2009年11月04日

非国民の休日

天皇というものは有り難いものであります。例えば「天皇賞」というものがあって、今回は損をしたという人もだいぶいるのではないでしょうか。その他にも色々な有り難いことがあると言われております。僕はよく知りませんが。

天皇陛下御在位二十年を記念する日を休日とする法律案

 天皇陛下御在位二十年を記念し、国民こぞってこれを祝うため、平成二十一年において平成二年の即位礼正殿の儀の行われた日に応当する日である十一月十二日を休日とする。

附 則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 この法律に規定する日は、他の法令の規定の適用については、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する日とする。

理 由
 天皇陛下御在位二十年を記念し、国民こぞってこれを祝うため、平成二十一年において平成二年の即位礼正殿の儀の行われた日に応当する日である十一月十二日を休日とする必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。


自民党はこのような法律案を出したがっていたようですが、そんな急にお休みということになってもかえって困惑致します。野党になったので社会を混乱させてやれという趣旨であると思われますが、実際には休めなくてもお国の決めた「休日」ということでありますから、国民の皆さんはひとつ休日気分でいい加減に仕事をして、遅刻や早退やずる休みも「天皇陛下が」とか言えば許されるという、大変に有り難いことであります。

天皇は在位20年だそうでありますから、21年前には天皇というものはなかったようです。なんだか知らないけど20年前に忽然と現れた。有り難いことです。何が何だかわかりませんが、もっと昔から天皇というのが日本にいた、という意見を持つ人もいます。少なくとも先代の人がいて、それは近眼であったとも言われております。そういわれてみればそんな気もするのですが、そして先代も「天皇」と呼ばれていたようですから、「天皇」という「位」は21年前にも存在していたし、そこには誰かが「在位」していたことも確からしいのであります。

皇統は連綿としてラーメンの如く長くきしめんの如く広いとすれば、20年というのはほとんどどうでもいいいことのようにも思われます。要するに誰かが「天皇」をやっている、という状態が続くことが大切なのでしょうから、そのうちのある1人が在位20年だろうが20日であろうが、交代要員さえ確保されていれば大丈夫でしょう。そして交代要員というものは常に確保されているものなのです。

要するに「交代要員」の定義を必要に応じて変更してしまえば良いのですから、何の心配もいりません。ついこの間までは「Y染色体」がどうであるとか、難しいことを言ったものですが、別段最初から何か根拠があるというものではありませんから、一旦急な事情が生じればそこらへんの奴を一人捕まえて来て天皇にしてしまえば何の問題もありません。

そのような場合であっても、ある人々は「国民こぞって」これを寿がなくてはいけない、と言い出すでしょう。なんといっても天皇の機能というのは、「国民こぞって」何かをどうにかするために良い口実になる、という点にあります。ですから本当は、天皇というものがいなくなっても、「なくなってから何年」とかを「記念」し、「国民こぞって」これを祝ったりすることが出来ることから、必ずしも天皇はその存在を必要とされていないとも言えるのであります。これは大変に便利で、有り難いことです。いてもいなくても良い。もっとも最初からいないのでは話しになりません。しかし一旦存在した以上は、いなくなっても残ってしまうのです。

このように大変に有り難い、というか傍迷惑、というか「呪い」のようなもんですが、しかしこれを「国民こぞって」この「呪い」を「祝う」ためにある日を休日にする「必要がある」というのは少々早計であるという気がします。綜合警備保障もビックリしてくびつりしかねない早計ぶりであるとも言えるでしょう。

というのはもちろん、今から急に「12日は休みね」と言われても困る、ということもありますが、前々から決まっていれば尚のこと、この「休日」を「休む」ことの出来ない人がいるわけです。例えば休みの日には皆さんお買い物に行ったりすることでしょうが、お店に行くと店員さんがいらっしゃいます。この店員さんが「休日」だからといって休んでいるかというと、お店で見かける限りどうもそのようには見えません。

この店員さんというのも、天皇にも勝るとも劣らない有り難い存在であります。こちらが用事があると思ったときにはそこにいますし、ムカついたときにもおあつらえ向きにそこにいます。そしてたまたまそこにいない場合は、それは店員さん側の責任なのです。したがって彼等はあまりにも当然のようにそこに存在します。まるで空気のような、そしてあるときはサンドバッグのような存在。それが店員さんです。

店員さんばかりではありません。お店に行くのに電車に乗る人もいるでしょう。電車を運転している人や駅員さんはちゃんとそこにいます。いなければ電車は動きません。電車が動いているのに運転手さんがいない、ということになればそれはそれで面白いかも知れませんが、動き出した電車から飛び降りるのは運転を続けるよりも危険な重労働であると言えましょう。

そんなこんなでいわゆる第三次産業にお勤めの人が就労人口の半数以上を占めます。これらの人々は「休日」だからといって休みませんし、もしかすると「休日だから」休めないという場合もあるでしょう。自民党としては「休日」にしてやれば、天皇のおかげで休みだ、と国民連中が有り難がるとでも思っているのかも知れませんが、実際のところ該当者がそんなに沢山いるわけではありません。むしろ店員さんなどは「休日」が増えると、そのおかげで休みが減ったりするのです。

そうすると天皇の有り難さに浴することが出来るのも「国民こぞって」どころか、その一部でしかないことになります。その他の人々にとっては別段有り難くもなんともないものであります。かえって迷惑となる可能性もあるのですが、これは何も自民党が次の参院選でも大敗を喫してやろうと思ってビンボー人をいたぶっているというわけではありません。単に気がつかないだけです。せっかく有給休暇を取らせないようにしておいて、その代わりに「天皇」にかこつけて「休日」を与えれば一石二鳥だと思ったのに、とんだ盲点があったものです。

もっとも視界の半分以上が「盲点」になっているような場合にはどう言えばいいのかよく分かりません。それにこれは何も天皇のナントヤラを「祝う」ためではないのかもしれないではないですか。アメリカの大統領が来るからみんなあんまり出歩くな、というだけの話しではないのか。アメリカのために甘んじて国民の非難の矢面に立ち不満の標的となるということであれば、それは天皇としても是非ともやらなければならない仕事なのではないでしょうか。まことに有り難いことであります。


posted by 珍風 at 22:35| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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