2008年10月31日

電脳ブードゥー処刑人形

EUの議長国フランスでは日本における先日の死刑執行に憂慮を示し、アホ太郎のブードゥー人形を発売する意向を表明しました。日本人はお土産物が好きだし、総理大臣のお土産物は大好きですから、これはグッドアイデアです。ユーロが安いうちにパリに行って人形を買って来ましょう。

一方、日本のベンチャー企業はWebカメラの前に置いたキューブを表示している画面上に3Dの「電脳アホ太郎」がキューブの上に立った姿で登場し、棒でつついたりしてその反応を楽しむという「世界初の一般向け拡張現実(Augmented Reality)エンタメソフトウェア」でこれに対抗しています。これは本当に「死ぬほど」馬鹿馬鹿しいので、今年の末頃から絞首刑に替わって採用される予定。

日本に死刑廃止の検討求める  国連人権委が報告書

 【ジュネーブ31日共同】国連のB規約(市民的および政治的権利)人権委員会は30日、日本政府に対し死刑制度の廃止を「世論調査と関係なく、前向きに検討すべきだ」と勧告する審査報告書を発表した。同委員会の対日審査は1998年以来、10年ぶり。
 従軍慰安婦問題についても「法的責任を認め、被害者の多数が受け入れられる形で謝罪すべきだ」と初めて勧告した。同問題については女性差別撤廃委員会、拷問禁止委員会に続き、関連する人権条約の管轄機関による勧告が出そろったことになる。
 人権保護団体アムネスティ・インターナショナル日本の寺中誠事務局長は「予想されたほぼすべての問題でより具体的な勧告が出た。日本の人権に対する国際社会の目は厳しさを増している」と勧告内容を歓迎。一方、日本政府筋は「審査では日本の立場について説明を尽くしたが、十分理解が得られず残念だ」などと語った。
 報告書は死刑について、世論の廃止支持が少ないことを理由に制度維持を主張する日本政府に対し「廃止が望ましいことを一般に知らしめるべきだ」と、廃止論議を高める責任が政府にあるとの見解を表明。死刑執行の通告について「死刑囚や家族に対し、妥当な期間を置いて事前通告すべきだ」とするなど、現行制度の問題点についても踏み込んで指摘した。

2008年10月31日 共同通信


日本政府はのんびりと「世論調査」などをやっているのではなく、「廃止が望ましいことを一般に知らしめ」るようにしなければなりません。閣僚などが意味不明の世迷いごとを呟いて死刑を擁護するようであってはならないのです。裁判員制度の発足に伴い、死刑廃止の望ましさについて一般の人々はもちろんのこと、特に裁判員にはミニにタコができるくらい周知徹底しなければならないのはもちろんのことです。「拡張現実」で「実際に」この手でメイドさんを刑場に引きずってゆき、首に縄を賭けて吊るしてみてその反応を楽しむのも良いでしょう。

最高裁長官に竹崎氏 裁判員制度にらみ抜てき 近く決定

 来月二十一日に定年退官する島田仁郎最高裁長官(69)の後任の第十七代長官に、竹崎博允東京高裁長官(64)を充てる人事案が固まった。近く島田長官が麻生太郎首相に意見を述べ、閣議決定を経て政府が指名、天皇が任命する。
 最高裁判事を経ることなく、十四人いる最高裁判事を追い越して長官に就任するのは極めて異例で、一九六〇年就任の第三代長官横田喜三郎氏以来四十八年ぶり。任期は二〇一四年七月までの五年八カ月と長期間となる。
 竹崎氏は、政府の司法制度改革審議会設置から〇四年の裁判員法成立までの間、最高裁経理局長や最高裁事務総長として裁判員制度導入に関与してきた。来年五月の裁判員制度実施に備え、制度に精通した人材として抜てきされたとみられる。
 竹崎氏は岡山県出身。東大卒業後、一九六九年に判事補に任官。刑事裁判を主に担当してきた。東京高裁事務局長、名古屋高裁長官などを歴任し、昨年二月から現職。

2008年10月2日 東京新聞


最高裁判所といえば文字通り「最高」でありまして、そこの長官というとこれはもう司法の長であります。同じくらい重要な地位といえば行政の長たる内閣総理大臣とか立法の長たる衆院議長・参院議長があります。竹崎さんは神山町に自宅があるかどうか知りませんがアホ太郎と「同格」ですし、河野洋平さんや江田五月さんとも「同格」です。ただ一つ違っていたのは、竹崎さんは魔女だったのです。

河野さんも江田さんも、アホ太郎だって選挙をやって当選した人達です。アホ太郎に投票した人は河野さんや江田さんには投票しないのかも知れませんが、世の中には色々な人がいます。しかし竹崎さんに投票した人は1人もいません。裁判官ってのは選挙でなるもんじゃありませんから。司法は法を実際のケースに適用する関係から、「世論の多数」に対しては慎重であることになっています。

そのかわり最高裁判所の裁判官には国民審査というものがあって、罷免されることになっています。この制度の不備な点は色々と指摘されるところですが、それはともかく、最高裁判所の裁判官という地位は基本的には国民に辞めさせられる可能性をもっていることになっています。

今まで最高裁判所長官は最高裁判事の中から選ばれて来ました。とはいってもこれはそういう決まりではなく、内閣の使命によって天皇が「かしこくも」任命することになっていますから、要するに誰がなっても良いわけですが、竹崎さんは最高裁の判事であったことがありませんから、この国民審査を受けていません。アホ太郎内閣はなるほど総選挙を経た政権ではありませんが、いくらなんでもアホ太郎本人は選挙を経ています。しかし竹崎さんは国民に信を問うたことのない人間なのに、司法の長になってしまうのです。それでも任期が5年8ヶ月もあるというのですから笑いが止まりません。

いや、正確には次の総選挙までです。てゆうか本来そうあるべきなのですが、国民審査の仕組みはそうなっていませんので安泰です。ところで竹崎さんのオデコのように輝かしい経歴は

1966年 司法試験合格
1967年 東京大学法学部卒業
1967年 司法修習生
1969年 東京地方裁判所判事補
1972年 広島地方裁判所判事補
1974年 司法研修所付
1977年 鹿児島地方・家庭裁判所名瀬支部判事補
1978年 東京地方裁判所判事補
1979年 東京地方裁判所判事
1981年 司法研修所教官
1982年 最高裁判所総務局第二課長兼第三課長
1984年 最高裁判所総務局第一課長兼制度調査室長
1988年 東京地方裁判所判事
1990年 東京高等裁判所事務局長
1993年 東京高等裁判所判事
1994年 東京地方裁判所判事部総括
1997年 最高裁判所経理局長
2002年 最高裁判所事務次長、最高裁判所事務総長
2006年 名古屋高等裁判所長官
2007年 東京高等裁判所長官

40年余の法曹生活において判事であったのは10年くらいです。重要な経歴は制度調査室長時代に特別研究員としてアメリカに派遣され、陪審員制度の研究をして来たことですか。2002年から最高裁事務次長から事務総長を歴任し、いわゆる「司法制度改革」に「尽力」してきた、いわば裁判員制度の立役者、司法破壊の「主犯」であります。

竹崎さんはあまり記憶に残るような裁判には関わってないようです。主に刑事を担当していたようですが、死刑判決なんか出したこともありません。そのくせ国民に死刑判決を出させようという制度を作り上げたのですから生意気です。もっとも、裁判員制度については被告人の防御権を守り、かつ早く終わらせて帰り、ひいてはこの制度自体を崩壊させるためにはとにもかくにもどうでもいいから無罪判決を出してしまうのが最良であること、国民の皆さんはすっかりご承知のはずですから、死刑の心配なんかしなくて良いのです。
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2008年10月29日

ソ連とアメリカが崩壊して色即是喰

食欲をなくす「青色ダイエットめがね」というものがあるそうですが、その一方では男性は赤い服の女性にコーフンするんだそうです。聞くところによると青は腐敗したものの色、なかでも腐り始めた人間の死体の色だし、赤は生殖器の色だというような、「生物学的な根拠」があるらしいのです。つまり欲望の対象は「色」であり、実体ではなくて見た目の現象なのです。したがって青い服を着た男性に赤いめがねをかけさせたのを青いめがねをかけた太った女性にみせて感想を聞いてみたいような気もしますが、本当は府民より赤い服を脱いだフーミンと「討論」したいというのが男子たるもの偽らざる気持ちなのではないでしょうか。

府民との討論会で過激な橋下節が全開「中山前国交相正しい」…

 大阪府の橋下徹知事(39)が26日、府民らと教育問題を話し合う討論会に出席、教育関係者とみられる人たちからのヤジに「子供たちをこんな先生方に任せてられない。(日教組批判で国土交通相を引責辞任した)中山成彬氏の発言こそまさに正しい」などとやり返した。また体罰容認ともとれる発言も飛び出すなど過激な橋下節が全開。会場は拍手とどなり声が交錯する異様な雰囲気に覆われた。
 
 「府民の生の声を聞け、すごいよかった」
 大阪府立大(堺市)のホールで行われた「大阪の教育を考える 府民討論会」。橋下知事は、参加者の質問や意見に対して「必ず子供たちの学力を上げる」と持論を展開していた。そこに飛んできたのは教育関係者とみられる一部来場者からのヤジ。
 すぐさま戦闘モードに切り替わった知事はヤジった来場者を一喝した。「まず黙りなさい。保護者に聞こえない。いい大人なんだから」
 日教組組合員を名乗る質問者の1人は中山発言を「なかなか本質をついている」と擁護した知事に真意を問いただし、その上で「くそ教育委員会」など“橋下語録”を列挙。「知事の暴言こそルール違反」とかみついた。
 会場からは「質問に答えろ」などと激しい怒号が。これに知事は完全にヒートアップ。「子供たちをこのような先生方に任せてられない。中山成彬氏の発言こそまさに正しい。安心して預けるわけにいかないんです。みなさん、これが学校の現場の現状ですよ! 地域でちゃんと学校をコントロールしてください」
 さらに「どこの会社に社長の命令を聞かない部下がいますか。9割は一生懸命やってる先生がいる」と指摘。すると反発の罵声(ばせい)をかき消すような拍手も巻き起こり、会場は異様な雰囲気に包まれた。「地域や家庭が学校に入っていって、1割のどうしようもない先生を排除していってください!」
 橋下知事は「(教職員が)ちょっとしかって頭をゴツンとしようものなら(保護者が)体罰だと叫ぶ。口で言って聞かなければ、手を出さなきゃしょうがない。あとはどこまで認めるか、コンセンサスを形成することが大事」と続けた。
 討論会後、知事は「すごいよかった。府民の生の声を聞け、自分のメッセージもストレートに出せた。自己満足かもしれませんが」と満足げ。会場の反応について「賛否両論でしょ。すべて反対されてるわけじゃない。そうであれば自分の思った通り進めます。そのために知事になったようなもんだから」と“おれ流”で教育力向上プランを推し進めると断言した。

 真意明言せず
 ○…討論会での発言をめぐり、報道陣から体罰容認では?と問われた橋下知事は「体罰の定義をどうとらえるかを出してもらわないと」とかわした。しかし府の教育委員からは「間違っていると思う。知事と委員はべったりじゃない。手を出すことは教育者として敗北」(小河勝教育委員)、「体罰の考えは違っている。しっかり話し合っていかなければならない」(生野照子教育委員長)と反論が出た。

2008年10月27日 スポーツ報知


「社長の命令を聞かない部下」がどこにいるかというと、困ったことにいくらでもいます。全国いたるところにいますから、多分大阪にもいるでしょう。もっともそういう場合あまりニュースにはならないようです。僕たちが知っているのは朝日建設の「社長」の命令を聞いて従業員を絞め殺した「部下」、船場吉兆の「社長」の命令を聞いて表示を偽装したりした「部下」、ミートホープの「社長」の「部下」、丸明の「社長」の「部下」、比内鶏の「社長」の「部下」、マンションの構造計算をごまかしたアパグループの「社長」の「部下」、などの立派な「社長」とその忠実なる「部下」の皆さんのことです。

例えば食品メーカに勤めているとして、製品に有毒物質を入れるように社長から命令があったとして、これを聞くかどうか、こりゃ相当迷いますよ。そゆことしちゃいけませんよね。でも生活もあるしさ。で、まあ、自分がある程度責任のある立場だったら、部下には黙って、イザとなったら自分が責任を取る覚悟で、命令を聞く人もいるでしょうし、そうでない人もいるかも知れません。もちろんそんな命令は聞かないでおいてくれると消費者としては大助かりですが、そいつはクビです。

「道徳教育」は学校に「毒」を入れるようなもんで、法律にも書いていない「義務」を押し付けるだけで何の役にも立ちません。人間教えられたことには一応反抗しますから、それはむしろ生活の中でせっかく育まれつつある徳性をわざわざ破壊してしまいます。まして「義務教育」が終わって、社会に出たりして、「壁」橋下さんの好きな「壁」にぶつかった時に、「義務」と「反抗」しか知らないんじゃ打つ手がありません。むしろ中学までに「国民の権利」を教えるのが国の「義務」でしょう。

そこで「道徳教育」に反対したりするのは別段悪いことでもないのですが、「社長」の立場から言うといろいろ文句はあるでしょう。だからといって泊まっているホテルの地下から毒ガスがモクモク出て来たらどうしようもないんで、「社長」の言うことを聞いていればそれで良いというわけではありません。ヤバそうな命令は無視したり、サボることが大切です。

このように橋下さんの譬え話は例えようもなく出来が悪いのですが、それでもこの「討論会」という限定された場所のコントロールは上手くいっているようです。なにしろこんなところにわざわざ出てくる人は数少ない橋下さんのファンなのです。例えばのはなし、こんな僕でもファンに囲まれている間は王様です。仮にファンがいたとしての話しですが。世界でただひとりのカミさんの支持も得られていないようなのではなはだちょっと心もとないんですけど。別にいいんですが。どうせ。

こんなところに出て来た日教組の先生は、当然ここでは少数派ですが、橋下さんの手法は例のコイヌミ流です。この少数派を指して、「地域」や「家庭」の「みなさん」に向かって、「敵」として名指しします。要するに吊るし上げです。これはほとんど「討論会」というようなものではありません。単なるファンの集会とか、むしろ新興宗教のあつまりのようなものです。

てゆうか橋下さんは最初から「討論」をしようという気がありません。「すべて反対されてるわけじゃない。そうであれば自分の思った通り進めます」ということですから、反対意見など聞かないのです。この「会」の目的は、賛成が多数であるような場の演出であり、「敵」を確定して府民を敵味方に分断することです。

もっとも、立ち後れた大阪地域以外ではこんなことは最近ではあまり流行らないようです。アメリカが支配する世界ではついこの間までこのような分断が盛んに行なわれていました。社会は金持ちとビンボー人に分けられ、金持ちは公然とビンボー人を「敵」として名指ししていたものです。ところが最近ではちょっと様子が違うといいます。アメリカ人はそういうのに飽きたかも知んない。アメリカの大統領選挙がひとつの目安なんでしょう

が、経済が先行します。アメリカはある意味で崩壊しました。これは1991年のソ連崩壊に継ぐけっこう大した歴史的事件だ、とあとで言われるようになる、ような気もします。20世紀末から21世紀の初頭は「社会主義でもダメ、資本主義でもダメ」という、ヤワラちゃんのような展開を示した、と言えないこともないでしょう。それでその次は銅する?

