2009年04月29日

こちらはワールドビジネスジャーナルです

慰安婦問題でNHK番組改編 「自主自律危うくした」BPO検証委

 旧日本軍のいわゆる「従軍慰安婦」問題を特集したNHKの番組が放送前、政治家の意図を忖度(そんたく)して改編された疑いが持たれた問題で、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会(川端和治委員長)は28日、「番組制作の幹部が放送前に政治家らと面談し、前後して改編された一連の行為は、NHKの自主自律を危うくし、重大な疑念を抱かせる」とする意見を発表した。
 ただ、川端委員長は会見で「自主自律をゆがめる改編を外部の圧力で行ったと認定したわけではない」とした。
 番組は平成13年1月放送の「ETV2001 問われる戦時性暴力」で、慰安婦問題を裁く模擬裁判を取り上げた。取材を受けた団体が番組に抱いた期待権を侵害されたとして、NHKなどを提訴したが、最高裁で敗訴が確定。研究者らがさらに検証を求めていた。
 同番組の放送前日、NHK放送総局長らが安倍晋三内閣官房副長官(当時)を訪ね、その前後に修正が繰り返された。こうした経緯について委員会は「何人もの政治家からこの番組のことを話題にされ、有力政治家から公平、公正にと念を押される中で、番組の質より安全を優先することを選んだ」と指摘した。

2009年4月28日 産経


意見書ではいわゆるNHKの「自主・自律」について「公共放送にとってもっとも重要」であり、視聴者はそれについて「期待と信頼」を寄せているとしています。もっともこれは視聴者のそのような「期待権」を認定したわけではありません。どうやらNHKはまたもや「期待」を裏切ったようなのですが、「期待」を裏切られた視聴者の側において権利の行使として何らかのアクションが起こることを想定しているわけではないのです。視聴者に認められているのは、せいぜい「疑念を起こす」くらいのことで、あとは受信料をきちんと払うことが大切です。

番組改編の経緯については、放送制作部門の責任者が直接「政治家(特に名を秘すがバカ殿とアル中)」にプログラムの「主旨」について説明を行って「みずから政治的介入を招いたり、そのすきをつく」ったことを指摘し、国会対策責任者である野島総合企画室担当局長が直接に関与してその指示により番組の改編が行われたことを挙げて、放送制作部門と国会対策部門は、明確な任務分担と組織的な分離がなされるべきであるとしています。

そしてこれら一連の経緯についてNHKの幹部管理職が躊躇した形跡がないことに「強い違和感を抱く」としているところですが、NHKは同日に出されたコメントにおいて早速「違和感」で逆襲しました。

平成21年4月28日
NHK広報部
BPOの意見についてのNHKコメント

 放送した番組は、提案の趣旨を実現したもので、政治的圧力で改変されたり、国会議員の意図を忖度したという事実はありません。  
 放送・制作部門の担当者が、放送前に個別の番組内容を国会議員等に直接説明することは、NHKの自主自律について無用の誤解を与える可能性が否定できず、こうしたことがないよう、より一層留意していきたいと考えています。なお、現在は行っていません。  
 BPOの意見や見解は、放送倫理の一般的な基準として放送界全体に大きな影響力を持ち、NHKとして尊重することは言うまでもありませんが、今回、「番組は完成度を欠き散漫」などと評価されたことは、残念です。放送倫理上の観点から、番組の質を論ずることに強い違和感を覚えます。
 
以上


NHKとしては「政治家」に言われてあわてて改変したんだから「完成度を欠」いているのも仕方がなかったのですし、新たな材料をぶち込むような真似もしましたから構成が崩れてしまって「散漫」になってしまったのもしょうがなかった、と言いたいのでしょう。番組が「完成度を欠き散漫」になってしまったのはNHKの放送倫理にもとる行為が原因だったのですが、今もって幹部管理職は「躊躇」を感じるどころか微塵も「反省」していないようです。

「放送・制作部門の担当者が、放送前に個別の番組内容を国会議員等に直接説明すること」によって自主自律を大いに損なった点についても、それは「無用の誤解」であるとしており、「こうしたことがないよう、より一層留意していきたい」というフザケタ対応でお茶を濁しているので、いくら「現在は行っていません」と言ったところで、BPOの川端さんが「NHKは放送・制作部門の責任者が政治家に放送前の番組の説明をする可能性を今も排除していない」と言っているのも頷けます。

NHKは「政治的圧力で改変されたり、国会議員の意図を忖度したという事実はありません」と言い張っています。「自白」よりも「証拠」に重きを置かなければならない道理です。もっともこの点につては、産經新聞などは大喜びで「ただ、川端委員長は会見で「自主自律をゆがめる改編を外部の圧力で行ったと認定したわけではない」とした。」と書いているところですから、やはり世襲というのはエラいものです。何をやっても許されます。そこら辺が北野誠さんなどとは大いに異なる点であるといえるでしょう。

そういうわけでBPOとしてもNHKにものは言えてもバカ殿やアル中には逆らえませんから、何だかNHKばかりが悪いように言われてしまうのが気の毒でもなんでもありませんが、一方その頃、日本頸部切断連合会でも労働者諸君が見ない方が良い番組のリストを提出しました。

トヨタなど26社が報道番組ランク、1位はテレ東「WBS」

 トヨタ自動車など企業26社で作る「優良放送番組推進会議」(委員長=有馬朗人元文相)が28日、独自のアンケートを集計した報道番組ランキングを公表した。視聴率以外の指標作りを目指す試みで、1位は「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)だった。
 参加企業の社員ら430人に、4月1〜7日に放送された37の報道番組について5段階での評価を依頼、その平均得点で順位づけした。
 1位は「企業・経済情報が充実」、2位の「クローズアップ現代」(NHK)は「キャスターの解説が簡明」、3位の「週刊こどもニュース」(同)は「大人が見ても役立つ」などと評価された。
 誤報が問題となった「真相報道バンキシャ!」(日本テレビ)は19位。3月にスタートした月〜金曜夜の2時間番組「総力報道! THE NEWS」(TBS)は33位と苦戦している。

 ◆37報道番組ランキング
 〈1〉ワールドビジネスサテライト(テレビ東京)
 〈2〉クローズアップ現代(NHK)
 〈3〉週刊こどもニュース(同)
 〈4〉サンデーモーニング(TBS)
 〈4〉NHKニュース7
 〈6〉おはよう日本(NHK)
 〈7〉ニュースウオッチ9(同)
 〈8〉めざましテレビ(フジテレビ)
 〈9〉NEWS ZERO(日本テレビ)
 〈10〉NEWS 23(TBS)
 〈11〉サンデープロジェクト(テレビ朝日)
 〈11〉ズームイン!!SUPER(日テレ)
 〈13〉報道station(テレ朝)
 〈14〉ニュースJAPAN(フジ)
 〈15〉報道特集NEXT(TBS)
 〈16〉めざまし土曜日(フジ)
 〈17〉NHK海外ネットワーク
 〈18〉日曜討論(NHK)
 〈19〉真相報道バンキシャ!(日テレ)
 〈19〉新報道2001(フジ)
 〈21〉やじうまプラス(テレ朝)
 〈21〉みのもんたの朝ズバッ!(TBS)
 〈23〉NHK週刊ニュース
 〈24〉ズームイン!!サタデー(日テレ)
 〈25〉ニュースモーニングサテライト(テレ東)
 〈25〉サキヨミLIVE(フジ)
 〈27〉TheサンデーNEXT(日テレ)
 〈28〉スーパーニュースWEEKEND(フジ)
 〈29〉めざにゅ〜(同)
 〈29〉サタデースクランブル(テレ朝)
 〈31〉ウェークアップ!ぷらす(日テレ)
 〈32〉田勢康弘の週間ニュース新書(テレ東)
 〈33〉総力報道! THE NEWS(TBS)
 〈34〉時事放談(同)
 〈35〉サンデースクランブル(テレ朝)
 〈36〉みのもんたのサタデーずばッと!(TBS)
 〈37〉Oha!4 NEWS Live(日テレ)

2009年4月28日  読売新聞


頸断連の連中が報道番組にあーだこーだとヌカすことに疑問を呈さないばかりか、自社グループの番組の順位に一喜一憂する読売のバカさ加減にも呆れたものですが、ベスト1に輝いた「WBS」のテレビ東京系列の日経では、さすがにそのゴマカシぶりは堂にいったものです。

月尾名誉教授らTV番組独自評価 テレビ東京「WBS」が1位

 東京大学の月尾嘉男名誉教授らは28日、NHKや民放のテレビ番組を独自に評価する「優良放送番組推進会議」(委員長・有馬朗人元文相)を発足させたと発表した。独自のアンケート調査でまとめた番組の評価結果をネットで公開し、「優良な番組を推挙していく」のが狙い。
 協力企業としてトヨタ自動車やパナソニックなど26社が参加。各社の社員400―500人を対象に視聴した番組とその評価を集計する。初回の報道番組ランキングで、平均点順位1位は「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)、2位は「クローズアップ現代」(NHK)だった。
 月尾氏は「社会には多様な番組の評価軸があるべき。視聴率とは別の評価を世間に公表することで、番組の質的向上を促したい」としている。

2009年4月29日 日経


これではまるでこの「会議」は東大の教授がやっているようにみえます。頸部切断企業は単に「協力」をして従業員に思想調査まがいのアンケートを取っているだけのような扱いです。これは読売の間抜けぶりとは全然違うもので、意図的な隠蔽工作であるとしか言いようがありません。まあ1位なんだから、礼儀というものが大切であると考えたものでしょう。正に頸断連御推奨、自民党御用達。実際には参加企業は単なるお手伝いか女中かメイドか山田君のようなものではなくて、「会議」を構成する「会員」であるようです。

「優良放送番組推進会議」が発足

 キヤノンやトヨタ自動車など大手企業26社が会員となって良質なテレビ番組を推奨する「優良放送番組推進会議」(委員長・有馬朗人元文相)が28日発足し、今月1〜7日に放送された計37本の報道番組に関するアンケート調査の結果を発表した。
 会員企業の社員430人が、自分が見た番組について0〜3点までの評価を実施したところ、平均は1.23点。平均点第1位はテレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」(1.84点)、2位はNHK総合「クローズアップ現代」(1.83点)、3位は同「週刊こどもニュース」(1.61点)だった。
 毎月さまざまな分野の番組に関して調査を行い、ホームページ
http://good-program.jp/
で公表する予定。

2009年4月28日 時事


名うての大企業26社の社員、という母集団の大きさにしては430人というサンプルは少ないようにも見えます。1社あたり16.5人でしかありませんが、考えてみれば各企業の役員とかそういう連中でしょう。「より抜きのエリート」が下々のために「優良」な番組を推薦してくれるというわけです。有り難くてなりません。こんな番組を直視すると目が潰れてしまいます。

もっとも昔はTVでも観るか、TVしかねーや、という時代ですけど、そんな「デモシカTV」は過去の話しです。TVの影響力は低下し続けており、今や誰一人TVなんか観ていません。「デモシカ」とかゆーシロモノに黄色の(透ける)スクール水着を着せたってダメです。ちょいと気のきいた人や目も覚めるような美女に限って「WBS」なんか観ていません。そういう人たちは「WBJ」を読んでいるんです。そうでしょ?
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2009年04月28日

フェーズ6の世襲社会で本当にあった心温まる話

【FNN合同世論調査】「世襲制限は不要」41%

 25、26両日実施の産経FNN合同世論調査で、与野党内で議論されている政治改革についても意見を聞いた。
 衆院で480人、参院で242人の国会議員定数の削減については85・8%、国会議員出馬の「定年制」も78・5%がそれぞれ「必要」と答え、大勢を占めた。
 また、民主党が小沢一郎代表の公設第1秘書が西松建設からの違法献金事件で逮捕、起訴されたのを受けて、次期衆院選のマニフェスト(政権公約)に盛り込む方針の「企業・団体献金の全面禁止」については68・5%が賛成した。
 国会議員の子供などが同じ選挙区から出馬する「世襲」の制限は「必要」が51・9%だったが、「必要ない」も41・5%あった。

2009年4月27日 産経


なかなか産経らしい記事です。「「世襲」の制限は「必要」が51・9%」だったのですが、「「必要ない」も41・5%あった」んだそうです。それでもって見出しは「「世襲制限は不要」41%」ということになります。

これは何も産経が「世襲」に大賛成だとかそういうわけでもありません。同じ日に「政治部長」の乾正人さんが「今の政界は門閥が幅をきかせ過ぎている。最も大きな理由は、政界への参入障壁が高すぎることにある。世襲議員しか首相になれないようでは、政界への人材供給はますます先細りになるだろう。」と書いている通りです。もっとも「参入障壁」が高いのは主に自民党でありまして、「政界」に入りたいのでしたら他にも共産党とか社民党もありますから、その辺から狙ってみてはどうか。

もちろん乾さんが心配する通り、現在の内閣では3分の2が世襲であり、自民党の議員の3分の1は世襲だったりして毛並みの良さを競っている状態ですから、ビンボー人はせいぜい2ちゃんねるで「応援」するくらいしか能がありません。こんなのに比べるとまだ芸能界の方が可能性があります。今日は1人の「ファン」にしか過ぎないあなたでも、才能があれば、そしてフェイスがちょっと可愛くて誰とでもセックスできれば、お父さんの職業とは関係なくチャンスはあります。しかし自民党ではそうはいきません。明らかに何の才能もなく、誰もセックスしたがらないような凄惨なおツラでも、お父さんが総理大臣でもやっていれば大丈夫です。

乾さんの心配は、多分優れた人材が民主党なんかに行ってしまうことを危惧しているのであると思われますが、そのくらいなら何でもない、という言い方も出来るでしょう。それに考えてみれば、世の中を動かしているのはなにも政治家には限りません。ある人は単なる外国帰りのホモかと思われていますが、CIDのスパイだったりします。彼の姉の夫は天皇の御学友でそのお母さんのお父さんはメーター屋の創業者、もちろんそいつの餓鬼も跡を継いでおります。

「世襲」がどうのこうのと言うのであればこういうところまで問題にしなければなりませんが、まあ、いろいろ差し障りがあるということであれば別に良いですし、スパイという職業は世襲にはしないんのが普通なんでしょう。作家になっても今では誰にも読まれない「孤独の人」になってしまうのも寂しいものです。しかし別に政治家にならなくても実質的に世の中を動かして利益を手中にする一部の人たちの仲間であることは可能なのです。

世の中「世襲」だらけであって、「参入障壁」は何も「政界」だけとは限りません。実際に経営者の子女でなければ経営に参画することが出来ないような企業はゴマンと存在します、てゆうか企業なんかを含めた「世襲」のネットワークが世の中の上の方には張り巡らされているのが実情であるようです。

 「「父や母が議員だと立候補が著しく制限されれば、法の下の平等をうたう憲法に違反するはずだ」という世襲議員の言い分にも一理ある」という乾さんは他ならぬ「世襲」でドタバタした産経には似つかわしくない程に自民党に同情的です。一理も二理もありません、実際には「父や母が議員だと」色々な方面において驚く程有利なのは近所の市会議員や村会議員の割り算も出来ないバカ息子の境遇を見れば一目瞭然でしょう。

もっともこのような社会的不平等を解消することは困難ですが、これからもたらされる弊害を軽減するために経済的な政策をとることが出来るかも知れません。例えば経済的格差を縮小するための政策は一部富裕層の力を削ぐことによって社会的な意味を持ちます。また大多数の国民が一部の人々にその生存を依存することのないように生活保護を極端に拡充するとか、ベーシックインカムのような考えかたもまたそこに意義を存します。

もっとも、こんな税制の鼠小僧的な運用によっては根本的な解決にはならないことは明らかですし、みなさん折角「平等」だとか普段にも似合わないことを言っているんですから、いっそのこと国会議員だけでなく地方議員も世襲を禁止してしまった方が良いでしょうし、企業経営者の世襲も禁止すべきでしょう。それどころか政治家の親族については一定の範囲である程度以上の規模の企業に就職することを禁止したり、経営者の親族が政治家になることも禁止するのがよろしい。そういう連中の子弟が集まりがちな学校にも入学制限を設けましょう。

そういうことをすると「国力」が落ちそうですが、そんなものは上がったところでこっちにはちっとも回ってこないのでどうでもいいです。金持ちの餓鬼共がやることがなくなって無為徒食の生活を送ることになりますが、無為徒食によって消費してもらえばそれでいいわけです。小人閑居して不善をなすとか言いますから、連中が碌でもないイタズラをしかねないという懸念もありますが、社会的影響力のある地位に就いて不善をなすよりもベターです。むしろ芸術方面に進む連中が増えるんじゃないか。「萌え」とか「アニソン」以外にもうちょっとマシなことをやってもらいたいものです。

