2010年02月14日

本質的な議論を封じるな。そうだ。封じるな。

【主張】陸自幹部処分 本質的な議論を封じるな

 政治の軍事に対する統制は確保されなければならないが、今回の陸上自衛隊幹部の発言は、文民統制の問題にはあてはまらない。本質的な議論を制限することはあってはならない。

 きっかけは、宮城県で行われた日米共同訓練の開会式の訓示で、陸自第44普通科連隊長の中沢剛1等陸佐が「同盟は『信頼してくれ』という言葉だけで維持されるものではない」と述べたことだ。防衛省はこの発言を不適切として文書による注意処分を下した。

 「信頼してくれ」というくだりが、昨年11月の日米首脳会談で鳩山由紀夫首相がオバマ大統領に伝えた「トラスト・ミー(私を信じてほしい)」という言葉とオーバーラップし、首相発言を引用して批判したものと断定された。

 日米共同訓練は自衛隊、米軍双方の幹部、兵士らが信頼関係を築く重要な場だ。文字通り「言葉だけでは守れない」ことを身をもって体験する機会だ。第一線の責任者が当然持つべき認識である。

 鳩山首相の「信じてほしい」という発言は、米軍普天間飛行場の移設先を見直すことについて米側の理解を得るために大統領に語ったものだ。首相は翌日、これを覆した。

 首脳会談から3カ月を経ても移設先は決まらず、同盟の空洞化を招いているのが現実だ。国防の最前線にいる自衛官が危機感を持つのは当たり前といってよい。

 文民統制とは政治が軍事をいかにコントロールするかであり、国の防衛政策の最終決定権を政治が支配することでもある。

 自衛隊法61条は「政党または政令で定める政治的目的のために政治的行為をしてはならない」と規定する。陸自幹部の発言はこれに抵触しておらず、政治的中立性をいささかも損なっていない。処分は不当である。

 政策決定過程で幹部自衛官がもっと議論し、政策に生かすことの方が重要だ。米国では軍の責任者による議会証言が定着しており、軍事政策の決定過程でも一定の発言権を有しているといえる。

 平成20年10月、「村山談話」を批判する論文を発表して更迭された田母神俊雄前航空幕僚長の問題についても、政府や国会は異なる意見を封じようとした。

 安保政策や憲法論のひずみは、こうした本質を避けようとする政治の対応から生まれていることを忘れてはなるまい。

2010年2月14日


いつもながら全く素晴らしいとしか言いようがありません。こんなところに田母神さんを持ち出してくるのはファンサービスであるとは思いますが、やや慎重さを欠くきらいがあります。これでは中沢さんには辞めてもらわなければならないという話になってしまうのではないでしょうか。しかもその後の面倒は産経さんが看なければなりません。

辞めてもらっても一向にかまわないわけですが、中沢さんの発言は鳩ポッポ発言を意識したものであり、しかもそれに批判的な立場から語られているということは明らかであって、産経さんだって、これを「政府や国会」とは「異なる意見」であることを示唆するに吝かではありません。

参詣さんが「処分は不当」だというのは「同じ意見だ」という意味なんですが、かつては政権党の機関紙として鳴らした頃の癖が抜けきっていないようです。あえて身の程を知れ、とかは申しませんが、今では惨刑さんは政府の代弁者ではなくなったことを自覚すべきでしょう。それとも単に産経新聞では「正当」を「不当」と書くのかもしれません。画数が1足りないような気もしますが、こうやって数を勘定して部数を水増ししたりしている可能性があります。

ところで盗人にも三分の理があり一寸の虫にも五分の魂があるのですから1等陸佐の言うことにもちょっとくらいの理由がないわけでもありません。田母神さんのようにデタラメの孫引きをいい加減に並べたてた「論文」と同日に論じるべきものではありません。

その「本質的な議論」によれば日米関係は「信頼関係」ではないとのことであります。だからと言ってどっかの御家庭のような疑心暗鬼、携帯電話を覗き合うような険悪な関係であるかどうかは知りませんが、とにかく「信頼」とかそういう、生意気にも対等であるかのような関係ではない、というのが中沢さんの発言の「本質」であります。

中沢さんとしてはあたかも日米共同訓練に際して、日本軍と米軍との関係を再確認したに過ぎません。要するに日米関係は「信頼関係」ではなく、指揮命令関係なのです。信頼だのトラストだのカルテルだのコンツェルンだのという関係ではありません。信用できない奴は錘を付けられて海底に沈むのです。「自衛隊」とか言っているものは米軍の一部隊なのです。命令があり服従があります。仮に「信頼」があり得るとしたら、それは命令という行為が前提する不服従の発生する可能性の逓減のことに他なりません。

この発言は様々な問題を一挙に解決する点で優れたところがあります。例えば憲法第9条に関する論争は無意味です。世の中には自衛隊が「陸海空軍その他の戦力」だと思っている人もいるかも知れません。それは間違いではないのですが、「これを保持」しているのは日本ではありません。日本国憲法はアメリカが「陸海空軍その他の戦力」だろうが核兵器だろうがメーサー砲だろうが保持する事を妨げるものではありませんし、日本は現憲法下で「戦力」を「保持」したことなど一度もないのです。

したがって日本にとって「国防」におけるところの「国」とは何か、とか、日本列島に住んでいる人の利害にいわゆる「外国人」が関与するかどうかなどという問題も発生しません。中沢さんのものの見方に従えば、「外国人参政権」とは日本で日本人が参政権を持っている事がすなわちそれなのです。

巧妙にして遺漏なき産経さんは「文民統制とは政治が軍事をいかにコントロールするかであり、国の防衛政策の最終決定権を政治が支配することでもある」と書いていますが、何処の国の防衛政策をどこの政治が支配するかという点についてはついうっかり、予定通りに書き漏らしたのは誠に賢明であります。この点を明らかにしない限り、参詣さんとしては「国家」をめぐるあらゆる愚にもつかない寝言を書き続けて全くオーライなのです。

そのような、問題にすべき「国家」が存在しないということになると連中の商売は上がったりなのであって、明日もご飯が食べたい産経さんにとっては中沢さんのようなことを口走るのはタブーです。したがって中沢さんは「処分」されなければならず、それは全く正当なことなのです。その意味で、「正当」を「不当」と書く限りにおいて、産經新聞にとって、中沢さんの処分は「不当」極まりないものなのでした。


posted by 珍風 at 21:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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