もっとも歴史的に敗北したのは「ある種の」社会主義であり「ある種の」資本主義ですから、歴史の終わりはまだ先の話しのようです。「彼奴は敵だ」とか言ってると激しく対立しているようですがアタマはあまり使っていなかったりしますので、わりあいと暢気だったりするものですが、この暢気は別に歴史が終わったというわけではなかったようです。

もっとも橋下さんは、弁護士としての経験から原告がいて被告がいて判決が出てどっちが勝ってどっちかが負ける、敵がいて味方がいて勝負は勝ち負けだという世界しか理解できません。「討論」とは相手を(例え餓鬼でも)言い負かすことでしかありません。これは彼がかつて正真正銘の弁護士であったことを証明するかも知れませんが、知事としては単なる悪いクセです。彼が法廷から持ち帰ったのはこれだけで、学校教育法で体罰が禁止されているとかそういうことは知りません。そんなことには興味がないようです。興味本位のようですが、彼がやっているのは裁判マニアの政治ごっこなのですから無理もありません。
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2008年10月28日

日本の皆さん、僕を殺さないで下さい

10月の15日と16日に国連の国際人権規約B規約委員会で日本の人権状況について審査が行なわれ、報告が遅れるなど日本の態度が悪いというので不合格になるような神奈川県とは違うんでしょうが、委員会では何人かの委員から批判が続出したところですが、今月末には「最終見解」が出ることになっています。日本政府ではこれに対して先ずは2人ほど血祭りに上げました。

飯塚女児殺害事件の久間死刑囚、福岡拘置所で死刑執行

 法務省は28日、女児2人を殺害したとして殺人罪などに問われ、死刑が確定した久間(くま)三千年(みちとし)死刑囚(70)ら2人の刑を、同日午前に福岡拘置所と仙台拘置支所で執行したと発表した。
 死刑執行は、9月11日に3人が執行されて以来で、今年に入って計15人。森法相の就任後は初めてとなる。同省によると、この日の執行で死刑確定者は103人から101人になった。
 死刑が執行されたのは、久間死刑囚(福岡拘置所)と、強盗殺人罪が確定した高塩正裕死刑囚(55)(仙台拘置支所)。
 確定判決によると、久間死刑囚は1992年2月、福岡県飯塚市の小学校の通学路で、登校中の小学1年の女児2人(いずれも当時7歳)をわいせつ目的でワゴン車に誘い込み、2人の首を絞めて殺害。遺体を同県甘木市(現・朝倉市)の山中に遺棄した。
 久間死刑囚は捜査段階から一貫して無罪を主張。犯行を直接裏付ける物証や自白がなく、裁判は遺体周辺から採取された血痕のDNA鑑定や、目撃証言などの状況証拠の評価が争点になった。
 1、2審とも鑑定の信用性を認めて死刑とし、最高裁は06年9月、「性的欲望を遂げようとした卑劣な犯行。女児の首を締め付けて窒息死させた態様も冷酷かつ非情」と判断。被告側の上告を棄却し、確定した。

2008年10月28日 読売新聞


百歩も千歩も譲って、それはわかる、「人権」とゆーもんが気に入らない、日本には「人権」とかゆーもんはねーんだ、だから今日あえて死刑を執行してやる、どーだ毛唐めくやしーか、それはあり得るとしてもいいでしょう。しかしそれが何故久間さんだったのか、そのあたりに禍々しいまでの悪意を感じさせます。

高塩さんについては、これはいつもながらの「殺意」の認定、高潮さんは司法による「殺意」を認めないまま、すなわち死刑判決のよって立つところを否認しつつ死刑判決を受け入れることによって矛盾を露呈させてしまいました。高潮さん自身の気持ちは別として、今日の死刑執行によって不当判決が不当なまま、不当なものとして固定されることになったのです。これは一つの皮肉です。しかし久間さんはそれとはまた違います。

久間さんは最後まで無実を訴えて来たのです。物証も自白も一切ありません。動機も不明です。あるのは目撃証言と、「ほぼ一致」するというDNA鑑定です。そもそも「久間さんがやったに違いない」という世評が余りにも多すぎるので、目撃証言の信憑性はそんなに高いものではありません。「ザリガニおじさん」はもともと偏見に晒されていたようです。目撃証言がそのような偏見によるバイアスがかかっていなかったと考える根拠はありません。

DNAについては、科警研の鑑定と帝京大の鑑定が対立しているほか、久間さんの車から発見された血痕についても被害女児のうち1人のものと一致するだけであり、もう1人の分がどうなっているのか、疑問とせざるを得ません。というのもDNA鑑定については「犯人が1人と仮定すれば」久間さんと一致する、としているのです。車から発見された血痕からは被害者のうち1人のものしか特定できていませんから、もう1人の被害者はどこへ行ったのでしょうか。もう1人の被害女児の痕跡が発見されない以上は「犯人が1人」という「仮定」は決定的ではありません。しかし「犯人」と久間さんを結びつけるのは「犯人が1人」という「仮定」以外には存在しないのです。

したがって久間さんは冤罪であるか、すくなくとも共犯が存在することが考えられます。久間さんは不正確な事実認定によって死刑判決を受け、それが執行されてしまったものであります。素人目に冤罪っぽいと思われるのには、このほかにこんな話題もあるせいかも知れません。

本事件の4年前に、やはり同じ小学校の当時1年生の女児が行方不明となることがあり、この女児が最後に目撃されたのが久間さんの自宅で遊んでいたところだったのです。当時久間さんも当然調べられましたが、決定的な証拠は出ませんでした。ところが久間さんが逮捕されてから、つまりこの女児が行方不明になってから6年後になってから急にこの女の子のジャンパーとトレーナーが山道で発見されたのです。

これは本事件の傍証でしかありませんが、以前よく探したのに見つからなかった物証が急に出て来たりするのは、冤罪の世界ではわりとよくあることなのです。ましてやこれは本事件の物証ではありません。以前の事件のものです。本事件の捜査過程で出て来ても不思議ではない、いや、出てこなければならないはずのものなのですが、何故か、久間さんが逮捕されてから出て来たのです。

にもかかわらず福岡地裁陶山博生裁判長は死刑判決、福岡高裁小出享一裁判長も死刑判決支持、最高裁の滝井繁男裁判長にいたるまで一貫して久間さんの殺害を支持しました。これは大変に不自然です。久間さんは無実の罪で殺された可能性があります。あるいは久間さんの死刑執行によって共犯者が明らかになる可能性がなくなったのかも知れません。何があったのか、もはや知る術はないのです。

なお今日の2人で今年の死刑執行は15人であり、これは1975年以来の高水準です。しかも、おそらく今年中にもう1回あります。政府の方針では2ヶ月に1回の執行を理想としているようであり、9月の執行は8月の分であるとお思われます。今年中、おそらく12月にまだやるとおもっていいでしょう。そうなると今年の死刑執行者数は17人くらいになることになり、1975年の記録と並びますが、日本政府のここ数年の傾向のなかでも目立った躍進が達せられたと思われます。

このところ日本の死刑執行数は倍々ゲームになっています。すなわち2003年に1人なら2004年には2人、2005年は1人だったんですが2004年には2人、2006年がその倍の4人なら2007年はそのまた倍の9人、そして2008年は現時点で15です。もしかするとまた昨年の倍になろうかという勢いです。日本政府による「理由なき殺人」は狂気の如く加速しています。

アホ太郎によれば「テロとの戦い」という殺戮行為に協力するのは「国際社会の一員として当然」なんだそうです。しかし国家による死刑は「国際社会」から非難されています。したがって給油活動と死刑は矛盾しています。給油をやりたかったら死刑を止めねばならず、死刑を続けたいのであれば給油を止めなければなりません。飲んだら乗るな、乗るなら飲むな、というようなものです。ちょっと違いますが。給油も死刑も、ということであれば実は「国際社会」のことなど全然考えていないのです。そこにあるのはただ単に誰かを殺したいという、力の誇示でしかありません。すなわち日本という国家は殺戮において存在するということです。人殺しをやめてしまえば日本は日本ではありません。そこで日本人の皆さんは日本人として何をすべきか薄々分かってくると思いますが、どうかひとつ、僕を巻き添えにしないでいただきたい。
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2008年10月26日

「橋下級」第1試合にラッシャー木村太郎が乱入!

橋下さんが女の子を泣かしたというのですが、最近では笑われるばかりではなくて泣かす方もやっているらしい。「笑われ」たり「泣かし」たりってのは三流芸人のやる事ですから、要するに本領発揮ということでしょう。

大阪・橋下知事、私学助成金削減めぐり高校生と意見交換会 「日本は自己責任が原則」

大阪府の橋下 徹知事が23日、地元高校生と私学への助成金削減プランをめぐり、意見交換会を行った。
橋下知事と高校生の意見交換会は大激論となった。
激論のきっかけは、財政再建を進める橋下知事が決めた私学への助成金28億円の削減プランだった。
23日夕方、これに反対する「大阪の高校生に笑顔を下さいの会」の12人が府庁を訪れ、橋下知事に直談判した。
意見交換会は、橋下知事の「単なる子どもたちのたわ言みたいにならないように、僕もかなり厳しくそこは反論していくので、そこはしっかり、きょうは議論したいと思いますので、よろしくお願いします」という宣戦布告で始まった。
高校生は「私立にしか行けなかったんです。家は決して裕福ではなく、父親は中学3年生の時にリストラにあいました。橋下知事は『子どもが笑う大阪に』とおっしゃっていましたが、わたしたちは苦しめられています。笑えません」、「僕は今、私立の高校に通っているんですけど、僕の家は母子家庭で、決して裕福ではなくて、僕はそんな母をこれ以上苦しめたくないので、私学助成援助を減らさないでください」と窮状を訴えた。
これに対し、橋下知事が「なぜ、公立を選ばなかったんだろう?」と質問し、「公立に入ったとしても、勉強についていけるかどうかわからないと(教師)に言われて」と高校生が答えると、「追いつこうと思えば公立に入ってもね、自分自身で追いつく努力をやれる話ではあるよね。いいものを選べば、いい値段がかかってくる」と反論した。
この橋下知事の答えに、「だから、『そこ(私立)にしか行けない』って(教師に)言われたんですよ」と泣き出す高校生の姿も見られた。
さらに、別の高校生が「大阪の財政を良くすることは、わたしたちが苦しむことなんですか?」、「ちゃんと税金取っているなら、教育、医療、福祉に使うべきです。アメリカ軍とかに使ってる金の余裕があるのなら、ちゃんとこっち(教育)に金を回すべきです」と涙ながらに訴えると、橋下知事は「じゃあ、あなたが政治家になってそういう活動をやってください」と切り捨てた。
さらに高校生が「それは、わたしが政治家になってすることじゃないはずです」、「高速道路なんか、正味あんなたくさんいらないと思います」と税金に無駄遣いがあると指摘すると、橋下知事は「それは、あなたがそう判断しているだけで、わたしは必要な道路は必要だと思っている」と反論し、一歩も引かなかった。
そして、橋下知事は高校生たちに「皆さんが完全に保護されるのは義務教育まで。高校になったらもう、そこから壁が始まってくる。大学になったらもう定員。社会人になっても定員。先生だって、定員をくぐり抜けてきているんですよ。それが世の中の仕組み」と社会の厳しさについて語った。
この発言に、高校生から「世の中の仕組みがおかしいんじゃないですか?」と意見が出ると、橋下知事は「僕はおかしいとは思わない。やっぱり16(歳)からは壁にぶつかって、ぶつかって」と反論、「そこで倒れた子には?」との質問には、「最後のところを救うのが今の世の中。生活保護制度がちゃんとある」、「今の世の中は、自己責任がまず原則ですよ。誰も救ってくれない」と語った。
さらに、高校生から「それはおかしいです!」と意見が出ると、橋下知事は「それはじゃあ、国を変えるか、この自己責任を求められる日本から出るしかない」と反論した。
高校生との意見交換は予定されていた20分を大幅に超え、1時間半にも及んだ。
橋下知事は再度、意見交換会を行うことを約束し、終了した。
議論を終えた生徒たちは「悔しいです」、「傷ついている人たちの気持ちなんて、まったくわかってくれてないという感じで」、「結局、自分が悪いみたいな感じで言っていたので、腹が立ちました」などと話し、生徒同士で「勉強せなあかん。負けてたらあかんで。悔しいからな、勉強していろんなこと知らなきゃあかん」と語り合っていた。
一方、橋下知事は「子ども扱いはしません。義務教育終わっているので」、「高校生の皆さんも言いたいことは山ほどあるだろうし、ああいう形で政治的な意見を持っているのは立派なんじゃないですかね」と意見交換会の感想を語った。

2008年10月24日 FNN


そもそも橋下さんのところに行って「笑顔を下さい」と言うのが間違いです。橋下さんが「子どもが笑う大阪に」と言っていたのは、あれは自分の餓鬼のことですから。余所の餓鬼なんて知りませんよ。それはともかく、要は大阪では公立校の方が成績が良くて、私立は成績不良者の受け皿になっているようですね。東京なんかとは逆ですが、これには大変な不都合があります。一般的には世帯の教育費支出と世帯の餓鬼の学習成績に相関が見られますが、所得の高い世帯では教育費支出も多いですから、餓鬼のアタマがよっぽどのもんじゃない限り成績は良くなります。大阪のような状況だと低所得者層に家計に比して過大な教育支出を強いる結果になります。

そうするとこの餓鬼どもはどうやら成績があまり芳しくないらしいのですが、橋下さんと会話の成り立つレベルというのがこのくらいじゃないかという見積もりがどっかで行なわれたんでしょうか。それはともかく、これは教育の機会均等に反することは明らかですから、日本政府は公立校に進む者に対してもある程度の負担を求めるとともに、私立校についてはこれに助成金を交付するなどによって負担の衡平を図っているところです。まあ「図って」はいるものの同程度とはほど遠いわけですが。

で、ここに木村太郎が呼ばれもしないのにやって来て私学助成は憲法違反であると言い出しました。もっとも橋下さんは私学助成は違憲だから減額するんだとか合憲だったら増額してくれるんだとか言っているわけではないので、この問題は実は余り関係ありません。木村さんのはラッシャー木村が乱入してマイクを奪ったようなものです。しかも木村さんは違憲だから私学助成を止めろという真っ当な議論をしようというのではありません。憲法の方を変えろというのが彼の言い分のようです。

第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。


この条文の主旨は政府がその統治目的のために特定の組織、特に宗教団体およびそれが運営しまたはそれが偽装している「慈善、教育若しくは博愛の事業」に公金を支出して援助する事のないように、ということです。したがってこれは政教分離規定に由来していると考えられます。一方で私立学校には様々な宗教的・思想的背景を持ったものが存在しますので、それらに対して公平に助成が行われるならば、特定の宗教に政府が肩入れするような事態は回避できそうです。

また、私立学校といえども学校教育法や教育基本法によって統制され、学習指導要領にも従わないといけないんだそうで、これは「公の支配」に属しているものと考えられるでしょう。従って私学助成が直ちに「憲法違反」であるとはいえません。まあ少なくとも判例ではそういうことになっているようです。

このへんは、より根本的な規定としての政教分離および教育を受ける権利に鑑みて、「公の支配」の概念を弾力的に解釈したもんでしょう。このような解釈が行なわれる背景は現状として高校レベルから私立学校が多く、それらが宗教団体やなんかの主要な財源となっている例も多い事から、これを保護したい意向があるものと思われます。よりスッキリしたい場合は、私立学校を禁止して教育を全面的に公の事業としてしまうのがもっとも簡単です。そうしてしまえばいいのに。教祖やボーズやキ印が困ろうが知ったことか。一部の私立学校経営者の利益のために政教分離原則を犠牲にする必要はないでしょう。

橋下さんは「定員」がどうのこうのと言っていますが、定員などは枠を広げれば済むことで、これも私立学校の廃止にともなう公立校の増設によっていとも簡単に解決されます。てゆうか弁護士業務も細分化・専門化していますから、橋下さんは憲法に何が書いてあるかなんて知らないんでしょうし、憲法という法的な形式で表現されている理念にはもともと関心を有さないでしょうからしょうがないんですが、ただ単に現状を追認して「気に入らなかったら出て行け」というような中学生レベルの議論でも押し通すあたりが彼の「弁護士」としての職能というものです。

しかしこれは法廷ではないのですから、ちょっと考えものです。ある弁護士が法廷で、橋下さんからみればちょっとムリめな主張をしたということで橋下さんは「悪口」を言ったわけですが、橋下さんは同じ事を知事としてやっているようですから、公平に見て目糞鼻糞と言われても仕方がないのですが、牛の糞にも段々があるそうですからやっぱりよく考えて喋った方が良いようです。少なくとも一足飛びに「生活保護」に行ってしまうという考え方は乱暴です。教育費の面倒を見てあげた方が、あとになってから生活全部の面倒を見るよりも安くつきますし、教育の効果は当人にのみ反映されるわけではありませんから、「自己責任」というのはここではちょっとオカシイでしょう。

てゆうか行政で「自己責任」が成り立つかどうか疑問ですが。「自己責任」の裏には自己の選択責任によらずして不利益を被る事は正しくないという考え方があるようですが、現実には橋下に投票しなかった人も橋下府政のワリを食うわけです。もちろん利益も受けるわけだ。これは「自己責任の原則」からすると「世の中の仕組みがおかしい」。しかしながら投票した事で責任を問われるならば危険を回避するためにほとんどの人が投票を避けるでしょう。

