2009年11月29日

福祉戦争の惨禍

相談業務 子の命守る 預け入れ130人回避 慈恵病院側 国に支援訴え 赤ちゃんポスト

 親が育てられない子を匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営する熊本市の慈恵病院の蓮田太二理事長は28日、同市役所で記者会見し、切羽詰まった母親らの相談に応じるなかで、預けるのを思いとどまってもらうなど、2008年度までの2年間で130人を守ることができたと明らかにした。
 ゆりかごをめぐっては、熊本県の検証会議が07年5月の運用開始から2年5カ月間に51人の子が預けられた事実を公表したが、それをはるかに上回る命が救われたことになる。蓮田理事長は、望まぬ出産や妊娠に悩む女性のためにも、匿名で24時間相談を受ける施設を各都道府県に一つずつ整備することなど国の支援をあらためて求めた。
 会見は、ゆりかごの課題を議論した熊本県の検証会議(座長=柏女霊峰(かしわめれいほう)淑徳大教授)が26日に最終報告書をまとめたことを受け、田尻由貴子看護部長も出席した。
 慈恵病院には、ゆりかごの開設以来、電話を含めて年に約500件の相談が全国からあり、助産師3人が24時間対応しているが、蓮田理事長は会見で「(預けることを思いとどまるなど)相談業務で救われた赤ちゃんは、預け入れられた数よりもはるかに多い」と強調。じっくり相談に乗ることで氏名や居住地を聞き出し、母子のケアにつなげていることを明かした。
 匿名で預かることには「安易な子捨てを助長する」と検証会議の最終報告書でも指摘されたが、蓮田理事長は「匿名性がなくなると相談に来る人がいなくなる」と語る一方で「匿名性を排除することは子どものアイデンティティー(自らの出自を知る権利)のためにも不可欠」とも述べた。田尻看護部長も「入り口は匿名でも実名化していく。そんな相談技術が大切」と話した。
 ゆりかごは、蓮田理事長がドイツの取り組みを参考に国内で初めて導入した。

2009年11月29日 西日本新聞朝刊


「相談技術」なんだそうです。「匿名性がなくなると相談に来る人がいなくなる」という懸念は当然でしょうが、「最終報告」では「「命を救う」というより、「養育をつなぐ」仕組み」であると言い張っているようです。しかしこれは、柏女さんが本気で言っているとは思えないような言い草であります。

報告書では盛んに「倫理観の劣化を懸念」しているようですが、仮に「倫理観」が「劣化」した親がいるとして、子どもがそのような親の手元に放置された場合にどのようなことが起こりうるか、柏女さんはよく知っているわけです。確かどこかで、彼は虐待の例について何か言っていたはずです。例えば市町村で子育て支援サービスをしていたものが、都道府県による一時保護せざるを得ない状況になると、それは都道府県において行なわれるので相互の連携が取れない。その結果一時保護が終わって家庭に帰ってくるときには市町村ではそれが分らない、そうこうするうちに「虐待死」が起こってしまう。あるいは市町村が児童相談所に一時保護を頼んでいるうちに殺されてしまうような例があるという、そういうことをどっかで言っていたわけです。

したがって「「顔の見える相談」には限界がある」と言いながら「匿名性を排除する努力が重要」だと言うのであれば、これはもう「虐待死」の発生を期待しているものと考えるのが当然です。なるほど「匿名」は「最善の利益」にはつながらないのかも知れません。そして「最善」か然らずんば「死」を、というのは、自分についてはそういうことを言うのも勝手ですが、赤ん坊に押し付ける話しじゃありません。

もっとも、「出自を知る権利」に関連して、柏女さんはどっかでこんなことも言っているようです。

今は虐待を受けていた子どもが多いので、関係をとるのがすごく難しくなってると思いますね。職員は大変だと思いますよ。私が学生時代のときには、親が亡くなっているけれど懐かしい思い出を持っている子たちがいたし、あるいは苦しめられた経験もない代わりに、親のことを何も覚えてない子たち。それはそれでまた、自分の人生を作って行くことが出来るけれども。今は親がいる。それで虐待されて、ずっと傷つけられて痛めつけられて来た。

http://yotuba-project.net/col01-03.html


虐待されるくらいなら親のことなど何も覚えていない方がまだマシというものです。柏女さんの現場での経験によれば、「アイデンティティー」のために酷い目に遭うことは必ずしも望ましいことではないようです。

ただし、「現場」といってもそれは児童養護施設とか児童相談所での経験です。一方で「赤ちゃんポスト」は病院が運営しています。幸いにして児童相談所などの制度に引っかかれば「虐待死」は比較的例外的な事象に属するのかも知れません。概ね餓鬼共はそこそこ元気でやっているはずです。しかし病院ではそうではありません。もとより病院ですから、来る餓鬼共は病気であるか怪我をしているか死んでいるかです。といってもそんなに頻繁に殺されているわけでもないでしょうが、まあそういうのばっかり見てるわけです。そして多くの虐待の例は柏女さんの方面とは関わりを持っていない可能性があります。

つまり柏女さんが相手にしている親子と、病院が相手にしている親子とは、わずかに重なり合う別の集団をなしているのではないでしょうか。柏女さんは、「赤ちゃんポスト」に関しては隣接する、しかし別個の領域の専門家であるに過ぎません。参考のために検証会に加わるのは構いませんが、座長を務めるのはどうかと思われます。

てゆーか、これは専門家の存在しない領域です。いわゆる「捨子」は、養護制度の中では漸減しつつある例外でしかなかったのですし、それは「捨てられた子」の問題として存在したに過ぎませんでした。今回初めて「捨てた親」が登場したのであって、これは全く新たな問題なのです。そしてワケの分からない問題に直面させられた柏女さんは、そういう目に遭った人が概ね呈するような反応を見せてくれました。

「倫理」ってのは、要するに柏女さんの「宗教」です。寺に育ち、それに反発したらキ印教に行ってしまったような柏女さんに幼少の頃から染み付いた宗教的価値観が偽装したものでしかありません。ワケがワカメだったので慣れ親しんだものがついつい出て来てしまったのでしょう。こういうのを「お里が知れる」と言いますが、なんと千葉だとか。

そういうわけなので、柏女さんとしては、この「親」に関する新たな問題を自分の専門に引きつけて解決しよう、てゆーか従来の問題の構成の中でしか考えられなかったわけですが、当然お仕事の都合もあるでしょう。「赤ちゃんポスト」が全国的に広がることを「容認」するならば、医療機関に主導権を奪われる可能性があるのです。児童相談所は病院から相談者を回してもらうようになってしまう。そしてそれは「親」のニーズにも合致しています。それはなにも「匿名性」だけではありません。例えば同病院では多数の相談事例があり、それについて「最終報告」では「医療機関という安心感やメディアやネットで情報を得やすいこと、相談無料であること」をその理由として挙げています。病院は魅力的なのです。

そこで柏女さんが採用した方針が「赤ちゃんポスト」を児童相談所と同じくらいに不便で魅力のないものにする、ということだったのは甚だ残念なことですが、児童相談所の「不便」については制度上の問題の他にその数の少なさ、専門職員の不足などの問題があって、これらに関しては児童福祉に必要な予算を割いてもらうことで解決が可能だったりします。そうであれば柏女さんが自分の領域を拡張する余地はあり過ぎるほどある。そのためには余計な手を差し伸べる奴はとにかく叩き潰して、餓鬼を殺し続けて予算を獲得するという、まるでもうテロリストのような気分になってしまうのも無理はありません。
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2009年11月28日

共通感覚とグルになって恐喝未遂の痴呆賛成県

新ビル建設で違反発覚
千葉市が駅前ビルオーナーに改善勧告
敷地面積偽造申請は時効?!

 小梛輝信前市会議長が恐喝未遂容疑で逮捕されたが、小梛容疑者が住民説明を求めた稲毛駅前に建設中のテナントビル。このビルが建設されたことにより隣接の「エヌズビル2」が建築基準法違反(容積率)に抵触することが明るみになった。
 千葉市建築指導課は本紙の指摘で、改めて建設現場を調査するとともに、ビルのオーナーに対して「改善勧告」を下した。ビルオーナーは違反事実を認め、エヌズビル2の改善方法として、敷地面積を拡張、ビルの一部を閉鎖、または取り壊すなどの案があるとして文書で回答したという。しかし、同ビルの敷地面積偽造については申請時に見抜けなかった千葉市の弱みで「時効である」とお茶を濁した。

発注者に多大な損害を与えた大成建設
 稲毛駅前のテナントビルを建設することにより、隣接するエヌズビル2は建築基準法違反になるという情報を匿名の読者からいただいた。早速、市役所で建設当時の申請書類を調査したところ、エヌズビル2は敷地面積を偽造して申請していたことが判明、先月号で詳しく報じた。
 その偽造とはエヌズビル2の実際の敷地面積は483・18平方メートルに対して、546・46平方メートルと60・3平方メートル(約20坪)もオーバーしていたのである。つまり、新設のビル敷地にその面積分だけ食い込む形になっていたが、土地の所有者が同じで駐車場になっていたので、とくに問題はなかった。
 しかし、現在大成建設(株)が建築中の新テナントビルは隣接のエヌズビル2のオーバーした面積内に重なっているため建築基準法上、エヌズビル2は容積率違反となってしまった。
 千葉市建築指導課では本紙の指摘で違反事実があることを認め、ビルの所有者である(株)エヌズ・コーポレーション代表取締役中山信久氏に「改善勧告」した。
 中山氏はそのようなことは知らなかったといいながらも「違反に抵触する事実があれば改善する」として「敷地面積拡張、ビルの閉鎖、一部解体」などの案を千葉市に提示したという。
 本紙は、中山氏に「エヌズビル2をいつまでにどのように改善するのか」の質問に、「答える必要はない。聞きたければ弁護士に聞け」と居直った。
 さらに、施工業者の大成建設(株)千葉支店管理部村田淳課長は「新ビル建設により違反になるかならないかは施工業者として関係のない話だ。設計業者が事前に千葉市の許可を得て発注されたものを工事するだけであり、市が許可したものを違法といわれても困る」と弁解した。確かに、施工者側から見ればそうかもしれない。しかし、大成建設は発注された施工内容や近隣の建築概要を吟味せず着工したことは百戦錬磨の大手ゼネコンらしくない。しかも、新ビル建設に当たり地元町内会などに住民説明を求めた小梛輝信前議長の言動をテープに収め、警察に告発し再逮捕させた。
 大成建設とその顧問弁護士は本紙の正当な取材をテープに取り、警察に告発したことにより、本紙は家宅捜索され、携帯を押収されるなど甚大な損害を受けた。加えて、大成建設は稲毛駅前のテナントビル建設したことにより、発注者に対して建築基準法違反の罪で改善費用など大きな損害を与える結果となった。

稲毛新聞2009年11月号


どうもネタがないようで、「先月号で詳しく報じた」件の続報、てゆーか自己レスみたいなもんですが、まあ要するにアタマに来ていることは十分に伝わってまいります。

本紙は、中山氏に「エヌズビル2をいつまでにどのように改善するのか」の質問に、「答える必要はない。聞きたければ弁護士に聞け」と居直った。


というのは、文章だけ読むと『稲毛新聞』が「居直った」ように読めますが、怒りのあまり文章が乱れたものと見えます。「居直った」のは「中山氏」であって、「ビルの所有者である(株)エヌズ・コーポレーション代表取締役」であります。「居直った」などという書き方をする以上は喧嘩上等な雰囲気ですが、記事の最後の方では共に大成建設から「大きな損害」を受けた点において『稲毛新聞』の、いわば「仲間」として遇されているようです。なにしろ中山さんは「敷地面積拡張、ビルの閉鎖、一部解体」などをしなければならなくなったのです。これは『稲毛新聞』が「携帯を押収され」たのと同じくらいの「甚大な損害」なのであります。

どうもこの携帯電話というのが『稲毛新聞』の生命であるようなのですが、文章がヘンなのは携帯電話で書いているのかもしれません。それでも悪梛さんとは「グル」ではないそうです。

星霜録
 稲毛区市議補選に立候補した谷戸俊雄が「小梛と稲毛新聞はグルになって恐喝した」などと、とんでもない誹謗中傷する選挙演説を繰り返していた。彼は落選したが本紙は西警察に名誉毀損と迷惑行為で被害届けを出した▼谷戸は2年前に稲毛駅前で選挙演説の陣地取りで橋本登議員に暴力を振るい逮捕されたことがある人物。このほか「駅前でチラシを配るようなお店には行かないようにしましょう」とか「田沼君、旗ざお5本も立てるのは違反だ」などと選挙運動とは関係ない嫌がらせの演説をしていた▼谷戸の演説が効いたのか、大成建設の関係者か知らぬが、本紙広告スポンサーに片っ端から「稲毛新聞に広告を出すのを止めろ」という妨害の電話を入れる輩も現れた。当然ながら住所や名前も言わない不届き者である▼逆に報告されたスポンサーから「そんなことで広告は中止しません。負けないでください」というありがたい激励も頂いた。さらに、先月号を読んで「稲毛新聞の発行を続けて欲しい。広告掲載で応援したい」という神様のような方まで現れた。本当に世の中は捨てる神あれば助ける神もいるという実感を味わされた▼千葉市広報課は稲毛新聞が毎月掲載してきた有料の市政速報の掲載中止を申し入れてきた。理由は財政危機で事務費等の削減だという。本紙は市民に必要な情報は対価に関係なく報道することにしているが、今後は取材費のないインターネット・携帯サイトの市政速報は廃止することにした。(正)

