2010年12月31日

気違いだらけ!チンポを切らせて頸を断つ

間違いだらけ!「国民共通番号制」の議論を斬る
大前研一の日本のカラクリ


税金や年金など社会保障に関する個人情報を一つにまとめる「国民共通番号制度」導入に向けた検討作業が進んでいる。
小川剛=構成


サイバーゼネコンに牛耳られた住基ネット


税金や年金など社会保障に関する個人情報を一つにまとめる「国民共通番号制度」導入に向けた検討作業が進んでいる。今年2月に大臣クラスによる「共通番号制度に関する閣僚級検討会」が発足、6月末には素案ともいえる中間報告が発表された。

それによると、使用する番号には3つの案がある。具体的には、(1)基礎年金番号、(2)住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)上の住民票コード、(3)新たな番号の創設、だ。中でも、(2)の住民票コードを活用して新しい番号を割り振る案が最も有力視されている。

共通番号の利用範囲についても、「税金のみ」「税金+年金などの社会保障」「幅広い行政分野に利用」という3つの選択肢から絞り込んでいくという。

私はこの問題について、かねてからこう提唱してきた。国民全員にID番号を持たせ、税金や社会保障のみならず、運転免許証や健康保険証、パスポート、厚生年金手帳から印鑑登録証まで、あらゆる個人情報を一つのIDで一元的に管理するコモンデータベースを構築すべきである――と。したがって共通番号制度の導入に異論はないが、中間報告で示された方向性には正直、賛同できない。

まずシステム面で問題なのは、住基ネットの活用を優先することだ。そもそも基礎年金番号は国民全員が持っていないし、新しい番号の創設は時間もコストもかかる。全国民に固有の番号が割り振られている現行の住基ネット・住民票コードを使うのが一番効率的だという。

しかし住基ネットは、各自治体がサイバーゼネコンの食い物にされてバラバラにシステムをつくった。構築費は何と805億円であるが、そこに収容されている情報は約10ギガバイト。二層式DVD 1枚に収まる程度であり、その運用に年間190億円もかけている。しかし利用率は0.7〜1.0%であり、政府のつくり出した無駄の中でも突出したもの。当然かなり幼稚な連中がシステム設計しているので融通が利かないし、後述する拡張性にも技術的な限界がある。日本の電子政府の基となる汎用的なデータベースをつくるのであれば、当然最新の技術とシステム要件を満たしたものをゼロからつくるほうが安いし早い。過去の過ちと恥の上塗りだけは避けなくてはいけない。

また利用範囲については、「税務」と「社会保障」だけに留めるのではなく、もっと広範囲で考えるべきだろう。

先進国の番号制度について見てみると、最も進んでいるのはスウェーデンと韓国。この二国は、「税務、社会保障、住民登録、選挙、教育、兵役」のすべてを共通番号で管理するオールインワンの制度になっている。イタリアは「税務、住民登録、選挙、兵役」、オランダは「税務、社会保障、住民登録」、アメリカは「税務、社会保障、選挙」、イギリスは「税務、社会保障」、ドイツは「税務」のみの対応である。

こうして見ると、共通番号は税務、社会保障だけではなく、幅広く「社会歴」全体に利用範囲を拡大することが可能だとわかる。さらに個人の既往症やアレルギーなどの「医療情報」を加えれば、利便性はぐっと高まる。私のようなアレルギー持ちは病院から嫌がられる。治療に使える薬剤かどうか、いちいち主治医の確認を取らなければならないからだ。IDから既往症やアレルギーの情報をすぐに引き出せるようになれば、医療現場でもより迅速な対応が可能になる。

共通番号制度は2011年の通常国会に関連法案を提出、準備期間を経て早ければ14年の利用開始を目指すというが、この際ゼロベースで3つのことを考えるべきだと思う。

一つは、共通番号にしてどういう公共サービスを国や自治体が行うのか、その大前提を決めることだ。

そもそも国民に番号をつけて何をやりたいのか、原点に立ち戻って考える。国民の義務と権利は何か。それに対して国や都道府県、市町村はいかなるパブリックサービスを提供するのか。一つのIDにまとめるという決意のもとに、すべてを洗い出すのだ。

前述したように、私が十数年前から提唱している「コモンデータベース法」(詳細は『新・大前研一レポート』講談社刊)は、パスポートや運転免許証、健康保険証、厚生年金手帳、印鑑登録証、さらに医療情報や交通事故の履歴まで、すべての情報を一元化して、ICカードにして各人が持つというもの。国民は1枚のICカードで、すべての行政サービスが受けられることになる。

これにバイオメトリクス(生体)認証を組み合わせれば、あらゆる行政上の手続きが自宅のパソコンでできるようになるから、利便性は格段に向上する。

また共通番号を活用すれば、選挙制度の電子化も一気に進められる。現状は立会人のいる投票所にわざわざ足を運んでタッチパネルなどで投票するだけで、とても電子投票と呼べるような代物ではない。しかも住基ネット同様、サイバーゼネコンの言いなりになって市町村ごとに独自の投票システムを採用しているから、たとえば都道府県の知事選や議会選で電子投票をやろうにも、市町村それぞれ方式が違うので使えない。市議選や町長選用の選挙システムだから住民投票にも使えないのだ。

日本全国同じシステムにして、衆参の国政選挙であれ、市町村選挙であれ、電子投票でできるようにする。さらにネットや携帯電話を活用して、自宅に居ながらにして、あるいは海外から投票できるようなシステムの構築を目指すべきだろう。

こうした拡張性をよくよく考えたうえで、住基ネットを活用するのが望ましいのかどうかを判断するのが本筋だ。

プレジデント 2010年8月30日号


「間違いだらけ!」なんだそうですよ。「!」まで付いてしまいました。大変なことです。なるほど菅さんの言うように「医療・年金・介護の3つのサービスも、この制度ができれば、よりよいサービスがより公平にできる」のかも知れませんが、大前研一さんによれば「共通番号制度」にはそれには留まらない「拡張性」があるようです。まったく夢の様な話です。

大前さんの言う「拡張性」は大前さんが勝手に考えたことであって、政府がそういう事をやると言っているわけではないのですが、技術的にはまったく可能なことです。てゆーか、目に見える「コモンデータベース」が存在しなくても、「共通番号」に、既に存在する各種個人データをリンクさせることが出来れば、「「税務」と「社会保障」だけ」の「番号」がキーとして機能することが出来るのではないでしょうか。

大前さんの構想する夢の未来社会では犯罪/非行/結婚/離婚/役所への苦情申し立て/ゴミの排出状況/電子投票の記録などの「社会歴」や自分の罹患歴や親族の病歴や死因などを含む「医療情報」が一元化されるんだそうで、誠に便利なことではあります。もっとも、どこの誰にとって便利であるのか、ということは必ずしも明らかではありません。

このようなシステムが稼働する社会では、個人情報の蓄積による不利益が最小化されている必要があるでしょう。例えば過去の犯罪歴や将来における特定疾病への罹患傾向、性的嗜好や政治的傾向などによって差別を受ける可能性のある社会では、このような情報の一元化は極めて危険なものとなり得ます。

例えばオマワリさんなどにとっては、被疑者の口を割らせたり苦心して構築したストーリーを受入れさせる為に、被疑者の不利となる「社会歴」や「医療情報」は大きな助けとなることでしょう。そういうことを会社や家族にバラすぞ、と告げることは取調べの突破口となり得ます。便利ですね。

また、中規模以上の企業では労務担当にオマワリさんのナレのハテがいたりしますが、こういう人も労働者の採用に当たって本来の期待される力を発揮出来ることになります。大変にコンビニ極まりない話ですが、いずれにしてもこれらはオマワリさんがデータにアクセル出来るという仮定を前提としているわけですが、それを否定する材料もありません。「テロリスト」だとか言えば出て来そうな気もしますし、「テロ」というのは刑事にも公安にも係る事案なワケで、大変に「利便性」が高いものであると申せましょう。

したがって民主党の2009年のマニフェストに

20.歳入庁を創設する
【政策目的】
○年金保険料のムダづかい体質を一掃する。
○年金保険料の未納を減らす。
【具体策】
○社会保険庁は国税庁と統合して「歳入庁」とし、税と保険料を一体的に徴収する。
○所得の把握を確実に行うために、税と社会保障制度共通の番号制度を導入する。


とか何とか書いてあるわけですが、これは最小限、同マニフェストの他の部分との関連で行なわれるべきものであって、例えば

49.取り調べの可視化で冤罪を防止する
【政策目的】
○自白の任意性をめぐる裁判の長期化を防止する。
○自白強要による冤罪を防止する。
【具体策】
○ビデオ録画等により取り調べ過程を可視化する。
【所要額】
90億円程度


んだとか

50.人権侵害救済機関を創設し、人権条約選択議定書を批准する
【政策目的】
○人権が尊重される社会をめざし、人権侵害からの迅速かつ実効性ある救済を図る。
【具体策】
○内閣府の外局として人権侵害救済機関を創設する。
○個人が国際機関に対して直接に人権侵害の救済を求める個人通報制度を定めている関係条約の選択議定書を批准する。


などは、共通番号制度が多少なりとも「安全」に稼働する為の最低限の条件をなすものであると言えるでしょう。牛の糞にも段々があるそうですから、下の方からクリアして行かないと、いかなるウンコも崩れてしまいます。

逆に、オマワリさんが何をしでかすか分かったものではなく、労働者がいくらでも冷遇される社会、東の知事さんは同性愛者を差別し西の知事さんは叛逆者は一族郎党やっつける社会、もっと西の徴兵制論者の知事さんが東に来ようという社会では、個人情報の「ワンストップ」は百害あって一利なしです。徴兵忌避者の同性愛者がどんな目に遭うか想像がつこうというものです。

実のところ、極めて不十分な医療や年金や介護や雇用のサービスしか存在しない国家で、情報が一元化されたからといって何かが良くなるわけでもありませんので、メリットに比べてデメリットがあまりにも大きすぎるようです。そして菅さんにはデメリットを少しでも小さくしようというような気は全くない模様ですので、都合の良いところだけつまみ食いをする菅さんの初夢は「富士山」に縛りつけられて自分の「茄子」を「鷹」につまみ食いされる、というものになるわけですが、「茄子」じゃなくてせいぜい「唐辛子」位ではないかという都合の悪い話もあって、やっぱり悪い「落とし」で今年も終わったことであるなあ。
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2010年12月30日

年末年始は荒れ模様?

紛失:警視庁署員、APEC警備資料を−−不審者見分け方など


 警視庁北沢署員が11月、横浜市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議の警備に関する内部資料を紛失していたことが同署への取材で分かった。同2〜15日まで警備に使用していたレンタカー内に置き忘れた可能性が高いという。

 北沢署によると、紛失したのは警備の編成表や検問の際に不審者を見分けるための注意点などを記した文書。A4判5枚で、書類をはさむ透明なファイルに入れていたという。個人情報は含まれていなかった。

 加藤芳雄・北沢署長は「署員による忘失が発生したのは遺憾。指導を徹底し、再発防止に努める」としている。【小泉大士】

2010年12月30日 毎日新聞


「個人情報は含まれていなかった」んだそうで、何よりですが、「紛失」した文書には「不審者を見分けるための注意点」が書いてあったそうです。つまり、どんな人の「個人情報」を収集すべきであるか、ということが書いてあるわけです。

もっとも、毎日の小泉さんの書き方はヘンでして、見た感じアヤシイのが「不審者」であることから、「不審者の見分け方」などというものは存在し得ません。町を荒らす自警団の皆さんも「不審者」ということを盛んにおっしゃるわけですが、「審」というのは「つまびらか」という意味ですから「不審」とは「よくわからない」ことを指します。したがって「不審者」とはすなわち「何だかわからない人」「誰だか分からない人」であり、多くの場合そこら辺を歩いている人ですから「誰だか分からない通行人」ということになりますが、これは「見分ける」までもなく、多くの場合全ての通行人が「誰だか分からない人」であることは明らかでしょう。

もっとも、「不審者」という言葉のいい加減な用法は、もっぱら警察やマスゴミが自警団などの比較的愚かな人々を誤導しようとするときに用いられるもので、さすがに内部ではあまり使用されないようです。つまり「不審者」の中から一定のターゲット「を見分ける」ことが問題になるのであって、その「ターゲット」とは何か、ということが問題になるわけです。実際のところ『朝日新聞』は「テロリストや過激派関係者などを見分ける」としている他、日本テレビでも「テロリストを見分ける」と言っています。

警察はあまたの「不審者」の中から「テロリスト」や「過激派」を「見分ける」のであって、決して知り合いを見つけたりウォーリーを探したり松本人志を目撃して「視聴者は見た!」に投書しているわけではない、らしい、のですから「不審者を見分ける」という書き方は不正確でなければ不十分です。

NHKによれば「北沢警察署は当時、文書の回収状況を確認していなかった」そうであり、『中日新聞』では「APEC終了後の同15日、署に返したはずだが、返納を覚えている署員がいない」としています。それなら「紛失」したこと自体が認識されないはずですが、日本テレビによれば、これは「28日に外部からの指摘を受けて発覚した」ということであります。

世間は広いものですから、「外部」というのがまた「不審」ですが、警察に「外部」の監査が入って警備書類の数を勘定しているということもあまり考えられません。可能性としては既にこの文書の内容が何者かによって公開されており、それを見つけた「外部」がご注進に及んだということも考えられないわけではありませんから、探したい人は探すと見つかるかもしれません。その場合、これは小林麻央さんの「梨園御乱行漏洩事件」に続く今年5番目のリークとなります。

もっとも、「テロリストや過激派の見分けかた」などという情報の価値は極めて低いものです。イスラム諸国の人は最初から「テロリスト」の中に入っていますし、何よりも「テロリスト」というのは、実は誰でもなれるものなのです。もちろん誰でもがAPECや首相公邸などを攻撃対象に出来るわけではないんですが、そんなメジャーどころを狙う必要はありません。

『「テロ対策」入門』(テロ対策を考える会)によれば「テロリズム」とは「社会への何らかの訴えかけが意図された、物理的被害よりも心理的衝撃を重視する暴力行為」であるとされているようですから、大事なのは対象ではなく「意図」であるとは一応は言えるのかも知れませんが、「社会」が「心理的衝撃」を与えられることによって「訴えかけ」られてくれる、という事情もあります。

これは「暴力行為」が社会的合意の不整合を突っつく場合に生じることですが、ここから、ときに「被害者」を動員した「暴力行為」に対するマスゴミの非難がこの不整合の存在自体を否定する為に行なわれること、そして未然に防止すべき「犯罪」の主体が「不審者」つまり「誰でもみんな」として不定義されることの理由が分かります。

つまり「テロリスト」を「見分ける」ことは不可能なんですが、APECぐらいになるとやはり素人さんには難しいでしょうから、それなりに練達の士が当たる、ということもあるかもしれません。しかしながら誰でも思い立ったが吉日で気軽に実行される「テロリズム」への「対策」というものは、そんな大雑把なものではないようです。

共通番号制度 基本方針策定へ

個人の所得などを一元的に把握する「共通番号制度」について、政府は、来年秋の臨時国会に関連法案を提出することを目指し、来月にも法案の骨格となる基本方針を策定する予定で、年明けから共通番号の導入に向けた議論が本格化する見通しです。

政府は、税の適正な徴収や社会保障の安定を図るため、個人の所得などを一元的に把握する「共通番号制度」の導入を進める方針で、菅総理大臣も「医療・年金・介護の3つのサービスも、この制度ができれば、よりよいサービスがより公平にできる」と述べ、早期の導入が必要だという認識を示しています。そして、政府としては、来年秋の臨時国会に関連法案を提出することを目指し、来月にも法案の骨格となる基本方針を策定する予定です。基本方針では、国民それぞれの生活事情に応じたきめ細かな行政サービスが可能になるなど制度導入のメリットを強調するとともに、番号を付与する具体的な時期も盛り込むことにしています。一方で、政府は、プライバシー保護の点から国民の間に共通番号に対する抵抗感があることを踏まえ、個人情報保護のための対策の取りまとめも急ぐことにしていて、年明けから共通番号の導入に向けた議論が本格化する見通しです。

2010年12月29日 NHK


やはり個人個人の所得「など」を把握し、「国民それぞれの生活事情に応じたきめ細かな行政サービス」を行なうことが必要のようです。とはいっても仕事のない人に仕事を、家のない人に家を与える、というわけではありません。ただ単に、政府の「サービス」が「国民それぞれの生活事情に応じた」ものになる、というだけです。「国民それぞれ」に「サービス」してくれるわけではありません。誰か他の人にします。
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2010年12月28日

突入!派遣村

菅首相 10年ぶり「公邸開き」に批判噴出


露骨な人気取りと「小沢潰し」狙い

「正月から仕事なんて冗談じゃない」と官邸職員や民主党職員がカンカンになっている。不人気の菅首相が支持率アップを狙って、元日の「公邸開き」を10年ぶりに再開する意向だからだ。