その点で石原慎太郎さんちは興味深いものです。4人の男の子のうち2人が政治家を世襲していますが、後の2人はどこからどう見ても掛け値なしの無為徒食を実践しています。後の2人にも見習ってもらいましょう。石原宏高さんは石原裕次郎の養子にするという話しもあったくらいですから、俳優になってしまえばいいでしょう。「石原裕次郎」を襲名することも考えられます。そのくらいの世襲はこの際許してしまっても良いかもしれません。どうせあのフェイスでは脇役です。3代目になるんですか?なんかコロンビア・ローズみたいですが。伸晃さんはヨットにでも乗っていてもらえばよろしい。戸塚宏さんとヨットで世界一周の旅に出て、そのまま消息を絶ったりするとカッコいいですよ。
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2009年04月27日

GOGO悶々 後退する世界

加護亜依さんはもう20歳なのに、未だに葉巻を吸ったとか煙草を吸ってないとか、一体何なのか、サモ・ハン・キンポーも骨と皮ばかりになってしまいそうな世界です。

加護亜依、断れなくて葉巻吸いました

 元モーニング娘。の加護亜依(21)が25日、東京・渋谷シアター・イメージフォーラムで行われた香港映画「カンフーシェフ」の初日舞台あいさつに出席した。
 未成年でありながら2度の喫煙で引退危機に追い込まれたが、昨年4月に芸能活動を再開。復帰作でいきなり海外デビューし、「自分の人生ってすごくおもしろい」。初アクションには「あの当時の自分は『何でもやってやる!』と、意気込みが強かったので楽しめました」と振り返った。
 撮影中、共演したサモ・ハン・キンポー(57)にタバコを勧められたといい、「断れなくて吸いました。葉巻なんですけど、苦かったです」。また、不倫が報じられた俳優、水元秀二郎(33)の元妻(25)から慰謝料の支払いを求められたことには、「調停中のため本人の口からお話しできない」(関係者)として、無言で立ち去った。

2009年4月26日 サンスポ


だからといって加護ちゃんが全裸になるというわけではないのですが、ジャッキー・チェンとも共演している水元秀二郎さんとは「不倫」をなさるそうですから、「フリン」と「フリチン」の差はほんのわずかなものでしかありません。

まあ草gさんも含めて皆さん国際的にご活躍で大変結構なことである、ということなんですが、「国際」にはいろんなのがいますから気をつけるにこしたことはありません。例えば、産経が大喜びで伝えるところによると、一部地域では「過激な性教育」が行われている模様です。

駆け落ち男女を公開銃殺 アフガン南西部でタリバン

 アフガニスタン南西部ニムルズ州で13日、親の意に反して関係を持ち、駆け落ちした若い男女が反政府武装勢力タリバンに公開銃殺された。AP通信などが伝えた。
 2人は19歳の女性と21歳の男性。隣国イランへの逃亡を図ったが、親の依頼を受けた住民に見つかって連れ戻され、親がタリバンに引き渡した。
 アフガン南部はタリバンの影響が強く、2001年以前の旧政権時代に国際社会の批判を受けた投石による公開処刑や、むち打ちが今も行われることがある。(共同)

2009年4月14日 産経


こんなことでは加護ちゃんは生きていけませんが、また別の地域では寡婦を焼き殺すそうですから水元さんの元奥さんと言えども安心は出来ません。しかし女性の喫煙や「不倫」が非難されたり慰謝料を請求することが出来るようになっているのは、要するにこういうことの「文明化」されたソフトな形態であるとも考えられます。

このように世界中どこへ行っても似たり寄ったりの野蛮極まる風習が猖獗を極めているところですが、世界規模の経済格差の拡大の進行が人々をして伝統文化への回帰に追いやっているとかいないとか。もっとも人手を必要としなくなった生産の現場から女性を切り離して家庭に束縛し、専ら労働力の再生産に従事させるのは現代の産業構造に適合的ですし、社会的な序列に従属する伝統的な価値観は資本の要請にもかなうものでしょう。

そこで例えば「自由と民主主義」でおなじみのアメリカにおいても国家をあげて中世に回帰していたことが明らかになったりもするわけです。

「拷問」で混乱広がる=大統領、収拾に苦慮−米

 【ワシントン25日時事】ブッシュ前米政権下で問題化したテロ容疑者に対する「拷問」をめぐり、米政界に混乱が広がっている。「拷問」を正当化した前政権作成の機密文書をオバマ政権が開示したのをきっかけに、保守、リベラル勢力がそれぞれの立場で批判を展開。オバマ大統領は収拾に苦慮しており、対応にぶれも目立つ。
 1月の就任直後に拷問を禁止し、4月16日に機密文書開示に踏み切ったオバマ大統領は、前政権の「恥部」をさらけ出し、同じ過ちを繰り返さない姿勢をアピール。一方、拷問の実行者を訴追しない方針も示して軟着陸を図ろうとした。
 これに対し、前政権高官や共和党保守派は「文書開示で米国の安全が低下した」と批判。民主党リベラル派や市民団体は逆に、事実調査と刑事責任追及を強く要求した。大統領は、元高官の訴追の可能性や独立調査委員会の設置に言及してリベラル派に配慮を示したが、保守派から「魔女狩りをすべきではない」と猛反発を招いた。

2009年4月25日 時事


こんなとこにも「エコ」が。「米国の安全」が「水責め」やら「毛虫責め」、殴打や睡眠遮断という「地球にやさしい」手段をもって守られていたというのは意外なことです。今や核やらミサイルは時代遅れなのです。ホースと水道代が国防費として請求されるのが21世紀です。もっとも拷問の手段としては「中世の魔女狩り」の時代のようなロマンティックな洗練にまでは達していないようです。

もっともアメリカでは拷問者の仮面を剥ぐことをもって「魔女狩り」と称するようですから、議論の混乱は必至であります。それどころかCIAにやさしいオバマさんに変わってブッシュ政権の高官を訴追しようとしているのは、なんと異端審問と人間唐揚げ椅子で有名な本家本元スペインだったりするのです。

拷問関与で元米高官らの訴追検討 スペイン判事

 【パリ29日共同】スペイン全国高裁のガルソン予審判事は29日までに、キューバ・グアンタナモ米海軍基地にあるテロ容疑者収容施設の拘束者への拷問に関与したとして、ブッシュ前米政権のゴンザレス大統領法律顧問(元司法長官)ら高官6人の訴追手続き開始を検討していると明らかにした。この件を告発したスペインの弁護士らが語った。

 スペインの法律は、拷問など人道犯罪については、国外の犯行でも同国での訴追を認めている。ゴンザレス氏らがスペインの法廷に立つ可能性は低いとみられるが、ガルソン予審判事は、左翼活動家の弾圧などをめぐり1998年にチリのピノチェト元大統領を英国での逮捕に追い込んだことで知られており、今後、国際的に波紋が広がる可能性もある。

 訴追が検討されているのは、ゴンザレス氏のほかチェイニー元副大統領の側近や司法省、国防総省の高官。弁護士らは拘束者への水責め尋問などを「拷問」と主張、実施に際して高官らが法的裏付けを与えたとしている。

 高官らは「訴追は無意味」などと意に介さない姿勢を示している。

2009年3月29日 共同


彼らが「意に介さない」うちに早いとこ取っ捕まえないと地の果てまで狩り挙げなければなりませんから大変ですが、元ナチス高官に準じた取り扱いをすべきことになるでしょう。もちろん連中を捕まえても拷問にかけたりしてはイケナイのですが、被告人の立場に最大限譲歩して「拷問には当たらない効果的な尋問」を行うのは寛大な措置であるということが出来るでしょう。
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2009年04月25日

日本アルコール医学会のハッテンについて

申し訳ないんですが、僕もそれなりに忙しかったりするので、男の裸につき合っている暇なんかありません。まあこれが松浦亜弥さんが全裸で騒いでいる、という話しだったら僕も何をおいても走って現場に駆けつけたところです。しかしこれが杉本彩さんが全裸で何か喚いているということだったら走って逃げます。僕は弱い男です。

昨日の読売新聞の「編集手帳」によれば

テレビ画面に結ばれた美しい像が現実の手で破られることは、いまもままある。


んだというので、ちょっと小粋でとんでもなく野暮な僕は、これは「青春」の話しかと思ったんですが、世間の人々はどうももう違う話をしているんだそうで。どうもこれは草薙剛さんが逮捕された件を過剰に報道する事情の説明のようなものであるようです。

呼び捨てではなく、「クン」を付けずにはいられない清潔感と温かい人柄がにおう人に、深夜の公園での泥酔、全裸は似合わない。


「吉川クン」と「加藤クンクン」に次いで「クン」を「付けずにはいられない」のが草gさんなのです。もっとも国会などでは清潔感のかけらもないような人たちに「クン」を付けまくっていますから、相変わらず新聞はアテになりません。もっともアレは「クン」ではなくて「君」であるとか、「クン」ではなくて「クソ」であるとか、様々な見解があるといいます。

そこで僕も吉例により草gさんを「クン」付けで呼ぶことにしますが、草g「クン」には「泥酔」とか「全裸」は「似合わない」ものであるというのが読売新聞の見解であるとされています。もっとも「全裸で泥酔」が「似合う」人は誰なのかよく分かりません。例えばSMAPであれば、深夜の公園で全裸で大騒ぎするのにいかにも似つかわしいのはどの「メンバー」でありましょうか、というような余計なことを考えさせられる、という点において「編集手帳」もなかなかリッチな文章を書くものではあります。

「編集手帳」によれば、要するに草g「クン」は見かけによらない=「テレビ画面に結ばれた美しい像」に矛盾することをしたので報道価値がある、と言いたいようです。そんなことを言い出したら井上まー「クン」も普段は仮面ライダーに変身しない点を非難されかねませんが、草g「クン」においてはテレビドラマの特殊効果に関係なく通常から「いいひと。」である、という情報をもTVを通して僕たちに知らされている、というところがちょっと特殊なのです。

例えば彼が演じる「地上デジタル放送推進キャラクター」などは、そのキャラクターイメージを利用した例です。ほんの一部の人々の利権のために多数の国民に無駄な出費を強いるという話しですから、批判されるのは必至であるところ、草g「クン」の「清潔感と温かい人柄」をキャラクターとして使用すれば多少は一般視聴者の反感も和らぐのではないか、という期待がかかっているものと思われます。これが「河内家デジタル」だったら目も当てられないことになっていたのは火を見るよりも明らかです。

鳩山総務相、草ナギ「最低人間」発言撤回、「最低最悪の行為」と言い換え…火に油?抗議やまず

 鳩山邦夫総務相(60)は24日、地上デジタル放送の推進キャラクターを務めるわいせつの疑いで逮捕されたSMAPの草ナギ剛について、逮捕当日に「最低の人間だ」と酷評した発言を撤回した。「はらわたが煮えくり返り、言ってはいけないことを言った」と釈明し「最低最悪の行為」とあらためた。それでも、総務省や鳩山事務所には抗議が相次ぐなど連日の“大炎上”となった。
 一夜にしてあっさりと白旗を掲げた。鳩山氏は閣議後の会見で「はらわたが煮えくり返って、言ってはいけないことを言いました。『最低の人間』と言ったのは言い過ぎた。取り消して率直に反省します」と発言を一転させた。
 国を挙げてPRする地上デジタル放送推進キャラクターを務める草ナギの事件に烈火のごとく怒った23日。記者団に「最低の人間としか思えない」「めちゃくちゃな怒りを感じる。絶対に許さない」と吠(ほ)えまくったが、発言が報道されると、総務省や鳩山事務所に「言い過ぎだ」など抗議が殺到。草ナギファンを含めた国民から総攻撃を受ける形となった。
 発言撤回について「(地デジ推進への)期待が大きかっただけに失望も巨大だった」と弁明した。「人間は人間を評価できない」ともっともらしい説明を続けたが、「最低の人間ではなく、『最低最悪の行為だ』と言い換えさせて頂きたい」と結んだ。
 これが「火に油」になったのか。抗議の電話は鳴りやまなかった。
 総務省は「前日(23日)も発言を撤回した今日も同じ。職場の電話が鳴りっぱなしです」(同省政策評価広報課)と話す。抗議件数は公表しなかったが、対応した職員4人が通常業務がほぼできなかったほどだという。
 抗議の中には「『最低の人間』と言う大臣の方が最低だ」などと感情的になる人も。「草ナギさんを地デジキャラクターから降ろさないで」と続投を望む声の一方で、「なぜ発言を撤回したのか」と鳩山氏を支持する意見が少数あったとしている。
 同課は23日の時点で今回の事態を大臣側近に報告。鳩山氏が発言撤回に至ったとみられる。
 「草ナギさんは国民的人気があり、日韓友好にも力を尽くしている」とフォローしたが、あとの祭り。最近では、かんぽの宿譲渡問題で存在感を示してきたが、今回は大きく株を落としたようだ。
 「草ナギさんも反省して出直してほしい」とエールを送ったが、地デジキャラクターについては「(降板は)やむを得ず、選び直すことになる」と述べた。

2009年4月25日 スポーツ報知


鳩山邦夫さんを「最低」と決めつけるのは「感情的」かも知れませんが、「最低」に近いあたりにいらっしゃることは間違いありません。ともあれ草g「クン」のキャラクターが地デジ「推進」のキモであったことは、鳩山さんが一声高くポッポッポーと「烈火のごとく怒った」ことからも充分伺えます。なにしろ地デジで何かちょっとでもマシなところがあるとすれば、それは「草g『クン』」だけだったのであり、「草g『クン』」の仮面が取れて露になった「地デジ」の「地」などは、とうてい人々の受け入れる余地のないものなんですからしかたありません。

従って「事件」の影響が高度な政治性を帯びているところ、ツマラナイことで国策の遂行を妨害する結果となってしまった赤坂署としてはわざわざ家宅捜索までおこなったものです。深夜の公園で歌を歌っていたからといって家宅捜索までするのは異例中の異例に他なりませんが、警察としてはこれで何らかの違法な物質でも見つかれば言い訳になるものと思ったんでしょうが、何か出て来たところで別方面からの影響力の行使があったりするものと考えられますから、結局は無駄なことであったと言うことが出来るでしょう。

もっとも草g「クン」自身に取ってみれば、「地デジ」のとばっちりを受けて一部地域では「好感度」がダウンしていたところ、国家に利用される鼻持ちならない善人面が多少なりとも剥がれたということで、結果的にはプラスになるのではないかと思われます。その一方では彼の従来のキャラクターを修復しようとする一種の「同情論」のようなものも出現していることにも注意すべきでしょう。

ここに「待ってました」とばかりの“異見”あり。石原東京都知事が、この日の定例会見で“擁護”する発言を行った。「いろいろフラストレーション(欲求不満)があったんだろうね。裸になりたい気持ち、分からないでもないな、オレは…」。さらには「ちょっと騒ぎすぎじゃないか!?」と付け加えた。草なぎを堂々とかばった。

2009年4月25日 サンスポ


「裸になりたい気持ち」が理解できる、というのはおそらくかなり特殊な「意見」に属すると思われますが、石原さんの発想というのは割と頻繁に「裸体」や「陰部」が露呈される世界ですから、「文学的」な「素養」の「ない」人には「理解」できないかも知れません。「フラストレーション」で裸になっちゃうんだったら夜の公園は裸の男達だらけになってしまいます。事実そのような公園がないわけではありませんが、それはそういう意味でフラストレーションを抱えた人たちではありません。

そういえば草g「クン」にもその手のウワサがないわけでもないのですが、事務所が事務所なので何ともいえないところです。「女性にモテないだけ」という辛辣な意見も一部には存在します。しかし日本の芸能界というのは不思議なところで、同性愛者は沢山いるのに「オカマ」キャラの人以外でそれを公にしている人はいません。西欧では「聖林」や往年のロックスターが盛んに行った「御乱行」も、日本では重大事件です。

もっとも日本人一般が普段からあまり法に触れるようなことをしでかさない、というのは事実ですから、ちょっと裸になったくらいで大騒ぎするのも「犯罪」の少ない社会としては当然のことかも知れません。一部の人が示唆するようには犯罪が増えているわけではなく、多くの人は他の人の犯罪について読んだり聞いたりして溜飲を下げているところです。そいでもってそれは「同性愛」のような、別段それ自体触法的ではないことについても公表をはばかるような社会では、「報道」というものもあるいは必要なことなのかも知れません。