更に橋下さんのことを気に入らない人が大阪を出て行く、ということになると大変です。引越も大変ですが、すべての都道府県で同様の事が行なわれると、政治的意見の相違によって国民の大移動が起こり、最終的に国土が地理的に分割されます。そしてその一方は国家レベルの政策との関連によって不利益を被る可能性がありますが、その場合ある地域は独立を図ったり、他の国家に助けを求めることになるかも知れません。かなり政情不安定になりますから、それはそれなりに面白いんじゃないかという人もいるでしょう。

ちなみに日本は「国際人権規約」A規約(社会権規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約))第13条第2項の「(c)高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。」という点について批准を保留し続けているのですが、その理由というのが「後期中等教育及び高等教育について私立学校の占める割合の大きい」こと、要するに「そこに私学があるから」ということでしかないのですから、じゃあ私学をなくしてしまえば無償化できるわけです。これでもうガイジンに文句は言わせません。

もっとも一方で橋下さんは「国を変える」という、考えようによってはよりもっと乱暴な選択肢も示していますから、橋下さん的には最後の私学経営者の腸で橋下さんの首を絞め上げるってのもアリのようです。しかし考えてみれば何も私立学校をそんなに目の敵にしなくても良いんで、通う学校が公立だろうが私立だろうがその費用はすべて公費でまかなう事も可能です。色々な学校あって良いし、どこへ行っても無償であれば自由に選択することが出来るようになるでしょう。更にどっかの「学校」に「所属」する必要もないかも知れません。そうなれば私学経営者も特に殺してしまうには及びませんが、そうすると何か細くて丈夫なものを探してこないとイケナくなっちゃうんだけど、その辺はもう高校生諸君の今後の勉強ぶりにかかっていますのでまあ頑張れというところでしょうか。
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2008年10月24日

ラブレスホテルの経営

まずは一口に「ホテル」といってもピンキリであって、日教組の教研集会の件で不様な姿をさらしたプリンスホテルなどは名前こそ知られているものの三流で通っているわけですが、それにしてもあれが「毛」だったとは知りませんでした。してみるとプリンスあたりはさしずめ毛が三本足りない組ですか。

鳩山総務相:ホテルのバー「喫茶店に毛が生えたような話」 麻生首相を擁護

 鳩山邦夫総務相=似顔絵=は24日午前の閣議後会見で、麻生太郎首相が東京都内の有名ホテルのバーなどに連夜出かけていることについて「場所は庶民的な場所ではないかもしれないが、高級料亭ですごいお金を使うような話ではない。喫茶店でお茶を飲むのに毛が生えたような話ではないか」と述べた。
 首相と数回同席したという鳩山総務相は「(首相は)一日の最後に葉巻を吸われ、酒もほんの少ししか飲まない。非常に地味で、私はいつもフライドポテトくらいしか食べさせてもらっていない」と強調した。【石川貴教】

2008年10月24日 毎日新聞


この人の話しは例によって難解です。「喫茶店に毛が生える」と「バー」になるのか「ホテル」になるのか「ホテルのバー」になるのかよくわかりません。事次第によっては「ホテル」というのは「喫茶店」すなわち料飲部門に「毛」つまり宿泊がついたようなものである、とすると宿泊客は「毛」にしがみついているケジラミみたいなもんですか。

鳩山さんがいくらする「フライドポテト」を食べさせてもらったのか、「庶民的」を地でいく僕などには想像もつかないわけですが、僕としてはお酒とか葉巻とかバーも嫌いではありません。もちろんそれも値段によるわけですが、毎日となるとちょっとキツイかな。そういう派手なことは無理だな。毎日喫茶店に行くのも難しい。これは僕だけじゃなくてみんなポットとかを持っていてそれに飲み物を入れている、つうのが「庶民的」かもしれません。それにいくら忙しいからといって毎日葉巻をくゆらしたり、密談したりというのも必要でしょうが、早めに帰って勉強しようとかそういうのはないんですかね。

アホ太郎にはないらしい。で、いつも頓珍漢な邦ちゃんはお兄ちゃんに怒られちゃう。

「弟は庶民感覚とずれている」=首相擁護発言で鳩山氏

 「お茶に毛が生えると、何でアルコールになるのか。そのような発想は庶民感覚からずれている」。民主党の鳩山由紀夫幹事長は24日の記者会見で、弟の鳩山邦夫総務相が麻生太郎首相のバー通いを「喫茶店でのお茶に毛が生えたような話」と擁護したことを問われ、やんわりと批判した。
 鳩山氏は、首相の夜の習慣について「超高級な雰囲気のバーで飲むのは、庶民感覚では決して安いと思えない。それを安いと思う首相は、スーパーに行ってパフォーマンスをすべきでない」と強調。総務相の発言についても「弟が庶民感覚から外れると兄貴もそう思われる。弟には発言を慎んでもらわないと、兄貴のわたしが迷惑する」とたしなめた。 (了)


2008年10月24日 時事


「お茶に毛が生えるとアルコールになる」という発想は「庶民」じゃなくてもなかなかしませんし、思いついても言いません。やっぱ自分が大事だから。弟さんは「庶民感覚から外れ」てるんじゃなくて常識から外れてるだけです。だからあまり心配しなくても、今更どうにもなりません。もっとも鳩山さんちが「庶民感覚から外れ」てるのは常識から外れなくても常識です。

閣僚資産公開:平均1億4128万円 首相は4億5千万円

 政府は24日、麻生太郎首相と閣僚17人の資産を公開した。生計を共にする家族分を合わせた資産の平均は1億4128万円で、昨年10月に公開された福田内閣発足時の1億1695万円を2433万円上回った。本人だけの資産平均は1億1829万円。麻生首相は18人中2番目に多い4億5548万円で、不動産価格を実勢価格ではなく固定資産税課税評価基準額にして比較した場合、93年に資産公開した細川護熙首相(当時)に次いで歴代で2番目に資産の多い首相となった。
 麻生首相は、東京都渋谷区と地元・福岡県飯塚市に所有する自宅など不動産が4億1503万円と大半を占めた。親族が経営する企業や地元・福岡県に本社を置く九州電力などの株式約36万株も保有している。
 最も資産の多い閣僚は、鳩山邦夫総務相の7億6460万円。東京都文京区や長野県軽井沢町などに多額の不動産を所有するほか、定期預金は1億4050万円、株式約415万株を保有するなど資産家ぶりが際立つ。
 首相を含めて1億円を超えたのは5人。舛添要一厚生労働相(3億6149万円)▽与謝野馨経済財政担当相(1億4160万円)▽二階俊博経済産業相(1億2355万円)の3人が家族名義分の資産も含めて1億円以上だった。
 官房副長官3人と副大臣22人の資産も公開され、家族分を合わせた平均額は4398万円。1億円以上が3人、1000万円未満が5人だった。
 一方、8月1日から麻生内閣の発足まで続いた福田改造内閣の閣僚17人と福田康夫前首相の資産も同時に公開された。家族を含む平均資産額は9961万円だった。
 資産総額は土地、建物、預貯金、有価証券(株式を除く)の価格を合計して算出したが、公開された土地と建物の価格は固定資産税課税評価基準額。預貯金に普通・当座預金は含まれていない。このため公開された資産額は、実際に所有する資産額とかけ離れている。【白戸圭一】

2008年10月24日 毎日新聞


「実際に所有する資産額とかけ離れている」んだそうですが、4億とか7億とかという数字がもう大層なもんだからなんだか分かりませんが、それにしても浜田さんが1300万ってのはあり得ない数字ではあります。

世襲議員、資産にばらつき  セレブ内閣、最大50倍の差

 24日の閣僚資産公開では、麻生内閣の3分の2を占める世襲議員の12閣僚の資産額に大きな差があった。トップの鳩山邦夫総務相は最少の浜田靖一防衛相の50倍以上。「地盤・看板」を国会議員の父親や親族から引き継ぎ、“物心両面”で有利とされる2、3世の閣僚も実際の懐事情にはばらつきが出た。
 家族分を含めた土地・建物(課税標準額)、預貯金、有価証券(株式除く)を合計した総資産でみると、鳩山一郎元首相を祖父、威一郎元外相を父に持つ鳩山氏は約7億6400万円と断トツの1位。土地・建物で約5億3700万円を占め、預金、国債などは2億円を超える。
 吉田茂元首相の孫で、実業家だったことでも知られる麻生氏が約4億5500万円と続いた。
 次いで中曽根康弘元首相の長男中曽根弘文外相が約9000万円。世襲議員の閣僚の資産平均約1億4900万円は下回っており、「有数のセレブ」(自民党議員)とされる鳩山、麻生両氏が大幅に平均を押し上げた形だ。
 最も少なかったのは、「ハマコー」の愛称で知られる浜田幸一元衆院議員の長男浜田氏。千葉県木更津市などの土地・建物と定期預金の合計は約1300万円。

2008年10月24日 共同


「庶民感覚」だと浜田さんの場合この何倍かあってもおかしくはないようですが、鳩山さんちは武士の家柄で明治8年に開成学校を卒業してアメリカに留学して衆院議長もやった鳩山和夫さんから数えて4代目。中曽根さんのお爺さんはでかい材木屋、一方の浜田靖一さんのお父さんは木更津のダニでやっと2代目ですから、差は歴然です。要するに政治家というのは代々長くやってれば資産が出来るというわけですから浜田さんちはこれからですが、お金があるから政治家になれる、という事情もあるわけで、家の餓鬼なんかよりは極めて有利である事を肝に銘じて頂きたいものであります。要するにスパイラル、はっきり言えば悪循環。

で、ホテルというのはケジラミ、じゃなかったダニ、てゆうかそーゆー人の頻繁にご利用なされるところでありますからして、ホテルを経営しているとそういう方面とのコネクションも出来る、出来なくてもホテルを経営しているというだけで何にも知らない人には結構な脅しになったりします。もっとも実際に社会のダニが群れ集まるホテルというのはごく一部の一流どころに限られたりしますから、実際にホテル経営なんてのはあんまり儲からなくて面白くないかも知れません。

京品ホテルというのは創業が1871年だといいますから明治3年。鳩山和夫さんが開成学校に通っていたかもしれないという頃ですから老舗中の老舗であります。品川駅前で非常に目立つ建物は1930年のもの。「あの有名人も常連」てゆうから誰かと思ったら横田夫妻とかペナルティーのワッキーなんですから、これは掛け値なしの「地味」であります。どこに出しても恥ずかしくない「地味」です。「お坊ちゃん感覚」では理解できないほど「地味」です。

これは褒めてるんですが、このホテル、社長の小林誠さんが例によってバブル期にいろいろ手を出して負債を抱え、本業のホテルをリーマン・ブラザーズ系サンライズファイナンスに叩き売るという、ここまではまあよくある話し。従業員は首を切られてシダックスとかに勤める、なんてのが通常。ところがここのホテルの従業員は違った。東京ユニオンに入って現在東京ユニオン京品ホテル支部が自主営業中なんですね。

これには京品ホテル自体の業績が、まあ2年くらい黒字を出していたということもあるでしょう。立地は極めて良好ですし、ホテルだけなら何とかやっていけるかも知れません。もっとも大目に吹っかけて60億円という負債をどうするかという問題がありますが、小林さんがホテルを売っちゃうのはしょうがないとして、廃業して「がらんどうで渡す」というのはいかがなものか。従業員込みでホテル丸ごとどっかに渡して営業は続けてもらう、という手もあったわけで、そういうワケにいかなかったのか、とかそういう方向での努力があったのかというところも気になります。何といっても黒字だし、今どき黒字のホテルは貴重だ。

もっとも組合側に勝算があるかどうかはなんともわかりません。心細いような気もします。10月中に明け渡さないと違約金がどうのこうのといっていますから、最悪の場合かなり暴力的な事態も想定されます。しかし、ホテルがファンドの手に渡ったら、まず間違いなくあの建物は潰して、何か下らないものが出来るんでしょう。バカ高い、しかしアホ太郎なんかは行かないような下品な飲食店の入ったビルとか。そんなのよりも少なくとも現状(組合のノボリとかも含めて)の方が好ましい。確かに壊すにゃ惜しい建物ですが、壊されるくらいなら壊れるまで戦ってもいいんじゃないでしょうか。
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2008年10月20日

最初から思わず笑われてしまう七転八倒勝負

「朝日が早くなくなれば…」 橋下知事が批判エスカレート

 大阪府の橋下徹知事が、3日付の朝日新聞の「橋下TV発言 弁護士資格を返上しては」と題した社説を批判した問題で、橋下知事は20日、出張先の東京で報道陣の取材に応じ、「朝日が早くなくなれば世の中のためになる」などと発言。“朝日批判”をさらにエスカレートさせた。
 橋下知事は、19日の陸上自衛隊記念行事の祝辞で「人の悪口を言う朝日新聞のような大人が増えれば日本は駄目になる」と述べた真意について「命がけで頑張っている自衛隊に敬意を表さないといけない場で、その対極にいる愚かな朝日を批判するのが最適だと思った」と説明。
 テレビでの発言をもとに弁護士資格の返上を提案した社説については「朝日はからかい半分で、事実誤認もあり今すぐ廃業すべきだ」と述べた。
 さらに、全国学力テストについて、大阪府内の市町村別のデータを朝日新聞が掲載しなかったことについては「自分たちが良識だと思い上がって、何でも反権力なのが朝日。だから、僕が出そうとしたデータを出さなかった」と語るなど、批判は止まらなかった。

2008年10月20日 産経ニュース


困ったもんで、これでは一方的に朝日新聞がいいカッコになってしまいます。橋下さんについては、そもそもが橋下さんが愚かなことを口走ったことに関する判決についての社説について愚かなことを口走っているわけで、橋下さんが下らないことを喋るというのは最初からの前提であり、今のところ橋下さんの発言はこの前提を出るものではありませんから、実際のところニューズバリューというものはないのです。犬が人を咬んでもニュースにならないというのと同じく、橋下さんが間違ったことを言ってもニュースになりません。

したがってこの件に関する報道は、一重に朝日新聞がその社説において橋下さんを怒らせたことを讃えるという意味を持ちます。これは報道しているのが朝日新聞自身であろうが産經新聞であろうが変わりません。権力者が怒るようなことを書いたり、「何でも反権力」なのがジャーナリズムの存在価値なのですから、橋下さんは発言する度に朝日新聞の価値を高めています。これは宣伝です。朝日ってそんなに「何でも反権力」だったっけ?しかし朝日ではテレビじゃ見られない橋下批判をやっているってえんですから、こいつは先を争って朝日新聞を買い求めずにはいられないではないですか。それでいいのか。朝日は橋下と癒着しているぞ!

