2010年12月03日

霊媒判事坪井祐子の杜撰な降霊術

「多数の事実矛盾はない」 滋賀県のタンク殺人判決


 滋賀県米原市で交際相手の小川典子さん(当時28)を汚泥タンクに落とし窒息死させたとして殺人罪に問われた同市の会社員、森田繁成被告(41)を懲役17年とした2日の大津地裁判決で、坪井祐子裁判長は「被告を犯人と結び付ける多数の間接事実が認められ、矛盾はない」と述べ、有罪の判断を導いた。

 判決では、森田被告が事件後、小川さんとのメールを削除したり、必要がないのに自動車の修理を急がせたりしたことなどを挙げ「不自然な行動を繰り返している」と指摘した。

 量刑については「不合理な弁解を重ねた上に反省が見られず、責任は重い」としたが「計画性は認められず、無期懲役がふさわしいとは評価できない」と述べた。

 判決言い渡し後、裁判員を務めた50代の男性は記者会見で、検察側の証拠が少なかったと指摘。状況証拠だけでの立証について「素人には難しい。科学的な捜査のデータがもっと欲しかった」と注文を付けた。

2010年12月3日 共同


「科学的な捜査のデータがもっと欲しかった」そうです。本当はそういうものがあるべきなんですが、残念ながらありません。しかしそれがない事に、この裁判員は不満そうです。要するに被告人を有罪とするだけの証拠が不足していたという事のようです。

この「50代の男性」は『毎日新聞』が書いている「50代の男性会社員」と同一人物なのでしょうか。『毎日新聞』では「真実は犯人しか分からないが、証拠から最大限出しうる答えだ」と「胸を張った」ということになっております。

これらを総合すると、証拠は足りないけれども、与えられた証拠から有罪判決を導く事が出来た、ということでしょう。その「証拠」というのは検察が被告人を有罪にするために提出したものですから、そこから「答え」を「出す」とすれば有罪になるようになっているんですが。

その「証拠」というのは例えば、「被告が小川さんへ頻繁に送信したメールは事件後激減し、報道前に小川さんの死を知らなければ説明できない」、というようなものです。「被告」というのは「被告人」の間違いですが、これは時事通信社が書いた記事であって、検察の論告でこんな間違ったことを言っていたわけでもないんでしょう。それはともかくとして、この「証拠」は、森田さんが日頃から小川さんに対して一方的にメールを送信し続けていたということが前提となるでしょう。返事が来ても来なくてもツマラナイ用事でメールをし続けていたのでなければなりません。そうでないのであれば、メールが「事件後激減」したのは、単に返事が来ないからであるという可能性があります。

同じく時事通信社によれば、検察は「森田被告の弁解内容はその時点の証拠に合わせ大きく変わっており、被告の犯行以外にあり得ないとし、「うそを平然と重ねて罪を免れることに腐心し、反省の情は皆無」と非難」していたそうであります。これは言葉を換えて言えば「その時点の証拠に合わせて」供述が変化した、ということに他なりません。冤罪の大きな徴候であるという事が出来るでしょう。

しかしながら裁判では検察の論告に対してこのような疑いを差し挟む事は極めて礼を失する行為であるとされているようで、その点滋賀県の裁判員諸氏が模範的な礼儀正しさを長期にわたって保持し得た事は特筆に値します。

この上品な判決では、既婚男性が浮気を隠す、などという無作法はほとんど考えられもしないほど想定外のことであり、事件後に森田さんが「知人に被害者との交際関係を否定したり、被害者のメールなどを削除したりした」事に対して「言動は不自然だ」(讀賣新聞)と言い切っています。裁判員の皆さんは浮気をした事がないようです。僕だってないですよ。ええ、ありませんとも。

言動が不自然ですが、判決の動機の認定も不自然です。てゆーか「動機は不明」です。不明ではありますが、「何らかの事情で被害者との間で行き違いが生じ、被告が怒りを爆発させた可能性が高い」(朝日新聞)んだそうです。「何らかの事情」があったんでしょう。そりゃありますよ。何度かの情事もあったくらいですから何があっても不思議ではありませんが、これは森田さんが犯行を行なったと仮定した場合にはこのような「動機」が存在した「可能性が高い」ということですから、森田さんを有罪とするにあたって何ら説得力を持つものではありません。

要するに「動機」は不明です。てゆーか、ありません。おまけに「科学的な捜査のデータ」てーのは物証のことでしょうけれども、そんなのもありません。「状況証拠」は森田さんと被害者との間に性関係が存在した事、そして森田さんとしてはその関係を秘匿しておきたかった事を示し、それ以上の事を示唆していません。車両に血痕が残るようなことは、それは異様に興奮を高める、と言っておけば良いでしょう。つまり「森田って浮気してたんだぜ。しかもゴニョゴニョ」「ヤラシー!」というのがこの裁判の全てであるようです。

にも関わらず判決では「健全な社会常識に照らし、被告が犯人であることは、合理的疑いを差し挟む余地がない程度に立証されている」と断言しているのですが、まあもっとも、この文章は「被告人が犯人だという気がする」という意味しか持っていませんからどれだけ気が確かなのか計り知れません。しかしながら讀賣新聞の信じ難い報道によれば、同判決は「交際相手によって殺害された被害者が、絶望感を深めたとし」ているというのです。いくら被害者でも死んだ人が死んだ後で「絶望感」を感じたり、あまつさえ感情を「深める」というのは刑事司法史上に残るあまりにもあんまりな断定ですが、考えてみれば「遺族サービス」と化しつつある最近の法廷においては、ついに裁判官自ら霊媒の役割を果たすようなことも「合理的疑いを差し挟む余地がない程度」には予想の範囲内であるとはいえ、それなら被害者の霊に犯人が誰だか聞けば良いじゃないか、なんて言ってしまうのは、職業に対するあからさまな挑発以外の何物でもなく、そんな態度を取ればいつの日か「呪い」が、呆れ返るほど具体的なかたちを取って轢き殺しに来るかもしれないのです。


posted by 珍風 at 22:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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