稲毛新聞2009年11月号


というわけで相変わらず「小梛組」の広告は出ていないわけですが、現在のところその「跡地」はなんとアパホテルになってしまっております。その昔幕張プリンスだったものが今やアパホテルなんですが、そこの2階で例の田母神さんが喋るんだという広告であります。「神様のような方」というのはどうもアーパー元谷さんのことらしい。役者が揃った、てゆーか、なんだか痛々しい感じもしますが、まあそういうわけで、とにかく『稲毛新聞』と悪梛さんは「グル」ではない、というかそういう言い方は名誉に関わるのです。

まあ確かに悪梛さんと「グル」だと言われるのは不名誉なことです。それは間違いありません。もっとも『稲毛新聞』は、だからといって悪梛さんと距離を置くなどという、そんな不人情なことはしません。悪梛さんの敵はまた『稲毛新聞』の敵でもあります。てゆーか悪梛さんの敵をわざわざ敵に回すのが『稲毛新聞』です。こういうのは「グル」とは言わないのかも知れません。これはつまり共闘関係です。

そんな『稲毛新聞』は毎回「読者アンケート」というものをやっておりまして、今回のお題は「外国人参政権は是か非か」。アパホテルと「グル」になったアンケートの結果はというと、ちょっと雲行きがアヤシイのです。

読者アンケート
「外国人参政権について」
外国人参政権は是か非か
賛成21%、条件付賛成32%、反対38%

 今月は外国人地方参政権についてアンケートをお願いしましたが、その前に外国人参政権について解説します。参政権とは国民が政治に参加する権利のことです。具体的には選挙権(選挙に投票する権利)被選挙権 (選挙に立候補する権利)の2つがあります。参政権は人権の1つではありますが、あくまで国家の存在を前提とした後の国家的権利であり、基本的人権とは異なります。外国人参政権法案とは、これらの権利を、日本人と同等に外国人に与えようとする法案のことです。
 そこで今回のアンケートの結果は円グラフの通り参政権に賛成が21%、条件付賛成32%、反対は38%という結果になりました。賛成の多くは税金を納めているからが多く、賛成でも「5年から10年以上在日しているなら構わないではないか」というご意見が多数でした。

稲毛新聞2009年11月号


この「アンケート」はしかし、質問と選択肢があるような退屈なものではありません。ただ単に「外国人参政権について」というお題を出して、自由記述で意見が来たやつをテキトーにまとめるという、かなりズサンな方法によるものです。ですから

賛成    21%
条件付賛成 32%
反対    38%
その他    9%

という結果にしても、みんながダラダラと書いて来たことを佐藤さんが独断と偏見によって卓袱台の上で分類した結果であります。しかしこの「アンケート」の真にスゴいところは、その自由記述の意見を、要約した上で全て公表しているという点です。まあ回答者が少ないから可能なんですが、通常の新聞雑誌類の投書欄では、編集者が取捨選択をするところ、それをしないところが画期的といえば画期的ですし、例によって野放図な編集方針を反映したものであるとも言えるものの、良くも悪くも面白いものであることは確かです。

で、以下がそれなんですが、これは『稲毛新聞』の寄せられた全ての意見であると見られます。さすがに住所氏名は省きますけど

条件付賛成
 条件付で賛成(永住権のある人・在日年数により・納税者)。日本に一定期間在住し、地域に同化していると認められる者には与える。
 在日10年以上できちんと税金を払っている人。サギや盗みなど一度でも犯罪を犯した人はダメ。日本の政治を理解できて日本に貢献している人なら(2名)。
 日本にどの程度の年数定着しているかによって決めたほうがよいと思う。
 10年以上在日の外国人なら選挙権を与えるべき。
 国籍をきちんとして税金を納めている人達には与えてもいいのでは。
 日本に永住している人はよいのではないか。
 日本国籍を取得したら賛成ですがそうでない場合は滞在期間に条件を付し、素行をしっかり調査して問題なければ賛成。
 5年以上居住とか条件付きであたえてもよいのでは(3名)。
 賛成。戸籍、在留年月、犯罪暦など条件付きですが。
 税金を払う義務を負っているのに参政権を与えないのはおかしいと思うので賛成。
 永住して納税しているのだから当然。
 税金を払っている人は当然参政権を与えるべきです。
 きっちり手続きをすれば問題ない。
 日本での在留年数と年齢制限が必要。
 一定期間在住している外国人ならよいと思う。
 一定年数継続して居住していることを条件にすればよい。
 戦前より在日の方とその係累の人々戦前に国に徴用された方、日本教育を学んだ方、税金を払っている方など調査してから与えてもよいと思う。
 5年から10年の在日期間のある方に。
 国籍をとるか一定期間日本に住めばよい。
 日本に帰化した人には。
 権利を与え義務を果たしてほしい。
 日本に永住するか日本国籍を持っているなら。
 税金を納めていたらいいと思う。
 日本在住20年くらいと決めて与えたらよい。
 国内で働いて所得税や事業税を払っているのに参政権のないのが不思議に思う。
 年数によっては良いか?。
 何年か住んでいれば認めたい。
 日本に対しての認識がある方なら。
 永住権があり税金を納めていれば可。
 在日10年以上とか永住権とかある人はいいのではないか。でも中国、ロシアなど共産国なので少し心配。

賛 成
 同じ人類だから。
 いいと思う。実現はかなり大変かと…。
 賛成です。日本を好きになってほしい。
 在日韓国人や中国人に参政権を与えることはいいことと思います。彼らも日本で生活している以上権利はあると思う。
 賛成です同じ人間ですから平等がよいと思う。
 賛成です。逆に与えない方が不思議。そこに住んでいるのに。
 法律の基準を満たしていれば賛成。
 外人の方でも日本に何年か住んでいる人は参政権を与えてもよいと思う。
 外国人であっても、日本住民であるのだから、やはり日本の政治に参加する権利はあると思う。
 誰でも住み生活している方々ならOKです。皆の意見を聞くことが大切。
 よいと思います。日本人は選挙権があるのに無関心すぎだから、少しでも関心が高まるきっかけになるかもしれない。
 日本を変えるためにも参政権を与えたほうがよい。
 一緒に選んでもらいたい。
 両国の平和、文化、教育の発展のため賛成。
 日本で生まれて日本で育ったら与えて良いと思う。
 日本に慣れ親しんだ人の意見も必要では。
 在日して長年にわたり、貢献していただいた皆様の意見は必ず日本の将来につなぐ何かがあると思う。
 別にかまわないと思う。日本のことをよくわかっている在日外国人もいると思う。
 日本に住んでいるので参政権は当然、ただし言葉その他候補者をどのくらい理解できるのか心配。
 どこまで本気で日本のことを考えてくれるか解らないけれど、平等であるべきと思うので賛成。
 中国も韓国も我が国にとっていろんな意味で大切な隣国です。信頼関係を深めるためにも参政権を与えるべきと思います。
 外国人も住民です、皆で住みよい日本にしたい。
 政治が良い方向に向かう気がする。

国政はダメ
 住民登録されている外国人に国政レベルは認められないが地方参政権を与えるのは賛成。
 地方自治体の首長、議員ならよい。

反対である
 韓国、中国ともう少し仲がよくなれば参政権を与えても良いのですが、今の所まだ問題がありますネ。
 日本に来ている限り日常生活は守ってほしいと思うが参政権を与えるのはどうかと思う。
 反対。主にアジア系は日本をあくまで他国としかとらえていないと思うから。
 感覚の相違点が多々あるので反対です。
 反対(11名)。
 在日外国人は与えない方がいいと思う。
 生活スタイルが違い考え方もちがうので。
 まだ早い。今とりいれると小さな自治体に入り込み1つの町も作られてしまう。
 現時点では反対、将来認めざるを得なくなると思う。
 日本人でさえ難しい参政権、何処まで理解できますか、一応反対です。
 日本の政治なので外国人には参加できません。
 権利を与えても義務が伴うか不安。
 差別かもしれませんが反対です。
 自国の感情が日本政治に反映するので公平な判断ができない。
 参政権の前に国籍取得をさせるのが筋。
 情報漏洩の可能性があるため。
 日本の政治を治める議員を選ぶのに外国人に参政権を与えることなど絶対に反対。
 日本の本当の政治ができなくなる。
 日本の国籍を取得した後参政権を得る事。
 外国人に付与するという危険な行為は行うべきではないです。これは差別ではありません。
 無理だと思う。
 日本人の思想感に疑問があるのでは。
 どちらかと言えば反対。
 よくわからないが反対。
 日本のことを良く思ってないようだから。
 先へ行って色々な問題が生じる。
 選挙権を持っていると自分の国に有利な投票ができるのではないか。
 日本の生活習慣に順応していない現状では政治に参加する権利はないと思う。
 犯罪を起こすと自国に逃げ帰るような外国人にはいらないのでは。
 日本政権がもっと良くなってからでよい。
 密入国、不法在留の取り締まりを強化して国籍取得者のみとする。
 選挙権はあっても参政権は不用。

その他
 分からない(4名)。
 慎重にすべきと思う。
 むずかしい。
 外国では参政権を与えているかどうかにもよると思う。
 人権問題はむずかしいので一言では答えられない。
 日本での居住年数、国政に直接参与できる人か、不正投票など心配です。
 参政権を全員となるとむずかしいのでは。


ロシアが共産国だったり「日本人の思想感」なるものが問題になっていたりして中々の壮観であります。いちいちツッコミを入れたいのですが、時間がなくて残念であります。これによると総数は110であり、

条件付賛成 33(30%)
賛成    23(21%)
国政はダメ  2( 2%)
反対    42(38%)
その他   10( 9%)

となっております。してみると「国政はダメ」の2人を「条件付賛成」に入れてしまっているようです。しかしこれは「外国人地方参政権についてアンケート」なのですから、「国政はダメ」は質問の主旨を理解していない人たちです。「国政はダメ」というのは「地方参政権」を限定する「条件」ではありません。しかもこれらの意見は「国政はダメ」という意外に特に条件をつけているわけではありませんから、もしどこかに入れるとすれば「賛成」に入れるべきでしょう。

「条件付賛成」の中には、「条件」の中に日本国籍取得を含むものがありますが、日本国籍を取ってしまったら「外国人」ではなくなってしまいます。どうもよく分かっていない人が多いようですが、中でも国籍取得や帰化を必須条件とする3人の意見については実質的には「反対」であると見ることが出来るでしょう。もっともその逆に、「賛成」の中に入っている意見のうちで何らかの条件を付しているものが3件あり、これらは「条件付賛成」に入れるべきであると思われます。更に、「反対である」の最後の意見は、参政権のうち被選挙権のみを認めないものであると読めます。これはつまり選挙権に限るという条件付の賛成ということになります。これで「条件付賛成」は−1、「賛成」−1「反対」+2という補正が必要になりました。

また、「反対」の中には「韓国、中国ともう少し仲がよくなれば」「まだ早い」「現時点では反対」「日本政権がもっと良くなってからでよい」などの、状況によっては「賛成」に転ずるような「条件付反対」が存在します。これらは逆に、韓国、中国ともう少し仲がよくなり、時間が経ち、日本政権がもっと良くなるという条件が整えば「賛成」であるはずですから、「条件付賛成」に含めることが出来るかもしれません。もっともこれらの「条件」は参政権を与えるべき「外国人」の属性に係る条件ではないので、やはり別個に扱うべきなのかも知れません。「その他」の中にも「外国では参政権を与えているかどうかにもよる」「全員となるとむずかしい」というものが存在しており、これらも一定の条件によって参政権を与えることを是とするようにも見えます。

ところが、この「アンケート」では「参政権を与えるとしたらどんな条件の下で与えたら良いと思うか」あるいは「どのような条件の下でそれは可能か」などという質問をしているわけではありません。つまりいろいろな「条件」を書いて来た人は、たまたま書いて来ただけである一方、単に「賛成」している人の中にも、もし尋ねられれば「条件」について何らかの意見を持っている人がいる可能性があるのです。したがって「条件付賛成」と「賛成」を分けることにはあまり意味がありません。「条件付反対」も同様であります。

したがって補正をした上で、単純に「賛成」と「反対」に分けると

賛成  56(51%)
反対  44(40%)
その他 10( 9%)

ということになるでしょう。極めて鮮明であります。思うに『稲毛新聞』が「条件付賛成」などという項目を作ったのは、過半数が「賛成」であるという事実に直面して困惑し、これを分割することによって「賛成」を過小に見せようとしたものではないでしょうか。まったくアンケートの方法は素人臭いのに、その処理の仕方はプロ顔負けの誤摩化し方であります。

それにしても「反対」意見には傑作が多いようです。「日本人の思想感」も新しいコンセプトを提示してワケが分りませんが、「日本人でさえ難しい参政権、何処まで理解できますか」なんてのは外国人はよっぽど馬鹿だと思っているようでかえって自分のアホをさらす微笑ましいもの。しかし反対意見の中で目立つのは、その理由として「感覚の相違点」「生活スタイル」「考え方」「日本の生活習慣に順応していない」などという点を挙げるものです。これは考えようによっては「日本人」同士でも使えそうな一般的排除感情です。要するに東京方言でいうところの「共通感覚」がないから、というわけですね。

