2010年07月27日

ヤクザに学ぶ人間力TM

昨日紹介した仙波さんのインタヴュー
http://nin-r.com/semba/intro.htm
は、当然
http://nin-r.com/
の中にあるわけです。ここは岡本呻也(本名は伸也)さんのところで、「人間力」の正真正銘の総本山です。岡本さんも各ページでいちいち断っているように、「人間力」は「登録商標」(登録第4998183号)であり、御丁寧にも商標登録証の画像も掲げられております。普段あんまり見かけないものだから見ておきましょう。
http://nin-r.com/10.htm

なんとこれが偽造でも洒落でもなく、本当に登録してあるから呆れたもので

(111)【登録番号】 第4998183号
(151)【登録日】 平成18年(2006)10月27日
(210)【出願番号】 商願2006−6899
(220)【出願日】 平成18年(2006)1月18日
   【先願権発生日】 平成18年(2006)1月18日
   【最終処分日】
   【最終処分種別】
   【出願種別】
   【商標(検索用)】 人間力
(541)【標準文字商標】
(561)【称呼】 ニンゲンリョク,ニンゲンリキ
(531)【ウィーン図形分類】
(732)【権利者】
   【氏名又は名称】 岡本 伸也
   【類似群】35B01 36G01 41A01 41C02 41C03 41E01 41E02 41E03 41E04 41E05 41F06 41J01 41K01 41K02
   【国際分類版表示】 第8版
(500)【区分数】 2
(511)
(512)【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】
35
経営の診断又は経営に関する指導・助言,企業の経営に関する指導・助言,市場調査,商品の販売に関する指導・助言,企業の人材育成に関する指導・助言

41
当せん金付証票の発売,技芸・スポーツ又は知識の教授,コンサルタント・インストラクターの育成及び認定,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,美術品の展示,映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営,映画の上映・制作又は配給,演芸の上演,演劇の演出又は上演,音楽の演奏,放送番組の制作,教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。),興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),運動施設の提供,娯楽施設の提供,映画・演芸・演劇・音楽又は教育研修のための施設の提供


この「岡本呻也「人間力」パワーアップ講座 人間力ラボ」、「カラボ」とか「空呆」ではなくて「人間力」の「ラボ」ですから日本語は難しいですが、賢明なる岡本さんは「人間力」と「ラボ」の間に毛が三本生えた人の絵を挟んでいますから大丈夫なのです。

これでもって「どんな人でも「できるビジネスパーソン」への道が近くなる」てえんですからこたえられませんが、「パー」になって「損」をしたい人はしてもらうとして、トップページから仙波さんのところまで行くにはトップページの「メディア」タブをクリックして、開いたページの下の方に「リンク」として「日本の会社、いかがなものか」というのがありますからその文字列をクリックすると、青い文字ばかりの地味なページが開きます。

「国防」について「プラクティカル」に考えたりなんかしているようですが、その中に「裏金告発の行方」というのがあって、そこをクリックすると
http://nin-r.com/semba/intro.htm
に着きます。

したがってインタヴューの中で「運営者」とされているインタヴュアというのは岡本さんに他なりませんが、下の方の青いボタンをうっかり押すと岡本さんの人となりが全開で、「人間力TM」はともかく「新日本人」だとか「新日本国」だとか、こともあろうに「われわれが革命に必ず成功する2つの理由」だとか、悪い宗教のページに迷い込んだかと思いきや、もっとも良い宗教って何のことだか分かりませんが、結局はなんのことはない

 タコ足経済では、日本の将来はお先真っ暗ヤミです。どうすればタコ足経済を打破できるでしょうか。そのために必要なもの、それが「構造改革」だとわたしは思います。

 「構造改革とは何か」という定義については、これといってい決まったものがあるわけではありませんが、わたしは「マーケットを重視して、市場主義を徹底すること」と定義するべきだと思っています。

http://www.ne.jp/asahi/shin/ya/desk/win1/005.htm


「タコ足経済」については岡本さんが書いているので省きますが、どうでもいいです。こういうのは今も昔も変わりません。なんだか知らないけど「将来」がヤバくて、そのためには市場至上主義で全てオーライであるという、新自由主義の美しいおとぎ話が楽しそうに綴られています。こういう過去の誤謬を恥ずかしいというので、普通の人は隠したりするんですが、さすがは岡本さんは「人間力TM」の人だ、堂々と晒しておられます。まだ気がつかないだけかも知れませんが。てゆーか気がつかなくてまだ同じことやってる人いくらでもいますね。懲りない連中ですが、自分は儲けたんだから懲りるはずがありません。

で、岡本さんとしては仙波さんの経験が、岡本さんの「旧来の組織は悪い」という持論に適合すると思ったようです。だから「日本の会社、いかがなものか」の中に入っているわけです。ちなみに、仙波さんもそうですけど、オマワリさんって自分の属する警察組織のことを「ウチの会社」って言いますな。

そんな岡本さんですが、じゃあその警察をどうしたら良いか、という点について、東さんの提案に興味を示すことは出来るようです。東さんは「知事が予算執行権者としての権限を振るえばいい」とかいい加減な事も言っているんですが、その一方では

運営者 もうひとつ、東さんの非常に面白い指摘として、「争議権はダメだとしても、警察官に団結権を与えよ」というご提案がありますね。これは面白いですね。

東   内部告発をした警察官は、逃げ込む場所がないんです。異端視されたら孤立するしかないという仕組み上の問題がある。だから守ってあげないといけない。
 かつての組合というのはそういう機能がありました。それが組合の本来の目的ではないけどね。