しかしながら草g「クン」の「事件」は、はたして人々の「溜飲を下げる」程に華々しいものであったか、というと甚だ疑問とせざるを得ません。そのくらいのことは、自慢じゃないが、やった、でしょ?全裸は寒いからちょっとアレですけど、ズボンの「社会の窓」から陰部を「社会」に向けて露呈しながら夜道を歩いたとか。あと、ミニスカじゃない女の人はパンティが小さい場合が結構多いし、足首丈のロングの場合は大抵パンストをはいていないので「深夜の公園」などでは便利な場合が多いのですが、そういうことはあまり関係ないか。

まあそういうわけで(どいういうわけだ)、「深夜の公園」というのは市民の「憩いの場」なのです。そこでは多少のことは不問に付すことが大切なのであって、それが表向きの厳格な規範を守ることにもなるのです。だから強姦とか殺人とか明らかに個人の権利が侵害されている場合はともかくとして、多少ウルサイというくらいでウルサイことを言わないのが都市住民ならびに所轄警察の暗黙の了解になっています。とにかく公園で全裸でオマンコしていても、オマワリさんに注意はされますが逮捕されることはありません。てゆうかありませんでした。まあ、すぐに止めて服を着ましたけど。オマワリさんに見られながら腰を使い続けるような剛の者については、僕にはわかりません。僕は弱い男です。

しかし今回草g「クン」逮捕に至った「通報」の状況には多少の疑問を呈せざるを得ないものがあります。報道によれば草g「クン」は全裸でベンチに座って、得意の「韓国語」の「歌」を歌っていたとされています。これによれば通報者並びに受報者は、公園で歌を歌っている人が「韓国人」であったと解釈したものと思われます。この時点では「事件」は「外国人が騒乱している」という、「治安上大変に問題となる状況」であると認識されたものと考えることができるのです。

ものは言いようでして、通報者の通報がどのようなものであったのか、興味のあるところです。「韓国人が歌を歌っていてうるさい」というのと「酔っぱらいが喚いてる」というのとでは、警察の受け取り方としてはだいぶ違うものであると思われるのです。いずれにしても「深夜の公園」のことですから、それは都市住民の「夜」なのです。それが直ちに「昼」の世界での動きに直結するものではありません。もちろん警察としては「前兆」としての「夜」を取り締まりたいのでしょうけど、それに一般人が協力する筋合いは何もありません。

仮に午前3時に草g「クン」の高歌放吟が五月蝿かったとして、そんなことは公園に隣接する都市住民として当然に甘受すべきことであると思われます。そういうのがイヤだったらもっと郊外に行けば良いのです。都心部の家賃は安いものではありません。郊外住宅物件の家賃に都心部までの交通費をたしてもお釣りが来る程度であると考えられますので、是非ともそうすべきです。都会はウルサイものであり、静穏な生活を求める人は別の場所に行く必要がありますし、それを妨げる経済的な事情は認められないのです。

深夜でも車が通り人が行き交う、あるいは大声で話し、歌を歌い、喧嘩が始まる。絶え間ない騒音。理解できない言語によるシュプレヒコールとガラスの割れる音。ネオンの光と火炎瓶に機銃掃射。断末魔の絶叫と団地妻の絶頂。何か物が壊れる音と振動。サイレンとホイッスルと怒号。そういうものがないと静かすぎて眠れない、というのが都心で暮らす人間の条件です。さっき引用した「編集手帳」の冒頭はこんな風です。

NHKで「バス通り裏」というテレビドラマを放映した昭和30年代のことという。新潟県の農家から若い嫁が失跡した。ひと月ほどして、うちしおれて戻る。「どこにいたのだ」と聞くと…

「バス通り裏」は善人ばかりで、いつも愉快に暮らし、たいして働きもしない。私は一生を、田んぼの泥んこの中で終える。あの街にあこがれて上京した――そう答えたと民俗学者、宮本常一の「女の民俗誌」にある。


警察が通報によって動いて、それで草g「クン」の逮捕に至ったのだとすれば、それは「一生を、田んぼの泥んこの中で終える」べき人間が間違って都会に出て来てしまい、夜の物音といえば狐が鳴いているだけ、という環境が都心部に再現されていないことに憤った結果であると言うことも出来ます。「善人ばかりで、いつも愉快に暮らし、たいして働きもしない」、そんな「バス通り裏」は「テレビ画面に結ばれた美しい像」に過ぎないんですが、「平穏な生活」も「スペクタクル」なのです。何百万の家賃を払っても朝鮮の歌が聞こえてくるのが気に入らなければ「うちしおれて」「田んぼの泥んこの中」に帰った方が良いでしょう。
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2009年04月21日

「有名なキティーちゃん」ですよ

ご存じなかったんですか?あ、そう。何を隠そう観光親善大使である。日本人も混乱しておるようだな。管理が必要だ。

【毒物カレー事件】最高裁判決全文

 林真須美被告に対する殺人、殺人未遂、詐欺事件の判決は次の通り。

 【主文】
 本件上告を棄却する。

 【理由】
 弁護人安田好弘ほかの上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお、所論にかんがみ記録を精査しても、本件につき、刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
 すなわち、原判決の是認する第1審判示第1の殺人、殺人未遂の事実は、自治会の夏祭りに際して、参加者に提供されるカレーの入った鍋に猛毒の亜砒酸を大量に混入し、同カレーを食した住民ら67名を急性砒素中毒にり患させ、うち4名を殺害したが、その余の63名については死亡させるに至らなかったという事案(以下「カレー毒物混入事件」という)であるところ、被告人がその犯人であることは、(1)上記カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜砒酸が、被告人の自宅などから発見されていること、(2)被告人の頭髪からも高濃度の砒素が検出されており、その付着状況から被告人が亜砒酸などを取り扱っていたと推認できること、(3)上記夏祭り当日、被告人のみが上記カレーの入った鍋に亜砒酸をひそかに混入する機会を有しており、その際、被告人が調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていることなどを総合することによって、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されていると認められる(なお、カレー毒物混入事件の犯行動機が解明されていないことは、被告人が同事件の犯人であるとの認定を左右するものではない)。
 また、その余の事実についても、被告人の犯行(一部は夫、健治との共謀による犯行)と認めた第1審判決を是認した原判決は、正当として是認することができる。
 本件は、上記カレー毒物混入事件のほか、いわゆる保険金詐欺にかかる殺人未遂事件および詐欺からなる事案であるところ、とりわけ、食物に毒物を混入して無差別の大量殺傷を敢行したカレー毒物混入事件の罪質は極めて悪く、態様の卑劣さ、残忍さも論をまたない。
 殺害された被害者は、夏祭りを主催した自治会の会長(当時64歳の男性)および副会長(同53歳の男性)と、女子高生(同16歳)および小学生の男児(同10歳)であるが、いずれも何ら落ち度がないのに、楽しいはずの夏祭りの最中、突如として前途を断たれたものであって、その無念さは察するに余りある。遺族らの処罰感情が極めて厳しいのは当然のことである。
 また、最悪の事態は免れたものの、生死の境をさまよった重症者も多数に及び、その中には長期間後遺症に苦しんでいる者も存するのであって、その結果は誠に重大であるところ、同事件が、地域社会はもとより、社会一般に与えた衝撃も甚大であるといわなければならない。
 そして、被告人は、カレー毒物毒物混入事件に先立ち、長年にわたり保険金詐欺にかかる殺人未遂などの各犯行にも及んでいたのであって、その犯罪性向は根深いものと断ぜざるを得ない。しかるに、被告人は詐欺事件の一部を認めるものの、カレー毒物混入事件を含むその余の大半の事件については関与を全面的に否認して反省の態度を全く示しておらず、カレー毒物混入事件の遺族や被害者らに対して、慰謝の措置を一切講じていない。
 以上のような犯情などに照らせば、被告人の刑事責任は極めて重大であるというほかないから、カレー毒物混入事件における殺意が未必的なものにとどまること、前科がないことなど、被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても、原判決が維持した第1審判決の死刑の科刑は、当裁判所も是認せざるを得ない。
 よって、刑訴法414条、396条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 平成21年4月21日
 最高裁判所第3小法廷

2009年4月21日 産経ニュース


争点は色々あるようですが、ひとつは「カレーに混入された」亜砒酸と林さん家にあった亜砒酸が同じものであったかどうか。検察側は同一のものであると言っていますが、弁護側はそうであるとは限らない、としています。この点について最高裁の判決は微妙な表現をとっています。それらは「組成上の特徴を同じくする」のです。すなわち100%同一であるというわけではないのです。しかし違う物質であるとも言っていません。したがって実際には、カレーに入っていた亜砒酸は林さんが家から持って来たものではない可能性があるのであり、判決はその可能性を完全に排除していません。

たしかこの話しは、安定同位体の比率で産地が特定できるとかいうことだったと思いますが、それだけのことであればせいぜい同じところから購入したとか、その程度の類似性に留まるのではないかという気もします。また、眞須美さんの頭髪から検出されたという砒素について、これの組成がどのようなものであったのかという点については何も述べられていません。てゆうか自宅では亜砒酸として存在していたものが髪の毛につくと還元されて砒素になるんですか。よくわからん。

いずれにしてもカレーの亜砒酸と家にあったのが似ているのであれば、髪の毛についているやつも似ているはずであり、「組成上の特徴」において顕著な類同性が認められるのであれば当然にそれを証拠として掲げるはずのところですが、そういうことにはなっていません。頭髪から検出された砒素は、単に眞須美さんが普段から砒素を取り扱っていたということの証拠にしかなりません。

しかしながら眞須美さんが砒素を取り扱っていたのは伊達や酔狂ではなく、「いわゆる保険金詐欺にかかる殺人未遂事件および詐欺」のために取り扱っていたことは判決も認めているところです。したがって本件と殺人未遂事件および詐欺事件を並んで取り扱うためには、単に手段の類似性だけではなく、犯行の目的においても同一性を認めるのでなくては、「とりわけ」などという書き方は出来ません。「とりわけ」というのは同種のものの中から特に甚だしいものを例として取り上げるときに用いられる語ですが、保険金詐欺とカレー殺人とを同種の犯罪であるということは出来ないのです。

「いわゆる保険金詐欺にかかる殺人未遂事件および詐欺」において眞須美さんと健治さんは確かに相当なことをやってのけるようなのですが、それも金銭的利益のためであり、その罪質は悪いものであって様態は卑劣であり場合によって残忍なものです。

しかし自治会長やら副会長やらを殺害するとして、保険金でもかかっていればともかく、そんなことをしても一銭にもならないとしたらどうでしょうか。仮に眞須美さんがそれを行ったとするならば、その様態は卑劣と言うよりは愚劣であり、残忍さよりも残念さが論をまちません。

この辺について判決では単に「犯行動機が解明されていない」としていますが、これは単に「動機がわからない」というに留まっていません。それどころか被告人の「根深い」「犯罪性向」に照らしても明らかに矛盾する犯行である、ということを意味します。のたうち回って嘔吐しながら保険金を詐取する林さんが、何の得にもならない相手のために手持ちの毒物を消費するのかどうか。しかもその消費量は常日頃砒素を取り扱い、あまつさえ人体に投与する経験を豊富に持っていた被告人にしてはずいぶん無駄に多いものであったと言います。

なおこの「動機」について、テリー伊藤さんは「ゴミを川に投げて近所から批判され、復襲したい思いがあったわけで」、拝啓おふくろ様、と述べていますが、詐欺によって余裕のある暮らしをしていた林さんがそのくらいのことを大量殺人の動機とするかどうかは分りません。もっともテリーさんもビンボーはしていないようですから、まあそれなりに考えてのことでしょう。いずれにしても命の惜しい人はテリーさんが川にゴミを捨てても批判しないようにしたいものです。

被害者遺族は「動機が分からないままなのは納得できない」と言っていますが、その点は僕も同様です。苦情は検察へ。那須さんも動機が分らないことについては不問に付すことにしましたので、「納得」は無理です。てゆうか那須さんは「疑わしきは被告の利益に」とか「合理的な疑いを超えた証明」がどうだとか言った舌の根も乾かないうちにこれですから、30歳以上は信じられません。僕は46歳ですが、人間30を越すと年齢を誤摩化すようになりますから、年齢すら信用できません。本当は26歳です。

で、こういう場合、状況証拠によって犯人を断定しているんですが、これが可能なのは状況、ことに登場人物がすべて明示されている場合、出来ればカバーの袖に主要登場人物が書いてある場合、要するに事件が東京創元社や早川書房の出版物に書いてある場合には可能です。もちろん「現実という書物」を、読もうと思えば読むことが出来る検察にも可能ですが、こういってはナンですが他人の書いた批評を読んだだけで本の感想文を書くような裁判官の立場では、このような推理法は大変に危険です。

しかし問題は、いや問題なんかひとつもありません。お手本があるだけです。このように証拠が「弱い」場合、しかも被告人が水を撒いたりする場合において、裁判員諸君はともすれば有罪、しかし刑は軽く、という折衷案をとるかも知れません。これは理屈に合わない判断です。もっとも自信のない判決の場合に被告人の命だけは奪わずにおこうというのは極めて自然であり、あとあとのことまで考えれば極めて合理的な判断であるともいえるのですが、司法は自らの可謬性の痕跡を残してはイケナイのです。司法の判断は相当の硬性を持った暫定的絶対です。なんだかわかりませんが裁判とはそういうものであり、そのことを那須さんは明らかに無理のある極刑判決によって示したのです。つまり誤審の可能性が高いからそこの極刑であり、それを心せよ、ということです。オバサンひとりの命は六法全書の1ページよりも軽いんですよ。それが眞須美さんであってもです。失礼だな。
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2009年04月20日

中川氏のアルコール医学への貢献について

我が国糖尿病学の権威中川昭一氏が2006年の10月に糖尿病の合併症状として核攻撃の可能性があることを示唆し、多くの患者さんや治療スタッフに「糖尿病も大変だがアル中よりマシみたい」と少しばかりの希望を与えたことは忘れることの出来ない功績であります。



「核に対抗できるのは核」北朝鮮情勢で中川前財務相

 中川昭一前財務相は19日、北海道帯広市での会合で、ミサイル発射を非難する国連安全保障理事会議長声明に反発して北朝鮮が核開発再開を宣言したことに関連し「純軍事的に言えば核に対抗できるのは核だというのは世界の常識だ」と述べ、日本として核武装を議論すべきだとの考えを表明した。
 中川氏は安倍政権で自民党政調会長を務めていた2006年10月にも「憲法でも核保有は禁止されていない」と発言したことがある。日本は平和憲法を持ち、非核3原則を堅持していることからも中川氏の発言が再び論議を呼びそうだ。
 中川氏は、北朝鮮が日本のほぼ全土を射程に入れる中距離弾道ミサイル「ノドン」を多数保有し、ミサイル搭載できる小型化した核爆弾を保有しているとの見方を強調。「彼らは予告なしにいつでも撃ってくるという態勢に一歩近づいた。対抗措置を常に議論しておかなければならない」と訴えた。 ただ、現時点での日本の核兵器保有の必要性については「核(武装)の論議と核を持つことはまったく別問題」と述べ、当面は国民レベルでの議論に委ねるのが望ましいとした。

2009年4月19日 共同


日本医学界の至宝である中川氏は自ら実験的にアルコールによる身体への影響を研究しておられるところ、2月の国際学会での発表に引き続き、地元北海道における特別講義においてアルコールによる脳萎縮の症状に関する発表を行われました。従来アルコールの脳への影響として、脳萎縮による様々な障害が指摘されているところであります。すなわち全般的な作業能力の低下や記憶の減退、判断力の低下などに始まり、性格の変化や感情抑制の低下が見られ、病的な嫉妬妄想が現れることもあるとされています。

今回の発表では、何の根拠もなく「世界の常識」に言及するという、著しい判断力の低下を自ら示されたわけですが、この程度の症状であれば自らの主張を「定説」と称する高橋弘二氏にまでは及びません。今後の経過において、周辺の人物の頭を見境なしにペシペシし始めるようなことも予測し得ないわけではありませんが、現在のところそこまで進行していないものと見ることが出来ます。

とはいえ、その「世界の常識」と称する妄想の内容は、既に多くの依存症患者における論理構造を模型的に提示するものとなっています。「核に対抗できるのは核だ」。ある問題状況に対処するために、その状況の原因となっているものによって対処したがるのは依存症的思考の典型的な例であるといえるでしょう。このような例は卑近に頻繁に見ることが出来ます。彼等はこのように言います。