とはいうものの、今更新聞を買いにいっても問題の社説は読めません。それに僕は特に朝日新聞の味方でも読者でもないのですから、その社説を読んで橋下さんと怒りを共にしたいという人があれば、それはそれで手伝ってあげないわけでもないのですから、以下に引用します。

橋下TV発言―弁護士資格を返上しては

 歯切れのよさで人気のある橋下徹・大阪府知事のタレント弁護士時代の発言に、「弁護士失格」といわんばかりの厳しい判決が言い渡された。 

 山口県光市の母子殺害事件をめぐり、橋下氏は昨春、民放のテレビ番組で、少年だった被告の弁護団を批判し、「弁護団を許せないと思うんだったら懲戒請求をかけてもらいたい」と視聴者に呼びかけた。 

 その発言をきっかけに大量の懲戒請求を受けた弁護団が損害賠償を求めた裁判で、広島地裁は橋下氏に総額800万円の支払いを命じた。判決で「少数派の基本的人権を保護する弁護士の使命や職責を正しく理解していない」とまで言われたのだから、橋下氏は深く恥じなければならない。 

 この事件では、少年は一、二審で起訴事実を認め、無期懲役の判決を受けた。だが、差し戻しの控訴審で殺意や強姦(ごうかん)目的を否認した。 

 少年の新たな主張について、橋下氏は大阪の読売テレビ制作の番組で、弁護団が組み立てたとしか考えられないと批判した。弁護団の懲戒を弁護士会に請求するよう呼びかけ、「一斉にかけてくださったら弁護士会も処分出さないわけにはいかない」と続けた。 

 こうした橋下氏の発言について、広島地裁は次のように判断した。刑事事件で被告が主張を変えることはしばしばある。その主張を弁護団が創作したかどうかは、橋下氏が弁護士であれば速断を避けるべきだった。発言は根拠がなく、名誉棄損にあたる――。きわめて常識的な判断だ。 

 そもそも橋下氏は、みずから携わってきた弁護士の責任をわかっていないのではないか。弁護士は被告の利益や権利を守るのが仕事である。弁護団の方針が世間の常識にそぐわず、気に入らないからといって、懲戒請求をしようとあおるのは、弁護士のやることではない。 

 光市の事件では、殺意の否認に転じた被告・弁護団を一方的に非難するテレビ報道などが相次いだ。そうした番組作りについて、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は公正性の原則からはずれるとして、厳しく批判した。 

 偏った番組作りをした放送局が許されないのは当然だが、法律の専門家として出演した橋下氏の責任はさらに重い。問題の発言をきっかけに、ネット上で弁護団への懲戒請求の動きが広がり、懲戒請求は全国で計8千件を超える異常な事態になった。 

 橋下氏は判決後、弁護団に謝罪する一方で、控訴する意向を示した。判決を真剣に受け止めるならば、控訴をしないだけでなく、弁護士の資格を返上してはどうか。謝罪が形ばかりのものとみられれば、知事としての資質にも疑問が投げかけられるだろう。

2008年10月3日 朝日新聞社説


これのどこが「からかい半分」なのかよく分かりません。からかい半分なら僕の領分ですが。ぼくのはからかい全部ですか。とにかくこの「社説」では、判決において橋下さんがやったことは「橋下氏が弁護士であれば」やってはならない、やるはずのないことであると判断しているのを受けて、橋下さんの弁護士としての資質を問うているわけです。これは地裁判決が橋下さんの発言を弁護士には相応しくないものとしているのを単に繰り返しているだけで、特にオリジナリティもないようですし、「からかい半分」というほど面白く書いてあるわけではないのが残念です。ましてや「反権力」でもありません。橋下さんくらいになると地裁レベルでは「権力」のうちに入らないのかも知れませんが。

ここで弁護士資格の返上を提案しているのは、橋下さんが控訴したことによって彼の「謝罪」が「形ばかり」のものであると受け止められる可能性があるので、それを慮ってのことでしょう。もう府知事なんだから弁護士やんなくてもいいだろうというのは、しかし橋下さんの事情を知らない無頓着な提案であるといってもいいかも知れません。橋下さんによれば、弁護士資格を返上すると事務所の人や家族が困るそうです。

もちろん「弁護士資格を返上する」にあたっては、それに伴って弁護し事務所職員の再雇用先の確保などを誠意をもって行なうことが期待されます。もちろん、そんな弁護士の事務所にいたということで、業界内での再就職が困難であることは予想されますが、橋下さん自身と事務所の人達は違います。事務所の職員がみんな橋下さんのような人ばかりではないはずですし、その事を分かってくれる人もいるに違いありません。

一方、橋下さんの家族については、当面の生活に困ることはないと思います。お子さんが6人だか7人だかいらっしゃる。ほう。それであなた他には何が出来ますか?弁護士?ご冗談を。お名前は?橋下さん。「高い」転じて「驕り高ぶる」の意の「喬」に「きへん」ですか。気を確かに。それでもって「下」に向かって「きへん」の「驕り高ぶり」を向けるんであると。「徹」底的にそうでいらっしゃる。「徹」頭「徹」尾そういう姿勢でやっていかれると。いや、たいしたもんだ。

「悪口」を書かれた「私怨」を「敬意」がわりにぶちまけられた自衛隊の諸君には同情に堪えませんが、日本が橋下さんみたいな「大人」ばっかりになったら仕事に嫌気がさすでしょう。ましてや諸君の仕事はもっぱら「そんな大人」を守ることなんですから、今のうちに考え直して弁護士にでもなったらいかがでしょうか。弁護士、簡単そうですよ。誰でもなれそうです。橋下さんをご覧なさい。「朝日新聞のような大人が増えれば日本は駄目になる」と言ってる端から、朝日新聞に対して「廃業すべき」だ、なんて、相手に言われたことをそのまま返していれば勤まるみたいですよ。九官鳥にも出来ます。みなさんが「自分たちが良識だと思い上が」るよりも良識のなさをアピールし、「人の悪口」を言わないようにして「権力」に諸手を上げて大賛成していれば、日本はすぐにでも駄目になりますからね。大丈夫ですよ、もうなってるから。
posted by 珍風 at 22:40| Comment(4) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月19日

國聯との竹槍決戰に備へよ

死刑廃止:「勧告は…」国連人権委が日本批判

 【ジュネーブ澤田克己】日本の人権保障状況を審査する国連の「規約人権委員会」の対日審査が15、16の両日、ジュネーブの国連欧州本部で98年以来10年ぶりに行われ、法曹出身や研究者らで構成される委員から、日本の死刑制度や代用監獄制度に批判が集中した。
 委員たちは前回審査で「死刑廃止に向けた措置を取るべきだ」と勧告したのに、対応が取られてこなかったと不満を表明。「世論の支持」を死刑存続の理由に挙げる日本政府に、「この問題では、政府が世論をリードすべきだ」と指摘した。

2008年10月17日 毎日新聞


同委員会からの前回の勧告は10年前、1998年11月1日付けです。その中で次回(第5回)の報告を2002年10月に提出するように求めていましたが、日本政府が報告を出したのは4年も遅れて2006年の12月。普通なら落第、留年です。それも4年を2ヶ月も超過してるんですから除籍になっても仕方がない。国連を追い出されて、あとは煮て喰うなり焼いて喰うなり弱肉強食の国際社会に丸裸で投げ出されそうな勢いです。

で、前回の勧告は「委員会は、第3回報告の検討の後に発せられたその勧告が大部分履行されていないことを、遺憾に思う。」とうので始まっていたんですが、きっと今度も同じでしょうな。ポサダ委員長は「委員会はフラストレーションを感じたと思う。前回の政府見解から十分なフォローアップや(人権状況の)改善がなされていない」と言っています。もちろん委員長自身もイライラしているわけです。これに加えて報告が遅れたこともますますイライラを募らせる原因です。4年も何をやっていたのか。なにしろ待たせたわりには前回とほとんど同じことが書いてあるんですからアタマにくるわけです。

それで問題の死刑について、今回の日本政府の報告では以下のようになっています。

国民世論の多数が極めて悪質、凶悪な犯罪については死刑もやむを得ないと考えていること(最近の世論調査は1999年9月実施)、多数の者に対する殺人、強盗殺人等の凶悪犯罪がいまだ後を絶たない状況等にかんがみれば、その罪責が著しく重大な凶悪犯罪を犯した者に対しては、死刑を科することもやむを得ず、死刑を廃止することは適当でないと考えている。


日本政府が「死刑を廃止することは適当でないと考えている」根拠は、
1、「国民世論の多数が極めて悪質、凶悪な犯罪については死刑もやむを得ないと考えていること」および、
2、「多数の者に対する殺人、強盗殺人等の凶悪犯罪がいまだ後を絶たない状況」によるものだそうです。

このうちの2番目は、おそらくウケを狙ったものに相違ありません。これは現に死刑制度が存置され執行が続けられているにもかかわらず「凶悪犯罪が後を絶たない」こと、すなわち死刑の効果が全くないことを明らかにしています。自分で墓穴を掘って見せているんですが、委員からは「死刑によって重大な犯罪を抑えることができるのか」という意見が出たようです。シャレのわからない人達であるとしか言いようがありません。

つまり死刑というのは、何か理由があってとか、効果があるからやっているというわけではないのでした。少なくとも日本政府は死刑存続の理由を明確に述べることが出来ません。出来ないので「世論」のせいにしています。これが第1点であり、第2点は冗談なのですからこれが唯一の根拠であるようです。

ところでこれは刑罰制度の効果の有無とかを話し合っている場所ではありません。重大な犯罪を抑制することが出来ようが出来まいがそれは実はどうでもいいことでして、ここでは「人権」について考えているところです。おそらくそのくらいのことはいくら日本政府だからといって理解しているものと思われます。

ところが「人権」というのがすぐれて少数者に関わる問題であることから、死刑制度についても「人権問題として」考える限りにおいては「世論」の「多数」はそもそも理由にすらならないことも、いくら日本政府だからといって理解しているものと期待してしかるべきでしょう。

従って日本政府の報告書を要約すれば、「死刑制度の存続に正当な理由は認められない」ということになります。そんなことは百も承知である。今更言われるまでもないのです。しかしだからといって止めるわけではありません。止むに止まれぬものがあるようです。いわゆる「理由なき殺人」です。

前回の報告書では「死刑の適用は極めて厳格かつ慎重に行なわれている」として、1991年から1995年までの5年間における死刑確定数が23であることを挙げています。今回も同様に1999年から2003年までの5年間で20名の死刑が確定したことを挙げています。数が少ないからといって「厳格」で「慎重」であるという保証は全くないのですが、最近では様相は一変しています。23名なんて2007年の1年分ですし、20名は2006年の1年分にしか過ぎません。

実は2004年から2008年までの5年間、といってもまだ2008年の途中ですからこれからまだ増えるかもしれないのですが、この5年間での死刑確定者は79名もいるのです。日本政府の報告書では言及を避けていますが、2004年から死刑確定数は明らかに増加しているのです。

このことから、日本政府の報告が遅れたのは別にサボっていたとか忘れていたとかそういうことではないことだけはご理解頂きたいものです。この間に、日本政府の「人権」についての考え方に大きな変化があったものと考えられます。上辺ではたしかに「前回の政府見解から十分なフォローアップや(人権状況の)改善がなされていない」ように見えるかも知れませんが、それはポサダ君の馬鹿っポサダ。

実際には報告を遅らせている間に死刑の顕著な増加があり、少年法の改正があり、ビラを配っていると逮捕されるようになりました。「改善がなされていない」どころの話しではありません。まあ別の見方からすれば「改善」なのかも知れませんが、どちらにしろ「何も変わっていない」という見解は甘過ぎます。中国とかチベットとか言っている場合ではないようです。アメリカには「人権」がどうしたとか言って他国に攻め込むキチガイが住んでいることを忘れてはなりません。本土の要塞化が着々と進捗しているこの際、竹槍訓練の重要なことは今更言うまでもありません。それ故、竹槍の作り方を研究して、取扱い方に習熟して技能を良く磨いて置く事が是非とも必要であります。

材料は真竹が良く、切るにはちょうど今頃が適しています。竹槍の太さは直径4センチくらいが握るのにも適当であり、長さは1m70cm〜2mくらいが良いようです。先端は節まで一直線に鋭く削り、槍先に植物性油をつけ軽く焼いて堅くします。構えるには先端の削いだ内面を左側とします。右に向けると突いた時に割れることがあるので注意しましょう。左手を前に、右手は竹槍の後端から20センチくらいのところを握ると安定します。十分に訓練して確実に一突きで刺殺できるようにしましょう。抜く時には後脚から後退し、体全体で引き抜くようにします。もっとも引き抜く時まで生きていられる可能性は低いのですから、抜く時の心配までしなくて宜しい。更に申し上げれば一突きもしないうちに射殺されるのが大多数であろうから、竹槍は敵に遭遇した際には直ちにこれを捨てて、抵抗の意志なきことを表すために用いるのが適当です。
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2008年10月18日

マルチプル・マニアックス

マルチは間に合ってますからうちでは要りません。

そういえばバナ株式会社もゴルフとか富士山を世界遺産にするんだとか、多方面に「マルチ」な展開をしておられるようで、もっとも「富士山を世界遺産にする国民会議」には、あそこらへんで水商売をやってる連中が概ねカンケーしているようです。だいたい会長が中曽根康弘大勲位ですから、なにかと箔がつきます。

とはいうものの、当の「富士山を世界遺産にする国民会議」のHPでは、バナ株式会社が「協賛」しているような記述は一切ありません。しかしながらバナ株式会社では、あたかも何かカンケーがあるかのようなチラシを作っているわけでして、これはもしかするとバナの方で勝手に無断で無料で「賛成」しているだけのような気もします。

てゆうか周辺にそういうアヤシイ連中が巣食っているから世界遺産になれないのではないかとも心配されますが、ところで昨今、国会周辺では「マルチ商法」が話題であります。てか最近では卑語で「ネットワーク・ビジネス」なんてんですか、いずれにしても誤解を招きそうな名称です。

遥かなる昔、まだ電話局に交換嬢がいたという時代、僕はたまたま知り合いに二人ほど「元交換嬢」がいるですが、これはなにも珍しいことではなくて、成熟しまくった女性の知り合いがいる人は聞いてみれば何人かに1人は「元交換嬢」がいるはずです。そういう「ハッカー」の草創期、あのお嬢さんが対面している交換機の、端子ってゆうか「穴」がいっぱい開いてるやつ、アレを彼女たちは「マルチ」と呼んでいたんですってね。

自動電話交換器を発明したストロジャーという人は、交換嬢を喧嘩しちゃって、交換嬢が彼宛の電話を全部彼の商売敵に回すという挙に出たために、一向に不案内な分野での発明に取り組むことになり、ついに発信電話機のダイヤルパルスで直接セレクタを動かす自動交換機を作り出したんですが、あくまで手元の電話機からの直接制御という点が発明の経緯を物語ってます。しかしこの歴史的功績のある交換嬢の名前は伝わっておりません。

時は遷って「〜嬢」というと「フーゾク」関係従業員のことだとしか思えない21世紀、「マルチ」は「ネットワーク」に名を変えたとはいうものの、どちらも電話回線の周辺から離れられないようです。たしかにその時々の先端技術のイメージ(そうか?)を身にまとってはいるものの、結局は「電話」なんですね。

いずれにしろネズミは回線を齧ったりしていないようです。実際にはこの手の商売ほど「ネット」と相性の悪いものはありません。メールや電話では拉致があきません。今も昔も「ミート」、肉の対面、サクラは馬の肉、物理的な接触、しつこい勧誘、身体の拘束、ソフィスティケートした言い方では「ソーシャル」なテクノロジーがその主な手段であるようです。

野田大臣もマルチ業者にパーティー券 国会で擁護質問も

 野田消費者行政担当相がマルチ商法業者に、00年以降3回にわたり計8枚、十数万円相当のパーティー券を購入してもらっていたことがわかった。政府関係者が16日、明らかにした。野田氏は17日の記者会見で詳細を説明する。
 野田氏はまた、16日の参院予算委員会で、12年前に業界を擁護する国会質問をしていたことを自ら明らかにしたうえで、「自分の勉強不足で、消費者の視点に立った質問ができなかった」と釈明した。
 野田氏は96年4月の衆院商工委員会で「マルチ商法は非常にうさん臭い、ネガティブな業界であるというようなものが蔓延(まん・えん)すると、一生懸命頑張っている人のやる気をなくし、かえって新たな産業をつぶしてしまう」などと発言していた。
 これについて野田氏は「私も商品を買ったことがあり、(マルチ商法を)全面的に禁止することは不可能だと思った」と説明。「12年前の思いとは裏腹にマルチの実態が深刻であることを担当大臣として受け止めたい」と語った。

2008年10月17日 asahi.com


アムウェイなんかもトラブル苦情には事欠かないわけですが、そういう時には国会議員なんかがくっついていてくれるとなんだかちゃんとしたものに見せかけることが出来て便利だし、議員さんにとっても資金源として魅力的です。まあこんな爛れた関係は、人でなしと碌でなしが仲良くしているだけのことなんですから、「やはり賢明な政治活動ができる国民を育てていくという方向に進んでいかなければならない」ようです。

ところでマルチ商法というのは自分より下のレベルの人が沢山商品を売ることによってある種の「不労所得」を得ることが出来るということになっているんですが、これは一般の商品流通における「中間コスト」とほぼ同様に商品価格を上げているはずで、実際にアムウェイの商品が他社製品に比べて低価格であるということはありません。それは別にいいのですが、いわばそんなことよりも自分を起点とする連鎖を拡大してこの「不労所得」てゆうかアムウェイ語では「ボーナス」なんだそうですが、この収入の増大を図ることが「アムウェイ・ビジネス」をやっている人の目標なわけです。

このため、上位レベルの人は下位レベルの人に対して不良在庫の押しつけや返品の妨害をおこなう動機が存在します。これは一部の悪質なディストリビューターの人格の問題ではなく、システム的なものです。そしてこのシステムの本質は全員が自分より下のレベルの人を自分の道具として看做す、という関係にあります。

昔からの友人知人に見放されてそういう人間関係の中に入ってゆくのはさぞや愉快なことなんだろうと思います。いかにもアメリカ的な理想社会、いわば「手段の王国」というべきものでしょう。なにしろ自分は上位者の道具かも知れませんが、自分の道具になっている連中もいるわけですからお互い様だ。

