2009年01月12日

おおぞらに宙ぶらりんのDNA

たしか1973年頃に日本専売公社(当時)が「宙」という銘柄を発売しまして、これで「おおぞら」と読ませるんですが、はたして「宙」を「おおぞら」と読めるか否かという議論になってたのを記憶しています。結局のところ「読めない」という結論になったようで、専売公社では銘柄名を平仮名の「おおぞら」に変えてしまいました。

ところがこの30年以上前の煙草を未だに保有していてオークションに出している人がいたりするので驚きました。下の写真はそのオークションから無断で引用してきた「宙」の写真。虚空に吸い込まれていきそうな、なかなかステキなデザインです。25本入りなんだね。
oozora.jpg

とはいうものの今では東北大学出版界の会報が「宙(おおぞら)」だったり、腐女子におなじみの宙出版も「おおぞら」と読ませますから、専売公社は何か損をしたような感じもありますが、まあ時効でしょう。

「時効」よ止まれ:未解決事件の遺族、撤廃求め発起人会 東京・千代田

 殺人など凶悪事件の時効撤廃・停止を求める遺族会「宙(そら)の会(仮称)」の発起人会が10日、東京都千代田区で開かれ、全国の遺族に賛同と参加を求めるメッセージ文を発表した。
 発起人は▽世田谷一家殺害事件(00年12月)の宮沢みきおさん(当時44歳)の父良行さん(80)▽みきおさんの妻泰子さん(当時41歳)の姉入江杏さん(51)▽上智大生殺害事件(96年9月)の小林順子さん(当時21歳)の父賢二さん(62)ら5人。この日は4人が集まった。
 メッセージ文は時効について「被害者と犯人を比較した場合、あまりにも矛盾かつ残酷(な制度)だ」とし、殺人など凶悪事件の時効撤廃を訴えた。また、犯人のDNAに人格権を与えて起訴する制度による時効停止が「差し迫る時効を前にした遺族にとって喫緊の問題」と主張。既に時効になった遺族に対して、「無念の思いを遺族の叫びとして、時効撤廃の運動に参加を」と呼びかけている。
 遺族会は、賛同者に2月10日までに連絡するよう希望している。連絡先は〒101−0062千代田区神田駿河台3の1の1大雅ビル7階「宙の会」(03・3292・4141、ファクス3292・4242、メールjikou74@nifmail.jp)【石丸整】

2009年1月11日 毎日jp


こちらでは「宙」と書いて「そら」と読ませるようです。もう何でもありのエニシング・ゴーズであります。大きくても小さくても空は空、どこまで行っても何もないのが取り柄ですが、うちのコンピは「そら」と入力すると「宇宙」と出してくれるので、1文字遡って「宇」の字を消すのが面倒です。「ちゅうのかい」だと「宙の会」になります。その「宙」は無限の時間を表すとも申します。「時効撤廃」にかけているんでしょうけど、時効を廃止するのがいきなり無限の世界に飛び立ってしまうのが何とも大袈裟です。

いくら無限と言っても、その起点には血腥い事件があったり、恨みつらみを永久に引きずって行こうというわけですから、実際には「そら」から連想されるさわやかな印象は微塵もないんですから、名称が「(仮称)」になっているのはもっともな話しであります。しかし往々にしてこの「(仮称)」というのがいつまでも取れなかったするものですが、しかしそれにしても、どうしてみんな同じような名前を付けるんでしょうか。「あすの会」といい「そらの会」といい、会の名称の付け方のセンスは同じです。「宙の会」の場合は実際の「発起人」というかオルガナイザーは小林賢二さんらしいのですが、どうもウラで糸を引く「会の会」があるに違いない。