 総理の住まいである公邸に、政治家や支持者、有名人を招いて酒や料理を振る舞う「公邸開き」は、2001年の森内閣までほぼ毎年開かれていた。森内閣では2000人の客がひしめき合った。しかし、小泉内閣の2002年以降は「警備上の都合」を理由に一度も開かれていない。

 ところが、首相が「公邸開きをやりたい」と言い出しているらしい。

「支持率が20%に下落した首相は、人気回復にシャカリキです。メディアへの露出を増やし、明るい話題を発信するつもり。公邸開きは、そのひとつです。各界の著名人を招待し、あっと驚く“サプライズゲスト”も呼ぶ予定です。10年前、不人気の森内閣も政権浮揚を狙って有名人を招待した。あの時と同じ発想です」(政界関係者)

 さらに、もうひとつ隠れた狙いがあるという。「小沢潰し」だ。

「小沢一郎は毎年、自宅で新年会をやっている。今年の正月は民主党議員166人が集まった。2011年も例年通りに開く予定です。小沢グループは200人の参加を期待している。そこで首相周辺は、同じ日に公邸開きを行って『小沢邸に行くのか、公邸に来るのか』と迫るつもりです。現職の総理に招待されたら、ほとんどの民主党議員は公邸に駆けつけるはず。小沢邸の新年会は、寂しいものになるのではないか」(前出の関係者)

 しかし、無能首相の支持率アップのために、正月から余計な仕事をさせられる官邸スタッフや党職員からはブーイングの嵐だ。

「警備も大変だし、招待状の発送、食事の用意、後片付け……など、スタッフが総出でやらなければならない。なぜ、首相の個人的な打算のために、そんなことをしなくてはいけないのか、と皆一斉に反発しています。そもそも、国民が不況に苦しんでいるのに、派手に公邸開きをしたら、さらに支持率を下げるだけです」(民主党事情通)

 支持率を上げたいなら国民のための政治をやるのが先というものだ。

2010年12月24日 日刊ゲンダイ


今回「警備上の都合」が存在しないとしたら、その理由は一つしかありません。「メディアへの露出を増やし、明るい話題を発信する」のであれば、この時期にやるべきことは一つだけであり、まさにそれが行なわれるからこそ、「警備上の都合」が存在しないのです。

2011年1月1日、公邸で「派遣村」が開催されます。

当日はビンボー人、失業者、ホームレスの皆さんを「各界の著名人」がお迎え致します。とはいうものの「関係者」によれば「あまり派手な会にはしない」とのことですので、「地味な著名人」の選定がちょっと難しそうですが、「芸能界」からは石原真理子さんや藤谷美和子さんはすっかりおなじみでしょう。今回は酒井法子さんや大桃美代子さんといったキレイどころは勿論のこと、扇情カメラマンの渡辺陽一さん、向かうところ全て戦場となる市川海老蔵さんなどのキタナどころにもご協力頂けると言われています。誰彼なく喧嘩をふっかけて血塗れになる海老蔵さんを、あなたも渡辺陽一さんと一緒にフィルムに収めましょう。

その他にも漫才師の正司玲児さん、歌手のシルヴィアさん、元アイドルの松本友里さん、俳優の池辺良さん、元日本ハム監督大沢啓二さん、書家の榊莫山さん、ジャーナリストの黒木昭男さん、元プロレスラー山本小鉄さんなどが参加され、「霊界」から菅首相を迎えに来られるというのも今回の見せ場の一つでしょう。谷啓さんが「死に体」の菅さんを「ガッ」とつかんで「チョーン」と持って行くシーンは見逃せません。

更なるお楽しみは「あっと驚く“サプライズゲスト”」です。一体どんな人を呼んでこようと言うのでしょうか。ウワサでは菅○人さんが切腹するところに○沢○郎さんが登場すして介錯するんだとか、竹○平○さんが素っ裸で引きずり出されて縛り首になるなどと言われていますが、静香ちゃんが見捨てられたり静香ちゃんが捕まったり、もしかするとT○KI○が捕まるのかも知れませんが、とにかく「サプライズ」間違いなしです。

公邸の所在地は東京都千代田区永田町2丁目3−1。官邸の隣ですから直ぐ分かりますが、当日は案内係として周辺に警視庁警備部機動隊を配置しますから道に迷う心配はありません。敷地は結構広いのですが、中に入ってからも総理大臣官邸警備隊がアテンド致しますので華々しい場に不慣れなビンボー人の皆さんも気後れせずにご入場頂けるでしょう。

面倒な手続が性に合わないザックバランな参加者の皆さんには、敷地境界の竹林には葉っぱの代りに極薄のダマスカス鋼の刃を植え込んでお出迎えし、森元総理の脳を移植したピラニアが血の臭いに泡立つ小川に誘導します。更にそれを越えて行けば5メートルのコンクリート製防護壁が立ちふさがりますが、これに手を触れただけで壁の下部10センチの高さから長さ3メートルの鋭い刃が突出してひと薙ぎ、足首を切断すると同時に官邸警備隊員が急行し、お客様を持ち運びやすいパーツに分けて内部までお連れ致します。

スタッフは「招待状の発送」を面倒がっているようですので、招待状が無くてもこちらから出向くのが礼儀であり、スタッフの労をねぎらうことにもなるでしょう。とはいっても、スタッフが仕事をサボっているわけではなく、12月20日に首相官邸が発表したところによれば、コンビニエンスストアに招待状を配置する他、炊き出しを行なっている団体にも招待状の配布をお願いしているそうですし、ホームレスが販売している『ビッグイシュー』の裏表紙にもご案内を掲載しているとのことです。

今年も残すところ、あと10日。仕事がない、家がないなどの理由で不安のまま年を越さずに済むよう、政府としても全力で支援します。
http://kanfullblog.kantei.go.jp/2010/12/20101220.html


大晦日の夜には「年を越さずに済むよう」に「対策」がとられるかも知れませんので怖くて一睡も出来ない、てゆーか眠ると死にますが、それを生き延びればお正月は「酒や料理を振る舞う「公邸開き」」が待っています。1960年の官邸突入から50年、半世紀振りの永田町があなたを心からお待ちしています。
posted by 珍風 at 04:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

公安警察のポルナレフィズム

ビッグフレームな色眼鏡が流行ってるんだがオジサンには懐かしいものであるな、と。

情報流出のイスラム教徒ら、第三書館を損賠提訴


 国際テロの捜査情報がインターネット上に流出した事件で、流出文書を掲載した書籍で個人情報をさらされた日本在住のイスラム教徒13人が24日、プライバシーを侵害されたなどとして、出版元の「第三書館」(東京・新宿)と同社の北川明社長を相手取り、計約4300万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。

 原告らは同日午後、都内で記者会見。40代男性は同日、内部文書であることを事実上認めた警視庁に「対応が遅すぎる。すべてを認めて責任を取るべきだ。私の人生は永遠に変わってしまった」と不満をぶつけた。別の30代男性は「(流出後)迷惑がかかるので家に帰れず、家族とも会えない」と訴えた。

 弁護団長の梓沢和幸弁護士は「流出情報には誤りも多く、名誉毀損を深刻化させている。警視庁は謝罪し、名誉回復を図るべきだ」と強調。国家賠償請求を検討していることも明かした。

2010年12月25日 日本経済新聞



損害賠償請求は1人あたり330万円、13人で4290万円になります。日経や産経は少し大雑把すぎるようです。それから損害賠償と共に書籍の販売差し止めも求めていますが、差し止めの対象は12月8日付発行の第2版ですから、これは今から差し止めたところでもう遅いでしょう。

梓沢弁護士によると「流出情報には誤りも多」いそうですが、日本には本で読んだ事は全部真に受けた上で乱暴を働く人もいるようですから、そういう人に注意を喚起する意味で言っているのだとは思いますが、一方で冤罪を乱発している警察のやる事ですから間違いが多いのも当然であるとも言えます。

これに対し、22日の『毎日新聞』によれば、「警視庁幹部」は「内部資料に手を加えた疑い」がある、として「誤り」の発覚に対して予防線を張ったりしていたものです。それとともに警視庁では流出したデータについて内部資料の流出である事を認めると「掲載された人をより危険にさらす」虞れがあるとか言っていたわけですが、認めようと認めまいと、「国際テロ組織」が存在すると仮定すればその組織は自らの支配下にある「テロリスト」に関する流出情報の真偽について判断する事が可能ですから、マズいと思ったらさっさと消すなり異動させるなり潜伏させるなり連絡を遮断するなりするわけですからあまり関係なかったりします。

したがって、損害賠償の請求理由のうち「「テロリストの関係者という誤った印象を与える」ことによる名誉の毀損」については、梓沢さん言うところの「誤り」によるものである可能性が高いのですが、警視庁が誰かに対して「テロリストの関係者」という「印象」を持つのには、そんなに難しい規準があったりするわけでもないようです。

警視庁の認めるところによれば、それはたとえば「言動や過去の活動から反米的傾向が顕著に窺われる者」であって、本当に「アメリカのイスラム政策は間違っている」と言っただけで充分に「テロリストの関係者」の資格充分なんだそうですが、これではまるで「テロリストの関係者」ではないイスラム教徒が「馬鹿」みたいであります。

ましてや「礼拝を欠かさず、宗教的行事にまめに参加している者」や「飲酒せず、ハラールフードしか食べない者」、果ては「派手な行動を慎み、大声で話さない者」も「テロリストの関係者」ということになっているらしく、これなどは模範的で品格あるイスラム教徒であるというだけなのですから、逆に「名誉」なことだと言えないこともありません。てゆーか「テロリストの関係者」認定を受けられなかった人はお酒飲んでるのがバレました。みんなやってるけど。

警視庁はイスラム教徒全体を監視下においていたようですが、これは彼等があまり良く考えないで広く網をかけ、無意味な調査を積み重ねてもっぱら税金の無駄遣いに精励していることを意味します。しかし警視庁公安部の中でも、特に外事第三課の人たちだけが「約4300万円」式の大雑把な仕事をしているのかどうかは分かりません。総務課以下一課二課三課も同様である可能性がありますから、僕やあなたも公安のどっかのファイルに記載があるのかも知れません。

たとえば警視庁ではジハードを称揚する発言をした人を「テロを煽動」するものとして洞爺湖サミット期間中に拘束したりしているようですが、本当のところそういうことをどっかに書いたというだけで、爆弾を作ったとかというわけではないそうです。ほとんど「大逆事件」と変わるところがありませんが、日本人の人でも「就職出来ないなどで日本社会に不満を持つ」人が多いでしょうから、そういう人が政府を批判したり、ブランデーを水で割らないなどの「反米的傾向」を捕捉されていると何があっても不思議ではありません。

今回の情報流出経路は明らかではないので、公安部内他課の調査情報が出て来る可能性があるかどうか知りませんが、心配な人は各都道府県警察の公安部もしくは公安課、警備課等にお問い合わせください。何も教えてくれませんが監視がつく可能性があります。一説によると親戚の餓鬼を警察に就職させようとしてみればわかると言います。その餓鬼がよっぽど出来が悪ければ知りませんが、親戚にマズい人が居ると警察で入れてくれないんだそうで。問題はあなたが監視対象ではない場合で、可哀想なあなたの親戚の餓鬼さんはオマワリさんになって、拳銃で自殺してしまうのです。
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2010年12月25日

産地発!ハメネタ一直線

“言い訳”が小沢氏とそっくり? 麻木久仁子の危機脱出術


 タレント、大桃美代子(45)が、前夫でAPF通信社代表の山路徹氏(49)とタレントの麻木久仁子(48)が“不倫”していたと暴露した騒動。大桃に先駆け麻木が22日開いた釈明会見で、報道陣が「エッ?!」と驚いたのが、麻木の隣にいた「闘う弁護士」として知られる弘中惇一郎弁護士の姿だった。古くは、ロス疑惑の三浦和義元被告の弁護を引き受け、最近では、民主党の小沢一郎元代表(68)の主任弁護人を務める。実はこの危機脱出をめぐっては、麻木と小沢氏の主張に意外な類似点があるのだ。(夕刊フジ)

 麻木の主張の核心は、大桃の前夫と交際はあったが、「(交際開始は)2006年ぐらい。(大桃と前夫の)結婚生活は、実態としては終了していた(=時期がズレていた)と聞いていた」というもの。弘中弁護士も「婚姻関係が破たんしていれば、不貞とか不倫ではないという最高裁の判例もある」と援護射撃している。

 もし裁判沙汰になって、不倫が認定されれば、麻木のタレント生命にもかかわり、莫大な慰謝料を請求されかねない絶体絶命の局面だ。

 一方、小沢氏が政治資金規正法違反(虚偽記載)で強制起訴が決まったのは、資金管理団体「陸山会」が04年10月、小沢氏からの借入金4億円を使って東京・深沢の土地を約3億4000万円で購入しながら、4億円の収入を同会の同年分収支報告書に記載せず、代金の支出なども05年分に記入していたもの。

 この件について、小沢氏側は「単なる期ズレの問題であり、違法性を問われることは何もない」と主張している。

 奇しくも、2人は同じ敏腕弁護士を代理人とし、不倫や虚偽記載という指摘に対して、「期ズレ」という共通ワードで対抗しようとしているのだ。

 ただ、麻木に関しては、「最高裁の判例を持ち出すほどの事態なのか。だれが“期ズレ”を証明するのか」(法曹関係者)という単純な疑問がわき上がる。

 小沢氏の主張に対しても、「何のためにズラしたのか? 事実を記載しなかった理由は何か?」という疑問が法廷で突き付けられそう。ちなみに、報道各社の世論調査では、小沢氏の説明に国民の8割近くが納得していない。

 芸能人も政治家も人気商売だけに、最終的には「視聴者や有権者を納得させられるのか?」が焦点となりそうだ。


2010年12月24日 夕刊フジ


ほとんど無意味な記事で何がなんだかサッパリ分かりませんが、「結婚生活は、実態としては終了していた」ってのは、この記事の喩えで言うと「農地」が放置されて畑が荒れ放題になっている状態でしょう。小沢さんが他人の土地が放っとかれていたからといってそこに勝手に家でも建てたんですか?誰がそんなことを。それとも大桃さんの畑が荒れ果てていたとか、そーゆーこと?

小沢さんの「期ズレ」ってのはちゃんとワケがあって、権利能力なき社団である政治団体「睦山会」は土地の登記が出来ないことから、小沢さんのお金で作った陸山会名義の定期預金を担保にして小沢さんがお金を借りて個人名義で土地を購入し、小沢さんへの所有権移転後に睦山会と小沢さんの間で契約を交わすことになるんですが、当該土地の地目が農地であったために直ちに所有権移転が出来ず、2004年の10月29日に所有権移転請求権仮登記をしたものの宅地への転用届が受理されたのが翌年の1月7日になったので、その日をもって登記が行なわれ、この日から土地の所有権者となった小沢さんと睦山会との間での契約が成立したということのようであります。

仮登記で土地を押さえておくことと「不倫」とでは大分違うようですが、他人を畑か何ぞのように「登記」したり「所有権移転」したりすることが出来るつもりでいると大桃さんのような目に遭うので気をつけたいものであります。土地は海外へ行ったり外国で捕まったりしません。婚姻届はありますが恋愛の「仮登記」というものはないのです。

『夕刊フジ』のおかげで婚姻というものを土地取引と比較することが出来る、てゆーか婚姻というのは財産上の関係を規定する原則を身分上の関係に当てはめてみたものの、やはり多少無理があるようなので争い事が絶えないのも当然である、ということが分かりますから良い記事です。ほとんど教育的であると言っても過言ではありません。膨大な民法典が一発で理解出来ます。ウソです。

ちなみに大桃さんの会見によると、やっぱり「方向」が違ってたみたいだし、一方で麻木さんは資金的な援助、というのは「同志」なのか「金づる」なのか知りませんが、少なくとも同じ「方向」は向いてたようですからしょうがないのではないか。APFに金があるとは思えませんし、要するに山地さんは大桃さんと一緒にいても「楽しく」なかったようなのです。

もっとも、小沢さんと麻木さんとの関係は弁護士が同じ、というだけではありません。むしろ一部では麻木さんは小沢さんの「擁護者」だと言われていたのです。

 夜、飲んでタクシーに乗ると運ちゃんにTBSラジオ好きが多いからか、結構な割合でTBSラジオ・アクセスという、反自民、反日の民主党支持番組を聞くことがある。

 ここ数ヶ月は(タクるのが金曜が多く、金曜パーソナリティの)反日女優・麻木久仁子の「自民党批判〜麻生総理中傷〜民主党応援〜小沢一郎擁護…そしてTBS広告スポンサー創価学会公明党に対する気づかい」をタクシー乗るたびに聴かされているような気がする。(平日は渡辺真理さん)

 TBSラジオアクセスは、麻木久仁子や渡辺真理さんなどのパーソナリティが、毎回テーマを決めて視聴者(多くはタクシーやトラックの運転手?)と電話で話し合う「バトルトーク」というコーナーが一番の売りである。