運営者 この県においては、3代前の白石知事の時代にそうしたものが徹底的に潰されてしまいましたからね。

東   「一応あることはあるよ」という形で、職員組合は残ったね。「すべて取り上げて縛ってゼロにする」というのは仕組み上まずいから、潰すのは簡単だけど形だけ生き長らえさせてもらっている。

http://nin-r.com/semba/39.htm


ここで東さんは労働組合を「逃げ込む場所」として必要であると言っています。たしかにそれは労組の「本来の目的」ではないかも知れませんが、組織内に対立組織が形成されることによって、組織があまり悪い方に行かないようにする、というのも労組の機能のひとつでしょう。

新自由主義の人は労働組合などは嫌いかも知れませんが、今の日本の多くの労働組合は彼等の良き友人ですし、特に岡本さんに取っては「人間力TM」を売りつける大事な顧客でもあります。労組は経営者に言われて、代わりに「人間力TM」を買いにパシらされています。
http://nin-r.com/07.htm

もっとも、こういう話を面白がっているのは岡本さんと東さんだけでして、仙波さんはというと

運営者 それで仙波さんとしては、愛媛県警に今後どのようになってもらいたいと思いますか?

仙波  原点です。原点に返ってほしいです。
 原点というのは、われわれ公務員、特に警察官というのは服務宣誓をするんですよ。
 「私は、日本国憲法および法律を擁護し、命令、条例および規則を遵守し、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従って不偏不党かつ公平中正に職務を遂行することを厳粛に誓います」と。

運営者 そうですね。

仙波  そういう宣誓をしてるわけです。その通りにすればいいんです。そうでしょう。お金にとらわれたりしてはいけない。公平中立であらねばならない。不偏不党という通り、どこにも属してはならないんですよ。

運営者 裏金づくりにこだわったり、業者から物品をもらったりしてはなりませんね。

仙波  それが原点です。それさえ守ればね。

http://nin-r.com/semba/35.htm


運営者 警察官の仕事って何なんでしょうね?

仙波  「何か困ったことがあれば、警察に相談しに行けば何とかなる。物を取られたら、警察に行けば一生懸命探してくれるんだ」という信頼感が最低限必要だと思うんです。今は、それがないんです。ニセ領収書を書かせる方も、書く方も、それをやった瞬間にその信頼感が失われることを知るべきなんですね。

http://nin-r.com/semba/37.htm


「原点に返って」、「信頼感」を得ろと言っています。残念な考え方です。「信頼」されている組織がロクなことをするはずがありません。民主主義は個人や組織への不信を基に成り立っています。それは対抗組織を制度内に繰り込むことであり、「信頼」したり「参加」したりすることではないのです。

これは地方自治体においても行政庁と公務員組合との関係がそれに当たる、てゆーかそうであることが望ましいと考えられますし、行政の長たる首長と議会の関係もそうです。このような制度的な対立関係を忌避して非民主的な独裁体制を志向する竹原さんと仙波さんが仲良くするのは当然の帰結であると言って良いでしょう。

もっとも、馬脚をあらわした「正義の人」仙波さんも問題の所在にはうすうす気がついてはいるようです。

仙波  裏金の告発をして以来、僕の所属する部署では酒の席はなくなりました。一度もありません。歓迎会も送別会も忘年会もやらなくなりました。それまでは飲み会の席では、警官が不祥事を起こしたような話題が出ると、必ず誰かが「何やかんや言うてものう、一般の県民は何かが起こったら警察に言うてくるしかないんよのう」という話が出るんです。それはそうでしょう。物を取られたからといって県庁や市役所には行きませんよね。
 「だけどそこには、警察に行ったら絶対助けてくれるという信頼がある。それを裏切ったらいかんだろう」と言うと、「どうしてか? 警察に行くしかないんだから。不満があっても、結局は警察に行くしかない」と他の連中は言うわけです。気にもしていない。

運営者 それは警察しかない理由は、2つ同じ機能を持つ役所を作ったら税金のムダだからですよ(笑)。 それに胡座をかいていてるわけだ。

http://nin-r.com/semba/29.htm


「信頼を裏切ったらいかん」というのは良い心がけですが、「不満があっても、結局は警察に行くしかない」のが現実です。「服務宣誓」のような「心がけ」で組織がどうにかなるという考え方は、問題である、という以前に無能で無責任でしかないでしょう。竹原さんとは良いコンビでありますが、その半面「正義の人」の看板がありますから、利用価値は絶大、というわけです。騙される奴もいるでしょう。

警察にはそれに対立して牽制すべき組織が存在しません。公安委員会がありますが、それこそ名ばかりで、公安委員会の事務所は警察にあったりしますし、そこで事務を執っているのはオマワリさんです。何より公安委員会には警察に対抗出来る制度的及び物理的な強制力がないのです。言うことをきかないオマワリは射殺するくらいでないと、とてもじゃないが勝ち目はありません。

もっとも、「一般の県民は何かが起こったら警察に言うてくるしかない」わけですが、「一般」でない人々にとっては話は別です。人によっては、警察が手を出せないところで「お兄ちゃん」が守ってくれることがあり、警察も「お兄ちゃん」には手が出せなかったりすることがあります。ただし問題は、そこの事務所は「役所」ではないので、いくら税金を払っているからといって全ての市民に平等にサービスを提供するというわけではなかったりすることです。それはまあ警察も同じ様なもんですが。

しかし「一般の県民」的には脅かされて「物を取られる」ことの方が多いようで、その意味ではむしろ税務署的な機能を持ちますが、自らの組織の維持費を組織活動の被害者から強制的に取り立てるというやり方は、民主的であろうとなんであろうと全ての「権力」に共通しているんですから立派なことです。被害者のことを「受益者」と言いたがるところも同じ。


posted by 珍風 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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