純酔っぱらい的にいえば二日酔いに対抗できるのは迎え酒だというのは世界の常識だ。

病的な妄想に関していえば、「彼らは予告なしにいつでも撃ってくる」などという話しを真顔で行うあたり、かなり重篤な病勢に達しているのではないかと疑われるところです。これによれば「彼ら」は今から30分前に上陸したところです。いや、中川氏の言を信じるとすればつい今しがた北海道全土が焦土と化したところです。しかし今北海道の知り合いに電話をかけたところこれからススキノに繰り出すところだというのですから、あるいはそうではないのかも知れません。しかし「彼ら」は「いつでも」来ることになっているのですから、電話を切ったとたんに知り合いもススキノも灰になっているはずです。

かく戦慄すべき「現状認識」を持ちながら今日も平気で飲酒を重ねたりしているのは、中川氏においては人並みはずれた強靭な理性により恐怖を制御しているものと思われます。あるいはすっかり怖じ気づいてアルコールへの逃避を試みているところなのかも知れませんが、たしかに5分で到達して迎撃しても頭の上で核爆発が起こるだけであるという「核」を前提として「対抗措置」を考えようという発想自体が病的なものであること論を待ちません。

中川氏には今後も機会を捉えてアルコールの恐ろしさを身をもって示すことによって青少年の健全育成と医学の発展に寄与されることが期待されています。今年の秋頃には頭部MRI画像が公開される予定でありますが、自分のアタマの状態は高度にプライベートな事項であるとされていますので、何らかの不都合によって公開されないこともあり得ること、ご了承願いたいところであります。

とはいうものの、既に知覚並びに記憶能力が顕著に低下、狭小化していることが見て取れるでしょう。これはビタミンB1欠乏によるものであり、特にコルサコフ症候群では記憶の欠損を場当たり的にやり過ごす「作話」が知られております。例えば日本と「北朝鮮」との関係においては様々な要素が複雑な関連をなしているものと考えられますが、中川氏においてはもはやそんなフクザツは理解不能であるか、忘れてしまったかした模様です。が、それの埋め合わせとして「純軍事的」という、極度に単純化された観点を導入しての、一種の「作話」が行われているものと思われます。このような慢性症状においてもビタミンB1の投与が有効とされており、したがって是非とも豆類や牛乳を摂取することが大切です。まあ、飲み過ぎはイケナイね。わかってるよ。もうだいぶ回ったな。
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2009年04月19日

司法の他殺

そこで例えば最近とんと報道されない例の中勝美さんの件、今年2番目の強引な逮捕といわれた舞鶴高1殺害事件ですが、あれなどは裁判員制度を回避するのが目的であるという見解があったわけですが、本当にそうなのかどうか。

このような見方によれば検察の顔を立ててとにかく有罪にしてしまう職業裁判官に対して、素人裁判員は弱い証拠には厳格な判断を行って無罪にする可能性が高い、ということになるのですが、もしそうだとすれば日本国民はマスゴミの予断と偏見に満ちた報道に日々接しながらも、推定無罪原則やら何やらを「常識」的に理解していると仮定されるということになるでしょう。

この仮定がどうもちょっと大変にアヤシイもんであるということは、去年の三浦「元社長」の件で図らずも明らかになってしまっているような気もします。三浦さんが再び逮捕されるや否や喜んで彼を犯人扱いし始めた様は、ほとんど裁判を必要としていません。マスゴミでは相変わらず「被逮捕者=犯人」なのです。

そこでTVばっかり見ていて尻尾の生えている人たちのために、裁判員法では裁判員の人に大切なことを説明しなければならないことになっています。すなわち裁判員の参加する刑事裁判に関する法律の第39条において「裁判長は、裁判員及び補充裁判員に対し、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判員及び補充裁判員の権限、義務その他必要な事項を説明するものとする。」とされているところであります。

これによって最高裁判所は、ここにいう「説明」のための最高裁判所規則を定めなければならないのですが、現時点においてこの「規則」なるものは公開されていません。一体全体何をどう「説明」するつもりなのか大変に気になるところです。少なくとも被告人=犯人「ではない」ということくらいは「説明」しとかないと、評議の席上裁判員が「犯人は…」とか言い出してその度に裁判官が「あ、被告人、ね。そこんとこヨロシク」とか言わないといけない。

この点について現在公開されている資料は最高裁判所刑事規則制定諮問委員会の議事録及び諸資料であり、その中で2007年5月23日に開催された分がそれに該当します。すなわちこの日の参考資料2「裁判員法39条の説明の基本的考え方」ならびに参考資料3「39条の説明例」です。

「裁判員法39条の説明の基本的考え方」によれば

権利・義務のほか,刑事裁判の流れに沿いながら,証拠裁判主義,立証責任の所在及び立証の程度について概括的に説明する。刑事裁判の主要な原則としては,まず,今まで接してきた裁判外の情報等を排除して審理に臨んでもらうために証拠裁判主義は理解してもらっておくことが不可欠である。また,検察官・弁護人の双方の主張立証の位置づけの違いについて理解を得ておくために立証責任の所在についても説明しておくべきであろう。必要な立証の程度については,手続の大原則であり,また,
当事者の説明の差異による混乱をさけるべきであるから,証拠を十分に検討すべきことを説明するのと併せて,簡潔な説明をすることになろう(なお,合理的な疑いを超えた証明という用語や意義の説明は,裁判員の理解が得られにくく得策でない。)。


ということで、「説明」されるのは刑事裁判の原則として3点です。つまり「証拠裁判主義」、「立証責任の所在」、「必要な証明の程度」ということですが、推定無罪または「無罪の推定」の原則もしくは「疑わしきは被告の利益に」という利益原則については「説明」をしないことになっているようです。

何故説明しないのかというとこれは最高裁がこの原則のことをすっかり忘れているか、日本の司法ではこの原則が存在しないのかのいずれかでしょう。那須さんなどの一部の裁判官も、こういう言葉が世の中にあるってことは知っていたんですが、実際に使ってみたのはついこの間が初めてなんですよ。ついでに到来の珍味でも如何かな。

その那須さんによれば「疑わしきは被告の利益に」と共に冤罪防止に欠かすことが出来ないのが「合理的な疑いを超えた証明」なんですが、最高裁はこの言葉は知っているようです。そして知った上で、このことについては「説明」するのは「得策でない」ので説明しないことにしています。何が「得策でない」のか明らかではありませんが、議事録によれば「冒頭陳述の段階で当事者双方が「合理的な疑いを超えた証明」の意義について主張し合い,裁判員が混乱するという事態は避けるべき」だとか「必要な証明の程度を説明する際には,合理的な疑いを超えた証明という用語や意義の説明をすべきという考え方もあり得るでしょうが,必要な証明の程度は,「合理的な疑い」という用語を使わなくとも説明できるでしょうし,仮に用語を用いても裁判員が適切に理解することは容易とは考えられません。」という発言があります。

要するに裁判員はバカだからそんな難しいことは分らない、ということのようです。たしかに裁判員の中にはバカが、しかも相当多数のバカが加わっているであろうことは容易に想像できますが、刑事裁判における重要な点について一定の理解もしていないような連中に裁判をさせるという点について一定の疑念もいだかないような連中もそれに輪をかけたバカであると推定されます。あるいは最高裁においても、常日頃から「合理的な疑いを超えた証明」などということは最初から無視して裁判をやっているから別に構わん、ということなのかも知れません。

少なくとも裁判員が「混乱」するのを心配する以上に最高裁が「混乱」しているのは確かでしょう。この会議の当時では、最高裁はこの点についてはっきりした判断を示していなかったのです。判例によれば2007年の10月16日最高裁第一小法廷の判決においてこの判断が示されています。それによれば

1 有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」というのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には有罪認定を可能とする趣旨である。
2 有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義は,直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで異ならない。

平成19(あ)398


これを要するに「合理的」というのは「健全な社会常識」なんだそうです。最高裁としてはかなり大胆な解釈を示したものと思われます。なぜならこれは通常の、「健全な社会常識」による「合理的」という語の用法から大きく逸脱していると思われるからです。

正四位松村明さんが「健全な社会常識」の持ち主であるかどうか知りませんが、仮にそのように想定するとすれば『大辞林』によると「合理的」とは

(1)論理にかなっているさま。因習や迷信にとらわれないさま。「―な考え方」
(2)目的に合っていて無駄のないさま。「―な作業手順」

であります。すなわち(1)の意味によれば「合理的」とは「論理にかなっているさま」ですが、「因習や迷信にとらわれない」で「論理」のみにかなっていることが「合理的」ということになります。わざわざ「因習や迷信」を排除するように特に注意をしておるところです。ところで今日の「健全な社会常識」が明日には「因習」となり明後日には「迷信」となることは特に珍しいことではありません。それどころか「因習や迷信」が「社会常識」を僭称することも稀ではありませんから、「社会常識」は「合理的」から排除されるべきでしょう。仮に「健全な」という語に「合理的」の含意があれば別ですが、その場合は同義反復でしかありませんし、そもそも「健全」に「合理的」の意味はありません。

なるほどこれでは「裁判員が適切に理解することは容易とは考えられません」。てゆうかほとんど理解不可能です。ほとんど白を黒と言いくるめるような話しですから、日本の司法の現実は絶望的です。御殿場のお転婆もこれなら安心です。しかしながらこの最高裁判決自体、先述の最高裁判所刑事規則制定諮問委員会参考資料3「39条の説明例」に準拠している疑いが濃厚です。

ただ 裁判では 不確かなことで人を処罰することは許されませんから証拠を検討した結果,常識に従って判断し,被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことは間違いないと考えられる場合に,有罪とすることになります。逆に,常識に従って判断し,有罪とすることについて疑問があるときは,無罪としなければなりません。


ここでは2回も「常識」が登場しますが、もはや「論理」などはお呼びではありません。実際には「証拠」も味のある脇役程度の位置に降格されています。一応証拠は「検討」するのですが、「判断」は証拠に基づいて論理的に行われるのではなく、「常識に従って」行うべきことが「説明」されるのです。例えば「強姦」の被害は他人に言いにくいものであるというのが「常識」ですから、被害の届け出があった以上はそれは本当にあったと思うのが「常識に従った」判断ですし、ワル連中は悪いことをしているのが「常識」なので連中は有罪であるというのが「常識に従った」判断です。日付や天気は別に関係ないじゃん。

同様に以前から砒素を使っている人はカレーにも砒素を入れたというのが「常識」です。目的には不釣り合いに入れ過ぎているとかいうのは「常識」の範囲に入りませんし、詐欺に使うべき砒素を無駄に遣ってしまうのは非「合理的」だというのも「常識」の範囲外です。「常識」によれば砒素というのは林家の特産品であり、「どーもすいません」同様に誰でも使っていいものではないのです。仮に林さんの近所では多くの家庭で殺虫剤として砒素を庭にまいたりしていたとしてもです。

実際、「常識」というのは「何だか知らないけどそんな感じがする」ことの根拠になり得ます。そしてそれはもしかすると「今まで接してきた裁判外の情報等」を意識から排除しようとしても排除しきれない思い込みのようなものです。逆に言えば、論理を軽視して「常識」を導入した裁判は「今まで接してきた裁判外の情報等」に支配されることになるでしょう。

こういうのが「司法の自殺」だというのは軽々しい考えです。司法なんていくらでも自殺してもらって構わないのですが、どうせ「自殺」したって「司法」がなくなるわけじゃありません。僕が自殺するとこのブログは更新されなくなりますが、司法は自殺しても裁判は相変わらす行われるのです。そして司法は他人を死刑に出来るのですから、いい加減な「常識」に基づいた裁判は「他殺」に他なりません。

しかしながら僕は『大辞林』をもっとよく読むべきだったかもしれません。「合理的」の2つ目の意味は「目的に合っていて無駄のないさま」です。これは目的合理性ということであって、「目的」に合っていればそれは「合理的」なのです。そこで刑事裁判の「目的」とは何か。「健全な社会常識」によればそれは刑事事件における真実の解明であり、そしてそれは表向きの「目的」であって、本当は「ワルい奴を懲らしめる」のが「目的」です。「常識」はここまでカヴァーするのですが、要するに有罪判決こそ「目的」なのであれば、「抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らしてその疑い」が有罪判決という目的に資するものではないと考えられる場合は「有罪認定を可能とする」というワケです。

まあ、いずれにしても裁判員の皆さんの負担は軽くなります。起訴されたものは有罪にしていれば良いのですから、それで難しい大学を出て難しい試験を受かった職業裁判官と全く同じ仕事ができます。これは学歴による偏見を一掃するのではないでしょうか。難関中の難関をくぐり抜けて来た人がやっている仕事は、実はどんなバカにでも出来ることだったのです。もうこれからは私大出身者も三馬鹿商科出身者も高卒も中卒も小学校中退も東大法科の連中と同等だよ。右から左に受け流しましょう。あの人どこ行ったんだろ。あの芸人自身が右から左に受け流されてしまいましたが、まあ考えてみればいてもいなくても同じようなもんで、裁判員だってそんなもんですが、形を整えるために人数だけは必要です。そこで「説明」においては、特に「注意事項」として「出席義務」について念を押すことになっています。

裁判は,皆さん全員が揃わないと行うことができません 。もし,病気などやむを得ない事情で裁判所にお越しいただけなくなった場合には,ご連絡をいただきたいと思います。
また,評議で誰が何を言ったかといった評議の内容は秘密にして下さい 。評議の秘密が漏れることになりますと,率直に意見を交換することが難しくなります。評議の秘密が漏れないようにすることは,皆さんのプライバシーや安全を保護することにもなります。また,記録に出てくる事件関係者のプライバシー情報も漏らさないようにして下さい。


裁判員の皆さんはただそこにいて、ヒミツを守るのが大切です。あとはテキトーに「常識」で処理してしまって構いません。必ず出席することと、そこで行われているとても他人の耳には入れられないようなことを他人の耳に入れないことだけが重要なのです。なにしろ中さんや林さんのような事例は今後もあることですから、今度だけ回避しても仕方がありません。不都合なことは回避できるように、みんなで検察に協力して早く終わらせて早く帰りましょう。無実の人が殺されたって関係ありません。しかし無闇に無罪判決など出して検察に睨まれたらどうなるでしょう。日頃から検察のやることに注意していればそんなオソロシイことは出来ないはずですよね。死にますよ。
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2009年04月17日

頑張れボケナス

最高裁判決要旨  
 電車内で痴漢をしたとして、強制わいせつ罪に問われた被告に無罪を言い渡した14日の最高裁判決の要旨は次の通り。

 【判決理由】
 弁護人らの主張は刑事訴訟法が定める上告理由に当たらないが、職権で調査すると原判決や1審判決は破棄を免れない。
 事実誤認の主張に関する審査は、最高裁が原則として(法令違反の有無を審理する)法律審であることにかんがみ、原判決の認定が論理則、経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から行うべきであるが、本件のような満員電車内の痴漢事件は物的証拠等の客観的証拠が得られにくく、被害者の供述が唯一の証拠である場合も多い上、被害者の思い込みその他により被害申告がされて犯人と特定された場合、その者が有効な防御を行うことが容易ではないという特質が認められることから、これらの点を考慮した上で特に慎重な判断が求められる。
 被害を受けたとする女性は1審公判や検察官調書において、次のように供述している。
 「ドア付近に立っていると、向かい合う被告が私の頭越しにかばんを網棚に載せ、お互いの左半身がくっつくような状態になった。A駅を出てから下着の中に手を入れられるなどした。触られている感覚から犯人は正面にいる被告と思った。B駅でホームに押し出された。被告を見失い迷っているうち、ドアが閉まりそうになったので同じドアから乗り、また被告と向かい合った。B駅を出た後もスカートの中に手を入れられるなどした。警察で説明できるように状況を確認すると、被告の左手で触られていることが分かった。C駅に着く直前、ネクタイをつかむと触るのをやめた」
 1審判決は、女性の供述内容は具体的、迫真的なもので不自然、不合理な点はないなどとして信用できるとし、原判決もこれを是認した。
 被告は一貫して犯行を否認し(有罪の)証拠は女性の供述のみで、客観的証拠は存しない。被告に前科・前歴はなく、この種の犯行を行うような性向をうかがわせる事情も見当たらない。
 したがって女性の供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるが、(1)被害は執拗で強度なものであるにもかかわらず、車内で積極的な回避行動をとっていない(2)そのことと、その後の被告に対する積極的な糾弾行為とは必ずしもそぐわない(3)B駅でいったん下車しながら車両を替えることなく、再び被告のそばに乗車しているのは不自然である−などの点を勘案すると、B駅までに受けたという被害に関する供述の信用性には、なお疑いをいれる余地がある。
 そうすると、起訴状記載の被害(B駅からC駅までの間の強制わいせつ行為)に関する供述の信用性についても、疑いをいれる余地がある。
 女性の供述の信用性を全面的に肯定した1審判決と原判決の判断は、必要とされる慎重さを欠くものというべきである。被告の犯行と断定するには合理的な疑いが残るというべきで、1審判決と原判決には重大な事実誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。本件は犯罪の証明が十分でないとして無罪の言い渡しをすべきである。
 【那須弘平裁判官の補足意見】
 冤罪(えんざい)は国家による人権侵害の最たるもので「疑わしきは被告の利益に」の原則も、有罪の判断に必要とされる「合理的な疑いを超えた証明」の理論も、冤罪防止のためである。痴漢被害者が公判で供述する場合、検察官と入念に打ち合わせするので、供述の内容が「具体的」「迫真的」「不自然・不合理な点がない」となるのも自然の成り行きである。被害者の主張が正しいと即断することには危険が伴い、「合理的な疑いを超えた証明」の視点から厳しい点検が欠かせない。
 【近藤崇晴裁判官の補足意見】
 被害者と被告の供述が「水掛け論」になり、それぞれの内容をその他の証拠に照らして十分検討しても、それぞれに疑いが残り、結局真偽不明と考えるほかないのであれば、犯罪は証明されていないことになる。また被告の供述は頭から疑ってかかるというようなことがないよう、厳に自戒する必要がある。
 【堀籠幸男裁判官の反対意見】
 多数意見は女性の供述が信用できない理由として、車内で積極的な回避行動をとっていない点を挙げるが、身動き困難な超満員電車の中で気後れや羞恥心などから我慢することはあり得る。その後、我慢の限界に達し、犯人を捕らえるため、ネクタイをつかむという行動に出たことも十分にあり得る。再び被告のそばに乗車した点も女性の意思ではなく、押し込まれた結果にすぎない。
 多数意見が指摘する理由は薄弱であり、原判決が不合理というには、説得力に欠ける。原判決に事実誤認はない。
 【田原睦夫裁判官の反対意見】
 女性の供述が信用できないということは虚偽の被害申告をしたということである。弁護側は学校に遅刻しそうになったから被害申告したと主張するが、合理性がない。
 また虚偽申告の動機として、一般的には(1)示談金を取る目的(2)車内で言動を注意された腹いせ(3)痴漢被害に遭う人物であるとの自己顕示−などが考えられるが、本件でそれらをうかがわせる証拠はない。原判決を破棄することは許されない。