 バトルトークは、多くは運転手業をはじめとする「単純作業労働者」がリスナー(視聴者)として電話で番組参加する。

 アクセスリスナー労働者たちは、在日外国人や左翼労組活動家ではないが、自分自身の収入や待遇に不満をもち、「今の政治が悪いから俺たちゃいつまでも浮かばれない。政治が悪い、世の中が悪い」みたいなネガティブな政府与党批判を好む。(勿論、TBSラジオの広告スポンサー創価学会公明党批判は一切禁止)

 ところがたまに政府与党の政策にポジティブな発言するリスナーが出る。すると(恐ろしい話だが)政府にポジティブな意見のリスナーに対し、パーソナリティ渡辺真理さんや麻木久仁子が、優しく・やんわりと

「でもね、(リスナーの)○○さん。それはこういう見方もできませんか?こういう考え方と捉えてもいいですか?」

と、リスナーの意見を拡大解釈・誤訳・歪曲し、修正しはじめる。

 こういう見方もできませんか?と、リスナーの意見を「TBSが報じたい世論」に歪曲し、その後、こういう見方でいいですよね、と捏造改造した意見をリスナーに再確認させる。

 そうすると、最初はポジティブな意見を言っていたリスナーも、元々大した考えがあるわけでもないから「う〜ん、そうかも知れない…」といった雰囲気になる。

 そして「TBSアクセスに電話して番組参加したのは政府や世の中を批判したいためだったっけ」って思い出して、リスナー自身も、そう、そうだ!麻木久仁子さん(渡辺真理さん)の言う通りだ!TBSさんのおっしゃるとおりです!っていう流れ。

 結局、バトルトークの終わりはいつもTBS側が導きたい方向にリスナーの意見が流れてめでたしめでたしとなる。

「TBS、また捏造報道」
2009年4月26日 敬天新聞社


これは自民党が「与党」だった頃の話ですが、自民党支持者からすれば麻木さんは「反日女優」なんだそうです。自民党に批判的なだけで「反日」とは御大層ですが、自民党支持の人はそういう言い方が好きですから、「方言」だと思って聞き流しましょう。もっとも今では民主党の支持者でも「小沢擁護」は「反日」だと言う人もいるかも知れません。「方言」ってのは感染するんですよ、近くにいると。

一方で山地さんと麻木さんとの関係は、大桃さんがバラすより以前に一部では知られていた事のようでもありますから、「検察不正デモ」などを報道するケシカラヌ通信社とカンケーしていてしかも「小沢擁護」な「反日女優」の麻木さんがTVに出てこなければ良いのに、と思った人が、大桃さんを焚き付けたという可能性も否定出来ません。その場合、最近レギュラーもなくて可哀想な大桃さんが「利用」されたのか、それとも誰か「方向」を同じくする人の「同志」として活動しているのかは不明であります。大桃さんの「土地利用状況」を調べると分かるのかも知れませんが、人気がないので浮いた話も出てこないようです。
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2010年12月22日

アフリカの英霊

原告側の控訴を棄却、国の政教分離違反にも言及 靖国合祀拒否訴訟で大阪高裁


 靖国神社に合祀(ごうし)された元軍人・軍属の遺族9人が「親族の同意なく合祀され、敬愛追慕の情に基づく人格権を侵害された」として、靖国神社と国に、合祀者を記した「霊璽簿(れいじぼ)」などから親族の氏名削除と原告1人あたり100万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が21日、大阪高裁であった。前坂光雄裁判長は、請求を棄却した1審大阪地裁判決を支持、原告側の控訴を棄却した。原告側は上告する方針。

 一方で判決は戦没者の氏名などを靖国神社に提供した国の行為について「政教分離原則違反」と言及。靖国神社の合祀拒否をめぐる訴訟で憲法の政教分離違反に触れたのは初めて。

 前坂裁判長は判決理由で、原告側が主張する人格権の侵害について「原告がイメージする人格権は靖国神社に対して抱く個人的な不快感や嫌悪感にすぎず、法的保護に値しない」と退けた。

 一方、国の合祀協力について「多数の対象者の合祀の円滑な実行に大きな役割を果たした」と指摘。「神社の宗教行為そのものを援助、助長した」として、政教分離原則に違反する行為か否かを判断する「目的効果基準」に沿って違反と言及した上で、「合祀自体は靖国神社の自律的な宗教行為。国の行為によって原告の信教の自由が侵害されたとはいえない」とした。

 判決について、政教分離に詳しい百地章・日本大法学部教授(憲法学)は「大変疑問が残る判決。合祀はあくまで靖国神社が行ったと認定したわけだから、国の行為について『政教分離違反云々』とする部分は不要な言及だ」

 厚生労働省社会・援護局の平林茂人業務課長の話「これまでの主張が認められたと考えている」

2010年12月21日 産經新聞


百地章さんの趣味は「ジョーク」なんだそうですが、なかなかどうしてほとんど玄人ハダシの腕前と言って良いでしょう。てゆーかこの人の場合、本当に本職と「ジョーク」の区別が無かったりしますから冗談で飯を食っていると言っても言い過ぎではありません。ところで「不要な言及」てのはどういう意味でしょうか。「言うまでもないこと」という意味でしょうな。まあ記事の方も、産經新聞ですから仕方がないんですが、「国の政教分離違反にも言及」って書くと、まるで「国」が「政教分離違反」をしていたという認識が当然のこととして共有されているように読めちゃうのね。それで良いんですけど。

「合祀はあくまで靖国神社が行った」とはいうものの、産經新聞の極めて遠慮がちの筆でさえ「戦没者の氏名などを靖国神社に提供した」とされる「国の行為」は、「合祀」には不可欠のものであったのは明らかです。てゆーか判決では「旧厚生省が戦後に合祀予定者を決めて神社側に通報した」とされているのであって、これはどっちかってゆーと国が決めて靖国神社にやらせた、という関係になります。

靖国神社は戦没者を祀るという性格上、誰が死んだのか調べないといけないわけですが、靖国神社が自ら調査に当たる能力はありません。そういう情報を持っているのは国ですから、国に教えてもらうことになりますが、国が靖国神社に情報を提供する事について判決ではこの行為を違憲と認めています。

したがって靖国神社は国が憲法に反する行為をなすことによってはじめて「合祀」を行なえる事になります。その存在は違法行為を前提としているのであって、「合祀」自体は犯罪ではないものの、国の違法行為を援助、助長し、影響を与えることになります。

これはヤクザの親分が自らは違法行為に手を染めないものの子分の違法行為によって利益を得ているような関係に喩える事が出来るでしょう。そこで前坂光雄裁判長が国と靖国神社のこのような後ろ暗い関係を認定する一方で、原告側の人格権の主張について「靖国神社の教義や宗教活動に対して内心で抱く個人的な不快感や嫌悪感にすぎない」としているのは矛盾しているのではないかと思われます。

むしろ原告側の主張する「不快感や嫌悪感」は靖国神社を巡る違法行為に対するものであり、それは「きちんと法が守られる社会に住みたいものだ」という、言ってみれば極めて真っ当な、単なる遵法意識のようなものに「すぎない」といえるでしょう。

にも関わらず今日も「犯罪」の立派な証拠が東京の真ん中におっ建っているわけで、そればかりか靖国神社はいつでも国に違憲行為をなさしめようと悪魔の誘惑をすべく待ち構えているところであります。なにしろこれから「戦没者」が発生することになっているのですから悪の道には限りがありません。

政府の「2011年度以降に係る防衛計画の大綱」によれば「防衛力の存在自体による抑止効果を重視した、従来の「基盤的防衛力構想」によることなく」、つまり軍隊がそこにいるだけで脅かしをかけようというのは止めて、「各種事態に対し、より実効的な抑止と対処を可能と」することになっています。

「より実効的な抑止と対処」というのは要するに一種の戦闘行為をする、という事に他なりませんが、弾を撃ったり撃たれたりしていれば無傷で帰れるとは思えません。当然死ぬ人も出て来ると思われます。靖国神社側としてはこれは願っても無いことでしょうから、死人が出るや否やハイエナのように駆け寄って来て、国に憲法違反を強請することは目に見えています。

「防衛計画の大綱」では「動的防衛力」とはいうものの、「動的」に必然的に伴う死者の処分については何も述べられていません。罪の誘いに屈するのか、誘惑を頑然とはねつけるのか、いっそのこと「政教分離原則」などというものはキレイサッパリ捨て去ってどこに出しても恥ずかしい、どうせ日本なんてそんなもんだ、ということになるのかよく分かりませんけど、既に「動的」を展開しているジブチの大統領に対して、天皇は一応の挨拶は済ませた模様です。
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2010年12月20日

駅前資本主義

取手・通り魔事件「高校時代のアンケートで傷ついた!?」


   包丁2本を持ってバスに乗り込み、通学途中の中・高校生14人にケガをさせた茨城県・取手市の通り魔事件。「とくダネ!」は犯人の斎藤勇太の人物像を追った。

   レポーターの大村正樹は、8分間に及ぶ犯行は、1年前から計画されていたようだと報告。「幸いにも、被害にあった大半の人は軽傷で、一番重い人でも全治3週間とのことでした」と伝える。

   さらに、番組は斎藤の高校時代の卒業文集のアンケートを紹介。ストレスを溜めやすいタイプには第1位で斎藤の名が、事件を起こしやすいタイプでも第4位に斎藤の名があると報じた。

   柴門ふみ(漫画家)はアンケートの設問に首を傾げた。
「なんでこんなアンケートを行ったのかわからない。卒業文集はいつまでも残るものだから、本人は傷つくでしょう」

犯人はいずれも20代

   メインキャスターの小倉智昭「犯人の斎藤は自分を終わらせたかったと話しているようだが、終わらせるなら自分ひとりで終わらせればいい」

   コメンテーターの夏野剛(慶応大学特別講師)も「自分が上手くいかないことを社会のせいや、他人のせいにすることは卑怯なことだ。辛いこともあるだろうが、しっかりと自分と向き合っていく必要がある」と語る。

   秋葉原とJR荒川沖。そして、今回の取手通り魔事件といずれも犯人は20代。若者に何が起きているのか。

J-CASTテレビウォッチ


小倉さんが「自殺しろ」と言っています。みんな自殺しましょう。それにしても「高校時代の卒業文集のアンケート」ってのはよく出て来ますよね。柴門さんはそれを原因にしたいようですが、皆さん気をつけましょう。斉藤さんは「第4位」でしかありません。上に3人いるのです。早いとこその3人を捕まえて「自殺」させた方が良いのではないでしょうか。

その一方で斉藤さんは「ストレスを溜めやすいタイプ」1位ですから、高校生の皆さんは「ストレス」と「犯罪」の間に相関があると考えていることが分かるわけですが、たしかに「溜め」ていたことは間違いないようです。

“高校卒業後10回以上転職”


茨城県取手市のJRの駅前で、バスで通学途中の高校生らが包丁で切りつけられるなどしてけがをした事件で、警察のその後の調べで、逮捕された男は、8年前に高校を卒業したあと、少なくとも10回以上の転職を繰り返していたと供述していることが分かりました。男は「これまでの過去に不満があった」とも供述していて、警察は詳しい動機の解明を進めています。

2010年12月19日 NHK


ただし1年前にクビになって以来就業していないのですから、実際には7年間で10回以上ということになります。

取手バス襲撃「リストラされて」1年前に犯行決意


取手市のJR取手駅前で路線バスの中高生らが切りつけられ14人がけがをした事件で、殺人未遂の疑いで現行犯逮捕された守谷市本町、無職、斎藤勇太容疑者(27)が「1年前に会社をリストラされ、包丁を購入し犯行を決意した」と供述していることが18日、捜査関係者への取材で分かった。県警は斎藤容疑者が、同駅前のバスを狙って犯行に及んだ経緯について調べを進めている。同日、斎藤容疑者を水戸地検に送致した。(19面に関連記事)

斎藤容疑者は「県外で(犯行を)実行しようとも考えた」と供述していることも分かった。

捜査関係者によると、斎藤容疑者は「リストラされ仕事を探したがうまくいかなかった」などと供述。100円ショップのようなところで包丁を購入したという。事件の2日前に守谷市内の自宅を出た後、取手市周辺で路上生活をしていたとみられる。「公園や屋根がある場所で野宿をしていた」と供述しており、逮捕時、所持金はほとんどなかった。

犯行時はバッグを持ち、凶器の文化包丁のほかに所持していた果物ナイフは服の中にあったことも判明した。ナイフは逮捕の際に警察官が取り上げた。包丁については「事前に購入した」と供述しており、県警は入手先の特定を進めている。

斎藤容疑者は取手市内の県立高校の卒業生。県警は、斎藤容疑者が駅に不特定多数の人が集まる時間帯を把握した上で、高校生の乗客が多いバスを標的にした可能性があるとみて動機を調べている。

斎藤容疑者は約3年前に母親を亡くし、現在は父親と2人暮らしだった。

父親は県警の調べに対し、斎藤容疑者を最後に確認したのは「15日の昼間だった」と話している。

斎藤容疑者は送検のため、18日午前11時半ごろ、取手署で捜査員に付き添われて車両に乗り込んだ。青色の上下に茶色のサンダル姿で、緑色のジャンパーを頭にかぶり顔を隠していた。

2010年12月19日 茨城新聞


最近では就職はおろか就業を継続する事も困難です。企業の従業員への要求水準は異常なまでに高まっており、それは管理職から末端の派遣やバイトに至るまで同様です。簡単にクビを切られたりすることは珍しい事ではないので「就活」は入社後も継続します。「同僚」も「先輩」も雇用を巡る競争相手なのであって、殺し合いが基本の関係ですから、「ストレスを溜めやすい」人が耐え切れなくなって辞めて行く事も珍しい事ではありません。「10回以上転職」なんて簡単な事です。

こういうことは普段TVでやらないようですからみんな気にしないわけで、ついこの間までは極めて脳天気な発言もそれなりに許容されていた模様です。

就職未定学生「反省を」「コネ使え」…長野市長


 長野市議会の12月定例会の一般質問で、就職先の決まらない学生に対するアドバイスを求められた鷲沢正一市長が「一番大事なのは反省すること」などと述べた。

 共産党市議団は16日、「市長として不適当」として発言の取り消しを求める申し入れ書を提出した。鷲沢市長は10日の答弁で、「就職活動をしたことがなく、私が答えるのは不適当」とした上で、「社会に文句を言っても何のプラスにもならない」「自ら反省することで、自分は何を求めているか、あらゆる手段を使ったか、いろんなコネを使ったかとか、そういうことがあると思う」と発言した。

 同市議団は申し入れで、「就職は子供の責任ではない。若い世代にコネという言葉も適当ではない」と指摘したが、鷲沢市長は「反省することは大事。コネを使うのが何が悪いのか」として撤回しなかったという。

2010年12月18日 讀賣新聞


これは12月10日の発言ですから、「事件」の影響を受けてない時の事です。もっとも、バブル最盛期に早稲田大学を卒業後、易々と東京ガスに就職して以来順風満帆の人生を送られ、今では「慶応大学特別講」なるアカデミックな肩書きで無知な大衆を騙しつつあるドワンゴ常勤顧問の夏野剛さんなどは「事件」の後でも同じようなことを言ってのけているようですが、バカは放っとく。

もちろん経済界も負けてはいません。

雇用・投資拡大の「約束」拒否=法人減税で−経団連会長


 日本経団連の米倉弘昌会長は13日、2011年度税制改正の焦点である法人税率引き下げに関連して、減税と引き換えに経済界が雇用・国内投資の拡大を約束するべきだとの意見が出ていることについて「資本主義でない考え方を導入されては困る」と述べた。個別企業が将来の雇用・投資規模を確約することは、株主への責任などから無理であり、「約束」を明確に拒否した発言だ。

 都内で記者団に語った。米倉会長はさらに「新成長戦略に書いてあること(経済活性化に取り組む方針)をないがしろにするのは、政府の『自己否定』だ」と言明。法人税率の5%程度の引き下げに踏み切らなければ、政府の経済運営は一貫した姿勢を欠くことになると指摘した。 

2010年12月13日 時事


法人税が下がっても雇用を拡大する気など毛頭ない、とはっきり言っています。じゃあ減税しなくても良いのではないか。

「法人減税5%では力不足」桜井経済同友会代表幹事


 桜井正光経済同友会代表幹事は14日の記者会見で、平成23年度税制改革で法人税の実質5%減税が決まったことについて「高い日本の法人税率が企業の競争力強化のネックになっているというメッセージを発した点で評価できる」と歓迎の意を示し、「これだけの財政難の中、強い意志で(政府が)やってくれたことに積極的に応えることが大事だ」と語った。

 ただ、政府の期待通り減税で企業の雇用や投資が増大するかについては「経営者としてなんともいいようがない。法人税だけの話ではなく成長戦略の実行にもかかわってくる」と話し、「5%の下げでは力不足。投資や雇用の増大を確約するわけにはいかない」との見解を示した。

 桜井氏はまた「5%の減税をするために経済界は6500億円分の財源を捻出している。これだけで(減税効果は)半分の2・5%しかない」と指摘。そのうえで「実質半分の効果でも企業努力は続けていきたい」と述べた。

