2010年11月18日

オナ軍団の暴力クラウド

仙谷官房長官、抗議受け謝罪 「自衛隊は暴力装置」


 仙谷由人官房長官は18日の参院予算委員会で、自衛隊を「暴力装置」と表現した。質問者の自民党の世耕弘成氏から抗議を受け、「実力組織」と言い換えた上で「不適当だった。自衛隊の皆さまには謝罪します」と述べた。

 仙谷氏は、公務員の政治的中立についての答弁で「暴力装置でもある自衛隊、ある種の軍事組織だから特段の政治的な中立性が確保されなければならない」と発言した。

2010年11月18日 共同


仙石さんは「オトナの事情」で言い換える事になりましたが、別に間違ったことを言ったわけではありません。「自衛隊」が「軍隊」であるかどうかということもこの際どうでもいい事で、警察も「暴力装置」です。「警察予備隊」として発足した「自衛隊」は「予備暴力装置」なのかも知れませんが、言い換えるとすれば「実力組織」なんてのよりも「自暴隊」の方がカッコいいと思います。

まあ考えてみれば、ヤクザの人に「お兄さんは暴力団の人ですか?」などと言うとやはり怒られてしまうようですから、「暴力」という言葉は人の心を揺さぶるものである事は間違いがありません。したがってこれからはヤクザの事も「実力団」と呼ぶ事が必要です。なんか「実業団」みたいですが。

もっとも、「政治」というものは「暴力」の隠蔽工作の一揃いのことなのかも知れないのですから、こともあろうに「国会」の場で「そんなこと」を言うのは「いくらなんでも」ちょっとアンタ、という世耕さんの気持ちも分からないでもありません。もしここで仙石さんが「言い換え」をしなかったら、おう、暴力上等だ、やんのかコラ、という流れにもなりかねません。

しかしながら一般の市民は警察という暴力装置とガチの勝負を強いられています。ひとたまりもなく潰される予定の白浜政広さんは、それでも敵をハッキリと「警察」と名指しています。弁護士は死にたくないので「真犯人」がやった、などと言って逃げていますが、暴力装置と命がけの死闘を繰り広げている人もいるんですから、国権の最高機関たる国会の場で国権の最低表現が展開されたとしても不思議ではないでしょう。

とはいえ、世耕さんはよりエレガントな暴力がお好みなのです。「自暴隊」が治安出動などをしなくても済むように、自民党は大日本帝国から継承した微細な暴力のネットワークを活用して来ました。それは「土地の顔役」だとか「ヤクザ」の人たちも含み、本格的な「暴力装置」と密接に結びついて社会の隅々にまで浸透している、表立たない「暴力」の装置、てゆーか最近は「クラウド」とか言うそうですが、雲を掴むような話で申し訳ありません。

なにしろ「喰らうど」と言うくらいですから「自暴隊」いや「自衛隊」もこいつに喰われちゃっているのは言うまでもありません。自衛隊が以前から「特段の政治的な中立性」なんざちゃんちゃらおかしい、という状態である事はよく知られています。あそこには思想信条による差別が厳然と存在すると伝えられております。例えばその昔、自民党と公明党の仲が悪かった頃には、創価学会に入っているような自衛隊員はみんな北海党の果てに飛ばされていたものでした。

実際にはそれは「国家の暴力装置」ではなくて「自民党の暴力装置」だったわけですが、もちろんそれは「自民党を守る」ことが「国を守る」こととイコールであったからに他なりません。この場合の「国」とはアメリカの事ですから注意が必要ですが、近頃では民主党もだいぶアメリカの言うことをよく聞くようになって来ているのですが、急に御宗旨を変えると言うのもやはり大変なようで、「自衛隊」は未だに「自(民党防)衛隊」の意識から抜け切らないようです。

「国家の暴力装置」が必ずしも「政府の暴力装置」ではなかったりもするわけですが、それが「野党の暴力装置」だったりするのはやはり剣呑な状態であると言わざるを得ません。クーデター、ということもよくある話で、「喰う出たァ」なんて食いしん坊の「オナ軍団」みたいで困ったもんですが、その時になって軍団に「実は僕たち暴力装置だったんです。今まで黙っててゴメン」と謝ってもらってもどうしようもありません。
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posted by 珍風 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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