2008年05月01日

昼休みの「遺族」へ〜自戒を込めて

我らが本村洋さんは、あるうらららかな春の日に補欠選挙の演説を冷やかしにいったところ、思わぬアクシデントに見舞われたそうです。大変に気の毒な話しであります。江川紹子さんによれば、本村さんは「勤めている会社のすぐ近く」で、しかも「昼休みの時間帯に」演説会があったので、「聞きにいった」ということです。そうしたらどっかのテレビ取材チームに見つかっちゃって、周りの人も本村さんに気がついて囲まれてしまったのだそうです。ちょうどその頃演説をしていたのは「白く塗りたるバカの如し」と言われた安倍晋三君だったのですが、このバカ殿は「犯罪に強い町づくりをしていかなくてはならない。その必要性を一番感じているのが、この光市の皆さんであり、今日も出席して頂いた本村さんなのだと思います」と言ったわけなんです。

本村さんは自民党から応援要請を受けたことも「ない」そうで、「困惑」してるんだそうですが、「くたびれきっていて」本村さんがあたかも自民党候補を応援しているが如き報道を行なったものに対して「抗議」したりする「気力」も「湧かない」ということ「みたい」なんだそうであります。近頃暑いですからね。

ところで山口2区の補欠選挙では、本村さんちの「事件」が一種の「争点」になるということが前々から言われておりまして、とゆーのも平岡さんは以前、「加害者の人に死の恐怖を味わわせるという気持ちで被害者遺族が本当に幸せというか納得できるとは思えない」とか、「悪いことをした子供たちはそれなりの事情があってそういうことになったと思う」などと、およそ「全国犯罪被害者の会」の主張とは相容れないようなことを言ったことがあるようで、ちょうど選挙期間中に判決が出るご当地事件との絡みで、山本陣営がこの点を大いに攻撃するだろうという観測が流れていたわけです。事実、本村さんを「紹介」したバカ殿の演説においても、この点について平岡さんを批判しています。

そんな選挙の演説が行なわれている、かなりの確率でほかならぬ自分のことを喋っているかも知れない場所に、問題の事件、というか事件にまつわる騒動の当事者である本村さんは「近くでやっているから」たまたま出掛けていった、と言っておられるところです。もちろん堂々とスッピンで、いつもの本村さんの顔をして出掛けていったわけです。変装するとか、女装するとかすればよかったのでしょうし、ドラえもんから「かくれみの」を借りてくるのも良かったかもしれません。しかし今回は本村さんの唯一の欠点は「ドラえもん」を信じないということだったのです。それなのについ3日前には判決を受けて記者会見までしてしまった「時の人」は、何の気なしにそこへ行ったと言うのです。それでやっぱり、みんなに「発見」されてしまったのでした。

バカ殿は演説をしながら、聴衆の一部に動きがあるのに気付き、その中心に本村さんがいるのがわかると、すかさず「今日も出席して頂いた」とやったのだとされています。もちろん名前を間違えて「木村」とか言わずに、ちゃんと「本村さん」と言うことが出来ました。バカ殿にしては上出来のアドリブではないですか。常日頃なけなしの知性を振り絞ってなおかつドジを踏むあの安倍晋三とは思えない闊達な臨機応変ぶりであるといえるでしょう。まるでもう最初からそこに本村さんがいることが決まっていて、しかも名前にフリガナが振ってあったのではないかと疑わせる程です。

判決の直後ということもありますから、もし本村さんが「くたびれきっていて」、「そっとして」おいて欲しいのであれば、たとえバカ殿が生で見れるからといっても、そんなところに出掛けていくのは極めて不自然なような気がします。だからこそぼんやりしてしまって、ついついあんなところでふらついてしまったのかもしれませんが、いつもの冷静な本村さんにも似合わない醜態です。てゆうか、ある人によれば本村さんは「山本繁太郎さんを応援しています、がんばってください」と言ってバカ殿と握手までして来たそうです。「平岡だけは許せない」と言っていたそうですが、これも「くたびれきっていて」わけもわからずにやってしまったことなのでしょうか。

まあ、本村さんが自民党候補を支持しても不思議じゃありませんし、彼が何らかの政治的な動きをしたとしても、それは予想されたことだったのです。実際のところ、先日の判決に対する本村さんの評価は相当に「政治的」です。本村さんによれば「最後まで事実を認め、誠心誠意、反省の弁を述べて欲しかった。そうすれば、もしかしたら死刑は回避されたかもしれない」ということでしたから、犯行そのもは死刑に値しないということになってしまいます。この発言はすでに「犯罪被害者」を超えてしまっています。「会」のほうは大丈夫なのでしょうか。本村さんは「国に楯突く者には死を」という判決をそのまま引き取って支持しています。ところがこの場合は、「被害者」は奥さんでも子どもでもなく、強いて言えば「国」なのですから、この発言をした時の本村さんは「遺族」でも何でもありません。本村さんはこの時「政治家」であり、「統治者」であり「支配者」の立場に立ったのです。まさに立っているものはキュウリでも使えといったところでしょうか。全然関係ありません。

そういう立場の人はもっと堂々としたいものですが、実際にはそうではないのが現状で、本村さんもご多分に漏れず何だか言い訳をするみたいです。しかしこの間から本村さんの言葉は「その通りに受け取るとすれば本村さんはバカかキチガイということになるが、何だか信用出来ない」というものになっています。本村さんは段々誰かに似て来たようです。もっともそれも無理もないことかもしれません。いわば彼とは「兄弟」ではありませんか。


posted by 珍風 at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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