2009年08月31日

裁判官を吊るせ!

最高裁裁判官国民審査:9人全員が信任

 総務省は31日、衆院選とともに投票された最高裁判所裁判官に対する国民審査の結果を発表した。審査対象になった竹崎博允(ひろのぶ)最高裁長官と8人の判事全員が信任された。有効票に対する罷免を求める率(罷免率)はほぼ前回並みの6・00〜7・73%だった。

 投票者数は前回より200万7404人多い6945万4375人。投票率は前回を1・33ポイント上回る66・82%だった。衆院選の「1票の格差」を巡る07年の最高裁判決にかかわったのは9人のうち3人。この中で合憲とする多数意見を出した涌井紀夫裁判官が罷免率トップに、同じく合憲とした那須弘平裁判官が2位。一方、法律で国民審査の期日前投票の期間が投票日7日前からと規定され、衆院選より4日短いため投票できなかった有権者もおり、投票率は衆院選小選挙区(69・28%)より2ポイント以上低かった。【銭場裕司】

==============

 ◆最高裁裁判官国民審査の結果◆

氏名(出身)     罷免要求票数(率%)

桜井龍子(行政官)  4656462(6.96)

竹内行夫(行政官)  4495571(6.72)

涌井紀夫(裁判官)  5176090(7.73)

田原睦夫(弁護士)  4364116(6.52)

金築誠志(裁判官)  4311693(6.44)

那須弘平(弁護士)  4988562(7.45)

竹崎博允◎(裁判官) 4184902(6.25)

近藤崇晴(裁判官)  4103537(6.13)

宮川光治(弁護士)  4014158(6.00)

 ※告示順、敬称略。◎は長官
2009年8月31日 毎日


せっかく「あの(!)」お塩先生が教えてくれたのに何ということでしょうか。「はほぼ前回並み」とは何という体たらくだ。日本の国民の皆さんは本当にテレビばっかり観ているんでしょうか。

しかしよく考えたら、投票日直前に司法の問題を提起したのがほかならぬお塩先生だったのが良くなかったのかもしれません。要するに誰もお塩先生に関する報道を見ていなかったのです。なるほどお塩先生については報道量が極端なまでに少なかったことは事実です。しかし一定の期間においては、あの三波春男さんよりも露出が多かったのではなかったか。

問題はこの押尾学とかいう、矢田亜希子さんの元夫が誰にも注目されていなかったということなのではないでしょうか。一般国民の偏見によれば「社会的影響」によって罪の重さが異なるというわけです。つまり有名であり人気があるほど責任は重大であり、無名な市井の人はそれほどでもないのです。

したがって酒井法子さんが「スター」本人であり、何だっけ何とかいう男が矢田亜希子という「元スター」の元配偶者でしかなかったのであれば、「事件」の中身とはほどんど無関係に「スター」の方が罪が重く、「元」の「元」であるらしいどっかのお兄さんはたとえ人死にが出ようともたいした罪にならないので保釈されても不自然には感じないようなのです。

芸能人というものはこのような理不尽な視線にさらされているわけですが、もちろん押尾さんのお友達にはそれこそ錚々たる人々が燦燦と輝いているわけです。ところが不幸なことにそういうキラキラした人々は一般国民の皆さんに親しくその御姿を曝したりしていないようです。なもんだから押尾さんがいくら六本木で「セレブ」で「フィクサー」な大立者でも、そんなことは誰も知らないのでした。うそだと思ったら田舎のお爺ちゃんお婆ちゃんに聞いてみましょう。

しかしそれを言ったら最高裁判所の裁判官諸氏の立場がありません。彼らはおそらく押尾学さんよりも無名なのです。もちろん最高裁判所の裁判官はカタい仕事です。歌を歌ってみたりもしませんし、美男美女と結婚してみたりする機会もそんなに多くないかもしれません。

それでも彼ら、そして彼女らはときどきテレビに映るのです。どのくらい映るかというとそれは矢田亜希子さんとの結婚報道が収束してから先日捕まるまでの間の押尾さんなどは問題になりません。そればかりではありません。お茶目でも押尾さんには負けません。

負けないどころか、最高裁判所の裁判官たるもの、この点では押尾などという口先男の遠く及ぶところではないのです。たとえば罷免率トップの涌井紀夫さん。押尾さんの事件では女の人が1人死んでるんですか?それがどうした。涌井さんが確定した死刑判決は2件です。いきなりダブルスコアです。1人殺すも2人殺すも同じことですか。そういうことは1人殺してから言ってもらいたいものです。

惜しくも罷免率では第2位ですが、那須弘平さんもたいしたお茶目です。那須さんはなんと3人殺しています。そればかりかそのうちの1人はどうも冤罪ではないかと言われています。仏恥義理です。そういえば広島市暴走族追放条例合憲判決において「一般国民は限定解釈により本条例が違憲無効とされることなく存続することによって本来的暴走族ないしこれに準ずる集団でないにもかかわらず規制の対象とされたり,そうでなくても一般的に表現の自由の保障に無関心な社会が到来するのではないかという懸念による心理的な「萎縮」の被害を受ける可能性が考えられないではないが,他方で暴走族の被害を予防できるというより現実的な利益を受けることを期待できる」という、あたかも「表現の自由」が「現実的」ではないかのような、とってもぶっちぎった補足意見を書いていました。これで法曹と言えるんですから呆れたもんです。これならあなたも最高裁判官。

第3位の桜井龍子さんは犯行日の変更という天をも動かす訴因変更を認めた御殿場事件の上告を棄却した大先生、第4位の竹内行夫さんは海外で人質に取られた日本人に「自己責任」を言い放った冷血漢です。こんな人が司法試験も通らずにどうして司法の世界にやってきたかというと、それが旧政権が旧政権たる所以であります。稲川淳二の怪談もかくやの血も凍るような判決を書くであろうことが大いに期待されますが、残念なことに夏は終わりました。もはや季節外れです。

5位の田原睦夫さん、広島市暴走族追放条例判決ではよっぽどマトモな反対意見を書きました。たまに真人間に立ち返ることがあるようです。6位は金築誠志さん、7位は長官、竹崎博允さんで、彼は裁判員制度を強引に執行しに来ました。その理由は厳罰化を正当化するために国民を動員することです。どうやら彼の法曹としての良心は厳罰化が法理的に正当化できないと思っているようなのですが、彼自身は良心に従う気はない様なのです。

植草痴漢冤罪事件の近藤崇晴さんは残念ながら8位ですが、最下位に泣いた宮川光治さんにしてもトップとの差は2ポイント未満なのですからみんな似たりよったりといえば似たり寄ったりで大いに興味を削がれます。思うに、最高裁判所裁判官国民審査制度の問題点は罷免を可とする審査人が過半数いなければ罷免されないというハードルの高さでしょう。どうしてそんなに高いのか。

何とおっしゃるウサギさん、そこでこのハードルをもっと下げることも必要です。いつも「罷免率」が6〜7%なのであれば7%で罷免してしまえばよろしい。また、たとえば誰かを必ず罷免しなければならないことにしてはどうか。「罷免率」の一番高かった人はクビ。今回だと涌井さんは罷免されることになりますが、そうすることによって内閣は新たな裁判官を任命しなければならなくなります。仮にこのとき同時に行われる総選挙で「政権交代」が発生している場合、政権の変化が直ちに司法に反映されます。

実際問題として裁判官連中は上ばっかり見ていたのですから、せっかく最高裁まで上り詰めたところで「下から」ひっくり返される可能性があったほうが良いでしょう。そう考えると10年経たないと再審査を受けないというのも考えものです。てゆうか現状では再審査を受ける可能性のある人がいません。また、任命されて最初の総選挙の時に審査を受けることになっていると、金築さんなんか今年の1月に任命されたばっかりですから判断材料がないので困ります。そして彼はもう64歳なんですからこれが最後の国民審査なのです。

連中はもっと揉んだ方がいい。総選挙のたびに全員を審査対象にしちゃいましょう。そしてそのたびに誰か1人は必ず罷免されることにすれば、少しはものを考えて仕事をしてくれるような気もします。何を考えるかというと、「次の総選挙」を考えなければならないわけです。次の選挙の結果を左右するのが現在の政府の政策に対する国民の判断であるとすると、現在の内閣に任命されている裁判官はその政策を具体化する立場にあることから、その判決は政府の行為としてやはり次の選挙において判断の対象とならざるを得ないでしょう。

まあ、こういうことをするといろいろ弊害があるわけで、たとえば法解釈が一定しなくなると困る、という問題があるでしょう。とはいえ最高裁判所の解釈が必ずしも学会の多数意見と一致しているというわけでもないようですし、というよりはむしろ政府の一員として政府寄りの解釈を専らにしているのが現状のようですから、「悪い」解釈を固定させる理由はないようです。

一般の国民の臆見に振り回されて司法の質が低下するでしょうか。今以上に低下する可能性があるとしてですが。国民一般のレベルがどのくらい「低い」か「高い」かよくわかりませんが、いくらなんでも旧政権のアニメにだまされるほど低くもなかったようですから、旧政権に任命された最高裁判所の裁判官諸氏よりはなんぼかマシであるという可能性がないわけではありません。あまり人を軽く見ないほうがいいと思います。
posted by 珍風 at 21:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月30日

最後の嘘

民主党政権になると労働者による革命が起こるんだというパンフレットが家に来ました。僕んちなんかどっからみても労働者の棲家でありますから、民主党に投票するように呼びかけられているのに違いない。

革命万歳!
1_1-sov13.jpg

もっとも自民党の言ったことが本当だったためしはありませんが。
ただし、民主党が日教組で革命だなんて発想はむしろ民主党右派のものではないか。民社協会とかの連中はそれなりに「ファシズム革命」みたいなのを志向してるようなので。今どき「革命」という言葉を使いたがるのは彼等くらいなものです。自民党と民主党右派が影で手を結んでいる様子がうかがわれます。自民党の顕著な「右傾化」の理由はこれであり、民主右派議員の議席は早い時期に民主党から失われる可能性があるでしょう。折角の一票を無駄にしたくないもんだ。
posted by 珍風 at 02:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月28日

男は黙ってろ

というわけで、これが起死回生の「秘策」だっ!

押尾被告、保釈へ  東京地裁が決定

 東京地裁は28日、合成麻薬MDMAをのんだとして麻薬取締法違反(使用)の罪で24日起訴された俳優押尾学被告(31)の保釈を認める決定をした。保釈保証金は400万円。弁護人が26日付で請求していた。
 押尾被告は、東京都港区の六本木ヒルズのマンション一室で2日ごろ、MDMAの錠剤を若干量飲んだ、とする起訴内容を認めている。
 このマンションで一緒にいて死亡した飲食店従業員の女性(30)の異変に気付いてから119番通報まで約3時間たっていたことから、警視庁と東京地検は押尾被告の当時の行動を引き続き捜査している。

2009年8月28日 共同


原幌鰭腫。酒井法子さんが起訴されたちょうど同じ日の夕方に保釈された押尾さん。だけども金がない!金のない奴ぁ俺んとこへ来い。俺もないけど心配すんな、誰か他の人のところにあるみたい。

これのどこが「秘策」かというと、もちろんこれで選挙に勝てるわきゃないよ。分っちゃいるけどやめられない。選挙で負けてもヤメられない。もはや自らの政策を訴えることが出来ずネガティヴ・キャンペーンしか出来なくなった自民党には、これでも立派な「秘策」です。今度は負ける。それがどうした、ってなもんで。

問題は負けたあとでしょう。負けても「守るべきものは守る」、それが「保守」です。そして自分たち以上に守るべきものがあるでしょうか。自分を守ること、それが「保守」の勝利です。

もちろん押尾さんは自民党の中枢部とは太いバイブでつながっている、もしくは運命の赤い糸で結ばれていると言われています。したがって政権交替の暁には、彼は新政権が旧政権により大きなダメージを与えるための道具になりかねません。仮に警察や司法が正常に機能していれば、事態はそのように進展すると考えられます。

そこで勝負は警察や検察、そしてとりわけ司法が正常に機能するかどうかということになります。連中は今まで通り自民党の忠実な手先となって働くのか否か。それとも新政権に尻尾を振るのでしょうか。敗北後の自民党にとってそれはなによりも気がかりな問題です。

幸いなことに、司法はその腐敗ぶりを誇らしく掲げました。彼等は忠実に働いたと言うことが出来るでしょう。骨とかあげた方が良いと思います。これで「保守」は押尾さんの「沈黙」を獲得したわけです。沈黙は金です。それは400万円で買えます。これは消費者物価のように安い買い物です。

「沈黙」をより確実にする方法というものがあり、アゲハも展翅版にさらされる夏休み、「政権交替」といってもそれは上辺だけのことでしかありません。日本では司法は独立しており、政権とはきわめて密接な関係があります。司法は行政の婢だと言われていますが、一盗二婢三妓四妾五妻とも言いますので2番目くらいの価値があります。

そこで今回の事態は「政権交替」に伴って司法も「交替」してもらう必要があることを示しているようです。司法に手がつかなければ「政権交替」が「政権交替」になりません。てゆーか衆議院議員選挙と最高裁判所裁判官の国民審査が同時に行なわれるのはまさにその理由からなのです。たまたま一緒にやっているとか、一緒にやると影が薄いとかいう問題ではありません。そうでなければならないのでそうなっているだけのことです。

押尾さんのおかげで、「政権交替」を意識する人は最高裁の国民審査の方もちゃんと考えないとイケナイということがよく理解できる仕組みです。有り難いことであり、イケメン好きもそうでない人も、どうかひとつ皆でどこがイケメンなのかよくわからない押尾さんに感謝を表してMDMAでもプレゼントしてあげるべきでしょう。早くしたほうがいいですね。どこに送ったらいいのか誰にも分らないようなことになってお礼をするタイミングを失うのは恥ずかしいことです。んなこと言ってたら
posted by 珍風 at 21:43| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

堪えて生きるも男なら やたらと喧嘩を売るのも男

自民への批判堆積=劣勢要因を分析−麻生首相

 麻生太郎首相は27日午前、報道各社の世論調査で衆院選での自民党の劣勢が伝えられていることについて「自民党なり、自公連立政権に対するいろいろな批判が堆積(たいせき)している、積もってきていると思う」との見方を示した。大阪市内のホテルで記者団の質問に答えた。
 首相はまた、「保守の持っている魅力をはっきり言わず、あいまいにしてきた。きちんとしたメッセージを出し切ってなかったのがこの数年間の反省すべき点だ」とも指摘。「守るべきは守る。守るべきもののために改革する。保守の本質はそういうところだ」と強調した。