2009年4月14日 共同


防衛医大の名倉正博教授が2006年の4月18日に小田急線の成城学園前駅から下北沢駅間で女子高生に痴漢をしたとかしないとかいうアレで、いわゆる「画期的」な判決が出たというわけですが、どういうワケだか批判の多い判決であります。おそらくこの判決の難点は「被害に関する供述の信用性には、なお疑いをいれる余地がある」としたところでしょう。

裁判は被告人について行われるので、名倉さんが強制猥褻行為を行ったかどうかということが問題になるのですが、そのことと女子高生が強制猥褻行為を行われたかかどうかということは一応別問題です。名倉さんを有罪にする「証拠は女性の供述のみで、客観的証拠は存しない」のですから、無罪の根拠としてはそれだけで足りるでしょう。別段「被害」そのものを「虚偽申告」とする必要はなかったのではないでしょうか。

つまり別に真犯人がいるのかも知れませんし、もしかすると名倉さんがやったのかも知れませんが、名倉さんと「痴漢」を結びつける「客観的証拠」がないのであるから名倉さんは無罪、ということで良いはずです。これが推定無罪の原則であり、この判決でこの原則が貫徹されているのであれば、確かに「画期的」なことである、というのが日本の司法の現実ですが、実際にはこの判決は推定無罪原則によるものではなく、被害事実そのものの存在を否定しているだけです。したがってこれは別段「画期的」でも何でもありません。

ちなみに補足意見で改めて推定無罪原則を確認しているのは、なんとあの「ボケ那須」こと那須弘平さんです。ここで那須さんが書いていること自体は大変重要なことですので、那須さん自身のために繰り返して引用することが有用であると思料します。

冤罪(えんざい)は国家による人権侵害の最たるもので「疑わしきは被告の利益に」の原則も、有罪の判断に必要とされる「合理的な疑いを超えた証明」の理論も、冤罪防止のためである。痴漢被害者が公判で供述する場合、検察官と入念に打ち合わせするので、供述の内容が「具体的」「迫真的」「不自然・不合理な点がない」となるのも自然の成り行きである。被害者の主張が正しいと即断することには危険が伴い、「合理的な疑いを超えた証明」の視点から厳しい点検が欠かせない。


どうかひとつ他の裁判でもこれを忘れずにやっていただきたいものですが、那須さんの基本的な考え方が「支配者の決めたことであれば被支配者は苦しめ」という、はなはだ立派きわまるものであることは周知のことです。ですから今回も那須さんとしては内心、女子高生は「防衛医大教授が痴漢をすると決定した後は、協力する義務を負うべきだ」し、そういう場合に「精神的苦痛にさいなまれる事態が生じる可能性がある」けれども、「これを甘受しなければならない」と考えていたのではないかと疑われても仕方のないところもあるのです。

でありますから、今回の判決について「被告人が防衛省関係者だったからだ」などという「邪推」をもっぱらにする人がいたとしても、まあ無理もないことです。そのように邪推されても那須さんは「これを甘受しなければならない」。普段が普段ですから、これは仕方のないところであります。

もっとも、法的に根拠のある「組織」の、ある「決定」に従え、という考えは、ここで推定無罪原則を特筆する姿勢と必ずしも矛盾するものではありません。ある意味原則に忠実な姿勢を示したとも言えるでしょう。問題があるとすれば広い意味で「弱者」の権利確保という発想が全然ない、ということですが、これは個々の事例について事実関係や法の文言から直接に導き出せるものではありません。法の目的についての意識と近代法体系を貫く書かれていない思想への理解がない、つーか、わかりやすい言葉で言えばあまりに官僚的、てゆーかどういう人間なんだ、とかそういうことですが。つまりここで言う「弱者」てのは那須さんのよーな人が作り出す「弱者」ですよ。

まあしかし、このままでは那須さんに「女性の敵で権力の犬」というイヤな風評が取り憑いてしまうことにもなりかねません。もうなってますが。モテませんよ、そんなんじゃ。そこで那須さんとしては世間でも注目を集めている林眞須美さんの事件も担当しているわけです。あれも物的証拠がないし、状況証拠と「検察官と入念に打ち合わせ」された目撃証拠くらいしかなかったわけで、ある意味痴漢事件と似ているんですから、那須さんは悪い評判を振り払うような裁判をやってもらいたいものであります。いやホント、期待してるんだから。
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2009年04月15日

聖子チャンに太いバイブ

消費者庁 秋にも発足 与野党が修正合意監視組織を強化 設置法成立へ

 自民、民主、公明、共産、社民、国民新の六党は十四日午後、衆院消費者問題特別委員会理事会で、政府が提出した消費者庁設置関連三法案を共同修正することで合意した。共同修正案は、十六日の同委員会で可決され、十七日に衆院を通過する見通し。今国会成立は確実で、消費者行政を一元化する消費者庁が今秋にも発足する運びとなった。 
 六党は、有識者でつくる消費者行政を監視する「消費者政策委員会」を、消費者庁から分離して内閣府内に設置し、名称を「消費者委員会」に変更することで合意。同委員会に、首相への勧告・建議権や各省庁への資料要求権などを付与することも決めた。民主党は要求していた同委員会への事業者に対する調査権限付与は取り下げた。
 このほか(1)財産上の被害者に対する救済制度の創設を三年をめどに検討する(2)消費生活相談員の人件費の一部を国費負担する(3)二十九の所管法律を三年以内に見直す−ことなどを付則に盛り込むことも決まった。
 政府は昨年秋の臨時国会に三法案を提出したのに対し、民主党は消費者庁より独立性の高い「消費者権利院」設置を柱とする対案を提出し、対決姿勢を示していた。
 しかし、共産、社民、国民新の野党三党が消費者庁設置に前向きな方針を示したことから、民主党も修正協議へ方針を転換。与党側も早期成立へ譲歩し、修正合意に至った。
 消費者庁は消費者行政を一元的に所管する組織で、表示、取引、安全、物価・生活の各分野に関連する法令を関係省庁から移管または共管。二百人規模で、消費者行政担当相を常設する。

2009年4月15日 東京


「消費者委員会」の性格がどのようなもんなのか興味あのあるところです。一応「委員会」と言う以上はある程度の独立性があるはずなことになっていますが、実際にはいろんな「委員会」があって、行政執行機関との間の関係は様々なものがあります。もっとも、あまり独立性が強まると民主党の「消費者権利院」と変わらなくなっちゃいます。そうではない、というあたり、やっぱり分離したところでそれは形だけのものに留まる可能性が大きいのです。行政監視機関としてはあまり期待できそうにありません。

またこの「委員会」は業者に対する立ち入り調査の権限もありませんから、同様に「委員会」であっても「公正取引委員会」のように業者にとってオソロシイようなものでもありません。やれることは関係省庁に資料を請求して、省庁は役に立つデータを沢山持っていたりするものですからこれを請求するのは良いことですが、もっとも請求すればホイホイと出て来るとは限りませんので、請求しても出して貰えなかったら何が出来るのか知りませんが、とにかく省庁に立ち入り調査をしたりするわけでもないようですから、まあ貰った資料で満足することにして、それでもって首相に「勧告」という名前の「意見」を、参考程度に述べてみたりする、といったところでしょうか。

それでその「勧告」がどのように行政に活かされているのか、あまり活用されていなかったり無視されたりするようであればそれについても「勧告」を行うものなのかどうか、あまり五月蝿く「勧告」をやっていると首相が委員長をクビに出来たりすることはないのか、まあ「独立性」というと普通は人事任免権との関係で言いますが。

だいたいにおいて「事業者」というものは行政や立法と太いパイプで結びついていたり、太いバイブで揺さぶりをかけて来たりするものです。問題になりそうな「事業者」に限ってそういう所だけは気をつけていますので、気をつけないと行けませんが、「マルチ」というあだ名がついているので素顔は可哀想にボコボコのあばた面であると思われている野田聖子消費者行政担当相は、「消費者委員会」は「国民生活審議会と違い、消費者庁から一定の独立性が保たれている」としています。まあ「一定の」ですが。これは9日の衆議院消費者問題特別委員会における日本共産党の吉井英勝議員の質問に対する答弁です。

吉井氏は、「執行機関の外に監視や勧告もでき、事故が起これば調査委員会を設置して、原因解明と被害の拡大防止のための改善勧告も出せるオンブズマンの機能を、独立した機関でつくるべきだ」と強調しました。
 また、高齢者を中心に一万七千人の金融商品被害者をだした大和都市管財事件で、当時の近畿財務局職員が公判で証言したあとに左遷された問題を追及。この職員は上司の決裁を得て、公務員の守秘義務も解除されていたことをあげ、「いまの公益通報者保護法を消費者庁に所管替えするだけで解決するとは思えない。報復行為をした上司を罰することになっている諸外国のような例を見て改善すべきだ」と迫りました。

2009年4月10日 しんぶん赤旗


まあ共産党と言っても共産主義者みたいなことを言っているわけでもありませんで、これらは外国にある制度を紹介して、そっちのは良さそうだからそうしたら良かろうと「迫った」んだそうですが、結局は消費者行政骨抜き案に賛成してしまうところが共産党らしいといえばらしいところかもしれません。まあこんなところが落としどころでしょうかね。あってもなくても同じ。野田さんは自分ちが出来るので喜んでいるようですが、彼女のとこはよく火が出るようなので、これから消防署の方から消火器売りに行きますよ。
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2009年04月12日

うまい!千葉県産偽装生臭腐敗弁当

人間好きなことを喋れるのは人気のある時と任期のない時だそうで、千葉市の鶴岡市長は7月に任期が切れて引退するのを良いことに森田犬作さんの「公約」を酷評していましたが、まあアクアライン800円は難しいでしょうな。リニアモーターカーに至っては鶴岡さんの見積もりは森田さんの予算の倍。「治安」のための道具として計画倒れになる虞れもあります。

オマワリさんとこまわり君と見回りの増加に見舞われそうですが電磁波の心配がなくなるのは良いことです。元々森田さんは成り行きで知事になってしまっただけで、選挙と言っても浮ついていただけですから、どうせ「公約」と言っても本気の沙汰ではありますまい。彼は八ツ場ダムにだって大した興味はありません。近いある時期まで読み方も知らなかったと思われます。

選挙前3月5日に千葉テレビでは知事選候補者5人を集めて生出演による討論会として様々なトピックについて順番に意見を言わせるという番組をやっていたわけですが、その際の森田さんはとても当選する人間には見えませんでした。てゆうか一番先に気になったのは顔つきで、ちょっと健康に不安があるのではないかと思ったもんです。生放送ならではの放送事故に近い彼の表情やボディアクション、喋り方の異様さについては今更指摘するまでもありませんし、内容空疎だという点についても異議はありませんが、森田さんは快適に勝手なことを喋っていたようです。

番組の中では千葉テレビが昨年の9月に調査したという、県民が県政に求めること、の上位5位について、各候補に意見を求めていたんですが、森田さんたらいきなり「教育」や「治安」の話しを始めちゃいました。ちなみにそれらについて県民が求める順位は14位とか15位とかだったんで、本当はそんな話しをする時ではなかったのですが、森田さんとしては県民の希望よりも自分の興味を優先させたようです。

おそらく森田さんが興味があり、ある程度は理解しているつもりになっているのがその辺の話題なんでしょう。まあ要するに「近頃のガキは」とか「犯罪が増えてて心配」とか言ってるそこらのオバサンと変わらないわけで、そこら辺が強みなのかどうか知りませんが、景気だの雇用だの医療だのというようなことについての建策は興味もないし理解もしていないというのが現実でしょう。なにしろ就任早々言ったことがスゴい。

『偉そうなこと言ったな。お手並み拝見。何をやるんだ? どうするんだ?』。そんな人はいらない! 
そうだ森田、おまえと一緒にやるんだ。一緒に頑張ろう。そういう気持ちで一緒にやりたい。


「やりたい」そうですが「何をやるんだ?」とか聞かれたくないようです。聞かれて困るのは、また碌でもないことをやりたがっているか、さもなきゃやることを何も考えてなかったからです。したがってそんな森田さんに可能なのはコンビニ弁当の宣伝とかそういうことです。

「うまい!」 森田知事が女子学生の「ヘルシー弁当」絶賛

 栄養士を目指す大学生が考えた「食育弁当」の試食会が9日、千葉県庁で開かれた。森田健作知事も参加して3種類の弁当を試食し、「うまい!」と絶賛した。
 この“ヘルシー弁当”は、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)や生活習慣病を予防するため、栄養士を目指す県内の大学や短大の学生にアイデアを募集した中から選ばれ、千葉県とセブン−イレブン・ジャパン(東京)が共同で販売するもの。
 森田知事は「千葉県産を主役にして作られた弁当は安心、安全でヘルシー」とあいさつ。用意された「菜の花」「あさり」「豚焼肉」の3種類の弁当を口にすると、「うまい!素晴らしい奥さんになれますよ」と女子学生3人を褒めた。
 「菜の花弁当」を考えた和洋女子大4年、渡部未希さん(21)は「千葉特産の春の食材をふんだんに使い、彩りも良くしました。知事からいいお嫁さんになると言われてうれしい」と喜んでいた。
 栄養バランスなどに気を配った弁当は4月中旬から5月下旬まで、県内のセブン−イレブン全店で限定販売(1個税込595円)されるという。

2009年4月9日 産経


渡部さんは栄養士を目指しているんだから、立派な栄養士として活躍して下さいとか言えばいいようなもんですが、「いいお嫁さんになる」とか言ってしまうのが森田流でしょう。女の子といえば「お嫁さん」としか思わないようですが、場をわきまえた臨機応変な対応が望まれるところです。もっともこのどうしようもないオヤジ臭さこそが「青春」なのでした。言われて喜んでいる渡部さんも渡部さんですが。

PRも良いのですが、一寸したスキャンダルでもあるとCMなんか降ろされちゃうのがこの世界の厳しさです。醜聞に塗れたタレントが宣伝していると商品にもイヤな感じがくっついてしまうというわけです。森田さんは色々な千葉県産品のPRに自分のなけなしのタレント性を「活用」するつもりでいるようですが、みんなに迷惑をかけなければ良いのですが。

