2008年03月11日

「前」があったって「後ろ」を振り向かないで「前向き」に生きましょう。どっち見りゃいいんだ。

最近同窓会に顔を出してないんですが、それというのも同窓会が刑務所で行なわれるからなんです。

米、100人に1人「塀の中」 「安易な収監」批判も

 【ニューヨーク=長戸雅子】米国の成人約100人に1人が刑務所などに収監されていることが米国の民間研究団体、ピューセンターがまとめた報告書で分かった。成人の1%が「塀の中」にいるという不名誉な記録は米国史上初めてだという。
 報告書によると、全米で2008年1月1日時点で収監されていた成人は約230万人。米国の成人99・1人に1人の割合となる。
 人種・性別でみると、白人男性は106人に1人、ヒスパニック系男性は36人に1人、黒人男性は15人に1人が収監されており、20〜34歳の黒人男性に限ると、9人に1人という割合になる。
 他の国との比較では人口が最も多い中国の収監人数が2番目で150万人、ロシアが3位で89万人。人口10万人当たりでも米国は750人とロシアの628人を上回ってトップになっている。
 各州が受刑者の矯正にかける費用は全米50州で490億ドル、20年前の110億ドルから大幅に上昇しており、ピューセンターは2011年までにさらに250億ドルが必要になると試算している。
 しかし米連邦捜査局(FBI)によると、07年の凶悪犯罪発生率は1987年より25%減少している。こうしたなかで収監率・人数が上昇していることに専門家は「安易な収監が行われているからだ」と批判している。

2008年3月2日 産經新聞


どんどんぶち込んで、気がついたらこれです。これは今年の元日にムショの中にいた人のことですから、去年の大晦日に出た人や1月2日から入った人は勘定に入れてません。「収監されたことのある人」はもっと多いはずなんですね。アメリカは既に「前科者」が当たり前になる社会に突入しようとしています。

まあ人それぞれこの社会の中で生きるために戦っているんですから、前科者だからといって別にどうということはないんですが、ヤクザは「俺は前科何犯だ」とか言って凄むのが無効になるので困ります。さらに困るのがコスト面で、アメリカでは20年で4倍になってしまったそうです。一方、「凶悪犯罪」は同じ期間に25%減少しているそうですから、仮に刑務所に関わるコストの増大が犯罪の減少につながっているものとすると、コストが4倍になるごとに犯罪が25%減少するとした場合に、刑務所コストが110億ドルの256倍、2兆8160億ドルに達した時に「凶悪犯罪」発生率は1987年の3分の1程度になります。この段階でアメリカは国家予算のほとんど全てを刑務所に使うことになります。もっともこの計算だとアメリカの成人100人のうち256人が収監されている勘定になりますが。収監者一人当たりのコストが不変として100人のうち64人を収監した場合の犯罪発生率は42%となります。

このように現状の刑罰制度では犯罪の撲滅などは不可能であり、ニューヨーク・タイムズはこれを「マネー(お金)とライブス(人の命)のとんでもない無駄遣い」と指摘しています。http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2008/03/post_b1ed.html

したがって刑罰制度の見直しがアメリカから本格的に開始される可能性は低くはありません。この場合ほとんど全ての「犯罪者」を死刑に処すのでなければ心理療法などを用いた「更生」プログラムが現状の刑務所制度に替わって全面的に適用されることになると思われますが、これは社会復帰や再犯の予防には効果的かも知れませんが、それなりの問題がないわけではありません。

このようなプログラムでは「犯罪行為」よりも各々の「犯罪者」に注意が向けられます。例えば認知行動療法ではどのような罪を犯したかということよりも、その個人において見いだされるいわば「犯罪者的な」認知構成を矯正していこうとするわけですが、この考え方はいとも簡単に「犯罪者」以外の人々にも向けられるでしょう。つまり刑法上の「罪」を犯していない場合でも「犯罪者的な認知」のタイプがみられる人がいれば、それを見つけて「矯正」することによって犯罪を抑止することが可能ではないか、と考えられるわけで、そのために文字通り全国民が心理的にスクリーニングされ、何も悪いことをしていないのに「矯正」される、という事態が起こる可能性があります。

しかしながら、このような「矯正」プログラムに参加させられる「未犯罪者」においては、プログラム参加への動機付けが著しく低く、そのために所期の成果が上がらない、参加率の低下、反抗、逃亡、という事態が考えられ、参加を強制することによって逆にこのような傾向は増大することでしょう。これもまた「マネー(お金)とライブス(人の命)のとんでもない無駄遣い」となります。

したがって刑務所制度を代替する矯正プログラムは、その対象を厳密に刑法上の「犯罪者」に限定する必要がありますし、刑法などで定める「罪」にしても、新しい見地から再評価する必要があります。ある種の「社会的に」望ましくない行為を「犯罪」とするものにおいては、特定個人においてそれを抑止しようとするならばその人の人権を侵害するおそれがあり、そのような場合はその「犯罪」を刑法から削除する必要も出てくるでしょう。

逆に現状では裁判官が個人的な信条に基づいて人の言動を批判することがあり、そのような「感情」によって判決が左右されるきらいがないわけではありません。このようなことはもとより不適当なことでありますが、現状の刑罰制度においてはそんなつまんないことで人がムショにぶち込まれる期間が伸び縮みするのです。心理学的更生プログラムが実施されるとすれば、「判決」は社会の腹いせでもなければ被害者の報復感情の満足でもなく、それらを口実にした裁判官の個人的感情の吐露でもありません。しかしながらそれは法秩序の根底的な改革を意味するものではなく、現行の法を規制する原理の延長線上にあるものなのです。

しかしながら実は問題は現状の刑罰制度のやり方、つまり「犯罪」を「犯罪者」を「矯正」しないやり方で処理していわば「犯意」を最終的に保護するというやり方の当否にあったりします。社会が不完全であることによって作動不良としての犯罪が起こってくるのだとすれば、「犯罪」は社会がその不完全さによって取りこぼした人間の可能性の表れなのではないか。だとすればそれを「矯正」して殺してしまうよりも「再犯」のリスクを負いつつあえて「矯正」しない方が良いのではないか。しかしそれは社会をちっとは良くしようとする努力の放棄とも深く結びついて、「叛意」の「蜂起」を妨げるものなのかも知れません。したがって保守的な考えというのは「犯人」のことは口ではなんぼでも悪く言う、でも「犯罪」万歳、というもんでしょうな。でも「世論」はそこに気がついていないようですから、気がつくまでは「犯罪万歳」でもいいんですが。あまり悪いことをしないようにしましょう。


posted by 珍風 at 21:47| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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