2009年8月27日 時事


残念ながら外れです。「自民党なり、自公連立政権に対するいろいろな批判が堆積(たいせき)している」のは事実だと思いますが、カッコつけなくたって「堆積」くらい読めます。てゆうか明らかに「劣勢」であれば、「今までなんか悪いことをしてきたんだろう」と考えるのが普通です。それだけなら「見方」でも何でもありません。何も言っていないのと同じです。

ことによると、そしてどうもこれはことによるみたいなんですが、アホ太郎はその「今までの悪いこと」というのが「保守の持っている魅力をはっきり言わず、あいまいにしてきた」ことだと思っているようです。しかしこれは不正確であるばかりか、「穴ライン」を崩壊させるに足る無根拠な誹謗に満ちた発言です。例えばバカ殿は1年ばかしの間「保守の魅力」を熱心に語り続けてきたのではないでしょうか。もしそういうものがあるとすればですが。

アホ太郎によれば「保守」というのは「守るべきは守る。守るべきもののために改革する」んだそうです。まあしかし、これでは要するに何でもかんでも「保守」ということになりかねません。概ねほとんどの政治思想は何かを守ろうとしているもんです。見境のない全面的な総破壊の思想というのはあまり見かけません。たまにアナキズム系にそんな感じのキャッチフレーズがついていることがありますが、よく読んでみるとそれほど面白いものではなく、むしろ驚く程穏健なものなのでガッカリ、ということも稀ではないようです。

そこで守る守るといって一体何を「守る」のか、そのために何を「改革」するのかということを明らかにしてもらわないと「保守」の「保守」たる所以といわゆるその「魅力」が伝わってきません。しかしながらアホ太郎はそのへんがきわめて「あいまい」です。むしろアホ太郎ほど「あいまい」な人はいなかったのではないか。ちっとも「反省」していません。

少し前には「行き過ぎた市場原理とは決別する」とか言っておきながら、今になって「改革」とか言い出すんですから夏場の選挙戦は危険です。手持ちのわずかばかりの脳味噌もおかしくなっちゃうのも当然ですが、アホ太郎はもはや自分が何を言っているのか分っていません。もっともアホ太郎が守りたいものが何であって、どのへんを「改革」するつもりであるのかは「あいまい」ではなく、実はその点はきわめて明確です。

アホ太郎が「守るべき」だと思っているのは「日の丸」であり、特にその赤くて丸い箇所です。そしてそのために若い人の所得を「改革」して結婚できなかったりすることを容認します。どうもそれが「保守」ということのようです。しかしこれは別段「この数年間」に比べてとくに変わったり、改善されたりしたものではありません。ここ数年、低所得層から高所得層への富の移転が行なわれ、それは日の丸の旗のもとで行なわれました。その数年の間日の丸の旗は特に大事に扱われ、そうしようとしない人は非難されていたものです。

まあだいたい、概ね人が困窮したり血を流したり命を落としたりするところ、そこには「日の丸」があります。常に日の丸であり、またしても日の丸なのです。これこそが「保守」であり、今までずっとそうだったのであり、それは別にアホ太郎の発明ではありません。アホ太郎の主張する「保守」は、たとえば「この数年間」においても立派に行なわれて来ています。アホ太郎は無闇に先人を軽んじることなく、謙遜な態度で「この数年間」の「保守」政治の成果を見極めるべきでしょう。

もっとも、「保守の魅力」を語る、となるとなかなか難しいものです。日の丸を背負って弱いものイジメをすることの例えようのない快楽と魅力について、たしかにそんなことを「はっきり言う」人は今までいませんでした。それはホームレスを虐殺する中学生のようなもんですが、アホ太郎というのはもとよりそんな人物です。しかしそんなことを公然と口にしていられるのは、自民党の「劣勢」のおかげです。そしてその「劣勢」は、やはり先人が積み重ねてきた業績の結果なのであり、アホ太郎はそれを受け取っているだけなのですから、あまりでかい口をたたく前に周りの人に謝っておいた方が身のためでしょう。もっともそろそろ一発逆転の秘策を打つことになっているのですから、成功すればこっちのもんですが。みなさん期待しましょう。
posted by 珍風 at 06:24| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

気まずいイイワケをするのも男さ

なんだか盛り上がってる「金ないのに結婚するな」ですけど。これがアホ太郎のナマ音声だそうで。
http://www.47news.jp/movie/general/post_3189/

これを紹介してくれた『雑種路線でいこう』
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20090824/tape
の楠正憲さんにそのことで感謝します。そしてこのブログを紹介してくれたのは阿修羅投稿者の「稀代の天才白魔女」さんですから彼女(?)にも感謝します。
http://www.asyura2.com/09/senkyo69/msg/742.html

それでまずテープ起こしですが、まあ林家たい平が以下の文章をアホ太郎のマネで喋るとどうなるかということを思い浮かべながら読んでいただければよろしいかと。

三つ目、立教大学、結婚。金がねえから結婚できねえとか言う話しだったけど、そりゃ金がねえで結婚はしねえ方が良い。わーね。そりゃ俺もそう思う。そりゃ迂闊にそんなことはしない方が良い。でー、金が、俺は無い方じゃなかった。だけど結婚は遅かったから。俺は43まで結婚してないからね。だから、あの、早い、あるからする、ないからしないっていうもんでもない。これは人それぞれだと思うから、だから、これは迂闊には言えないところだと思うけども、ある程度生活をしていけるというものがないと、やっぱり自信がない。それで女性から見ても、旦那を見てやっぱり尊敬するところ、やっぱりしっかり働いているっていうのは尊敬の対象になる。日本では、日本ではね。したがって、きちっとした仕事を持って、きちんとした稼ぎをやってるということが、やっぱり結婚をして、女性が、生活をずっとしていくにあたって、相手の、やっぱり男性から女性に対して女性から男性に対して両方だよ、両方やっぱり尊敬の念が持てるか持てないかっていうのがすごく大きいと思うね。つまり稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかっていうと、余程の、なんかないときにはなかなか難しいんじゃないかという感じがするんで、稼げるようになったうえで結婚した方が良いっていうのは、俺は全くそう思う。


「やっぱり」の多い人ですが、やっぱり質問を聞いていません。移民とかそういうことでもないらしい。てゆーか「少子化」のことなんかこれっぽっちも出てきません。最初から学生さんの話しを聞いていなかったんだし、そもそも最初から「少子化」についてそれが政策課題であるとかいう認識もないようです。

楠さんはこれを「結婚生活を成功させるために自己信頼が重要」という風に読んだそうですが、それは「ある程度生活をしていけるというものがないと、やっぱり自信がない」というところですかね。アホ太郎のお話を聞く限りでは相互の尊敬、みたいなことを言っていますけど、一応。でも実はお金があると女性に尊敬される、というのが主旨のようですね。まあ、お金があってそのことで女性に尊敬されているという自覚が「自己信頼」ということなんでしょうね。

よ〜く考えよう、お金が大事だよ。もっともアホ太郎は金がなくても「余程のなんか」があれば良いとも言っています。つまり家に財産があればとかそういうことでしょうか。まあ別に良いですけど、なんでも。誰もアホ太郎に「結婚生活を成功させる」ための心得なんて聞いちゃいないんですから。でも楠さんはそういうことが聞きたかったようです。何故かはわかりません。僕んちはうまくいっているから別に興味はないんですが、ファンというものは有り難いもので。

とはいえ、楠さんのこのエントリ、実はその直前のエントリをの関係において意味があったりもするわけです。その「昨日の麻生氏発言の要旨 (Twitterから転載)」
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20090824/media
というエントリにおいて、楠さんはアホ太郎発言の「詳細」を「八/九/寺/あ/ゆ/り」さんのTwitterから引用しています。それはなんとこんなに立派なものです。

ちなみに麻生さんの実際の発言は以下の通りです。現地にいた人より。

「両党は子育て支援を考えているが、それ以前に結婚資金を確保できない若者が多い(以下略)」→麻生「確かにそういう面もある。ただし男女の働き方が変わりつつあるので、経済的な問題とは別に結婚適齢期、とくに女性のが上がりつつあるという流れも忘れてはならない。」

「そういう意味で若者だけでなく男女の稼ぎを統合して考えるべきだと思う。女性の社会進出も大きくなってきたのでその中で育児をするという家族の形態を考慮すると、どちらかが稼ぎのない状態で結婚をすると、男女の平等という観点からパートナーから尊敬を得られない可能性がある」


ちなみに楠さんはこのTwitterの元ネタとおぼしい2chの書き込みまで引用しています。

会場の様子こんな感じだった

「自民、民主ともに子育て支援は考えているがそれ以前に結婚資金を確保できない若者が多く、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか」

「たしかにそういう面もある。ただ、男女の働き方が変わりつつあるなかで、経済的な問題とは別に、いわゆる結婚適齢期、とくに女性のね、が上がりつつある、という流れも忘れてはならない。
そういう意味で、その 若者 といわれたけど男女の稼ぎを総合して考えるべきだと思うね。
 そういう女性の社会進出、夫と妻が働き、そして育児をするという新しい家族の形態を考慮したうえで、どちらかが稼ぎのない状態での結婚というのはすべきではないんじゃないの?これからは。
 男女の平等という観点からも、パートナーから尊敬を得られないかもしれんよ」


しれんよ、と。これは見事な作文です。アホ太郎の発言の片鱗すらありません。あるとすれば「尊敬」の二文字だけです。そしてこれは楠さんが書く通り、「これが事実だとすれば」常識的な発言のようです。実際、ネトウヨ、てゆーか掲示板の自民党工作員は「望ましい」発言を捏造することくらい朝飯前です。何が望ましく何がそうでないか、分った上で望ましくない方を支持するのがいわゆるひとつの「プロ」というものであり、そういう人たちが活躍の場を持っているというわけです。

楠さんに問題があるとすれば、普段ロクなものを読んでいないということでしょう。捏造された「発言」についても、アホ太郎が言いそうなものとは思えませんから、その辺を判断する能力も欲しいところです。

しかしまあ、「結婚生活を成功させるため」の秘訣をアホ太郎に教えてもらって喜んでいるようですから、この捏造された「発言」が彼にはツボだったんでしょう。アホ太郎が幾分かは「常識的」なことを言えるという「事実」が。今後ともいくらでも「乗せられ」て「恥ずかしい」思いをしていただきたいものであります。それから、アホ太郎は明らかに「金がねえで結婚はしねえ方が良い」「稼げるようになったうえで結婚した方が良い」と言っています。これには「記者の恣意性」は関係ないでしょう。たしかに言い方は「ソフト」ですから、そのへんが「恣意性」であると言えば言えなくもないのかも知れません。例えば日経ではそのように書いていますし、オーストラリアのABCのように「Japanese Prime Minister Taro Aso has advised poor young people not to marry.」と英語で言ってみるのも良いかも知れません。アホ太郎様は温情をもってビンボー人に貴重なアドヴァイスをお授けくださったというわけです。命令じゃなくてね。それで何が違うのか。

それにしても「稀代の天才白魔女」さんも、2ch式の「新しい家族の形態」論の罠にはまっています。フラタニティーとか相互扶助とかあまり関係ありません。「金の有無で判断するような人間と結婚したくない」のはもっともですが、それは「少子化」と直接の関係がありません。むしろ問題があるとすれば、アホ太郎に質問した学生さんをはじめとした「結婚」と「出生」を直結させ、再生産の負担をカップルに押し付ける発想でしょう。そういうことが議論に値するところなんですが、自分の「結婚観」を開陳しているだけのアホ太郎にはもはや退場するくらいしか役割がないのです。
posted by 珍風 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

気まずい沈黙に耐えるのが男だ

麻生首相「金がないなら結婚するな」発言

 衆院選(30日投開票)の「ラストサンデー」となった23日、各党党首は候補者の応援で全国を奔走した。東京2区(中央区、文京区、台東区)に入った麻生太郎首相(68)は、学生主催のイベントに出席。少子化問題の質問に「金がないなら結婚しない方がいい」などと発言した。


 東京・花川戸の台東区民会館で開かれた、学生主催の「ちょっと聞いていい会」。約60人の学生を前に、麻生首相が質問に答える形で進められていたが、ビックリ発言はいきなり飛び出した。


 男子学生からの「結婚資金が確保できない若者が多く、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか」との指摘に対し、首相は「金がないのに結婚はしない方がいい。オレは金がない方ではなかったが、43(歳)で結婚した。稼ぎが全然なくて(結婚相手として)尊敬の対象になるかというと、なかなか難しい感じがする」と答えた。


 さらに「(結婚は)金があるからする、ないからしないというものでもない。人それぞれだと思うから、うかつには言えないところだと思う」と続けた。


 首相の発言は一定の生活力が必要との趣旨ともとれるが、学生からは賛同の拍手などは一切起こらず、それどころか、会場全体が一瞬、凍りついたような雰囲気。不況の影響で就職先がなかったり、ワーキングプア状態にある若者たちに対する配慮を欠いた発言との批判を呼びそうだ。


 選挙戦中も相変わらず失言を繰り返す麻生首相。解散後の先月25日には、横浜市内での会合で「高齢者は働くことしか才能がない」などと話したため、河村建夫官房長官からは「首相にはオウンゴールだけは避けてもらいたい」とイエローカードを突き付けられたばかり。さらに、前日の22日には、豪雨災害に見舞われた兵庫県佐用町の現場を視察した際、2人の行方不明者について「遺体が見つかるように」などと心ない発言をしていた。

2009年8月24日 Sponichi Annex ニュース


てゆーか「うかつに」言ってるじゃん。アホ太郎の発言は語の十全な意味においてまさに「迂闊」である点において完璧なものであるといえます。つまり要するになかなか立派な御発言である。他の人じゃこうはいきません。やっぱりアホ太郎、さすがはアホ太郎、どうにもこうにも箸にも棒にも。

『大辞泉』によると「迂闊」には

1 うっかりしていて心の行き届かないこと。また、そのさま。
2 回り遠くて実情にそぐわないこと。実際の役に立たないこと。また、そのさま。

の意味があり、一方『大辞林』では

1 ぼんやりしていて不注意なこと。また、そのさま。
2 実情から離れていて、実際の役に立たないこと。また、そのさま。

ということですから、どっちでも同じようなもんですが、「迂闊」とは先ず第一にアホ太郎得意のいつもの「うっかり」、「ぼんやり」という薄ら馬鹿状態を表しています。アホ太郎は「うかつには言えない」ことは分っているようなのですが、それはうかつにものを言ったあとなのです。もう少し早く気がついていれば何とかなったんですが、注意が行き届きません。時と場合とをわきまえずに言わなくても良いようなことを言ってしまうのが「迂闊」です。

また、そのような場合に喋ってしまう内容については、常日頃考えていることがポロッと露呈することが多いようです。いわゆる「本音」というものですが、選挙なのに「本音」を漏らしてしまっては選挙運動になりません。その意味でこれは確かに「実際の役に立たない」発言なのですが、しかしそれ以上にアホ太郎の発言は状況に適合していないところが更により深く「迂闊」です。いわばより高度な「迂闊」というものがアホ太郎の発言において実現されているのです。