森健辞めろ!「告発する会」が発足

千葉市内で発足した森田知事を「告発する会」
 ずさんな政治資金管理など問題噴出の千葉県・森田健作知事(59)をめぐり、千葉県議が中心となった「森田健作氏を告発する会」が11日、発足した。千葉市内で設立の会合が行われ、15日に公職選挙法と政治資金規正法違反で森田氏を刑事告発する方針を確認した。同会は「『完全無所属』で選挙を戦った手法は県民を欺いている」などと主張。「モリケン包囲網」が着々と築かれつつある。
 いきなりの厳しい洗礼だ。
 「森田健作氏を告発する会」は、森田氏が自民党東京衆議院選挙区第2支部の代表の肩書を持ちながら、県知事選で「完全無所属」を強調し、初当選したことが公選法違反と指摘。また、同支部が外資が50%以上入っていた企業からの献金を受け取っていたことなどが政治資金規正法違反に該当すると主張している。
 次々と問題が明るみに出る森田氏に「レッドカード」を突き付けたのは、吉川洋県議(59)=市民ネット・社民・無所属の会=。何の因縁か、森田氏の大出世作「おれは男だ!」のマドンナ「吉川君」と姓が一緒だ。

圧勝当選も一転ピンチの森田知事
 同調する県議2人と代理人の弁護士を伴い、県庁近くでの記者会見で吉川氏は「『完全無所属』をうたい、有権者を欺くような行為は、民主主義を冒涜(ぼうとく)しており、『おれおれ詐欺』的である。刑事告発していきたい」と厳しい態度を示した。
 吉川氏によると、会の趣旨には既に400人超の賛同者がいるという。同会は15日に千葉地方検察庁に告発する予定で、森田氏の当選無効に持ち込みたい構えだ。
 就任から1週間足らずで包囲網ができつつある。9日に共産党県委員会が政治献金などを問題視し、辞職するよう森田氏に申し入れ書を提出した。そして、今回の痛烈なパンチ。検察側が不起訴にしても、政治的ダメージは避けられない。
 これまで森田氏は刑事告発の動きに関し「弁護士と相談し、法にのっとり対応していく」と話すにとどまっている。政治献金問題などの回答は、個人事務所が主だってやってきたが、異例の展開とあって、今後森田氏の説明責任が問われそう。青春の巨匠はどう出るのか。

2009年4月12日 スポーツ報知


「森健辞めろ!」の見出しも勇ましいスポーツ報知は「検察側が不起訴にしても、政治的ダメージは避けられない」としていますが、「無所属」を偽装してのクリーン・イメージは早くも危殆に瀕しております。事情を分っている人はどうせ昔から自民党だしクリーンなわけないじゃん、と思っているかも知れませんが、何も知らないオバサン連中にはマイナスのアピールとなりかねません。

初めて芸能人をキャラクターにしたパチンコ台は河内家菊水丸の「オロチョンパ」だったかと思いましたが、ああいうタイアップ機ってどんなもんなのか。芸人さんの台は多いようです。それから演歌歌手、新しいところでは八代亜紀とか天童よしみの台がありましたね。こういうベテラン勢の他にもピンクレディーや和田アキ子などのように歌手としては賞味期限切れの人も登場します。吉田拓郎の台もあったわけですが、「羊水」前の倖田來未をフィーチャーした機械なんてのもあったものです。俳優の場合は役者自身をキャラクターとしたものはないのですが、ドラマとのタイアップがあり、最近では『特命係長只野仁』が記憶に新しいところです。それどころかJJサニー千葉を始めとした蒼々たるメンバーでパチンコのために撮影した『七人の侍』さえ存在します。

こうして見ると芸能界ではバチンコ台のキャラをやることは必ずしもイメージダウンになるとは考えられていないようです。にも関わらずパチンコ自体はあまり良いイメージを持たれてはいないのが実情です。知事選で当選する予定を持たなかった森田さんはニューギンと契約してしまったわけですが、この契約は『特命係長只野仁』の例と同様、ドラマとのタイアップということになりますが、森田さんの俳優としてのキャリアはほとんどこの『おれは男だ!』一作に尽きると言っても良いくらいで、森田さんにおける「青春」は渥美清における「寅さん」でありアンソニー・パーキンスにおける『サイコ』であります。したがって「CRおれは男だ!」は、森田さんが他人からそう見られたがっているイメージ、つまり彼が有権者に提示した得票を促すための彼自身のイメージをキャラクター化したパチンコ台であるという意味で、正に「政治家台」と言って良いものであると考えられます。

過去において政治家をキャラクターにしたパチンコ台には、防衛大臣浜田靖一さんのお父さんである浜田幸一さんの「CR男!浜幸日本一」しか存在しません。しかしこれはハマコーさんが政界を引退した後のことです。クリーンなイメージがないといえばこれほどない人も珍しいくらいダーティー極まる政治家でありましたが、この台に「カジノリーチ」なんてのがあったことでもわかるように、引退後は巧みなトークでダーティ・イメージと戯れる芸人のようなもんでした。彼は自らその芸能活動を「政治活動」としていますが、いろんな意味で「政治的」であることは間違いありませんが、どちらかというと笑われていることには変わりありません。

しかし興味の幅も頭の許容量も処理能力も狭量そのものである森田さんが芸能人としても政治家としても浜田幸一さんに遠く及ばないことは確かですが、千葉県は「千葉県の政治家はパチンコ台になるような人ばっかり」と言われても仕方のないような状態です。しかし間違えてはいけません。浜田さんの場合はヤクザが政治家になっただけですし、森田さんの場合はパチンコ台が間違って知事になったのです。新装開店のパチンコ屋に行ってみて下さい。新装といっても経営が苦しいので新台でも玉は出せません。そして出ない台は客がつかなくなって直ぐに外されてしまいます。これが政治というものです。
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2009年04月11日

警察の「難しい」ワザ

【決断 舞鶴高1女子殺害事件】(下)更生の見極め 地域に重い課題

 この春、全国の警察本部に、女性や子供が被害者となる殺人や強姦などの凶悪犯罪を未然に防ぐため、前兆となる公然わいせつやつきまといといった事件を集中的に取り締まる部署が設置された。背景には、昨年9月に千葉県東金市で起きた女児殺害事件や、舞鶴高1女子殺害事件などが念頭にあったとされる。
 舞鶴の事件で逮捕された中勝美容疑者は、女性につきまとうなどの行為を繰り返しており、地元では「怖い人」として受け止められていた。「彼が難しい人間としてこの辺りで知られていたのは事実。地域として何とかしなければと思っていた」。地域でボランティア団体を主宰している防犯推進委員の四方筆樹さんは振り返る。
 四方さんは約3年前から、中容疑者に対し、ボランティア活動に加わるよう呼びかけるなど地道に接触を続けた。その結果、最近では草むしり活動に参加するなど、徐々に変化を見せ始めていたという。「心を開き始めているように感じていただけに、もし彼が犯人だとするなら、無念というほかない」。四方さんは唇をかんだ。
 地域社会が直面するさまざまな問題を研究している「地域安全学会」(東京)の守茂昭さんは「地域にとって難しい人物をどう位置づけるか。互いに常に気を配り『心遣いの連鎖』を築くことが必要だ」と話す。
 だが、今回のケースではもう一つ難しい問題が浮かんでいた。重大犯罪で服役後、更生を目指す人とどう向き合うのか。中容疑者は36年前に殺人事件を起こし、十数年の服役後、故郷の舞鶴市に戻った。しかし、平成3年には市内で若い女性に対する傷害事件を引き起こしたこともあった。
 「(再犯者による殺人事件の)遺族は怒り心頭だと思う。更生の余地があるのでしょうか」。京都犯罪被害者支援センター(京都市)の宮井久美子事務局長は厳しい言葉を投げかける。
 36年前の事件で、仮に中容疑者が無期懲役の刑を受けていれば、法的に出所後は軽微な犯罪でも収監されたことになる。「犯罪者にも人権があることは理解できるが、本当に更生しているかどうかを見極めるのは難しい」。宮井さんは指摘する。
 関係者によると、平成3年の傷害事件の被害女性は今も舞鶴市内で暮らしており、昨年ばったり市内で中容疑者と出くわした。女性は「向こうは覚えていないかもしれないが、私は忘れない」と話したという。
 「この事件は絶対に解決しなければならない」。府警は難しい捜査の末に、中容疑者逮捕を決断した。しかし、今回の事件は、容疑者逮捕後もなお、社会に重い課題を突き付けている。

2009年4月9日 産経ニュース


「今回の事件は、容疑者逮捕後もなお、社会に重い課題を突き付けている」んだそうですが、どっちかとうと逮捕そのものが「社会に重い課題を突き付けている」もんですから油断も隙もあったもんじゃありません。参詣はこの記事を「子どもの安全」とかいうカテゴリに入れているようですが、「子どもの安全」というのは最近の日本語では「体感治安」とか言います。

これはいわゆる「暗示にかける」とかそういうことですが、なかなかどうも大変みたいですね。「さくらポリス」その他の「オイコラポリス」が設置された「背景」が、知的障害者を巧く利用した東金の例の事件や、裁判員制度を巧く回避したこの舞鶴の事件などの、いわば「いわくつき」の事件ばかりなのがオマワリさんの苦労を物語っています。中さんも「怖い人」なのか「足りない人」なのかよく分からないわけですが、参詣は一足飛びに「地域にとって難しい人物」をどうするか、などという話しに持っていってしまいます。

参詣の記者の造語なのか、そーゆー業界用語なのかどうか知りませんが「防犯推進委員」や「地域安全学会」の人が共通して「難しい人間」、「難しい人物」という難しい言葉を使用しています。この「難しい」というのが具体的にどういう意味なのか、大変に「難しい」わけですが、とにかく誰でも「難しい」と思った人に対して守さんなどは「心遣いの連鎖」で包囲することを提案しています。要するに監視したり覗き見をしたりするんでしょう。

まあ、そういう「難しい」人の取り扱いについては、せっかくDVDも出たことだし『丑三つの村』でも観ていただくことにして、驚いたことに「もう一つ難しい問題」があるんだそうです。また「難しい」です。一体全体この世の中には「難しくない」ことなんてあるのでしょうか。参詣の記者さんの頭の中は「難しい」ことで一杯のようです。もっとも問題の難易度はその人の頭の程度によります。

記者さんが「難し」がっているのは、どうも「更生」のことのようです。まあ、今回たまたま、というか中さんには前科があったわけです。捕まえてみたら前科があった、というのではなくて前科があったから捕まえたような気もしますので、そのへんも「難しい」問題なんですが、いわば「更生」云々という「問題」も、オマワリさんが用意してくれたものであると思われます。

まあ、前科のない人だって誰かを殺したりしますから、「本当に更生している」からといって犯罪を犯さないという保証は全くありません。実は前科のある人もない人も「危険」であることに変わりはありません。ついでに言えば「難しい人」の多くは単に「難しい」だけで、そういう人に気をとられていると「難しくない人」が犯罪を犯したりするのが実情です。しかしいずれにしてもオマワリさんとしては別段犯罪を防止するつもりもないわけですから、どうでもいいことです。「安全」ということで動員できればそれで良いのです。

てゆうか動員をかけることによってオマワリさんに従順でない人をあぶり出すのが目的なのかも知れません。「難しい人」は素人に監視させますが、そういう人はプロが監視するのでしょうか。それにしても本当に「難しい問題」は、中さんの自供を取ることでしょう。しかし最近ではオマワリさんの評判も散々です。説明会を開いても舞鶴の人たちは「本当に真犯人なのか不安」だと言っています。オマワリさんは貧弱な捜査能力のワリには「体感治安」を煽りすぎたようです。てゆうか「体感不安の悪化」の別の側面は「警察への不信感」なんですから、オマワリさんも因果な商売ですが、市民の「警察不信」「司法不信」「矯正不信」を逆に利用して市民を制圧しようとするのがオマワリさんの極意で、これは護身術の応用です。
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2009年04月10日

海は男のロマンだぜ

海賊新法「国会承認あって良い」 防衛省首脳、修正容認

 防衛省首脳は10日、ソマリア沖・アデン湾の海賊対策のために政府が提出した海賊対処法案について「国会承認を付けても良い。国会の意思として自衛隊を出すかどうか決めるべきだ」と話し、民主党が求めている国会の事前承認を盛り込むための法案修正を容認する考えを示した。
 政府案では首相が自衛隊の派遣を承認したときに「遅滞なく国会に報告しなければならない」と規定し、国会の事前承認は不要としている。民主党は「自衛隊の派遣に際しては国会の事前承認を求めるべきだ」と法案修正を求めており、14日からの国会審議で焦点の一つとなる。

2009年4月10日 asahi.com


政府案によると自衛隊はどんどん勝手に好きなとこ行きなさい、大丈夫だからさ、と調子の良い事を言っているのですが、軍人さんの方から「国会の意思として自衛隊を出すかどうか決めるべきだ」と言い出したようです。自衛隊はアフリカの方まで行って、帰って来たら状況が変わっていた、ではちょっと困ると思ったのではないでしょうか。

つまり彼等は政権交替の可能性を考えています。防衛省としてはいい加減に出掛けてしまってから政権が変わってしまい、後から責任を追及されるのは避けたいということなのではないでしょうか。政権が変わっても事前に国権の最高機関の承認を得ておけば大丈夫です。

ところで海賊、というのはどうも追い詰められて喰い詰めた漁民か何かであって、その形態はより「犯罪」に近づいた「テロ」のようなものです。あらゆる犯罪が革命的なのかどうかは定かではないのですが、「革命」から「犯罪」に至るスペクトルを仮定してその中に「テロ」を置くとすれば、「海賊」は「テロ」と「犯罪」の間に位置するでしょう。

そこで「海賊退治」を反革命戦争としての「対テロ戦争」の一種である、とすることも可能なわけですが、富の配分によって「革命」や「犯罪」や「テロ」をある程度防止することが可能であるならば、「海賊」に対してもそのような手段をとることが考えられるでしょう。

もっとも問題は「海賊」というのは海の男のロマンなもんですから、国会の承認があろうがなかろうが出掛けていった水兵さんが、くそったれな軍隊生活を捨てて海賊に身を投じる気にならないとも限らない点です。順序としては一応捕虜ということになってしまえば問題ないでしょう。それよりもキャプテン・キッドの例のように海賊退治から転じて海賊になってしまうのが良いかも知れません。

いずれにしても「海賊」というのは、どちらかというと成り行きでなってしまったりするもので、「商戦」や「漁船」や「海軍」との境界はきわめて曖昧なものであるのが現実です。船乗りなら誰でも海賊になれるのですし、なりたがっていたりするものです。ならない奴はモグリだ。モグリってのは海女さんだ。さあ、海の男達よ、自由な海が君を待っているぞ!それとも清徳丸事件は漁船退治の練習だったとか?
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2009年04月08日

馬鹿がミサイルでやってくる

「ミサイル」の部品は福島県に落ちたようです。その証拠に頭を打った人が。

自民・坂本氏「日本も核を」 党役員連絡会で発言

 自民党の坂本剛二組織本部長が7日の党役員連絡会で、北朝鮮のミサイル発射について「北朝鮮が核を保有している間は、日本も核を持つという脅しくらいかけないといけない」という趣旨の発言をしたことが分かった。出席者によると、坂本氏は国連安全保障理事会で日米が唱える新たな決議の採択が難航していることにも「国連脱退くらいの話をしてもよい」との考えを示したという。
 坂本氏は8日、朝日新聞の取材に対し「日本は国際社会に対して国連を脱退するぞ、核武装するぞと圧力をかけるくらいアピールしないとだめだという例えで言った。現実に日本が核武装できないのは知っている。私は核武装論者ではない」と話している。
 自民党の細田博之幹事長は同日、朝日新聞に「誰も本気で言ったとは思っていない。核武装できるとも思っていない。特に問題視はしない」と語った。河村官房長官は記者会見で「非核三原則をもった国としてそのような選択肢はあり得ない」と述べた。
 日本の核保有については、06年に自民党の中川昭一政調会長(当時)が「核があることで攻められる可能性は低いという論理はあり得るわけだから、議論はあっていい」と発言。麻生外相(当時)もこれを受けて「他の国は(核保有議論を)みんなしているのが現実だ。隣の国が持つとなった時に一つの考え方としていろいろな議論をしておくのは大事だ」と述べるなど、論議を呼んだことがある。

2009年4月8日 asahi.com


頭を打ったのか、いわゆる「風邪薬」やアルコールの影響を受けているのかも知れませんし、漫画ばっかり読んでいるのかも知れません。もしかすると胃腸薬の副作用を受けているのかも知れませんが、「現実に日本が核武装できない」とか出来るとか、「核武装論者ではない」とかであるとかいうことではなくて、単に発想が幼稚なので、字が読めない人や酔っぱらいの仲間かと思ってしまいました。

