2010年05月09日

ポスト・ポストモダン・マンコ

30年来の疑問が氷解したという人もいるでしょう。いないか。

【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 鳩山政権を蝕む「反国家」の思想


 国家といいたくないから市民社会といい、国民ともいいにくいので市民というような感覚の指導者が日本には少なくない。往時の自民党の大幹事長が“私は国民というより市民という表現を好む”といった趣旨のことをテレビで語っていたのを思い起こす。

 鳩山由紀夫氏が首相になるしばらく前まで「地球市民」という言葉を多用していたと友人から聞かされた。“日本は日本人だけが住まうところではない”と書いた鳩山氏の文章を読んで強い違和感を覚えたことは私にもある。

 ≪国家や共同体の価値認めず≫

 首相の言葉遣いがあまりに軽佻(けいちょう)浮薄、閣僚の発言もばらばら、一体、指導者が日本をどこに導いていこうとしているのかがまことに不鮮明だ、というのがマスコミによる現政権批判の常套(じょうとう)句である。

 そうだろうか。永住外国人への地方参政権付与や選択的夫婦別姓制度や人権侵害救済のための法案などがいずれ上程される可能性がある。東アジア共同体の創成といった構想も打ち出されている。これらを眺めるだけでも、民主党の政治家たちが胸中に秘めている思想の在処(ありか)にはある特定のベクトルがあって、彼らがめざす日本の将来像は決して不鮮明なものだとは私には思えない。むしろ思想は鮮明なのではないか。

 国家とか共同体といったものに価値を求めず、国家や共同体に拘束されない自由な「個」を善きものとみなす思想である。主権国家という空間、国民国家が紡いできた歴史、つまりは空間的、歴史的な「境界」概念を希薄化させ、むしろ境界意識を無効化させることが「個」としての「市民」には欠かせないという規範である。

 この規範が「ポストモダニズム(超近代)」なる思想である。思想としては曖昧(あいまい)で多義的に過ぎよう。しかし、むしろ定義が曖昧で多様な意味と感覚を盛り込めるがゆえに社会の「雰囲気」を包容的に示し、しかもこの概念には、問わず語りに社会の向かうべき方向性までが暗示されている。

 ≪現実性欠いた東アジア共同体≫

 特定の領域と領域内に住まう人々のうえに君臨する唯一の合法的な権力が国家であり、武力とナショナリズムをもって自国を防衛するという主権国家の時代が「モダン」である。対照的に「ポストモダン」の時代においては、経済や立法や防衛などについては主権国家の意思決定にかえて国際的な枠組みや条約が強力となり、内政と外政の区別が曖昧化し、かかる状態を求むべき規範とする思想がポストモダニズムである。

 確かにEU(欧州連合)においては単一市場が形成され、単一通貨ユーロと共通通商政策が導入され、これらを保障するEU法が国内法に優先する超国家的統合が実現されつつある。安全保障面からみればEUは「不戦共同体」となったかの感がある。人々はナショナリズムから遠く離れ、「個」としての市民的自由のありようのみが問われるべき関心となっている。

 しかし、日本はEUの一員ではない。日本はナショナリズムと反日を国是とする「モダン」の国々を近在に擁する。ナショナリズムと反日の海の中で、日本がひとりポストナショナリズムの涼しい顔で船を漕いでいるという奇妙な構図が東アジアである。東アジアの地政学的状況は、欧米とは異なる。にもかかわらずポストモダニズムそれ自体が「善きもの」として日本人に受け入れられ、これが欧州はもとより東アジアにおいても妥当性をもつかのごとくに思考されてしまっている。

 東アジア共同体は、共通通貨と恒久的安全保障枠組みの形成をめざすという。可能とは思われない。日中関係、日韓関係は半世紀近くをかけてなお氷解していない。氷解していないどころか、中国は尖閣諸島の領有に並々ならぬ意欲をもち、韓国は竹島の不法支配をますます強固なものとしている。東シナ海の制海権はほどなく中国に握られよう。北朝鮮の核ミサイル保有宣言もそう遠い日のことではあるまい。

 ≪夫婦別姓で家族の解体へ≫

 永住外国人の地方参政権は、地方自治体の反国家的行動の抑止を難しくさせる権利となるかもしれない。選択的夫婦別姓制度は血族・姻族・配偶関係を不透明なものとし、家族という共同体の基礎を毀損(きそん)してしまいかねない。人権侵害救済法は、「反差別」の名のもとに黒々とした情念をたぎらせる反国家集団の排除を困難とし、時に権力の内部に彼らを招き入れてしまう危険な可能性がある。

 現政権の政治家たちが抱く国家像は不鮮明のようでいて、多少とも遠目からこれを眺めれば、ポストモダニズムという危うい思想を現実化するためのいくつかの提言から成り立っていることがわかる。日本の近現代史において稀なる国家解体の思想である。