学生さんの「質問」は「結婚資金が確保できない若者が多く、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか」というものであり、この質問において取り扱われているトピックは「少子化」であると考えるのが普通です。学生さんの考えでは「少子化」の理由は「結婚の遅れ」であり、結婚が遅れるのは「結婚資金が確保できない」からなのではないかということであり、この点についてのアホ太郎のお考えを拝聴致したいと、こういうことです。

この場合、「迂闊」な回答として「え、何?」というものが考えられますが、これではいくら何でも「うっかり」し過ぎです。てゆーか「うかうか」を通り越して「うとうと」の境地にまで達してしまっています。このようなワザは志ん生以外によくなし得るものではありません。通常の「迂闊」は、「移民を入れるんだから、んなこたどーでもいーや」とかそういうものでしょう。これは「迂闊」なようですが、労働者の犠牲の上に金持ちだけを繁栄させて尚かつ労働力を確保するにはこの手しかありません。ただ、ビンボーな保守層という「迂闊」が服を着て歩いているような人々には不評なようですから、言ってはならないことになっており、もし言えばそれは「迂闊」である、ということになるでしょう。

しかしアホ太郎はレベルが違います。「結婚資金が確保できないから結婚が遅れて出生数が減る」という状況に対してアホ太郎の答えは「結婚資金が確保できないなら結婚すべきでない」というものです。これは質問に対する回答になっていません。「べき」か「べきでない」かはともかくとして実際問題として結婚できませんし、していないところ、「そういうものだ」と言っているだけなんですからこれは相当な「ぼんやり」です。「ちょっと聞いていい会」という名の下に質問に対して応答をすべきところ、アホ太郎には「質疑応答」ということが分っていません。もしかすると誰か「気のきかない」人が、アホ太郎に見せる企画書に「質疑応答」という文字を書いてしまったのかも知れません。必殺の四字熟語です。

字が読めないということはやはり大した問題で、折角の選挙集会も例によって「迂闊」の独擅場と化してしまいました。もっとも、こんなことになったのはアホ太郎が通常レベルの「迂闊」をやりかけたのに途中で気がついて有耶無耶にしたからであると考えることが出来ます。アホ太郎の発言は「結婚資金が確保できないなら結婚すべきでない」というものでしたが、ここからは「少子化は必然である」という「回答」が導かれるでしょう。そして生まれてこない分をどうするかと言うとやはり他から仕入れることになるでしょうから「移民受け入れ」につながらざるを得ません。これではしかし普通の「迂闊」発言となるので、アホ太郎は急に「人それぞれ」だとか言って話しを止めてしまいます。「会場全体が一瞬、凍りついたような雰囲気」になったのも無理はありません。聴衆はそれで話しが終わったとは思わず、続きがあるものだと思って黙って聞いていただけです。一方アホ太郎は「迂闊」なことを言いかけてしまったので「うかつなことは言えない」と平仮名で言って口をつぐんだのでした。どうにも気まずい沈黙です。

気まずいので閑話休題。トランプのハートのキングのモデルはフランク王シャルルマーニュ、ドイツ語で言うとおやつはカール大帝、冗談は大抵にしてこの人のあだ名は英語でSuicide Kingです。別にシャルルマーニュが自殺したんではなくてトランプの絵柄が、短剣で自分の喉を刺しているように見えるというのですが、口を開けば「迂闊」、閉じれば気まずいアホ太郎はさしずめ平成の自殺王ですな。少なくとも自殺点は沢山入れてくれます。それでも強気の自殺王。

その強気はどこから?麻生首相「一日二日あれば全然変わる」

 麻生太郎首相は23日、NHKなどのテレビ番組で、報道各社の衆院選関連報道が民主党の獲得議席を300議席超の勢いだと伝えていることに対し「先週よりは今週、昨日よりは今日と手応えがだんだんよくなっている」と反論した。民主党の鳩山由紀夫代表は「追い風というよりも地殻変動だ」と政権交代の可能性が高まっているとの認識を示した。
 首相は「新聞で書かれているようなことにはせず、きちんと追いつきたい」と述べ、政権維持への意欲をあらためて表明。鳩山氏は「民主党への期待を感じるが、報道で言われているような状況ではない」「100人程度が(当落)すれすれの戦いだ。油断がいちばん危ない」と、陣営のゆるみに懸念を示した。
 また首相は「(自民支持の)トレンドは上がってきている。一日二日あれば、全然変わる。政策をきちんと訴えていく」として残り1週間の選挙戦で挽回可能との考えを示した。
 勝敗ラインについて、首相は「自公政権維持」と自民、公明両党での過半数維持を挙げた。鳩山氏は「政権交代可能な議席」とすると同時に「単独過半数を目指す」と重ねて強調した。
 公明党の太田昭宏代表は、公明党として解散時勢力を維持し、与党では過半数を目指すとした。共産党の志位和夫委員長は「比例代表11ブロックでの議席増」、社民党の福島瑞穂党首は「3議席上積み」、国民新党の綿貫民輔代表は「全員当選」とそれぞれ答えた。

2009年8月23日 Sponichi Annex ニュース


一体全体どういう見込みがあって「一日二日あれば、全然変わる」と言えるのか、多少不気味であります。もちろん「トレンド」など上がってきてはおらず、相変わらず劣勢の現政権が挽回するには大きな事件が起こる必要があるでしょう。例えば大地震とか台風とか。アホ太郎は熱帯性低気圧とか「神風」が吹いて、またもや「遺体」とかヌカす機会を待ち望んでいるのかも知れません。友邦北朝鮮があまり被害のないところ、こう言ってはナンですが石川県あたりにミサイルを飛ばしてくれる予定があるのかも知れません。全ては今週後半のお楽しみです。しかし手間もかからず元手もいらないのが大平さんの故事に倣うことでしょう。もっともお得意の「自殺」では松岡さんの例を引くまでもなく逆効果です。とはいえツラとアタマ以外悪いところはないようなので、どうしたもんだか、困ったもんだ。
posted by 珍風 at 11:22| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月23日

ひきずりだせ!ヤリ仲間

「放り投げ」安倍氏と「もうろう」中川氏、民主をメッタ斬り「鳩山代表より遼くんがまとも」…北海道11区

 自民党の安倍晋三元首相(54)が22日、盟友の中川昭一氏(56)=北海道11区=のもとに応援に駆け付け、帯広市内で街頭演説を行った。安倍氏は、民主党の日の丸切り張り問題について、ゴルフの石川遼選手を引き合いに出しながら「17歳の遼君のほうが鳩山さんよりはるかにまともだ」と攻め立てた。「もうろう会見」で世界的批判を浴びた中川氏と、「放り投げ辞任」で世間を失望させた安倍氏。自民党への逆風の“元凶”ともいえる2人が公示後最初の週末に声を上げた。
 「もうろう会見」で厳しい選挙戦を強いられている中川氏のもとに、2人目の“お友達”が駆け付けた。19日の麻生首相に続き、十勝入りしたのは安倍元首相。帯広市内など3か所で街頭演説を行い、激しく民主党を攻め立てた。
 安倍氏が取り上げたのは、民主党が日の丸の旗を切り張りした党旗を掲げた問題。謝罪した鳩山由紀夫代表が党旗を「われわれの神聖なマーク」と表現したことに怒りを爆発させた。
 「驚くべき答えだ。神聖なのは民主党のあのマークなのか。民主党の旗なんて全く神聖でない。自民党の旗も神聖でない。神聖なのは私たちの国旗だ」と絶叫。
 さらには、ゴルフの石川遼選手を引き合いに出し「ゴルフが五輪の正式種目になった時、遼君は『日の丸を背負って精いっぱい戦いたい』とさわやかに言った。素晴らしい言葉だ」と絶賛。「17歳の遼君のほうが鳩山さんより、はるかにはるかにまともなんですよ、みなさん」と呼び掛けた。
 「最も尊敬する」安倍氏を横にした中川氏も「自分の国の国旗を否定する政党、あんな人に総理を任していいのか」と淡々と訴えた。
 2人は「保守再生」の理念を共有する初当選以来の“仲良しコンビ”。安倍政権時代には、中川氏は自民党政調会長を務めた。麻生首相とも盟友関係にあり、3人の頭文字を取って一部メディアから「ANAライン」と呼ばれることもある。
 ただ、麻生首相が帯広市で街頭演説した際は「(中川氏が)見苦しい姿を見せることになり、おわび申し上げる」と陳謝したものの、この日の安倍氏からはおわびの言葉は一切なし。中川氏の飲酒問題について触れることもなかった。
 各世論調査で自民党の大敗が予想される中、北の大地から、民主党批判を行った2人の盟友の叫びは、果たして麻生首相への“援護射撃”となるのか。

2009年8月23日 スポーツ報知


バカ殿まで「切り張り」の話しをして喜んでいます。なんかこー、もっと他の話しはないものなんでしょうか。いわゆる「バカの一つ覚え」ですが、自民党の場合は「一つ覚え」をバカとアホと酔っぱらいが共有することによって、今流行の「エコ」な選挙戦を展開中です。この三馬鹿、じゃなかった「穴ライン」ですか、アホ太郎とバカ殿と中毒で「ABCライン」とも言いますが、誰も言いませんが、よくもまあ恥ずかしげもなく人前に顔を出せたものだと言えなくもありません。

こういう人々が自分たちのことを「私たち」と言っている仲間にはあまり入りたくないものですが、バカ殿は「私たち」ではない兄ポッポが自分の党のマークを「神聖」だと言ったのが理解できないようです。「民主党の旗」がバカ殿にとって「神聖」ではないとしても、それはそれで仕方のないことです。バカ殿は民主党の人じゃありませんから。しかしついでに自民党のマーク(菊花紋章に「自民」の文字をあしらったもの)も「神聖」じゃないそうで、たしかにあれでは自民党がまるでウンコにしか見えませんからそれには僕も賛成ですが、まあ実態に即しているからそんなに悪いもんでもないでしょう。

まあ、学習指導要領なんかには「我が国の国旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重する態度を育てるとともに、諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てる」なんてことになっているそうですが、「穴」連中に関してはアヤシイものです。少なくとも政党間において自党以外の諸政党がそのマークなり旗なりを神聖視することを容認できないところを見ると、連中は他人が尊重するものを尊重する習慣を持たないことは明らかでありますから、「諸外国の国旗と国家」を「尊重」することは期待できそうにありません。

バカ殿が「神聖」だといっているのは「国旗」だそうですが、それは「私たちの国旗」であります。これは選挙演説の文脈で語られているので、「私たち」というのは自民党とか「穴ライン」とかそういう人たちのことです。僕たち善良な市民が巻き添えを食う心配のないところであります。さすがに長期にわたって当たり前のような顔をして支配し続けてきた一族の人は言うことが違います。バカ殿は「国旗」は自由民主党の旗なのであると、こう言っています。『壮絶!失神二穴通姦』に主演して「穴ライン」に仲間入りした森ゆうきさん、じゃなかったナンかを粉にして吸ってるバカ息子森祐喜さんのお父さんもそう言っています。

“森”マスコミに怒り爆発

●「日の丸も三角に見えてくる」
 苦しい選挙戦に相当イライラがたまっているらしい。森元首相(72)がマスコミに怒りをぶつけている。
 選挙応援の依頼数でナンバーワンの舛添厚労大臣が石川2区入りした8日。小松市役所前の演説中に森は「元総理大臣も哀れなもんだ、と映したいんでしょう」とテレビカメラに毒づいた。演説後は、ハシゴで選挙カーから降りる姿を撮らせまいとして、スタッフに「そのカメラどかせろ」と指示。自らも「おい、どけ、どけ」とテレビ局の取材陣を追い払った。その後、車で会場を後にしようとした森は、朝日新聞の記者を目掛けてペットボトルのお茶をぶっかけた。国会で野党議員にコップの水をかけた松浪健四郎と同じ。これが総理大臣まで務めた公人中の公人がやることなのか。
 その2日後、加賀市の市民会館にユンソナまで動員した女性支援者限定集会は、地元記者以外シャットアウト。その理由を森は、わざわざ演説で「田中候補の映像とセットで私の映像を流されるのを避けるため」と説明した。注目選挙区としてテレビで取り上げられないよう、必死に抵抗しているのだ。
「みのもんたの朝ズバッ!も古舘伊知郎の報道ステーションも、自民党のことを悪くばかり言う」
「(麻生首相が)漢字が読めないぐらい大したことではない。朝から晩まで自民党批判をされると、日の丸も三角に見えてくる」
 森のボルテージは上がるばかり。批判の矛先を自民党や自分でなくマスコミに向けたいのだろう。それでもプロ筋は、森の当落に「やや劣勢」の「▲」を付け始めている。「森の伐採」は止められない!?
(取材協力・ジャーナリスト横田一)

2009年8月20日 日刊ゲンダイ


お父さんは「ぶっかけ」がお好きなようですが、確かに漢字が読めないことぐらい大したことではありません。お父さんなんか平仮名もどうだかわかりません。それでも図形が識別できるようになったのは偉大な達成であるといえましょう。お父さんは自民党を批判されると本来円形であるところの「日の丸」が三角形に見えるんだそうです。

というわけで本当に図形を識別できているのかアヤシイのですが、お父さんにとっては自民党が批判されているのを見ると、それは「日の丸」が削られて三角になっちゃうように感じられるということのようです。「身を削られる思い」なんて言い方がありますが、お父さんの「身」は未だかつて何があっても削られた形跡はありません。頭部の方はご存知の通り極限までに削減されているようではありますが、あれは削られたのではなくて元からだというウワサです。そういうワケでお父さんの小さな頭の中では赤丸が削られていって赤三角になってしまったようですが、それというのもあの「日の丸」が自民党の神聖な旗であるからに他なりません。

もとより「国旗」が「国旗」であれば、国家の中の特定の党=パートが批判されようが消えてなくなろうが「国旗」自体が丸くなったり三角になったりするはずはありません。ところが「日の丸」の場合はいささか事情が異なるようです。日本では自民党という100万人ちょっとの集団がそれを「私たちの国旗」と呼び、「日の丸」はその集団と運命を共にしてその形を変えることになっているようです。諸外国では、例えば星条旗は永遠かも知れませんが「日の丸」はそうではありません。あまり自民党を批判すると「日の丸」は三角になり、もっと小さくなり、ついには単なる白旗になってしまいます。「日の丸」は自民党のものであり、党員や党友以外の人が勝手に使用してはいけないのです。ましてや民主党のように切ったり貼ったりすると自民党は当然怒ります。自民党は民主党が「日の丸」を掲げていないことを指摘しますが、民主党は自民党ではないので「日の丸」の使用を遠慮しているのです。

