2009年05月20日

有罪病

まさか「禁煙」がファシズムであるわけはありません。単にファシストが「禁煙」にその活動領域を見いだしただけです。おかげで自動販売機でタバコを買えなくなった僕は、毎日コンビニで21世紀の「タバコ屋の看板娘」の顔面の品評を行ったり、その他色々な拾い物をして帰ることになりました。いや、「拾い物」ったってちゃんと料金は払っているわけですが。「看板娘」に免じて。

そこでたとえばこの間などは「別冊宝島」の『「死刑」と「無期懲役」』などという「センセーショナルな」書物を、煙草だけじゃ看板娘に悪いんじゃないかと思って買ってしまったりしたわけです。880円もしたのです。どうしてコンビニ娘の前で見栄を張らなければならないのかよく分かりませんが、煙草ばかりではなくて何か他にも買う、というのが「禁煙ファシズム」の思わぬ効果です。それにしても880円です。くどいようですが880円です。それがつまり「禁煙」です。880円が「禁煙」の効果のアルファでありオメガであり、それ以上は何もありません。年は18番茶も出花の「看板娘」は相変わらず「看板」のままです。夜陰に乗じて持って帰るわけにはいかない点においては「看板」に及びません。

そういうわけですから、その本に書いてあることが「看板娘」の「笑顔」のようなものであるとしても、それはそれで致し方の無いものであります。しかしながら男というものは、そんなところに「幻想」を抱いて毎朝毎晩タバコを買いにいくのです。おまけにタバコを渡す時、変な目つきの「不審者」ですが、それでもお店には大事なお客です。なんたって880円ですから。

そういうことですから、門田隆将などという人が思いつく限りのデタラメを吹聴しているとしても、僕たちは「看板娘」の「笑顔」にほだされてついつい許してしまったりするべきなのです。

検察側は弁護人から請求されれば、都合の悪い証拠(「類型証拠」と呼ばれる供述録取書など)もほぼすべて、開示しなければならなくなったのです。

これまでの裁判では、検察は被告人を有罪にするために自分たちの都合の良い証拠だけを出していればよかった。いくら弁護人が証拠開示を要求しても、裁判長が「その必要はありません」と言って終わりだったのです。

たとえば、ある殺人事件があって、A、B、Cという関係者の供述録取書があったとします。

検察にとって都合が良いのはAの供述だけで、B、Cは被告人に有利な証言をしているとします。

これまで検察はAの録取書だけを証拠提出し、後は知らんぷりをしていたわけです。そういうことが、「公判前整理手続」によってできなくなったというわけです。

これは不当捜査が発覚する可能性が飛躍的に高まる可能性を意味します。だから私は冤罪は減るのではないかと考えています。


別冊宝島1619『「死刑」と「無期懲役」』
「『死刑志願の男』星島被告を無期懲役にした官僚裁判官の『限界』」
門田隆将インタビュー


しかし困ったことに、これを買ったときにはコンビニのレジにいたのはむさ苦しい男子バイトであったのが運の尽きです。「看板娘」は20時までしかいないのでした。20時以降は真面目に学校の勉強などをしているのに違いない清純派の「看板娘」であります。本当は違うのかもしれませんが、とにかく三流大学山岳部の男子バイト君よりはマシというものではありませんか。

門田さんは「検察側は弁護人から請求されれば、都合の悪い証拠もほぼすべて、開示しなければならなくなった」と言っています。ここで当然「ほぼ」というのはどういう意味であるのか問いつめたいところですが、無精髭の残る男子バイト君に問いつめるのもうんざりです。しかしだからといって、弁護人が「検察に都合の悪い証拠」の存在自体をいかにして知ることが出来るのか、という点については、朝になってから早番の「看板娘」にきいてみたいような気もします。

検察側に「都合の悪い」証拠は、そもそもその存在すら否定されるおそれがあります。そんな「供述録取書」などは「ない」と言ってしまえば終わりなのではないでしょうか。もちろん弁護側は、自己に有利な証拠を収集することが可能です。しかしその場合、たしかに門田さんのいうとおり「裁判長が「その必要はありません」と言って終わり」だったりします。それは裁判長が職権でその証拠については証拠調べをしないことが可能になっているからです。

しかしながら門田さんが賛嘆する「公判前整理手続」においては事情は全く異なります。この場合裁判長は職権で新証拠の証拠調べをすることが可能です。しかしこれは例外であり、従来は証拠調べをしないことが「例外」であったのとは180度違うことになります。

刑事訴訟法第316条の32 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第298条第1項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。

2 前項の規定は、裁判所が、必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることを妨げるものではない。

 
つまり新たな証拠調べは原則不可、となったのであって、これだと「不当捜査が発覚する可能性が飛躍的に」低くなる「可能性を意味」するはずですから、門田さんの言うこととは全く逆です。「公判前整理手続」は、検察が不利な証拠を隠そうとしているのであれば、それを容易にする仕組みです。門田さんの言っていることは全くの虚偽です。