ちなみに『稲毛新聞』の次のアンケートは「日常愛用しているサプリメント」について、だそうですが、残念ながら締切はもう過ぎてしまいました。それにこの「アンケート」に答えるためにはクロスワードパズルを解かなければならないのですから「日本人でさえ難しい」のです。
posted by 珍風 at 05:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月26日

かわいい女中の赤ちゃん譲ります

「多くの生命つなぐ施設」「匿名は倫理感の劣化招く」 赤ちゃんポストで熊本県の検証会議が最終報告

 熊本市の慈恵病院が設置した「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の課題を議論してきた熊本県の検証会議(座長=柏女霊峰(かしわめ・れいほう)淑徳大教授)は26日、最終報告書をまとめ、公表した。現在のゆりかごは妊娠や出産の相談業務が併せて実施され、「多くの子どもの生命をつなぐ施設」として設置意義を肯定的に評価。一方で、事前相談の体制を整えずに匿名で子どもを預かる新たな施設設置は「倫理観の劣化を招きかねず、子どもの福祉を守る観点から容認できない」とした。第三者機関のゆりかごの評価は初めて。
 有識者でつくる検証会議はゆりかごの運用が始まった2007年5月から09年9月末までの約2年5カ月間を検証した。報告書によると、これまでに51人の子どもが預けられ、うち身元が分かったのは39人。内訳は熊本県を除く九州13人、関東11人、中部6人、近畿と中国各4人、不明12人など、利用者は広範囲に及んでおり、熊本県内からの預け入れはなかった。
 ゆりかごが匿名で子どもを預かる点については「預け入れる親の利益と、子どもの将来に不利益が生じる二面性を持っている」と指摘。その上で「ゆりかごの運用は相談業務とセットで行うことで、匿名性を排除する努力が必要」とした。
 ゆりかごが明らかにした諸課題については「都道府県域を超えた広域的な問題」とし、国に法的な位置付けなど政策的な関与を求めた。さらに、ゆりかごのように母親が匿名で相談でき、母子の入院や一時的な保護機能を備えたシェルター(避難所)を医療機関を拠点に整備し、各都道府県に1カ所程度配置することを要望。各シェルターの連携の拠点として、情報共有の核となる国の組織の創設も訴えた。
 答申を受けた蒲島郁夫知事は近く報告書を厚生労働省に提出し、国に提言する方針。
 同日、熊本県庁で記者会見した柏女座長は「妊娠・出産や子育てが地域の中で孤立している。多くの人にゆりかごが問い掛ける問題を考えてほしい」と語った。

2009年11月26日 西日本新聞


この「検証会議」の目指すゴールは「こうのとりのゆりかご」の利用者の減少であると思われます。51人いたそうですが、これが「予想外」だったわけです。じゃその「予想」てのはどんなもんかというとこれが「年に1人あるかないか」というものだったらしい。この数字に近づけるにはどうしたら良いでしょうか。

この「予想」の中に、他にも同様の施設が出来ることを想定していたのかどうかは分りません。実際には他にないので全国各地から集まっているわけですが、1都道府県あたりの平均は1人強であります。これは約2年5ヶ月間の数字ですから、年に1人もありません。

もっとも、近い方が利用しやすいということもあります。ところが身元が分かった39例のうち熊本県内のものは1つもないそうですから熊本県内の利用者数は分りません。熊本県を除く九州では13人ですから、これを平均すると1県あたり2人弱となります。1年あたりだと0.8人くらいですから、ちょうど「年に1人あるかないか」になります。

このように大雑把に考えてみたところにより各都道府県で同様の施設を1つ持つことによって受入数はほぼ「予想」通りとなることが分りましたので、早速取りかかったら良かろうと思うのですが、どうもそういうわけにはいかないらしい。そりゃもちろん、こういう形で制度の不備や行政の不作為やらをフォローしているとそれで終わっちゃいますから。しかし政治家や役人を動かすために「悲劇」が必要なのか、というと、もちろん必要であるなんてそんな鬼のようなことは言えないわけです。そこで「倫理観」が登場する。

問題は「匿名性」なんだそうですが、これは「倫理観の劣化を招きかねず」ということであります。ポイントは報告書において「匿名性」が「預け入れる親の利益」になっているという認識を示している点です。匿名であることは親の利益になっているのですから利用を促進する効果があります。そうであれば逆に「匿名性を排除する」ことによって利用を抑制することが出来るでしょう。

これは親が相談に来るということではなくて、単純に来なくなることを意味します。どっか別のところに行くわけですね。海とか山に。産まれて間もない頃に海に連れて行ってちょっと海水に浸けると丈夫な子になるそうです。手を離さないように気をつけないといけません。くれぐれも注意しておきますが、まあそういうことです。

「こうのとりのゆりかご」は「多くの子どもの生命をつなぐ施設」であったとされているのですが、「各都道府県に1カ所程度配置」される施設においては「匿名性を排除する」ことによって多くの子どもの生命を断ち切る施設になることが期待されます。そのような形態では「子どもの福祉」を危うくしそうな例に限って、せっかく来てもそのまま餓鬼を連れて帰ることになりそうです。「母子の入院や一時的な保護機能」って、具体的にどんな人がどんな形で利用するのか全く分りません。

というのも「一時的」な問題で餓鬼を赤ちゃんポストに放り込む人はあまりいないわけです。身元の判明した39例について、理由については

生活困窮 7
戸籍に入れたくない 8
不倫 5
未婚 3
世間体を気にした 3
不明 14

他に「養育拒否、親の反対、強姦」という理由もあるようですが、上記で既に合計が40になってますからいい加減なものです。「世間体を気にした」は「不倫」および「未婚」と重複していると思われますし、そういえば「不倫」や「未婚」は「生活困窮」とも重なりそうです。「戸籍に入れたくない」というのもよく分かりませんが、親族一同相談の上で障害児をぶち込んだ人もいるそうですから、あるいは名門の家かも知れません。てゆーかそういうのも「世間体」に含まれるな。

いずれにしても「生活困窮」は「一時的」な問題ではありませんし、「未婚」や「不倫」も相手と結婚すりゃいいだろうというようなことじゃないでしょうし、「世間体」や「戸籍」を気にする人はどうにもなりませんから、人に聞かれたら年の離れた妹と作り笑顔で答えてもらうしかありませんが、ちょっと「入院」したり「一時的」に「保護」してもらっても何の解決にもなりません。

まあ考えてみれば「名門」のお家だと、お嬢さんがお冗談でこしらえた餓鬼は女中に押し付けることになっているそうですから、そういう手も使えないようなビンボー人が「世間体」だの「戸籍」だのと何を生意気な、てゆーかビンボー人もそういうものに縛られているそうですし、身元の分らない「子どもの将来に不利益」があるのも、「みなしご」を「世間」が差別するわけですが、背景はどれも同じ「倫理観」です。

「倫理感」によって誰かが悲惨な目に遭おうという場合に、誰がどんな目に遭うのかある程度政策的に選択できるわけです。「不幸な生い立ちの大人」が犯罪を犯したりするよりは餓鬼が無惨に殺されていた方が同情を引きます。その方が立法や行政を動かしやすいのではないでしょうか。というのがこの「報告書」に「倫理観」云々が登場する意味でしょう。もちろん「世論」はどっちに転んでも「不幸な生い立ちの人がみんな犯罪を犯すわけではない」とか言ってみたり、「親の倫理観」を批判したりするんでしょうけど、馬鹿は放っとくことにした模様です。「なかったことにしたい」人が血なまぐさい方法で「なかったこと」にするよりは、赤ちゃんポストに放り込んだ方がよっぽど良いように思うんですが、世の中は厳しいもんですな。
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2009年11月23日

嘆じるんです

それにしてもご婦人てぇものは、いいもんでございますな。

保護観察中の元被告の所在不明問題、裁判員裁判ならではの“温情判決”踏みにじられる/横浜

 横浜地裁での裁判員裁判で保護観察付き執行猶予判決を受けた元被告男性(21)の行方が分からなくなっている問題が、関係者に波紋を広げている。裁判員裁判ならではの“温情判決”が踏みにじられた形。裁判員経験者からは「裏切られた気分」と失意の声が漏れ、法曹関係者は「裁判員は保護観察の実態を分かっているのだろうか」と、「市民による司法」の過剰な更生への期待を憂慮した。
 「新聞で知り、自分が担当した被告のことかと思ってどきっとした」
 元被告の公判と同様に強盗致傷罪で保護観察付き執行猶予判決を言い渡した、同地裁小田原支部の公判で裁判員を務めた男性会社員(41)は、元被告が所在不明になったという報道に驚いたという。
 会社員は「正直、腹立たしい。なぜ逃げるのか理解できない」と声を荒らげ、「本人の更生に適していると判断したのだが…」と、自らがかかわった判決についても不安そうに振り返った。
 同じく同支部で裁判員を務めた女性会社員(34)は「被告本人の責任なので、(元被告の公判の)横浜の裁判員には『判決が間違っていた』とは思わないでほしい」と気遣った。
 保護観察付きの執行猶予刑は、細かな統計は出ていないものの、今年8月に始まった裁判員裁判で急増している。少なくとも、全国の地裁で執行猶予判決を受けた14被告のうち11人に保護観察が付けられており、裁判員が更生の可能性を重く見て付けるケースが相次いでいるためとみられる。
 今回の元被告への判決は、執行猶予中に別の罪で起訴されたにもかかわらず、また執行猶予が付いた異例のケース。県内のある法曹関係者は「(裁判員は)最初から更生ありきで考えていたのではないか」と、首をかしげる。
 法務省によると、保護観察付きの執行猶予刑を受けた対象者約1万3千人(2008年末現在)のうち、383人(同)が所在不明となっている。法曹関係者は「保護観察では、決められた月2回の面接すら守られないケースも多い。裁判員は本当に実態を分かっているのか」と、不安も口にした。
 元被告の身元引受人の男性によると、元被告は判決後、一度も住居として届け出た家に戻っていないという。男性は「毎日会っていた私の目から見たら、公判でも反省しているようには、とても見えなかった」と指摘。「私の所に電話はかけてきた」と明かした上で「本当にみんなに同情してもらって、執行猶予まで付けてもらって、皆さんには…」と言葉を詰まらせた。
 以前、保護観察中の男性を雇用したが4カ月後に行方不明になってしまった経験を持つ会社社長は、「温情で雇ったが、保護観察というのは、結局は本人任せの制度。国はもう少ししっかりした社会復帰支援策を考えるべきだ」と注文を付けた。

2009年11月22日 神奈川新聞


ここでも女性裁判員経験者のお優しい心遣いに溢れた言葉が心をなごませるわけですが、裁判員は全く偶然にあるただひとつの事件と特殊な関係を持つことになりますので、まあ5年もすれば忘れちゃうかも知れませんが、「責任」とかじゃなくて関心が持続するのは自然なことです。それにもちろん、「判決が間違っていた」などと思う必要は一切ありません。判決とは要するに可能な選択肢の中から選ぶだけの話しです。その選択肢の中に「正しい」ものがない場合もあるでしょう。出来ることは複数の「間違い」の中から「最適」なものを選択することだけなのです。

むしろ「県内のある法曹関係者」の言葉が参考になります。彼は「最初から更生ありきで考えていたのではないか」と「首をかしげる」んだそうです。さすがに「法曹関係者」の言うことには重みがあります。素人考えだと判決は被告人の処遇の決定ですから、その目標には「更生」が置かれているものだと思いがちですが、それは間違っているようです。「法曹関係者」は必ずしも「更生」について考えているわけではありません。ほとんど考えていないと言っても良いでしょう。

それも当然のことでして、法は「更生」を知りません。まあちょっとこれは言い過ぎですが、「死刑」を抱えた刑罰体系が「更生」を目標としていないことは明らかで、「死刑」を「極」あるいは無限大として各犯罪の価値評価の尺度として刑期や金額が定められているようです。で、その刑罰をどのように意味付けるかという点に対しては比較的自由な議論に任せているようですから、その間せいぜい酷い目に遭わせるのも良し、「更生」に役立てるのも良しです。その点について法はニュートラルです。刑罰はそれ自体として目的を持っていません。

したがって裁判員が仮に「更生」を目標にして判断しようとしているのであれば、これが「法曹関係者」にとって極めて奇異に映るのは当然のことです。それはいわば法の「目的外使用」なのであって、素人の裁判員どもが裁判を「濫用」しているように思われるに違いありません。実際のところ「法曹関係者」の視点から言えば、判決は被告人を更生プロセスに送り込むことではありません。そんなプロセスは存在しないからです。

もっとも法務省によると、保護観察はないよりもあったほうがマシなんだそうです。まあちょっとっこれはしかしなんというか微妙なんですが。21年の『犯罪白書』によれば、窃盗による初犯で執行猶予判決を受けた者のうち保護観察がついた人は約9%です。窃盗で執行猶予となったもののうち同罪以外でのを含めた再犯率について、再犯率が高いとされる属性において比較すると

「単身(住居不定・ホームレス)」(258人)中
 「保護観察あり」(20人) 再犯率25.0%
 「保護観察なし」(238人) 再犯率36.1%、
「無職」(401人)中
 「保護観察あり」(38人) 再犯率23.7%
 「保護観察なし」(363人) 再犯率35.5%
「監督誓約なし」(335人)中
 「保護観察あり」(34人) 再犯率32.4%
 「保護観察なし」(301人) 再犯率41.2%