自民党は国家と党の区別がつかないらしいのですが、まあ要するにこの地域を任されていたわけですから無理もないところではあります。しかしさすがの自民党も焼きが回りました。てゆーか最近ではすっかり正直になったので、大企業の味方であり労働者の敵であることをもはや隠さなくなりました。パンフレットでは企業を守るために国民の大多数を犠牲にすることをさも自慢げに書いている様子で、民主党によって労働者が「日本」を「侵略」するんだそうです。まるで「労働組合」は「外敵」か何かみたいですけど、図式通りといえばそのとおりです。もっとも民主党の実体とはだいぶかけ離れているようですが。自民党では階級闘争史観が暴走しております。

そうしてもちろん、自民党は労働力のコストダウンでほくほくの金持ちと一緒になってヤリ部屋でキメまくるんだというわけですが、遼君も「日の丸を背負っ」た以上は今のうちにヤレるだけヤっといた方が良いでしょうね。若いのに気の毒なことです。あと1週間しかありません。もっとも選挙に影響があるのですから、それまでは国民共はのりピーをせいぜい可愛がっていて下さいね。

それにしても結局民主党は「切り張り」一発で自民党を罠にかけたような気がしないでもありません。泥棒がお肉のかたまりを持って行って番犬をおとなしくさせるように、自民党は用意されたエサに夢中になって食らいついているようです。そうしてヨダレを垂れ流しながら「国旗」にむしゃぶりついている自民党の「知ってドッキリ」のキモい「本性」を見た飼い主は呆れてしまうのかも知れませんが、どうせ犬畜生は犬畜生だ。
posted by 珍風 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月20日

甘い伊予柑

のりピーに続いてインフルエンザですか話題には事欠きませんな。

厚労相、新型インフル「流行本格化」 対策実践呼びかけ

 新型インフルエンザの感染者が全国的に急増している情勢を受け、舛添厚生労働相は19日午前、記者会見し、「本格的な流行が始まったと考えていい」と話した。そのうえで、このまま感染が拡大すれば医療機関で重症者対応ができなくなるとして、「感染の拡大防止には一人ひとりが対策を実践することにつきる」と呼びかけた。同日には名古屋市の80代女性が新型インフルエンザで亡くなり、国内の死者は3人となった。

 舛添氏は、流行の本格化は秋以降としていた従来の予想に反し、真夏でも感染が拡大していることについて、「私も予想できなかったことだ」と説明。「夏休み中なのに増えている。9月になって学校が再開されると感染が急激に拡大する危険性があると思う」と述べ、医療機関の負担増大に懸念を表明した。

 また、「病原性が低いということで、皆さんも忘れてしまっている」と「国民全体の慢心」が感染拡大の原因にもなっていると指摘した。舛添氏は「新しいウイルスへの警戒を解いてはいけない。感染は自分が止める、という気持ちが大事だ」と話し、手洗いやうがいの励行などを呼びかけた。

 新型インフルでは、慢性呼吸器疾患や慢性心疾患などの基礎疾患がある患者や、妊婦、乳幼児が感染すると重症化する危険性が高いとされる。舛添氏はこうした人たちに対して、「早期の受診、治療を心がけて欲しい」と語った。厚労省は今後、重症化した事例の概要を説明した症例集を作成し、各地の医療機関に配布する予定。

 国立感染症研究所によると、全国約5千カ所の医療機関からの報告では、最新の1週間(8月3〜9日)に受診した1医療機関あたりの患者数は0.99人で、流行開始の目安の「1人」に限りなく近づいた。地域別では沖縄が20.36と突出しているほか、奈良1.85、大阪1.80などとなっている。この1週間に医療機関を受診した全国の患者数は6万人と推計されている。(野瀬輝彦)

2009年8月19日 asahi.com


何が「国民全体の慢心」なんだかよく分かりませんが、別に誰も「忘れ」ちゃいないでしょう。今になって急に死者が出始めたのはどういうワケなのか全く分りませんが、舛添さんも「予想できなかった」と言ってるんですから、そんなに威張らなくても良いと思います。こういうことを言うから反感を買うような気もしますが、これも彼の人格のしからしむるところで、あるいは仕方のないことなのかも知れません。

とは言うものの、これは舛添さんがこの夏豪快に放った二連打の二発目なのです。呆れるばかりの快打線に悪評紛々たるものがあったりもするんですが。

怠けている連中に税金払う気なし 厚労相、『派遣村』で言及

 舛添要一厚生労働相は十八日午後、横浜市内の街頭演説で、昨年末から今年一月にかけて東京・日比谷公園に設けられた「年越し派遣村」に関し、「(当時)四千人分の求人票を持っていったが誰も応募しない。自民党が他の無責任な野党と違うのは、大事な税金を、働く能力があるのに怠けている連中に払う気はないところだ」と述べた。
 これに対し、派遣村実行委員だった関根秀一郎・派遣ユニオン書記長は本紙の取材に「求人として紹介されたのは確かだが、誰も応募しなかったというのは全くのでたらめ。たくさんの人が応募したが、断られたのがほとんどだ。舛添氏の発言は現場の実態が全く分かっておらず、あきれてものが言えない」と批判した。

2009年8月19日 東京新聞


これはどうも事実誤認のようですが、選挙の演説ですから化粧品がアトピーに効くというくらいのものです。選挙のときにはみんな調子の良いことや間違った話し、純然たる虚偽から意味不明な思い込みまで色々なことを口にします。特に真夏の炎天下ですから自分でも何を言っているのか分らない人も多いのではないでしょうか。

もちろん舛添さんはハゲ頭を真夏の太陽に炙られて脳が溶解していますから、あらぬことを口走るのも当然といえば当然です。しかしながら腐っても鯛、腐ったさかなクンは中出し、舛添さんはそもそも最初から腐っているので、今になって急にボケたわけでもないでしょう。僕がブログで世界陸上の話しなんかをするのも、それは一重に皆さんに喜んで頂きたい一心であります。舛添さんだって一緒です。

誰も世界陸上の話しなんかしていないわけですが、自民党は「保守層固め」に「退却」しています。したがって選挙演説は専ら「保守層」に向けて行なわれることになります。選挙に際してはターゲットにアピールするような政策を語ったりするわけですが、ターゲットの価値観にそったお話をしてあげることによって彼等を喜ばせることがきわめて重要です。しかし、最初から自民党に投票してくれる気もない連中が喜ぶようなこと言っても一銭の得にもなりません。

舛添さんもああ見えて東大を出ているのでちょっと考えてみたようです。どうも「保守層」は失業者を「怠け者」だと考えているようだ、じゃあそう言おう。事実は違うのかも知れませんが、関係ありません。「保守層」が誤謬に立脚しているのなら自分もデタラメを言うまでのことです。間違いは重々承知、「保守層」のレベルに合わせてあげるのが舛添さんの傲慢なやり方です。

「保守」というのは「良きものは既に存在する」ということですが、これが社会観になると何らかの不都合はすべて個人にその原因を求めざるを得ません。だから派遣を切られて仕事がなくて困っているのはその人のせいだ、ということになり、それを合理化するためには彼等が「怠け者」だからである、ということにしないと収まりがつかないようになっています。「保守層」というものは語義からしてこのような考え方をするものであり、誤った前提から出発してトンデモナイ結論に至る人たちです。

そういうメズラシイ人たちが世間にどのくらいいるのか知りませんが、彼等が住んでいるのは「現場の実態」とは遊離した桃源郷、甘い夢のような世界です。舛添の尖った耳の向こう夕陽がキレイですが、夏がゆく頃に政権も終わるって誰がきめた悲しいこと連中は信じません。今から「保守層」は舛添のアタマと一緒にすべり始めるの、甘い世界へ。ずるずる。
posted by 珍風 at 10:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月19日

保守点検と維持管理、定期清掃と害虫駆除

「保守」連発、支持層に照準 首相が地方遊説スタート

 麻生首相は1日、総選挙に向けた地方遊説を新潟県からスタートさせた。「保守」という言葉を随所にちりばめながら、教育や安全保障で民主党を批判し、離反しつつある自民党支持層や保守層にアピールした。
 「日本の伝統、教育、守るべきものは守る。そのうえで変えなければならないものは変える。それが保守の一番肝心なところだ」。首相は県内4カ所の演説で「保守」を連発した。民主党が「革命的な総選挙」とするのに対抗し、「私は日本の持っている価値観を根底から変える革命をする気はない」とも訴えた。
 首相には劣勢を回復するため自民支持層や、それに近い保守層が民主党に流れるのを食い止めたいとの思いがある。自民党こそ「日本の文化や伝統、家庭や地域を守る」ことができる「真正な保守党」(首相)と印象づけ、政治や社会の仕組みを大きく変えようとする民主党との違いを強調するねらいだ。
 首相は教育問題に絡め「学校でも自民党の党大会でも国旗を掲げている。民主党の党大会で国旗が飾ってあるのか。私たちは保守に誇りを持っている」。この日は北朝鮮による横田めぐみさんの拉致現場も訪れ、演説では関連して「民主党は北朝鮮の船の検査をする法案の審議を引き延ばし、流した。安全保障政策がフラフラしている政党に日本の安全は任せられない」と民主党を強く批判した。
 ライバル民主党の鳩山代表は7月中旬からほぼ連日遊説を行っており、首相は出遅れ気味。2日以降、愛知、福岡両県などで演説する予定だ。

2009年8月1日 asahi.com


アホ太郎が鹿児島の民主党の「創意工夫」を非難してみたり、日の丸弁当に敬礼して梅干しに敬意を払ったりするのも「保守票を固める」のが狙いなんだそうです。成る程なるほど、そこらの凡人共や一般の人々は自民党なんぞを支持してくれないようですから、身の程知らずにも国民みんなに愛されることを望むよりも本体の姿に立ち返ってみるのも良いことでしょう。

さんざん放蕩したお父さんが老いさらばえてもとの奥さんのところに帰ってくるように、自民党は「保守層」に帰ってゆくのです。これはいわば「撤退」ですが、そうすることによって自民党は民主党の右派と競合することになります。そして上手くすると民主党の票を奪い返すことが出来るかも知れません。

そうなると結果として自民党は民主党政権をクリーンアップしてくれることになります。つまり民主党は「保守票」を自民党に奪われることによって右派の候補者を落としてしまう可能性があるわけで、「左傾化」することになります。しかも右派が失われることによって削減された勢力を社民党などと協力することで回復する必要すら出てきます。場合によっては共産党の影響力が増大することも考えられます。

これは左派にとってはまんざら悪い話しでもないでしょうから、「保守層」を見かけたら自民党への投票を呼びかけたいものです。「落選運動」などしている暇はありません。なにしろ自民党の目論見がそう巧くいくという保証は全然ないわけですから。

だいたい、自民党がターゲットしている「保守層」というのがどの辺の人たちのことを考えているのかよく分かりません。例えば「ネトウヨ」みたいな人たちがいますが、あれは「右翼」というよりは「自民党賛成団」であって、ただヤミクモに自民党を支持するあまり一貫した主張のようなものはとくに見受けられず、とうてい「保守」とは言い難いものです。あれが自民党広報の「ヤラセ」であるという観測にも一理も二理もあると言われる所以であり、そうだとすれば「層」としての実体のないものです。

また、いわゆる「保守層」の中には創価学会を敵視する向きもあり、そういう場合には「政教分離」を称えるものの靖国神社などは不問に付すようですからワケが分りません。これは傍から見れば自らの信仰する宗教を「宗教」として見ることが出来ない人が宗教戦争を展開しているだけにしか見えませんから、「国家神道」としての神道を信仰することが「保守層」のお仲間入りをする資格のひとつであるようです。

ところが自民党自身は様々な宗教と広く関わっていることで知られています。最近では「幸福の科学」が自民党のために働いてきたものが自ら候補者を立てていたりします。これは非自民保守票を分散させることを狙っています。もちろん幸福の科学としては自民党候補に勝ち目がありそうな場合にはその選挙区の候補者を引っ込めて道を譲ったりもしますから、両党はほとんど一体のものとして活動していると見て良いでしょう。自民党の辞書には「政教分離」の文字はありません。あっても読めません。

そんな自民党を支持するのは「保守層」にとってもなかなか大変なことであると思われますが、あまり難しいことを考える必要はないのかも知れません。アホ太郎はオウム真理教を引き合いに出して高学歴層の悪口を言い始めましたので、自民党のいう「保守層」というのは学歴の低い人たちのことのようです。これは要するに習慣で自民党に投票し続けてきたような人たちのことだと考えられます。つまり通常であれば黙っていても票になる部分であり、弁当が日の丸でオカズが赤貝でも「やっぱり○○さん」といって投票してくれる人たちです。こういう人たちについては、誰かが言うようにいわば「眠らせて」おくのが肝心なのですが、足元の生活に不安があると眠っていられないものです。

いずれにしても自民党と民主党とで競合が起こるのは「保守」の部分であり、これらが幸福の科学と三つ巴になって潰し合うことが期待されています。もっとも、「保守」とやらは「日本の文化や伝統、家庭や地域を守る」んだそうですが、文化や伝統を守っても生活を守らず、家庭を守っても家族のひとりひとりを守らず、地域を守っても住民を守らないことになっています。いわゆる「改革」が「日本の持っている価値観を根底から変え」、多くの損害をもたらすにあたってはこのような「保守主義」が大きく寄与しているわけで、それは「改革」の片割れなんですが、もちろん「真正な保守党」というのは先ず何よりも自分を守るものであり、最後にはやっぱり自分だけを守ろうとするものなのです。
posted by 珍風 at 11:43| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

裁断と縫製、または祭壇と法制

日章旗切り貼りし民主マーク!鳩山氏「神聖なマーク、きちんとつくるべき」

 鹿児島県霧島市で8日に開かれた民主党の衆院選立候補予定者の決起集会で、2枚の「日の丸」を切り貼りして、民主党旗として掲揚していたことが分かった。集会には小沢一郎代表代行も出席しており、「切り貼りした国旗」は民主党のホームページにも一時掲載されていた。
 麻生太郎首相が17日に行われた日本記者クラブ主催の党首討論会でこの事実を指摘し、「国旗を切り刻むとはどういうことか。信じたくない。とても悲しく許し難い行為だ」と批判した。
 民主党の鳩山由紀夫代表は「そんなけしからんことをやった人間がいるとすれば大変申し訳ない。それは国旗ではなく、われわれの神聖なマークなので、きちんと作られなければいけない話だ」と述べた。