もっともこの「王国」に入れそうもない人もいます。アムウェイが売ってるのは工業製品ですから工場があってそこで労働者が働いていて生産しているわけです。この人達は単なる手段として扱われるいわば最下層に位置することになります。この人達も「鳥肌実42歳厄年」と同様に余暇には「あむぅうえいの勧誘」をやるのかもしれませんが、すべての時間をこれに費やすと製品の生産が成り立ちませんから、最初から「ビジネス」上は不利であり、ものの数ではありません。工場労働者である限り「ビジネス」での成功はあり得ませんし、成功すると生産から離脱するのです。この連中は「自由民」とは確然と区別された階級をなす点で、いわば奴隷に相当するわけです。

アムウェイがこのようなシステムであることを考えると、奥谷禮子さんのような人が「経営諮問委員会」にいたことはむしろ当然すぎるほど当然なのです。ビンボー人をマルチレベルに階層化して分断化し、最上階層0.1%以下の一部の収入を上げるとともに、最下層に絶対ビンボー人階級を設定する点では新自由主義的な設計と親和しますので、民主党のネオコン一派がこれと親しいのも当然ですし、野田聖子さんも「保守本流」の看板を下ろしてどっかへ行くべきでしょう。必ず誰かが下に落ちなければならないシステムで「自己責任」を言うのはネオコンと一緒です。

アムウェイ、というかアルティコア社系列の生産現場の労働条件はよくわかりません。アメリカ、中国、ベトナムなどにあるようですが、日本にはないのかな。もっともOEMも相当あるようですから、アムウェイが特に「奴隷」にやさしいわけではないでしょう。環境にはやさしいそうです。よく知りませんが。でも前田雄吉さんや野田聖子さんが人体にやさしい人達なのかどうか、大いに検討の余地はあります。単なる水を「癌が治る」とか言って売ることが出来るように頑張っている皆さんです。みんな「勉強不足」ですかね。

健康食品問題研究会議員名簿

衆議院議員
 自民党 
  島村宜伸
  石崎 岳
  西村康稔
  町村信孝
  鈴木俊一
  吉田六左エ門
  井上信治
  松本 純
  とかしき なおみ
  菅原一秀
  棚橋泰文
  尾身幸次
  冨岡 勉
 民主党
  三井辨雄
  牧義夫
  鳩山由紀夫
  菊田真紀子
  奥村展三
  前田雄吉
  神風英男
 公明党
  江田康幸
  古屋範子
  高木美智代
参議院議員
 自民党
  神取 忍
  末松信介
  若林正俊
  佐藤信秋
  古川俊治
  橋本聖子
 民主党
  大島九州男
  櫻井 充
  横峯良郎
 公明党
  渡辺孝男    というようなわけで
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2008年10月16日

江戸っ子関西編

集中警戒日、被害ゼロならず=警察官配置の場所でも−振り込め詐欺・警察庁

 全国の現金自動預払機(ATM)で警察官が集中警戒に当たった15日に発生し、認知された振り込め詐欺の被害は、午後4時までの警察庁まとめで3件あったことが分かった。警察官がいたATMでも1件、200万円の被害が出た。
 8月までの1日平均の約63件、約8800万円を大幅に下回ったが、目標のゼロにはならなかった。発覚や届け出に数週間かかることもあり、被害は今後さらに増える可能性がある。
 3件の被害はすべて、身内などを装う「おれおれ詐欺」。埼玉県では、警察官2人が固定配置されていた有人ATMで、男性(84)が200万円を振り込んだ。警察官や銀行員から声を掛けられなかったという。

2008年10月16日 時事


15日にはほとんど全国の警察が銀行やらATMやらに張り付いて「振り込め詐欺」の被害の防止に努めていたようですが、当日に分かっただけでも3件の被害があった、ということです。この日は年金の支給日であり、被害者が一番お金を持っていそうな日であるというのがその理由のようであります。

もちろん当日は警察の警戒ぶりが報道されていましたから、ちょっとでもものを考えることの出来る人はこの日の詐欺行為は見送ったものと思われます。他の日にやれば良いのです。警察としても15日だけ被害がなければいいわけです。しかるに一部の不心得者があたかも警察に挑戦するかのように詐欺行為に及び、あまつさえ3件の被害が出たというのですからたいしたものです。あたかも警察の警戒などはこの種の犯罪に対しては無力であることを詐欺師と被害者と警察が皆で証明したようなものです。

もっとも、最近では銀行を使わずに直接現金を手交するような事例もあるとのことですから、今回の警察の対応には最初からたいした意味などなかったのかも知れません。もしかするとワザと意味のないことを大々的にやってみせて、被害の発生という「失敗」をことさらに高唱する理由があるのかも知れません。てゆうかそもそも「振り込め詐欺」においては警察官によるこれ見よがしの「警戒」には全く無意味なのではないか。

というのは、「振り込め詐欺」においては被害者はある意味で「共犯」関係にあるのです。詐欺のシナリオにおいてはしばしば「警察」や「弁護士」、あるいは「会社」関係を詐称することが行なわれ、被害者の近親者が何らかの「問題」に巻き込まれ、さらにそのことが「その筋」に把握されるに至ったことが物語られます。そしてこの「問題」が正規の手続によって処理されると近親者に多大な不利益が及ぶであろうことが暗示され、しかしてそれを回避するための「裏取引」が提案されるのです。つまり「被害者」は、騙されている限りは「裏取引」において「共犯」関係にある、あるいはそのような意識を持つことになるのです。銀行員の制止を振り切って振り込んでしまう人がいるのも当然で、そもそもこの振込自体が「被害者」にとっても「後ろ暗い」ことであり、とても人様に説明できるようなことではないのですから仕方がありません。

石原都知事はこの詐欺を「日本的」であると評していましたが、もしかするとそうなのかも知れませんがそれは石原さんが言うような意味においてではありません。石原さんは被害者が近親者を気遣うことから被害に遭うことを捕えて、これを「家族に対する価値観」の表れであると解釈しているようですが、日本だけではなく多くの社会で「家族」や「近親者」のために力を尽くしている人は沢山いるようです。「家族」を気遣うことはなにも特殊日本的なことではないと思われます。

石原さんが自分の「家族」のことが気になる気持ちは分かりますが、「振り込め詐欺」が「日本的」であり得るとすれば、それはそういうことではないでしょう。むしろこの詐欺が「警察」などの「権力」を騙ることによって行なわれ、その「権力」がこともあろうに「裏取引」をもちかけるというストーリーが、かくまで有効であるというところが「日本的」であると考えることも出来るでしょう。

ここには先ず「権力」に対する「信頼」があります。「警察だ」とか「裁判所だ」とか名乗ると、それは概ね信用されてしまうようです。そしてその「権力」が「裏取引」を言い出したとしても、この「信頼」は揺るがないようです。それは「温情」をもって与えられた「チャンス」であり、「非公式」であるが故に明るみに出してはならず、また急がなくてはならないのは当然のことでしかありません。このような「チャンス」が与えられること自体「公平」ではないのですが、そもそも「権力」が「公平」に作用することなど全く期待されていないことが、被害件数の多さからも推定されます。「被害者」は「権力」が「不公正」なものであると考えているのです。

また同時に、この「チャンス」を拒否したり、疑念を差し挟んだりすれば「チャンス」は永久に失われ、そうなれば明らかに「公正」さを欠いた「制裁」が、あらゆる形で近親者に加えられるであろうことも「被害者」に受け入れられています。「問題」に巻き込まれた人が「正規の」手続によって処理される場合、その法的ないし社会的「制裁」は、「行き過ぎた」ものと考えられており、人はそのような過程において過度に酷い目にあうものであると想像されているようです。つまり法的「権力」や「社会」はいったん「問題」に巻き込まれたものに対して極めて「敵対的」であるという了解が「被害者」の側において存在します。

そしてこの「権力」の「敵対的」な作用は絶対的であり、避けようのない力であって、言うなりになるしかないものである、というふうに「被害者」が観念していることをもって「被害」が完成します。しかしこれは「非公式」のものであって、近親者を救出できるという確実な見込みはないのですが、その一方では疾しいことであり、まあ要するに「悪いこと」」なのであって、一旦この金員の授受が明らかになるやその抗力が失われてしまいかねないものであり、ましてやそこらに立っているお巡りさんが分かってくれるような話しではないのです。つまり「被害者」は警戒に当たっている警察官を意図的に避けるようになるはずです。

このような「権力」のありかた、あるいは「公正」でもなく「公平」でもなくいわば恣意的に行使される「敵対的」な力としての「権力」の表象が、まあ「日本的」といえば言えなくもないものなのであって、その意味では「振り込め詐欺」はきわめて「日本的」であると言えなくもないでしょう。これは日本の「権力」がそのようなものであるという意味ではなく、国民一般にそのように受け取られているという意味です。また、世界の一部ではまさにそのように「権力」が行使されていると言われても仕方のないような社会も存在するようです。これは公権力が法的根拠抜きで直ちに物理的暴力の行使に及ぶような社会、人々が「権力」に対して抗弁できないような社会において見受けれられると思われている現象です。

「振り込め詐欺」などという手口が通用する限りにおいて日本における一般人の「権力」の表象はそのような社会と変るところがありません。しかし一方では、「権力」がそのようなもんだと思われていることが「治安」の良さというものに繋がっている可能性も否定できません。そんな「権力」のもとでは、犯罪はおろか「権力」が望まないような行動をとるにもおおいなる勇気か自暴自棄が必要となります。すなわち「振り込め詐欺」が多発すればするほど日本は治安が良い、ということになるのです。

もっとも、この種の犯罪の被害は大阪なんかでは少ないようです。大阪というのがどういう社会であるか詳しく知っているわけではありませんが、直ぐにツッコミを入れたり、文句を付けたり、ちょっと目を離すと勝手なことをやっていたりするような印象があります。「日本中が大阪になる」と困る、というのは何も「振り込め詐欺」をナリワイとしている人達だけではないようですが、詐欺の被害に遭わないためにはみんなで「大阪人」になってしまうのも一つの手です。ちょっと気がすすみませんが。わてそんなんいやや。わいは江戸っ子やさかい。
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2008年10月13日

ジャパニーズ・サイコ

「疑惑の銃弾」から「疑惑の『自殺』」まで、「国際的疑惑男」三浦和義さんはただでは幕を下ろしませんでした。もしかすると幕は今上がったところなのかも知れませんが。なんと「主人公」が死んでから始まる第2幕。「オヤジのシャワーシーン」はありません。

元弁護人「誠にやり切れない」=遺体引き取り拒否も−三浦元社長自殺

 ロス疑惑銃撃事件で、ロサンゼルス移送後に自殺した三浦和義元会社社長(61)について、日本での裁判で主任弁護人だった弘中惇一郎弁護士が13日、東京都内で記者会見し、「誠に残念でやり切れない」と話した。
 また、ロスに到着した元社長の妻から連絡があり、米側に死亡経緯の徹底調査を要求する意向で、解明されない限り、遺体引き取りを拒否すると伝えてきたことを明らかにした。
 弘中弁護士は「なぜ自殺と言えるかはっきりしない」とし、ロス市警の発表について「検視資料などを把握しない限り、信用できる状況ではない」と話した。

2008年10月13日 時事

三浦さんがいくらふてぶてしかろうが世間をなめていようが元気だろうが闘志満々だろうが一般的に留置場では自殺の可能性がかなり高いのですから自殺防止のための体制は常識であって、三浦さんだけ特別扱いするはずもありません。何故自殺したのか、というよりも何故自殺が可能だったのか、という点が「疑惑」の焦点であります。

中には「自殺」したことをもって三浦さんが「罪を認めた」かのように思う暢気な人もいるかもしれませんが、そんなことならとっくに自殺してるはずですから却下。(悪い意味で)自殺するようなタマじゃないと思った人座布団1枚。(良い意味で)自殺なんかするような人じゃないと思った人は三浦さんの女性ファンだったりして。

死をもって無実を訴えた、なんてえのは三浦さんのキャラじゃありません、てゆうか実際に訴追されて有罪となる可能性は決して高いものではなかったのではないかとも考えられます。着手され完成された犯罪について共謀共同正犯が問われ、無罪の判決が確定しているときに、実際の犯罪行為とは無関係の、しかし実際の犯罪行為があったことによって推定される「共謀」を問う事が出来るのか。

あるいは「共謀罪」と「共謀共同正犯」との大きな違いが犯罪の「実行」の有無であるとすると、既に「実行」された犯罪において行なわれたと思われる「共謀」について、これを切り離して別個に「共謀罪」で訴追する事はフツーに考えればこれは無理な話しではないかと思えます。同じ一つの「共謀」事実であって、これは一事不再理にあたるのではないでしょうか。

もちろん、被告人の迷惑を度外視すれば法廷で争ってみるのも面白いかも知れません。しかしむしろこの件では、日本の「共謀共同正犯」における「共謀」の概念と英米法の「コンスピラシー」における「共謀」とは違うもんだという説を、日本の世論にとって最も効果的な仕方で声明しようとしているようなのですから、あまり面白くもありません。

この説によれば、したがって日本にも「共謀罪」が必要である、ということになるんですが、しかもこれには「国連国際組織犯罪防止条約」におけるいわゆる「同意」と、「コンスピラシー」すなわち「共謀」あるいはより一般的に「陰謀」との混同も図られています。「同意」というのは一方が何らかの提案を行なって他方が承諾するということですが、「共謀」あるいは「陰謀」は、各人の明確な意思表示が行なわれる「謀議」を必ずしも必要としていません。「目配せ」とか「瞬き」でオッケーです。極端な話し、何もしなくても成立させられます。

仮に今回の三浦さんの「疑惑の逮捕」が、このような政治的な意図によって演出された「陰謀」であるとすれば、残念ながら三浦さんには全く勝ち目はありません。もし三浦さんが我が身の前途を悲観し、刑を恐れて死を選んだのであるとすれば、以上のような読みがあったことも考えられます。そしてもしそうだとすれば、彼の死は日本への「共謀罪」の導入において思わぬ障害となったことになるのですが、事はそれほど単純でもないのかも知れません。

やはり三浦さんを「共謀罪」で訴追する事は難しかったのではないか。故に裁判は行われてはならない。しかし「こういう場合に『共謀罪』で訴追する事が出来そうだし、もしやっていれば有罪に出来たはずだ」という「印象」だけは残すことは出来るわけです、死ねば。「印象」だけですが。少なくとも裁判やって負けちゃうよりは効果的かと。とんだ「陰謀」ですが、これだと「自殺」が「疑惑」でも納得はできますね。
posted by 珍風 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月12日

ヤラセてくれないガイジンは死刑!

ボケ老人のボケによれば「日本はずいぶん内向きな、単一民族といいますか、世界とのあれがないものだから内向きになりがち。まず国を開くというか、日本人が心を開かなければならない。」というご立派なご高説でありますが、「世界とのアレ」てえとやっぱりあの「アレ」ですか?それともこれ?