ということで、保護観察を付したほうが再犯率が低いようであります。もっとも、全体では

保護観察あり(63人) 
 窃盗再犯19.0%、その他再犯12.7%(合計31.7%)
 再犯なし 68.3%
保護観察なし(628人)
 窃盗再犯23.9%、その他再犯5.6%(合計29.5%)         
 再犯なし 70.5%

なのであって、たいして違わないような気がしないでもありません。一方、覚せい剤取締法違反で同じく初犯で執行猶予のうち保護観察付きは約7%でした。これについては実数が36人であり、細かい分析は出来なかったそうですので、全体の数字だけが示されていますが

保護観察あり(36人) 
 覚醒剤再犯27.8%、その他再犯4.8%(合計36.1%)
 再犯なし 63.9%
保護観察なし(483人)
 覚醒剤再犯24.4%、その他再犯4.8%(合計29.2%)         
 再犯なし 70.8%

なんだそうですから、こちらも大して変わらない、強いて言えばどちらも保護観察ありの方が再犯率が高いことになっています。もっとも、保護観察を付けるというのが、なんだか再犯をしそうに見える人が対象なのですから、もしかしたら保護観察をつけることによって、アブナそうな人もそうでない人と同じくらいになった、と見ることも出来ます。少なくとも「住居不定やホームレスを含む単身者」、「無職」、「監督誓約なし」などの属性を持つ人については、10ポイント近くの差が出ているようですから、その限りで一定の成果があったということは出来るのかも知れません。しかしいずれにしても、保護観察があろうとなかろうと7割くらいの人は別犯を含めて再犯をしないのです。そして所在不明になる保護観察対象者は3%弱でしかありません。ということは、所在不明者の全てが再犯に至ったとしても、再犯者の10分の1でしかないのです。

「法曹関係者」の言う「保護観察の実態」というものがこういうものであるとすれば、上記に挙げられた属性を持たない人については、保護観察をつけることはあまり意味を持たない可能性があります。何でもかんでも保護観察を付けることは無意味であるばかりでなく、保護司の負担をいたずらに増やしてその効果を減殺することにもなりかねません。なるほど、そういうことを裁判員が理解しているかというと、これははなはだ疑問であります。法曹であればこれらの点に関する認識は職業的な義務に属しますが、裁判員にはこれらの知識は要求されていません。裁判員は身体と感情だけ持ってくればよいことになっています。

もっとも、この記事で扱われている窃盗で執行猶予歴がありビニール傘に火をつけた人に対する執行猶予判決が、もっぱら「裁判員裁判ならではの“温情判決”」であるとするのは神奈川新聞記者、というよりも見出しをつけた奴の偏見であると思われます。今回は窃盗ではなくて別の犯罪ですし、今度は保護観察を付けることにしたのですから、仮に「更生」を考えないとしてもそれなりに段階を踏んだ手続的に瑕疵のないものです。そしてリードを除いて実際に記事の中で「温情」という言葉が使われているのは「以前、保護観察中の男性を雇用したが4カ月後に行方不明になってしまった経験を持つ会社社長」が、「温情で雇った」と語っているところだけです。

執行猶予者にとっては裁判員ではなくて、この社長のような人の「温情」がなければならないようです。そしていかに裁判員に処罰感情が強くて冷酷で残忍でも、傘に火をつけたくらいでは死刑にも無期にもならないのですから、実刑を終えて出てくるときにはやっぱりこのような「温情」が必要になります。そういう人たちの就労は困難を極め、現状ではこのような「温情」だけが頼りなのですが、最近では別段犯罪を犯していない人でも就労が困難なのですから、万引など軽微な窃盗事犯の増加に「温情」が追いつきません。そして「温情」などというものは「偏見」の一種に他ならず、そしてそれはいつでもシステムの不備をカバーするには足りない、あくまで例外的なものに留まります。それは「偏見」の例外的なあり方なのです。

しかし現状は、経済状況では生活の逼迫から窃盗などに走る人が増加し、多くの人が前科を持つことによって、結果として執行猶予者に対する偏見が軽減されて、執行猶予者の就労についても不当な差別を受けることがなくなる可能性を持っています。偏見は啓蒙によって変わるものではありません。誰でも前科の1つや2つ持っているようにならなければ変わらんでしょう。
posted by 珍風 at 08:09| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

難じるんです

弁護士「ご理解を」…むかつく発言の裁判員に

 10歳代の女性に対する強姦(ごうかん)致傷罪に問われた宮城県大崎市、運転手結城一彦被告(39)の裁判員裁判は19日午後も仙台地裁で行われ、検察側が懲役10年を求刑して結審した。

 暴行の経緯を巡る弁護側の主張にいら立ったとみられる男性裁判員が、被告に「むかつくんですよね」と大声を上げたため、弁護人の前田誓也弁護士は最終弁論で「細かいとか、くどいと感じられる方もいるかもしれないが、ご理解いただきたい」と訴えた。
 公判で、検察側は被告が女性の自転車を倒して両手で首を絞めたと主張。弁護側は女性がバランスを崩して倒れ、被告は女性の首を片手で押さえただけと反論していた。男性裁判員は同日午前の被告人質問の途中で被告が黙ったこともあり、「反省するのが一番。片手とか両手とか関係ない。むかつくんですよね」と発言し、川本清巌裁判長に制止された。
 前田弁護士は結審後、報道陣に「裁判は被告人に反省を促す場。多少きつい言葉も被告人にとって良かったのかもしれない」と述べた。判決は、20日に言い渡される。

2009年11月20日 読売新聞


前田さんによると「裁判は被告人に反省を促す場」なんだそうです。なあるほど、こういう弁護士がいるから冤罪というものはなくなりませんが、「むかつく君」がむかつくのも当然です。裁判が始まる前から結論は出たも同然であり、要するに被告人が「反省」すれば終わるということであれば、細かい事実認定などに興味がわかず、煩瑣な手続にイライラするのも当たり前のことでしょう。

「むかつく君」は、早いとこ被告人から「反省の弁」を引き出せば裁判は終わって家に帰れるとでも思ったんでしょう。なにしろ弁護士がこの状態では、そう思うのも無理はありません。両手でも片手でもどうでもいいから早く終わろうよ、という気持ちは分らないでもありません。どうせ他人事です。しかしどうやら、分らないときは黙って時間が過ぎるのを待つのが大人の対応というもののようです。

そういうわけで「むかつく君」は会見の場に言い訳をしに出て来て、「ちょっと大人げなかったかな」などと「苦笑い」をしてみせたりしたようですが、裁判官も検察官も弁護士も揃いも揃って裁判というものを誤解しているようなのですから、一人だけ「反省」する必要もないと思います。「人を憎まず罪を憎むということです」などと分ったようなことを言ってみても仕方ありません。同様に裁判員であった「仙台市若林区の主婦、渋谷みち子さん(59)」も、「よくぞ言ってくれた」と言っています。まあ、「むかつく君」が可哀想なので、大人の余裕でそのように言ってあげたのかも知れませんが。

同様に裁判員であった「柴田町の高橋忍さん(54)」という職業不詳も、「ストレートな意見を言えるのは裁判員制度のおかげ」と更なるフォローを行なっています。高橋さんによると「むかつく君」のような行動こそが「裁判員制度」の目的であるようです。だったら自分がやればいいじゃないかと思うんですが、恥は他人にかかせてカッコいいところを浚っていくのも大人の知恵です。

じっさい、「むかつく君」は「守秘義務を守れない人もいるので、裁判員制度には反対」だと言います。おそらく彼の言う「守秘」とは、何よりも先ず恥ずかしい行動をとった裁判員に関するものでしょう。そして現在のところ報道ではこの「守秘義務」を守っているようで、会見した4人の裁判員のうち「むかつく君」の氏名のみ明らかにされていません。大人の優しさというところでしょうか。「罪を憎んで人を憎まず」です。

裁判では最初から結論ありきの中で玄人衆が専門的でテクニカルな手続をこなす一方で素人衆がワケも分らず怒りを感じる、というまことに結構な状態が続くようです。素人衆には被告人も含まれるのですが、考えてみれば9年10月でも10年でも大した違いはありません。2カ月のために「反省の弁」に頭をひねるのも面倒な話です。しかし裁判では被告人はもう犯人であることが決まってしまっているのですから、その面倒な過程それ自体が処罰の一環なのかも知れません。「反省を促す」というのは、多くの場合自分の考えを言語で表現するのが得意でない刑事被告人に対する「罰ゲーム」なのでしょう。そのかわり懲役の間はあまりものを考えずに過ごすことが出来るのです。一方で「何の罪もない」裁判員も一緒になって「罰」を受けるのは考えてみればおかしな話しですが、まあ「むかつく」とすぐ態度に出るなど、要領の悪さが災いして辞退できなかったので罰を受けるのであると思えば納得できませんか。納得できないから「罰」なんです。
posted by 珍風 at 05:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

感じるんです

ついに出ました泉じゅん。誰だそれは。これを書いた記者さんは知っている。

「むかつくんです」
裁判員が性犯罪の被告を詰問、裁判長が制止

 「むかつくんです」−。宮城県内の路上で女子高生(当時15)を乱暴し、手首骨折の重傷を負わせたとして、強姦致傷罪に問われた大崎市の無職、結城一彦被告(39)の裁判員裁判。仙台地裁(川本清巌裁判長)で19日に行われた公判の被告人質問で、男性裁判員が感情をむき出しに被告を問いつめ、裁判長に制止される一幕があった。

 裁判員の被告人質問では男性4人が質問。中年の男性裁判員が声を上げた。

 「この裁判は長いと感じる?」。結城被告はか細い声で「長いです」と答えた。続けて男性が「裁判が面倒くさいと思わないか」と訪ねると、結城被告は「自分でやったことだから仕方ない」。さらに男性は声のトーンを上げて「俺的にはやばいとか、(捕まって)運が悪いとか感じる。そうは思わなかったの?」。結城被告は「そうは思わなかったです」と答えた。

 厳しい目で結城被告をにらみながら男性は「二度と繰り返さない気持ちはあるか」と問いかけ、「(その気持ちは)どれくらいか」と続けると、うつむいていた結城被告は30秒ほど沈黙した。

 ここで男性が「即答できない…。昨日から『反省します』とか当たり前の答えしか返ってこない。被害者に対して反省とかこれからですよね。(被告が女性の首を絞めたかどうかの争点について)両手だった片手だったかは関係ない。あなたはむかつくんです」とまくし立てるように非難した。これに対して川本裁判長は苦笑いで「その辺で」と制止すると、男性は「わかりました、すいません」と言って質問を止めた。

 起訴状などによると結城被告は昨年10月2日、自転車に乗った女子高生の自転車の前かごをつかんで転倒させ、カッターナイフを首に突きつけたり、首を手で締めて「死ぬか」などと脅迫。女性を乱暴し、右手首骨折の重傷を負わせたとしている。

2009年11月19日 産経新聞


なんでかとゆーと、泉じゅんという女優がいまして、その人は料理の結城貢さんと結婚してるんですが、あたかもこの裁判の被告人が結城さんであります。何という運命の巡り合わせでしょうか。まあ別に親戚でもなんでもないとは思いますが。

「俺的」ですか。最近よく言いますよね。言いませんか。「中年」にもなるとあんまり言いませんが。てゆーか「中年」しか言わないかも知れませんが。しかしそれを言うなら被告人もいい歳であります。39歳といえば立派な「中年」であると言えるでしょう。現時点で「中年」というのは泉じゅんさんのお世話になったくらいの年齢であります。そこでこの記事を書いた記者さんもやっぱり「中年」に違いない。

「気持ちはどれくらいか」という質問は、いうなれば極めて「俺的」なものです。「気持ち」の単位って何だっけ。「3時間くらい」とか「2センチ程度」とか「後楽園球場4つ分」とか、直ぐに言えなけれれば「俺的」が「むかつく」んですから、こういうときに教養の有無というものが大事になって来ます。結城さんのためのご参考までに申し上げると、アンチピリン氏によれば愛は4メートルです。ですからまあ、ここは6メートルくらい反省しておけば良いのではないでしょうか。

もっとも「俺的」の質問に答えが隠されているという説もあります。即意当妙な受け答えが要求されているのであって、こんなときにはむしろ中途半端な「教養」などは邪魔者でしかありません。質問は「二度と繰り返さない気持ちはどれくらいか」というものです。これに対する適切な回答は「二度くらい」というものでしょう。

裁判員に問われる感情のコントロール…「むかつく」発言

 強姦(ごうかん)致傷罪に問われた被告に対し、裁判員が「むかつく」と発言した19日の仙台地裁の法廷。健全な国民の社会常識やさまざまな視点を反映することを目的に導入された裁判員制度だが、率直な思いの発露と冷静な審理のはざまで、“素人”が刑事裁判にかかわる制度の難しさを象徴するできごとだったといえる。

 今回の仙台地裁のような法廷は、従来の職業裁判官と弁護人、検察官の法曹三者の法廷では起こりえなかった。しかし、裁判員裁判では最終的にくじで無作為に選ばれた裁判員が参加するだけに、制度づくりの過程で想定されていた事態でもある。裁判員法には裁判員の義務として、「品位を害するような行為をしてはならない」とある。