2010年12月14日 産經新聞


どんだけ減税すれば良いというのか、こんなことを言ったらいくら日本に忠誠を誓う国民でも法人税の減税には拒否反応が起こるだろうとか、そういう心配はまったくしていないようです。国民の皆さんはそれだけバカにされているわけですが、雇用問題が前景化されていない限りはこういうことを言っていて平気なのです。

日本では失業者がデモをするとかそういうことはあまり頻繁に行なわれることはありませんし、あってもろくに報道されないので誰も知りません。雇用の深刻や労働の窮状は「事件」でも起こらない限りは人々の意識にはのぼらないのです。当の労働者の意識にものぼらないくらいですから大したもんですが、経済的変動のクッションとして扱われる労働者は「不満」のダムとして頑張る事が期待されているので、「意識」することは危険です。「意識」した途端に引きこもって小倉さんの期待通りに自殺するか、包丁一本晒に巻いてバスに乗るのも修羅場の所業。

このような条件では犯罪が有効であるようです。犯罪だけが有効であるといっても良いでしょう。警察は犯罪を抑止する事が出来るかも知れませんが、犯罪の有効性を減殺する事は出来ません。マスゴミで漫画家や「大学講師」が何かお喋りをして正当化に努めても無駄な事です。犯罪はただ行なわれるのであり、犯人が釈明を求めても犯罪は釈明を求めません。副社長が刺され、女子高生が切られ、会社員が轢殺され、通行人が刺されるのであり、それが「資本主義である」ということなのであり、そしてそれはただそれだけの事です。いたるところで抜き身の「資本主義」が猛威を振るうことが期待されているのです。
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2010年12月19日

淑女の秘密の妄想

性描写漫画「一利もない」=規制条例の成立で−石原都知事


 東京都の石原慎太郎知事は17日の記者会見で、過激な性描写のある漫画などの販売を規制する都改正青少年健全育成条例が成立したことに関連し「世の中には変態ってやっぱりいる。気の毒な人で、DNAが狂っていて。やっぱりアブノーマル。幼い子の強姦(ごうかん)がストーリーとして描かれているものは、何の役にも立たないし、(百)害あって一利もない」と述べ、規制の必要性を改めて強調した。

 また「何もそういうものを描いてはいけないと言っているわけではない。子どもの目にさらさないように処置をしただけだ」とも述べ、規制に対する理解も求めた。 

2010年12月17日 時事


快調に飛ばしておりますが、「遺伝」とか「DNA」とか好きですよね、この人って。面白いと思って言っているのかも知れませんが、知らず知らずのうちに自分が「弱点」だと思っている事が出て来ちゃうようです。4人の息子が揃いも揃って「遺伝とか」の犠牲になっているようですが、バカ息子がオヤジの言うことを本気にして「呪われた血」を断とうと決心するのであれば、別に止めやしませんが。

ところで石原さん、驚いた事に「異常な」性的妄想は正常な性生活の一部であるという事をご存じないようであります。石原さんご自身の「性生活」が「正常」かどうか知りませんが、幼女あるいは老婆、警察官や消防士を対象とした、もしくは痴漢や強姦や四肢切断や絞首を内容とした、災害や犯罪や世界崩壊を背景とするような性的妄想などは一般の人の中にざらに見られるものでしかありません。

ただ、これは本当に「妄想」であって、せいぜい絵に描いたり作文にしたりして発表するくらいが関の山なのです。ただしそれには「描いてはいけない」とかいけなくないとかではなくて描かれなければならないだけの負荷がかかっているんですが。女性で痴漢妄想や強姦妄想を有する人が実際にいるわけで、腕章をした人に犯されたいとかワケの分からないことを言うんですが、そういう人が現実に痴漢に遭遇したりする事を歓迎する事はほとんどありません。これは注意を要するところですが、たまにここら辺の加減が分からない人が実行に及んでしまう例があるのには困ったものです。そういう人は石原さんの「DNA」が混じっているのかも知れません。

まあ石原さんも「気の毒」な人ではあるわけで、石原裕次郎と三島由紀夫という2大アイドルに挟まれてすっかり影が薄くなった挙げ句に拗ねてしまった隠れホモみたいなもんですから敵意の固まりになってしまうのも仕方のない事であったかも知れません。あまり小出しにしていると良い小説が書けませんが、元からあまり頭の良い方では無かったという可能性も「遺伝とか」のおかげで明らかになりつつあるわけですから溜めたからといって良いものが書けるとも限りませんし、そこに性的抑圧が加わるんですからもういけません。

ちなみに、男性の性的妄想はどこまで行くのか分ったものではないので、「強姦して殺す」という程度では済ませてもらえないようです。あまり「野方図になり過ぎ」るとどうなるかというと、これは稲垣足穂さんのようになってしまう可能性があります。ああなるとちょっと手がつけられない感じがするんですが、石原さんの「好きな」三島由紀夫さんは渋沢龍彦さんとの対談でこんなことを言っています。

稲垣さんは男性の秘密を知っているただ一人の作家だと思うから。僕はこの巻の解説にも書きましたが、ついに男というものの秘密を日本の作家はだれも知らない。日本の作家は、男性的な作家は主観的に男性的であるだけで、メタフィジカルに男性の本質がなんであって、男はなんのために生まれて、なんのために死ぬかを知らない。

『タルホの世界』(『日本の文学 第34巻 内田百閨E牧野信一・稲垣足穂集』付録 1970年6月 中央公論社刊


三島さんの「愚行」関連でよく引用される発言ですし、いくら「男」だからといってああいう死に方をするために生まれて来たかどうかは保障の限りではないのですが、「全身小説家」ならぬ「全身愚行者」の石原さんは、この「男性的な作家」は自分の事だとでも勝手に思ったようで、40年近くたってからタルホならぬホタルを持ち出して『俺は、君のためにこそ死ににいく』という「答え」を出したんですが、やっぱり何もわかっていないのでした。
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2010年12月18日

バッド、バッダー、バッデスト、そいつはダンガーだ!

菅首相、辺野古が「ベター」=沖縄知事は不快感−会談進展なし・普天間移設


 菅直人首相は17日午後、沖縄県入りし、県庁で仲井真弘多知事と会談した。首相は、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)を同県名護市辺野古に移設する日米合意に関し、「ベスト(最良)ではないかもしれないが、実現可能性を含めて考えたときベターな(より良い)選択肢ではないか」と述べ、履行を図る政府方針に理解を求めた。この発言について、仲井真氏は終了後、記者団に「ベターというのは(首相の)勘違いだ。県内(移設)はノーだ。バッドの世界だ」と強い不快感を表明。会談は、進展なく終わった。

 会談は、最初に仲井真氏が、続いて首相がそれぞれ発言する形で公開で行われた。席上、仲井真氏は「県外が私の(知事選)公約だ。政府も真正面から受け止め、県民の思いを実現できるようお願いしたい」と述べ、合意は受け入れられないと伝えた。

 これに対し、首相は、鳩山由紀夫前首相が県外移設を唱えながら断念したことに触れ「県外移設を実現できず日米合意を結ぶことになったことを大変申し訳なく思う」と陳謝。その上で、辺野古への移設を「ベターな選択肢」とした。また、首相は、2011年度から段階的に導入する使途が制限されない地方への一括交付金について「沖縄は別枠で考えている。ある程度の規模のものを用意したい」と述べ、優遇する意向を伝えた。 

 会談を終えた首相は、米軍用地返還跡地や沖縄振興の一環で整備されたIT(情報技術)施設を視察。この後、記者団に「普天間が今のまま残るのは何としても避けたい。これからも誠心誠意話し合っていきたい」と述べ、県側と粘り強く協議する意向を示した。

 首相と知事は同日夜、那覇市内で懇談。知事は、日米合意に盛り込まれた項目のうち、米軍嘉手納飛行場以南の米軍施設・区域の返還や在沖縄海兵隊8000人のグアム移転の先行実施を要請したが、首相は聞き置くにとどめた。

 首相は18日、普天間飛行場を視察し、嘉手納町で記者会見した後、帰京する。

2010年12月17日 時事


「バッドの世界」だったら僕んちの話ですよ。正確には「系列」と言ったのかも知れません。菅さんが「ベスト」だの「ベター」だの言うもんだから、日本人の英語能力に不安を抱いた時事通信ではちゃんと括弧の中に「意味」を書いてくれました。なにしろ多くの日本人は菅さんと違ってネイティヴ・スピーカーからマンツーマンで指導を受けていませんから。

ところで「bad」の「世界」もしくは「系列」ですが、「good」の「世界」同様に原級と比較級/最上級の形がエラく違うので、頭がアメリカ人になっていないとパッと出て来ません。なんで「bader」とか「badest」ではないのだ。ちなみに3丁目で英語塾を経営し生徒と結婚してしまったガイジンに聞いて来たところによると「badの世界」は

bad
worse
worst

だということですから僕なんか「バッドの世界」の住人ということになるんですが、「worse」とか「worst」はそれぞれ「ill」の比較級と最上級でもあるというのです。そればかりか「better」と「best」も「good」ばかりではなく「well」の「世界」にも属しているというのですから、アメリカ人は頭が良いものだと関心しないわけにはいきません。

それになんと驚くべき事に「worse」、「worst」は元来「badの世界」ではなかったというのです。元々これらは「evil」の比較級と最上級だったとか、現在では廃れた語の「世界」のものだったとか言っていたような気がします。そして「better」と「best」も本来は「good」とも「well」とも無関係だったそうです。

このように一口に「バッドの世界」と言っても大変な困難が待ち受けているわけですが、こんなことになるのも菅さんがワケの分からないことを言うからに他なりません。菅さんの「best」と「btter」はそれぞれ向きが違うのです。県外移設は沖縄にとって「best」ですが、辺野古基地新設が沖縄にとって「better」であるわけではありません。菅さんにとっては「better」かも知れませんが。

普天間基地が危険だからどっかに移すのは、それがどこであってもより良い選択である、というつもりかも知れませんが、これは乳癌より子宮癌の方がマシだとかいう「病んだ」議論でしかないでしょう。これはまさに「ill」とか「bad」の「世界」なのです。もっとも、仲井真さんが「worst」よりも「worse」を選択すると言い出す可能性がないわけではありませんから注意が必要ですが、菅さんや仙石さんがあまりにも自分の気持ちに正直で他人の気持ちに配慮のない発言をするおかげでそのような危険はますます遠ざかる一方です。

このように菅さんは自分と他人の区別がつかないので混乱した事ばかり言っています。鳩山政権が県外国外移設に取り組んでみたものの止めちゃった事をマスゴミは「迷走」と言っていますが、菅さんもそんな事は言っていません。菅さんは「迷走したこと」を謝ったのではなく、「昨年の衆院選で当時の鳩山由紀夫代表をはじめ民主党として「県外、国外」と言ったが実現できなかった」(共同)ことを陳謝しています。

したがって、その後に続くのは「実現するように頑張る」という事であるのが自然でしょう。「バットの世界」で言いますと、前のバッターは三振したので今度はホームランを打ちますよ、というのが普通の流れなのです。ところが菅さんは、うちのチームは勝ち目がないから相手チームに有利なようにプレイします、バットも振らずに棒立ちで三者凡退を目指しますと言っているわけです。そうすることによって菅さんは相手チームに気に入られて高報酬で移籍出来るとか身勝手なストーブリーグの思惑でもあるのかどうか、そういう意味での「better」な選択をしているようです。仲井真さんは「おっしゃっている意味がよく理解できにくい」と言っていますが、それは菅さんが自身の利益を相手に押し付けてしまうほど自分の事しか考えていないというワケだ、つーことが「理解」出来た人は菅さんのような選手の頭をバットでかっ飛ばすことに躊躇しないでしょう。
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2010年12月16日

非実在多数派の無責任条例

賛成多数で可決 都の漫画規制条例成立


 過激な性描写がある漫画などの販売を規制する青少年健全育成条例の改正案がきょう、都議会の本会議で可決、成立しました。

 きょうの本会議の傍聴券を求めて、都議会議事堂には朝9時10分から人が並び始めました。正午から傍聴券を配布しましたが、わずか15分で186枚全てがなくなりました。傍聴に訪れた人は「見届けようかなと思って」「都民としてしっかり傍聴して聞きたい」などと話していました。6月の議会で反対した民主党は『非実在青少年』など曖昧な定義が払拭されたとして、今回賛成に回りました。民主党の中谷祐二都議は「今回の改正案においてこれらの点が改められたことは評価に値するもの」だと述べました。

 採決の結果、改正案は民主・自民・公明の賛成多数で可決、成立しました。これを受け、議会閉会後には傍聴席から物が投げ入れられる場面もありましたが、知事は条例が成立したのは当たり前だとして「当たり前だ当たり前。日本人の良識だよ。てめえら自分の子どもにあんなの見せられるのかね。大人で考えたら大人の責任だよ。当たり前だよ」と発言しました。

 来年3月に開かれる東京国際アニメフェアに条例改正に反対する出版業界が出展を拒否する声明を発表していますが、知事は「どっかの会社がね来なきゃいいんだよ、アニメフェアに。来年、ほえ面かいて来るよ。ずっと来なくてもいいよ」と強気の姿勢を崩しませんでした。

 条例は来年7月1日に施行されます。

2010年12月15日 TOKYO MX NEWS


何を怒っているのか知りませんが相当にご立腹のご様子です。「てめえら」などと、相当に「良識」あふれるお言葉まで御使用になられたようですが、しかし石原さんほど「良識」という言葉のお似合いにならない方も珍しいでしょう。とはいえ、まあ通っちゃったんだからあとはどう使おうとこっちの勝手だ四の五の言うな、というお気持ちは伝わってまいります。青少年の皆さんは、大人の人は心に疾しいところがあると闇雲に怒るんだ、ということを覚えておきましょう。

また、青少年の皆さんは、「刑罰法規に触れる」ものであろうと、法で「禁止されている」ことであろうと、それを「讃美」することはそれ自体は間違っていないということを理解しなければなりません。そして、「社会規範」は法にも定められておらず責任の所在も明らかではない「不当」な抑圧であって、それに「反する行為」を「讃美」することは、青少年諸君よりはちっとは長く「社会」と関わって来た「大人の責任」である事を知って、若い時から見聞を広めて立派な「大人」になるように努めましょう。

逆に法律で定められている事でも「讃美」してはならない事も沢山ありますし、それから、大人の人たちは「裏切り」が大好きだということも知っておいて損はありません。

都青少年健全育成条例改正案:成立 民主「世論」に配慮 出版業界、根強い反発

 過激な性描写の漫画やアニメとどう向き合うべきかで論争が繰り広げられてきた東京都の青少年健全育成条例の改正案は、出版業界や漫画家らの激しい反発にもかかわらず成立した。最大会派の民主は6月の都議会で反対して改正案を否決に追い込んだが、今回は、子を持つ親ら「声無き多数派」(幹部)への配慮を優先させて賛成に回った。【石川隆宣】

 都が最初に議会に改正案を提案したのは2月。当初はすんなり可決される見通しだったが、3月に著名な漫画家が「表現規制だ」と反対を表明すると状況が一変。登場人物を「非実在青少年」と造語で規定して規制対象にする内容に「あいまいだ」と批判が集中した。結局、6月議会で石原都政の条例案としては初めて否決された。

 都側はこの後、問題がありそうな漫画を持参してPTAや地域団体を中心に説明会を81回実施。民主の指摘に修正や削除で譲歩し、改正案を練り直した。

 賛否を決めるために開いた10日の民主の総会では、明確な反対論も出たが、「世論への対応も必要」「妥協せざるをえない」など消極的な賛成が相次いだ。反対してきた民主の若手都議は「執行部は統一地方選で『民主はあんな漫画を擁護するのか』と有権者から指摘される事態を懸念していた」と明かす。

 成立はしたものの出版業界などからの反発は根強い。来年3月に開催される石原慎太郎知事が実行委員長を務める東京国際アニメフェアには、大手出版社がボイコットを表明。石原知事は報道陣からボイコットについて問われると、「来なくて結構だ」と突き放した。

2010年12月16日 毎日新聞



「声無き多数派」というのは、実際には東京都が税金を使って81回も「説明会」を行なうことによって組織された「声有る少数派」でしかありません。それは「PTAや地域団体」の各単位反対意見を押しつぶして偽装された「多数」です。しかし民主党はこの偽装された多数派の捏造された世論に簡単に途を譲ったというフリをしています。

それにしても「民主はあんな漫画を擁護するのか」と言われた時に返す言葉がない、というのでは今まで反対していたのは何だったんだ、ということになるでしょう。だいたい、そんなことを言うのは「有権者」というよりは「対立候補」なのですから、堂々と擁護する議論をした方が良いのです。いくら「有権者」でも、そんなにバカではありません。

この「世論」への迎合は、統一地方選に対して民主党がまったく自信がない事の表れのようです。現状の民主党では選挙を戦う事が出来ません。これは政治家にとってはツライ事で、主張すべきことを主張出来るだけのバックボーンとなる「実力」の欠如が、「世論」への「心配」として誤った方向に導くようです。その結果は、既存の支持者を喪失し、新たな支持者を獲得する事も出来ないことによる敗北でしかありません。