2009年8月17日 産経ニュース


霧島市は鹿児島県4区ですから立候補するのは皆吉稲生さんじゃないんですかね。写真を見ると小沢さんの隣に座っているのは県議会議員の桐原琢磨さんです。片足義足で松葉杖をつきながら志布志事件のときに取調べの全面可視化を求めて街頭で署名活動してた人。取調べの全面可視化は民主党のマニフェストに入ってます。最高裁判所長官の竹崎さんは裁判員制度が「可視化」の突破口になるとか言ってたそうですが、実際には裁判が「地デジ化」しただけに終わったのはご存知の通り。

それにしても鹿児島の民主党もなかなか上手いことを考えたもんです。まあだいたい、民主党のマークというのは最初から「日の丸」を「切り貼り」したようなものなんですから、べつに良いようなもんですが。あのダルマさんみたいなマークは1998年に決められたもんで、デザインしたのは浅葉克己さん。民主党の説明によれば「2つの円は、「民の力」の結合の象徴を表している。また、下側の円の輪郭線ががたがたになっているのは、円がみなぎる力で動いたり、育ったりして、生命体のように成長しつつ、融合して新しい形を生み出す様子を表している。」とのことです。

どうして赤丸が「民の力」なのかよく分かりませんが、下の丸がガタガタなのは、あれはウゴウゴしているのを表しているんだそうです。僕はあのマークは「水に写る日の出」だと思っていたんですが。もっともよく考えたら「日の出」が水に写ってもああいう風には見えないはずですよね。よだれかけをした赤ん坊にも見えますが。

いずれにしても、要するに「日の丸」をモチーフにしていることに違いないと思いますので、実際に赤い丸が印刷されている布が2枚あれば、だいたい似たようなものが出来ます。応急処置としてはそれで良いと思いますが、問題はこれが応急の場合だったかということですね。なんで正式のマークがなかったのか。

実際浅葉さんも大したもんだと思うんですが、鹿児島県で作成された赤丸を2つ重ねてA∩Bにあたる部分に白い布を貼っただけの「マーク」は、ひどく間の抜けたものに見えます。やはり下のがウゴウゴしてた方が良いようです。てゆーか色も良くありません。多分、「日の丸」の赤と民主党のマークの赤は違う色です。たしか「国旗」としての「日章旗」の方は「国旗及び国歌に関する法律」により「紅色」とされていたように思いますが、写真で見るとほとんど金赤に近い色に出ています。金赤と紅色とでは、赤は赤でもまた違う色です。したがって民主党が使用した「日の丸」の旗は正式規格による「国旗」ではありません。また別の何かそれに似たものです。

しかしまあ、民主党も忙しいでしょうからマークを印刷して津々浦々に配布するのも大変だと思います。浅葉さんには申し訳ないですが、いっそのこと「切り貼りした日の丸」を正式に民主党のマークとして制定してしまったらどうか。色をウルサク指定すると値段が高くなりそうですが、ラフな「日の丸」だったらそこらの旗屋に手頃な値段で沢山売っていますからじきに手配できます。ついでに丸の重なりの部分を白くしなければならないのは面倒ですから、あそこは切り抜きで良いことにしましょう。風通しが良くてよろしい。

アホ太郎があれを「国旗」であると誤認したのは彼が漢字を読めないばかりではなく色覚に異常のある可能性を示唆しますが、もちろんそんなことで彼に内閣総理大臣たる資格がなかったというわけではありません。むしろアホ太郎は、結果として多くの人に職務に当たる門戸を開いたと言うことが出来るでしょう。字の読めない色盲で常識のないフロッピー野郎の差別主義者でも総理になれるのです。そうして門戸を広げ過ぎた結果、ついに野党の代表までが総理になろうというわけです。

日章旗は旧憲法体制とその残り滓を引きずっている自民党にとっては大切なものかもしれません。たとえ紅色が金赤でも、とにかく赤っぽい円形は独特な反応を引き起こすようです。『アンドロメダ病原体』には赤色灯の点滅に反応して発作を起こすオバサンが出て来ますが、あの人は自民党員かもしれません。もっとも、多くの人が交差点で赤丸を見て直立不動の姿勢をとっている光景は僕たちの見慣れたものです。そしてその儀式が終わると2音の繰り返しに短縮された「簡約版」の「国歌」が演奏され、人々は行進を始めるのです。

とはいえ、日章旗は自民党政権が未来永劫続くかと思われた当時に、絶望のあまり「国旗」として定められてしまったものです。たしかに永久に自民党の支配が続くのであれば、「日の丸・君が代」も仕方のないことかも知れません。僕たちは諦めて手近な人を包丁で刺していればよろしい。しかし「下々の皆さん」の気分はだいぶ変わったようです。それは別段何ら「新しい」ものではなく、自民党が見限られただけなのかも知れません。アヤシゲな新興宗教に頼り始めたのが間違いのもとかと思ったら、更にもっと「アヤシゲ」な「宗教」の類いと「共闘」し始めてしまいました。自民党は「保守」をやめて淫祠邪教の連合体になるつもりでしょう。そういうわけなので、もしかするとむしろ「自民党」を象徴するかのような「日の丸・君が代」は日本には相応しくないのかも知れません。民主党だって憲法すら簡単に「改正」しようという人たちですから、旗やなんかくらい気軽に「改正」しても良さそうなものです。
posted by 珍風 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

やってよかったエクスタシー

裁判員裁判:取材して 課題残る制度 /埼玉

 ◇「やってよかった」の声、制度定着の力に
 全国2例目として注目された裁判員裁判は12日に終わった。初日の10日、電車のダイヤが乱れるほどの大雨の中、呼び出された裁判員候補者からは「できれば選ばれたくない」と後ろ向きな声が多く聞かれた。役割を果たした後の裁判員たちが会見で見せた、責任を果たしたという充足感と安堵(あんど)感をたたえた表情が印象的だった。制度に対する見方が、深く、前向きに変化していた。もっとも、無罪を争ったり、死刑求刑が想定される審理では、裁判員が感じる負担感、疲労感は今回の比ではないだろう。さらに、最高裁が約8%あるとする「7日以上かかる裁判」で、裁判員を務められる人がどれだけいるか疑問だ。
 負担を感じているのは地検、弁護士も同じだ。さいたま地検は裁判員裁判に検事5人を専従させているが、検察幹部は「従来の類似事件の公判の準備に比べ数倍の労力がかかった。慣れもあると思うが、件数が増えれば今回と全く同じだけの準備はできないだろう」と話す。
 埼玉弁護士会(約480人)には制度への反対派が多い。それでも裁判員裁判の国選弁護人に約120人が登録していて、同弁護士会裁判員制度委員会の鍜治伸明弁護士は「1人が年間1〜2件ずつ担当する計算で、過度な負担とならない」と話す。だが、新任や若手が少なくないといい、弁護の質を保てるかが懸念の一つという。
 裁判員制度は「どんな罪をどうやって償わせるのか」を国民が主体的に考える制度だ。仕組み作りにかかわった四宮啓国学院大法科大学院教授は、さいたま地裁の公判を傍聴して「司法における国民主権を目の当たりにした」と評した。裁判員制度の定着には課題が少なくないが、裁判員を経験した人たちの「やってよかった」という声の広まりが、制度をよりよいものにし、定着させていく力になると思う。【飼手勇介】

2009年8月14日 毎日新聞


思いませんが、さもエラそーに判決を下した後で恥ずかしげもなく「会見」に出て来てへらへら笑っているのが「責任を果たしたという充足感と安堵(あんど)感をたたえた表情」に見えるという特殊な感性の持ち主が埼玉県あたりにはいるようですから、世の中誰が何を思っているのか分ったものではありません。

もっとも考えてみれば、これは裁判員をやりたくない人には朗報です。裁判所では、おそらく面接であまりやりたくなさげな人をはねています。今のところ裁判員になった人は押しも押されぬ積極派の人なのではないでしょうか。もう人を裁きたくて仕方のない人たちです。そういう人たちですから当然、裁かれるよりも裁く方に立つわけですし、同時に人に虐められるよりも苛める立場、お金を借りるよりも貸す方の人たちです。まあ実際に金があるかどうかは知りませんが。最近ではこういうのを「殺される側の論理」といいます。

「やって」「よかった」と言っていれば良いのであれば、Sでも×でも「やれ」ば相当に「よい」ものであるとされていますので世の中に「定着」するのも頷けますが、海苔でも塩でもそんなことで捕まってしまうことを考えると、「やって」「よかった」のであればそれで良しとするにはいささかの疑問を呈さざるを得ないというのがニコチン中毒者の偽らざる感想であります。

裁判員制度は憲法違反の疑いが濃厚であり、ちょいとキメてハメたりするのに勝るとも劣らない犯罪であるのかも知れません。てゆーか政府の見解ではこれは「違憲」ですね。竹ア博允さんが最高裁判所の長官になっているのはそのためでしょう。

最高裁判所の長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命するんですし、最高裁判所の判事は内閣が任命するんですが、違憲審査権を持つ最高裁判所の人事を、他ならぬ違憲な立法を行なう国会によって指名された内閣総理大臣が行なうわけです。これは例えて言えば被告人が裁判員を選ぶことになっているのと同様であり、あまりまともな判決は期待できそうにありません。

そういうわけで最高裁判所の裁判官がどいつもこいつもロクでなしであったとしても、それはそれで仕方のないことなのかもしれませんが、特に竹崎さんは裁判員制度に関して違憲訴訟が起こされることを予想し、間違っても違憲判決などが出ることのないように指名されたものです。竹崎さんはそのために存在するのであって、他の用事はあまりありません。いろいろとやりたがっているようですが、主な仕事は最初から決まっているようです。これほどピンポイントの人事も珍しいといえば珍しいのですが、裁判員制度というもののアヤシさからすれば、このくらい大胆なこともやらなければならないのですから男はつらいよ。

とはいえ、このような例ですと裁判官としての実績を検討する必要もありません。竹崎さんがどのような判断を行うものであるか、最初から分っているのですから便利なものです。迷わず×キメまくりでラブラブのぐっちゅんぐっちゅん、(ク)擦り切れるまで「核攻撃」だよ。
posted by 珍風 at 05:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月12日

南国土佐は後にしろ

高知といえば「よさこい祭り」ですが、これは徳島の阿波踊りに対抗して1954年にでっち上げたもんで、400年の歴史を持つ阿波踊りとは「格」が違います。「格差」があるんです。それで早くも1992年には長谷川岳さんによって「YOSAKOI」として商業化され、既に衰亡の兆しが現れているわけですが、まあローマ字になっちゃったらオシマイです。なんでローマ字にするのか。「世界進出」なんかを目論んで果たせなかったみたいでカッコいいですよ。そんなこんなで長谷川さんは北海道1区から自民党公認で立候補して滅亡。

まあ長谷川さんは高知とはあまり関係ないのですが、「よさこい」が「YOSAKOI」になって「よしなさい」になっても高知の人たちには色々な特典があるようです。そのひとつが選挙で2票持っているということで、その他にもいろいろあるようですがよくわかりません。もっとも報道によれば徳島1区や3区でも船橋の2倍以上ですし、それに加えて「よさこい」に対するに「阿波踊り」ですから、ますます高知には歩がありません。

1票の格差、最大は2.34倍=56選挙区が2倍超−衆院

 総務省が11日発表した住民基本台帳(2009年3月末時点)によると、衆院小選挙区の「1票の格差」は最大で2.337倍で、前年の2.277倍より拡大した。また、人口が最も少ない高知3区との格差が2倍を超える選挙区は、栃木1区、神奈川7区、福岡5区の3選挙区が新たに加わり、56選挙区となった。
 衆院選挙区画定審議会は1票の格差を2倍以内にすることを原則としているが、格差は広がり続けている。同審議会は、2010年10月に実施される国勢調査に基づいて、12年初めまでに新たな区割り案を勧告する予定だ。
 最大格差は人口が最多の千葉4区と最少の高知3区との間で生じた。千葉4区(船橋市)の人口は59万943人で、前年より6791人増加した。これに対し、高知3区(土佐、須崎市など)は25万2840人で、前年に比べ3705人減少し、格差が広がった。千葉4区は昨年に続いて最多、高知3区は4年連続で最少だった。 
 一方、参院選挙区の1議席当たりの最大格差は神奈川県(定数6)と鳥取県(定数2)の4.928倍で、前年の4.868倍より拡大した。神奈川県は1議席当たり147万4722人で、鳥取県は29万9243人だった。

◇衆院小選挙区の人口
【人口の多い選挙区】
1 千葉4区(船橋市)          59万0943人
2 兵庫6区(伊丹、宝塚市など)     58万2100人
3 神奈川10区(川崎市)        57万6862人
4 静岡5区(三島、富士市など)     56万7137人
5 愛知12区(岡崎、西尾市など)    56万3737人
【人口の少ない選挙区】
1 高知3区(土佐、須崎市など)     25万2840人
2 高知2区(高知、室戸市など)     26万0166人
3 徳島1区(徳島市など)        26万2208人
4 徳島3区(小松島、阿南市など)    26万2687人
5 高知1区(高知市)          26万4074人

2009年8月11日 時事


高知といえば広末涼子さんもやってるとか言われていましたがどうなんだろう、高知東急も急いで高知から東京に出て来たりして人口はますます減るばかりですが、とにかく高知3区と比較して「1票しか持っていない」ビンボーな選挙区が56、ということは単純に計算しても1400万人以上、人口の1割以上が政治的に「半人前」の取り扱いを受けていることになります。

反面、このような選挙区から出て来た議員は、いくら当選したといっても得票は半分ですから、これも「半人前」です。高知3区は道路建設に「再チャレンジ」する山本有二さん、2区は元防衛庁長官の中谷元さん、1区はこれもやっぱり道路族の福井照さん、徳島1区は民主党凌雲会の仙谷由人さん、3区は後藤田正晴さんの親戚で「きれいなおねいさん」水野真紀さんとあらもったいなや別居中の夫である後藤田正純さんなど、錚々たるというか蒼々たるメンバーが蹌々とした様子で叢々としながら早々に葬送されるのを待っているところですが、こういう人たちは要するに「半人前」です。だからといって千葉4区の野田佳彦さんが「二人前」だとか特にエラいとかそういうワケでは全然全くいささかもこれっぽっちも1オングストロームもないんですが。オングストロームって何だ。

衆院選挙区画定審議会設置法は国勢調査に基づいて区割りを変更し、較差(ほんとうはこの字が正しいみたい)を原則として2倍未満とすることにしていますが、2002年に区割り変更が行われた時にすでに兵庫6区と高知1区との間で2.06倍の較差がついていましたので、「原則」はやはり「原則」であって原則として原則は守られないことになっているようです。

この「1票の格差」については、常々訴えられては最高裁ではねつけられているところでありますが、国政選挙の定数配分違憲訴訟は参院選において行なわれるようです。というのも参院選においてはこの「格差」が4倍とか5倍とか洒落にならない倍率になっちゃうんでよさこいとか夜這いとかやっている場合ではない。現在は2007年の参院選における定数配分を違憲として選挙無効を求めているのがありまして、この判決は今年の秋頃の予定です。