JNTO国際観光白書08 日本の外客数は世界28位

日本の外国人訪問客数は世界で28位−。日本政府観光局(JNTO)は10月3日、「JNTO国際観光白書2008」を発行した。白書では07年の世界の国際観光客数が前年比6・6%増の9億330万人に拡大していることや、07年の訪日外客数835万人が、世界の28位に位置することなど、日本と世界の国際観光の現状を紹介している。
外国人訪問者数で、日本の順位は前年の30位から2位上昇し、初めて20位台にくい込んだ。1つ上の27位はスイスの845万人、1つ下の29位はアイルランドの800万人(06年の統計を利用)だった。
 1位はフランスの8190万人。以下、スペイン、米国、中国、イタリアの上位5カ国の順位は変わらない。このなかでは、中国の伸びが顕著で04年にはイタリアを抜き、07年は米国に迫っている。
 そのほか上位では外国人の観光に制限のあるサウジアラビアが来訪者を伸ばしている。世界の聖地を訪れる巡礼者に加え、就労者や商用での訪問も増えており、07年は1153万人が訪れ、世界では21位につける。
 白書ではこうしたデータに加え、ビジット・ジャパン・キャンペーンの現状や、訪日有望市場として世界の15カ国・地域の経済や社会状況、外国旅行の動向などを紹介している。
 また、訪日旅行者の旅行動機など、独自の調査結果なども併せて掲載している。
 白書はA5判456ページ。価格は4000円。政府刊行物センターのほか、一般の書店でも注文できる。
 購入の問い合わせは、国際観光サービスセンターрO3−6902−5081まで。

2008年10月3日 トラベルニュース


日本は28位、29位はアイルランド、たしか30位がシンガポールだと思いましたが、要するにこれって「外国人が来たくないような国」ってことですね。シンガポールについては僕は以前出来る限り賞賛しておいたつもりですが、そういえば僕だってあんなとこ行きたくないですよ。アイルランドは、どうですか、ちょっと観光で行く感じじゃないですね。

ガイジンが別に日本に行きたいと思っていないようなのですから、仕方ありません。対するに日本側の受け入れ態勢も整ってはいないようです。

外国人旅行者:ホテル・旅館4割、泊めません 「外国語対応できない」−−総務省調査

 ◇観光庁できたのに
 全国のホテルや旅館のうち約4割が外国からの旅行者を受け入れておらず、うち約7割が今後も受け入れを望んでいないことが9日、総務省の調査で分かった。政府は外国人旅行者を10年までに1000万人にする「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を展開し、1日には国土交通省の外局として観光庁を発足させたが、受け皿となる民間との温度差が浮き彫りになった。

 調査は4〜5月、全国のホテルや旅館計1万6113施設を対象に郵送で実施。7068施設から回答があった(回答率43・9%)。

 外国人旅行者を受け入れていない宿泊施設は全体の37・8%。うち72・3%が「今後も受け入れたくない」と回答した。外国人旅行者を受け入れていない30室未満の小規模な施設で、73・9%が「今後も受け入れたくない」と答えたほか、100室以上の大規模な施設でも同様に44・2%に上った。

 拒否の理由を複数回答で尋ねたところ、「外国語対応ができない」が75・7%で最多。次いで「施設が外国人旅行者向きでない」71・8%、「問題が起きたときの対応が不安」63・4%、「精算方法に不安」22・2%などが上位を占めた。

 総務省は来年にも、国交省や観光庁などに対応策をとるよう勧告する。【石川貴教】

毎日新聞 2008年10月10日 東京朝刊


ネックは「外国語対応」であります。しかし日本人の英語習得に対する意欲は弱いものではありません。それどころかそれはいいカモになっているのであり、英語が喋れるようになりたい日本人の皆さんはあるいは「わに」のようにウサギに騙され、あるいはゲートウェイで足止めをくらい、などと踏んだり蹴ったり、マゾヒストの楽園、悦楽の境地にたゆたうが如しであります。

もっとも、日本人が英語を習うのも、なにも月20万に満たない給料で1日16時間も働かされ、しかたなく勤務時間外の「接客」が半ば常識化している職場で働こうというのが目的ではありません。どちらかというとそういう目に遭わないために英語を勉強しようと思っているんですから、宿泊施設の「外国語対応」は今後ともその充実を期待する事は出来ないでしょう。もっとも合法不法を問わず日本で生活している日本人は沢山いますし、そういう人たちの中には母国語の他に英語くらいなんとかなっている人は多いものです。もっともそういう人たちを旅館で雇う気があればですが。

「内向き」なのは日本が「単一民族」であるからではなく、日本が「単一民族国家」になろうとしているからです。といっても別に少数民族を皆殺しにしようというのではありません。日本における「単一民族」は専ら文化的に定義されます。それは「単一文化」ってことであって、「単一民族論」は「単一文化志向」の根拠として援用されるフィクションであり、その「志向」は、ある特定の態度が「日本人ならあたりまえ」だったり、更には「日本で生活する以上はあたりまえ」という同調圧力として表現されます。

もっともこれが「大和民族」の中においてももちっとも「あたりまえ」でないことが、何かといえば「あたりまえ」だと主張されることによって暴露されながら行なわれるのですからたまったものではありませんが、事が文化的同質性に基づいている以上、「あたりまえ」は「あたりまえ」であってクラッカーであって、あんかけの時次郎がそんなに強くないのに「強い」のが「あたりまえ」であるような、デタラメを有無を言わさず飲み込ませるようなものなんだも。

そういう説明不可能な「あたりまえ」ですから、「世界とのアレ」ってのは非ッ常に厳し〜ものがあります。ほとんどそれは無理というものです。たとえば10月10日は目の日です。しかし「世界」では「死刑廃止デー」なのです。「ガイジンとセックス」、いや「世界とアレ」するためには、死刑存置国たる日本としてはこの機会に「世界」に向けて一言いってやるくらいでなくてはいけません。

ところが例年、東京新聞以外はこれを無視しているのが現状です。そこで「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」は今回一計を案じ、確定死刑囚にアンケートを行ってネタを提供し、マスゴミに載せる事に成功しました。

死刑囚にアンケート調査、半数以上が「治療・投薬受けている」

 刑が確定した死刑囚の健康状態や面会の状況などについて、市民団体が行ったアンケート調査結果が、11日、東京・西新宿で開かれた集会で報告された。

 「何らかの治療・投薬を受けている」と答えた死刑囚が回答者の半数を超えた。
 調査は、7月から9月にかけ、「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」が実施。拘置中だった死刑囚105人に協力を依頼し、回答があった74人の調査結果を公表した。治療や投薬を受けているとした死刑囚が51人。また、43人が再審請求しており、18人が「今後請求する予定」と答えた。
 36人が教誨(きょうかい)を受け、「(家族や弁護士などと)面会がある」は58人、「文通がある」は70人。一方、面会、文通共にない死刑囚も3人いた。
 集会では、死刑囚からのメッセージも読み上げられた。「被害者や遺族の方々のことを考え、再審請求を取り下げました。執行を待つ時間に何かできることがあればと考えつつ生活しております」という内容や、「何を今更と思うかもしれないですが、もう一度最後のチャンスが欲しいです」と訴えるものもあった。

2008年10月11日 読売新聞


調査対象は105人。回収できたのは77人。うち3人が死刑執行されたなどで集計対象からはずれています。従って母数は74であり、51人の「病人」は「半分以上」どころか68.9%、およそ7割です。病院1件借りてきて全員そこに収容した方が早いようです。霊安室とかもあるし。組織的殺害はきわめて「医学的」な営為であり得ます。

そして再審請求中と請求予定者が74人のうち61人。実に8割以上です。105人に対しても6割近い人が全く納得いかない状態で殺されようとしています。「反省」とか「謝罪」どころの騒ぎではありませんが、だからこそ「いい気味」だと思う人もいるでしょう。

実際、「反省」とか「武士道」とかいうのは一部の「遺族」などが、曇ったアタマでしかしそれなりに考えた死刑存置の根拠だったりするのですが、日本における死刑存置の「世論」はとてもそこまで考えていません。てゆうか何も考えていません。死刑存置を支持する論理的根拠は破綻しており、それを支えているのは「感情」だけなのは明らかです。もっともこの「感情」も、「被害者遺族」への安易な「同情」を「あたりまえ」とする圧力によるんですが。そのかわり「遺族」のほうも、そういった安易な「同情」に乗ってはしゃぎ回る「弁護士」のような人に対して「お前らに何がわかる!」とか言って殴り掛かったりしてはいけないのです。

日本にはこのように「こまやかな」感情のマネジメントとゆうか、そーゆーものが作用しているんですが、それは極めて暴力的な「内向きの排他主義」を伴うもので、ともするとレッキとした「大和民族」であっても「単一民族」からは仲間はずれにされかねません。「非国民」だとか言ってガイジン扱いにされちゃう。僕はとっくに大和民族は遠慮してトマト民族で我慢していますが、そんなに赤いわけじゃありません。しかしどういうわけかトマト銀行は大丈夫そうですが大和生命は破綻しましたね。全然関係ありませんが。

そういうわけで死刑存置に関しては「世界」に向かって満足な説明など行なえないので、ガイジンとセックスもあきらめるしかありませんが、一方そのころ東京新聞では外国人訪問客数1位のフランス大使とEUにインタビューをしておりまして、さらっとヴィクトル・ユーゴーなんかが出てくるのがやっぱりおフランスでシェーであります。観光客誘致の要諦は「文化」であって、そりゃ日本にも「文化」くらいあるけど。観光客の多い上位国、つまり1位フランス2位スペイン3位アメリカ4位中国5位イタリア、これみんな「革命」のあった国でしょ。国内での衝突を通じて文化的同質性としての「民族」が決して所与のものでないことを前提に「世界とのアレ」が出来るとこが魅力です。ユーゴーの娘がイザベル・アジャーニみたいでも「アレ」させてくれないんならキョーミないやね。
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2008年10月09日

宮崎〜永田町ハイウェイ建設推進ボケ老人

「日本全体」はともかくとして、「今のところ」は自分が「無思考状態」のそのまんま東さん。東京で開かれた九州横断自動車道延岡線建設促進中央大会でとんだハプニングに見舞われました。

国交相辞任、東国原知事出馬が「私のシナリオ」と中山氏

 次期衆院選で宮崎1区からの立候補を取りやめた中山成彬前国土交通相が8日、目の前の東国原英夫・宮崎県知事に「どうしても(衆院選に)出てもらわないと困る」と呼びかける一幕があった。東京都内で開かれた九州横断自動車道延岡線(熊本県御船町―宮崎県延岡市)の建設促進大会でのあいさつで、東国原氏は最前列にいた。中山氏の発言は事実上の後継指名宣言となったが、大会後、国政転身に未練を残す東国原氏も「あの場で言われても困惑する。考慮に値しない」と報道陣に苦り切った表情を見せた。
 中山氏は、自身の国交相辞任から東国原氏の国政転身まで「自民党が(衆院選で)勝つため」に仕組んだ「自作自演のシナリオ」と表現。東国原氏に「とにかく出て、全国の(自民党)候補者のもとに行ってほしい」と要望し、小泉劇場ならぬ「東国原劇場になることを願っている」と語った。また、宮崎の道路建設を求める女性団体が7日、東国原氏に国政転身を要請したことについて「私が差し向けた」とシナリオの一つであると暴露した。
 大会後、中山氏は、報道陣に対し、東国原氏の国政転身に反対する声について「出るな、出るな、と言うのは『反対勢力』」と切り捨てた。

2008年10月8日 asahi.com


先日国土交通大臣を4日だか5日だかで辞めた中山さん、今日も元気に出掛けてきては愉快な発言で会場の空気をなごませました。中でも本心では出たくて仕方のない東さんが心のよりどころにしている「多種多様な声」の正体が、なんと中山さんが「差し向けた」「女性」だったのにはみなさん大爆笑。この「声」にしがみついていた東さんも「これには一本取られたヨ」と苦笑することしきりです。

中山さんは自分が馬鹿げたことをほざき、それによって閣僚を辞任し、議員も引退するに至ったのはすべて東さんに知事を辞めさせて衆院議員として自分の後継者にするためだったのだ、どうだこの「シナリオ」は読めまい、読めないだろうから教えてやったぜワッハッハといっているのですが、さすがに誰も読めませんよこんなもん。

東さんは振って湧いたチャンスに浮き足立っているだけですから、まあそんなもんでしょう。むしろ未だに東さんの知事残留に期待している宮崎県民の皆さんが気の毒です。あんなに出たがっているのですから、東さんは県知事として皆さんの期待に応えてくれるとは考えられません。ということはつまり引き止めるだけの価値はないのですから、今まで東さんの出馬に反対していた人も、試みに出馬賛成のファックスを送ってみてはいかがでしょうか。東さんは喜んで出て行くでしょう。これで東さんもご希望通り、県民の皆さんもそんな東さんを追い出すことが出来てめでたしめでたしです。

しかしむしろ問題は中山さんの方です。学力テストに引き続いて、今回の騒動もご自分の「仕掛け」であると言いたいようですが、これは危険な兆候です。これはそのような「シナリオ」を描く自分の「知性」の誇示に他なりませんが、裏を返せばこのような発言は「知性」への自信の喪失によるものです。おそらく中山さんは自らの「知性」の衰亡を自覚しながら、必死に抵抗しているのでしょう。分かるみたいですよ、当人には。

この状態はご本人はいい気持ちで吹いているかも知れませんが、まわりの人はたまらんでしょう。特に気の毒なのは奥さんの恭子さんです。彼女は総理大臣補佐官として重責を担っているわけですが、一方で夫が世間の晒しものになっている状況は耐え難いものと思われます。アホ太郎も任期中に一つぐらい良い事をしてみたらいかがでしょう。彼女を成彬さんに返してあげなさい。今最も恭子さんを必要としているのは彼なのです。

一方の東さんは、彼に出馬の可能性が出てきたのはやはり何といっても結果としては中山さんの「おかげ」なのですから、それなりの気を遣ってもよいはずのところ、ボケ老人のブットビ発言に「不快」そうな顔をするのは考えものです。たしかに中山さんはひどいことを言ったりするわけですが、だからこそ東さんにもチャンスが来たわけですから、そこらへんをよく考えて配慮した対応が求められるところです。それは例えば「自民党より自分の心配してろよ」とか「いいから早くfMRIでも撮ってもらえよボケ爺い」などの適切な発言になって表れるはずで、それが出来れば国会議員様も夢じゃありません。
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2008年10月08日

復讐的司法と修復的司法

被害・加害者の対話センター=弁護士会が来春設置、全国初−兵庫

 兵庫県弁護士会は8日、来年4月に「犯罪被害者・加害者対話センター」を設置すると発表した。弁護士会では全国初の試みで、加害者の謝罪文を預かる「謝罪文銀行事業」もスタートさせる。
 犯罪被害者と加害者の対話は、欧米などでは広く行われているが、日本では千葉県や大阪府の民間非営利団体(NPO)が実施するのみ。同弁護士会では当事者からの申し込みを受け、期日や場所を打ち合わせ、対話を実現させる。
 謝罪文銀行は、加害者が被害者に送った手紙が被害者に拒否された場合、受け渡しが可能になるまで一時的に保管し、希望した際に交付する。
 すべてのケースで対話や手紙の交付が行なわれるわけではなく、センターに所属する約20人の弁護士らが事件の特殊性に照らして可否を検討する。臨床心理士や精神医療関係の専門家もアドバイザーとして参加する予定。
 同弁護士会は「司法を刑罰の場とする考え方ではなく、修復的司法の理念に基づくもので、被害回復と加害者の更生につなげたい」としている。

2008年10月8日 時事


一応「修復的司法の理念に基づいて」いるようですが、現行の刑事司法制度との関係は必ずしも明らかではありません。「修復的司法」は究極的には現行刑罰制度にとって替わろうとするまでの射程を持ち得ますが、日本においては制度の隅っこにでも場所を得るまでにも至っていないのが現状です。海外ではこのような考え方を取り入れて「被害回復と加害者の更生」をはかり、もって刑罰制度の維持コストの軽減を図ろうとしている政府も存在するようですが、日本ではまだまだ犯罪がそれほど多くないこともあって、そこまでの意識はない模様です。

「対話」をするのは「被害者」と「加害者」であって、「被害者」と「被告人」ではありません。すなわちこの「対話」は、少なくとも裁判によって「加害者」であることが確定した人と、「被害者」の間で行なわれるものとされています。この点で「ひょうご被害者支援センター」理事の高松由美子さんが「事件直後や公判中に面会した場合、関係が悪化する可能性もある」ことを心配している(2008年10月4日asahi.com)のは誤解というものです。「事件直後」や「公判中」は、被告人が「加害者」であるかどうかは未確定なのですから、「面会」など行なわれるはずがないのです。

てゆうかここで「アスの会」の会員でもある高松さんが図らずも「被告人=加害者」という誤った認識を持っていることがバレてしまうのですが、もし仮に「被害者」なり「被害者遺族」というものが被告人を「加害者」であると頭から思い込んでいるものであるとすれば、彼らが「参加」する裁判は冤罪の温床となるでしょう。ったく、折角「被害者参加制度」が始まるというのに、肝心の「被害者」がこんなことでは、とても「裁判」に「参加」する資格などありません。今まで通り外野で騒いでいるのが適当です。

もっとも、高松さんがボロを出してまで文句を付けたがるのも、「犯罪被害者」が国家の代弁者であると考えれば納得がゆくというものです。国家と「被害者」は、その地位を巡って競合しているのです。国家は「犯罪」の「被害者」は国家である、「犯罪」とは法秩序の侵犯であり、そこで「被害」に遭っているのは国家に他ならないと思っているのですが、ここで実際に犯罪行為によってその権利を侵害された人が自分こそ「被害者」である、それなのに蚊帳の外のトンボ桟敷に置かれているのはどーゆーワケだと、当然にも言い出したもんですから、じゃあ一緒にやりましょうということで、「被害者」と検察が仲良く並ぶという形にして事を納めたところです。