もっとも、政権の味を知ってしまった民主党は自由権の「制約」を狙っているわけで、間違ってもそれを伸長したり保護したりする事に興味を示すということはないでしょう。条例改正案賛成に転じたのは権力の本能のようなものなのかも知れません。何かを「讃美」するという「思想」そのものを排除出来るツールをいつでも使える状態にしておく、というのは権力の夢そのものです。

とはいえ、民主党の現状は夢とはほど遠いものである事も事実です。選挙に勝利することによって政権を維持する事を放棄してしまった民主党は、政権の延命策として今後ますますこのような事実上「大連立」した行動を取り続けなければならないでしょう。条例案から「非実在」の文言が抹消されたのは民主党に配慮したものであるというのももっともなことで、「政権交代」に賭けたあらゆる期待を華麗に裏切る民主党は既に「非実在政権」なのですから失礼に当たる、という判断をするのが「大人の責任」というものなのです。

ところが追記です。「大人の責任」というものをよくわきまえていらっしゃる猪瀬直樹さん、この点について民主党都議会議員以外の人にも恩を売るつもりらしくて

出版倫理協会や映倫などの人が審査するのです。せいぜい月に数冊が区分棚へ移される程度。「非実在青少年」という役人言葉が消えたことにむしろ感謝していただきたい。

4:54 AM Dec 14th webから


「等」とか「著しく」とかって「役人言葉」じゃないんですかね。さすがに売れっ子になると「せいぜい月に数冊」の作家が次の月には出版社から干されるというようなことには思いも及ばないわけですが、都民は耳目を塞がれ手足をもがれるのを「感謝」するように。石原さんに投票したあなたなら出来るはずです。
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2010年12月15日

死に神来たりて笛吹けど踊らず

鳩山氏、宮崎勤元死刑囚の執行経緯語る


 元法務大臣が執行する死刑囚を選んだ経緯を語りました。衆議院議員の鳩山邦夫元法務大臣が、連続幼女殺人事件で死刑が執行された宮崎勤元死刑囚について、「最も凶悪な事件の一つで、こんな奴を生かしておいてたまるかと思った」とJNNのカメラの前で明らかにしました。

 「今だから言ってしまおうかね。最も凶悪な事犯の一つだと思うから、宮崎(勤元死刑囚)を執行すべきと思うが検討しろと。私から指示しました、実は」(鳩山邦夫元法相)

 こう切り出した元法務大臣の鳩山邦夫衆議院議員。これは、TBS系列で年末に放送予定の特別番組のインタビューで語ったものです。

 鳩山元大臣は在任わずか1年の間に13人の死刑執行を決裁しましたが、このうち、宮崎勤元死刑囚の死刑が執行された経緯について語りました。

 「本当は時系列的にベルトコンベアが正しいんだと私は思うんだけど、やはり、大変凶悪な事件と私なりに記憶しているから、よく調べてくれと。おそらくひと月くらい前でしょうね、死刑執行する」(鳩山邦夫元法相)

 法律では死刑は確定してから6か月以内に法務大臣が決裁し、執行するものと定められていますが、実際に執行されるのは確定から平均でおよそ6年後。100人を超える死刑囚からどのように選ばれるのかなどは一切、明らかにされておらず、法務大臣経験者が決裁のいきさつを明らかにするのはきわめて異例です。

 「(執行の)2週間前ぐらい前に私への説明資料は出来上がっていたと思う。読んでて・・・怒りに震えてきますよ。これは執行しなくちゃならんと思いますよ、正直言って。こんな奴を生かしておいてたまるかと思いますよ。正直思いますよ、それは。そう思わなければ死刑執行命令はできないんですよ」(鳩山邦夫元法相)

 この発言について、専門家は問題点をこう指摘します。

 「政治家的な自分の感性で勝手に一つの事件を選び出すこと自体、何の理由も、何の合理性も、何の権限もないこと。今は裁判員裁判の時代ですから、市民自身が必死の覚悟で死刑を言い渡さなければならないという重たい思いの中で選択をする時代になっているのに、他方で政治家である法務大臣がこのような軽い発言をして、死刑を取り扱うこと自体、およそ是認できるものではない」(甲南大学法科大学院 渡辺修教授)

 裁判員制度の導入で死刑判決が他人事ではない時代。鳩山元大臣の発言は改めて波紋をひろげそうです。

2010年12月13日 毎日放送


口を開けばバカですが、それでもやはり「死に神」の名に恥じません。「死に神」の「神」たる所以は何といっても人が死ぬ期日を時刻まで指定出来る権限に由来します。一方で鳩山(弟)さんは「ベルトコンベア」とか言っていたわけですが、実際には「私なり」の「記憶」で、ということはつまり個人的な思い出でもって刑の執行を決定していたと言うのです。

宮崎さんの死刑執行は鳩山(弟)さんの一連の殺害の最後に当たるものであり、折角法務大臣となったのであるからたまには自分の好きなように殺してみたいということで特に検討を指示したもののようです。これが御持論の通りに「時系列的にベルトコンベア」であれば、先ず冤罪の可能性がないところで「ピアノ騒音殺人事件」の大浜松三さんになるはずです。大浜さんは精神病だから執行出来ないとかいうのはこの際言い訳になりません。宮崎さんも精神病です。大浜さんは80歳を超えているからというのも理由になりません。秋山芳光さんが死刑を執行されたのは77歳の時でしたから、そう大して変わるものではありません。

更に言えば、「時系列」で処理するのであれば大浜さんに先行する2人についても、何らかの検討が加えられて然るべきです。それは「マルヨ無線強盗殺人放火事件」の尾田信夫さんと「名張毒ぶどう酒事件」の奥西勝さんですが、これらの事件について何らかの進展があったというわけでもないようです。

ところで、「最も凶悪な事犯の一つだと思うから」という「軽い発言」は、ウソでしょう。もしかすると「私から指示しました、実は」というのも本当かどうか分ったものではないのです。宮崎さんの死刑執行には、やはりそれなりの背景というものがあります。

一つには、例の光市の母子殺害事件でしょう。これの死刑判決が2008年の4月22日ですから、これを受けて宮崎さんの執行に向けて調査が開始されたのかも知れません。光市の事件の判決に「凶悪」てゆーか「ウケの良い」事件の死刑執行を繋げていって、いわば「死刑ブーム」とも言うべきムードを醸成して「世論」を作り出して行く、という狙いがあったでしょう。

一方、この時期(2008年)は司法がちょっとダレていたことも指摘しておかなければなりません。死刑の確定は2004年から爆発的に増加しているわけですが

2004年 15件
2005年 11件
2006年 20件
2007年 23件
2008年 10件
2009年 18件


2007年は23件の確定という快挙を成し遂げたものの、2008年には顕著に落ち込んでいます。危うく1桁になってしまうところです。実際この年上半期の確定は7件に留まっており、下半期には「下関通り魔事件」といった「責任能力」に疑問のある上告審が控えているなど、楽観を許す状況ではなかったのです。

宮崎さんを血祭りに上げた事は裁判官さんたちを大いに勇気づけ、2009年には18件の確定を出すまでに元気を取り戻しましたが、宮崎さんの直接の「恩恵」を被ったのははやり「下関」の上部康明さんでしょう。どこからどう見ても立派なキチガイですが、どうも同じ病名がつくと思われる宮崎さんの殺害により、立派に上告棄却死刑確定を手にする事が出来ました。

このように、人一人殺す事には色々な思惑があり、「何の理由も、何の合理性も」あるのであって、渡辺さんが言うように「軽い」気持ちでやっているわけでもないでしょう。鳩山(弟)さんはバカかも知れませんが国家権力は甘いものではありません。

渡辺さんは「市民自身が必死の覚悟で死刑を言い渡さなければならないという重たい思いの中で選択をする」とか言っていますが、裁判員がそんな「思い」でやっているという保障は一切ありません。たしかに会見に出て来る裁判員はなんだか重そうにしていますが、それが本当だという証拠はありませんし、全員がそうだとも限りませんし、これからもそうだと決まったものでもないのです。

鳩山(弟)さんは軽そうな事を言ったわけですが、それをマトモに受けて批判する事は、それを見習って気軽に死刑判決を出すのと同様に愚かです。もっとも渡辺さんは分かった上でやっているんでしょうから「愚か」ではないかも知れませんが。世の中には色んな人がいますから。ちなみに、今年の死刑確定は10件もいっていません。裁判員経験者の死刑受容者割合は50%程度に落ちる、という調査もあります。毎日放送が鳩山(弟)さんにこんなことを言わせているのも「死刑ブーム」を再燃させ、裁判員候補たる国民にカツを入れることを意図したものであるといえるでしょう。
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2010年12月14日

右からキルドーザーが来ますよ?

菅首相、茨城県議選敗因は「政治とカネ」
 

 菅直人首相は13日夜、民主党が茨城県議選で惨敗した理由について「2010年度(平成22年度)補正予算で(菅政権には)かなりの成果があったと思うが、必ずしも県民に十分伝えきれなかった。加えて、『政治とカネ』でも十分なけじめがついていないということも重なったのではないか」と述べた。小沢一郎元代表の国会招致が実現していないことも要因だとの見方を示したとみられる。

 首相官邸で記者団の質問に答えた。

2010年12月13日 産經新聞


やっと期待に応えてくれました、てゆーか予想通りのご発言です。「仮免許」のくせに何を生意気なことを言っているのかわかりません。とりあえず菅さんは茨城県では運転してはいけないことになりました。

「『政治とカネ』」の「十分なけじめ」については、政倫審招致をやったりして、とにかく小沢さんとの「距離」を演出していたわけです。あれは菅さんとしては選挙対策であって、選挙が終わったら岡田さんに「一任」して終わりです。ただしこれはタイミングからすると、無用な時期に「政治とカネ」を強調し過ぎたようでもありますから、仮に「政治とカネ」が問題であったとしてもそれはこの時期に騒ぎ立てた執行部の責任ということになるでしょう。

実際には「政治とカネ」ばかりか政治理念の次元から政策レベル、言葉の端々に至るまで徹底的に「脱小沢」したことが敗因であると考えられます。具体的には支持団体の離反というかたちで現れていますが、現執行部は「政権交代」をなしとげたあの「民主党」とは違う、何だかわからない怪しいシロモノなんですから、もとより自民党の強い茨城県で勝てる道理もありません。

他方、自民党はどうかというと、これが「民主党」的な「変節」・「変質」とは無縁であります。いつもの例のアノおなじみの「自民党」です。

選挙事務所に保冷車
県警「計画的な犯行」


 選挙事務所に突っ込んだ保冷車は、犯行後も暴走を続け、運転していた「小柄の男」は徒歩で逃走していた――。石岡市若松の選挙事務所で12日朝、保冷車が突っ込み、同市大砂、会社員戸井田利雄さん(62)をはねた殺人事件。目撃者の証言から保冷車の暴走ぶりや男の逃走ルートの一部が明らかになった。県警は「計画的な犯行」とみて男の行方を追う一方で、利雄さんのおいで、同市選挙区でトップ当選を果たした戸井田和之さん(46)ら関係者から事件当時の状況などを聞き、事件の全容解明を進めている。


 「宅配便かな」。投開票日の12日午前10時35分頃、事務所前にいた戸井田さんは、狭い路地をバックで入ってきた白い保冷車に気づいた。次の瞬間、保冷車は突然スピードを上げ、事務所に突っ込んできた。

 保冷車は一度前進し、再び突っ込んできた。フェンスが折れ曲がり、プレハブ建物は約50センチ土台からずれ、窓ガラスが割れた。運転席には黒い目出し帽をかぶった男の姿。保冷車は犯行を阻止しようと立ちふさがった利雄さんをはねて逃走した。

 その後、保冷車は現場から北に約700メートル離れた駐車場で見つかったが、近くを通りかかった男性は「後ろから猛スピードで迫られ、クラクションを鳴らされた。追突されるかと思った」と声を震わせた。その後、車内から小柄な男が降りて走って逃走する姿も目撃された。

 岩城新治郎・県警捜査1課長は記者会見で、逃走しやすいようバックで突っ込んだ点などを挙げ、「猛スピードで何度も衝突させる手口で、極めて卑劣で計画的」と憤りをあらわにした。さらに、「ひいて死んでも構わないという“未必の故意”にあたる」と殺人事件と断定した理由を説明。さらに「車両の放置状況から見て、初めて現場に来たという見立てではない」と、男に土地カンがあった可能性を示唆した。

 捜査本部は13日、利雄さんの司法解剖を行い、死因を首の骨がねじれるように折れたことによる頸髄損傷と発表した。

 情報提供は捜査本部(0120・800・146)。

2010年12月14日 讀賣新聞


これが自民党の世の中というものです。「保守」の本道ここにあり、といった感が致します。そこはかとなく昭和の香りさえ漂う抗争劇であります。やらせたのがどっちの人か知りませんが、ほとんどヤクザのやり口です。もっとも、地方では保守系の政治家と土建屋とヤクザは区別がつきません。それは同じ人なのかもしれないのです。まあこれは都会でも同じですが。稲毛とか。稲毛が「都会」なのかどうか分かりませんが。

まさか死人が出るとは思っていなかったでしょうが、2屯かそこらの保冷車だと、立ちふさがれば停まるような気もするものです。ここは古式に則って大型の砂利トラのようなものを用いるのがより「保守的」であると思われますし、画的にも美しいものです。現場の道幅が狭い、とか曲がりくねっている、などの事情に関わらず、周囲の家屋や塀を粉砕しながら、あくまで突進すべきでしょう。

民主党は変わり、自民党は変わりませんでした。それが選挙の結果として如実に現れたのは面白いことです。しかしそれは「結果」でしかありません。有権者が変わっているのかどうか、捜査本部はフリーダイヤルで市民の反応を伺っています。しかし警察は変わるのか、変わりうるのでしょうか。下手に「情報提供」なんかして大丈夫なのか。自民党は変わっていないのです。
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2010年12月13日

仮マンコ練習中

恋はいつでも初舞台、セックスに練習はありません。初手のミスが一生ものの手傷となることも稀ではないのです。何があったか知りませんが、そんなあなたに「仮免許」。もとより自動車は「走る凶器」です。ろくに走らなくても「凶器」は「凶器」です。

「これまでは仮免だった」=これから本番と決意強調−菅首相


 菅直人首相は12日夜、都内で開かれた自身の後援会会合に出席した。出席者によると、首相はあいさつで「(首相就任から)半年たった。これまでは『仮免許』だったが、これからが本番で、自分の色を出していきたい」と決意を語った。自らの政権運営を自動車運転の「仮免」に例えたような発言は今後、与野党の批判を招く可能性がある。

 一方、首相は今年の漢字として「行(ぎょう)」を選んだことを挙げ、「修行の行、有言実行の行(こう)だ。これからも行という字を大事にしていく」と強調した。会合には民主党の小川敏夫法務副大臣や大河原雅子参院議員、都議や市議ら約500人が出席した。 

2010年12月12日 時事


なるほど「仮免許」だけに上手く動かないわけです。どんなに動こうとしてもせいぜい「バック」しか出来ないのですが、これが充分に「凶器」です。それにしてもこんな人に「仮免許」を与えるのはいかがなものでしょうか。そんなもん誰が与えたのか。世間では自動車メーカー系の教習所が合格を乱発するやに仄聞致しますが、もちろん菅さんのような運転手が路上に出て行けば、事故が起こって車が売れるわけで、人が傷ついたり死んだりするとお金が儲かるという仕組みです。

そんな「無免許」同然の菅ドライバーが「行」とは危険極まります。闇雲にどこかに「行く」ことは出来てもどこに「行き」つくかご本人も分からない、というのは別に構いません。そこまで「行け」たら幸運であります。「行」の字は「十字路」であります。交差点なのです。それは「岐路」ではありません。2つの流れが交わるところです。そんなところに「無免許」がノコノコ出て行って無事に通り過ぎることが出来ると思ったら大間違いです。

こんな運転者を、今までに止めようとした人もいなかったわけではありませんが、公安委員会は危険を回避するどころか止めようとする人の邪魔をして来たものです。果たして菅さんは自分で勝手に「本免許」を発行してしまったわけですが、「試験」をいつ受けたのかよくわからないのです。まさか

民主惨敗=現有6議席にとどまる−統一選、党勢拡大に不安・茨城県議選


 来年4月の統一地方選挙の前哨戦として注目された茨城県議選(定数65)は12日投開票された。民主党は公認23人、推薦1人の合計24人を擁立したが、当選は改選前と同じ6人にとどまり、4分の3が落選する惨敗となった。投票率は49.00%で、前回を1.06ポイント上回った。

 昨年の政権交代後初の都道府県議選で、民主党は政権与党として勢力拡大を目指したが、尖閣諸島問題や閣僚の相次ぐ失言による菅内閣支持率低迷などが逆風となった。小沢一郎元代表は同県議選について「惨敗したら4月の統一地方選は戦えなくなる」と指摘しており、菅直人首相の政権運営に新たな不安材料が加わった格好だ。