そこで最新の判例は2006年10月4日の最高裁大法廷での判決です。参考までに事件番号は「平成17(行ツ)247」ですが、わざわざ調べなくても合憲判決が出ています。この時の最高裁の面子は裁判長を町田顯さんとして、以下(あの)横尾和子さん、上田豊三さん、滝井繁男さん、藤田宙靖さん、甲斐中辰夫さん、泉徳治さん、島田仁郎さん、才口千晴さん、津野修さん、今井功さん、中川了滋さん、堀籠幸男さん、古田佑紀さん、殿に(例の)那須弘平さんという、おなじみの(当たり前だ)どう転んでも違憲判決の出てこないような顔ぶれですが、このときはなんと(あの)横尾和子さんはじめ滝井繁男さん、泉徳治さん、才口千晴さん、中川了滋さんが反対意見を出しています。

このうち(あの)横尾和子さんの反対意見は「議員1人当たりの人口較差が最大1対3以上であるときは,憲法14条の規定に反する」というもので、なんで3倍なのかよくわかりません。2倍以上になっても少しくらいいいじゃないかというようないい加減な判断であると思われます。しかし泉徳治さんや才口千晴さんは2倍の較差で違憲状態であるとしているところです。「1人2票」じゃ、そりゃ明らかにマズいでしょ。それが「原則」ってもんです。

ところで(例の)那須弘平さんですが、この判決では補足意見を出していまして、これがなかなか妙です。那須さんはまず1:5.13はよろしくなかろうといいます。ところが那須さんは比例代表に目を付け、これを含めた「全体の投票価値」を計算するのです。そうすると較差は1:2.89になるんだと。

なかなか上手いことを考えたもので、このくらいに数字を小さくすると「違憲性が問題となる領域に近接するが、なお憲法の許容する範囲内に踏みとどまっていると評価してよいと考える」んだと。(あの)横尾さんの「反対意見」と(例の)那須さんの「補足意見」を合成すると「合憲」という結論が導かれる合わせワザです。あの2人デキてたのか、と考えることさえキモイですが、(例の)那須さんはそんな醜悪なウワサを否定するかのようにさらに論を進めます。しかし「いずれにしても,比例代表を含めた全体の投票価値の較差が1対2を大きく超えて拡大すれば、違憲状態と判断される可能性も格段に高くなる」というだけで、「違憲」とは絶対に言いません。2倍の較差では他の裁判官が違憲状態であると判断する可能性が高いのですが、自分はそうしないぞ、と言っています。

なかなか強情なんですが、そこで(例の)那須さんはこの裁判で問題になっている選挙(2004年7月の参院選)についても、時間がなかったからしょうがないとか、そのわりには努力したようだとか、挙げ句の果てには将来は「道州制の採用とこれに基づく選挙区の見直し」もされるようなのでいいじゃないかとか、相当に無理な議論を展開して「違憲じゃない」と言い張ります。おそらく「道州制」にすれば較差が解消するとか言いたいようなのですが、これはまた随分と党派的な「意見」です。こんなことを言うのは「違憲」じゃないですかね。だいたい選挙区と比例代表では違う人を選ぶんだから合算するのは間違いではないのか。

ちなみに、この判決で反対意見を書いた5人のうち4人は既に退官しています。そして多数意見10人のうち、6人が未だに最高裁にいます。そこで今秋の判決も危なっかしいものがあるんですが、しかしその6人のうちの1人が(例の)那須さんで、丁度おあつらえ向きに(例の)那須さんは最高裁判所裁判官国民審査の(年貢の)対象(納め時)になることになっています。高知県の選挙区を2つに変更するのは後にすることになるようですから、先ずは那須さんの方を早いとこナントカした後で、歌うよ土佐のよさこい節を。
posted by 珍風 at 11:22| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

Atom Paddy Mother God(原子田母神)

8月6日に原爆ドームのすぐそこのメルパルク広島で行なわれた田母神さんの講演は案外とマトモなもののようです。彼はこんなことを言っていたんだそうです。

「核保有国同士は相手からの報復を恐れるため、先制攻撃は絶対にしない。国を守るため、日本も核兵器を持つべきだ」

なるほど、確かに広島や長崎に核兵器が投下された当時、日本は「核保有国」ではなかったのでしょう。核保有国でないと核兵器によって攻撃されるというわけです。そしてどうやら今のところ3個目は落ちてきていないようです。それは何故か。一応はプロの軍人だった田母神さんがその答えを知らないはずはありません。それは日本が「核保有国」だからに違いない。きわめて明解です。

核攻撃狙っている国「隣にある」=北朝鮮を警戒、核抑止必要−麻生首相

 麻生太郎首相は6日午前の広島市での記者会見で、核廃絶への取り組みに関連し「核を持って攻撃しようという国がわれわれの隣にある」と述べ、北朝鮮への警戒が必要だとの考えを示した。

 その上で、首相は「核を持って抑止する力を持っている米国と日本は同盟を結んでいる現実を踏まえて話をしないと。一方的に誰かがやめれば、相手もきれいにやめてくれる世界ではない」と述べ、現状では米国の「核の傘」が必要との認識を強調した。 

2009年8月6日 時事


もっともアホ太郎によれば日本の核は別段日本が「保有」しているものではなく、アメリカが持っているものであるとのことです。それではまるで日本は「核保有国」ではないかのようですが、日本がアメリカに保有されている「現実を踏まえて話しを」すれば、日本は世界に冠たる「核保有国」であるといっても良いようです。

ところが「核保有国(=日本)に対しては先制攻撃は絶対にしない」という比較的穏健な田母神さんに比較すると、アホ太郎は随分思い切ったことを言っているようです。どのくらい思い切っているかというと、これはもう酒井法子さんが出頭したときくらい思い切っています。全て洗いざらいお話ししようという覚悟です。で、言っちゃいました。

核の先制不使用宣言「現実的でない」=麻生首相、長崎で会見

 麻生太郎首相は9日昼、長崎原爆忌の式典出席のため訪れた長崎市で記者会見し、核兵器保有国が先制不使用を宣言する構想について「『わたしは先制攻撃しません』と言っても検証する方法はない。先制不使用の考え方は、日本の安全を確保するには、現実的にはいかがなものか」と述べ、否定的な見解を示した。「米国に核の先制不使用を求める考えはあるか」との質問に答えた。

 また、自民党内に、敵基地攻撃能力の保有の検討を求める声があることに関しては、「日米間の役割分担に関する話は、検討すべきものと考えている」と述べた。

2009年8月9日 時事


なんとアホ太郎は「核保有国」たる「北朝鮮」に勇躍「先制攻撃」を行なおうと言っています。もちろん、いくらアホ太郎でも「核保有国」でもないのに「核保有国」に「先制攻撃」するほどアホ太郎ではないようですから、これも日本が「核保有国」であることを世界にアピールしたものでしょう。それは良いとしても、アホ太郎は「核保有国同士」が「先制攻撃は絶対にしない」とは考えていないようです。あるいは他所が先制攻撃を控えている隙を狙ってやったもんの勝ちだ、という立派な考えなのかもしれませんが、もちろん「先制攻撃」とはそういうことを言うのです。

なるほど田母神さんが言う通り「核廃絶が即、平和につながるわけではない」のかもしれませんが、アホ太郎の手にかかると核保有も平和につながらない点においては負けてはいません。田母神さんは兵隊さんの建前として「核抑止力」を語っているのですが、アホ太郎は「核先制攻撃」を「検討すべきもの」だとしています。

これだとまるでもうアホ太郎が単なるアタマの悪い乱暴者でしかないように見えます。そしてそれはおそらくその通りなのですが、だからといって田母神さんのアタマが良くなるわけではありません。さかなをたべるとアタマが良くなるんだそうですが、核兵器を食べても利口になれそうにはありません。実際には田母神さんもアホ太郎も同じ主張を別のアングルで語っているだけです。すなわち軍人のアングルと政治家のアングルがあるでしょう。もっとも田母神さんとアホ太郎はそれが微妙にずれているようです。

つまり同じようなことを言っていても、より政治的に配慮した言い方をしているのはなんと田母神さんの方なのであって、アホ太郎は暢気に「核先制攻撃」という「現実的でない」妄想をダラダラと垂れ流してしまっています。なんとも無責任な話しですが、もうすぐ本当に「無責任」な立場になろうというわけですから気分はもう夏休み、「政権」などとっくに投げ出しています。もっとも自民党に言わせれば自民党には「政権担当能力」があるとのことですが。

比例「民主」41%「自民」24%…読売世論調査

 読売新聞社が4〜6日に実施した衆院選の第3回継続全国世論調査(電話方式)で、比例選で投票しようと思う政党は、民主41%が自民24%を上回った。

 第2回調査の「民主42%―自民23%」から大きな変化はなく、民主の優勢は続いている。小選挙区も民主39%(前回39%)、自民24%(同25%)で傾向は同じだった。

 自民の政権公約(マニフェスト)については、景気回復後の消費税率引き上げ方針を「評価する」は42%、「評価しない」は47%だった。「幼児教育無償化」は「評価する」55%が「評価しない」36%を上回った。

 民主では「子ども手当」支給を「評価する」は46%、「評価しない」は43%。インド洋での海上自衛隊の給油活動を来年1月の期限切れまでに終えるとしたことには「評価する」38%、「評価しない」41%だった。

 政策に必要な財源をきちんと示しているのは自民35%、民主24%だった。政権担当能力の高さでも自民43%が民主31%を上回った。

 麻生首相と鳩山民主党代表で首相にふさわしいのは鳩山氏47%(前回40%)、麻生氏22%(同22%)で、その差は広がった。麻生内閣の支持率は21・6%(同20・0%)、不支持率は69・0%(同67・8%)。政党支持率は民主31・6%(同31・0%)、自民24・2%(同25・3%)などだった。

2009年8月7日 読売新聞


自民党、というよりは読売新聞に言わせれば、ですか。同じことですか。定評ある「読売の調査」によれば、「政権担当能力」を評価する人の割合は自民党について43%、民主党については31%なんだそうです。しかし問題は、「政権担当能力」が高いとされていることが政党支持率や投票行動に影響を及ぼしていないという点です。したがって自民党は自らの政権担当能力の高さを誇示したり、民主党の政権担当能力に疑問を持たせるような宣伝を行なっても何にもならないということになるでしょう。もはやそれは大した問題ではないのです。

そのように考えると、アホ太郎の核先制攻撃論も、それは極端に深すぎる洞察に基づいて自民党に政権担当能力が「ない」ことを示そうとするものであるとも考えられます。つまりアホ太郎は「政権担当能力がない」方が選挙で勝てると思ったのです。さすがです。しかしそれだけではありません。どうやらアホ太郎は読めない新聞を(つっかえながらも)読んでみたようなのです。産經新聞では政治部デスクの金子さんが、民主党に対してこんなことを書いています。

民主党が世論の支持という輝きを保つには、「夢を語る」しかない。
「いくらあげます」ではなく、こういう社会にしたいという夢だ。

2009年8月9日 産経ニュース【政治部デスクの斜め書き】民主党が圧勝しない理由


「傷跡」が「しょうせき」なら「民主党」を「自民党」と読み間違えるくらいアホ太郎にとっては朝飯前です。そこでアホ太郎は「夢」を語りました。いわゆるひとつの「ビジョン」というようなものですが、それは要するに日本を核兵器を保有して先制攻撃を行ない核戦争に突入するようなバキバキにアッパーな社会にしたい、といういささか物騒な「夢」です。だいぶキメちゃってるみたいです。人間やめてます。らめぇ。れったい。
posted by 珍風 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月07日

亀田製菓、「海苔ピーパック」販売自粛か

もっとも消費者の中には「『亀田』という社名自体が『自粛』ものだ」とするものもあり、現在のところ同社がどのような対応をとるかは明らかではありません。

酒井法子容疑者:最高裁が使用自粛 主演の広報用映画

 最高裁は7日、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕状が出た酒井法子容疑者が主演する裁判員制度の広報用映画「審理」について、使用を自粛すると発表した。最高裁のウェブサイト上での無料動画配信を停止するほか、DVDやパンフレットの貸し出し、配布を中止した。全国の地裁や家裁などに掲示した広報ポスターも撤去する。
 「審理」は最高裁が昨年、「評議」「裁判員」に続く3作目の広報映画として製作。主人公に起用された酒井容疑者は、裁判員に選ばれる主婦を演じた。約60分で製作費は約7100万円。DVDとビデオ計約19万5000本を作製し、全国の地裁や図書館で市民に貸し出していた。
 酒井容疑者は08年3月の完成試写会に島田仁郎(にろう)・最高裁長官(当時)らと出席。その際の会見で「事件をみんなで考えるいい制度。自分が裁判員に選ばれたら、不安だが時間をつくって参加したい」と話していた。同10月には東京・台場であった東京地裁の裁判員制度関連行事に参加するなど、PR役を務めてきた。
 最高裁広報課は「酒井さんに逮捕状が出たという報道があることなど、諸般の事情を考慮して自粛を決めた」と説明している。【銭場裕司】

2009年8月7日 毎日jp


この『審理』という映画、なかなかどうして注目すべき作品であります。これはウルトラシリーズの監督で知られる原田昌樹監督の遺作であり、酒井法子さんが主演でそのすぐ隣の席の左陪審に星野真里さんを配するなど、いわゆる「旬の」役者が顔を見せているのも見所ですが、伊丹幸雄も何をしているかと思ったらこんなところで裁判員をやっていますし、むちむちの岡本麗も裁判員の一人を演じています。検察官には宮川一朗太、対する被告人側は被告人に田中圭、そして弁護士には斉木しげるという、頼りになるんだか何だかよく分からない人々による攻防も見逃せません。

そのうえ、裁判所の階段シーンは実際に最高裁でロケされたものであり、最高裁内部で映画撮影が行われたのは史上初、星野さんによればこればたぶん最後になるであろうという貴重な映像が収められてすらいるのです。

というわけで様々な意味でお蔵入りにするにはもったいないような気がするのですが、しかし、なんで「逮捕状が出た」というだけで「使用を自粛」しなければならないのか。逮捕状が出たからといって酒井さんが何か悪いことをしたと決まったわけではありません。

どうも最高裁は逮捕状が出ただけでもう酒井さんを「犯人視」してしまったようです。今どきマスゴミですら、「犯人視報道」は控える、と言っているのですし、それは他ならぬ最高裁の平木正洋参事官が「捜査機関の情報を確定的に報じた記事や容疑者の自白内容を伝える記事などは裁判員に予断を与える恐れがある」という「懸念」を表明したことによります。

