政選挙で大勝し、自信に満ちた平成18年の小泉党大会、最年少総裁誕生で期待感にあふれた19年の安倍党大会とは隔世の感がある。首相が明確な「福田ビジョン」を打ち出し、党員の自信と希望を取り戻すことが、政権浮揚の第一歩といえそうだ。
 「自民党は立党以来の最大の危機なんです」
 拍手の中で壇上に上がった首相は笑顔も見せず、切々と厳しい現状を訴えた。
 「徹底的に国民の立場に立つ政治」「国民本位の政治」「国民の期待の炎」「国民政治の再生」−。首相はわずか10分の演説で“国民”を35回も繰り返し、最後は「どうぞご支援を心からお願いします」と深々と頭を下げた。
 例年の党大会は通常国会召集直前に、党勢を内外にアピールする「景気付け」の場だが、今回は47都道府県連の女性幹部の一言スピーチをのぞき、派手な演出は一切なかった。
 思い起こせば、19年の党大会では、安倍晋三首相(当時)が巨大な筆で自らのスローガン「美しい国、日本」を揮(き)毫(ごう)。そして、「戦後レジームからの脱却」を高らかにうたっていた。
 その前年の18年の党大会は17年秋の郵政選挙で大勝し、自信にみなぎっていた。多くのチルドレンを従えた小泉純一郎首相(当時)は「改革の加速」を宣言。最後は全員にペンライトが配られ、コンサート会場のような雰囲気で幕を閉じた。
 しかし、今大会は、焦りばかりがにじみ出た。
 来賓の御手洗冨士夫経団連会長は、「国民生活を豊かにするために強力な改革を進める必要がある。それが閉塞(へいそく)感を払拭(ふつしよく)し、格差解消につながる。スピーディー、着実に進めることを期待する」と注文を付けたが、首相からはついに「改革」の言葉は聞けず終いだった。
 首相のあいさつが終わり、伊吹文明幹事長の党務報告が始まると、後列の出席者はゾロゾロと席を立った。レセプション会場でも話題は原油高、株安、解散時期−など暗いニュースばかり。
 一方、福田政権で無役となった麻生太郎前幹事長や安倍前首相らには人だかりの山ができ身動きできないほど。写真撮影や握手攻めにあっている麻生氏に対し、記者団が「内閣支持率も下がり、そろそろポスト福田の…」と水を向けると「ああ、そっちの話にしたいわけか。その話に答えることはありません。ガハハ…」ときびすを返した。

2008年1月17日 産経ニュース


なかなか涙ぐましいですが、こちとらには「自民党の危機」なんざなんの関係もないし、連中が危機に陥ったからといって急に「国民の立場に立つ」とか言い出されても騙されるものではありません。奥さんの浮気の現場に踏み込んで銃口を彼女の額にあててみると急にしおらしいことを言うのと同じです。そこで引金を引くのを差し控えると奥さんはまた浮気をするんですから、ひと思いにやってしまったほうが得策です。そんな血腥いことは嫌いだ、という人は「地元伊勢の国うす焼えびせん」に毒を混ぜておけば良いのです。

もっとも自民党の人たちにしてみれば「そりゃ福田さんの危機だろう」ということになります。自民党自体は給油の件でアメリカのお役に立ったから大丈夫だと思っています。国民がどうであろうと電子投票があります。電子投票が有効なシステムであることは先の大統領選挙で立証済みですから安心です。麻生さんのようなヒョットコにとっては「危機」どころか「好機」ですから、大船に乗ったつもりでしょう。「大船」って松竹じゃなくて、大きい船、例えばタイタニックとかそーゆーの。

そこで自らの「危機」に直面した福田さんの口からは「ついに「改革」の言葉は聞けず終いだった」のも当然です。自分を「危機」に追い込んだ元凶の名など口にするさえ腹立たしいではありませんか。ところがデリカシーのない便所虫は福田さんの言葉を勝手に引用して「国民生活を豊かにするために強力な改革を進める必要がある」などと木に竹を接いだようなことを言って福田さんのデリケートは心を傷つけるのでした。もっとも便所虫にしてみれば「改革」は「原油高、株安」から「解散時期」まで、ことによると素行調査から殺人事件まで、妻の浮気に夫のインポ、背中の痒みに浜崎あゆみのツンボまで、何でも解決タマゴンというつもりですから、ことによると「改革」と言ってあげると福田さんの機嫌も治るんじゃないかと思ったのかもしれませんが、無神経にも程があります。

その一方では福田さんは「国民」を指して「消費者」という言葉も多く使います。「消費者」は便所虫にとっては一応お客様ですから、まあ未だにキヤノン製品を使用しているような不心得者がいるのかどうかわかりませんが、福田さんとしては便所虫に気をつかって、便所虫のお客さんを大切にしよう、と言っているわけです。ところが便所虫は国内市場が多少アレでも輸出が伸びればダイジョービだとおもっていますから、ここでも二人の気持ちはすれ違ったままです。こういう気持ちのすれ違いが浮気とかにつながっているわけで、いわば原因は双方にあるんですから、やみくもに射殺したり毒を盛ったりするのはやはり考えものであります。落ち着いてみれば気の合うことの方が多いはずですよ。

