2009年07月18日

日本をアレにする600人の「会の会」

「先に結論ありきではない」森法相と時効撤廃求める「宙の会」

 「先に結論ありきの検討会ではない」−。森英介法相は公訴時効勉強会の発足を発表した今年年頭の会見で、こう話し、「論点を洗い出し、その後の取り運びを考えたい」と大転換への第一歩を踏み出した。
 道のりは決して平坦ではなかった。省内でさえ、「平成16年に期間延長したばかり。また変えるほど、社会情勢に変化があるとは思えない」と否定的な見方が強かった。
 だが、森法相がトップとなり、1月に設置された勉強会は、早川忠孝政務官を座長とするワーキンググループ(WG)が制度の趣旨の理解や、事件の実情の把握など実務的な作業を精力的に進めた。
 この間、公訴時効の撤廃を求める殺人事件被害者遺族の会「宙(そら)の会」が発足。世田谷一家殺害事件(平成12年12月)や上智大生殺害事件(8年9月)、すでに17年に時効が成立した札幌信金女性職員殺害事件など17事件の遺族が参加し、2月には設立総会も開催した。
 勉強会でも4月に中間とりまとめを行い、制度を見直す場合の「考えられる方策」として(1)制度の廃止(2)期間の延長(3)DNA情報で起訴し、時効を停止させる制度(4)検察官が裁判官に時効停止(延長)を請求する制度−をあげ、それぞれの利点・論点を示した。「夏までに一定の方向性を打ち出す」とも約束した。
 その後、WGで被害者遺族団体や関係機関、学者のヒアリングなどを行い、さらに国民からの意見募集と盛り上がっていく。一方、「宙の会」が5月開催の全国大会から集め出し、法相にも提出した時効撤廃に賛同する署名は約1カ月で4万5000を数えた。当初否定的だった省内の声も、「もう何も変えないというわけにはいかないと思う」と変わり、見直しへのうねりは高まっていった。
 これも当初の話で、法務省幹部の「たとえ何かが変わっても、これまでの流れで今運動している人たちの事件がさかのぼって救われることはないのだが…」というつぶやきがあった。時効進行中の事件に対する遡及適用のことで、今も結論は出ていない。ただ、以前は議論にもならなかったテーマが、勉強会で「憲法上は許されるのではないか」と前向きな見方が出るほどムードに変化も。
 そして、たどりついた生命侵害犯に対する時効廃止・期間延長の大転換。
 実は勉強会のきっかけのひとつに昨年12月、全国犯罪被害者の会(あすの会)代表幹事の岡村勲弁護士による法相訪問があった。同会の時効廃止を求める決議を伝えたが、森法相は、仕事関係の逆恨みで夫人を殺害された岡村弁護士の話に真摯に耳を傾け、まもなく勉強会設置を指示した。
 法務省幹部は、「一般の人の感覚に近い森大臣の存在もまた、今回のとりまとめの大きな要因だったと思う」と話した。

2009年7月17日 産経ニュース


見出しと内容が矛盾するようですが、よく見たら括弧がついているので、これはあくまで森さんがそう言ったというだけのことのようです。つまり森さんは嘘をついているわけです。記事の中では「勉強会」の進行に伴って「宙の会」が「結成」され署名を集め始めたりする様子がモンタージュされ、一体となった協同作業が「精力的に」展開されて「盛り上がって」いき、更に「うねりは高まって」、ついには「結論」に「たどりついた」ことを紹介しています。

そして「実は」といって明かされる、別に「実は」などと勿体ぶらなくてもいいような「あすの会」の暗躍。「実は」12月に岡村さんが森さんに会いに行って時効廃止を求め、森さんはそのために「勉強会」を発足したということだそうです。つまり「勉強会」が始まる前に岡村さんが「結論」を持ち込んできたということのようです。

そしてそのウラには工学博士なのに「大正13年以来の世襲家に生まれただけで」ワケも分らず法務大臣をやって無実の者を処刑したりしている森さんの「素人」ぶりが「一般の人の感覚に近い」ものとして「法務省幹部」にすら揶揄されています。まあ、役人が回してくる書類には素人らしく概ね黙ってハンコを押しているようですから省内の人気者でしょう。

