2010年08月02日

美代子アメリカ気分

流出サイトに道徳的責任=軍事機密公表で米国防長官


 【ワシントン時事】ゲーツ米国防長官は1日放映のABCテレビの番組で、アフガニスタンでの対テロ戦争に関する大量の米軍機密文書が内部告発サイト「ウィキリークス」に流出した問題について、流出情報を公表した「ウィキリークスは道徳的に有罪だ」と述べ、同サイトに責任があることを強調した。

 ゲーツ長官は、ウィキリークスについて「われわれを支援してくれたアフガン人を危険にさらした。彼らはどんな影響が出るか全く考えずに公表した」と批判した。また、「敵対勢力は多くのわれわれの戦術や技術を知ることができる」と懸念を示した。

 さらに、ウィキリークスは法的責任と道徳的責任を追及されると指摘。法的には司法省が判断するが、道徳的には「評決は有罪だ」と語った。国防総省は連邦捜査局(FBI)と合同で、流出問題を捜査している。

2010年8月1日 時事


「道徳的に有罪」とは、なかなか冴えた冗談ではありますが、誰が言っても面白いというものではありません。僕なんかが「道徳的に」どうたらこうたら言ったところで、鼻で笑われるだけでしょう。こういうジョークを言うには、それだけの実績の積み重ねというものが必要なのです。

そこで「流出」した情報から、たとえばガーディアン紙電子版に掲載されたアメリカの道徳的行為の数々を、大沼安史さんのサイトから「流出」させてみましょう。

〔そこに狙ったはずのタリバン最高幹部がいかなった! 山岳部の村を米軍B1爆撃機が2000ポンド精密誘導爆弾を6発で空爆攻撃。村人300人が死亡〕


 2007年8月2日、米軍の特殊部隊はアフガン北部ヘルマンド州のバグニ渓谷に、タリバンの軍事指導者、イクラス師とその副官に追い詰めた――と彼らは判断した。

 イクラス師を囲んでタリバンの最高会議が開かれると確信した特殊部隊は、バグラム基地のBI爆撃機を呼び寄せ、現場に2000ポンドGBU−31型誘導爆弾を投下させた。

 その際、バグラム空軍基地が出した声明は「周辺に、無実のアフガン人がいないことを確認後」空爆した、と強調した。

 しかし、今回、暴露された「戦闘報告」によると、爆撃後、24時間以内に、現地の村人たちが、米特殊部隊のシナリオとは違った証言をしていることが早くも明るみに出た。

 村人たちがロイター通信に語ったところによると、現地ではタリバンによるスパイの公開処刑があり、村人はそれを見るよう駆り出されていたというのだ。そこへ、米軍の巨大爆弾が6発、降り注いだ……。

 村人たちのよると、この空爆で、タリバンを含む最大「300人」が死亡した。

 特殊部隊が追っていたイクラス師は9ヵ月後の2008年5月、ヘルムンドの南で逮捕された。
 
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/afghanistan-war-logs-helmand-bombing
    


〔自動車爆弾に壊走した海兵隊中隊が逃避中、新婚間もない16歳の女性らアフガン民間人を19人を掃射して虐殺〕


 2007年3月4日のことだった。アフガン・ジャララバード郊外でのこと。

 アフガンに3週間前、到着したばかりの海兵隊の中隊(120人)が自動車(ミニバン)爆弾の攻撃を受けた。

 海兵隊中隊の1人が負傷しただけで済んだが、中隊は懸命になって現場を離脱、道路を走る10キロ近く逃げ、態勢を立て直した。

 この壊走の際、民間人の虐殺が起きた。逃走中の4人の海兵が、目の前に現れた現地住民に対し、機銃掃射を浴びせたのだ。

 刈り取った草のたばを抱えた新婚間もない16歳の女性や、道路を歩いていた75歳の店主ら19人が殺され、50人が負傷した。

 事件発生から1時間後、ジャララバードの現地当局者は海兵隊中隊に「民間人28人が死亡」と伝え、中隊に駐屯地に戻るよう求めた。

 中隊は2時間後、状況を確認しに現場に戻ったが、駆けつけたAPのカメラマンやテレビ局のデジタルカメラの映像を無理やり消去させた。

 この虐殺に抗議してジャララバードではその数日、抗議デモが続いた。
 
 この事件を知った米陸軍(海兵隊ではなく!)の某大佐は「大変な過ち」を犯したと責任を認め、犠牲者に遺族に1人あたり2000ドルの弔慰金を支払った。

 これに対して海兵隊側が反発、再調査を求めた。再調査は17日間、行われ、1万2000頁もの報告書がまとめられたが、闇に葬られた。海兵隊の数人が「訓戒」処分を受けただけだった。

 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/afghanistan-war-logs-us-marines 



〔「白に青」ファイルより〕



 本ブログの第一報 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/07/post-4d12.html
 で、内容を詳しく紹介しなかった、米軍によるアフガン民間人虐殺――これを米軍用語で「ブルー・オン・ホワイト」というそうだ)事件を、ここに記すことにする。

 いずれも、これまで米軍によって、これまで蓋されていた事件。犠牲者のためにも――アフガン戦争の実態を知るためにも、「日本語化」しておかねばならない。

 以下はいずれも、ガーディアン紙 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/afghanistan-war-logs-helmand-bombing による。


