2010年12月22日

アフリカの英霊

原告側の控訴を棄却、国の政教分離違反にも言及 靖国合祀拒否訴訟で大阪高裁


 靖国神社に合祀(ごうし)された元軍人・軍属の遺族9人が「親族の同意なく合祀され、敬愛追慕の情に基づく人格権を侵害された」として、靖国神社と国に、合祀者を記した「霊璽簿(れいじぼ)」などから親族の氏名削除と原告1人あたり100万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が21日、大阪高裁であった。前坂光雄裁判長は、請求を棄却した1審大阪地裁判決を支持、原告側の控訴を棄却した。原告側は上告する方針。

 一方で判決は戦没者の氏名などを靖国神社に提供した国の行為について「政教分離原則違反」と言及。靖国神社の合祀拒否をめぐる訴訟で憲法の政教分離違反に触れたのは初めて。

 前坂裁判長は判決理由で、原告側が主張する人格権の侵害について「原告がイメージする人格権は靖国神社に対して抱く個人的な不快感や嫌悪感にすぎず、法的保護に値しない」と退けた。

 一方、国の合祀協力について「多数の対象者の合祀の円滑な実行に大きな役割を果たした」と指摘。「神社の宗教行為そのものを援助、助長した」として、政教分離原則に違反する行為か否かを判断する「目的効果基準」に沿って違反と言及した上で、「合祀自体は靖国神社の自律的な宗教行為。国の行為によって原告の信教の自由が侵害されたとはいえない」とした。

 判決について、政教分離に詳しい百地章・日本大法学部教授(憲法学)は「大変疑問が残る判決。合祀はあくまで靖国神社が行ったと認定したわけだから、国の行為について『政教分離違反云々』とする部分は不要な言及だ」

 厚生労働省社会・援護局の平林茂人業務課長の話「これまでの主張が認められたと考えている」

2010年12月21日 産經新聞


百地章さんの趣味は「ジョーク」なんだそうですが、なかなかどうしてほとんど玄人ハダシの腕前と言って良いでしょう。てゆーかこの人の場合、本当に本職と「ジョーク」の区別が無かったりしますから冗談で飯を食っていると言っても言い過ぎではありません。ところで「不要な言及」てのはどういう意味でしょうか。「言うまでもないこと」という意味でしょうな。まあ記事の方も、産經新聞ですから仕方がないんですが、「国の政教分離違反にも言及」って書くと、まるで「国」が「政教分離違反」をしていたという認識が当然のこととして共有されているように読めちゃうのね。それで良いんですけど。

「合祀はあくまで靖国神社が行った」とはいうものの、産經新聞の極めて遠慮がちの筆でさえ「戦没者の氏名などを靖国神社に提供した」とされる「国の行為」は、「合祀」には不可欠のものであったのは明らかです。てゆーか判決では「旧厚生省が戦後に合祀予定者を決めて神社側に通報した」とされているのであって、これはどっちかってゆーと国が決めて靖国神社にやらせた、という関係になります。

靖国神社は戦没者を祀るという性格上、誰が死んだのか調べないといけないわけですが、靖国神社が自ら調査に当たる能力はありません。そういう情報を持っているのは国ですから、国に教えてもらうことになりますが、国が靖国神社に情報を提供する事について判決ではこの行為を違憲と認めています。

したがって靖国神社は国が憲法に反する行為をなすことによってはじめて「合祀」を行なえる事になります。その存在は違法行為を前提としているのであって、「合祀」自体は犯罪ではないものの、国の違法行為を援助、助長し、影響を与えることになります。

これはヤクザの親分が自らは違法行為に手を染めないものの子分の違法行為によって利益を得ているような関係に喩える事が出来るでしょう。そこで前坂光雄裁判長が国と靖国神社のこのような後ろ暗い関係を認定する一方で、原告側の人格権の主張について「靖国神社の教義や宗教活動に対して内心で抱く個人的な不快感や嫌悪感にすぎない」としているのは矛盾しているのではないかと思われます。

むしろ原告側の主張する「不快感や嫌悪感」は靖国神社を巡る違法行為に対するものであり、それは「きちんと法が守られる社会に住みたいものだ」という、言ってみれば極めて真っ当な、単なる遵法意識のようなものに「すぎない」といえるでしょう。

にも関わらず今日も「犯罪」の立派な証拠が東京の真ん中におっ建っているわけで、そればかりか靖国神社はいつでも国に違憲行為をなさしめようと悪魔の誘惑をすべく待ち構えているところであります。なにしろこれから「戦没者」が発生することになっているのですから悪の道には限りがありません。

政府の「2011年度以降に係る防衛計画の大綱」によれば「防衛力の存在自体による抑止効果を重視した、従来の「基盤的防衛力構想」によることなく」、つまり軍隊がそこにいるだけで脅かしをかけようというのは止めて、「各種事態に対し、より実効的な抑止と対処を可能と」することになっています。

「より実効的な抑止と対処」というのは要するに一種の戦闘行為をする、という事に他なりませんが、弾を撃ったり撃たれたりしていれば無傷で帰れるとは思えません。当然死ぬ人も出て来ると思われます。靖国神社側としてはこれは願っても無いことでしょうから、死人が出るや否やハイエナのように駆け寄って来て、国に憲法違反を強請することは目に見えています。

「防衛計画の大綱」では「動的防衛力」とはいうものの、「動的」に必然的に伴う死者の処分については何も述べられていません。罪の誘いに屈するのか、誘惑を頑然とはねつけるのか、いっそのこと「政教分離原則」などというものはキレイサッパリ捨て去ってどこに出しても恥ずかしい、どうせ日本なんてそんなもんだ、ということになるのかよく分かりませんけど、既に「動的」を展開しているジブチの大統領に対して、天皇は一応の挨拶は済ませた模様です。


posted by 珍風 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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