2008年09月14日

いのちの死ぬ音でもうだいじょうぶ、だいじょうぶ!

首を吊られると「ジタバタ」するんだとかいう話しですが、ドサクサにまぎれてジタバタと仕事をしたのは死に神の方ですね。そんな愉快な首吊り国ですが、地方紙がフォローを入れてる。

謝罪と後悔切々と 万谷死刑囚が手紙 11日執行 

 十一日に死刑が執行された万谷義幸死刑囚(68)が、被害者や遺族への謝罪と自らの行為に対する後悔に苦しみながら拘置所で過ごしていることを、弁護士への手紙で打ち明けていた。
 判決によると、万谷死刑囚は別の強盗殺人事件で無期懲役が確定し、仮釈放後の一九八八年一月、大阪市中央区の地下鉄駅構内で女子短大生=当時(19)=を殺害。八七年には、同市内でいずれも十代後半の女性二人を金属パイプやナイフで襲い、現金を奪うなどした。
 万谷死刑囚は八月下旬、便せん七枚に心境をつづった。既に死刑確定から約七年、事件から二十年以上が経過しており「私だけが生かされていることに、心から被害者、御遺族の方々に対して申し訳なく思います」と謝罪した。
 自らの犯行についても「いかなる理由があろうとも、罪もない女性を殺してよいという言い訳にはなりません。どうして思いとどまれなかったのか」などと悔やんだ。
 犯行後は、当時のことを思い出して「心から笑うことがなくなった」といい、死刑の執行まで「(被害者の)御冥福をただひたすらお祈りする」と誓い、締めくくった。
 刑事収容施設・被収容者処遇法で、死刑確定者との手紙のやりとりは、親族間、婚姻関係の調整や訴訟遂行などに関する場合に許可されている。(三島大一郎、飯田憲)
 
2008年9月12日 神戸新聞


萬谷さんが「被害者や遺族への謝罪と自らの行為に対する後悔に苦しみながら拘置所で過ごして」いた、という記事ですが、まあ第一義的にはそういうことです。しかしこの記事のポイントは真ん中へんにあります。「自らの犯行についても「いかなる理由があろうとも、罪もない女性を殺してよいという言い訳にはなりません。どうして思いとどまれなかったのか」などと悔やんだ。」

萬谷さんは「どうして思いとどまれなかったのか」と悔やんでいます。何を思いとどまれなかったのか。「罪もない女性を殺す」ことをです。600円を盗ることではなくて、殺した後も抜き身でナイフを持ってうろうろするほど混乱した「理由」で。そもそも「現金を奪」ったのは殺された女の人からじゃありません。

「いかなる理由があろうとも」というのは、「理由」についての争いを一時棚上げにしているわけですが、逆に言えば刑の執行の直前までそれについては意識していたのでした。もはや刑も確定していますから、今更「人格障害」だとか言っても別に刑が軽くなるわけじゃないんですが、それでも「強盗目的」というのは違うと。「強盗殺人」という罪状は違うんだと言ってるんですが、もう手遅れです。萬谷さん死んじゃいましたから。取り返しがつきません。

『一つの区切りついた』 平野死刑囚の刑執行 市貝の夫婦殺害 遺族ら振り返る

 市貝町で一九九四年、牧場経営者の夫妻が殺害された事件で、東京拘置所に収容されていた平野勇死刑囚に十一日、刑が執行された。発生から十四年、遺族はそれぞれの思いで、事件と歳月の重みを受け止めた。 (横井武昭)
 確定判決によると、平野死刑囚は、住み込みで働いていた市貝町の牧場経営者伏見真之助さん=当時(72)=と妻松栄さん=同(68)=を殺害。現金を奪った上、家を放火した。
 長女の渡辺早月さん(60)と次女の松原三雪さん(51)は「一つの区切りがついた」と話す。姉妹は事件後、母が理事長を務めていた宇都宮市内のデザイン専門学校を継いだ。「真実が知りたい」と、二〇〇六年に最高裁で刑が確定するまで、法廷に足を運び続けた。
 三雪さんは「結局最後まで反省も謝罪の言葉も聞けなかった」。早月さんも「これで二人が帰ってくるわけではない。無念さは募る」とつぶやいた。
 松栄さんの弟菱沼規雄さん=益子町=は執行の知らせを聞かず、二週間前に七十四歳で亡くなった。余命いくばくもない病床で「姉さんよりましな死に方かな」と凶行に倒れた姉を最後まで気にかけていたという。

2008年9月12日 東京新聞


見出しのように「一つの区切りがついた」のか、それとも最後につぶやいたように「無念さは募る」のか。「被害者の遺族は「真実が知りたい」と思ったようですが、「真実」は闇の中です。平野さんに殺意があったのかどうかという点については、あるいは遺族の方にはあまり興味がないかも知れませんが、「死因不詳」という鑑定はどういうことか。花瓶はどこへ行ったのか。もし本当に平野さんが取調官から暴行を受けていたとしたら、判決で認定された「事実」とは一体なんなのか。

平野さんが殺されたからといって被害者は帰って来ません。しかし平野さんが殺されたことで「真実」も帰ってこないことになりました。もう何一つ帰ってこないのです。全て失われました。全部みんな揃ってあの世行きです。

死刑は別段何も解決しません。それは保岡死に神の言うように「大臣によって執行の在り方が変わってはいけない」というだけの理由で行なわれるものです。とにかくやんなくちゃだからやる、という、あまり大した理由はない、というつもりかも知れませんが、これには思わぬ功徳があります。それは何かを永遠に解決不可能にするのに役立ちます。この2人の元死刑囚も公判では供述を翻すわけですが、これが日本の警察が世界に誇る恥部です。供述書を鵜呑みにしてしまう司法の恥部でもあります。でも相手を殺してしまえばこっちのもんですからもう安心です。


posted by 珍風 at 01:32| Comment(2) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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