この点について公平を期す「振り」でもするつもりであれば、検察には弁護人からの請求の有無にかかわらずすべての証拠の開示を義務づけ、証拠の隠蔽が発覚した場合には無条件で被告人は無罪とするくらいの仕組みを作るべきでしょう。すくなくとも「公判前整理手続」を行う前のすべての証拠を裁判員に開示することが必要です。つまり「公判前整理手続」を、最低限でも裁判員には公開することが必要でしょう。

公開されない「公判前整理手続」においては、検察による不利な証拠の隠蔽が行われたかどうかも検証不可能です。「冤罪が減る」どころではありません。そして門田さんがそんなことを言うのは刑事訴訟法第316条の32の規定にあえて言及しないことで可能となっているようなのですが、これは単なるウソでしかありません。

門田さんは「評議の内容を漏洩すると、罰則(6ヶ月以下の懲役50万円以下の罰金)が定められていますが、これは制度の大きな問題点の一つです」と言いながら、この「大きな問題点」が解決されるまで延期しようじゃないか、などということは言いません。これは口先だけの言い逃れであるようで、このような「大きな問題点」にもかかわらず「裁判員制度」自体には何の問題もないと考えているようです。

まあこの人は「官僚裁判官」が「常識外れの判決」を出すので「正義や道徳というものが大きく後退した」ことを嘆き、「裁判員」がいわゆるその「常識」に沿った判決を出して「正義や道徳」なるものを回復すると期待しているようですから、もとより「裁判員制度」には大賛成であり、ちょっとした瑣末の「大きな問題点」などを顧慮しないとしても仕方のないところがあるのかもしれません。

ところが「常識」というものが一人一人違ったりするものですから、「非常識」だとか言われても困るわけですが、とにかくご本人は「誤解のないようにあらかじめ説明しておくと、私は「あらゆる事件を厳罰化すべし」と考えているわけではありません」なんだそうですが、「誤解」が生じるのも無理はない、と思わせるものがないわけではありません。「官僚」だか何だか知りませんが、門田さんが「非常識」だと思う判決というのは、門田さんが考えるのよりも「軽い」判決のことなのです。

つまり「非常識」というのは「軽すぎる」という意味であり、判決が「重すぎる」故をもって門田さんから「非常識」呼ばわりされた判決はないのです。つまり彼の「批判」は「厳罰化」の方向においてなされているのであり、門田さんが「「あらゆる事件を厳罰化すべし」と考えている」のだと思っている人がいるとすれば、それは誤解でもなんでもありません。とはいえ門田さんは「それは誤解だ」と言っているのですから、誤解でも良いですが、言ってみればそれは「正しい誤解」です。

まあしかし誤解でも六回でも何回でも構いませんが、それは単に門田さん自身が多少なりともカッコつけて世の中を渡ってゆくのに邪魔になるかどうかという程度のことに過ぎません。カッコつけたところで自ずと限界があるのは致し方ありませんが、純然たるウソまでついて「裁判員制度」を擁護するのはあまりカッコいいとは言いかねます。

実は「公判前整理手続」については、門田さんはこのインタヴューにおけるが如き「積極面」を見いだしたのが何時のことなのか見当もつきません。彼にもブログというものがありますから、アイデアの一半でも書き記してあるやに思いきや、そこに見いだされた「公判前整理手続」についての言及は以下のようなものだけだったのです。

これまで法曹三者によって、思いっきりチンタラ時間をかけておこなわれてきた日本の裁判が否応なくスピードアップされていくのです。
その秘密は裁判員制度の副産物とも言える「公判前整理手続」にあります。


まあそりゃ「公判前」に「整理」するんだから「スピードアップ」くらいするでしょうよ。百歩譲って「チンタラ」が悪いことでなんとかしなきゃなんないとしても、しかし「冤罪が減る」なんて一言も書いてありません。ですから門田さんは「公判前整理手続によって冤罪が減る」なんて言ったおぼえはない、宝島社の編集が勝手に書いたことだ、と言えば言えたのですが、だいぶ時間が経ったようです。てゆうかブログでは特にこの本についてエントリが存在しており、その中で「宝島社の勝手な編集によって自分の主旨と異なる記事となっている」ようなことは書いていませんでしたから、門田さんとしてはこの思いつきが気に入っているようです。

しかし何が哀しくて門田さんが明らかなマチガイを主張して、またもや無用の「誤解」を招いているのか、理解することは至難であります。裁判官が「官僚」だと言って非難されるのに検察官はそうではないとういうのも理解の範疇を超えますが、考えてみれば検察側の求刑通りの判決を出していれば門田さんの「常識」には合うようですから、裁判官も裁判員も要らないじゃん。まあアクセサリーにはなりますか、こんなアタシでよかったら。


posted by 珍風 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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