 同県議選には106人が出馬。民主党は自民党系候補との一騎打ちとなった4選挙区で全敗した。候補者2人を擁立した4選挙区で2人当選は日立市のみ。新人候補も19人中、当選は3人だった。

 自民党は、議席数を改選前の45から公認33、推薦6の合計39に減らしたが過半数を維持。公明党は現状と同じ4議席を確保した。共産党は1減の1議席となり、県議選初参戦のみんなの党は2議席を獲得した。

2010年12月13日 時事


こう言ってはナンですが、今の民主党で改選前の議席を確保出来たのは上出来であります。1〜2議席くらい減らしてもおかしくはない状況です。「現有6議席にとどまる」と書くとなんだか負けたみたいで宜しくありません。「現有6議席を守った」と書くべきです。実際、菅さんは意外と身の程を知っているようですから、この程度で「大勝」であると思ったのでしょう。この「成果」をもって自らに「本免許」を許したようです。

自分に甘いのは構いませんが、しかしこれは傍から見ればかなり深刻な「敗戦」であります。たとえ仮に菅さんが「仮免許」を取得していたとしても取り消すのが妥当であると思われます。免許のない人は路上に出さないようにした方が良いでしょう。

ところでさすがの「ダーティ・時事」も「敗因」に「政治とカネ」が出てこないようです。そんなことを言っているのは今のところ「テレビ朝日」と、菅さんの助手席に座って内心ヒヤヒヤ、足が思わずそこにはないブレーキペダルを踏み込んでいても顔はニコニコという「党幹部」と、自民党幹部くらいであるようです。

実際、小沢さんに関しては、党内で何の役職もありませんし、岡田さんが顔と同じく四角四面のペヤングな対応を重ねて来たことで、民主党として離党勧告まで含む「小沢排除」の姿勢を示しているのであり、一方小沢さんも新党を結成しかねないようなことを匂わせていましたから、その影響は最小化されていたものと思われます。

したがって「テレビ朝日」は単に間違っており、自民党幹部は対立政党に間違った情報を与えて攪乱しようとしているだけですが、それと同じことを言っている「民主党幹部」は誤情報を信じるふりをしているのか、民主党を潰そうとしているのか、脳味噌をどっかに忘れて来たかでしょう。

とはいえ、路上でも事故った時にはいくら自分が悪くても相手の所為にするというのはよくあることです。そして菅さんが「事故」を起こす以外に何が出来るのかというと、本当のところまったく分からないとしか言いようがないのですから、もういい加減にハンドルから手を離して、歩いて就職でも探しに「行」った方が良いのでしょう。「市川房江記念会会員」の矢野穂積さんの秘書にでもなりますか。
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2010年12月12日

支配者階級のワイルド・セックス・クライム

仙谷官房長官「中国は常識共有を」


 仙谷由人官房長官は10日の記者会見で、ノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波氏の授賞式出席を認めない中国政府の対応について「できる限り国際社会が認めるルール、コモンセンス(常識)を共有化していただきたい」と述べた。

2010年12月11日 産經新聞


随分と素っ気ない言い方ですが、仙石さんの「できる限り」というのが実はかなり高いレベルでの達成を視野に入れているものであることに注意すべきでしょう。

仙谷氏「知る権利に制約あり得る」 政府・情報保全委の初会合


 仙谷由人官房長官は9日午前の記者会見で、政府の情報保全に関する検討委員会(委員長・仙谷氏)が初会合を開いたのを受け、「知る権利や行政情報の公開、報道の自由は現代社会の基本だが、一定の制約があり得るのではないか」と述べた。

2010年12月9日 産經新聞


仙石さんは常に「国際社会」の立場でものを言っています。「国際社会」というのは国際社会ではない、例の「国際社会」のことで、少女歌劇をやるところが「国際劇場」だったりしたのとは全然違います。「国際葬儀社」というのは何かの冗談だったかもしれませんが、「国際文化センター」という葬儀会社は実在するのですから油断はできません。それどころか「国際葬儀連盟」という葬儀屋さんの「国際機関」も存在します。

これはクリ婆が提唱している「国際社会」のことですが、その「国際社会」の「コモンセンス」によれば、問題は「罪状」であることは明白でしょう。確かに中国も指摘する通り、「国際社会」はそれぞれが「国家反逆罪」とか「国家煽動転覆罪」を持っていて、支配下の人民を自由に捕まえたり殺したりすることができるようになっています。

しかしながら、「国際社会」ではこのような場合、対象者が被支配者の間で英雄視されたりする場合が多く、かえって逆効果になることが歴史の教訓として学ばれています。事実、中国でもそういうことは起こっているのであり、政府当局はそのための対策に多くの予算と人員を投下することを余儀なくされています。

経済成長の著しい中国では、このような「無駄遣い」も大目に見ることが出来るのかもしれませんが、「国際社会」ではより「エコ」で「ロハス」な方法を取ろう、というのが「コモンセンス」になっているので、そのような立派な「犯罪」で人を捕まえることは滅多にありません。

そこで仙石さんの提案は、「国際社会」の「コモンセンス」に基づき、劉暁波さんにはアサンジさんと同じく「強姦罪」を適用すべきだ、というものでしょう。性犯罪者というものは一般に「英雄視」されることが少ないものです。それどころか蔑視され、忌避されることになります。てゆーか今や「反社会的」であると受け止められる「犯罪」は「性犯罪」を置いて他にはありません。

この点、中国政府が劉暁波さんに「国家反逆罪」を適用していることは、「国際社会」に比べてより正直であり、「透明度が高い」ものであることは言うまでもありません。この傍若無人なまでにストレートな態度が、「国際社会」のスマートなハイソサエティから見れば些か田舎臭いものに写るのはやむを得ないことです。

「国際社会」における「強姦罪」のあり方は多様であり得ます。「反逆者」を「性犯罪者」にしてしまうのには、様々なやり方があります。「痴漢」をでっち上げるのもその一つかも知れませんし、「言論」を「性犯罪化」してしまうのも一つのやり方でしょう。

マンガの過激性描写、東京都の規制条例成立へ 「慎重な運用」で3会派一致


 過激な性描写のある漫画の販売を規制する「都青少年健全育成条例」の改正案について、民主、自民、公明の3会派が「慎重な運用」を求める付帯決議付きで合意し、12月議会で成立する見通しになった。「表現の自由の侵害」と出版業界からの批判も根強いが、子供を性的対象にした問題が絶えない現状から、一定の規制が必要との考えで3会派が一致した。13日の都議会総務委員会の採決を経て、15日の本会議で正式に可決する。

 改正案をめぐっては、6月議会で「規制対象があいまい」とする都議会最大会派の民主などの反対で否決。今回案では、強姦(ごうかん)など「刑罰法規等にふれる性行為等」と規制対象が明確化された。しかし、漫画家や出版業界は「創作活動を萎縮させる」と反対の姿勢を崩していない。

 焦点になっているのは、過激な性表現の漫画などを成人コーナーに区分陳列する対象の範囲。出版業界は規制対象を刑罰法規とすることにも「時代設定などが異なる漫画に現行法を適用するのは無理がある。あいまいな部分が残る」として、業界の自主規制を主張。角川書店のほか講談社など漫画の主要出版社でつくる「コミック10社会」が、都が主催者に名を連ねる「東京国際アニメフェア」への出展辞退を10日に表明した。

 一方で、東京都小学校PTA協議会など保護者団体は「子供の性的な価値観がゆがめられないようにしたいという親の当たり前の願いを反映している」と訴え、早期制定を求める要望書を石原慎太郎知事に提出。石原知事は「自主規制だけで収まらない図書が現実にあり、野放図になりすぎている」とし、出版業界に対しても「販売規制が表現の自由を侵害するなんて荒唐無(む)稽(けい)な話。区分陳列を制限することが何で表現の自由にかかるのか」と批判した。

 こうした状況を受け、前回案に反対した民主内でも「子供を守るという条例の趣旨にはもともと反対ではない。反対のための反対は理解が得られない」と事態打開の動きが先鋭化。10日に3会派や都の幹部が集まり、「作品の芸術性や社会性などを勘案し、慎重に条例を運用する」「『不健全図書類』を指定する審議会での検討時間の確保に努める」などとする内容の付帯決議を盛り込み、出版業界へも配慮する形で合意した。

2010年11月11日 産經新聞


「国際社会」の優れた人権感覚に賛同する民主党が賛成に回ったのはむしろ当然でしょう。このような法においては「犯罪」が取り締まられるのではありません。取り締まりの対象となったものが「犯罪化」されるのであり、とりわけ「性犯罪化」されることになりますが、その「対象」は曖昧なままです。「刑罰法規等にふれる性行為等」という、「等」を2つも使った規定が「明確」であるはずもありません。

例えば「刑法」に限っても「内乱予備または陰謀」などはその適用範囲を相当に広げることができる一方、そのような「行為」は「性行為等」に含まれることになるでしょう。たしかに「国家反逆罪」よりはスマートで都会的で西浅草あたりでは充分に通用するギロンでしょう。

民主党ではこれを「慎重に運用する」という「付帯決議」を付けると言っていますが、「付帯決議」が後になって顧慮されることはありません。てゆーか「慎重に」というのは「恣意的に」とどう違うのかまったく不明であり、何の意味もないのですから無視されても良いようなものでしかありません。さすがにプロの法律家のいる政党はひと味違うものです。

しかし石原さんとPTAが密かに同意したところによれば、それは「一部の宗教的偏見等にふれる言動等」も含むものであることが明らかになっています。これは「国際社会」に対して堂々と主張出来る点であります。1993年の世界人権会議が採択した「ウィーン宣言」では「国家的、地域的特殊性並びに様々な歴史的、文化的及び宗教的背景の重要性を考慮しなければならない」として、ありとあらゆる無知と蒙昧と偏見と権力者の都合を重視すべきであるとされているのです。

もっとも、これは「宣言」の「5」の第3センテンスの前半でしかありません。これは主に中国辺りの意見を容れて加えられたものです。ちなみにそこんとこの全文は

5.すべての人権は、普遍的且つ不可分であり、相互に依存し且つ関連している。国際社会は、公正で平等な方法で、同一の立場に基づき且つ等しく重点を置いて、人権を地球規模で取り扱わなければならない。国家的、地域的特殊性並びに様々な歴史的、文化的及び宗教的背景の重要性を考慮しなければならないが、すベての人権及び基本的自由の伸長及び保護は、その政治的、経済的及び文化的制度のいかんに拘らず、国家の義務である。


言論出版の自由と児童の性的自己決定の自由を含む権利とは「相互に依存し且つ関連している」のであり、「すベての人権及び基本的自由の伸長及び保護は、その政治的、経済的及び文化的制度のいかんに拘らず、国家の義務である」とされています。「子供の性的な価値観」が偏った見地からして「ゆがめられる」ことは「伸長」され「保護」されなければならない、というのが国際社会の常識となっているようです。

しかし実際の「国際社会」では国際社会の常識よりも「「国際社会」の常識」の方が優先されるようです。そのおかげで国際人権規約の「選択議定書」の批准すらしていない日本はオバマさんからもプーチンさんからも何も言われませんし、中国が「国際社会」で主要な地位を占めつつある現在、日本の存在がますます彼等を勇気づけていることは間違いないでしょう。つまり日本は中国にとって「恩人」なのです。アジアでは人々は自分を諦めることが当然であることを日本が率先して主張してくれているのです。中国の人権状況を改善したいのであれば日本の人権状況を改善する必要がありますが、日本ではそれは望まれていません。したがって喜んで劉暁波さんを見殺しにしましょう。
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2010年12月10日

遺族 その自立と連帯

「無罪納得できない」遺族は控訴審に期待


 高齢夫婦殺害事件の裁判員裁判で、鹿児島地裁が白浜政広被告(71)に無罪判決を言い渡したのを受け、被害者遺族は10日、「非常に驚くとともに残念。全く心の準備ができていませんでした」とのコメントを代理人弁護士を通じて発表した。

 コメントは「どうして無罪の判断に至ったのか、判決理由を聞いても納得できるものではなかった。特に裁判所が『現場に行ったことがない』との被告の弁解をうそと認定しているのに、無罪の結論に至った点は納得できません」と指摘。「控訴され、上級審で正しい判断がなされることを期待します」としている。

2010年12月10日 スポニチ


ただの「遺族」にしては中々巧妙な「コメント」であるといえるでしょう。まあ「ただの遺族」なんてものは世の中に存在しないわけですが、裁判官の弱みを突いた「指摘」は素人離れしたものであると評価出来ます。

「裁判所が『現場に行ったことがない』との被告の弁解をうそと認定している」のは、確かに今回の判決の弱点です。勿論、被告人が過去に被害者宅に行ったことがあるとしても、だからといって犯人であるということにはなりません。しかしながら、「網戸」の「DNA」とか「ガラス」や「箪笥」の「指紋」を、裁判所が否定することは出来なかったようです。

白浜さんの言うことを信じるのであれば、「DNA」とか「指紋」は偽造された証拠であるということになりますし、被告人側は正にそれを主張していました。そうである可能性は決して低いものではありません。しかしながら、裁判所としては警察や検察が証拠を捏造したというようなことは、相当の証拠がなければ言うことが出来ないのです。もしかすると相当に確かな証拠があってもそれだけは言えない、という可能性があります。

「遺族」の「コメント」は、その辺りの事情を知った上でのものであり、刑事司法のウィークポイントを上手く突いたものであります。しかも、もしこれを検察官が言ってしまうとお笑いになってしまうところ、「遺族」という第三者的な立場において発言されることによって最大限の効果を発揮しているということが出来るでしょう。

別に何の効果もありませんが。逆に「遺族」はどうして白浜さんが「犯人」であると確信するに至ったのか、納得出来るものではありません。

しかしながら、この点についてはマスゴミの貴重な報道がヒントを与えてくれます。

裁判員「中立の立場からこうなった」 鹿児島・無罪判決


 「遺族の方には申し訳ないと思うが、証拠が不十分だったことが一番の原因」「中立の立場から、こうなった」

 鹿児島市の老夫婦殺害事件の評決に参加した6人の裁判員全員と補充裁判員2人の計8人は判決言い渡し後、記者会見に臨んだ。40日間の長期の裁判を振り返り、無罪判決に至るまでの思いを語った。

 一礼して着席した8人の表情はみな硬く、マイクを通しても、声が聞き取りにくい。

 冒頭、死刑の求刑で無罪が言い渡されたことをどう受け止めるかを尋ねられると、「判決通り。それだけだ」「同じく」「判決文の中に全部出ていると思います」。8人は言葉少なだった。

 法廷で行われた10日間の審理では、裁判員が被告人や証人に直接質問する場面がなかった。このことを問われると、裁判員の一人は「素人ですので。言葉がすごく大切。質問の仕方によっては検察に有利になったり、弁護側に有利になったりする。難しいので裁判官に任せた」。別の裁判員は「質問はけっこうあったが、内容の言葉は難しくて言い方一つで、どうとでもとれる。やっぱり慣れている方にお任せしようと判断した」と答えた。

 遺族の極刑への思いはどう受け止めたか−−。その質問への裁判員の答えは様々だった。

 「遺族の方には申し訳ないと思いますが、証拠が不十分だったことが一番の原因」、「証拠に基づいて考えなければいけない。中立な立場で話をした」、「公正な立場で判断した。疑わしきは被告人の利益に、ということがありますので」。

 40日間の長期の裁判については、「家族にも迷惑をかけた。仕事上でも大変だった」との声があった一方で、「あっという間だった」「不安があったが、家族にも支えられた」などの感想も聞かれた。

2010年12月10日 asahi.com


罪を犯していない者を無罪とすることは「遺族の方に申し訳ない」んだそうですが、これはマスゴミが質問して言わせています。どこの誰が質問したのか知りませんが、この質問には、この裁判のように問題になっているのが量刑ではなくて被告人が有罪か無罪かという場合においても「遺族の極刑への思い」、いわゆる「処罰感情」が考慮されなくてはならない、という含意があります。

いつもながらマスゴミの程度の低さには頭が下がりますが、要するに遺族のことが気の毒だと思うのであれば無実の者でも死刑にすべきだ、というのがこの質問をした人の考えていることです。これは一見するとトンデモナイことのように思えますが、質問者は裁判に「遺族」が参加していることの意味をよく知っているとも言えるでしょう。彼等は裁判官や裁判員の判断を曇らせ、検察の貧弱な立証を涙で補うためにそこにいるのです。

もっとも、この事件の「遺族」は、「事前に(意見陳述の)内容を見た平島正道裁判長が、被告の犯人性を主張したとみられる一部の陳述を削除するよう指示し」た(産経ニュース)とされるほど、むしろ冤罪を生み出すことに積極的に加担したと考えられるようなところもありますから、彼等を単に検察の「助手」とか「操り人形」のように看做すのは失礼というものでしょう。「遺族」だって一人前の人間なのです。

