2009年11月26日

かわいい女中の赤ちゃん譲ります

「多くの生命つなぐ施設」「匿名は倫理感の劣化招く」 赤ちゃんポストで熊本県の検証会議が最終報告

 熊本市の慈恵病院が設置した「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の課題を議論してきた熊本県の検証会議(座長=柏女霊峰(かしわめ・れいほう)淑徳大教授)は26日、最終報告書をまとめ、公表した。現在のゆりかごは妊娠や出産の相談業務が併せて実施され、「多くの子どもの生命をつなぐ施設」として設置意義を肯定的に評価。一方で、事前相談の体制を整えずに匿名で子どもを預かる新たな施設設置は「倫理観の劣化を招きかねず、子どもの福祉を守る観点から容認できない」とした。第三者機関のゆりかごの評価は初めて。
 有識者でつくる検証会議はゆりかごの運用が始まった2007年5月から09年9月末までの約2年5カ月間を検証した。報告書によると、これまでに51人の子どもが預けられ、うち身元が分かったのは39人。内訳は熊本県を除く九州13人、関東11人、中部6人、近畿と中国各4人、不明12人など、利用者は広範囲に及んでおり、熊本県内からの預け入れはなかった。
 ゆりかごが匿名で子どもを預かる点については「預け入れる親の利益と、子どもの将来に不利益が生じる二面性を持っている」と指摘。その上で「ゆりかごの運用は相談業務とセットで行うことで、匿名性を排除する努力が必要」とした。
 ゆりかごが明らかにした諸課題については「都道府県域を超えた広域的な問題」とし、国に法的な位置付けなど政策的な関与を求めた。さらに、ゆりかごのように母親が匿名で相談でき、母子の入院や一時的な保護機能を備えたシェルター(避難所)を医療機関を拠点に整備し、各都道府県に1カ所程度配置することを要望。各シェルターの連携の拠点として、情報共有の核となる国の組織の創設も訴えた。
 答申を受けた蒲島郁夫知事は近く報告書を厚生労働省に提出し、国に提言する方針。
 同日、熊本県庁で記者会見した柏女座長は「妊娠・出産や子育てが地域の中で孤立している。多くの人にゆりかごが問い掛ける問題を考えてほしい」と語った。

2009年11月26日 西日本新聞


この「検証会議」の目指すゴールは「こうのとりのゆりかご」の利用者の減少であると思われます。51人いたそうですが、これが「予想外」だったわけです。じゃその「予想」てのはどんなもんかというとこれが「年に1人あるかないか」というものだったらしい。この数字に近づけるにはどうしたら良いでしょうか。

この「予想」の中に、他にも同様の施設が出来ることを想定していたのかどうかは分りません。実際には他にないので全国各地から集まっているわけですが、1都道府県あたりの平均は1人強であります。これは約2年5ヶ月間の数字ですから、年に1人もありません。

もっとも、近い方が利用しやすいということもあります。ところが身元が分かった39例のうち熊本県内のものは1つもないそうですから熊本県内の利用者数は分りません。熊本県を除く九州では13人ですから、これを平均すると1県あたり2人弱となります。1年あたりだと0.8人くらいですから、ちょうど「年に1人あるかないか」になります。

このように大雑把に考えてみたところにより各都道府県で同様の施設を1つ持つことによって受入数はほぼ「予想」通りとなることが分りましたので、早速取りかかったら良かろうと思うのですが、どうもそういうわけにはいかないらしい。そりゃもちろん、こういう形で制度の不備や行政の不作為やらをフォローしているとそれで終わっちゃいますから。しかし政治家や役人を動かすために「悲劇」が必要なのか、というと、もちろん必要であるなんてそんな鬼のようなことは言えないわけです。そこで「倫理観」が登場する。

問題は「匿名性」なんだそうですが、これは「倫理観の劣化を招きかねず」ということであります。ポイントは報告書において「匿名性」が「預け入れる親の利益」になっているという認識を示している点です。匿名であることは親の利益になっているのですから利用を促進する効果があります。そうであれば逆に「匿名性を排除する」ことによって利用を抑制することが出来るでしょう。

これは親が相談に来るということではなくて、単純に来なくなることを意味します。どっか別のところに行くわけですね。海とか山に。産まれて間もない頃に海に連れて行ってちょっと海水に浸けると丈夫な子になるそうです。手を離さないように気をつけないといけません。くれぐれも注意しておきますが、まあそういうことです。

「こうのとりのゆりかご」は「多くの子どもの生命をつなぐ施設」であったとされているのですが、「各都道府県に1カ所程度配置」される施設においては「匿名性を排除する」ことによって多くの子どもの生命を断ち切る施設になることが期待されます。そのような形態では「子どもの福祉」を危うくしそうな例に限って、せっかく来てもそのまま餓鬼を連れて帰ることになりそうです。「母子の入院や一時的な保護機能」って、具体的にどんな人がどんな形で利用するのか全く分りません。

というのも「一時的」な問題で餓鬼を赤ちゃんポストに放り込む人はあまりいないわけです。身元の判明した39例について、理由については

生活困窮 7
戸籍に入れたくない 8
不倫 5
未婚 3
世間体を気にした 3
不明 14

他に「養育拒否、親の反対、強姦」という理由もあるようですが、上記で既に合計が40になってますからいい加減なものです。「世間体を気にした」は「不倫」および「未婚」と重複していると思われますし、そういえば「不倫」や「未婚」は「生活困窮」とも重なりそうです。「戸籍に入れたくない」というのもよく分かりませんが、親族一同相談の上で障害児をぶち込んだ人もいるそうですから、あるいは名門の家かも知れません。てゆーかそういうのも「世間体」に含まれるな。

いずれにしても「生活困窮」は「一時的」な問題ではありませんし、「未婚」や「不倫」も相手と結婚すりゃいいだろうというようなことじゃないでしょうし、「世間体」や「戸籍」を気にする人はどうにもなりませんから、人に聞かれたら年の離れた妹と作り笑顔で答えてもらうしかありませんが、ちょっと「入院」したり「一時的」に「保護」してもらっても何の解決にもなりません。

まあ考えてみれば「名門」のお家だと、お嬢さんがお冗談でこしらえた餓鬼は女中に押し付けることになっているそうですから、そういう手も使えないようなビンボー人が「世間体」だの「戸籍」だのと何を生意気な、てゆーかビンボー人もそういうものに縛られているそうですし、身元の分らない「子どもの将来に不利益」があるのも、「みなしご」を「世間」が差別するわけですが、背景はどれも同じ「倫理観」です。

「倫理感」によって誰かが悲惨な目に遭おうという場合に、誰がどんな目に遭うのかある程度政策的に選択できるわけです。「不幸な生い立ちの大人」が犯罪を犯したりするよりは餓鬼が無惨に殺されていた方が同情を引きます。その方が立法や行政を動かしやすいのではないでしょうか。というのがこの「報告書」に「倫理観」云々が登場する意味でしょう。もちろん「世論」はどっちに転んでも「不幸な生い立ちの人がみんな犯罪を犯すわけではない」とか言ってみたり、「親の倫理観」を批判したりするんでしょうけど、馬鹿は放っとくことにした模様です。「なかったことにしたい」人が血なまぐさい方法で「なかったこと」にするよりは、赤ちゃんポストに放り込んだ方がよっぽど良いように思うんですが、世の中は厳しいもんですな。


posted by 珍風 at 23:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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