2010年03月12日

教員は手始め、次はオマエだ

教員の違法な政治活動、自民などが罰則法案

 自民党とみんなの党は10日、教員が違法な政治活動をした場合、3年以下の懲役か100万円以下の罰金を科せられるようにする教育公務員特例法の改正案を衆院に提出した。北海道教職員組合(北教組)が民主党の小林千代美衆院議員陣営に違法な選挙資金を提供したとされる事件を受けてのことで、自民党の義家弘介参院議員は記者会見で「法律違反の行為を断れる根拠をつくってほしい、という声は教員からもきている」と語った。
 北教組が加盟する日本教職員組合(日教組)は民主党の主要な支持団体の一つで、衆院で民主が多数を占める現状では、法案がすぐに通る状況ではない。ただし、世論の批判を受け、鳩山由紀夫首相は国会答弁で同法の見直しに言及。民主党内にも「国民の広い支持を得ることを考えれば日教組との関係にこだわらない方がいい」という声が出ており、今後議論が進む可能性がある。
 教育公務員特例法は18条第1項で教員の政治的行為を制限する一方、第2項では、違反しても刑事罰は受けないとしている。1954年の同法改正時、国会で「教員のことは教育界の内部や教育行政の手によって矯正されるべきだ」という意見が出て、刑事罰が見送られた経緯がある。

2010年3月11日 asahi.com


「教員からもきている」、なるほど、一時「教員」だったこともある義家さんからも来てますな。

天下の朝日新聞は、教育公務員特例法において教員の政治的行為に対する罰則が謙抑的である事実に対してひとつの解釈を提示しています。しかしそれは、当時こんな意見があったから、という表面的な事実関係の指摘に留まるものでしかありません。

同法が一定の身分関係に基づいて基本的人権を制限するものであることを忘れてはなりません。これは本来やってはならないことなのであり、そうであるからこそ「「教員のことは教育界の内部や教育行政の手によって矯正されるべきだ」という意見」が影響力を持ったわけです。つまりその「意見」には、それをもって「刑事罰が見送られ」るだけの根拠があったわけで、単にそのような意見が存在したというだけの問題ではないのです。

「政治的行為」というものは、時の政府の政策によって受益する集団においては特に必要とされません。したがって「政治的行為」が存在するならば、「教育公務員」と政府の間に何らかの対立が存在することになるのであり、そこでは「教育公務員」の側に不利益があるわけです。

教育公務員特例法における政治定期行為の制限は、公務員においては政府と利害を共にするものである、という前提に立つものです。しかしながらこれは極めて不自然な前提です。実際には政府と公務員との間には使用者と被使用者の関係が存在するのであり、この2社の間に利害対立が存在することは認められているのです。

そして政府の政策は、公務員にとっては民間企業における労働者の処遇に関する規定と同じ意味を持つのであり、したがって公務員においては政府との対立関係が存在することが当然に想定されるのです。

そこで公務員の「政治的行為」に関しては、それを制限することが国民に認めれた権利を制限することが出来る特殊な場合、として考えられているのです。これは語の本来の意味での「特例」であって、これについてはより尊重すべき、上位の原則が存在していることを前提としてそれに対する「特例」として位置付けられます。この上位の原則との関係において、それを制限するにしても抑制し過ぎないことが求められることになるでしょう。

このような場合、一応は制限されているわけですが、必要な場合にはこの「制限」が停止されることを暗黙に想定しているのではないでしょうか。「教育公務員」といえども国民の一員であり、主権者として「政治的活動」を行なうことが期待される局面があるわけです。そのような場合において必要な「政治的活動」を掣肘しないようにしておかなければならないのであって、その点において「違反しても刑事罰は受けない」理由が見いだされるでしょう。

ここには「抵抗権」の概念が生きているものと思われます。イザというときには「法」に反することが必要になるのであり、「法」に反する行為を、「法」が半ば「支援」するのであり、これは「法」に仕込まれた調整機能なのです。

したがってこのような行為に重い罰則を定めることは、国民の主権者としての行為を否定するものに他なりません。つまり、今のところ法によって妨げられているものの、可能な限りにおいて国民による政治的介入を排除しようとしているわけです。教育公務員特例法は、そういうことも出来るように作られているのです。

要するにたまたま公務員においてはそういうことも可能なようになっているわけですが、それを良いことにそれをやってしまうのであれば、それは国民の主権をいくらかでも奪い取ろうという意志を持つことを表明するものに他なりません。そのような連中がつい去年まで政権を保持し、司法判断まで歪曲して来たことを考えると慄然とするわけですが、国民が賢明にも権利を奪われる前に「政権交代」が行なわれたことを考えると、あぶねえところだった、と思うべきでしょう。


posted by 珍風 at 00:00| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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