2010年04月15日

核をもとあったところに戻して巨大ウナギの逆襲

テニアン島は北緯15度00分 東経145度38分に位置するアメリカ自治連邦区北マリアナ諸島の一部であり、面積は約100㎢、サイパン島からの距離は8q。主な産業は観光。話題の観光スポットは鳥居の廃墟です。

国外可能性「強く確信」 照屋氏「テニアン」報告
平野氏に検討要請へ


 【東京】米軍普天間飛行場移設問題をめぐり、社民党沖縄基地問題対策プロジェクトチーム座長の照屋寛徳国対委員長は12日、同党が移設先として提起するグアム・北マリアナ諸島の視察報告会見を開き、「在沖海兵隊の受け入れに前向きな意見を聞き、グアム・北マリアナ諸島への実現可能性を強く確信した」との考えを表明した。早ければ週内にも平野博文官房長官に同地域への移設を具体的に検討するよう申し入れる。

 照屋氏は同諸島議会のテノリオ下院議長やデラクルス・テニアン市長との意見交換で、海兵隊駐留の経済効果や雇用創出、インフラ整備を期待する声が相次いだと指摘。同時に、「経済効果だけでなく、海兵隊の受け入れで米本国に忠誠心を示したいという思いもあるようだ」と説明した。

 同諸島の上・下両院、テニアン市評議会で日米両政府への誘致決議に向けた機運が高まっていることにも触れ、「テニアン以外に、諸島内のロタ島も移駐を希望する意見がある。地元としては日米間で財政支援を盛り込んだ協定を結んでほしいという考えだった」と述べた。

 視察に同行した高嶺善伸県議会議長は「国外移設の可能性を県民に知らせ、どんな活動ができるか県議会内で議論したい」と語った。

2010年4月13日 沖縄タイムス


テニアン島といえば広島・長崎の原爆も空襲もみんなそこから飛んで来たんでした。1944年に「テニアンの戦い」でアメリカはここを獲ってB−29の基地として整備し、毎日のように日本に向けて飛び立っていきました。

テニアンの戦いでは日本軍守備隊は民間人の安全に配慮したといわれ、角田中将は民間人の自決を止めたともいいます。もっともその民間人というのは主に日本人ですが。

それまでは日本の委任統治領で、日本海軍は南洋最大のハゴイ飛行場をここに持っていました。ハゴイ飛行場が完成したのは1939年ですが、それまでに南洋開発が沖縄や東北から移民を募ってテニアン島の開発に入り、東洋第2の大規模な砂糖工場などを運営していました。

日本による開発は1916年から行なわれ、無人島であったテニアン島に日本人とサイパン島民が移住して開墾を始めた他、丸喜商会がヤシを栽培しようとしたものの害虫と旱魃に遭い失敗しています。南洋開発が入ったのは第1位次大戦のドイツ敗北により正式に日本の委任統治となった1920年以降、1926年からです。ハゴイ飛行場の建設は日本人受刑者を使って行なわれました。

ドイツ統治時代には無人島であり、野生化した家畜をハンターが狩っていました。

1898年の米西戦争におけるスペインの敗北まではテニアン島は長らくスペイン領であり、1695年にスペインが全島民をグアム島に移住させて無人島とし、家畜の放牧場としたものの後で放棄したために、野生化した家畜の島となっていたのです。グアム島のチャモロ人の一部はヤップ島に移住し、このヤップ島に移住した人たちは第2次大戦後に再びテニアン島に戻って来ます。

イエズス会は1668年にグアム島にサンヴィトレス神父ら5人が上陸してキリスト教の布教を開始します。宣教師は島民の生活習慣に干渉して反発を買い、サイパン島とグアム島で宣教師が殺害されますが、スペインはこの報復として軍隊を派遣、島民を虐殺しました。感染症も持って来たのでチャモロ人の人口は1710年には3539人にまで削減されました。

マリアナ諸島はスペイン王フェリペ4世の王妃マリアナにちなんでサンヴィトレスが命名したもので、1521年にグアム島にやって来たマゼランが「発見」した時には、ラドローネス(盗賊/泥棒)諸島と呼ばれました。

これは飢えに苦しんだマゼラン御一行がグアム島で島民を殺して食糧を奪ったところ、奪還されてしまったことに由来します。どっちが泥棒だかよく分かりませんが、とにかくマゼランは腹を立てて島に焼き討ちをかけたといいます。

それまでは先住民族チャモロ人の人口は4万から6万、後にマリアナ諸島と呼ばれる地域で平和な自給自足の生活を送っていたとされております。一方その頃北の方の大きな島国では島民がお互いに殺し合っていましたが、489年後に

首相 来月末までに決着させる


鳩山総理大臣は15日朝、記者団に対し、沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設問題について、あらためて来月末までにアメリカ側と移設先の自治体の合意を取り付けて決着させる考えを示しました。

鳩山総理大臣は14日までアメリカを訪問し、普天間基地の移設問題をめぐって、オバマ大統領と非公式に会談し、来月末までの決着を目指す日本政府の方針に協力を求めました。これに関連して、鳩山総理大臣は、記者団が「来月末までの決着というのは、アメリカと地元の合意が得られた案が発表されるということか」と質問したのに対し、「決着は決着だから、そのとおりだ。『これでいこう』と、お互いに認められた状況を指す。何としても、その状況を作りたいと思っており、オバマ大統領にも、そのことに強く協力を求めた」と述べ、あらためて来月末までに、アメリカ側と移設先の自治体の合意を取り付けて決着させる考えを示しました。

2010年4月15日 NHK


「合意」出来る「自治体」は北マリアナ諸島くらいしかないと思われますが。「米本国に忠誠心を示したいという思い」では日本も同じだったりするのが困った点です。ここはひとつお互いに譲り合いましょう。日本にはまだまだ忠誠心の証しが沢山あります。


posted by 珍風 at 12:09| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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