てゆうか間違いなく「仲間」なんですけど、たしかに坂本さんのHPでは

我が国は、戦争やテロのない平和で安全な国際社会の構築を目指し、核をはじめとする大量破壊兵器を無くすことに努めなくてはなりません。


とか書いてありますから、「核武装論者ではない」のかも知れませんが、最近では「核をはじめとする大量破壊兵器を無くすこと」が戦争を始める言い訳としてまかり通っていた例がありますから、坂本さんも目的のためには手段を選ばなかったり、手段のためには目的を選ばなかったりする組である可能性があります。まあ少なくとも「国際社会」では「大量破壊兵器」なんて言葉を大量に平気で使うような人は、もういません。

そんな坂本さんは、日本が核兵器を保有して国連を脱退することによって「北朝鮮」が核兵器を廃棄すると思っているようですが、そのようになるメカニズムは明らかではありません。唯一考えられるのは、金正日さんが日本のそのような馬鹿げた振る舞いを目にすることによってそれを反面教師として自らの愚かさを反省する、といったようなストーリーですが、あのオッチャンにそこまで期待できるものなのかどうか、ちょっと心もとないものがあります。

もっとも坂本さんがそこまでを考え、また金正日さんの人格をそこまで高く評価していると考えるのも無理があるのかも知れません。そうだとすると坂本さんは薬中とか文盲の仲間として、それらしい短絡的で餓鬼っぽい「考え」を口にしたものともわれます。しかし漫画好きのために申し添えるならば、坂本さんの「考え」とやらは、4コマ漫画の2コマ目程度のものでしかありません。坂本さんはいわゆる「馬脚をあらわした」とかそういうもんでしょう。

これが「北朝鮮」の「ミサイル」の「効果」であるとすれば、それはそうなのかも知れませんが、元々思慮の浅い人間が例によってバカなことを喋った、というだけのことですから、大した「効果」はなかったのではないか、とも思われます。

一方その頃、オバマさんは「核兵器を使った唯一の核兵器保有国として米国は行動する道義的責任がある」と言っていますから、日本としては「使われた」方として、「道義的責任」を追求するのが、「北朝鮮」に対する外交的パフォーマンスとしても賢明でしょう。例えば河村さんは「世界核安全サミット」を日本で開催したらよかろうと言います。

世界核安全サミット、河村官房長官「日本がふさわしい」

 河村建夫官房長官は8日の記者会見で、オバマ米大統領が1年以内に主催する意向を表明している「世界核安全サミット」について、「(被爆地の)広島、長崎は象徴的であり、日本がふさわしい地域だという思いはある」と述べ、日本での開催が望ましいとの考えを示した。
 ただ、「大統領がどういう形でやろうとしているのか情報を得て検討すべき課題だ」とも述べた。

2009年4月8日 産経ニュース


このように被爆国としての立場を核兵器廃絶に向けて利用出来ればよいのですが、どんなもんだか。「核兵器」にも様々な種類がありまして、日本が「唯一の被爆国」とは必ずしも言えないわけですが、ある程度の規模の都市に2発も食らったのは日本くらいのものですから、そこら辺を強調するのは良いことでしょう。何だか「被害者面」をするみたいですが、国内では既に「被害者感情」の政治利用は甚だしいまでに進行しています。どうしたら良いか分らない坂本さんは「アスの会」にでも行って聞いてくれば良いでしょう。

しかしながら考えてみれば、「被害者感情」の利用、というのは要するに「殺されたら殺し返せ」ということなのでした。「国際社会」の趨勢に対立して死刑を維持拡大するのがその目的であるのが実際のところです。そしてそれは「国際社会に背を向けてあっちが核ならこっちも核ぞ」という坂本さんの発想と五十歩百歩、という言い方は何だかバカにしてるみたいで怒られそうなのであれば、同質のものであると言えば良いでしょうか。

日本の政府、てゆうか現政権党の政治的発想が漫画並みに単純な、てゆうか『ゴルゴ13』でももうちょっと込み入った状況を表現していると思うのですが、それを読んで感心してしまう人が総理大臣やってますからどうにもならん、という話しもありますけど、まあそういうアタマの程度である、というひとつの証拠が死刑制度をかたくなに手放さないことであり、2つ目の証拠が一連の「北」を巡る「核保有」論議でしょう。まあ、恥をかかないように、ここは開催地に名乗りを上げるようなことは止めておくか、政権の方を取っ替えておいた方が良いかも知れません。もう1回落としてもらわないと変えられませんかね。続きを読む
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2009年04月07日

あなたも今日からモテモテの「無所属」になれる、あッと驚くヒミツのやり方

森田健作知事:「無所属は虚偽」…千葉県議2人が告発へ

「無所属」のたすきをつけ選挙運動に臨んだ森田健作氏
 千葉県の森田健作知事が自民党支部代表を務めながら、知事選で無所属を名乗ったとして、同県議2人が15日、公職選挙法違反(虚偽事項の公表)の疑いで千葉地検に告発する方針を固めた。
 東京都選管に提出された政治資金収支報告書によると、森田知事は衆院議員を辞職した03年以降も「自由民主党東京都衆議院選挙区第2支部」の代表を務めている。公選法は、当選を得る目的で政党の推薦や支持などに関し、虚偽の事項を公にすることを禁じている。だが、政党に所属していても、党の「所属党派証明書」を選管に出さなければ無所属で出馬できる。森田知事は今回、自民党に証明書の発行を申請しなかったという。
【斎藤有香】

2009年4月6日 毎日新聞


千葉県知事選は候補者全員が「無所属」だったわけですが、その中でも「完全無所属」をうたっていたのが森田さんです。「完全」というところの意味が全くよく分かりませんが、今にして思えば彼のマニフェストの冒頭に掲げられた言葉が、極めてビミョーな意味を持っていたわけです。曰く

政党より県民第一。

「政党より千葉県民第一」というヴァージョンもあります。「千葉」のところが「埼玉」だったり、いろいろです。なるほど「無所属」だから「政党より県民第一」なのかも知れませんが、「無所属」と称しながら「政党」の陰を引きずっているのは、ちと妙です。考えてみれば、「無所属」であればどこかの「政党」のことなど最初から一切考慮する必要はないはずですから、「政党より県民第一」というキャッチフレーズは「無所属」の候補者においては、それ自体あり得ないものなのです。

これが一部の有権者にとっては「無所属」を強調するような意味に捉えられたかも知れませんが、一方では森田さんと「政党」との繋がりが存在することを再確認させる意味も持っています。おそらく森田さんが動員した自民党県議の有する票田では、後者の意味で受け取られたんでしょう。つまり一方では組織票を固めつつ、他方では浮動票を獲得する、という目標が、このたった8文字の言葉で実現されるというわけです。

そこで「無所属」という、この曖昧な言葉の使い方について、4月3日の衆議院法務委員会において総務省自治行政局選挙部長の門山泰明さんが「一般論」を説明しています。

一般論としてのお尋ねでございますが、若干前提をご説明させていただきますと、立候補届け出におきまして立候補届出書に所属する政党その他の政治団体の名称、これを記載する場合には当該政党その他の政治団体の証明書、いわゆる所属党派証明書というのを添付するということになっておりまして、この所属党派証明書の添付がない場合には無所属と、こういう扱いになるわけでございます。したがいまして立候補届けにおきます無所属という機会は立候補届けをした方がどの政党にも属しないということを意味するものではなくて、所定の所属党派証明書がない、記載されていないという場合に記載すべきかなり広い意味の呼称であると解されておりまして、一般に政党に所属する方が無所属として立候補届けをし、無所属として選挙運動をすることは当該規定に抵触しない、と考えられるところでございます。

一方、政党に所属する方がいかなる政党にも所属しないということを公にして選挙運動をするということにつきましては、これも一般論でございますけども、それが立候補届けにおける無所属ということではなく、実際の政党への所属関係について当選を得、または得させる目的をもって公職の候補者の政党その他の団体の所属に関し虚偽の事項を公にしたと、そういうふうに認められる場合には公職選挙法235条1項に抵触するおそれがある、ということは考えられるところでございます。なお、個別の事案につきましては具体の事実に即して判断されるべきものと考えております。


この答弁のうち前段については森田さん自身が行っている言い訳と同様であり、たしかにその限りにおいては森田さんは「無所属と、こういう扱いになる」ようです。しかし後段で述べられている内容に即して言えば、森田さんは「公職選挙法235条1項に抵触するおそれがある」と考えられます。

「完全無所属」をうたい、マニフェストの表紙の一番上に「政党より県民第一」というキャッチフレーズを掲げた森田さんは、「いかなる政党にも所属しないということを公にして選挙運動をする」ことに該当します。これは森田さんにおいてほとんど唯一とも言えるセールスポイントなのであり、最大のアピールポイントとして扱われていますから、「当選を得、または得させる目的」をもって行われたものであるといって良いでしょう。そしてその訴求点が「公職の候補者の政党その他の団体の所属に関し虚偽の事項」であったわけです。そしてこの場合に「公に」されていたのは、森田さんが自民党の支部長であったとかいうことではなく、彼が「無所属」であるという「虚偽の事項」に他なりません。総務省の見解によれば森田さんが公選法に違反する疑い極めて濃厚であるということになります。

もっともお役人の常として「個別の事案につきましては具体の事実に即して判断されるべきものと考えて」いるそうで、法の支配を全く無効にする広大な「裁量」の領域を最大限に確保しているところでありますから、実際問題として森田さんが公選法違反に問われる、とか当選が無効になる、ということになるのかどうかは分りません。しかし法と行政の解釈によれば、森田さんが公選法に「抵触するおそれがある」ことは明白である。さよう相違あるまい。

そういえば森田さんは如何にして自民党員となりしか。1992年に参議院議員になったときは連合と民社党、社会党、社会民主連合の推薦だったのですが、連合との約束を破って民社党と会派を組み、民社党の解党前のドサクサにまぎれて自民党に移ったようです。みんなが気がついたら自民党に入っていたようで、なんだかんだ巧く誤摩化してきた、というのが実際のところでしょう。衆議院に遷ってからの2000年の総選挙で公認から漏れたことも幸いしたのかもしれません。

もっとも、今回の選挙では「無所属」の良いお手本がいました。なんと最下位に泣いた西尾憲一さんは、上辺では森田さんと同様の「無所属」ですが、この人は本当に2008年の10月6日に自民党県連に離党届を提出していることが公にされています。県連は森田さんを推すので、それでもどうしても出るんだということで離党に至ったようですが、西尾さんの場合事態は極めて明白です。どこに出しても恥ずかしくない正真正銘掛け値なしの「無所属」です。一方の森田さんは自身が今現在自民党員であるのかどうかすら明らかに出来ません。はなはだ歯切れの悪い、「無所属」ぶりであります。同じ「自民党系」の「無所属」であっても、森田さんと西尾さんとではその内実はかなり違うようです。

こんな2人が同じ「無所属」を称して差し支えない、ということでは明らかに有権者にとって理解し難い状態であるといえるでしょう。やはり西尾さんが「無所属」であるならば、森田さんは「無所属(?)」とか「無所属」と表記してもらった方が便利です。こういう点について西尾さんがどのように考えておられるのか、興味のあるところです。吉川洋さんは西尾さんを連れて来て森田さんに「正しい無所属のやり方」を講義してもらったらどうか。一方、森田さんはそんなに自民党員が恥ずかしいんだったらさっさと離党してしまえば良いでしょう。さもなきゃ「ムショ族」にでもなるんですな。
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2009年04月05日

モリケン空を飛ぶ

【主張】ミサイル誤認 萎縮せず情報収集万全に

 北朝鮮が人工衛星と称して発射を予告した長距離弾道ミサイルへの厳戒態勢がとられるなか、政府がいったん、「北朝鮮からの飛翔(ひしょう)体」の発射を発表し、すぐに取り消す事態が生じた。
 緊急情報ネットワークシステムを通じて誤った情報が各自治体にも届いた。国の安全保障に関する情報が錯綜(さくそう)したことは極めて残念である。浜田靖一防衛相らが陳謝したのは当然だ。
 繰り返されてはならないことである。しかし、批判するのはたやすい。政府や防衛省・自衛隊の担当者らが萎縮(いしゅく)して、今後の情報収集や伝達に支障が出るのでは本末転倒だ。政府関係者は正確かつ迅速なミサイル防衛(MD)の運用にあたってもらいたい。
 予告された発射期間の初日、北朝鮮の朝鮮中央通信が午前10時に「まもなく発射」と伝え、政府内の緊張状態が極度に高まるなかで誤情報がもたらされた。
 ミサイル発射に際し、国民に正確な情報を提供し冷静な対応を求める役割が政府にはある。それだけに、みずから混乱を招いた政府に対し、関係自治体や漁業関係者らが反発や不安の声を上げるのはやむを得ないだろう。
 防衛省などの説明によると、千葉県旭市にある航空自衛隊の警戒管制レーダーが日本海で何らかの航跡を探知し、ミサイル発射と誤認したのが発端だったという。
 これに、米国の早期警戒衛星も発射を探知したとの誤った情報が加わり、確度の高い情報ととらえた首相官邸サイドが公表した。
 発射情報は、米国の早期警戒衛星がミサイルの熱源をつかみ、防衛省を経由して官邸に伝わることになっていた。実際には、米側の情報がないのに、あるものとして伝えられた。ごく基本的なところで誤りが生じた。
 日米間での情報確認作業は十分だったか。公表に際して、官邸と防衛省の間で最終的なチェックは行われたのか。
 米国の早期警戒衛星も百パーセントではないとされる。日本が引き続き、独自に発射情報の収集に努めるのも当然のことだ。
 与野党双方が誤情報の発表を厳しく批判しているのに対し、橋下徹大阪府知事は「敏感に情報収集する方が危機管理としてはいい」と述べたという。北の違法な行動から国民の生命・財産を守るオペレーションを支援するのが、政治の役割であろう。

2009年4月5日 産經新聞


「北」「北」ってあんた、北公次がなにか「違法な行動」でもしましたか。したかもしれん。北一輝はしたということにされてたようですが、北杜夫はどうなんでしょうねえ。

毅然として粛々と間違ったようですが、おそらく「誤発表」の効果としてはここに書いてあることくらいは見込まれているんでしょう。亀をひっくり返すと起き上がれないそうですが、転んだガメラはただでは起きません。そういう場合は火を噴きます。この「事故」によって、軍隊は自分に都合の良い「教訓」を引き出して来るわけです。すなわち日米間の連携をより密にし、情報収集体制を強化する必要があることが明らかになったというわけです。

日本と「北朝鮮」の関係は現在大変良好であるようです。今回は「北朝鮮」のおかげで日本のTVで「軍事パレード」を盛んに放送していました。道を間違えてどっかに引っかかっていた車両もあったようですが、ご愛嬌というものでしょう。あんなものを放送すると敵国に軍事情報を公開するようなもんですが、「北朝鮮」は別に敵国ではないようです。

まあ、仮想敵国あっての軍隊であり、軍隊あっての国家ですから、「北朝鮮」がなくなってしまったら明日から日本はどうして良いのか分らなくなってしまうんで、そういうことも含めて「お互い様」という気持ちを失わないでやっていただきたいものです。今回は国民に対して示威行為をすることができましたし、もっと予算を使う言い訳も出来ました。もう十分でしょうから、実際に発射する必要もないくらいです。「北朝鮮」にはお礼に「CRAおれは男だ!」を100台くらい寄贈してあげても良いのではないでしょうか。

森田健作さんなどは「情報戦」というものがわかっている、のかどうか知りませんが、「敵」が誰だか分らなくなるようなレーダーとは違うようです。国民なんて女みたいなものです。いや、国民を侮ってはいけません。てゆうか女性を侮っていると痛い目にあうのが一般のようです。森田さんなどによれば国民などというものは「教育」や「監視」の対象であって、要するに「敵」です。「国民」は「国家」と利害が対立する点においてあらゆる外国に優先して「敵」として考えられます。もっともそれは「国家」が「国民」の福利を図らない場合ですが。まあたいていの場合あまり国民のことは考えてくれません。

「北朝鮮」はともかく「敵」は騙して良いことになっているのですから、いつも選挙のたびに大嘘をついて有権者を騙すのは当然のことです。有権者に公然と敵対する公僕の出現と時を同じくして、これまた公然と軍事力を誇示し始めたのが新年度の始まりです。しかしながら「国民の敵」である森田さんを、森田さんの敵である「国民」が寛大に取り扱うかどうかは保証の限りではありません。このままでは危険なので、彼をパチンコ台のオマケに付けて「北朝鮮」に向けて飛ばしてあげるならば、「北朝鮮」の「敵性」がより「国民に分かりやすく」なるものと思われます。何だかわかりませんが、「北朝鮮」っていちいち括弧を付けると相撲取りの名前みたいに見えて来ますな。
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2009年04月03日