 〈タンク車に群がる人々に対して、ドイツ軍司令官の要請で、米軍のF15が出動、「純粋な武装勢力56人」を空爆で殺す……実は民間人最大70人が犠牲に〉

 2009年9月、アフガン北部クンダスで、燃料輸送車2台がハイジャックされ、群集が略奪を始めた。

 これを知ったドイツ軍司令官が空爆を要請。F15ジェット戦闘機が1機出動、「周辺に民間人がいないのを確認し」空爆攻撃を行った。

 「純粋な武装勢力」56人を殺害したが、その後の調査で、30〜70人の民間人が犠牲になっていることが明らかになった。


 〈ロケット攻撃と爆撃で民間人26人が死亡〉

 2008年8月30日、米軍特殊部隊「スコルピオン26」が、ヘルマンドの「タリバン」をロケット攻撃。空軍機も出動し、500ポンド爆弾を投下、「タリバン、24人」を殺害した。
 
 誤認だった。9日後、「戦闘報告」は、スマート爆弾のシステム・エラーで誤爆し、「26人の民間人」が犠牲になっていた。


 〈ポーランド軍 結婚式を砲撃〉

 2007年8月16日、ナンガー・ケール村で行われていた現地の人の結婚式に対し、ポーランド軍が砲撃を加えた。6人が死亡した。IED(路肩爆弾)の爆発に対する復讐とみられる。

 「戦闘報告」には、妊婦も負傷、お腹の赤ちゃんが死亡した、とあった。

 ポーランド軍兵士は帰国を命じられ、裁判にかけられたが、上層部の介入で判決を出すに至らなかった。


 〈フランス軍 こどもの乗ったバスを掃射〉

 2008年10月2日、カブール郊外のタンギ・カライ村で、フランス軍兵士が「輸送隊に接近してきたバスを掃射」した。

 子ども8人が負傷した。


 〈米軍、バスを掃射。乗客4人を殺害〉

 2008年12月12日、ガズニー北部の道路上で、米陸軍第506歩兵連隊第1大隊に対して、バスが接近。大隊の兵士一人が旗を振って停車を指示したが、従わないためマシンガンで掃射。乗客4人が死亡、11人が死亡した。

 バスの運転手は米兵を山賊と疑って速度を落とさなかった。それだけのことで……。

http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/07/post-e9b2.html


単なる無断転載ですが、それを「流出」というんです。これだけで400人以上の民間人に「道徳的陶冶」を施していますが、「1人あたり2000ドルの弔慰金」というのが現地での虐殺相場であるようで、流出した資料によるとこれをなんと10万人分支払っているといいます。

こういうことをバラすのが「道徳的に有罪」なんだそうです。どっちが「有罪」だかわからないわけですが、「道徳」とは元来、共同体内の規範です。支配層には支配層の「共同体」がありますから、そこから見れば民間人を10万人殺すことは何ら問題を生じないことは明らかです。ただしこれを公にすることには問題があります。

いくら戦争でも民間人を殺害することを禁じる道徳的規範が存在します。これは近代国家の成立に際して支配層がその道徳の輪を被支配層に拡張して「国家共同体」というようなものがあることにしたわけですが、そのときに被支配層を少しは大切に扱うことにしたわけです。一種の取引のようなもんで、利害を共有していることにしなければ「共同体」というわけにはいかないもんですから。被支配層も仲間に入れてもらった、そのかわり今度から「国家」が共同体だから、ガイジンは違うわけです。

おそらく、この「国家共同体」の規範を交戦国が相互に尊重することによってガイジンの民間人に対する殺害も「やや」禁止を受けることになるでしょう。これは共同体間の道徳のようなものですが、同類を殺害し難いという人類一般の傾向と矛盾するものでもなかったので、広く受入れられているようです。

したがって、相手が外国の民間人であっても、民間人の殺害は自らの「国家共同体」内の被支配層に対する裏切りとなります。これが明るみに出ることは「国家共同体」が実際には支配層の共同体が被支配層に押し付けた仮構であることを暴露するだけですが、「国家共同体」が存在するとした場合にはそれを崩壊に導く「道徳的」な罪になるでしょう。

そこでゲーツさんは「国家共同体」の修繕に励むことになりました。むしろ臆面もなく「われわれ」と言い、被支配層をゲーツさんの「われわれ」に再び招待します。そして共同体的道徳感情という、あまり深い考えはないのに火がつきやすい野蛮な心性に点火し、アサンジさんを「われわれの道徳」の敵として名指します。これはつまり国家によるリンチへの呼びかけです。

一方その頃『タイム』誌の表紙は鼻のない女の人です。アメリカと同じくらい野蛮で偏狭なタリバンにやられたそうですが、これはまた違うルートから責めています。アメリカの被支配層は、今度はアメリカ国家と同じくらい野蛮で偏狭なタリバンに被害を受けた、いわば同胞として彼女を見ることになるでしょう。そして支配層への怒りがそのままタリバンに向かうようになることが期待されています。このようにして「国家共同体」意識と、それとは矛盾する被支配者としての意識をそれぞれ刺激されるのでワケの分からなくなって怒りを感じることが望ましいとされるでしょう。そんな気分になるのが戦争というものです。


posted by 珍風 at 08:43| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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