時効撤廃・停止を求める遺族会「宙(そら)の会」発起人から 〜殺人事件被害者ご遺族の皆様へ〜

 なぜ!私たち遺族はこのように苦しまなければならないのでしょうか。
 殺された本人のことを思うと、無念の極みだろうと胸が締めつけられる日々です。この思いは15年・25年の歳月で薄れることなど全くありません。しかし、刑事訴訟法には時効制度が存在し、15年・25年の月日が流れると犯人は何らの刑罰を受けることなく、堂々と!社会の中で生きてゆけるのです。命の尊さについて、被害者と犯人を比較した場合、あまりにも矛盾かつ残酷です。
 殺された者は再び生きて返ることはありません。しかし、この世に正義が存在するなら、犯人に対し被害者の生命の尊厳に替りうる鉄槌(てっつい)を与えて当然と考えます。そのようにならなければいつまでも殺人という犯罪は無くならないと思います。
 私たちの犯人への憤りは増すことがあっても薄れることはありません。他方、このような殺人事件が一件でも少なくならないかという強い願いがあります。その根底には、殺害された者そして遺族となった私たちと、同じような無念の生涯を味わっていただきたくないという思いがあります。そのためには、時効制度を撤廃し、人を殺害したら死刑に至るという条理が保たれてこそ叶(かな)うものと考えております。
 加えて、現在、未解決殺人事件の中で、DNA等で犯人を特定する資料が残っている事件については、現在の法律をよくよく精査していただいて、起訴に持ち込んでいただきたい。そして、時効の停止を図っていただきたいと強く希望いたします。
 日進月歩で科学が発達し、微物から犯人を特定できる時代になりました。さらに科学が発達する期待の中には、被害者の犯人を見据えた最後の網膜映像が抽出できないか、或(ある)いは、犬の嗅覚以上の科学ロボット犬が開発されないか、さらには、現場の温度や湿度等から定量性のある何らかのデータを基に、その場の犯人映像が復元できないかなどと、一般の人には笑い話でも私たちは真剣な思いで想像してしまいます。微物の鑑識技術の向上や、DNA分野における民族性・地域性が年々明らかになってゆく報道に接して、さらなる科学捜査の発展に大きな期待を抱いております。
 このように発展する科学捜査を考える時、DNAでは犯人を4兆7千億分の1の確率で特定できるのに、時効によってそのデータがゼロ評価になることについては全く理解できないところです。犯人がどこの誰か判らなくても、DNA等で犯人を特定できる資料に人格権を与えて、その人格権を有する者を起訴して、時効を停止する措置は、差し迫る時効を前にした遺族にとっては喫緊の問題です。
 一方、すでに時効になった事件の遺族も、今なおやり場のない消えることのない憤りを持ち続けております。その無念の思いを遺族の叫びとして、時効撤廃の運動に参加し、法律を改正することによって、被害者の“死”は無駄では無かったと墓前に報告出来ればと考えます。
 以上のような遺族のそれぞれの思いを一つの力に結集して、これまで漫然と時効制度を事実上放置してきた国政担当者及び法務当局に対し、“遺族だからこそ”殺害された本人の代弁者として“雄叫び”を上げようではありませんか(殺害された家族の無念の慟哭=どうこく=を声枯れるまで訴え続けたい)。そして、殺人事件に対する「時効撤廃」、さらに、これまでの事件に対する「停止措置」を求めて、遺族の会を立ち上げたいと思います。
 時はこうしていても刻一刻と過ぎてゆきます。時効問題について、昨年9月9日小林賢二、12月13日宮沢良行、12月27日入江杏が訴えたところ、すでに多くの方々から励ましのメールや手紙を頂いております。法務省も少しずつ動き始めようとしています。ご遺族の賛同を得て2月下旬には「第一回遺族会」を、そして5月上旬には賛同者を含めた「全国大会」へ進みたいと考えております。
 ご遺族の皆様の、ご理解とご協力を賜り遺族会参加をここにお願い申し上げる次第です。

時効撤廃・停止を求める遺族会「宙(そら)の会」発起人


「被害者の犯人を見据えた最後の網膜映像が抽出できないか、或(ある)いは、犬の嗅覚以上の科学ロボット犬が開発されないか、さらには、現場の温度や湿度等から定量性のある何らかのデータを基に、その場の犯人映像が復元できないか」というところが面白いのですが、どれも可能性としてはあり得るものの、犯罪の証拠としてはいかがなものか。被害者が最後に見た人物が犯人であるとは限りません。現に犯罪が行われた時点における環境の「何らかのデータ」を誰がどうやって保存するのかよく分かりません。「科学ロボット犬」は『ターミネーター4』に出る予定です。シュワちゃんの顔をした人面犬仕様になる模様。

まあ考えてみればDNAにしても、そのDNAの人物と被害者もしくは被害現場等との何らかの関係を示唆するものではありますが、必ずしも「犯人」を特定するものであるかどうかは疑問です。更には「犯人」であるとしてもそれが「殺人」であったのか「傷害致死」であったのかというあたりはDNAや網膜映像や環境データからは分からないはずで、ましてやロボット犬なぞの感知するところではありません。

この点については「虫の会」は「人を殺害したら死刑に至るという条理」を強調するのみで「殺害」についてやれ「殺意」がどうしたとかいう細かいことには気を遣わない「宇宙」のような心の広さをみせていますが、やはり「死刑」というところが大切で、単に時効制度を廃止するのではなくて「死刑拡張」のための「会の会」の運動の一部として機能することが明確に述べられています。

そこで「宙」という字は誰かのクビにナワをかけて「宙づり」にすることにもかけてあることが分かります。何とも含蓄の深い名称であり、その卓越したセンスには素直に脱帽したり脱力したりしたいものですが、だからといってこんなチョイと気の利いた味な名付け親としての「会の会」というものがある、と言っているわけではありません。なんだか面白い陰謀論みたいで捨て難いのですが、「会の会」という名前にはセンスがありません。

しかしそれにしても「会の会」の陰謀は恐るべきものです。たとえば「チュウの会」の「遺族」は「法律を改正することによって、被害者の“死”は無駄では無かったと墓前に報告」するつもりのようですが、「遺族」の感情としては法改正が行われると被害者が殺されたのが「無駄」でなかったことになるのでしょうか。まことに恐るべき洗脳であります。まるでもう被害者が殺されたのは時効を廃止するためであるかのようです。

しかしそんなこと言うんだったら、法改正がなされたとして、それに最も貢献したのはむしろ犯人の方でしょう。何といっても能動的に動いたのは犯人の方ですから、こっちの方にも感謝の念を表することを忘れてはならないでしょう。他方被害者の方も、殺されることに甘んじることによって死刑の拡大に貢献することが出来た、ということですが、墓の中の被害者がそんなことを言われて満足するとはとても思えません。死人に口なしですから別に良いわけですが、被害者をも手段と見るだけの覚悟がなければ死刑拡張運動なんざ出来やしませんやね。


posted by 珍風 at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。