しかしながら「修復的司法」においては、「被害者」とか「加害者」などが勝手に話し合って自分たちだけで納得してしまう、そうすると今度は国家が蚊帳の外に置かれてしまいます。国家が自らの「権利」を主張して自分の席を要求しなければなりません。一体全体法を何と心得る、そもそも「加害者」たり「被害者」たる地位は法に基づくものではないか。国家がなければお前らは「被害者」でも「加害者」でもないんだぞこのやろう。

というわけで司法制度の中に自分の席を作ってもらった(といっても一方の当事者のオマケみたいなもんですが)恩義のある「被害者」としてはせいぜい「修復的司法」には反対の立場を取らざるを得ないわけですが、「修復的司法」が本来、「被害者」の「権利」を尊重することより大であるところ、その「反対」は無知と誤解に基づかざるを得ないのでした。

とはいえ「修復的司法」にもそれなりの問題があります。仮に現行の刑罰制度に替わって「修復」による解決を図ることにした場合、例えばすべての「被害者」が高松さんのように絵に描いたような「被害者」もしくは「被害者遺族」であるわけではありません。むしろ殺人の大半が家族親族同士で行なわれることを考えると、加害者=遺族であったりすることも珍しくありませんし、例えば、仮に僕が奥さんと不仲であるとしたときに、その事情を知らない第三者によって奥さんが殺害された場合、これは奥さんにとっては個人的法益の侵害となるでしょうけど、僕にとっては必ずしもそうではないどころか、もしかすると「犯人」に感謝し、お礼のひとつもしたいような気持ちになるかも知れません。この場合には殺された奥さん自身にとっては「修復」が絶対的に不可能である一方で、「被害者遺族」たる僕にとっては、「犯人」に謝礼をしなければならないという逆転した「修復」の必要が発生します。つまり刑法において犯罪を構成するとされる行為が必ずしも「被害者等」の不利益とはならない場合があるのですが、これは僕が殺人犯に一杯おごるというような解決でいいのか。

更に例えばこの奥さんがめちゃくちゃな人で家族親族みんなから嫌われているとすると、この「被害」はもの言わぬ「被害者」以外の「遺族」等の関係者が喜んで受け入れることになるかも知れません。しかしこのような場合に、だからといってそれがいかに「重大な犯罪」を構成するとしてもいかなる事後処理措置も取られないとすれば、それはそれで僕とか息子娘親戚一同にとっては別にかまわないのですが、これは重大な問題となります。それはつまり皆に嫌われている人の権利の保護を放棄するということになるからです。特に殺人の場合、「被害者」は「修復」の手続から除外されざるを得ませんが、それが結果として「リンチ」になる可能性があります。

その一方では、ある人が誰かの行為によって不都合を被った場合においても、それが刑法上の犯罪を構成しない場合、「被害者」にいくら不満があってもそれは社会には何ら顧慮されないことになります。要するに泣き寝入りであって、まあよくある話しといえばよくある話しなんですが、そういうのはどうしたもんか。社会的な「修復」の必要性を刑法の範囲内に止める根拠を「修復」のコンセプトそのものの中から導き出せるものでしょうか。

しかし逆に、当事者間の関係の修復という考え方が暴走して仮に日常の些細な紛争においても適用されるとすると、刑法上の犯罪に当たらない行為についても侵害された関係の修復責任が問われることになるのですが、その一方で僕たちは相互にある程度の不快・不都合を受忍し合うことによってお互いの権利を尊重しているものと考えられます。しかしここで悪質なクレーマーの存在を想定して、そいつがウルサイので「修復」の手続に入ることになったとすればどうなるか。このような「修復」の拡大は結局全ての人の権利を萎縮させるでしょう。そして中でも特にやっぱり皆に嫌われている人の権利を大きく損なうことになるに違いありません。

とはいっても無責任に「刑罰」を課して事足れりとする現行の制度に比べれば、「修復的司法」は「被害者」には被害の回復または被害体験からの立ち直りを優先しており、そして「加害者」にとっても「被害者」や「社会」に受容される行為を行なう経験を与えるというかたちで「更生」を優先的に考えている点で、なんぼかマシという程度には優れたアイデアであって、いろんな難点にも関わらず追求する価値はあると思われます。もっともこれは「組織的犯罪者」には適用し難いものだとされていますが。そしてもちろん「組織的被害者」にも通用しないみたいです。
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2008年10月07日

石原慎太郎オススメ200円フーゾクで抜こう!

感染るのは病気か、馬鹿か。

<個室ビデオ店放火>都知事発言にNPOが質問状

 大阪市の個室ビデオ店で15人が死亡した放火事件を巡り、石原慎太郎・東京都知事が「200円、300円で泊まれる宿はいっぱいあるのにファッションみたいな形で泊まっている」などと発言し、生活困窮者を支援するNPO(非営利組織)は6日、石原知事に公開質問状を提出した。NPOは「自立生活サポートセンター・もやい」(新宿区)で、「200円の宿があるなら紹介して」などとただしている。

 石原知事は3日の会見で「(都内北東部にある)山谷のドヤに行ってご覧なさいよ。200円、300円で泊まれる宿はいっぱいあるんだよ。そこへ行かずにだな、何か知らんけれどもファッションみたいな形でね、1500円っていうお金を払ってね、そこへ泊まって『おれは大変だ、大変だ』って言うのはね」と発言した。

 これに対し、生活困窮者から月約100件の相談を受けるという「もやい」の稲葉剛代表理事は「200〜300円で泊まれる宿なんて聞いたことがない。個室ビデオ店に泊まる生活困窮者を『ファッションみたい』というのも失礼な話だ」と指摘している。【市川明代】

2008年10月7日 毎日


ちっとも気がつきませんでしたがネットカフェなどは「一つの新しいフーゾク」だったんだそうです。ホンバンはあるかどうかわかりませんが、「ファッションヘルス」みたいなものらしい。1500円とは格安です。激戦区のピンサロより安い。何が出てくるか分かりませんが、低所得者向けのフーゾクの出現はこれもご時世というべきでありましょうか。

しかも石原さんはもっと安い店を知っているというのですからこれは耳寄りな情報です。なんと200円とか300円で一本抜いてもらえるというのです。しかもそういう店が「いっぱいある」と、まるで見てきたようなことを言います。おそらく見てきて、もちろん抜いてもらってきたんでしょう。これは石原さんの格安フーゾク潜入体験ルポなのです。

この新手のフーゾクは、その途のエキスパートである「もやい」の皆さんにも発見できません。石原さんがあえなく昇天したという「都内北東部」では城北旅館組合の佐藤明弘組合長ですら最低でも1000円だと言い張り、「あの安い店」の情報をひた隠しにしています。はたして「幻のフーゾク」は存在するのか?もしかしてそれは石原さんみたいな「VIP」専用の店なのか?それが何故200円なのか?

謎は深まるばかりです。「都内北東部」を擁する台東区の住吉区長は「地域のイメージが著しく損なわれ、誠に遺憾」だと抗議しています。安いフーゾクのどこが「地域のイメージが著しく損なわれ」ることになるのか、甚だ理解に苦しみますが、フツーのビンボー人からは最低でも1000円を徴収し、都知事などの「セレブ」には「200円でいいですよ」というような破格の対応をしているのであるとすれば、これはその地域一帯のイメージが著しく損なわれることになるに違いありません。台東区としては「問題の店」を速やかに特定し、これを一部特権階級の独占から解放して広く公衆の便益に供さしむることが至上の課題であるといえるでしょう。

もっとも鷹揚な石原さんのことですから、単に「200万円」を「200円」と言ってしまっただけのことなのかも知れません。これは単純に金銭感覚の相違というものです。

池袋ぼったくりキャバクラ、一晩200万円請求も

 東京・池袋のキャバクラ店で不当に料金を取り立てたとして、ぼったくり防止条例違反(不当取立)の疑いで、「ノエル」経営者、女ケ沢英男容疑者(38)と同店従業員、新美幸徳容疑者(22)が警視庁池袋署に逮捕されていたことが6日、分かった。同署には今年3月ごろからノエルに関する苦情が10件寄せられ、一晩で200万円を請求された客もいた。

 調べでは、女ケ沢容疑者は8月6日、客の男性会社員(26)に1時間5000円という事前説明より高い1万5000円を請求し、支払いを拒否した男性のえり首をつかんだ。新美容疑者は7月12日、男性会社員(37)が代金の約33万円を支払うまで、背広などを取り上げて取り立てをした疑い。

2008年10月6日 産経


石原さんの「浄化」のおかげでこういう店があとを絶たないようですから、東京のイメージは著しく損なわれっぱなしですが、僕たちなんかが「大2枚」払う感覚で「大2束」払える人ってのはいますな。もっともそういう人が行くのはこういう店ではないと思いますが、いずれにしてもそういう人に限って他人が一泊1500円のとこに泊まると「ぜいたくだ」とか言うものです。そういう馬鹿はほっておいてもいいんですが、やはりどこに泊まるにしても一酸化炭素中毒で御陀仏という事態は避けたいものです。

大阪の火事については、離婚とクビですっかり参ってしまってそれ以来呆然と生きてきた人が、これから似顔絵と占いの先生について旅に出るにあたって、それは今後生きてゆくためのただひとつの希望だったのですが、唯一の希望がそんなことだったものですから、座って落ち着いてよく考えてみたらとうとう地獄の入り口まで来てしまった、それでとりあえず火をつけたんじゃないか、という気がします。自分自身と状況ひっくるめてなんでもかんでも焼きつくしたかったんでしょうな、その時は。「自殺衝動」には間違いない。自殺ってのは世界をぶっ壊すためにやるのかも知れません。

しかし小川さんの場合は離婚の経緯などから何らかの病的な精神的失調が疑われるのですが、それはそれとしてその「犯行」の結果は、こう言ってはナンですが拍子抜けのするものでした。重大な結果についてはその原因はほとんど店舗側にあるようです。これでは出火の原因が煙草の火の不始末などによる失火であっても同じ結果になったであろうと思われます。「ビデオ店」や「ネットカフェ」は「ドヤ」とは異なって「旅館」ではありませんから、防火体制がなっていないようです。実際に窓を潰してまで個室を増やしていたようであり、それが被害の拡大に繋がったようなのですが、それなら「旅館」並に安全を確保する場合に泊まりの料金がどれほどになるのかわかりませんが、現在の金額を超えることは確実です。

いまのところこの違法スレスレの状態によって、この「フーゾク」ならぬ「ドヤ」はそこを利用する人が受け取る賃金で出せるギリギリのレベルでしょう。当局の指導によって料金が上昇すると、利用客はより低質で安全ではない施設に流れることになりそうです。もちろん業者間の価格競争があるわけです。そしてその競争相手は隣のカフェ、でもあるでしょうが、どうも簡易宿泊所に他ならないようです。

現在のところ簡易宿泊所は予約受付の時間が21時30分までとか早かったり、だいたい23時頃に門限があってそれより遅くなると入れてくれなかったり、そして200円はおろか1000円なんて所は滅多になくて概ね1500円から2000円台という料金の点も含めて、ネットカフェ等の方が利用しやすいようですが、石原さんなどの知ったことではないようです。石原さんが知っているのは無知の上に居直ることとビンボー人への憎悪、それとは裏腹のビンボー人を生み出す仕組みの徹底した擁護です。
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2008年10月04日

消された年金は騙し取られた年金犯人はすぐそこにいる消せ消せ

年金記録問題「極端な引き下げ」約75万件 厚労省発表

 厚生年金の支給額算定の基礎となる標準報酬月額の改ざん問題で、社会保険庁は3日、標準報酬が極端に引き下げられた記録が約75万件あったと発表した。このほか、不自然な訂正処理が延べ約69万件確認された。これらの記録について、舛添厚生労働相は「改ざんの可能性はある」と述べた。
 社保庁は、国の第三者機関が認定した改ざん事例など88件を調べ、共通した3条件を絞り込んだ。(1)標準報酬引き下げの直後に社会保険からの脱退処理(資格喪失)を社会保険事務所が行った(2)標準報酬が5等級以上引き下げられている(3)半年以上さかのぼって引き下げられた。
 コンピューター上の厚生年金記録1億5千万件の中から、この3条件に該当する記録を抽出したところ、(1)が15万6千件、(2)が75万件、(3)が53万3千件あった。
 3条件すべてに該当した記録が約6万9千件。この記録について、社保庁は9月、改ざんの可能性が高いと公表していた。
 標準報酬は月給とほぼ同じ額に設定され、9万8千円から62万円まで30等級ある。平均的な標準報酬は32万円(19等級)で、5等級分引き下げると、約3割下がって22万円になる。
 社会保険事務所の元職員の証言から、記録改ざんへの職員の関与が明らかになっている。標準報酬月額が下がると、事業主の保険料負担が減り、社会保険事務所は徴収すべき保険料が減るので徴収率を上げることができる。
 標準報酬を不正に引き下げる改ざんをされた場合、従業員が実際に負担する保険料より、少ない額しか納付されないため、将来受け取る年金が減ることになる。
 社保庁は、今回公表した各条件に該当する記録には、実際に会社の経営状態が悪かったことなどから適切な処理として訂正されたものも含まれていると説明。「3条件すべてに該当する記録を抽出することで、不適正な訂正処理をされた記録を絞り込める」としている。
 ただ、いずれの条件も、これまで認定された改ざん事例で明らかになった手法で、1条件だけでも改ざんされている可能性はある。

2008年10月3日 asahi.com


例えば標準報酬月額が20万円から40万円の間では1等級のピッチは2万円ですから、5等級も下げると10万円下がることになります。これで保険料は折半額で健康保険が5〜6千円、厚生年金保険料が7〜8千円下がります。1人あたり13,000円くらいとして年間では156,000円。100人の企業だと全部で1,500万円とかになります。こんだけの金額が浮くことになるわけです。

標準報酬月額の算定は年1回ですが、途中で3等級以上の給与の変動がある場合は届け出をして月額の変更をすることが出来ますから、前年度に遡ってこれを行なえば更にお得ですから笑いが止まりませんが、実際には笑ってばかりもいられないようで、これは経営が苦しいんだか何だかとにかく保険料が払えないんだか払いたくないんだか知りませんがとにかく払っていない事業主の滞納分を相殺する方法ですから、社会保険事務所としては徴収率が上がり、事業主としては保険料を払わなくて済むばかりか従業員からだまし取った保険料も自分のものになり、そうして脱退までしてしまうのですからこれでもうお互いに安心です。

しかしこういうのは特に目立つ例でしょうな。むしろ社会保険事務所が気がつかないで保険料を誤摩化されていることも多いのではないでしょうか。標準報酬は4〜5月の賃金の平均で決定されます。従業員一人ひとりについて4月の給料がいくらで5月がいくらで6月がいくら、平均が何円、ってゆう表に書いて出すんですが、これには別に給与明細の写しを添付したりしないのです。書きっぱなし。書いてある数字が実際に給料として支払われた額と一致するかどうかなんてことは誰もチェックなんかしていません。社会保険事務所ではこれをハイハイと受け取って、書いてある数字を見て、ホイホイと標準月額を決定してくれます。

これだと5等級も一度に下げるのは難しいですけど、実態に反して等級を上げないことは充分可能ですし、こういう経済状況ですから、1〜2等級くらい下がっていても別段怪しまれないんじゃないですか。もっとも最近では給与計算システムが標準報酬計算の表まで打ち出してくれますから、手書きで提出してくる事業所はとりあえず疑わしいですね。

これはしかし労働保険の方では更にスゴいです。雇用保険とか労災保険とかの負担額についてですが、これは前年度に支払った給料をもとに計算されることになっていますが、こっちは個人別の表なんてないんですよ。総額だけ。その事業所が1年間に払った給与の総額を届け出るだけなんです。一応、月別の金額を書く表があるんですが、これはあってもなくても良いみたいです。したがってこれも書き放題でして、支払わなければならない金額をいくらでも減らすことが可能です。

このように、事業主に保険料を負担させる仕組みは始めっからガタガタです。個々の従業員に対する給与の支払いとは全く無関係な表を作成して届け出てそれが通ってしまう仕組みになっているのですから、不正をしない方がバカみたいです。そういうのは「バカ正直」といってビジネスの世界ではムイシュキンとして公爵並みの待遇です。不正行為によって事業主は本来全額納めるべき給料から天引きした保険料のうち幾許かを「回収」することができるわけですが、従業員はその分をだまし取られていることになります。これは詐欺でしょう。不正事業主を地獄の底まで追いかけて支払わせましょう。