 現代に生きる日本人の多くが多かれ少なかれ抱えもつ「わが内なるポストモダニズム」を真摯(しんし)にみつめ、国家共同体としての日本に改めて覚醒(かくせい)しなければならないと思うのである。(わたなべ としお)

2010年5月4日 産經新聞


「ポストモダニズム」という「「反国家」の思想」が存在するのだそうです。そうか、「ポストモダニズム」というのは「「反国家」の思想」だったのか。確かにまあ、「国家」とは「大きな物語」ではありますが。

しかしだからといって、これで「ポストモダニズム解った!」と思って他の人に言ったりしない方が身のためでしょう。渡辺さんの「ポストモダニズム」は、通常言われている「ポストモダニズム」とはちょっと違うようです。普通に言うところの「ポストモダニズム」というと、渡辺さんのおっしゃる「国家や共同体に拘束されない自由な「個」」に対する批判から始まっておりまして、決してそういうもんを「善きものとみな」したりしていないんで。だいたい「「境界」概念を希薄化させ、むしろ境界意識を無効化」してしまったら、「個」も「境界」を失ってしまうはずでしょ。

実際に「モダン」の文脈においては近代国家の「主権」と個人の「自由」が繋がっています。このような議論は明治時代の自由民権運動の頃にやっていた話なんで渡辺さんのようなお若い方がご存じないのも無理はないのですが。「武力とナショナリズムをもって自国を防衛する」のが「モダン」だとしたら、個人もまた「防衛」のために憲法を制定する、というのが「モダン」な立憲主義です。

多分「拓大で一番モボだと言われた男」渡辺さんにとっては「ポストモダニズム」は「思想としては曖昧(あいまい)で多義的」なもんだから「多様な意味と感覚を盛り込める」シロモノなんだそうですから、嫌いなものを何でも「ポストモダニズム」と呼んで良い事になっているようです。てゆーか語の意味とはその使用であるとすれば、実際に「ポストモダン」という言葉はほとんど例外なく他人に対する悪口として使用されているわけですから、その限りでは渡辺さんも、さして大きな間違いは犯していない、と言うことも出来るでしょう。言ってあげました。感謝されてしかるべきです。本当は渡辺さんの言ってる事は単に間違いです。

それどころか、「「モダン」の国々」も何をやっているのか分ったものではありません。中国は「一国二制度」とか言って「国家」の「主権意志」は、言ってみれば「シゾイド化」しています。渡辺さんの気に入るかどうか知りませんが民主党も一部で「一国二制度」が言われていますが、中国の方が一足先に「ポストモダニズム」化する可能性があります。そして「ポストモダニズム」化した中国は、仮に日本を勢力下に置いても、天皇制を含めて「国家共同体としての日本」に手を触れる事なく統治しうるのです。もはやローカルな「国家共同体」には意味がなくなるのですから。

まあ、産經新聞としては、特にその「正論」というコラムに関しては、間違っていない事など一言半句も載せてはいけないという内規があるようですので、これはこれで良いんでしょう。世の中には「ワシントン・タイムズ」もあれば「ワシントン・ポスト」もあるんですから、「モダンタイムス」があって「モダンポスト」がないという手はありません。本当にあるんですよこれが。
http://shop.yumetenpo.jp/goods/d/exstage.jp/g/US-32206/index.shtml

実際には渡辺さんは「ポストモダニズム」どころか「モダン」も把握していないのですが、それはご自身が「モダン」どころか「プレモダニスト」だからなんでしょう。「ポストモダニズム」は「モダン」がエラくて「プレモダン」はバカだとか言って差別するような「境界」を「無効化」してくれるかもしれませんから、渡辺さんもそう悲観しなくて大丈夫です。それどころか世間は、若いお嬢さんを中心に「血族・姻族・配偶関係」とか「共同体」という近代の神話を、雑誌片手に乗り越えて近代以前に回帰するかのようではありませんか。

「パワーもらいたい」お伊勢参りが大ブーム


 三重県伊勢市の伊勢神宮への参拝者が急増している。

 内宮(ないくう)、外宮(げくう)を合わせ、昨年は800万人に迫った。今年も4月までで424万人に上り、統計が残る1896年以降で最多だった1973年の859万人を上回る勢いだ。雑誌やインターネットなどで「パワースポット」として紹介されるようになり、女性や若者の参拝者が増えたとみられる。神宮司庁も「最近の増加ぶりには驚いている」と話している。

 ◆式年遷宮PR効果も◆

 伊勢神宮の参拝者は、20年に1度の式年遷宮(せんぐう)の年とその翌年に急増しており、過去最多の73年も遷宮の年だった。それ以外の年は500万〜600万人台にとどまっていたが、遷宮の6年前の07年に700万人を超えると、08年は750万、昨年は798万人とうなぎ登りだ。その勢いは今年になっても全く衰えない。