ところで、この裁判の論告求刑で検察官は「被告の犯行でないとするのは「健全な社会常識に照らしてあり得ない」と指摘した」(共同)そうです。どっかで見たような、と思ったら、この間の坪井さんの判決にも「健全な社会常識」が出て来てました。しかし白浜さんの事件の論告求刑は11月17日ですから、検察が坪井さんの真似をしたわけではないようです。

思うに、どこの検察でも起訴するのに証拠がない場合や被告人が犯人でない場合には「健全な社会常識」を持ち出すことになっているんでしょう。しかし冤罪判決だからといって検察論告を、その決まり文句までそっくりそのままコピペしてしまう裁判官がいるんですから、こんな人にかかっちゃ「遺族」も「仕事」のし甲斐というものがありません。この点、今回の裁判は「遺族」にとって大いにやりがいのあるものであり、満足のいく裁判であったと思われます。
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2010年12月09日

イスラム歌舞伎が県知事に

「被害者対応」の徹底指示=身の危険想定、全部署に−テロ情報流出・警視庁


 警視庁公安部外事3課の内部資料とみられる国際テロの捜査情報がインターネット上に流出した事件で、警視庁は9日、個人情報をさらされた在日外国人ら被害者について、全部署に内部通達を出し、身の危険を感じた110番に備え、迅速に対応するよう指示した。捜査関係者が明らかにした。

 同関係者によると、警視庁はこれまで、実名や住所などの個人情報がネットに出た被害者から苦情や相談が寄せられた場合、関係部署が個別に対応。流出情報の内容によっては同庁から相手に連絡して対応していた。

 9日の通達は、岩瀬充明副総監名で出され、こうした被害者対応の徹底化を全部署に指示。特に被害者が身の危険を感じて110番するケースも想定し、「本人や親族の生命、身体、財産などに危害が及ぶ恐れが生じた際には、迅速で組織的な対応を」と通達した。

 苦情や相談には、相手の心情に配慮した上で、不安感の除去に努めるよう求めた。

2010年12月9日 時事


誰も110番してくれないので仕方なく出て来た記事です。前にも警視庁はほとんど同じ事をかかせているのですが

「相談あれば個別対応」=個人情報流出被害者に−警視庁


 国際テロの捜査情報流出問題で、警視庁は3日、インターネット上などで個人情報をさらされた「被害者」について、相談を受けた場合は防犯指導をするなど個別に対応していることを明らかにした。

 警視庁は「内部資料かどうかも捜査・調査中」との立場だ。しかし、同庁幹部は「一律のアプローチはしていないが、生命や身体、財産に不安を持っている人がいれば、警察が守るのは当然だ」としており、中には警視庁から連絡を取り、対応するケースもあるという。

2010年12月3日 時事


しかし110番が来ないのは当然でしょう。これは例えば、僕があなたの事についてある事ない事を、例えばあなたが同性愛者だとか何だとか書いたメモ帳を落としちゃって、これを拾った人がその内容を広めてしまったとすれば、あなたは石原軍団から迫害される危険を感じる事でしょうが、そのことについてあなたは僕に相談しなさい、と言っているのと同じです。

元はと言えばあなたの事をかぎ回って住所氏名電話番号交友関係性癖偏食下着の色嫌いなミュージシャンなどデタラメや憶測を含む色んな悪口を書いていた僕が悪いわけですが、あなたはその僕に電話して、どうかお助けを、と言いなさい、僕はあなたの「心情に配慮した上で、不安感の除去に努め」ますよ、という、これはしかし相当に抵抗を感じざるを得ない提案ではないでしょうか。

おそらく「被害者」の中には、警察などにはもう金輪際関わりたくないと思っている人もいるでしょう。そういう人はなかなか警察に相談などはしないものです。頼りになる「実力」を持ったお友達がいればそっちに相談するかも知れません。しかし「被害者」の多くは、そのような役に立つ友人を持っているとは限りません。

そこで警視庁では「流出情報の内容によっては同庁から相手に連絡して対応」していたそうです。何といっても今までも「連絡」していた仲ですから、これからも「連絡」をするのに何の遠慮も要りません。てゆーかこれからは「不安感の除去」という立派な理由がありますから、誰憚る事なく折りをみてしょっちゅう「連絡」することが出来るわけです。

多分、警視庁が想定しているのは、今回の「被害」をきっかけにして対象外国人が相互に連絡を取り合って組織化される事でしょう。すでに告訴状を出したりという目立った動きをする人たちがいます。警視庁にとってはこのグループがまた監視対象となるのであり、「被害者」は全てこのグループと接触する虞れがあるのですから、引き続き監視を続ける事が「必要」でありましょう。

これで目出たく「国際テロ組織」が認知されました。地裁に訴えた人たちに「相談」したりするとテロリストと見なされるかも知れません。しかし警視庁に「相談」に行くのも考えものです。オマワリさんが自分の失態を隠すために「被害者」を「犯人」に仕立て上げてしまったりするような事はとりたてて珍しいことでもありません。ましてやこの度の「被害者」は、最初から「犯人視」されているのですから、下手に「相談」に赴いてしまえばそのまま「自首」という扱いになってしまう虞れもなきにしもあらずです。

まったくヒデぇ国に来ちまったもんだ、もう帰る、と言って出て行こうとすると、「国際テロリストが逃亡」ということで成田空港で大立ち回りを演じる可能性もあるのです。もし捕まっちゃったら海老蔵ばりの「にらみ」をやってみせれば、スカイマーシャルが「成田屋!」とか言ってくれます。やっぱり羽田じゃこうはいかねえ。そして結局は日本の伝統文化を愛し日本に忠誠を誓う外国人として同房者のいい慰み者になれるかも知れませんし、どっかの大根役者よりもマシだということで千葉県の知事になれるかもしれないのです。
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2010年12月07日

“理性”排し シャブ射った法廷

「自己中心的で冷酷」 家族3人殺害で22歳男に死刑判決


 宮崎市で3月、生後5カ月だった長男と妻、義母の3人を殺害したとして、殺人罪などに問われた無職奥本章寛被告(22)の裁判員裁判の判決で、宮崎地裁は7日、「自己中心的で冷酷な犯行。責任は重大で極刑に値する」として、求刑通り死刑を言い渡した。



 裁判員裁判での死刑判決は3例目で、殺害された被害者数は最も多い。奥本被告は起訴内容を認めており、家族内での事件にどんな量刑判断を示すかが焦点だった。



 裁判員だった宮崎市の会社員が言い渡し終了後の取材に応じ「評議の投票で自分の意思を表明するときは震えた。決まった後も涙を流した」と話した。



 判決理由で高原正良裁判長は「家族生活全般にうっぷんやストレスを募らせ、義母からのしっ責をきっかけに、自由で1人になりたいと3人の殺害を決意した」と指摘。



 犯行の計画性を認め、長男を浴槽の水中に放置した後で土中に埋めたことなどを「わが子への情愛は感じられず無慈悲で悪質だ」と非難した。



 被告人質問で動機を問われた際に「分からない」などとしか答えなかったことから「反省は表面的で、内省の深まりは乏しい」としたほか、遺族も峻烈(しゅんれつ)な処罰感情を持ち続けているとした。



 その上で、死刑適用の永山基準で示された「動機」「殺害方法」など九つの要素に言及し「若年であることなどから更生可能性は否定できないが、極刑を回避すべき決定的な事情とは認められない」と結論づけた。



 弁護側は「義母のしっ責で追い詰められた」として死刑回避を求めたが、判決は「義母に行き過ぎは少なからずあるが、大きく考慮するのは適当ではない」として退けた。



 言い渡し終了後、高原裁判長は「3人の冥福を祈り続けてください」と説諭。裁判員6人と補助裁判員4人の全員が、記者会見に応じなかった。



 判決によると、奥本被告は3月1日午前5時ごろ、長男雄登ちゃんの首を絞めるなどして殺害。妻くみ子さん=当時(24)=と義母池上貴子さん=同(50)=も包丁やハンマーでそれぞれ殺害し、雄登ちゃんの遺体を自宅近くの資材置き場に埋めた。

2010年12月7日 Sponichi Annex


動機は「分からない」だったそうです。この「分からない」をどのように解釈するのも自由なわけで、「反省は表面的で、内省の深まりは乏しい」と取るのも一つのやり方です。しかしどのように解釈するにしても、動機は「分からない」ままである事に変わりはありません。

したがって判決が「家族生活全般にうっぷんやストレスを募らせ、義母からのしっ責をきっかけに、自由で1人になりたいと3人の殺害を決意した」としているのは、検察の「自由に遊びたいと思って殺害した」という作り話をそのまま取り入れただけなのですが、作り話である事には変わりはありません。「自由で1人になりたい」などという動機は存在しなかったのです。

何よりもこの「動機」は事実によって裏付けられていません。そのような「動機」を持ち、その「動機」を「解決」するという目的を持った行動であれば、それは犯行様態に反映されていると考えられますが、奥本さんのやった事は「動機」に反する事ばかりなのです。弁護側は被告人の「犯行計画」の「稚拙」を言うようです。しかし元々はっきりした目標のない行動ですから、目的に対する手段の不整合を持って「稚拙」であるということは出来ません。

奥本さんの殺害はあまりにも無防備なものです。ただ単に3人を殺害してしまったものであり、この状態では奥本さんに嫌疑がかかる事は自明なのです。それはとてもではありませんが「自由」になりたい人がやる事とは思えません。ましてや「自由に遊びたい」人がやるような事ではないのです。

判決では長男の死体を埋めた事を持って「証拠隠滅を図った」としていますが、残念な事にあと2つも「証拠」が残っています。そっちの方も何とかしないと「自由」は難しいでしょう。しかもその2つは言い逃れのしようもない他殺体なのです。長男を道連れに義母と妻が無理心中を図った、というような偽装は無理な状態です。

仮に長男の死体を埋める事だけで「証拠隠滅」が完成するとすれば、義母と妻が自宅で殺されていて長男が行方不明であり、しかも夫であり父親である奥本さんに嫌疑がかからないという犯罪が行なわれたように偽装した、ということになりますが、そこでは一体どんな「犯罪」が想定されているというのでしょうか。この場合、「犯人」は2人を殺してでも長男を連れ去らなければならなかったことになりますが、この「犯人」の「動機」が何なのか、さっぱりわかりません。

判決が認定している「動機」には根拠がないようです。てゆーか「根拠」は検察の論告なのでありましょう。検察では「その若さであの家庭環境じゃ大変だよな、自由になりたいと思った事もあったろ?」と尋ねて、被疑者が「ええ、まあ」なんて答えればそれが「動機」になります。そのように答える事はわりと普通の事だと思えるんですが、言うまでもなく検察は優れた文学のようです。無駄な言葉は一つもなく、全てが罠なのです。

判決では全てが主文を説明するかのように物語られます。それが判決の構造ですが、しかしここでは判決に至る思考が死刑を目標にしてなされていると考える事が出来ます。奥本さんが長男の死体を埋めて他の2人の死体は埋めなかった事は、長男だけは不憫に感じたものであるとも解釈する事が可能であり、むしろ「わが子への情愛は感じられず無慈悲で悪質」という判決の解釈の方が了解し難いものでしょう。判決文の論理によれば、奥本さんは死体を埋めなかった義母の方に「情愛」を感じていたことになります。

判決による「「動機」「殺害方法」など九つの要素」の解釈には無理があるようです。それは全てを死刑判決に向けて合理化しなければならなかったことによるものでしょう。「ジャーナリスト・門田隆将」さんが書いておられるように、「裁判が始まる前から「結論(判決)は決まっている」という奇妙な現象」がここでも生まれているようです。しかしこのような「無理」も、その責任は「裁判員」という責任の所在がまるで明らかではない無責任な主体に帰す事が出来るようになったのですから、裁判官は充分な根拠のない判決を書く事に遠慮は要りません。それが異常な推定に基づく強引なものであってもです。まさに「司法の世界は、裁判員制度で新たな段階に入った」と言えるでしょう。したがって、「明日以降も、裁判員裁判では難しい判断が迫られる案件が目白押しだ。しかし、それぞれの法廷でどんな判決が導き出されるか、まったく予想がつ」かないというわけではないのです。まあ「まったく予想がつかない」とすれば、その方が問題なんですが。
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2010年12月06日

お地獄はこれからだ

阿久根市・竹原信一市長が失職〜398票の僅差は何を語る
自立する地域社会


 12月5日、鹿児島県阿久根市で、竹原信一市長のリコール(解職請求)の賛否を問う住民投票が行なわれ、賛成票が過半数を上回り、竹原市長は即日失職した。賛成票7,543と反対票7,145の差はわずか398票。同リコールで提出された1万197人分の署名からすると、賛成意見は2,654も減じたことになる。今回の結果がどのような意味を持つのか。

 開票結果を受けて、市長リコールを実施した住民団体「阿久根市長リコール委員会」の川原慎一委員長と、リコール成立後の市長選で立候補を予定している同委員会監事・西平良将氏の表情は険しかった。

 僅差の結果は、依然半数近くの阿久根市民が竹原氏を支持しており、来たる市長選が決して容易ではないことを示している。リコールは成立したが、署名数からは大きく後退。さらに選挙戦では西平氏が、竹原氏と比較される"新人候補者"として支持を集めていかねばならない。

 市長リコールが成立した一方で、11月29日に提出された阿久根市議会へのリコール(解散請求)署名9,266人分も進行している。市長と市議会の双方の関係を問題視する立場から、両リコールに署名した市民も少なくはない。住民投票が実施された場合、市議会解散の賛否に市民がどのような判断を下すか、注視すべきである。

 竹原信一氏は同日、来年(2011年)1月に行なわれる出直し市長選への出馬を表明した。 

 以前のNET-IBニュースの取材では、「自分のやるべきことをやるだけ」と、市長のイスに固執しない考えを語っていた。

 今回の開票結果後の記者会見でも「まったく残念じゃない、市民が、市がどうあるべきかを考える良い機会になった。市民が成長する機会になる」と、その姿勢を崩さない。

 竹原氏は、市議時代から市議会・市役所の問題を追及、ブログに公開するなど、保身に走らない政治活動を続けてきた。その一貫した姿勢こそが、根強い支持の理由でもある。

 そして、その是非を最終的に決めるのは阿久根市民であり、マスコミでも大学教授でもない。来年1月の出直し市長選へ向けて、阿久根市政をめぐる論争はいっそう熱を帯びることになるだろうが、一般論だけではなく、阿久根市民の目線・生活に重点を置いた議論が展開されることを願いたい。
【山下 康太】

2010年12月6日 データ・マックス


さすがは「データ・マックス」の記事であります。たしかに竹原さんは「市長のイスに固執しない」ような感じだったようです。もっともそれは、リコールが成立するとは思っていなかっただけなのではないかと思われるフシがあります。どうも竹原さんは不用意に負けてしまったようです。

「データ・マックス」も書いていますが、失職が決まった竹原さんは「市民が成長する機会になる」と宣ったそうです。なるほどこれは「市長のイスに固執」する発言ではありません。山下さんが「その姿勢を崩さない」と書くのも一応もっともではあります。

とはいえ、これはまたずいぶんと上から目線の発言ではあります。普段からそういう人だったと言ってしまえばそれまでですが、今回は「市民」のみなさんも大いに「成長」した結果がこれだったにも関わらず、自分を更にその上に置こうという言い方は例によって「強引」ですらあります。分かり易く言えば「無理がある」ということですが。

この発言をもって竹原さんの「人格」や「性格」を云々しても良いのですが、これは実際には誰でもよくやるところの「負け惜しみ」であると言うべきでしょう。そしてこれは投票の結果を目の当たりにして、とっさに竹原さんの口をついて出た言葉なのです。以前も似たようなことを言っていたような気もしますが、それをこの時点で言う事は計画されていなかったのではないでしょうか。こんなことを言うつもりはなかったのです。むしろ、竹原さんが用意していたのは次のような「分析」です。

「市職員の給料を下げるなどしたことで、損害を受けた人が中心に解職の投票をしたと思う」

2010年12月5日 毎日新聞


しかしこれは、リコールが成立しない場合に言うべき発言です。解職賛成の人が少数であればこそ、このような言い方で「既得権益を持つ少数者」を攻撃することが出来るのです。しかしながら、今回の投票の結果にこの「分析」を当てはめてみると、市長の施策によって「損害を受けた」市民が多数を占めた、という意味になってしまいます。

数が多ければ正しいというものでもないのですが、竹原さんは市民の中では少数に属する「市職員」を「敵」と名指す事でそれ以外の多数市民の支持を取り付けるというやり方でしたから、これは由々しき事態であると言えましょう。竹原さんは少数派に転落してしまいました。予想もしていなかった事です。あまりにも意外であります。このような事態に直面した竹原さんは、用意していた発言が状況にそぐわないものになってしまった事もワケが分からなくなってついつい喋ってしまったということだったのかも知れません。