 ほかにも「公判廷で裁判長が命じた事項に従わず、または暴言その他の不穏当な言動によって公判手続きの進行を妨げたとき」は、検察官や被告、弁護人が裁判所に解任を請求できると規定され、裁判長が職権で解任することもできる。裁判員の発言などにほかの裁判員が影響されたり、法廷が荒れたりしないために、一定の担保はされている。

 今回の発言は、被告人質問のなかで行われた。ある裁判所関係者は「被告人質問で、裁判員が被告を諭したり、しかったりするなど、『質問』であることを十分に理解していないケースもみられる」と話す。

 慶応大教授の安冨潔弁護士も今回の発言と裁判長の対応について、「裁判における被告人質問は事実関係を明らかにするためのもので、自分の意見を述べる場ではない」と指摘する。

 その上で、「裁判長が質問を遮り注意したのは適切。『むかつく』という言葉は、裁判員個人の見解を示すもので、被告人質問で述べるのは不適切なことだと思う」と話す。

 ただ、今回の発言は、「当たり前の答えしか返ってこない」と、被告の反省の程度に関連して行われた。法廷という場でなければ、被告の情状面を判断する上で、一般の感情や見方を反映したともいえる。

 裁判員裁判は、被害者が刑事裁判に参加して、被告に質問したり、求刑について意見を述べたりできる「被害者参加制度」と併せ、「感情」が法廷に持ち込まれる懸念も指摘されてきた。制度定着には、これをどのようにコントロールしていくか、裁判所をはじめとした法曹三者の適切な訴訟運営が必要といえる。

2009年11月19日 産經新聞


これは今までみんなが思っていたけど言わなかったことです。つまり国民一般のレベルが低いんで裁判員制度は無理なんじゃないか、という大変に傲慢な心配です。もっともこの制度そのものが国民のレベルを低く見積もっているからこそ実施されているような気もします。連中はすぐ「感情的」になるから、それを「コントロール」することによって利用して「厳罰化」を推し進めようではないか。

そういうわけで産經新聞名物の「ただ、」によると、この「中年」の「俺的」は「一般の感情や見方を反映した」んだそうです。このような場合の「一般」は、それを言う当人の個人的意見であるというのが一般ですから、これは産經新聞中年記者の俺的判断に他なりません。中年記者のあまりの低レベルぶりに驚きを隠すことが出来ない、というのはまだ甘い。産經新聞によれば、産經新聞の「見方」は極めて「一般的」なものです。そこらを歩いている「俺的」とか言っているちょっとイカレ気味の「中年」が呟くのと同じことが書いているのですから、わざわざ読まなくても大丈夫です。あなたの心の中に産經新聞は存在します。それは酔っぱらったり油断していると出て来て、女子高生を強姦したりムカついたりするんです。年のせいか締まりがなくなっていけねえや。ところが。
posted by 珍風 at 05:45| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月17日

餓鬼共にはスクリーンの中だけの希望を

厚労省の「児童劇巡回」、初の「予算要求通り」判定

 11日から始まった事業仕分けで16日、初の「予算要求通り」の判定が出された。優良な児童劇を子どもに見せるため、劇団が全国の児童館などを巡回する優良児童劇等巡回事業で、所管は厚生労働省だ。ただ同事業は概算要求段階で金額を明示しない「事項要求」で、要求額も分からないままに「可」と認める異例の判定になった。
 同日の仕分けでは、仕分け人の半数(6人)が「文化庁に重複する事業がある」などと批判して予算の縮減を要求。だが作業グループの取りまとめ役の菊田真紀子衆院議員が「子どもに希望を与える事業は大切にしたい」と結論づけ、要求がそのまま認められた。

2009年11月17日 日経


財務省ではこの事業は文化庁のと重複しているんじゃないかという、字の読める人にとっては至極真っ当な意見を出したようですが、厚生労働省によれば文化庁の管轄は「交響楽団」や「能」なんだそうです。なんだか「文化」という語を極めて狭く捉えているようですが、実はオーケストラにはコンサートホールという音響設備が必要ですし、能には能舞台という一定の形式を持った設備があります。一方で児童劇は「児童館」で行なわれるのです。「児童館」は自動更生施設ではなくて児童厚生施設ですから厚生労働省の管轄です。つまりこれはハコモノ主体の縦割り的発想の典型のようなものです。交響楽団なしでも、能なしでも出来ます。

優良児童劇等巡回事業は厚生労働省所轄の「児童健全育成推進財団」に委託されています。これは、何の必要があったのか分りませんが全国4700の「児童館」同士の「連絡・調整・推進機関」を作るんだと言って1975年に設立された「社団法人全国児童館連合会」と、1973年に設立され各地域の「母親クラブ」を束ねていた「財団法人東邦生命社会福祉事業団」が、1999年の東邦生命の経営破綻に伴って2000年に統合したものです。

「児童館」は厚生労働省雇用均等児童家庭局育成環境課の所管でありますが、各都道府県に下部組織として「児童館連絡協議会」が置かれていて、各「児童館」は都道府県連協を通じて「児童健全育成推進財団」による全国的な統制の元にあります。同財団の所在地は

〒150−0001
東京都渋谷区神宮前5丁目53番1号
こどもの城 10階
TEL 03-3486-5141
FAX 03-3486-5142

会長:金田 一郎
理事長:高城 義太郎
副理事長:畠山 寛

「優良児童劇等巡回事業」は、この「児童館」に劇団とか映画を巡回させるんですが、巡回上演・上映する作品については厚生労働省が「社会保障審議会福祉文化分科会」において「社会保障審議会推薦児童福祉文化財」として決めています。ここでは「出版」「舞台芸術」「映画・メディア等」の各分野から「児童福祉文化財」を「推薦」しています。「児童福祉文化財」というと、なんか聞いたこともないような短編フィルムやなんかだと思うかも知れませんが、『劔岳 点の記』とか『ポニョ』、『旭山動物園物語』なんていうのも入っています。

それでこの「分科会」の委員というのが沢山いまして、28人もいます。

本委員  庄司 洋子 立教大学大学院教授
〃    見城美枝子 青森大学教授
臨時委員  竹中 淑子 子どもの本研究所主宰(出版委)
〃    望月 重信 明治学院大学教授(出版委)
〃    片岡 玲子 立正大学教授(舞台委)
〃    方   勝 玉川大学教授(舞台委)
〃    小玉美意子 武蔵大学教授(映像委)
〃    鈴木誠一郎 筑波大学大学院教授(映像委)
専門委員  落合美知子 児童図書研究家(出版委)
〃    小泉 裕子 鎌倉女子大学児童学部教授(出版委)
〃    児玉ひろ美 読書アドバイザー(出版委)
〃    佐藤 宗子 児童文学評論家(出版委)
〃    土屋 智子 児童図書研究家(出版委)
〃    中村 順子 学校司書(出版委)
〃    宮川 健郎 武蔵野大学教授(出版委)
〃    上垣内伸子 十文字学園女子大学教授(舞台委)
〃    小林   緑 国立音楽大学名誉教授(舞台委)
〃    指田 利和 宝仙学園短期大学教授(舞台委)
〃    芹川季代子 児童劇指導家(舞台委)
〃    高谷 静治 児童劇演出家(舞台委)
〃    宮里 和則 あそび・劇・表現活動研究家(舞台委)
〃    塩浦 純一 映像音楽研究家(映像委)
〃    須貝あゆみ 日本レコード協会業務部企画グループ長(映像委)
〃    鈴木 一光 (財)児童健全育成推進財団事務局長(映像委)
〃    田嶋  炎 日本民間放送連盟番組部長(映像委)
〃    辰巳ヒロミ 子どもの映画研究家(映像委)
〃    長又 厚夫 日本放送協会考査室考査主幹(映像委)
〃    西村 達郎 文化創出プランナー・作詞家(映像委)

地方紙の報道によれば、厚生労働省の「能なし」な主張にも関わらず、文化庁の事業との重複について整理を要求したようですが、そもそも「子どもに希望を与える」ということでしたら、厚生労働省にはもっと他にやるべきことがあるのではないかと思うのが素人の見解です。「交響楽団」や「能」が「子どもに希望を与える」ことと関係ないというのも奇妙な考え方です。

もっとも、玄人の見解になりますと、「児童向け」の出版や演劇、映画というのも中々大変な業界なんだそうでありますから、文化庁だろうが文部科学省だろうが厚生労働省だろうが、色んなところからみんなに「推薦」が行き渡ると助かるとか、こういう「委員」の諸先生方とのコネが大切だとか、そのために多大な努力を払っておるとか、事情があるようです。何かの「推薦」のシールがあるのとないのとでは売れ行きが大分違うとか。というわけで「政治的判断」になるわけですが、そんなら厚生労働省、「厚生」だけじゃなくて「労働」方面の「文化財」も「推薦」してみやがれってんだよね。「労働者を社会の健全な一員とするために積極的な効果をもつもの」をですね。やっぱりやんなくていい。
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2009年11月16日

包丁一代

東京・足立の白血病長女殺害:治療に金かかる 将来悲観 母自身も乳がん手術の二重苦

 ◇特効薬グリベック、1錠3200円
 東京都足立区で先月、白血病の長女(当時53)を乳がんの母親(77)が殺害した事件で、長女は慢性骨髄性白血病(CML)にかかり、高額な特効薬「グリベック」を使っていたことが、警視庁竹の塚署への取材で分かった。グリベックの医療費を負担に感じる患者は7割に達することが最近の調査で判明、母親は「(自分も含め)治療に金がかかる」と将来を悲観する供述をしている。高額治療薬の負担の重さが事件の背景にあったようだ。【河内敏康】
 起訴状によると、母親は10月21日、自宅で長女の首をペティナイフで刺し失血死させたとしている。
 同署によると、長女は07年2月、めまいなどから都内の病院を受診、CMLと診断された。同10月に骨髄移植手術を受けたが、約1年後に再発。1錠約3200円のグリベックを1日1〜6錠、体調に合わせて服用するようになった。通院は月に1回、手術代を含め約200万円の医療費がかかっていた。病気のため勤めていたデパートを退職し、当時は無職だったという。
 母親も今年4月に乳がんを手術。その後は複数の抗がん剤を使っている。数千万円ほどの貯蓄があったというが、「治療費は2人で月に約25万円もかかった」などと供述しており、事件の背景に高額な治療費があるとみられるという。
 CML患者を対象とした東京大医科学研究所の研究チームの今年8月末までの調査では、景気の悪化に伴いグリベックの費用に負担を感じる患者が急増。内服の中断や、その経験のある患者も3%いた。
 同研究所の上昌広・特任准教授(医療ガバナンス)は「グリベックに加え、抗がん剤による治療費が重なり、医療費の負担や将来への不安は大きかったと推測される。国が高額長期疾病に指定すれば、医療費の自己負担は原則月1万円以内で済むが、指定疾患はわずか三つだけ。グリベック以外にも患者が高額治療費にあえぐ薬は少なくない。負担軽減のためにも、こうした薬に対する国の支援体制を早急に整備すべきだ」と話している。

 ■ことば
 ◇グリベック
 慢性骨髄性白血病(CML)などの治療薬。CML患者は国内で約8000人と推定され、グリベックを服用すると病気の進行が高い確率で抑えられる。日本では01年に承認された。通常1日4錠を基本的に服用し続ける。国の高額療養費制度を活用しても、70歳未満の一般所得者の場合、月1回の医師の処方で年間50万円程度かかる。一方、自己負担が月1万円以内で済む特定疾病(高額長期疾病)は、人工透析をしている慢性腎不全(患者約25万人)▽血友病(同約5000人)▽一部の後天性免疫不全症候群(同約100人)−−の三つしかなく、選ばれる線引きも不透明だ。

2009年11月16日 毎日jp


1錠3,200円を1日4錠とすると12,800円、これが毎日ですから月に39万円です。3割負担として約117,000円ということになりますが、高額療養費制度では自己負担限度額は(医療費総額−267,000)の1%+80,100円ですから、月に約81,000円の負担になるようです。ただしこれは最初の3カ月だけ。生涯に渡って服用を続けなければならないので多数該当になりますから、4回目以降の自己負担限度額は44,400円になります。そうすると年間の負担額は64万円くらいになるはずです。2年目からは532,800円です。

田中広美さんの場合だと2007年2月に診断、10月に手術、おそらく2008年の10月頃に再発してグリベックの服用を始めたと思われますので服用期間は丁度13年間。したがって薬代およそ850万円、手術代も含めると1,000万円を越えるでしょう。記事の「200万円」というのは、手術を行なった2007年のことだと思われますが、この年にはグリベックを処方していないはずです。

一方の美代子さんのほうはどのような薬を使っていたのか不明ですが「治療費は2人で月に約25万円もかかった」そうですから、おそらくこの世帯の収入、すなわち美代子さんの受け取る年金の金額を超えるでしょう。医療費だけで収入より多いのですから、貯金の取り崩しは医療費の超過分+生活費であり、これを約20万円程度と想定すると「数千万」の貯金は20年程度で底をつくはずです。その頃広美さんが生きていれば73歳であり、美代子さんの現在の年齢に及びませんが、その時点で先の見通しは全く立たないことになります。