 伊勢市や市観光協会などによると、3、4年ほど前から、女性誌などが「パワースポット」を特集するようになって、伊勢神宮でも女性や若いカップルが目立つようになり、観光案内所にも参拝の方法や手順を尋ねる若者が増えているという。

 パワースポットは、「元気をもらえる場所」「癒やされる場所」などとされている。たくさんの巨木がある伊勢神宮は、東京の明治神宮や宮崎県の高千穂神社などと並んで、多くの雑誌やネットのサイトで、「日本有数のパワースポット」として取り上げられている。

 大型連休に訪れた東京都目黒区の松本香子さん(39)は、「ファッション雑誌のパワースポットをテーマにした特集に心が動かされ、パワーをもらおうと思って、約20年ぶりに来ました」と話し、夫と子ども2人と一緒に参拝した。

 神宮司庁は「遷宮に向けて、東京や大阪などの大都市を中心にPRに力を入れており、様々なメディアで取り上げられる機会が増えたからでは」としているが、「それでも、このところの増え方にはびっくりしている」と驚きを隠さない。

 ただ、パワースポットとして取り上げられていることについては、「全国の神社にパワースポットという目が向けられているが、神宮は今も昔も変わらない。古来から続く神宮の姿に触れてもらえれば何よりだ」と話している。

 ◆式年遷宮=20年に1度、伊勢神宮の内宮、外宮の正殿や別宮など、60以上の社殿と神宝などをつくり替え、ご神体をうつす神事・祭事で、約1300年前に始まった。次回の第62回遷宮は2013年10月に、ご神体がうつる「遷御(せんぎょ)」が執り行われる。

2010年5月9日 讀賣新聞


「1896年以降」は、伊勢神宮の参拝は20年ごとの遷宮の時が多いわけです。特に1973年には最大の859万人を数えました。その次の遷宮は1993年で、839万7千人。ところが今年は遷宮の年でもないのに、4月までで既に424万人です。この数字にはゴールデンウィーク期間の参拝数は入っていませんし、これから夏休みやお盆休みという観光シーズンもあるわけですが、それも入っていません。

おそらく「雑誌やインターネット」のお蔭もあるかもしれません。神宮司庁も2013年の遷宮に向けての宣伝を怠っていません。しかしそれにしても今年は多いというのです。もしかすると今年が「おかげ年」に当たることが関係しているのかもしれません。

伊勢神宮への集団参拝である「お蔭参り」は、江戸幕府による天下統一、てゆーかいわば(渡辺さんが言いたがる)「国民」の「統合」の直後から始まります。その顕著な記録は1650年、慶安3年に始まりますが、これは「慶安御触書」の翌年です。その後「お蔭参り」はほぼ60年おきに反復されます。すなわち

1705年(宝永2年)370万人
1771年(明和8年)200万人
1830年(文政13年)427万6500人

文政の頃には60年周期の「おかげ年」が意識されていますが、その後は1867年の「ええじゃないか」が「お蔭参り」の類似現象としてあったものの、明治維新による国家神道化によって次の「おかげ年」1890年には「お蔭参り」は発生していません。

その次の「おかげ年」は1950年であり、アメリカ占領下の神道指令もあってやはり「お蔭参り」の発生を見ていません。その後の1953年から「式年遷宮」が行なわれ、以後伊勢神宮は20年ごとの遷宮を国家神道復活による「国民」統合のイベントとしているのは讀賣新聞の記事が強調しているとおりです。

「おかげ年」は遷宮とは異なる周期で訪れるものであり、国家神道の「PR」とはとりあえず関係がないようです。この辺は2012年の参拝数が有意に落ち込むかどうかに待たなければなりませんが。しかしながら今年は国家神道とその呪縛及びその反動から離れた初めての「おかげ年」であると言うことが出来ます。それに、俗にいう「パワースッポット」云々は、「今も昔も変わらない」とする国家神道の「モダン」な「物語」よりはよほど「古来から続く神宮の姿」に近いのかもしれません。

と、いうような事が画策されているのではないかという可能性があるのですが、わかったものではありません。なんかそういう神道系の陰謀論ってウケませんか。だめですかそうですか。渡辺さんの「ポストモダニズム」よりもよっぽど「ポストモダン」だと思うんでうけど。しかし「パワースポット」って言っても、名張市の近くでしょ。だからどうだというわけではないのですが、逆の「パワー」を感じるので僕は行きたくないです。まあ若いお嬢さんにでも誘われれば行くに決まってますが。そんなこと言ってもダメですか、やっぱり。


posted by 珍風 at 20:26| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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