2010年07月26日

信一・敏郎の「俺が掟だ」

内部告発の仙波氏を副市長に 阿久根市長が専決処分


 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が25日付で、愛媛県警の裏金づくりを内部告発した元巡査部長の仙波敏郎氏(61)を、専決処分で副市長に選任した。

 仙波氏によると、市長から電話を受けて会うようになり、11日に副市長就任の要請が正式にあったという。地方自治法では、副市長は議会の同意を得て選任するとしている。

 竹原市長は議会を開かないまま専決処分を乱発するなどして問題となっているが、仙波氏は共同通信の取材に対し「わたしは議会を開くべきだと考えているし、司法判断も順守すると市長には伝えてあるので、最初から衝突すると思う。批判も出るだろうが、働きぶりで評価してほしい」と話した。

 仙波氏は愛媛県警地域課鉄道警察隊の巡査部長だった2005年、県警の裏金づくりを内部告発。その報復で不当な人事異動をされたとして提訴し、県に100万円を支払うよう命じた判決が確定した。

 同市では08年、竹原市長が初当選した直後に提案した副市長人事が議会に不同意とされてから、副市長が欠員となっていた。

2010年7月25日 共同


仙波さんは1963年に愛媛県警の警察官となり、5年後の1973年7月には同期の人たちの中では最も早く巡査部長昇任試験に合格していますが、架空捜査協力費の領収書偽造を拒否し続けたため、定年までそれ以上昇進することはありませんでした。

しかし仙波さんは警察官採用試験ではトップ、初任科補修も主席で終えているという優秀な人物でしたから、警察の華ともいえる公安に誘われたり、警察の洟とも言われている暴犯担当の捜査第二課にも誘われたりしたんですが、領収書偽造を断るのでこういう話は全部なくなったそうです。

まあ最終的には、警察のそういう部分に関わらなかったことが、仙波さんにとっては最後まで警察そのものへの信頼が崩れることがなかった理由だったのでしょう。それに、それこそ外部に漏らせば本当に生命に関わるような不正・腐敗を知ることがなかったのは、愛媛県警にとっても仙波さんにとっても幸いなことであったと言えるでしょう。

経緯については下記の年譜とインタビューが詳しいです。
http://nin-r.com/semba/intro.htm
「マル特」とか「手元管理」とは何のことかとか、内部告発者については各県警から警察庁への「速報事案」に当たることになってるとか、プロの尾行や盗聴とはどんなもんだとか、オマワリさんの社会に詳しくなれます。

ところで仙波さんは真面目な警察官であったと考えられるのですが、今度は阿久根市の副市長になることに決めたようです。今年の5月ごろから竹原市長側から接触があり、7月10日に副市長就任の打診、20日までには決めちゃったみたいです。

竹原市長は仙波さんを「行政や公金の使途の監視に厳しい人物」であると評価し、「これだけ信頼できる人はめったにいない」と言っているようです。それはまあそうなんでしょうが、確かに正義感は強いと思われるのですが、遵法意識はそうでもなかったようです。これは警察官としては、あまり褒められたものではありません。

仙波さんは副市長としては「是々非々で臨みたい」とか「最初から衝突すると思う」とか言っているわけですが、残念ながらその副市長の地位そのものが法的に正当な手続によるものではなかったりします。竹原さんと「衝突」してみたところで、違法同士のぶつかり合い、電車内での女性のお尻をめぐる痴漢の手の攻防戦やヤクザがピストルを撃ち合っているのと変わるところがありません。

仙波さんは「専決処分を繰り返すやり方には無理がある」と言っていますが、自分自身が「無理」の一翼を担うことになってしまいました。それは例えて言えば領収書を偽造するようなことは良くないと言いながら公金を横領するようなものですが、仙波さんの「正義感」によれば、目的が正しいんだからいい、ということなんでしょうか。自分の思い込む「正義」が法に優先してしまうというのは、一私人ならともかく、市長とか副市長とか警察官においてはかなり問題で、僕としては仙波さんが警察内で出世しなかったのは良かった、としか言いようがありません。

仙波さん自身がこのようなことについてどう考えているのか知りませんが、盟友の東玲治さんは、上記のインタビューの中で

警察が自主的、自律的に直すということなど期待せずに、民主主義の仕組みは「しばしば組織は過ちを犯すものだ」という前提で出来ているのだから、警察がだめだということであれば知事が予算執行権者としての権限を振るえばいい


などと少しばかり乱暴な、しかしあたかも仙波さんの将来を見透かしたようなことを言っているのが興味深いですね。まあ知事じゃなくて市長ですが。仙波さんは友達に影響されたのかも知れませんし、元々そういう人だったのかも知れませんが、東さんも大事なところを言わないで先に死んでしまったのは残念です。それは、民主主義の仕組みは「しばしば組織は過ちを犯すものだ。しかし個人が犯す過ちに比べればまだマシだ」という前提で出来ている、というようなことです。


posted by 珍風 at 05:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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