2008年05月15日

私は如何にして姉と寝るのを止めて爆弾娘を愛するようになったか

映画『丑三つの村』の「問題」は田中美佐子さんに集中しているようです。田中美佐子さんがヌードシーンを不満としているためにこの作品はDVD化されていないとのことで、現在のところ「幻の映画」のようになっています。観たい人は以前に松竹ホームビデオから発売されていますから、それを探さないといけません。

この映画は「成人映画」ということになっているのですが、それは何も田中美佐子さんのヌードがイヤラシいからではなくて、「全編が残虐で非道」なのがその理由であります。これだけでも立派な作品であることが判ります。古尾谷雅人が村人を撃ちまくります。弾着シーンではトビー門口さんの技術が見所であります。っても今の若い人は知らないかもしれません。

さてその田中美佐子さんなんですが、この映画ではヒロインの「赤木やすよ」を演じています。しかしこのキャラクターはかなり大胆に変更されています。原作の西村望『丑三つの村』ではこれはほぼ「寺井ゆり子」に相当する人物なのですが、そもそも原作には「ヒロイン」などというものは登場しません。彼女はたしかに一度は主人公「犬丸継男」と結婚の約束のようなものをしていますが、その後徐々に疎遠になっていき、他の男と結婚してからは主人公との関わりは概ねないと言っていいのです。そして里帰りした際に襲撃を受け、隣の家に逃げ込んで喉に怪我をします。

ところが映画では「ヒロイン」ですから、彼女は主人公としょっちゅう関わることになっています。原作通りに結婚の約束をしながらもやがて他家に嫁するのは原作と同様ですが、そこから離婚して帰って来てからも何かと主人公と関わりがあります。その中に「問題」の「ヌードシーン」もあるわけです。

出戻った「やすよ」の入浴を「継男」が覗くシーンがあって、このときにカメラは田中美佐子さんの足元から全身を捉えます。そのあと、こともあろうに「継男」は浴室に乱入してしまうのです。そして「やすよ」を抱きすくめるのですが、浴槽の湯の中に喀血してしまいます。そうすると「継男」は手桶でそのお湯を頭からかぶるのです。すると「やすよ」もその手桶を奪うようにして自分もそのお湯を、喀血が混じっていて結核菌が沢山いるやつをかぶってしまいます。

これは村中で「やすよ」だけが「継男」を結核患者として排除・忌避していないことを現していて、良いシーンですから田中美佐子さんもちょっと考え直してほしいところであります。その後、再婚の決まった「やすよ」と「継男」の結ばれるシーンがあって、いよいよ「継男」は犯行に取りかかるというわけですが、その前に「継男」は意外な行動に出ます。なんと他所の村に嫁いでいる「やすよ」に、犯行声明文を送るのです。

ちなみに原作では風呂覗きのくだりは全然別の人、「やすよ」が最初に結婚した相手の母親と妹の入浴を覗くことになっています。当然血を吐いたりお湯をかぶったりということはありません。また、たしかに「継男」は犯行前に「やすよ」に手紙を書いていますが、それは「やすよ」をおびき寄せるためのニセの手紙なのです。

むしろ映画の「犯行声明」は、実際の都井睦雄君が、がやはり遠くに嫁いでいた彼の姉に書いていたかも知れないものであることから、映画における「赤木やすよ」は原作の「赤木やすよ」と姉の「ふみ子」、つまり「寺井ゆり子」と実姉「みな子」を合成したキャラクターであると看做すことが出来ます。都井君はお姉さんをとても愛していたことが知られているのですが、映画にはお姉さんの「ふみ子」は登場しないのです。

それで映画では「犬丸継男」は、この姉代わりでもあり、しかも実姉とちがってオマンコも出来る「ヒロイン」を得て、事前に犯行を予告するまでに心を開いているわけですが、まあたしかにその女は再び他の男と結婚するわけだし、自分は結核で余命幾ばくもないんだとしても、そういう女性がいるんだったら何もあんなことをしなくてもいいんじゃないかという気もしてしまうのです。

原作では「継男」は「やすよ」に徹底的に振られているばかりか、他の女性たちからも蛇蝎の如く嫌悪され、村の中では「へのけ」にされ、青年団への入団の勧誘もなく、完全に孤立した状態に置かれています。そしてそれは最終的には性的な孤独であって、「共同の閨」としての村の性的なネットワークに参入出来ないこと、「なんでおれだけさせてくれんのじゃ」という絶望的な怒りなのです。そうであってこそ、あるいは銃弾を女たちの下半身にぶち込み、あるいは日本刀で女たち刺し殺しまくるという惨劇にも納得がいくというものでしょう。

ところで映画は「やすよ」が「継男」の子を身籠ったことを暗示して終わります。これは脚本を書いた西岡琢也の完全な創作でしょう。それは「鬼の子」であり、「餓鬼を作ることは世の中に爆弾を投げ込むことだ」というまったくもって正しい思想です。ちなみにこの餓鬼は僕の親の世代ということになります。現在70歳くらいの人たちです。しかし最近の文献によれば、これは何も「正しい思想」でもなんでもなく、実際にあったことなのではないかという可能性が指摘されています。「寺井ゆり子」と都井君との間に産まれた娘がいるという話しがあるのです。もっともこの件は明らかになることはないでしょう。彼女が本当に「爆弾娘」であったのならともかく、そうでもないようですから。


posted by 珍風 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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