なるほど社会保険事務所もどーかしていますが、それも保険料をちゃんと払わない事業主がいるせいなのですし、制度がもともとそのような不正をはたらきやすいものになっていることが問題です。社会保険事務所には社会保険庁から1〜2人来ていてアヤシイのは調べることになっていたんですが、最初から証拠書類の提出を義務づけていないんですから調査は難航、とても管内全ての事業所に目が行き届くというわけにはいきません。これは最初から企業が容易に不正を行うことが出来るような制度設計がしてあるんで、それは国の責任です。社会保険庁の廃止は国の無責任であって、自治労潰しのために日本の医療保険と年金制度は崩壊するでしょう。まあ自民党が強行採決して世の中が良くなったためしはありません。
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2008年10月02日

アホ太郎の御名御璽演説

(就任に当たって)
 下々の皆さん、平民の皆さん、ならびに新平民の皆さん、○○、××、皮(議場騒然)、屠(議場騒然)、特殊(議場騒然)、そして旃陀羅の子を称した人の信徒の諸君、俺にまとわりついてくるおめーらだよ太田。きたない臭い権力亡者め。笑ってやがる。貧民はこれだから困ります。貧すりゃ貪すたアこのことか、ちなみにわたしは金襴緞子、生まれも育ちも一級品、かわいいあの娘は淫乱でブス、そしてこの俺アホ太郎、この度、てめーらの代表たる国権の最高機関による指名、んなこたどーでもいーが、畏れ多くもかしこくも、御名御璽をばいただきまして、とはいうものの御親戚、遠い他人より近くの親戚、頼りにしてるぜ菊の紋、臭くて締まるは菊の門、はばかりながら第九二代内閣総理大臣に、ちゃっかり就任いたしました。
 わたしの前に、五八人の総理が列しておいでです。碌な人間が一人もいません。一一八年になんなんとする、愚行の大河があります。御名御璽で新総理の任命をしてきた、奴隷制統治の伝統があり、下々の民の、苦難と不幸、哀しみと苦しみ、あたかも頸を絞める縄の如き、累々死屍の集積があるのであります。
 その末端に連なる今この時、わたしは、厳粛なうたた寝をせざるを得ません。
 この言葉よ、届けと念じます。ともすれば、元気を失いがちなお年寄り、若者、生きるのが嫌になった中年、餓鬼ども、いやおいらたちがともしたせいで死にそうになりながら地べたを這いずり回る下々の皆さん方のもとに。 届かなければ耳にドリルをつっこんででも聞かせてやります。黙って聞け!聞いて絶望しろナマゆーな賤民が。
 申し上げます。おいら自民党は、強くあらねばなりません。強い自民党とは、難局に臨んで動じず、動じておりますが、むしろこれ幸いと利用して、一層の飛躍を成し遂げる党であります。 無理です。
 自民党は、明るくなければなりません。幕末、我が国を訪れた外国人という外国人が、驚嘆とともに書きつけた記録の数々を通じて、わたしども日本人とは、言葉がわからないときや得体の知れない毛唐に遭って恐怖を感じた時に、実によく笑い、微笑む国民だったことを知っています。このだらしのない性質は、今に脈々受け継がれているはずであります。とりあえずワケが分からなくなったら笑え、恐ろしかったら笑え、であります。大丈夫です。ダメです。
 自民党と、おまけに公明党の行く末に、平和と安全を。人々の暮らしに、落胆と絶望を。そして子どもたちの未来には、夢だけを。一生夢を見て過ごしてもらうことに本務があると深く肝に銘じ、中川君の肝はもう死んでますが、内閣総理大臣の職務に、誰か他の人の一身をなげうって邁進する所存であります。
 わたしは、客観しません。あの人とは違うんです。 そしてわたしは、決して逃げません。逃げるまでもなく追い出されるからです。

(国会運営)
 はじめに、国会運営について申し上げます。
 先の国会で、民主党は、自らが勢力を握る参議院において、税制法案を店晒しにしました。その結果、一か月だけガソリンの販売価格が下がりました。結果から言えば国民の生活を第一義とし、政局を第二義、第三義とする姿勢に終始したと言えなくもありません。その後で我々が衆院で再議決いたしましたが、折からの原油高ともあいまって苦しむビンボー人の姿に奥は笑っておったぞよ。もすこし妊婦を連れてまいれ。
 与野党の論戦と、政策をめぐる攻防は、もとより議会制民主主義が前提とするところです。しかし、こっちはそれじゃ困るんだな。
 「政治とは国民の生活を守るためにある。」民主党の標語であります。自民党とはエラく違いますなあ、ふざけてんじねーよ。こっちの言うことを聞くんだよ。「合意」だよ「合意」。民主党に、「合意」の用意はあるか。 こっちにも考えがあるんだ。たいした考えではありません。
 本所信において、わたしは、あえて事前運動を行ないます。政治は慈善運動じゃないんだよ。国民の生活は第二義、第三義とした上で、選挙対策を第一義とするものであります。こっちから土俵を仕掛けます。土俵に八百長はつきものです。常識です。ロシア人でも知っています。

(着実な経済成長)
 緊急な上にも緊急の課題は、日本経済の立て直しであります。
 これに、三段階を踏んで臨みます。当面は景気対策、中期的に財政再建、中長期的には、改革による経済成長。
 第一段階は、景気対策です。
 政府・与党には「安心実現のための緊急総合対策」があります。あることはありますが、なくてもわたしは安心です。しかし下々のことを考えてあげる優しいわたし、今年度内に、定額減税を実施します。貧民どもの家計に対する緊急支援のためであります。米国経済と国際金融市場の行方から目を離さず、実体経済への影響を見定め、必要に応じ、要するに来年度には、早くも、定額減税を廃止します。
 民主党に要請します。野党のくせに文句を言うな。あわせて、下賎の者どもの声をバックに生意気なる民主党の抵抗によって、一か月分穴があいた地方道路財源、このふんだくり損ねた分をどうオトシマエをつけるのかお伺いします。
 第二段階は、財政再建です。
 我が国は、巨額の借金を抱えており、政治家というのもこれでどうしてうまい商売ではありません。ホントだよ。
 しかし、目的と手段を混同してはなりません。財政再建は手段。目的は日本の繁栄です。ここで一言ご注意申し上げます。わたしが「日本」と言ったら、わたしのような人々のことです。ビンボー人は「その他」ですから。麻生内閣の目的は、「日本」の持続的で安定した繁栄にこそある。我が内閣は、これを基本線として踏み外さず、ツケはビンボー人に回してあげます。
 第三段階として、改革による成長を追い求めます。
 改革による成長とは何でありましょうか。それは日本経済の王道をゆくことです。すなわち、蟹工船、女工哀史、滅私奉公、富国強兵、海外侵略、街娼ぽん引き娘を身売り、子捨て子殺し姥捨て山、英語で言えばエコノミックアニマル、世界に通じる日本語過労死、自殺に少子化高齢化、労組潰し幹部殺し、肩で風切る暴力団、ドスで人斬る土方の親方、交通機関事故頻発、墜落衝突爆発炎上、金の亡者に高利貸し、お受験お地獄童貞中年、筋肉バカのクルクルパーにほかなりません。 再び、その時が来たのであります。
 以上、三段階について申し上げました。めどをつけるには、大体三年。日本経済は全治三年、と申し上げます。中山さんの受け売りだけど。彼が言うだけあってバナH東京銀座クリニックの三角病院の薮医者の見立てと同程度ですが、そんなものはどこにもありません。

(暮らしの安心)
 暮らしの安心について、申し上げます。
 ここで「クラシアン」なんて言ってしまう、実に忌むべきは、そういうベタな発想であります。わたしなら「チロリアン」と言うでしょう。わけがわかりません。
 「消えた年金」や「消された年金」という不安があります。みんなで美味しい思いをした覚えのある人もいるかもしれません。しかし末端の職員に対しては、厳正なる処分を行います。わたしは、ここに頭を垂れ、涎を垂らし、鼻提灯を出しながら、よきに計らえ、なんて寝ぼけ声で逃げますが、あわてて、年金等の社会保障の財源をどう安定させるか、そんなことは考えてもいません。
 医療に信を置けない場合、不安もまた募ることは言うまでもありません。わたしはまず、長寿医療制度が、わざと説明しなかったこともあり、国民をいたずらに混乱させた事実を虚心に認め、強く反省するものであります。とかなんとか言っているうちに政府管掌健保を放り出して全国健康保険協会が発足します。しました。これも全然説明していませんから、またもやバカどもがイタズラに混乱するでしょうが、今のうちに反省だけはしておいてやりますが、しかし、この制度をなくすなんてことは一切しません。きれいさっぱり、あきらめるように。病気なんかしてる奴には救急医療のたらい回し、産科や小児科の医師不足、妊娠や出産費用の不安、介護の人手不足、保育所の不足。そして罰として負担の更なる増加とますます低級な医療、肥後の守で手術して薬は味の素。
 次代の日本を担う若者に、希望を持ってもらわなくては、上に立つわたしたちが困ります。
 困りものの若者に自立を促し、手を差し伸べてひっぱってお寺のフリースクールやタコ部屋にぶち込みます。そのための新法も検討します。賃金は最低、労働者は牽制、中小零細企業のどん底へ。
 改正された教育基本法のおかげで、学校への信頼が揺らいでいます。教育に不安が生じています。勉強しても無駄です。 日本全国どこでも社長の子はいくらバカでも社長って俺の悪口か。とりあえず日教組をぶっ潰します。その次に教育委員会、PTA、最後に学校そのものをぶっ潰します。 これで安心クラシアン。言っちゃった。餓鬼共全員フリースクールに監禁虐待強姦傷害。
 というわけで子どもの痛ましい事件が続いています。治安への信頼を取り戻します。 大人も全員監禁だ。
 ここで、いわゆる事故米について述べます。事故米と知りつつ流通させた企業の責任は、断固処断されるべきとして、これを見逃した行政に対する国民の深い憤りは、当然至極と言わねばなりません。悪いのは例によって企業と官僚です。わたしは、悪くありません。
 すべからく、消費者の立場に立ち、その利益を守る行政が必要なゆえんであります。行政組織には、事業者を育てる仕組みがあり、そのため訓練された公務員がありました。消費者庁も同様であります。
 行政の発想そのものをめぐる改革であればあるだけ、甲論乙駁はもっともであります。しかし、独立した強い権限を持った機関の創設は自民党の財源である悪質な業者を駆逐してしまう恐れがあります。とんでもない話しです。民主党も似たようなものであるはずです。どういうつもりなのか、民主党に問うものです。おとなしく「合意」に応じていただけるのか。問いを投げかけるものであります。

(簡素にして温かい政府)
 行政改革を進め、ムダを省き、政府規模を縮小することは当然です。
 しかし、ここでも、目的と手段をはき違えてはなりません。政府の効率化は、政治で一儲けするためです。簡素にして税金の高い政府を、わたしはつくりたいと存じます。地方自治体にも、それを求めます。
 わたしは、その実現のため、現場も含め、公務員諸君に粉骨砕身、働いてもらいます。徴税には広く門を開き、福祉の門は閉ざし、ビンボー人のために使う金なんてないんだよ。なんでそんなことをしなければならないのか理解できません。国家、俺たちだけのために働くことを喜びとしてほしい。しなさい。官僚とは、わたしとわたしの内閣にとって、敵ではありません。しかし、味方でもありません。単なる道具です。それでも搾り取られ吸い取られて打ち捨てられる一般国民よりはマシではないか。国民は、国家に奉仕する政府の経営資源であります。限りない資源を無駄遣いしましょう。

(地域の再生)
 目を、地域に転じます。
 ここで目指すべきは、地域の格差を呼び覚ますことです。それぞれの地域が、欠点と難点を持つことが必要です。 そこで知事や市町村長には、権限と責任を持てるようにします。最終的には、地域主権型道州制を目指すと申し上げておきます。どこへ行ってもろくな目に遭いません。
 農林水産業については、食料自給の重要さを改めて見直し、現に道端の雑草を喰って腹を下している人もいますが、一〇〇パーセントの自給率を目指します。農業はもう保護しません。百姓なんざ捨てていかねばなりません。困ったら隣の田畑に攻め込みましょう。そのうち北朝鮮を核攻撃して占領しますが、そんな所で作ったもん誰が喰うか。
 一〇月一日に発足の運びとなる観光庁の任務に、観光を通した地域の再生があることを申し添えておきます。いたるところに関西ヌードの殿堂を。沖縄を慰安所として振興します。地元の全ての女性が観光資源です。
 昨今は、盗撮知事や禁煙知事など、災害が相次いでいます。被災された方は、自業自得というものです。それが痴呆自治というものです。

(持続可能な環境)
 環境問題、とりわけ地球温暖化問題の解決は、今を生きる我々の責任です。昨今の芸人諸君はこの点、実に貢献しております。かく言うわたしも、先ほどから寒いことを申しあげているわけでありますが、これは決してワザとです。
 なすべきは、第一に、これ以上つまらない芸人は必要ないということ。第二に、我が国が強みを持つ『笑点』くらいしか観るものがないことを踏まえ、これを育てていくこと。そして第三に、『浅草お茶の間寄席』も見たいということです。『日本の話芸』は『笑点』のフォローをしていたりして、それじゃダメじゃん。

(誇りと活力ある外交・国際貢献)
 次に、外交について、わたしが原則とするところを、申し述べます。
 日米同盟の強化。これが常に、第一であります。大変に心配であります。不安がいっぱいです。大丈夫でしょうか。おしっこ漏れそうです。このへんは民主党に伺います。
 今後日本の外交は、日米同盟から国連に軸足を移すといった発言が、民主党の幹部諸氏から聞こえてまいります。まあだいたいのところ米国主導的であるとはいえ、事が国家・世界の安全保障に関わる場合、現在の国連は、必ずしも米国の方針に従わずに少数国の方針で左右され得るなど、米国の国運をそのままゆだね得る状況ではありません。 
 日米同盟と、国連と。両者をどう優先劣後させようとしているか。対米盲従で我が国は安泰なのでありましょうか。米国は倒れる前に日本にしがみつき、まず最初に日本を犠牲にするでしょう。それでいいのか。民主党には、日本国民と世界に対し、明確にする責任があると存じます。
 第二に伺います。海上自衛隊によるインド洋での補給支援活動を、わたしは、我が国が、我が国の国益をかけ、我が国自身のためにしてきたものとばかり考えてきました。どうやらそうでもないようです。テロとの闘いは、永久に出口が見えない無間地獄です。儲かるのは毛唐の金持ちだけ、しかも連中は甘い汁を吸うだけ吸ってもう一滴も残してはくれないようです。この時に当たって、日本が、活動から手を引くのはまことに賢明な選択であり得るでしょう。
 民主党は、それでもいいと考えるのでしょうか。手を引きたい、引いた方が良いようだ、しかしそれをわたしの責任において行ないたくはないのです。したがって場合によっては政権交替の相談にも乗らないものでもないのであります。

(おわりに)
 わたしが本院に求めるものは、与野党の政権をめぐる紛争であります。内外多事多難、時間を徒費することは、すなわち国民に対する責任の不履行を意味します。
 今、景気後退の上に、米国発の金融不安が起きています。わたしどもは選挙では負けそうであります。自民党の見込みは、内緒ですが相当に悲惨なものです。できれば解散だの総選挙だのは避けたいものです。てゆうか敗軍の将はごめんです。 どうせ誰がやっても同じなのに負ければ俺のせいだって言うんだろ。
 再び、民主党をはじめ野党の諸君に、国会運営への協力を強く要請します。強要しているのです。強請です。人に物を頼むのにこれ以外の言い方を知らないんだよ。育ちが悪いもんでね。生まれは……ひどいもんだ。恥の多い生い立ちです。こんなわたしをどうか許して下さい。
なんて言うわけねえだろうが。曲がった口は伊達じゃない、食うや食わずの貧民どもが命に賭けて固執するキタナい金のキタナさのそのただ中で生を受けどうせ死ぬまで糞まみれそれならてめえら貧民のアップアップのその姿せせら笑って生きてゆくそれがおいらの運命ならば黙って受けてそのかわり下賎の民の苦しみを更に一層増し加え生死の境を彷徨わせ狂気の淵まで追い詰めてこの日ノ本の神国の破裂潰滅沈没を心の糧の夢として生きてゆかずばなるまいて。
posted by 珍風 at 21:23| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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