2008年05月21日

事実上仮想模擬虚偽似非裁判の現実

「悪」とはバーチャル・リアリティである、とはっきりと言ったほうがいいのかどうかわかりませんが、第一これでは片手切断のそしりを免れないような気もします。「善」もバーチャル・リアリティであるとも言わなければならないのかもしれません。しかしこの際ですからリアリティはバーチャル・リアリティである、と言っても構わないような気もします。そう言ってしまうと「リアリティ」をバーチャルしてるのはどこの婆ちゃんなのか、ということが気になってくるわけですが、火のないところに煙は立たないそうですから、リアリティのないところに婆ちゃんはいないようです。そこには魚市場のようにナマモノがゴロンと転がっていて、単なる死体が生ゴミになる前に急いで加工して食通を唸らせる「本物の味」にするために婆ちゃんが忙しく立ち働いていそうなのです。

しかしながら実を言えば「virtual」というのは「みんなはどう思ってるか知らないけど本当は〜なんだよ」という意味ですから、「仮想」というのとはかなり違うんで、「バーチャル・リアリティ」というのは「公式のとは違う実質的なの現実」ということになって、かえって「より本当」っぽいニュアンスです。この意味で言うと「バーチャル・リアリティは悪である」というのは「世界は本当は悪い」というような意味になるか、「上辺の見せかけを暴くのは良くない」という意味になるわけですが、日本では「バーチャル・リアリティ」というのは「ウソ」のように思われがちです。とくにCGなんてものは「巧みなウソ」の代名詞みたいなもんで

裁判員制度:司法解剖の遺体写真、裁判員にはイラスト−−法医学会と最高検

 ◇心理的負担に配慮
 来年5月に始まる裁判員制度で、日本法医学会(理事長・中園一郎長崎大教授)と最高検は、市民から選ばれる裁判員の心理的負担を軽くするため、遺体の写真の代わりにイラストやコンピューターグラフィックス(CG)を使った立証を積極活用する方針を決めた。
 事件性が疑われる遺体の死因を究明する司法解剖の結果は鑑定書にまとめられ、裁判の証拠になるが、残酷な遺体や傷の写真も添付される。難解な専門用語が並ぶことも多く、学会と最高検は昨年7月に研究会を作り、司法解剖の結果をいかに裁判員に説明するか協議してきた。
 遺体や傷の写真は裁判員にショックを与える恐れもあることから、代わりにイラストを鑑定書に添付したり、鑑定医が法廷で証言する際にCGを使う案が浮上。学会内には、傷ができていく過程を連続イラストで表すアイデアを提案する学者もおり、裁判員が目で見て分かる説明方法が検討されている。
 また、学会は、司法解剖の結果を裁判員に分かりやすく伝えるため、初めての一般向け法医学用語集の作成にも乗り出した。今年3月から、裁判員が参考にできる法医学用語集の作成を開始。鑑定書に登場しやすい「死斑」(重力の作用で血液が下がることによって遺体の表面にできる変色)▽「絞頸(こうけい)」(ひも状のものを首にめぐらせ、手などで絞めて圧迫し、窒息させる)といった用語を分かりやすく解説する作業を進めている。
 約1500語を盛り込んで来年3月までに完成させ、市販や裁判所への納入も検討している。執筆者の一人の福永龍繁・東京都監察医務院長は「裁判員制度を見据えた用語集だが、一般の方が法医学への理解を深めるためにも有用と考えている」と話している。【伊藤一郎】
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 ■ことば
 ◇裁判員制度のスケジュール
 来年5月21日にスタート。同日以降に起訴される重大事件が対象で、年間3000件前後と想定される。初公判の6週間前までに呼び出し状を裁判員候補者に送るため、最初の裁判員裁判は来年7月下旬〜8月上旬の見通し。

2008年5月21日 毎日新聞


グロな写真はキモイので「絵」で代用すれば大丈夫だと思ったようですが、この「絵」は誰かが写真を見て描くことになるんでしょう。この場合、その誰かが写真を解釈して判りやすく、気持ち悪くないように「描き直す」ということになるわけですから、証拠物件としては派生的なものになるでしょう。写真と同様の証拠価値を持つものとはみなすことは出来ません。

裁判員の参加する裁判は「有害」な写真なんかを排除し、「要点」が「整理」されて既製品の「事実」を扱う、いわば「お子様向け」のものになるようです。そもそも証拠に触れることの出来ない人を参加させようという点に無理があるのですから、裁判そのものの質を落としてまで無理矢理こんなことをする必要はないでしょう。止めておくにこしたことはありません。裁判が1回無駄になるだけです。

てゆうか裁判員がどのような結論を出しても検察側か被告人側のいずれかが控訴するのは目に見えているのですが、二審より上では裁判員抜きの審理が行われるわけです。そこではキモイ写真はダメだとか言う人はいませんし、CGだかイラストだか知りませんが、無用なお絵描きの付け入る隙間はないのです。いうなればそこからが「実質的」な裁判であって、素人裁判員がいい加減な「絵」を見てゴチャゴチャ言う第一審は双方にとっては全く無駄な「お遊び」につき合わされることになるのです。検察はともかくとして被告人には遊んでいるヒマはないようですが、強制的につき合わされる「遊び」ほど苦痛なものはありません。特に被告人にとっては裁判を受ける権利の侵害となるでしょう。

むしろ「残酷な遺体や傷の写真」も、裁判員などだけではなく広く一般に公開して判断を仰いだほうがよいでしょう。どこの馬の骨だかわからないような裁判員の法医学的な知識は限られたものでしかない可能性が高く、あまりアテに出来ない一方で、世間にはどういうワケだかそういうことにやたら詳しい人も大勢います。判決までいちいち広く世間の人々の意見を聞く必要などありませんが、判決について一般の人々がその適否を事後的に判断する材料を与えることは極めて重要です。特に一般国民が全て「裁判員」として裁判に参加する可能性がある制度の元では、まさに「明日は我が身」なのですから、そのようなことは必須であるといえるでしょう。

また、過去の刑事事件とその判例及び証拠の一切が、国民の誰でもがアクセス出来るように公開されなければならないでしょう。そうでなければ裁判員制度などはパンピーの無知につけ込んだ司法ポピュリズムでしかありません。もっともそのように情報を公開するとプライバシーの問題などが発生するわけですが、逆に裁判員であれば裁判に関わる個人情報を知るところとなっても「悪用」したりしないという保障は全くありません。てゆうか警察官などはしょっちゅう悪用しまくっているわけです。僕たちはよく知らない人、信用出来るんだかどうだか知れたものではないような人たちに警察の仕事をさせていて、その連中が特権的に様々な情報に触れることに無頓着でいるのです。我ながらおめでたい限りですが、逆に「プライバシー」も「公知の事実」になってしまえば「悪用」のメリットはなくなるものです。みんなで恥ずかしいところをさらけ出し合う世の中というものも悪くないかも知れません。小さい小さいと思っていたけど結構普通だなとか、小さくて何が悪いとか、みんな結構小悪人じゃないかとか、虫も殺さん顔してようやるわとか、恥も外聞もあったもんじゃない。


posted by 珍風 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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