2008年05月13日

私は如何にしてクヨクヨするのを止めて宴会を愛するようになったか

昨年から今年にかけて女がらみでショットガンを持ち出してぶっ放すお兄さんや、経済的な理由で進学を断念させられた挙げ句了解不能な凶行に及ぶ餓鬼が出ました。こういう人たちはあまり後先の考えというものがなく、バレないように工夫しようとか、きちんと逃げようという形跡が見られません。刑務所上等、死刑上等な人たちですから困ったものです。金もいらない、名もいらない、命もいらないという奴ほど始末に負えない者はいません。

こういう人たちに「国家の大事」を任せる、というのもなかなかゾッとする話しですが、金も名も命も惜しいという連中が特に悪気もなく他人を死ぬに任せるのが今の政治の現状です。悪気のない方がよっぽど恐ろしいような気もしますが、どっちにしても死ぬのはこっちなのですから大差はないようです。

まあ、こういう「割り切った私たち」の大先輩だと思われているのが津山三十人殺しの都井睦雄君でありますが、『週刊朝日』の5月23日号で

実録・津山30人殺し
「八つ墓村」事件70年目の新証言

なんてやってますので、見た人もいるでしょう。これは「隣町に住む90代の男性Aさん」こと、筑波昭の『津山三十人殺し』では「東加茂村桑原の農業只友登美男」とされている人物の「新証言」です。

以下「筑波本」に従いますが、「登美男」さんは22歳の時に隣の地区から嫁をもらいました。その嫁の実家が都井君の近所だったのです。この「嫁」というのが「西川秀司」方の長女「良子」さん(当時22)。都井は自宅から始めて3軒目にこの家を襲い、「良子」さんの母親「とめ」さん(当時43)をはじめ一家4人を皆殺しにしています。

「只友登美男」さんに嫁いでいた「良子」さんがこの日帰郷していたのは、母「とめ」が風邪を引いた見舞いとも言われていますが、夫の「登美男」さんによれば、結婚して3ヶ月ほどたった5月20日、「登美男」さんの妻「良子」さんの友人である同郷の女性が、「弟が結婚したから、祝いをかねて里帰りする」から一緒に帰らないかと誘ったといいます。

この女性が「寺井ゆり子」さん(当時22)です。「ゆり子」さんは都井君のいわば「本命」ということのようですが、都井君によれば「良子」さんとも「関係」があったとのことで、たまたまこの日2人が里帰りしていたのが犯行のきっかけとなったといわれています。「登美男」さんもこの日は「良子」さんの実家に誘われたのですが、「どうにもたいぎくて行く気にならんかった」ので行きませんでした。もっとも妻の実家に行きたがる夫も少ないのですが、「登美男」さんは危ないところで難を逃れたというわけです。

なお、「登美男」さんは「良子」さんと都井君の関係について否定していますが、夫ですからそう言うのも無理もありません。その一方では「ゆり子」さんについては、彼女が嫁に行く時に都井君が茅を積み上げて通せんぼしたという話しをして、2人の「関係」を強調しています。

「ゆり子」さんは都井君を振ってこの年の1月に同じ部落の「丹羽卯一」と結婚しましたが、都井君がこれにも夜這いをかけるので3月に離婚しています。5月には上賀茂村大字物見の「上村岩男」と再婚していて、この度の里帰りは再婚してから2週間目ですから、これは土地の習慣に習ったもののようです。「通せんぼ」の件がどちらの結婚の際のことであったか不明ですが、いずれにしても70年も前のことであり、「登美男」さんもこれを伝聞として語っているようですから、どれほど当てになる話しかはわかりません。

実家に帰って来ていた「ゆり子」さんは都井君の襲撃を受けて直ちに家を脱出し、既に惨劇の舞台となり終わった「西川秀司」方へ向かいますが、途中で転んで「寺井茂吉」方へ逃げ込みます。この家は都井君の襲撃計画に入っていなかったのですが、「ゆり子」さんを匿ったために襲撃の対象となり、「茂吉」の父「幸四郎」が射殺、四女の由起子は大腿部に銃創を負います。都井君は襲撃を諦めて次の家を襲いに行きましたが、また襲ってくるかも判りませんから、この家の人々と「ゆり子」さんは床下に隠れて難を逃れました。

ところが「登美男」さんが今回語ったところによると、都井君は「おまえを残しちゃいけんのや!」と言って、床下に隠れた「ゆり子」めがけてバンバン撃ち込んだようです。その際「ゆり子」さんの喉元を銃弾がかすめ、擦過傷を負わせました。

多数の文献においてこの傷については述べられていないものの、西村望の小説『丑三つの村』には、「ゆり子」さん(小説では「やすよ」)が床下に隠れる前に「のどのあたりを射たれたらしく、しきりに素手で血を拭いている」様子が描写されていますから、怪我を負ったことは確かであると思われます。傷そのものは大したことはないようですが、「登美男」さんが言う通り「もう少しずれてたら即死」というところだったのです。「全ての原因」のように言われがちで、「登美男」さんにとっても「良子」さんを里帰りに誘って殺される原因を作ったのですから悪印象を持っているわけですが、この「ゆり子」さんはたしかに「運が強い」ようです。山岸涼子さんははっきりと「悪運が強い」と書いています。

この「ゆり子」さんという人は、ちょっと興味深い人物であると言えるのですが、西村望の小説を奥山和由がプロデュースして映画化した『丑三つの村』という映画では、この「ゆり子」にあたる「やすよ」の設定が大幅に変更されていますので要注意です。床下に隠れたりなんかしないのです。そればかりか事件の最中にいかにもおかしな登場の仕方をします。

ともあれ、この記事の中では都井君が事件の1時間前まで自宅裏手のお堂で村の若者5、6人と宴会をやっていたという話しがありまして、これは初耳でした。家でおとなしく計画を練っていたか、いろいろ考え込んでいたものとばかり思っていたのですが、みんなでお酒を飲んで、それからしっかりと準備を整えてから大殺戮に取りかかったというのです。何だか豪放な感じがしますが、「結核」で線の細いような印象とは裏腹に大虐殺をやってのけ重装備で山道を駆け上がるという「睦やん」は、やっぱりちょっと判らん奴です。


posted by 珍風 at 23:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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