最高裁としては報道が裁判員に与える「予断」には気をつけているつもりのようですが、最高裁自身が「予断」で一杯です。もっとも最高裁の「予断」はマスゴミなどの影響によるものではなく、とにかく検察官の言うことが正しいんだというワケの分からない思い込みですが、審理に当たって前もって判断を下しているという点においては素人衆の「予断」に勝るとも劣らないものであるといえるでしょう。

まして「審理」はおろか逮捕すらされていない酒井さんの主演映画をお蔵入りにするということであれば、これは最高裁判所は逮捕状が出た時点で「有罪」の心証を固めているというわけでしょう。無闇に有罪率が高いのも当然です。逮捕状が出ただけで「有罪」なんですから、起訴された人は全員有罪に決まっています。これが日本の司法の「最高」に位置する人たちの考えかたなんだそうです。

最高裁がこういう状態なので「疑わしきは罰せず」とか「推定無罪」とかいう日本語はありません。日本にはそういうものは存在しないのです。もちろん「市民感覚」にも用はありません。最高裁は裁判員制度の広報映画全てを回収した方が良さそうです。

ちなみに今回「ピーチジョン事件」におっかぶせるように騒動の主役となった酒井法子さんは、今後は「事件をみんなで考えるいい制度。自分が裁判員に選ばれたら、不安だが時間をつくって参加したい」なんて心にもないことを言わなくてもよいような生き方を選択することになったようです。おとなしく捕まってしまえば数年でAVでカンバックですが、逃げたりするとそうもいかないかもしれません。

もっとも酒井さんのお父さんの酒井三根城さんも「酒井組」の組長とやら、普通であれば夫の覚醒剤使用が発覚したら直ちに自分の部屋を整理して捨てるものは捨てる、という行動をとりそうなところ、直ちに行方知れずになったのは、あるいはスキーショップジローのボンボンで偽サーファーのだらしのない夫がほどなく「口を割る」ことを見越したものなのかもしれません。的確な判断、そして迅速な行動、まさに「あの『のりピーが』」というほど感心してしまいますが、彼女はまだ人生の前半戦を終わったばかりなんですから将来が楽しみなんだかオソロシイんだかよくわかりません。
posted by 珍風 at 23:46| Comment(2) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

にわか裁判の即席判決の特製調味料

まあ少なくとも「プロのレベル」には達していたようです。

「レベル高い」「市民感覚反映」=傍聴の法曹関係者ら−裁判員裁判

 全国初の裁判員裁判の終了後、傍聴した法曹関係者や被害者団体代表らは、審理の感想を語った。
 元東京地検特捜部検事の堀田力弁護士は「裁判員のレベルが非常に高く、的確な質問をしていた。プロが見ても大事だと思う点を、しっかりと質問していた」と裁判員を高く評価。「初日は緊張していたようだったが、2日目以降は集中し、リラックスして見えた」と述べた。
 一方で、「裁判員がいい質問をしたということは、検察官や弁護士がその質問をしなかったいうこと。今後はプロがもっとしっかりしなければならない」とした。
 「全国犯罪被害者の会」(あすの会)代表幹事の岡村勲弁護士は懲役15年とした判決を「軽い」と批判。「検察の求刑が低すぎることもあるが、遺族の悔しい思いからすると、市民がもっと被害者の立場を思ってくれていいのでは」と残念がった。
 「被害者と司法を考える会」の片山徒有代表は「裁判員が果たした責任は非常に大きかった。質問には市民感覚が反映されていたし、大成功だ」と絶賛。

2009年8月6日 時事


判決は求刑マイナス1年であり、秋葉康弘裁判長など3名の裁判官だけで審理をしても同じようなことになったに違いない判決です。まずは予定通りの判決であったといって良いでしょう。もっとも岡村さんは被害者とは縁もゆかりもない「市民」が「もっと被害者の立場を思ってくれ」ることを期待していたようなことを言っていますが、それはちがうでしょう。てゆーか殺人事件の場合「被害者」は「被害者」になった途端に死んでしまっているので自分の「立場」を説明することは出来ません。岡村さんが勝手に想定した「被害者の立場」なるのものに「市民」のみなさんはあまり関心がなかったとしても仕方がありません。

まあ、岡村さんは特権的遺族として「被害者の立場」を決定する権利を有するらしいので、そういうことでしたらお気の毒としか言いようがありませんが、「市民」が「被害者」というよりはむしろ岡村さんと同じ立場に立って「死刑」だの「懲役20年」だのと言うのであれば、そもそも「アスの会」などという芳香の漂うシロモノはその存在する意味を失います。

もっとも、岡村さんのような「特権的遺族」ではない普通の「遺族」はそれほど不満でもないようです。

「中身は満足」と遺族=判決の視点評価−被害者弁護士・裁判員裁判

 被害者参加人の弁護士を務めた番敦子弁護士は、遺族が「15年という量刑は不満だが、中身は満足いくものだ」と話したことを明かした。被害者の言動や性格が焦点とされる中、検察とともに「冷静で行こう」と申し合わせ、感情的にならぬよう努めたという。
 遺族の長男は「どこを向いても多くの人の目がある。主張は伝わっているのか」と不慣れな法廷に戸惑い、不安を漏らしたという。主文言い渡し後、番弁護士の横で「よかった、よかった。市民感覚でとらえてくれた」と話したという。

2009年8月6日 時事


新しい制度に対してイキナリ批判的なことを言わないようになっていたのかもしれません。もっともこの「市民感覚」というものは意外と、てゆーか意外でもなんでもないのですが、それはかなりいい加減なもののようです。

初の裁判員裁判、東京地裁の判決要旨

東京都足立区の路上殺人事件で、東京地裁が6日、藤井勝吉被告(72)に言い渡した判決の要旨は次の通り。

 【主文】 被告を懲役15年に処する。
 【犯罪事実】 被告は5月1日午前、文春子さん(当時66歳)宅の玄関前付近で、死亡させると分かりながら、強い攻撃意思を持って文さんの左胸を2回、背中を1回、サバイバルナイフで突き刺した。文さんは出血性ショックで死亡した。
 【事実認定の補足説明】
1 近隣住民3人の公判証言は信用性が高く、以下の事実を認定出来る。
 被告宅の斜め前に住む被害者宅前には、植木やバイクが通りにはみ出していた。被告は被害者と言い争いになると手を出すことになり、刑務所に行かなければならないと考え、顔を合わさないよう我慢していた。
 被告は犯行前日に競馬で負けて酒を飲み、当日朝も飲んだ。被害者が植木の手入れをしており、競馬に出かけられずいらだった。被告はペットボトルが倒れていたことに文句を言い、被害者は言い返した。被告はサバイバルナイフを持ち出し、「ぶっ殺す」と言った。ナイフを突き出すと、手が被害者の体に触れるほど深く胸に突き刺さった。
2 被告は「脅すためにナイフを見せると、被害者が『やるならやってみろ』と言い、あごを押し上げられた」と供述する。しかし、そのような言動をとるとは考えがたく、信用できない。
3 動機 被告は被害者に一方的に憤まんの念を抱いていた。飲酒で抑制力が低下し、被害者に文句を言ったのに言い返されて怒りを爆発させたと認められる。
4 殺意 〈1〉ナイフを被害者の上半身に3回深く突き刺し、うち1回は無防備な背中を刺している〈2〉逃げる被害者の後を追って悪態をついている――などから、被害者を死亡させると分かりつつ、強い攻撃意思を持って殺害したと認められる。
 【量刑の理由】
 被害者は、2人の息子が小中学生の時に夫に先立たれ、苦労して育て上げた。息子に慕われ、母親や兄弟から頼られ、人生の結実期を歩んでいた。突如この世を去ることになった無念さは計り知れない。遺族らの悲しみは深く、厳しい処罰を望んでいる。
 被告は、ナイフで胸や背中を3回も手加減することなく突き刺して被害者を殺害し、死なせる危険性の高い行為を繰り返した。被害者が殺人を誘発する言動をとったとは認められず、動機は身勝手で極めて短絡的である。近隣住民に与えた不安や恐怖も軽視できない。被告は暴力的な行動をしてはいけないという意識が低く、刑事責任は極めて重い。
 被告は犯行後に救急車を呼ばず、預金を下ろし、酒と競馬新聞を買って競馬場に行った。被害者の安否を気遣わない自己中心的な行動だ。他方、警察に出頭しようとし、逮捕後は犯行を認めている。公判で遺族に心から謝罪する言動が見られず、反省しているのか疑いもあるが、「後悔している」と述べるなど酌むべき事情もある。以上の諸事情を考慮し、主文の刑に処するのが相当と判断した。

2009年8月6日 読売新聞


ここで「事実認定の補足説明」における「2」の、いわゆる「犯行を誘発した被害者の言動」について、判決では弁護側の主張を一切認めていないわけですが、その理由は単に「そのような言動をとるとは考えがたく、信用できない」というもののようです。なぜ「そのような言動をとるとは考えがたい」としたのかというと、それは被害者が「年配の女性」であることと、被害者の長男の証言によるものなんだそうです。

もっとも「被害者の日ごろの言動」に関する長男の証言については、その矛盾について裁判員自身からも質問が出たところです。長男は裁判への参加について「母の名誉を守る」のが目的であるとしており、事実よりも仮に被害者の「落ち度」というものがあったとすればそれを否定するために証言したものであることが明らかなのですが。

むしろ被告人は口では被害者に負けると感じていたのであり、このため被告人は被害者に「手を出すことに」なる虞れを感じていたことが事実として認定されています。被告人においてその危惧は当日被害者が植木の手入れをするために戸外に出ていたことをもって外出を思いどとまることを余儀なくされるほどのものでした。

このことは今までに被害者が被告人に対し相当にコテンパンに言い負かして来たこと、とりわけ相手が「手を出す」危険性のある程度にまで言い負かして来たことを想定させるでしょう。つまり侮蔑的、もしくは侮蔑の目的を持った挑発的な言動が存在した可能性を示唆します。「侮蔑の目的を持った挑発的な言動」とは、相手を挑発しつつ、相手が挑発に「乗れない」ことを見越して挑発に乗らないことを嘲笑する、というようなことを指しますが、そのようなことがあった可能性は判決の事実認定からも見て取ることが出来るでしょう。

したがって犯行当時において被告人が「脅すためにナイフを見せると、被害者が『やるならやってみろ』と言い、あごを押し上げられた」とする供述につては、そのようなことがあった可能性が事実認定から導かれますので、「そのような言動をとるとは考えがたく、信用できない」とする判決には理由がありません。

ここのところは、この点にこだわった裁判員とあくまで既定の方針で判決を出そうとする「プロ」の裁判官とが妙なる不協和音を奏でたものだったかもしれません。この「考えがたく」は、先行する「1」における事実認定と矛盾し、いかにもとってつけたような印象を与えます。もしかすると秋葉さんは裁判員制度について何か考えるところがあって、わざとこんな「変」な痕跡を残したのではないかとさえ疑われるところです。

もっとも、判決では正確には「にわかには信じがたい」と書いているようです。つまり急には信じられないといっているわけで、急でなければ信じたかも知れないのです。つまり弁護側が時間をかけて証言を集めるなどすることによって「日ごろの言動」についてより説得力のある弁論を展開することが出来るならば、あるいは別様の判決が出ていたかもしれません。その可能性を判決文自体が示唆しているという、まことに奇妙な判決になったのでした。
posted by 珍風 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

全ての権力を橋下へ

一部知事の点数公表に疑義=マニフェスト評価で−橋下大阪知事

 大阪府の橋下徹知事は5日の定例会見で、衆院選の各政党のマニフェスト(政権公約)を評価した点数を、埼玉、神奈川など一部知事が公表していることについて、「全国知事会の採点が意味をなさなくなる」と批判した。
 同知事は、「個人で言ってしまうと、(各政党が)個人に向いてしまう」と、個別の採点公表は知事会としての政治パワーをそぐ可能性があることを指摘。「どういう意図か疑問」と述べた。
 また、「字面に表れていない本気度などを評価しないと」として、7日に知事会が行う公開討論会の結果を見た上で評価すべきだとの見解を示し、現段階での評価に疑問を呈した。 

2009年8月5日 時事


なんと橋下さん、「本気度」を「評価」するんだそうです。どのように「評価」するのかというと「公開討論会」でのパフォーマンスを見て「評価」するようです。まあ要するにこれはAVでいうところの「本気汁」みたいなもんでしょう。AVには「本気」を「可視化」するテクニックがあるわけですが、橋下さんは「テクニック」を「本気」として「評価」するようです。

もっとも橋下さんがそんな「本気度」の低い評価基準を持っていても心配はいりません。橋下さんはついさっき、各都道府県知事の「権利」を制限したところです。橋下さんによれば各知事が、いわば好き勝手に各党のマニフェストを「評価」することは「全国知事会」の「政治パワー」をそぐ、ということです。そこで「知事会」のために、各知事は口を慎んで余計なことを言わないようにすることが求められています。知事が「知事会」の方針とは独立して勝手なことを口走るのは許されません。

橋下さんによれば知事会は絶対的かつ必然的に各都道府県知事を拘束し、知事は一般にかつ無条件に知事会の権威を認めなければなりません。「個別の採点公表」は個人主義的偏向であって知事会を弱体化するが故に排除されねばならず、都道府県知事は知事会の権威に従わなければならないのです。こんなことは世の中の常識であって、橋下さんの他には共産党くらいしか賛成するものはいないでしょう。

どうも橋下さんの「分権」に対する「本気度」は著しく低いようです。橋下さんの「本気汁」は30年前の裏ビデオのように乾いています。橋下さんの「意図」はきわめて明らかなもので、典型的に中央集権的なそれであり、その狙いは「地方の代表の代表」です。このような橋下さんにとって「道州制」は必須です。それは彼にとってより「上位」の機関への足がかりとなるものだからです。府知事から「州」の代表へ、そして諸州の「代表」として「国と地方の協議機関」でカッコ良く「国」と対峙してみせつつ、「国家戦略局など内閣の重要なポスト」に入る、というのが橋下さんの目論見でしょう。その次の段階は下部機関から民主的に選出された代表として独裁的権力を握るまでです。

まさかそこまであのアタマで考えているのかどうかは不明ですが、てゆーか考えていなければ尚更、ものの考え方が基本的に「分権」に合っていません。人間無理は禁物で、無理をすると健康を害したり、あろうことか馬脚をあらわすことになります。恥をかく前に宗旨を変えるか、きっぱり笑われタレントに戻るのが得策です。

実際には「分権」的な「改革」は下から上にシステムを作り直すことです。おそらく、そこで生活する全ての人によって構成されるコミュニティが基礎になることと思いますんで、そういうコミュニティの規模が何十万人か知りませんが、もちろんそこにいる以上は「外国人」であっても構成員になることになるでしょう。外国人の地方参政権は「分権」の要請するところとなります。