日本の映画では登場人物がよく病死しているようですが、アメリカあたりの映画でも白血病は登場人物を殺すためによく使われるようです。しかし現実はそんなに甘っちょろいものではありません。患者は肉体的精神的社会的経済的に苦しみ抜いて身ぐるみ剥がされてから死ぬようになっております。映画で病人が直ぐに死んでしまうのは、残酷な描写に対する業界の自主規制のためだと思われます。

慢性骨髄性白血病は高額長期疾病に指定されていませんが、仮にグリベック服用者の自己負担を月に1万円にするためには年間の公費負担は38万×12カ月×8000人で365億円になります。ナカナカな金額です。

日本政府は治療にはあまりお金を使わないようです。予防に使ったほうが効率的なんだそうですが、予防の効果というものは実はよく分かりません。治療にかかったお金は検証可能ですが、予防にかけるお金は全く不透明にならざるを得ないのです。ちなみに現在進行中の事業仕分けでは面白い事例が次々に出て来ています。「自分の歯を80歳になっても20本以上保つことを目的とした運動」などというものを実はまだやっていて、来年度も4億円かかるんだとか、これは「見直し」。いらないと思うが。「女性特有の疾患の予防活動」にも4億円、こっちは「廃止」です。基準がよく分かりません。「食生活改善の啓発活動」1億8600万円も当然「廃止」。「レセプトオンライン導入のための機器整備等の補助」という、IT業界への補助金については厚生労働省は要求額215億円を151億円に減額してでも、どうしても通したかったようですが「見送り」です。ヒルズに空き部屋が増えそうですが、ヘンなことに使わないように。

医師不足対策573億円は半額に「削減」ということですが、医師になるための教育費がバカみたいにかかるのが問題ではないかとも思います。およそ教育費、医療費などを公費負担することによって増税も可能になるかも知れません。みたいなことを、唯一白血病に興味があるらしい毎日jpの片隅で勝間さんとかいう人が言いたいのか言いたくないのかよく分からないわけですが、

そして、私が問いかけたいのは、相対的貧困率を下げるために、私たちが増税まで負担する準備があるのかということです。あるいは、正規雇用の賃金を引き下げ、非正規の賃金を引き上げる準備があるのか、仕事を分け合うワークシェアリングの準備があるのかということです。(カツマ)


「私たち」ってのは勝間さんとかそういう人のことでしょう。富裕層が増税を負担してくれるんなら大歓迎ですよ。どうもそれはあまり言いたくないようなのですが。それとは別に中間層から貧困層への所得移転を考えているようですけど、それを可能にするのは医療費や教育費を幅広く公費負担化することだと考えられますから、余計に持ってる人からは余計に取るしかないですな。別にいいですけど。ペティナイフ1本で解決出来る問題ですから。包丁一本晒に巻いて世直し旅に出るのだ。物騒だな。
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2009年11月12日

セレブ様御用達バイオ自爆テロ

第三次産業の労働者同志諸君!熱なんかに負けるな!

新型インフル、有給取れず出勤する感染者に懸念 米国

発信地:ワシントンD.C./米国

【11月12日 AFP】新型インフルエンザA型(H1N1)のワクチンや抗ウイルス剤の不足が指摘されている米国で、病気を理由に有給休暇が取れない労働者が、新型インフルに感染した状態で出勤を続ける懸念が出ている。

 10日開催された新型インフルのパンデミック(大流行)時における有給病気休暇に関する米上院の厚生教育労働年金委員会の公聴会で、クリストファー・ドッド(Christopher Dodd)上院議員(民主党)は、新型インフルが「全米の労働者とその家族に非常事態を引き起こしている」と指摘。米国は有給病気休暇に関する国策がない世界でたった5つの国のうちの1つだと述べた。

 有給病気休暇の規定のない米民間企業で働く人々は5700万人おり、多くは配膳業やホテル業界の低賃金労働者だ。ドッド議員は、こうした労働者は新型インフルに感染しても、「同僚を感染させるリスクをおかして出勤するか、その日の給料をあきらめて欠勤するかの二者択一になる」と指摘した。

 米疾病対策センター(US Centers for Disease Control and Prevention、CDC)の統計によると、米国では4月に初の感染者が確認されて以来、全米48州で5700万人が新型インフルに感染したとされ、子ども129人を含む700人近くが死亡している。

2009年11月12日 AFP/Karin Zeitvogel


もちろん「感染させるリスク」は「同僚」に限りません。「配膳業」ってのは文字通り配膳をする人でありまして、料理をお客さんのところまで持ってくる人です。大丈夫ですよサイゼリアとか安い店にはいませんから。そういう人たちは値段の高いお店、それからもちろんホテルなんかにもいますね。

実際に懸念されているのは、高級ホテルとか高級レストランに出入りするような高級なお客様が、そういうところで働いている低給労働者どもから病気をうつされるという事態です。事情は日本でも変わりません。ホテル業界でも正規雇用者はともかく、非正規の人は有休なんか取らせてもらえません。たとえ病気でも。そもそもアルバイトにも有給休暇があるということも知らない人が多いのではないか。

配膳人、日本ではアメリカなんかより英語が普及していますから「サービスクリエーター」などと呼ぶ場合もあるようですが、この人々の場合、事態はパートやバイトよりも深刻です。配膳人は配膳人紹介所が実質的に抱えておりまして、レストランやホテルのバンケットのオーダーに応じて手持ちの人員を「紹介」しますが、雇用者は彼等が働く飲食店ということになります。そういう雇用形態ですから、有給休暇が認められる要件である「6カ月継続勤務」を満たすことがないのです。したがって日本でも、この人たちには有給休暇は本当にありません。

もちろんアルバイトにしても配膳人にしても必要最低限の人員を配置するのが当然でありますから、急な欠員は大変に困ります。普段から言っていることですが、病気にかかるのは自己管理がなっていないからです。このように言う以上は病気を隠して出勤することが期待されているということを肝に銘じるべきです。立って歩けるのであれば出て来なさい。

というわけですから、普段そんな高級方面には縁のない人も、親戚や友人の中には一世一代の見栄を張ってホテルなどでン百万のウェディングなどをやらかして出席を要請される場合もあるでしょうが、そんなところには行かないのが賢明です。どうしても行く場合にはゴーグルにマスク、グローブにシューズカバー、そして防疫服というのが当日の正装です。

kougaku7001.JPGなんだよ立食パーティーかよ

それでも立場上仕事柄どうしてもそういう場所に頻繁に出向かなければならない人もいるでしょう。大変残念ですが、感染を防ぐことは不可能です。まあ自業自得というものでしょう。どうせ死にゃしません。仮に死んでしまっても一向に構いませんが。
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2009年11月11日

目にしみる二番煎じで二重の恥

石原都知事、20年五輪に名乗り 「わたしの責任で立候補」

 石原慎太郎東京都知事は9日、2020年夏季五輪について「わたしの代での責任で東京はアプライ(申請)する」と述べ、招致に名乗りを上げる意向を明らかにした。都庁で記者団の取材に応じた。
 20年五輪には広島、長崎両市が招致を検討しているが、知事は「東京に決まったら広島と共催する」と話した。五輪憲章は共催を認めていないが、一部競技を国内の別都市で開催した例はある。
 東京は先月、16年五輪招致に失敗したばかりで、招致活動の総括も済んでいない。都議会の民主党や共産党など野党には、知事の号令によるトップダウンの五輪再挑戦に否定的な意見が根強いほか、庁内でも今期で退任する知事が招致活動のレールを敷くことを懸念する声が出ており今後、曲折がありそうだ。
 知事は「来年の4月、5月ごろがJOC(日本オリンピック委員会)としては(手続きの)タイムリミット」とし「手続きを踏んでおかないと、20年の可能性は全くなくなる」「名乗りを上げるのはわたしの責任」と語った。

2009年11月9日 共同


おっしゃる通り、石原さんの責任で東京はアブナイことになったんだから、首でも括るかと思ったら腹をくくるそうで、腹を切るんだったら又吉さんの出番ですが、どうやら石原さん、ケツに火がアプライ、気取って難しい英語を使うとロクなことになりません。

多分石原さんとしては、戸塚宏さんのいわゆる「脳幹論」に基づいて、東京の「脳幹」に「適度な刺激」を与える、要するに虐待して酷い目にあわせようという、きわめて「科学的」な目的があるんでしょう。招致しようとするだけでまたもや150億円だか、今度はもっとかかるかも知れませんが、とにかく数百億の損失という「適度な刺激」が与えられますし、まかり間違って招致に成功した暁には、東京都民は「かざぐるま」状態です。

広島と共催すると言っているそうですが、広島に取っては迷惑な話しでしょう。あっちには「核廃絶」というコンセプトがあるので有望視されているところ、売れない商品を抱き合わせで押し付けるようなもんです。2020年には石原さんは都知事ではないのかも知れませんが、オリンピックを開催することになったらあの下品な男がまた出てくるんだと思うと世界中がゲンナリです。2020年までに石原さんが死んでいることを責任を持って保証し、これを世界中にアピールできれば可能性はあるかも知れませんが、東京は原爆落とされてから来い。まあ、石原さんの破壊力が原子爆弾に劣るものではないということは重々承知しておりますが、金さん頼んだよ。この死の灰吹雪が目に入ぇらねえか。Radioactive Fallout Gets In Your Eyes、入っちまった。み、見えねえ。瞼の母が見えねえ。おっ母さんも見えねえ。橋もない。

nibansenji.jpg
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2009年11月09日

公判性発達障害

東京駅の女性突き落とし、25歳男に懲役9年

 JR東京駅の女性突き落とし事件で、殺人未遂罪などに問われた無職太田周作被告(25)の裁判員裁判の判決が9日、東京地裁であった。井口修裁判長は「見ず知らずの第三者を無差別に狙ったもので極めて悪質」と述べ、懲役9年(求刑・懲役12年)を言い渡した。

 判決によると、太田被告は3月23日午後8時10分頃、東京駅中央線1番ホームで、殺意を持って、電車を待っていた女性(当時60歳)の背中を押して線路上に突き落とし、進入してきた上り電車に接触させた。女性は入院13日間のけがを負った。

2009年11月9日 読売新聞


というわけで讀賣新聞、「見ず知らずの第三者を無差別に」騙してやろうという「極めて悪質」な記事であります。もちろんこの裁判の被告人である太田さんは「広汎性発達障害」でありまして、そのことから責任能力の判定がこの裁判の焦点だったりしたわけですが、そこのところに全く触れない筆さばきは玄人も裸足で逃げるし素人は元から寄り付かないというだけのことはあります。

実際のところ「広汎性発達障害」の概念は難解であり、難しいから飛ばしちまえという読売さんのいささか思い切りがよすぎる英断も、まあ知能の程度のよっては無理もないことでありますし、よく分かりもしないのにいい加減な事を書いて恥をかくよりは、という「生活の知恵」のようなものであると言ってもいいのかも知れません。

しかしながら事が裁判ともなると、そのようにして「賢明に」問題を回避するというわけにはいきません。解らないでは済まされないのが裁判官のツライところであります。解らなかったら勉強しなければなりません。しかしながら最近では事情は異なるようです。解らない事を理解するための時間などないのです。で、やっちゃいました。

【裁判員 東京地裁】東京駅ホーム突き落としの男に懲役9年判決

 JR東京駅で3月、女性が線路に突き落とされ軽傷を負った事件で、殺人未遂罪などに問われた無職、太田周作被告(25)の裁判員裁判の判決公判が9日、東京地裁で開かれた。井口修裁判長は「極めて危険な犯行で、被害者が死ななかったのは奇跡に近い」として、懲役9年(求刑懲役12年)を言い渡した。
 公判では、捜査段階の精神鑑定で軽度の広汎(こうはん)性発達障害と診断された太田被告ついて、障害がどの程度、犯行に影響を与えたかが争点となっていた。
 井口裁判長は「太田被告の知能は正常な範囲内で、高校時代の成績や法廷での受け答えでも裏付けられている。犯行当時、自分が何をしたのか理解しており、責任能力が一般人より低かったとは考えられない」と指摘。「発達障害で責任能力が低下していた」として懲役4年以下の判決を求めていた弁護側の主張を退けた。
 判決によると、太田被告は3月23日午後8時10分ごろ、東京駅の中央線ホームで、東京都小平市の60代の女性を後ろから突き飛ばして線路に転落させ、入ってきた電車に接触させて頭に軽傷を負わせるなどした。

200年11月9日 産經新聞


「広汎性発達障害」は知能の障害ではありません。したがって「高校時代の成績」とか「法廷での受け答え」によって「知能が正常な範囲内」であるとかそういうことはこの際全く関係がありません。どうも井口さんは「広汎性発達障害」の概念を知らず、知るための努力もしなかったものと見受けられます。もっとも井口さんの置かれた状況が、ベルトコンベアに追われる工場労働者と比べて特に羨むべき点があるわけでもないこともまた事実であります。

粗製濫造を方針とし拙速を旨とする最近の司法に於いては、裁判官は極めて短時間に仕事をこなすことが要求されますので、いきおいその仕事はいい加減に流れ、どうでもいいやとばかりのやっつけ仕事になりがちです。しかも仕事には一定の「見栄え」というものが要求されます。知らないからといって「わかりません」などとはとても言えません。知らなくても知っている振りをしなければならないのが裁判官のツライところであります。知らないからといって勉強するための時間はありません。そのうえ彼等は愚かな裁判員諸君の面倒も見なければならないのです。