もっとも、山下さんの書く事にも五分の理がないわけではありません。「選挙戦では西平氏が、竹原氏と比較される"新人候補者"として支持を集めていかねばならない」のです。これが出来なければリコールなどは何の意味もありません。そしてこれはそんなに簡単な事ではないのです。確かに現在のところ、西平さんは竹原さんに比べて特に魅力的であると申し上げるわけにはいきません。

そして実のところ用意周到であったりする竹原さんは、口先でアホなことを言っているウラでは、失職後に元オマワリさんが職務代理者となるように手を打っています。仙波さんは裏金には関与していないそうですが、その他の点では他のオマワリさんと変わるところがありません。むしろ他のオマワリさんよりも「真面目に」やっていたのかも知れません。

何しろマジメなので、発言の端々にその人柄がよく現れているというわけで、「ふじふじのフィルター」さんが起こした岩上安身さんによるインタビューがあります。

http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-e111.html
http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-0fb0.html

まあ、冤罪も裏金と関わっているということで、裏金と関わっていない仙波さんは冤罪にも関わっていないと言いたいようです。それはどうだか分かったものではないわけですが、容疑者にはかなり「確信」をもって迫るようですし、やり方もよく御存知のご様子です。ただ単に金のために意識的にでっち上げた覚えはない、というだけのことです。

この人を実質的に「市長」となる立場に置き、そして選管まで元オマワリさんで固めているのが竹原さんの選挙体制です。こういう人たちはマジメですからお金では動きませんが「大義」を放り込んでやると上手く作動しそうなのです。そしてその点では、警察では得られずに不満を感じていたところ、今やそれを与えられたわけですから、何をしでかすか分かったものではありませんが、西平さんはこれを敵に回して戦う事になるのです。
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2010年12月05日

国際社会はヘンタイを燃やして走る

サーバー排除、資金源も遮断=ウィキリークスに世界で圧力−米公電流出


 【ワシントン時事】大量の米外交公電を公表し、米政権と世界の外交当局者を震撼(しんかん)させた内部告発サイト「ウィキリークス」に対する圧力が、世界規模で高まっている。ウィキリークスへのサーバー提供排除に加え、世界有数のネット決済システム「ペイパル」(カリフォルニア州)がウィキリークスへの寄付金の送金業務を停止した。米主要メディアが4日、報じた。ウィキリークスは運用資金を寄付に依存しているだけに、送金ルートの一部が遮断されたのは痛手だ。


 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)によると、ペイパルは寄付の受け皿の口座利用停止を決定。理由として、違法な活動に関わるよう奨励したり、指示したりすることは利用規約に反するとしている。ウィキリークス側は「米政府の圧力に屈した」と反発した。ただ、寄付には複数の送金方法がある。


 ウィキリークスをめぐっては、ネット通販大手アマゾンがサーバー提供を停止。同サイトは一部をフランスに拠点を置くネット接続会社のサーバーに移動したが、仏政府は排除する手段を検討している。


 一方、創設者のジュリアン・アサンジ氏(39)に対しては、スウェーデン捜査当局から強姦(ごうかん)容疑で逮捕状が出され、国際刑事警察機構(ICPO)が指名手配。同氏は英国に潜伏しているとされる。


 ロイター通信によると、アサンジ氏の母国オーストラリアでは司法・警察当局が、同氏が国内法に抵触する活動をしていないか調べている。当局者は違法行為があればパスポートを失効させることを示唆した。

2010年12月5日 時事


オーストラリアでもアサンジさんの「犯罪」を捏造しようとしているようです。クリちゃんは上手いことを言いました。あれは「国際社会への攻撃」なんだそうです。秘密を共有している人々の「国際社会」があるというわけです。この「国際社会」が世界を支配しており、それは一枚岩ではありませんが共通の利益を有しています。僕なんかはこの「国際社会」の一員ではありませんが、ウィキリークスはこの「国際社会」の利益を損ねてしまったようです。

もちろん、この「国際社会」も「リーク」を行なうでしょう。「尖閣ビデオ」なんかは「国際社会」による「情報漏洩」なのではなかったか。もっともあまりインパクトはなかったようで、「北朝鮮」は延坪島を「砲撃」しなければなりませんでしたが、おかげでアメリカにとっては沖縄基地政策に明るい兆しが見えて来たというのも事実であります。

一方その頃日本の警視庁も「国際社会」の奴婢としてちゃんと働いていることが公になったものの、警視庁はその「功績」を誇る事をしません。日本人には「謙譲の美徳」というものがあるのであって、「自慢」のようなことはみっともない行為であるとされているのです。警視庁の態度は日本人として立派な態度であるといえるでしょう。

もっともこういう場合、自分では言わないものの他の人に言ってもらうという手を使うのが日本人の常套手段です。漏洩した情報の出版は差し止められており、それは警視庁とは別の人が、しかし密接な関係を有する別の部署ですが、他の口実をもって行なったのですが、周りの人は「あの賞賛すべき捜査はやはり警視庁の行動であった」ことを察する事が出来るようになっています。これを日本人の知恵と言わずして何を日本人の知恵と言えるでありましょうか。

そこで「漏洩」が新しい「政治」となるかのようです。アメリカに黒人大統領が誕生し、日本で「政権交代」が行なわれて、それが何らの「チェンジ」をもたらさないことがわかったので、有権者がいずれかの政党に投票するという「政治」の有効性はかなり疑わしいものとなりつつあります。むしろ「国際社会」に、彼等のやっている事は見られており、秘密は暴露されるものであるということを知ってもらう事が重要になっています。てゆーかそれは「報道」の役割だったような気もするわけですが、「報道」の有効性はとっくの昔に疑問に付されていたんですから仕方がありません。むしろ可能性として議論されていた「ネット政治」が現実に姿を現した時に「国際社会」は怒った、ということがポイントです。「民主主義」とは為政者がいやがる事をすることに他なりません。

とはいえ、「秘密」というものは隠されているとは限りません。言わなくても良い事を言う人はいるものなのです。

都青少年健全育成条例改正案:PTA団体など、都に成立求め要望書 /東京


 ◇反対派も会見

 都内のPTA団体などが3日、都青少年健全育成条例改正案の成立を求める要望書を都に提出した。石原慎太郎知事は「子供だけじゃなくて、テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。使命感を持ってやります」と応じた。

 要望したのは、都小学校PTA協議会(都小P、加盟248校)▽都私立中学校高等学校父母の会中央連合会(同246校)など5団体。都小Pの新谷珠恵会長が「児童を性的対象にすることが野放し状態。子供を健やかに育てるため、社会の力を借りないと環境整備できない」と説明した。

 一方、学者や評論家らは改正案への反対を訴えて都庁で記者会見した。藤本由香里明治大准教授は「時代物やSF漫画のキャラクターにも現代日本の刑罰を適用するのか。現実とフィクションを区別しない危険な発想だ」と強調した。児童文学者の山中恒さんは「日本の官僚は拡大解釈にたけている」と危惧した。【真野森作】

〔都内版〕

毎日新聞 12月4日(土)10時37分配信


ところがこの記事が12月3日の23時3分に配信された時には

<石原都知事>「テレビなんかにも同性愛者が平気で出る」 都青少年健全育成条例改正に意欲


 東京都内のPTA団体などが3日、都青少年健全育成条例改正案の成立を求める要望書を都に提出した。石原慎太郎知事は「子供だけじゃなくて、テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。使命感を持ってやります」と応じた。

 要望したのは、都小学校PTA協議会(都小P、加盟248校)▽都私立中学校高等学校父母の会中央連合会(同246校)など5団体。都小Pの新谷珠恵会長が「児童を性的対象にすることが野放し状態。子供を健やかに育てるため、社会の力を借りないと環境整備できない」と説明した。

 一方、学者や評論家らは改正案への反対を訴えて都庁で記者会見した。藤本由香里明治大准教授は「時代物やSF漫画のキャラクターにも現代日本の刑罰を適用するのか。現実とフィクションを区別しない危険な発想だ」と強調した。児童文学者の山中恒さんは「日本の官僚は拡大解釈にたけている」と危惧した。【真野森作】

〔都内版〕

毎日新聞 12月4日(土)22時39分配信


どこが違うかというと見出しが違うんですが、最初は石原都知事の同性愛者差別発言を見出しにしていたわけです。それが何かマズいと思ったのか、誰かに何かをいわれたのか知りませんが、みんなが寝ている間にPTAがまた例によってロクデモナイ事をしている、という「平凡」な見出しに差し替えられてしまっていたんですね。

多くの人が見出しだけを見て、興味を惹かれた時だけ記事の本文を読む、という事を考えるとこれは石原差別発言を中途半端に隠蔽しようとしたものでしょう。もっとも、ちょっと見ただけだと「テレビなんかにも同性愛者が平気で出る」ことと「児童を性的対象にすることが野放し状態」の間に直接の関係がないことから、石原さんの発言を見出しに持って来るとワケが分からなくなるという心配もあります。

しかしながら、TVに「同性愛者が平気で出る」ことと「都青少年健全育成条例改正案」とは少なくとも石原さんの中では繋がっているようです。TVに出て来る「同性愛者」は、別に「児童を性的対象にする」ようなことはしていません。TVの周辺にそういうことをする「同性愛者」がいるのかも知れませんが、その人はTVに出演していないのです。しかしTVに出演している「同性愛者」は、そのセクシャリティを強調することによって「TVに出演している「同性愛者」」たりえているのです。

一方でTVに出演している異性愛者は、自らのセクシャリティを強調していません。僕なんかは普段から異性愛者としてのセクシャリティを事あるごとに主張しているのですが、案外と「異性」のウケは悪いようです。何故でしょう。わかりません。「エロオヤジ」とか言われるんですが。

どうせ見てくれは良くねーよ。それはともかく石原さんにとっては、セクシャリティの現前に抵抗を感じるようです。石原さん的にはそれは暴力とかに置換されたりすれば平気なのかも知れませんが、とにかくそれを隠蔽したいのではないでしょうか。東京都青少年治安対策本部では「違法な性行為を不当に賛美や誇張したアニメや漫画が対象」とか言っていますが、石原さんの目指すところ「違法」かどうかなどはどうでも良い事です。石原さんにとっては「性」そのものが目につくのが「不当」なのです。

この辺、石原さん自身のセクシャリティとの関連が当然あるんだと思いますが、よくわかりません。少なくともTVに「平気で」出演していた「同性愛者」の「友人」を自称し、しかもそのことで関係者から批判されている程度には「複雑」なものがあるんでしょう。「文学」方面の事は良く知りませんが、それも「事件」のひとつなのかも知れません。

ともあれ、むかし誰と何があったか尻ませんし、どうせナニもないでしょうが、都青少年健全育成条例の「改正」は現在のところ背が高いだけで才能がなかった石原さんという人物の「性の悩み」を強力な動因として進められており、その行きつく先は「異常」なものとなるでしょう。もちろんそれはいわば「燃料」でしかないので、自動車がガソリンで動いている事が分かったってそれを運転している人はそれこそ「秘密」ですが、それに伴って「症候」として、文字通り「病的な」差別意識を「平気で」口にしてしまうのも困ったものであります。東京都は条例の改正よりも知事の治療を必要としているようですが、驚くべき事に日本では都知事の嘆かわしい性=政治的な「病状」は「秘密」でも何でもないのです。
posted by 珍風 at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月03日

霊媒判事坪井祐子の杜撰な降霊術

「多数の事実矛盾はない」 滋賀県のタンク殺人判決


 滋賀県米原市で交際相手の小川典子さん(当時28)を汚泥タンクに落とし窒息死させたとして殺人罪に問われた同市の会社員、森田繁成被告(41)を懲役17年とした2日の大津地裁判決で、坪井祐子裁判長は「被告を犯人と結び付ける多数の間接事実が認められ、矛盾はない」と述べ、有罪の判断を導いた。

 判決では、森田被告が事件後、小川さんとのメールを削除したり、必要がないのに自動車の修理を急がせたりしたことなどを挙げ「不自然な行動を繰り返している」と指摘した。

 量刑については「不合理な弁解を重ねた上に反省が見られず、責任は重い」としたが「計画性は認められず、無期懲役がふさわしいとは評価できない」と述べた。

 判決言い渡し後、裁判員を務めた50代の男性は記者会見で、検察側の証拠が少なかったと指摘。状況証拠だけでの立証について「素人には難しい。科学的な捜査のデータがもっと欲しかった」と注文を付けた。

2010年12月3日 共同


「科学的な捜査のデータがもっと欲しかった」そうです。本当はそういうものがあるべきなんですが、残念ながらありません。しかしそれがない事に、この裁判員は不満そうです。要するに被告人を有罪とするだけの証拠が不足していたという事のようです。

この「50代の男性」は『毎日新聞』が書いている「50代の男性会社員」と同一人物なのでしょうか。『毎日新聞』では「真実は犯人しか分からないが、証拠から最大限出しうる答えだ」と「胸を張った」ということになっております。

これらを総合すると、証拠は足りないけれども、与えられた証拠から有罪判決を導く事が出来た、ということでしょう。その「証拠」というのは検察が被告人を有罪にするために提出したものですから、そこから「答え」を「出す」とすれば有罪になるようになっているんですが。

その「証拠」というのは例えば、「被告が小川さんへ頻繁に送信したメールは事件後激減し、報道前に小川さんの死を知らなければ説明できない」、というようなものです。「被告」というのは「被告人」の間違いですが、これは時事通信社が書いた記事であって、検察の論告でこんな間違ったことを言っていたわけでもないんでしょう。それはともかくとして、この「証拠」は、森田さんが日頃から小川さんに対して一方的にメールを送信し続けていたということが前提となるでしょう。返事が来ても来なくてもツマラナイ用事でメールをし続けていたのでなければなりません。そうでないのであれば、メールが「事件後激減」したのは、単に返事が来ないからであるという可能性があります。

同じく時事通信社によれば、検察は「森田被告の弁解内容はその時点の証拠に合わせ大きく変わっており、被告の犯行以外にあり得ないとし、「うそを平然と重ねて罪を免れることに腐心し、反省の情は皆無」と非難」していたそうであります。これは言葉を換えて言えば「その時点の証拠に合わせて」供述が変化した、ということに他なりません。冤罪の大きな徴候であるという事が出来るでしょう。

しかしながら裁判では検察の論告に対してこのような疑いを差し挟む事は極めて礼を失する行為であるとされているようで、その点滋賀県の裁判員諸氏が模範的な礼儀正しさを長期にわたって保持し得た事は特筆に値します。

この上品な判決では、既婚男性が浮気を隠す、などという無作法はほとんど考えられもしないほど想定外のことであり、事件後に森田さんが「知人に被害者との交際関係を否定したり、被害者のメールなどを削除したりした」事に対して「言動は不自然だ」(讀賣新聞)と言い切っています。裁判員の皆さんは浮気をした事がないようです。僕だってないですよ。ええ、ありませんとも。

言動が不自然ですが、判決の動機の認定も不自然です。てゆーか「動機は不明」です。不明ではありますが、「何らかの事情で被害者との間で行き違いが生じ、被告が怒りを爆発させた可能性が高い」(朝日新聞)んだそうです。「何らかの事情」があったんでしょう。そりゃありますよ。何度かの情事もあったくらいですから何があっても不思議ではありませんが、これは森田さんが犯行を行なったと仮定した場合にはこのような「動機」が存在した「可能性が高い」ということですから、森田さんを有罪とするにあたって何ら説得力を持つものではありません。

要するに「動機」は不明です。てゆーか、ありません。おまけに「科学的な捜査のデータ」てーのは物証のことでしょうけれども、そんなのもありません。「状況証拠」は森田さんと被害者との間に性関係が存在した事、そして森田さんとしてはその関係を秘匿しておきたかった事を示し、それ以上の事を示唆していません。車両に血痕が残るようなことは、それは異様に興奮を高める、と言っておけば良いでしょう。つまり「森田って浮気してたんだぜ。しかもゴニョゴニョ」「ヤラシー!」というのがこの裁判の全てであるようです。

にも関わらず判決では「健全な社会常識に照らし、被告が犯人であることは、合理的疑いを差し挟む余地がない程度に立証されている」と断言しているのですが、まあもっとも、この文章は「被告人が犯人だという気がする」という意味しか持っていませんからどれだけ気が確かなのか計り知れません。しかしながら讀賣新聞の信じ難い報道によれば、同判決は「交際相手によって殺害された被害者が、絶望感を深めたとし」ているというのです。いくら被害者でも死んだ人が死んだ後で「絶望感」を感じたり、あまつさえ感情を「深める」というのは刑事司法史上に残るあまりにもあんまりな断定ですが、考えてみれば「遺族サービス」と化しつつある最近の法廷においては、ついに裁判官自ら霊媒の役割を果たすようなことも「合理的疑いを差し挟む余地がない程度」には予想の範囲内であるとはいえ、それなら被害者の霊に犯人が誰だか聞けば良いじゃないか、なんて言ってしまうのは、職業に対するあからさまな挑発以外の何物でもなく、そんな態度を取ればいつの日か「呪い」が、呆れ返るほど具体的なかたちを取って轢き殺しに来るかもしれないのです。
posted by 珍風 at 22:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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