森さんにしてみれば「あすの会」だろうが岡村さんだろうが、久間さんの生命と同様、要するに役人から回って来た「書類」の一種なんでしょうから、ポーンと景気良くハンコを押したものです。それにしてもこの「書類」にどんな「背景」があって難なく森さんの机にまでたどり着いたのか、謎は深まるばかりです。もっとも、「あすの会」では10月に冤罪もみ消し殺害事件が起きても何の音沙汰もなかったようですし、足利事件の刑の執行停止の際にも何の反応もありません。このような「誰でもいいから誰かが死刑になればそれで良い」という態度がはたして本当に「被害者遺族」のとりうるものなのかどうか、ちょっと疑問です。思うに岡村さんは「被害感情」を見事に「乗り越えて」しまったんでしょう。いやはやご立派なものです。

そんな「勉強会」が、「生命法益をより一層重視し、他の犯罪とは質的に異なった特別かつ厳正な対処をすべきであるとの国民の正義観念」がどうだとか言っているのはなかなかのお笑いぐさです。「厳正な対処」ですか。なるほど「厳正な対処」をしなければなりません。今やっていないのであったら直ぐにでも取りかかるべきでしょう。仄聞するにどうも「厳正な対処」はなされていないようであります。できたら「他の犯罪」にも「厳正な対処」をお願いしたいところですが、やはり死刑制度を手放す気がないのであれば、「生命法益」を重視する意味でも、無実の人を殺してしまったりしないように「厳正な対処」が求められるところです。

ところが「勉強会」では「証拠の散逸については、被告人の防御が困難になるとの指摘があるが、重い挙証責任を負う検察官の側にはるかに負担になるべき事柄であるから、検察官と被告人との負担のバランスを被告人の不利益に動かすものではない」としています。あたかも検察官が「重い挙証責任」を負っているかのような口ぶりです。ところが実際には司法が「厳正な対処」をしていないので検察官の「挙証責任」もきわめていい加減です。もしかすると裁判官の方が検察官に対して有罪にする重い責任を負っているんじゃないかと思われる程です。

刑事裁判ではむしろ弁護側の「挙証責任」の方が極めて「重く」、積極的な無罪証拠を提出出来ない限り有罪になっているようです。発生から長期間が経った事件の場合、これはほとんど不可能に近いことが想定され、「疑わしきは罰する」日本的司法制度の元では被告人にとっては極めて不利益な状況です。「勉強会」の主張には根拠がありません。

なお、「処罰感情」については、「あすの会」やら「宙の会」のそれが被害者または遺族の「処罰感情」を代表するものであると仮定する限りでは、それは「処罰されるのが真に加害者でなくても構わない」という盲滅法、今流行の「誰でもよかった」と同じく単なる攻撃性の暴発でしかないものであると考えることが出来ます。このような「加害者予備軍」の妄言によって法制度を変更することは考えものです。まあもっともこれは「これらの会」がもっぱら被害者や遺族のために活動していると仮定した場合ですが。それだけでは説明がつかない「活動」が多いのも事実であり、仮に何らかの「背後」関係によって「より大きな」目的のために動いているのであるとすれば、それは「暴発」や「妄言」ではなく目的合理性にかなった「正しい」ものであるということになりますが。

ちなみに「勉強会」が「国民の意見」と称しているのは、法務省の公募に対して寄せられた341件の意見のことであり、そのうちのおよそ7割が時効廃止に賛成であったとされています。ということはつまり240件くらい。一方で「あすの会」の会員は400人程度いるはずです。2006年の10月に公表された同会が会員を対象に行ったアンケート調査によると会員数は約380人とされています。2004年の6月には300人くらいでしたから、今では400人を超えるのかもしれません。また、「宙の会」は5月の第1回全国大会までに入会したのは17事件の遺族(人数不明)と賛助会員が61人。大会参加者は約200人ということでしたから、現状で200人ほどの規模があるかもしれません。したがって合わせて600人超の人が「これらの会」に関わっていると見込まれます。

しかしながら「国民の意見」を出したのはその中の240人に過ぎなかったようです。半分にもなりません。もっとも「遺族」といっても小児や老人もいるでしょうから全員が積極的に活動するわけでもないでしょうが不活発な会員が多いようなのは嘆かわしい限りです。一方で会の幹部は殺人事件があると呼ばれてもいないのに遺族のところへ出掛けて行って入会勧誘につとめているというのに、なんということでしょうか。日本もまだまだ捨てたもんじゃありません。


posted by 珍風 at 15:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。