精神鑑定「分かりにくい」=裁判員、責任能力低下認めず−ホーム突き落とし懲役9年

 JR東京駅(東京都千代田区)のホームから女性を線路に突き落としたとして、殺人未遂罪などに問われた無職太田周作被告(25)の裁判員裁判の判決で、東京地裁(井口修裁判長)は9日、「見ず知らずの人を無差別に狙った極めて悪質な犯行」として、懲役9年(求刑懲役12年)を言い渡した。
 弁護側が主張していた責任能力の低下は認めなかった。判決後の記者会見では、精神鑑定について「分かりにくかった」との意見が出された。
 太田被告は捜査段階の精神鑑定で広汎性発達障害と診断され、量刑上どう評価するかが争点だったが、判決は被告の知能は正常範囲内で、何をしているか理解して行動していたと認定。「犯行時の責任能力が一般人より低かったとは考えられない」とした。
 会見には裁判員経験者ら5人が出席。精神鑑定の専門用語について、「難しかった。分かる範囲ではなかった」(60代男性会社員)、「分かりづらかった」(20代男性会社員)とする感想が出た。一方、証人出廷した精神鑑定医の説明は、「分かりやすく、自分なりに理解できた」(20代会社員女性)と評価する意見が多かった。

2009年11月9日 時事


その点、裁判員はお気楽であります。彼等は自分たちが当の裁判の争点について何も理解していないということを平気で告白します。それは井口さんだって解っていないんですから、60代や20代の会社員連中の「分る範囲」を越えるのも仕方のないことです。中には「自分なりに理解できた」という人もいるようですが、これなどお気楽の極北です。「自分なりに」という留保が止め処もなく不安をかき立てます。それは往々にして全く「誤解できた」というだけであったりしますが、自分では解ったつもりになっています。井口さんだって「自分なり」の「理解」だったらしています。ただ問題はそれが間違っていたというだけの話しです。

この誤謬と不明の合議体が、それでも結論、つまり判決に行きつくというのはちょっと感動的な光景です。何をどう「合議」して「結論」に至ったものであるか、全く想像がつきません。とてもじゃありませんが僕などの「分る範囲」ではありません。しかし「僕なりに」想像すると、「広汎性発達障害」というものは理解できないので無視することにしたものと思われます。幸いにして被告人は高機能であるかに見受けられるので、これを言い分けにして障害による責任能力の低下については思い切ってなかったことにしてしまおう。

またまた幸いなことに、「広汎性発達障害」については臨床的な知見が積み上げられているとは言い難いようなので、これがもし仮に裁判官による裁判における判決であったら、世間はころりと騙されてしまったかも知れません。しかしながら素人とは恐ろしいもので、この「判決」に何の根拠もないということをバラしてしまいました。裁判員は精神鑑定における概念を理解せず、したがって責任能力について判定することが出来ず、それ故に判決を下すことが出来ないのです。この「判決」は「ん〜、何となく、9年くらい?」と語尾を上げなければ読むことが出来ません。

井口さんとしてはこのようなだらしのない裁判員を横目に、一人で勝手に判決を書かなければならなかったものと思われますが、しかし井口さんは、たとえ間違っていても「論拠」というものを用意しています。それは被告人に対する最低の礼儀でもあります。ああそれなのに裁判員共は「難しくて分らなかった」などと言って平気な顔をしています。人の気も知らないで。

それでも他人に9年間の刑務所生活を命じるのですからどれだけ優れた人たちなのか想像もつきませんが、まあ裁判員などというものは大体そんなもんでしょう。頭の良い人は上手いことを言って逃げていってしまったんでしょうから、法廷に雁首を並べている人たちがあまり気のきかないタイプであることは容易に想像できるというものです。そういう人たちに「責任」などを問うてみても、「好きでやってるわけじゃネエんだよ」なんて怒られてしまうのがオチです。誰が発達障害だかよく分かりませんが、しかし考えてみればそれは全く言う通りなのですから手がつけられません。
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2009年11月08日

娘・そそり・大恥の芽

今日も平野博文さんはくるくるパードライヤーをあてて頭をくるくるパーにしていることでありましょう。平野さんといえば記者クラブの功労者ですから、そろそろその貴重な頭部を記者クラブの神棚に祀ってあげるべきでしょう。神棚などというものがあればの話しですが。そんな生臭いもんを祀ってられるか。いやもう既に臭いんですが。

ところでその記者クラブというものを、当のマスゴミがどのように正当化してみせるか、というところこそ正に文筆で身を立てようという人の実力が試されるところであります。言い換えればここんところが腕の見せ所であり、各紙の実力の程がここでヘンタイのチンポのように露呈されるということになっているわけです。

しかしながら『産經新聞』は、露出狂には珍しい、極めて「女性的」な名を名乗っております。どうも餓鬼を産んだことがあるらしい。あたかも早朝のそそり立つシンボルを思わせる『朝日新聞』とは対称的であると言わねばなりません。もっとも記者クラブに関しては基本的な立場は似たり寄ったりであると考えられますので、このさいどうでもいいことです。

ちなみに婦人警官は全員子持ちです。その証拠に「婦警さん」と10回続けて言ってみて下さい。10人の婦人警官がやって来ます。警官騒動の栃麺棒みたいですが、そんなことをするのはしかし、なんといっても不経済なのですからヤメておきましょう。

その産經新聞が先月の末頃に2人の人物に記者クラブについての意見を聞いているんですが、1人は『JanJan』の竹内さんで、これはもう当然クラブ開放派です。そして一方の記者クラブ現状維持派、つまり新聞社なんかの立場を代弁するのは、帝京大学名誉教授というフレコミですが、要するに元産經新聞記者という身内中の身内、福井惇さんであります。

【金曜討論】記者クラブの開放

≪福井惇氏≫ ■一人の力だけでは難しい

●クラブ外でも切磋琢磨

 −−記者クラブの長短は
 「昭和40年ごろ、警視庁担当から国会担当になった。各社が社会部記者を国会へ送り始めたころ。ところが夜の番記者懇談で、有力政治家は記者を見渡して『知らん顔がある。やめだ』という具合。よく見知った政治部記者だから安心して本音を言う。一方、社会部記者は国会記者会を作って、会見に応じるよう求めたんだよ。次々に汚職が発覚した黒い霧事件だ。黒い霧解散につながった。記者クラブという単位だからこそできたのであり、そこから裏を探るのが本当の新聞記者だ」

 −−それぞれ持ち場で報道した
 「クラブに首までつかってはだめだ。あの10年は、米国に次いでGNP世界2位に躍り出たと同時に、一挙に問題が噴出した。羽田事件、よど号事件が起き、6大都市すべてが革新市長になり、過激派闘争も爆弾闘争へ突入した。石油ショックでトイレットペーパーが消えたときは、自分がいかに勉強不足か痛感したよ。事件以外にも目を向けようと国会記者会を作った仲間と水円会を始めた。水曜日午前7時半に20人ほどで朝飯を食う。NHKの伊達宗克氏は三島由紀夫から遺書を託された記者。週刊誌の田中健五氏は後に文芸春秋社長になった。小林陽太郎氏は経済同友会終身幹事、小長啓一氏は通産省次官に。真の記者はクラブの外で切磋琢磨(せっさたくま)するものだ」

 ●みな良識ある人間か

 −−会見方式が変わりつつある
 「だれもが取材できる制度は理想かもしれないが、ジャーナリストがみな良識ある人間だと私は思わない。平成17年、NHK慰安婦番組に政治家が介入したと朝日新聞が報道、NHK側は否定して全面戦争になった。カットされたのは、昭和天皇を有罪にする場面という。そういう放送も怖いし、それをひろって政治家をたたこうとする朝日をみて連続企業爆破事件を思い出した。あの事件は大道寺将司らが、昭和天皇を荒川鉄橋で爆殺しようとして失敗し、“侵略”の象徴として海外進出企業が標的となった。朝日やNHKにも天皇有罪に肯定的な人がいることに、大道寺と似た思想を持つ人がいるのではと危惧(きぐ)を覚えた。インチキなジャーナリストはいる」

 −−最近の記者をどう思うか
 「ふり返ると、朝霞・自衛隊員殺害事件で、ある記者は、捜査本部より先に過激派学生を割り出し、戦闘宣言の筆跡をたよりに定期券購入用紙から特定した。そうして突き止めた主犯の自宅近くの家具店には別の記者が住み込み、はたきを掛けながら逮捕の瞬間を待った。密着と癒着は違う。最近、秋葉原無差別殺傷事件など、人権への配慮か恐る恐る取材しているように見える。家族に迫らないと世の警告にもならない。もっと踏み込んで真実を書いてほしい」

2009年10月30日 産經新聞


せめてもうちょっと何とかならなかったのでしょうか。これは「金曜討論」であります。してみると産經新聞では毎週金曜日にこんなことを印刷して配って歩いているのでしょうか。いやもうえらい騒ぎです。

もちろん福井さんの立場上、記者クラブを擁護しなければならないのは分りますし、産經新聞もそのつもりでわざわざ福井さんの大きな写真を載せたりして金曜日の朝食を徒に不味くしているわけですが、マズイのは福井さんの顔ばかりではありません。

傲慢な政治家様が「知らん顔がある」という、どこからみてもかなり正当な理由で取材を拒否なさったそうですが、それは社会部の記者クラブがないの悪かったんだそうです。政治家様には何の罪もない。そういう大変良い態度なので皆さん出世なされて、三島由紀夫から遺書を託されたり、それから中京女子大学とかの教授になったり、文春の社長になったり、帝京大学の名誉教授になったりして末永く幸福に暮らしましたとさ。もうすぐ死ぬけど。

そればかりではありません。記者クラブには良いことがまだまだあるようです。例えば福井さんは「ジャーナリストがみな良識ある人間だと私は思わない」といい、具体例として福井さん自身が、例のNHK番組改変問題について「朝日やNHKにも天皇有罪に肯定的な人がいることに、大道寺と似た思想を持つ人がいるのではと危惧(きぐ)を覚え」るという「インチキなジャーナリスト」であったことを挙げています。記者クラブは「良識ある」ジャーナリストを排除し、良識もなく人権にも配慮しない「インチキなジャーナリスト」を護るはたらきもするのです。

これが『産經新聞』が挙げることの出来た記者クラブ擁護論です。なるほど記者クラブは権力志向の強い記者さんがエラい人と仲好くして自分もエラくなるためには強い味方であります。しかし僕たちがそんな記者さんのかいた記事を読んだところで一向にエラくなれる気配はありません。

まあ考えてみればエラい人には他の人がエラくなって自分の地位が脅かされるのをジャマしたいという動機が存在します。マスゴミ連中もグルになっていると考えて然るベキでしょう。出世した人が書いた出世本にも何らかの罠が仕掛けられていると考えて遠ざけておくに越したことはありません。カツマとか読んでいるとあんな顔になってしまうぞ。新聞なども、読むと手にインクが付くばかりではなくどんなバイ菌に感染しているか知れたものではありません。

しかしながらそんなマスゴミにも良心的な記者がいるようです。例えば、この「金曜討論」を書いているのは牛田久美さんという美人記者です。経産婦かも知れませんが渾名はギュウちゃん。知らない人が読んだらギュウちゃんはマスゴミの総意に従って記者クラブの必要性を書いているんだと思うかも知れませんが、しかしその「必要性」の根拠は異常なほど説得力を欠くものです。これはギュウちゃんがそんな書き方をしているのであって、決して福井さんがバカだからとかそういうわけです。いずれにしてもこういう良心的な記事を読むことによって読者は記者クラブなんぞいらね、という意見を持つことになるようになっています。さすがは天下のクォリティペーパーであります。皆さん『産經新聞』を読んだ方がいいです。そんなことやめましょう。
posted by 珍風 at 17:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

機密のダキーニー

官房機密費:「報償費との概念で承知」 官房長官が釈明

 「報償費は知っているが、機密費は知らないから答えなかった」。平野博文官房長官は6日の記者会見で、内閣官房報償費(官房機密費)について就任直後に問われた際、河村建夫前官房長官から引き継ぎを受けていたのに「説明を受けておらず、承知していない」と答えたことを釈明した。
 平野氏は「機密費という概念では承知していない」と強調。引き継ぎについては「報償費という概念で受けたから、これについては承知している」と述べた。【横田愛】

2009年11月6日 毎日新聞


なるほど巧いこと言うもんだ、とはいくらなんでも誰も思いません。人に信頼されたがっている人はこういう頓珍漢な言い訳をしない方が良いと思いますが、平野さんはもともとあまり信用のあるほうではないようです。

どうも松下などにいるとロクなことになりません。平野さんは松下整形塾に行ってホクロを取ったり鼻を高くしたりした組ではないようですが、それでも「くるくるドライヤー」を頭に一杯浴びて来ているようです。

「くるくるドライヤー」というのはカールドライヤーのことで、これはあまり良いものではありません。カールドライヤーのせいで頭を坊主にしなければならなくなってしまった女の人もいます。可哀想にその女の人は泣いていました。たしかジャンヌ・ダルクとかいう人だ。

このような誤解を招きがちなので、カール・ドライヤーは「ドライエル」と表記したりするんですが、なんだかお腹のポケットからムダなものを出して来そうなのが気になります。最近ではちゃんとミドルネームを入れて「カール・テホ・ドライヤー」といったりしますが。