豚骨女子高生とラーメン屋でデート

稀代の詐欺師森田犬作の千葉県では「治安担当副知事」が「移動交番」を駆使して、オマワリさんが「問題が起きる前に」出向くんだそうです。つまり喫茶店でお茶していても、それはそこで「問題が起きる前に」出向いていることになるわけです。「問題が起きる」かどうかは問題ではありません。事件は現場で起きるのですが、オマワリさんが「現場」に出向くのではなく、オマワリさんのいるところが「現場」になるのです。一方そこでなにも「問題」が起きなければ、それは「問題」を「未然に防いだ」ことになるわけです。しかしそんなことは全国の「自宅警備員」のみなさんが日々の活動の中で実現していることでもあります。

警視庁にチーム「さくらポリス」 子供や女性の防犯専従

 子供や女性が被害者となる犯罪の未然防止にあたる56人の捜査班「さくらポリス」(愛称)が今月、警視庁に発足した。心理学を学んだ女性警察官を多く配置している。優しくほほ笑みながら被害者に接した方が、被害者の不安も和らぎ、容疑者に関する情報も聞き出しやすい。そんな狙いをもった専従チームだ。
 「さくらポリス」には女性警察官が16人おり、うち8人は心理学やDNA鑑定を学び、性犯罪捜査員の指定を受けたプロ。他の捜査員も、少年事件などの現場経験が豊富なベテランをそろえたという。警視庁は「桜の花言葉『あなたにほほ笑む』のように、都民に安心してもらえるよう活動していく」という。
 56人は、都内を3地域に分けて分担し、「不審者がいた」などの情報を受けたら現場に急行。地元の署員と協力し不審者を捜して注意したり、容疑者を逮捕したりする。凶悪事件に発展する恐れがあると判断した場合には捜査1課と合同で捜査に当たり、誘拐や強姦(ごうかん)などに発展するのを防ぐ。
 刑法犯の認知件数は減少傾向にあるが、犯罪の前兆事案とされる「声かけ」や「付きまとい」などは減る兆しがない。昨年3月の社会安全研究財団の調査では、国民の45%、女性の51%が「犯罪の被害にあう不安がある」と回答。「体感治安」が悪化しているとして、警察庁が同様の専従チームの設置を各警察本部に指示。今春から各地で発足している。

2009年4月2日 asahi.com


一方「石原東京」では、それは「優しくほほ笑みながら」やって来ます。「桜田門」の「桜」の花言葉は「あなたにほほ笑む」なんだそうです。この人たちはほほ笑みながら、何もしていない「不審者」を「逮捕したりする」そうです。「事件」はもはや「犯罪」を必要としていません。「不審者」がいれば良いことになっています。しかし本当は「不審者」も必ずしも必要ではありません。誰かが誰かを「不審者」だと通報すれば良いのです。

これだけ「「体感治安」が悪化している」ことを喧伝しているのですから、中には存在しない「不審者」を「体感」してしまう「感じやすい」女の人もいるかも知れません。そこで「さくらポリス」では「被害者」に面接して通報の性質を評価できる人を用意しているとされています。しかし、「さくらポリス」56人のうち女性が16人、そのうちの8人が「心理学やDNA鑑定を学び、性犯罪捜査員の指定を受けたプロ」です。それはたった8人しかいません。

残る48人、ということは「さくらポリス」の86%を占める大部分の人は、ただのオマワリさんです。したがって「さくらポリス」が誤解に基づく「通報」によっていわゆる「不審者」を「逮捕したりする」可能性は極めて高いものと考えられます。これは事実上何もしていない人をイキナリ取っ捕まえるための「専従チーム」であることになります。

そもそも「事件」すら起こっていないのに「被害者」とか「容疑者」が存在する、というのも理解し難い話しですが、それはオマワリさんの仕事に対する一般市民の無理解に起因しています。何も「事件」が起こらなければオマワリさんは交番でマンガを読んでいたり、ラーメンを食べている、というのは全くの誤解です。オマワリさんだって自分から仕事を見つけ出して解決していく姿勢が求められていることは言うまでもありません。

ミクシィなど6社に削除要請=「出会い」求める書き込みに−警視庁

 インターネットの会員制交流サイト(SNS)やゲームサイトなどの非出会い系サイトに、交際を求める書き込みがあるとして、警視庁が「ミクシィ」(東京都渋谷区)など運営会社6社に対し、書き込みの削除などを要請していたことが2日、分かった。
 出会い系サイトではない一般サイトに関係して犯罪被害に遭う18歳未満の児童が後を絶たず、同庁は初の要請をしたという。
 少年育成課によると、対象はミクシィのほか、モバゲータウンを運営する「ディー・エヌ・エー」(同区)、「グリー」(港区)など。
 各社のサイトでは、サイト内グループに参加するなどして利用者同士が交流できるが、「彼氏募集」「会える人いませんか」との交際を求める書き込みもあり、児童買春につながる可能性もあるという。

2009年4月2日 時事


「分かった」、というのはもちろん時事通信社が取材をして解明したわけではなくて警視庁が得々と発表したわけですが、自ら「交際を求める」女の人は「犯罪被害に遭う」んだそうです。たしかに「児童買春につながる可能性」というものについては、そういうこと「も」のかもしれません。「も」が付くような「可能性」なら、いつでもどこでも何にだって存在します。しかし何の証拠もありません。もっとも問題は、「さくら」が多いということですが。

もっとも多くのオマワリさんは証拠に基づいて動いたことなど一度もないような人がほとんどであるようです。だいたいの「事件」が、「も」が付くような「可能性」で処理されているのは人も知るところです。で、たまたま真犯人にぶち当たったり、そうでない場合も「容疑者」の方で諦めることになっています。

しかしいくらなんでも起訴とかいうことになると「も」付きの「可能性」だけでは検察がやりにくいわけですから、オマワリさんは面倒な「児童買春」にかかわるよりも、もっと簡単な方に目を向けがちです。実際、大人の人とつき合っている「18歳未満の児童」について、警察ではそれを「被害者」として認定することになっています。ちなみに警察では、お金を出して女の子を買うことよりも、単に交際することの方が重大な違反行為であると考えられています。

2警官が女子高生と性的関係=逮捕と懲戒処分−北海道警

 女子高生とみだらな行為をしたとして、北海道警は4日、道青少年健全育成条例違反の疑いで、中標津署地域課巡査小林大輔容疑者(24)=標津町=を逮捕した。道警によると、容疑を認めているという。
 逮捕容疑では、小林容疑者は2月13日、十勝管内のホテルで、コミュニティサイトで知り合った女子高生とみだらな行為をした疑い。
 また道警監察官室は4日、女子高生を買春したとして、稚内署の男性警部(44)を停職3カ月の懲戒処分とした。
 監察官室によると、警部は2007年2月から08年3月にかけ数回にわたり、携帯電話の出会い系サイトで知り合った女子高生に対し、1回につき1万数千円でみだらな行為をしたという。
 女子高生が「成人」と偽っていたため、児童買春・ポルノ処罰法などでの立件はできなかったという。警部は4日付で依願退職した。

2009年3月4日 時事


小林さんは女子高生と1回オマンコをなさったので「逮捕」されましたが、これがお金を払っていると、それが数回にわたったとしても停職3ヶ月で済み、氏名も公表されません。もっともこれはオマワリさんだけの特権なのかも知れませんが、いずれにしても「児童買春」なんかよりも普通につき合うことの方が重大な「悪事」であるとされていることに変わりはありません。例えばこの例では、小林さんは「ちゃんとお金を払いました」と言えば逮捕されることもなく、氏名も公表されず、停職処分くらいで済んでいたはずです。アタマの悪い奴だ。

そこで「児童買春」よりも「罪が重い」ところの「彼氏」について、警視庁では既にネットを監視して、書き込みの削除を命じています。2008年の12月に「出会い系」サイトは都道府県公安委員会への届出が義務づけられましたが、このことが直接に、警察がネットを全般的に監視対象におく理由とされました。「事件」の起こる「現場」を規制することによって、「現場」は全領域に拡大することになるわけです。もちろんだからといって「さくら」がいなくなるわけではなく、かえってイロイロな「さくら」が増えそうな予感がしますが。

これは繁華街を「浄化」してから、全域を対象に「さくらポリス」を設置するのと同様の手法であると考えられます。もちろんこのように警察の監視下に入ったネットでは、オマワリさんではない人がラーメン屋と右翼系カルト集団との間に密接な関係があるという「可能性もある」ことを指摘してはいけません。

ラーメン店中傷書き込み、ネット名誉棄損に逆転有罪 東京高裁

 インターネットのホームページ(HP)にラーメンチェーン店を中傷する文章を掲載したとして、名誉棄損罪に問われた会社員、橋爪研吾被告(37)の控訴審判決で、東京高裁(長岡哲次裁判長)は30日、ネットの特性を考慮して同被告を無罪とした一審・東京地裁判決を破棄、検察側の求刑通り罰金30万円の有罪判決を言い渡した。
 弁護側は判決を不服として上告する方針。
 長岡裁判長は判決理由で「ネット上の個人による情報発信に限って名誉棄損の基準を緩和した一審の判断は、被害者保護の視点に欠けるなど賛同できない」と判断。「ネット上の表現行為は今後も拡大すると思われ、表現内容の信頼度の向上がますます要請される」と指摘し、「名誉棄損罪の成立を妨げる事由はない」とした。

2009年1月31日 産經新聞


長岡哲次裁判長は、「ネット上のすべての情報を知ることはできず、書かれたが側が反論できるとは限らない」としていますが、今後はオマワリさんがネットを見張ってくれています。オマワリさんと親しくしていれば、都合の悪い書き込みのことを教えてくれることでしょう。もちろん「反論」などをしなくても、訴えるもよし、「不審者」として「さくらポリス」に言いつけるのも自由ですから、ラーメン屋さんはいくらラーメンが不味くてもこれで安心です。
posted by 珍風 at 22:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月02日

寒い国からやって来た熱血青春工作員

森田健作さんが石原知事と会談、「首都圏連合」発足で一致

 千葉県知事選に初当選した森田健作氏(59)は1日、東京都庁で石原慎太郎知事と会談した。

 神奈川と埼玉の知事にも協力を求め、4都県知事で「首都圏連合」を発足させて経済活性化を目指すことで一致した。
 森田氏は約2年ぶりで会った石原知事にガッツポーズをみせ、いきなり抱きついた。石原知事は「オーバーアクションなんだよ」と苦笑。森田氏は前回の選挙で石原知事の応援を受けており、「1周遅れでやってまいりました」と報告、石原知事は「よく頑張った」とねぎらった。
 会談では森田氏が、選挙公約にした「東京湾アクアライン」の料金値下げについて、麻生首相が「国土交通相に検討を指示すると言った」などと伝えた。石原知事は「千葉は素晴らしいところ。首都圏の活性化につながる。応援する」と支持する考えを示した。

2009年4月1日 読売新聞


もはや凄惨な様相を呈しております。「青春」の責任者と便乗者の熱き抱擁。2人ともオナニーで名を売っただけに、周辺には何やらイカくさい臭気が芬々として鼻がひん曲がりそうです。

「首都圏連合」だか「関東ファシスト連合」だか知りませんが、当選以来の森田さんのはしゃぎっぷりは異様です。まあたしかに、森田さんが当選したのも、どっかの阿呆が皿女を連れて来たのが原因の棚ぼた式の偶然の産物でしかありません。そりゃ労働して報酬としてお金を受け取るよりは、宝くじに当たった方がうれしいわけです。

自民党東京都衆議院選挙区第2支部が森田健作政経懇話会のダミー団体だったり、政治献金が出演料だったりという話しは投票日前からちらほら出ていたのですが、当選後は「無所属」と言いながら立派に自民党に「所属」しているばかりか支部の代表者じゃないか、これは虚偽事項の公表に当たるぞこの嘘つきめ、とか、ドンキからの献金が政治資金規正法違反の疑いがあるんだとか、いろんな話しが出て来ます。

こういうことも、まさか当選するとは思っていなかったのであんまりちゃんと考えてなかった、というのはいかにもあり得る話しです。森田さんに限っては当選するつもりがあってもあんまりちゃんと考えなかったり、そもそも物事をちゃんと考えるということは出来ない相談だ、ということもあるのかも知れませんが、しかし、これはどんなもんでしょう。

先に行なわれた千葉県知事選挙で見事当選を果たした森田健作氏の出世作「おれは男だ!」とのタイアップ機種がニューギンから登場した。原作は森田氏が演じる主人公・小林弘二を中心とした個性豊かな登場人物たちが、青葉高校を舞台にスポーツ、恋、友情…とまさに青春を繰り広げる熱血物語だが、その実写映像はもちろん予告やリーチアクションなど液晶演出としてふんだんに使用されているぞ。4つの役モノも原作の世界観を具現化しているので注目してほしい。「操可動体」と「源之助可動体」はコミカルなアクションでチャンスを告知し、「弘二打ち込み可動体」はダイナミックに液晶中央に飛び出して竹刀を振り回す。そして、「青春の太陽ロゴ可動体」は落下すれば激アツの役モノとなっている。また、ニューギンと言えばモード移行システムだが、今作ではモードによって背景・予告・スーパーリーチが変化するなど飽きの来ないシステムに進化しているぞ。さらに本機は確変の可能性を占う新機能「リールセレクトシステム」を搭載。大当たり時に出現するカードをプレイヤーが選択し、めくれたカードに赤の図柄が多いほど、確変の期待度が高くなるというものだ。赤図柄が3つなら期待度低、5つなら期待度中、7つ以上なら期待度激高となるぞ。

パチンコビスタ
http://www.pachinkovista.com/pfactory/model.php?nid=17586&dsp=0


「熱血青春パチンコ」だそうであります。「飽きのこないモード移行システム」とか「リールセレクトシステム」が特徴なんだそうですが、僕には何だかよく分かりません。基本スペックは以下の通りです。

賞球数    3&8&9&10
通常時大当たり確率 1/99.25
確変時大当たり確率 1/15.27
確変スペック 64%
平均出玉 約560個
ラウンド・カウント数 7R/8C
時短 全ての大当たり終了後30回

僕はパチンコやらないのでスペックについての評価は出来ませんが、パチンコというものが世間では必ずしも評判の良いものではない、というウワサは耳にすることがあります。まあ、一部のパチンコ店では収入がテポドンになっているそうですが、すべてのパチンコ店が北朝鮮の経営であるわけでもないようですし、強盗に入るより入られる方が多いのが実態ですから、そんなに悪い人たちばかりではないのかも知れません。

しかしながら「病的賭博」の問題が指摘されたり、駐車場でガキが死んでいたりと、なにかと批判されがちであることは確かです。これらの問題も、必ずしもパチンコ業界だけの問題であるかどうかは疑問ですが、マスゴミは概ね機会を捉えてはパチンコのネガティヴなイメージを煽動しているようです。

したがって政治家としてはそういう世界と関わりを持つのはあまり得策とは考えられません。いや、関わりを持っている政治家は沢山いるんですが、店内でパチンコ台のキャラクターになるというのはいくらなんでもいかがなものか、というのが普通の判断ではないか、という気もします。ちなみにこの台の版権関係は以下のようになっているようです。

(C)森田健作/サンミュージックプロダクション
(C)松竹
(C)津雲むつみ/集英社
(C)早瀬久美
(C)志垣太郎

面倒なもんですな。いずれにしろこの版権についての契約を締結した時点で森田さんは自らの当選を予想していなかったのではないかとも考えられます。もしかすると森田さんは、単にパチンコ台の宣伝のために選挙に出て来たのかも知れません。当選するや否や様々なメディアに早瀬久美さんが出て来てなんか喋っているのもクサい。志垣太郎さんは出て来ませんが。あの人は現役ですから。

もっとも、知り合いのパチンコ店店長はこの台についての考えは微妙です。5月以降導入なので今契約しないといけないんですが、現在のところ様々な不正行為が明らかになっているところ、これから先も何が出て来るかわからない、万が一失脚するようなことがあったら1台20数万という投資がパーです。外して中古で売っても値段がつかない、という心配をしているようです。まあ何を心配しているんだか知りませんが、ダーティなイメージ、だとか警察との癒着、だとか、お互い様だと思うんですが。
posted by 珍風 at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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