というのも福田さんだって「国民」のことを「消費者」とは言いますが、「労働者」とは言わないわけです。それは「国民」のウラの顔、ヤヌスの鏡とういかアヌスの栓というか、蜜の出る方とウンチの出る方の違いというか、要するに悪い子の方ですから初井言榮にいじめてもらうのです。そこで規制改革会議の第2次答申では随分とムチャなことを言っています。

法的な意味での格差は、憲法十四条の「法の下の平等」や二五条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」としての「生存権」に関係する。「平等」には、「機会の平等」と「結果の平等」の二つの概念が含まれる。前者はすべての国民に平等なチャンスが与えられることであり、後者は国民の能力や成果にこだわらず同じ結果が与えられることであるが、これには注意が必要である。「結果の平等」を重視しすぎると、懸命に働いても働かなくても、また成果の大小にかかわらず同水準の生活が保障されるため、勤労インセンティブの低下、自己研鑽投資の減少、技術やアイディアにおける創造性を発揮しようする意欲の減退といった副作用をもたらす。むしろ、「機会の平等」のもと、がんばっている人が報われる社会になっていなければ、個々人の能力は十分発揮されなくなり、社会全体が豊かになるチャンスは失われる。無論、機会の平等だけを貫くことは一部の階層にとっては、耐え難い「格差」を放置することになり、社会の安定が損なわれ、場合により犯罪などの社会コストを増大させることから政府が一定のセーフティネットを社会に備えておくことは必要である。


何人にも「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が平等に保障されるのが「法の下の平等」であることから、「平等」とは「結果の平等」に他なりません。一方、それぞれ異なる素質と環境の影響を受ける諸個人に「機会の平等」を与えることは、選別の方法的原理ではありえますが生存権の保障とは何の関係もありません。「法的な」つまり国家の統制目的としての「平等」には「結果の平等」という一つの概念しか含まれません。「機会の平等」は選別の結果を正確に評価するための条件に過ぎず、この条件を整えることは悪いことではありませんが、生活水準の格差を正当化する原理にはならないようです。

むしろ貧困への転落の脅威によって労働者を使役することが「がんばっている人」においても生活の質を低下させる一方で、格差の問題を「犯罪などの社会コストの増大」としてのみ捉えるとすれば、「社会全体が豊かになる」というレトリックが社会の個々のメンバー全てが「豊かになる」ことを指すわけではないようです。「機会の平等」によって「社会全体が豊かになる」ことは「一部の階層にとっては、耐え難い「格差」を放置する」ことと矛盾していないのですから気をつけないと大変です。むしろとっても極めてほんのたったのごく「一部の階層」が「豊かさ」を享受し続けることを保障する「一定のセーフティネット」が情報の取締りや監視カメラとか刑務所や絞首台のことを指しているのは文脈によって明らかでしょう。

「井戸掘るなら水湧くまで」 福田首相、言葉引き決意

 「井戸を掘るなら、水が湧(わ)くまで掘れ」。福田首相は18日の施政方針演説で、江戸時代末期から大正にかけて貧農の救済に生涯をささげた石川理紀之助の言葉を引用、政策実現への決意を強調した。
 石川は1845年に秋田県で生まれ、貧困に苦しむ農村を巡回指導。農民同士が助け合うことで村を復興させ、「聖農」とたたえられた。側近も「初めて聞いた」と口をそろえる、知る人ぞ知る偉人。「自立と共生」を掲げる政権の理念を体現する人物として、首相自身が選んだという。
 「何よりも得難いのは信頼である。進歩とは、厚い信頼でできた巣の中ですくすく育つのだ」。首相は石川のこの言葉も引きつつ、演説をこう結んだ。「信頼という巣を、国民と行政、国民と政治の間につくりたい」

2008年1月19日 asahi.com


福田さんは知ってか知らずか、石川さんの言葉をワザと省略しています。石川さんが言ったのは

何よりも得がたいものは信頼だ。信頼はつつみかくさず教え合うことから生まれる。進歩とは、厚い信頼でできた巣の中ですくすく育つのだ。

福田さんは「つつみかくさず教え合う」つもりはないみたいです。だから彼には隠していることがあるわけです。例えば「井戸を掘るなら、水が湧くまで掘れ」の福田版は「水が湧いたら枯れるまで汲みつくせ」と続いているんですが、黙ってるじゃん。やっぱ「信頼」は無理だな。てゆうか「厚い信頼でできた」クモの巣に絡めとられちゃ命が死んでしまいますわい。「私を信用してほしい」なんて言うヤツに限って信用出来たためしがありません。後ろを見ろ!

あっ!丸越万太さん!


posted by 珍風 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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