そこで、平野さんを相手にする場合にも、これからはものの言い方に気をつけないといけません。「官房機密費」はきちんと「内閣官房報償費」と言わなければ理解してもらえないのです。ドライヤーでもなんでも正式の名称をきちんと言ってあげることが必要です。「くるくるドライヤー」も本当は「くるくるパー・ドライヤー」というのが正しいのです。

もっとも平野さんはそこらの有象無象や烏合の衆に「信頼」されなくても平気であります。ポッポが信じてくれればそれでいいのです。男同士のことなので他人には計り知れません。

官房長官は、私は信頼できる人物でありますし、決していわゆるムダなようなところに使うわけではないだろう。しかし先ほど申し上げたように、国民の皆さんに全部を明らかにできるという類いのものでもないだろう。当然皆さんもその事も、ある程度はお分りになっておられることだと思います。そこはしたがってどこかでしっかりとチェックする必要はありますから、チェックをしてもらってですね、こういう使い方ならまあ大丈夫だと、いう判断がどっかでされる必要があるとは思いますが、国民の皆さんに全てをオープンにするべき筋合いのものとは必ずしも思っていない。

2009年11月5日


そりゃまあ、「ムダ」には使わないかも知れませんが。ポッポもなかなかの使い手でありまして、ここではマスゴミを脅かしています。「当然」「ある程度はお分かりになっている」のはこの記者会見のときに周囲にいた記者の人たちのことです。つまりマスゴミも「報償」を貰ってるんだから、明らかにはしない方が良いだろ、分るよな、という意味なんですが、もちろん自民党は当時の野党にも「報償」をあげてるわけですから、いわば「兄弟」みたいなもんです。

権力を握ると「機密費」だか「報償費」というのは便利なものなのは分りますが、政府が「機密費」を使っている分、僕の力は失われるのですから不都合であります。こちとらビンボー人にはヘソクリもありませんので機密性の高い活動に支障をきたしております。これはかみさんには内緒です。

共産党などにも「報償」は行っているかも知れませんが、どうせ大した金額ではないでしょう。どのくらい「軽視」されているか、興味のあるところですが、たしかにどう転んでも政権を取れないのですからもっと批判してしまって良いと思いますが、「オープンにできないお金も、ルールを作って(事後的に)透明化を図っていくべきだ」というのは、10年後から25年後に公表させようという、昔の民主党案とあまり変わりません。変わんなくてもいいのですが、駅前とかで大きな声で言ったほうがいいでしょう。その点、民主党は今でも盛んに街頭に立っているんだからオソルベシだ。
posted by 珍風 at 05:46| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

非国民の休日

天皇というものは有り難いものであります。例えば「天皇賞」というものがあって、今回は損をしたという人もだいぶいるのではないでしょうか。その他にも色々な有り難いことがあると言われております。僕はよく知りませんが。

天皇陛下御在位二十年を記念する日を休日とする法律案

 天皇陛下御在位二十年を記念し、国民こぞってこれを祝うため、平成二十一年において平成二年の即位礼正殿の儀の行われた日に応当する日である十一月十二日を休日とする。

附 則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 この法律に規定する日は、他の法令の規定の適用については、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する日とする。

理 由
 天皇陛下御在位二十年を記念し、国民こぞってこれを祝うため、平成二十一年において平成二年の即位礼正殿の儀の行われた日に応当する日である十一月十二日を休日とする必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。


自民党はこのような法律案を出したがっていたようですが、そんな急にお休みということになってもかえって困惑致します。野党になったので社会を混乱させてやれという趣旨であると思われますが、実際には休めなくてもお国の決めた「休日」ということでありますから、国民の皆さんはひとつ休日気分でいい加減に仕事をして、遅刻や早退やずる休みも「天皇陛下が」とか言えば許されるという、大変に有り難いことであります。

天皇は在位20年だそうでありますから、21年前には天皇というものはなかったようです。なんだか知らないけど20年前に忽然と現れた。有り難いことです。何が何だかわかりませんが、もっと昔から天皇というのが日本にいた、という意見を持つ人もいます。少なくとも先代の人がいて、それは近眼であったとも言われております。そういわれてみればそんな気もするのですが、そして先代も「天皇」と呼ばれていたようですから、「天皇」という「位」は21年前にも存在していたし、そこには誰かが「在位」していたことも確からしいのであります。

皇統は連綿としてラーメンの如く長くきしめんの如く広いとすれば、20年というのはほとんどどうでもいいいことのようにも思われます。要するに誰かが「天皇」をやっている、という状態が続くことが大切なのでしょうから、そのうちのある1人が在位20年だろうが20日であろうが、交代要員さえ確保されていれば大丈夫でしょう。そして交代要員というものは常に確保されているものなのです。

要するに「交代要員」の定義を必要に応じて変更してしまえば良いのですから、何の心配もいりません。ついこの間までは「Y染色体」がどうであるとか、難しいことを言ったものですが、別段最初から何か根拠があるというものではありませんから、一旦急な事情が生じればそこらへんの奴を一人捕まえて来て天皇にしてしまえば何の問題もありません。

そのような場合であっても、ある人々は「国民こぞって」これを寿がなくてはいけない、と言い出すでしょう。なんといっても天皇の機能というのは、「国民こぞって」何かをどうにかするために良い口実になる、という点にあります。ですから本当は、天皇というものがいなくなっても、「なくなってから何年」とかを「記念」し、「国民こぞって」これを祝ったりすることが出来ることから、必ずしも天皇はその存在を必要とされていないとも言えるのであります。これは大変に便利で、有り難いことです。いてもいなくても良い。もっとも最初からいないのでは話しになりません。しかし一旦存在した以上は、いなくなっても残ってしまうのです。

このように大変に有り難い、というか傍迷惑、というか「呪い」のようなもんですが、しかしこれを「国民こぞって」この「呪い」を「祝う」ためにある日を休日にする「必要がある」というのは少々早計であるという気がします。綜合警備保障もビックリしてくびつりしかねない早計ぶりであるとも言えるでしょう。

というのはもちろん、今から急に「12日は休みね」と言われても困る、ということもありますが、前々から決まっていれば尚のこと、この「休日」を「休む」ことの出来ない人がいるわけです。例えば休みの日には皆さんお買い物に行ったりすることでしょうが、お店に行くと店員さんがいらっしゃいます。この店員さんが「休日」だからといって休んでいるかというと、お店で見かける限りどうもそのようには見えません。

この店員さんというのも、天皇にも勝るとも劣らない有り難い存在であります。こちらが用事があると思ったときにはそこにいますし、ムカついたときにもおあつらえ向きにそこにいます。そしてたまたまそこにいない場合は、それは店員さん側の責任なのです。したがって彼等はあまりにも当然のようにそこに存在します。まるで空気のような、そしてあるときはサンドバッグのような存在。それが店員さんです。

店員さんばかりではありません。お店に行くのに電車に乗る人もいるでしょう。電車を運転している人や駅員さんはちゃんとそこにいます。いなければ電車は動きません。電車が動いているのに運転手さんがいない、ということになればそれはそれで面白いかも知れませんが、動き出した電車から飛び降りるのは運転を続けるよりも危険な重労働であると言えましょう。

そんなこんなでいわゆる第三次産業にお勤めの人が就労人口の半数以上を占めます。これらの人々は「休日」だからといって休みませんし、もしかすると「休日だから」休めないという場合もあるでしょう。自民党としては「休日」にしてやれば、天皇のおかげで休みだ、と国民連中が有り難がるとでも思っているのかも知れませんが、実際のところ該当者がそんなに沢山いるわけではありません。むしろ店員さんなどは「休日」が増えると、そのおかげで休みが減ったりするのです。

そうすると天皇の有り難さに浴することが出来るのも「国民こぞって」どころか、その一部でしかないことになります。その他の人々にとっては別段有り難くもなんともないものであります。かえって迷惑となる可能性もあるのですが、これは何も自民党が次の参院選でも大敗を喫してやろうと思ってビンボー人をいたぶっているというわけではありません。単に気がつかないだけです。せっかく有給休暇を取らせないようにしておいて、その代わりに「天皇」にかこつけて「休日」を与えれば一石二鳥だと思ったのに、とんだ盲点があったものです。

もっとも視界の半分以上が「盲点」になっているような場合にはどう言えばいいのかよく分かりません。それにこれは何も天皇のナントヤラを「祝う」ためではないのかもしれないではないですか。アメリカの大統領が来るからみんなあんまり出歩くな、というだけの話しではないのか。アメリカのために甘んじて国民の非難の矢面に立ち不満の標的となるということであれば、それは天皇としても是非ともやらなければならない仕事なのではないでしょうか。まことに有り難いことであります。
posted by 珍風 at 22:35| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

やめるほど人間だったこともなく

バクチとフーゾク、そしてもちろん

押尾学被告に有罪=法廷発言「信用しがたい」−MDMA使用・東京地裁

 合成麻薬MDMAを使用したとして麻薬取締法違反罪に問われた俳優押尾学被告(31)の判決公判が2日、東京地裁であり、井口修裁判官は懲役1年6月、執行猶予5年(求刑懲役1年6月)を言い渡した。
 執行猶予期間を最長の5年間とした理由について、井口裁判官は「MDMA使用の経緯に関する法廷での説明内容は不自然で、犯行発覚前後の経緯や言動に照らしても信用しがたい。再び手を出さないか、相当長期にわたって見守る必要がある」と述べた。
 井口裁判官は、押尾被告が2年くらい前から最近まで複数回、外国で知人とMDMAを使用した点を指摘し、「麻薬に対する親和性が相当程度強く、刑事責任を軽く見ることはできない」と批判した。
 執行猶予を付けた理由としては、起訴内容を認めており、前科がない点などを挙げた。

2009年11月2日 時事


結局真相は闇から闇、検察は「入手方法についての被告の供述は極めて不自然で疑問が残る」とし、井口さんも「信用しがたい」とは言っているものの、じゃあ事実はどうであったのか、全く明らかになりません。そのくせ「一度は自力で更生する機会を与えるのが相当」なんだそうで、余裕の猶予付き判決です。

まあ、僕はクスリは良いとか悪いとか言いたいわけではありません。あのような薬物はもとより人間の脳には「親和性が相当程度強い」ものなのですし、押尾さんにしても人並外れた特別製の脳髄を所有しているようにはとても見えませんから、その点でも特に言うことはありません。

しかしながらこの判決が何かどうも変だ、と思う人もいるでしょう。もしかすると誰かがTVでマズいことを口走らないとも限らないのです。そこでBPOとしては予め一言注意申し上げるに至ったのは全く自然なことです。

薬物問題報道で要望=BPO青少年委

 NHKと民放でつくる第三者機関、放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会は2日、最近の芸能人の薬物事件をめぐるテレビ報道に関して「犯罪の背景にある社会問題への怒りを欠いた報道は、青少年に無用な好奇心を抱かせるだけに終わることがあり、一連の報道の量および内容に疑問を抱かざるを得ない」として、放送各局に要望を行った。

2009年11月2日 時事


なるほど、時事通信社が強く示唆していないように、この「犯罪」の「背景」は人も知るところでありましょう。大手下着メーカーとつるんだパンツ屋の女がパトロン気取りで森ビルで年下の男の子を放し飼いにしていたり、バカな男の子は男の子でフィクサー気取りで財界政界のバカ息子共と一緒に大威張り、値段の高い銀座のホステスさんとつき合ってはみたもののバカなもんだからクスリの使い方も事故の際の対処の方法も分らず、自分とお仲間を守るために見殺しにしちゃって別室で怯えていたけど森さんがついているから大丈夫執行猶予、一方その頃竹中さんは森ビルに雇われて愚にもつかない痴れ言を口走っていたわけです。

たしかにその辺の洟垂れ「青少年」が「好奇心」を抱いても真似は出来ないワザですが、その一方でビンボー人は身分相応にタバコの値上げなんぞに戦々恐々としなければなりません。

たばこ税増税「欧州並みに」…長妻厚労相

 長妻厚生労働相は1日のフジテレビの番組でたばこ税の増税について、「たばこは健康の問題もある。ヨーロッパ並みの金額にする必要がある」と述べ、2010年度税制改正での実現に意欲を示した。

 一方、古川元久内閣府副大臣は1日のNHKの番組で、ガソリン税などの暫定税率について「廃止する」と述べたうえで、地球温暖化対策税(環境税)について検討する考えを示した。

2009年11月2日 読売新聞


現在1箱300円の煙草が600円になるとかいう話しですが、MDMAは1錠3000〜4000円くらいですか。高くて5000円くらいになるんでしょうかよく知りませんが、それを気前良くも死ぬほど人に飲ませるような人には痛くも痒くもない話しでしょう。値上げしたら、煙草を1カートン買って1カ月持たせなければならないというのに、森ビルではそのくらい文字通りひと飲みです。

というような「背景」を「社会問題」として持っているので、それに対する「怒り」がないといけない、多分BPOはそういう趣旨で言っているのだと思いますが、違うのかも知れません。「社会問題」というのは「薬物売買が犯罪組織の資金源になっていることなど」であるという話しもありますが、そうすると何かとご禁制の品を増やして「犯罪組織」に便宜を図っている立法とか行政に「怒り」を感じなければならないのかも知れません。キノコなんかを取り締まって覚醒剤を中心とした旧来のマーケットを守ったりしている人たちにですね。煙草をやめると怒りっぽくなって世の中のためになるかもしれない。
posted by 珍風 at 22:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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