民主党はこの基礎的なコミュニティを市町村だとみていたようですが、もう少し狭い範囲でも良いかもしれません。それが小規模であることは日常的な生活がそれぞれのコミュニティを越境して行なわれることを意味しますが、各人があるいは隣接する、あるいは遠隔の様々なコミュニティと関係して生活することから「合併」することが出来ず、各人が単一の集団に帰属することを防止し、同時に各コミュニティが極端な政策をとって孤立することをも防ぐのかもしれません。

まあ、考えると色々あるわけですが、明らかに「道州制」というような大きな行政単位をきめておくのとは全然違うようなので民主党も何を考えているか分ったものではありませんが、しかし先ず第一に各都道府県で「大統領」的な地位にある知事さんたちが、この「大阪のスターリン」に唯々諾々と従うのかどうかは保証の限りではありませんが。もしいつものようにみんなに嫌われたら大阪に篭城すれば夏の陣、すっかり参った冬の陣、おっと間違い逆だった、くえない策士の小沢さん、しめしめ堀は埋め終わったとほくそ笑むかも知れません。まあ「理解」はしたと。「理解」ね。理解できねえ。
posted by 珍風 at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

裁判官は公務員の仲間。 オレ、社長の代理。

阿久根市長、人件費張り紙はがした職員を懲戒免職

 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長は31日、市役所内に掲示していた職員人件費の張り紙をはがしたとして、40歳代の男性職員を懲戒免職にした。
 竹原市長は「行財政改革を支持する市民に対する挑戦的な行為」と説明しているが、職員は「処分は重すぎる」として市公平委員会に異議を申し立てる方針。識者からも「免職にする事案とは言えない」との指摘が出ている。
 市長はさらに、監督不行き届きとして、総務課長を文書訓告、市民環境課長と総務課長補佐を口頭注意処分にした。
 処分後、竹原市長は「人件費削減を公約としており、張り紙は公約実現の手段の一つとして行った。職員から提出された顛末(てんまつ)書にも反省は見られない」と説明。「市役所の指揮、命令機能の危機的状況を明らかにした。事件の重大性にかんがみ、処分することにした」と述べた。
 一方、男性職員はこれまでの取材に「張り紙があると職員が萎縮(いしゅく)し、ミスが増える。これでは市民のためにもならないと思い、はがした。免職は納得できない。まずは公平委員会に申し立て、処分の不当性を訴えたい」と話していた。
 市職員労働組合(203人)の落正志委員長は「法を犯しているわけではなく、軽微な事案。裁判闘争も視野に断固、処分撤回を求めていく」と話している。
 昨年8月の市長選で初当選した竹原市長は、自身のブログなどで職員の厚遇批判を展開。今年2月、市のホームページで268人の全職員の給与について、1円単位での公開に踏み切った。市議会との対立が深まった4月16日、「平成19年度の人件費総額16817万円(正規職員26名分)」など、市役所の各部署の出入り口に、2007年度の所属職員の総人件費などを記した紙を張り出した。
 しかし、翌17日、市議会が2度目の市長不信任案を可決し、竹原市長が失職した直後、すべての紙がはがされた。竹原市長が出直し市長選で再選後の6月上旬、男性職員が「自分がやった」と名乗り出た。
 市の懲戒処分は、戒告、減給、停職、免職の順に重い。市の基準によると、免職は公金横領や飲酒運転による事故などに適用し、退職手当は支給しない。2007年、飲酒運転で事故を起こした職員を懲戒免職にした例がある。市は、男性職員に対して賞罰委員会を6月に計2回開き、いずれも文書訓告が妥当との判断を示していた。
 鹿児島大の平井一臣教授(政治学)は「懲戒処分を行うには、男性職員の行為が市民の不利益につながったとの明確な理由が必要。市長が考える市民の利益に反したと言うだけで、懲戒処分を行うのは妥当ではなく、理解に苦しむ。一般的に考えても懲戒免職処分を行う事案だとは言えない」と話している。

2009年7月31日 讀賣新聞


「この国の闇は深いのだ。私も危ないのかもしれない。」と自らブログで宣うまでもなく「アブナイ」竹原さんですが、やたらと自分を「支持する市民」を引き合いに出す竹原さんが他の一部自治体首長のような立派なファシストになれないのは、何も阿久根が弩田舎であるからというわけではなく、やっぱり竹原さんの能力における一定の限界の存在、てゆーか要するにこういうことをしでかして「行財政改革」どころか無駄な仕事を増やしてくれるところにあるんでしょう。

人一人を「懲戒免職」にするのは結構面倒です。まず民間では滅多にやりません。まあこれには色々と理由があるわけですが、現場、てゆーか取引関係がありますから。こういう「懲戒免職」では業務の引き継ぎが正常に行なわれることを期待する方が馬鹿ですし、むしろ「引き継ぎ」が行なわれることを防ぎたいような、重大な業務上の瑕疵つーか不正のようなことがあって、現状の業務をそのまま継続することが不利益であるような場合でなければ「懲戒免職」ってやりにくいわけです。

したがってこの係長さんが業務上において不正があり、彼のやっていた業務が断絶されることが市民の利益になるのであればともかく、そうでなければ「懲戒免職」は逆に市民の不利益になります。「市役所の指揮、命令機能の危機的状況」などは何の言い訳にもなりません。そういうことは市役所内部の事情であって、市民にはあまり関係がありません。それが市民にとっての「危機」
になり得るのは、「指揮、命令」の発するところがマトモである場合ですが、「トンデモ」や「カルト」に頭までどっぷり浸かって他の人とは違う空気を吸っている竹原さんは、はたしてどんなもんなのか。

実際にはこの係長さん、竹原さんが市長ではなくなるや否や張り紙を剥がしたようです。つまりそれまでは剥がさなかったのであり、それは彼が「市役所の指揮、命令機能」を尊重すること竹原さんに劣らぬものであったことを示します。一方で竹原さんはその時点で市長ではなかったわけで、選挙によって市長が新たに選任されるまではいわばニュートラルな状態であるといえるでしょう。この間に前市長の「指揮、命令」をどのように扱うべきかというと、原則としてそれは尊重されます。もっとも竹原さんの場合は議会で不信任されたわけで、困ったことに議会も市民の代表ですし、市民の多様性をより表現しやすい点において市長よりも強い立場なのかも知れませんから、竹原さんのやることは市民の利益に反するという議会の判断がその時点では正当であったと言えるかもしれません。

しかしながら賞罰委員会でも「文書訓告」にすべきだとの判断が示されていますから、やっぱりマズいんでしょう。いずれにしても「クビ」はマズいようですし、まず異様です。平井教授の言い方はソフトですが、竹原さんは自分の不利益を「市民の利益に反した」ことに出来る、と思ってしまったようです。てゆーかこれは竹原さんの腹いせでしょう。竹原さんはつい前日に勝ち目のない裁判で負けを認めたばかりだったのです。

阿久根市職労訴訟、市長「裁判官も公務員仲間」

 鹿児島地裁で29日に開かれた、阿久根市職員労働組合が同市を相手取り、庁舎内にある組合事務所の使用許可取り消しの無効を求めた訴訟の初弁論。市側は全面的に争う姿勢を見せながらも、「裁判費用に税金が使われることや、裁判官も公務員であり、公平な立場に立てない」などを理由にして出廷しなかった。
 29日の初弁論で市側が提出した答弁書では、退去通告の理由について〈1〉市職労は市長選の際、事務所で竹原市長の政策を批判するためのビラを作成した〈2〉職員の給与水準が市民より高いのに、事務所の使用料は全額免除されている〈3〉市庁舎からの退去は竹原市長の選挙公約でもあり、市民も支持している――などと主張した。
 一方、市職労側は、市が施設の使用を一度許可した場合、地方自治法では、〈1〉公用で使う必要が生じた場合〈2〉許可条件に違反する行為があった場合――などにしか許可取り消しができないと定めている点を指摘。「市側の主張は、許可取り消しの理由に当たらず、裁量権を逸脱している」と反論している。
    ◇
 市職労側は初弁論後、鹿児島市役所内で報告会を開き、市職労や自治労県本部から10人が参加した。
 訴訟と平行して、市職労側は鹿児島地裁に行政事件訴訟法に基づく、市長の許可取り消し処分の停止を申し立て、同地裁は今月10日、認める決定を出している。
 小川正弁護士は、市側が出廷しなかったことについて、「実質的に市側が裁判を放棄した」と述べ、勝訴に自信を見せた。自治労県本部の高橋誠書記次長は「庁舎内に組合事務所を設けることは双方にとって都合が良い。我々が期待する結果が出ると聞いてほっとしている」と話した。
 この日、取材に応じた竹原市長は「裁判官は自治労と同じ公務員の仲間。負けると分かっている裁判に税金を無駄遣いさせるつもりはない」と語った。

2009年7月30日 讀賣新聞


竹原さんは「公務員というものは、警察や裁判所を使ってやりたい放題ができるようになっている」と書いていますが、官公労が特に裁判に強いという実績はありません。これは竹原さんの負け惜しみです。しかし負け惜しみの前提が妄想なのでまるで話しになっていないようです。しかしまあ、こういう論法は「トンデモ」業界ではおなじみのものです。したがって公務員の背後にはユダヤ人がいるのは勿論のことです。

もっとも「ユダヤ人」といっても色々いますから、最近では「陰謀」によって労働運動を鼓舞したりする「ユダヤ人」はあまりいないようです。竹原さんによれば「大衆を利用して金儲けに走るという点において官と職員組合は親和性が良い」んだそうですが、「大衆を利用して金儲けに走るという点において」はそれを専門にしている人たちがいます。実際には「ワーキングプア」だの「格差」だのというのはそういう人たちによる労働組合の弱体化の結果です。

なるほど労組は非正規労働者の組織化に失敗して来た、てゆーか非正規労働の導入と引き換えに正規労働者の利益を守って来たと言われるワケですが、それがそもそも労組が弱くなっているところから来ています。非正規の非組合員労働を排除するのが労組の原則であり、それが出来なくなっているということだからです。

竹原さんによれば公務員だけが「高い給料と安定した仕事」を得ているようです。もちろんその中には「仕事ができない」、といようりはむしろ竹原さんがそう判断した人や、貼紙を剥がしたりする人が入っているので気に入らないようですが、それは要するに竹原さんの勝手というものです。もちろん「民間」では、トップの好き勝手で労働者をクビにしたりしています。少なくとも竹原さんの会社ではそうだったのかも知れません。まあ実際には竹原さんの親の会社ですが。

竹原さんは「世襲」の引け目からかどうか知りませんが平等の見地からして「安い給料と不安定な仕事」を公務員にも広めようとしています。そしてそうすることによって逆に、民間でも「高い給料と安定した仕事」が得られるようにするためには、公務員と同じように「組合」が必要であることを竹原さんは指摘しています。ついでにそれはトップの気に入らない事であることも。別に指摘したいわけでもないかもしれませんが、眼光紙背に徹する読解によれば『阿久根時事報』にはそういうことが書いてあります。もっとも竹原さんが我田引水的に引用する『竹原信一という男』ではそのような深い読解がなされていないようなのが残念ですし、『データ・マックス』に至っては竹原さんを単に「都合のいい男」としか扱っていないのが残念です。それらが全然間違っていないというのも残念なことです。
posted by 珍風 at 23:32| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

ナカダヒロシのすべて

ただ漫然と勉強をしないで遊んでばかりいても「偏差値38」にはなれません。持って生まれた「天分」というものが必要です。幸いにしてそれに恵まれた中田宏さんは熱心に「ゴミ問題」に取り組まれ、最近では主客一体となった渾然たる境地に達して横浜市最大のゴミ処理を敢行されたとのことであります。

ゴミというものはそこら辺に捨てればそれで良いというわけではありません。いかに処理するかが重要です。その点でも中田さんは「「よい国つくろう!」日本国民会議」とかいう大手企業様向けのアピールを行なって生ゴミ処理の引き受け手を熱心に捜しておられました。

そのようにして大企業に寄生して生きのびる道筋がついたところでの辞任ですが、ここでどういうワケか対岸は千葉県のゴミの登場です。

中田市長辞任に森健知事チクリ

 千葉県の森田健作知事(59)は30日の記者会見で、横浜市の中田宏市長(44)の辞任表明について「正直言って驚いた」とした上で「客観的に見ると(任期満了まで)あと7、8カ月、おやりになったほうが良かったのではないか」と批判的な見方を示した。同時に「もう1度中央に戻るのか。ただ辞めたというのではなく、私たちが想像できないものもあるのではないか」とも述べた。

2009年7月31日 SANSPO.COM


まあ、はたしてご本人に「チクリ」と言ったつもりがあったのかどうかは疑問です。とにかくテキトーに分ったようなことを言っておくと利口そうに見えますな。もっとも本当に「私たちが想像できないものもある」かも知れません。指を暖かいところに突っ込んでいないと指が硬直して動かなくなる病気にかかっていたとか。

そのまた一方では中田さんが「人生の師」と仰ぐ横山ノックさんの遺徳を偲んで大阪に向かうところもご立派です。

橋下知事:中田横浜市長に大阪府特別顧問就任を要請

 大阪府の橋下徹知事が、7月28日に辞職願を提出した中田宏・横浜市長に府特別顧問への就任を要請したことを明らかにした。中田市長は「僕で役に立つならば、社会を変えるために何でもやる」と述べ、就任に前向きな意向を示した。
 橋下知事が7月31日、大阪府豊中市内で中田市長と面談して打診し、記者団に明らかにした。橋下知事は「中田市長は改革の旗手。(府の経営方針を決める)戦略本部会議に出てもらいたい」と語った。中田市長の辞職願提出の経緯についても「すべて聞いて納得した。僕が辞めるとなっても同じことを考える」と予算編成が本格化する前の辞意表明を支持する考えを示した。
 府によると、非常勤の特別顧問は行政改革など特定の分野について知事にアドバイスするほか、府庁内の会議などに出席する。知事が委嘱すれば就任可能で、議会の議決は必要ない。現在は、本間正明・近畿大世界経済研究所長などが務めている。通常は無報酬で、中田市長は「交通費さえ出れば」と語った。【稲垣淳】

2009年8月1日 毎日新聞


そりゃまあ僕だって辞職の「経緯」については「納得」できますし、同じようなことになったら辞職しますわな。もっとも大阪府民が「タコの亡霊」のような「腐ったさかなクン」にウロウロされるのに「納得」がいくものであるとは限りません。とはいえ、部屋の隅に埃が固まるように、ゴミがゴミを呼んで瀬戸内海の隅で固まるようですから掃除は毎日やりたいものです。松下の掃除機は吸引力のないただひとつの掃除機です。逆にゴミを撒き散らすんですから。
posted by 珍風 at 06:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。