2011年03月30日

流言&カンパニー

ネット流言、漠然と「不安」駆り立て 専門家は「普段と違う状態と自覚を」


 デマが拡散するインターネット、飲料水の買い占めに奔走する人々。震災の影響は被災地だけにとどまらず、先行きへの不安から農家が自殺する悲惨な出来事も起きた。解消されぬ「不安」に振り回され、冷静になろうにも冷静になれない。不安が人を駆り立て、それが広がっていく。専門家は「自分が普段と違う心理状態だと自覚する必要がある」と指摘する。

 《自衛隊では支援物資を受け付けています。各県の県庁が窓口です》

 震災発生直後、メールや単文投稿サイト「ツイッター」などで、こんな“呼び掛け”が広まった。

 宮城、青森県庁などの住所や必要な物品を詳細に記した上で、協力を訴えるものだ。防衛省には「物資を持ち込みたい」との電話が殺到した。だが、実際は防衛省も各県も物資は受け付けていなかった。物資が届いた宮城県の担当者は「もし大量の物資だったら混乱は大きかった」と話す。

 《【超拡散希望】宮城県花山村はいまだ救助は来ず、餓死した赤ちゃんや老人が後を絶ちません…》

 切迫感あふれるツイッターの書き込みだが、花山村は市町村合併で平成17年に消失し、現在は栗原市。震度7を観測したが震災の死者数はゼロで、市の担当者は「餓死続出などまったくない」と困惑を隠さない。

 こうした書き込みには《悲惨な状態のようです。広めてあげてください》と、悪意でなく情報を広めている様子もうかがえる。急を要する必要性を感じて親切心から《警察に通報した》と書き込んだ人もいた。

 ネット上では《情報源の確認を》《広めるべきことか冷静に考えて》という呼び掛けも盛んだが収ってはいない。東京女子大の広瀬弘忠教授(災害・リスク心理学)は「大地震が起こると、被災地より周辺でデマや流言は起きやすい。『この先どうなるか分からない』という不安に支配されている」と分析する。

 先行きの見えない不安。それは、出荷停止を受けた福島県の農業を営む男性を自殺に追い込み、首都圏では飲料水の買い占めなど深刻な悲劇を招いている。「基準値を超えた」という情報の断片にとらわれ、「何が」「どれぐらい」「どうなるのか」という評価は置き去りにしたまま、人々は漠然とした不安に右往左往する。

 「福島で野菜が作れなくなるかもしれんな」

 福島第1原発の事故後の24日朝、家のそばで自ら命を絶った同県中部の男性(64)は不安をこう口にしていた。

 放射性物質による「風評被害」は農家だけを見舞っているのではない。

 「体は大丈夫なの? お店は平気?」

 友人にそう心配された福島市の和菓子店経営、須田輝美さん(50)は驚いた。「『福島』というだけで危険と思われているのか」。

 福島市は屋内退避地域(原発から半径20〜30キロ)ではない。だが、賑わっていた周囲の街はゴーストタウンのような静けさだ。須田さんの店も日々の売り上げは震災前の3分の1以下。県外からの注文も絶えた。

 「福島は危ない、と言われ続ける。そのほうが私たちには放射能よりよほど怖い」。須田さんはつぶやいた。

 混乱は首都圏でも続く。
 
 「水を見つけたら、とにかく買ってきて」

 6カ月の長女を育てる東京都台東区の主婦、瀬能美津江さん(41)は夫にそう頼んだ。東京都の浄水場から乳児の摂取制限を超える放射性ヨウ素が検出された23日。瀬能さんは飲料水を求めてかけずり回ったが、「500ミリリットル入り1本しか買えなかった」。翌日、摂取制限は解除されたが「まだ安心できない」と感じる。

 神奈川県平塚市の会社員の男性(35)は妻(35)と近所のスーパーを訪れた。客が列をなし、店が入場制限している様子を見た妻は、激しい動悸を訴え、こう言った。「これからどうなるの。買わなくても大丈夫なの」

 妻はストレスで過呼吸を患っている。男性は「周りを見て“何か買わなければ”という気持ちになったようだ」と話す。震災後、首都圏で食品などが品薄になった後に、基準値超えの水道水が相次ぎ、混乱に拍車が掛かった。

 蓮舫消費者行政担当相は25日の会見で、「品薄状態は解消されつつある」と述べ、「引き続き、冷静な購買行動をお願いしたい」と訴えたが、冷静さは戻らない。

 三重県に住む主婦(63)は、1リットルのミネラルウオーター15本と、お茶のペットボトルも20本買った。「被害は何もないが、とにかく不安。何を信じていいか分からないからいっぱい買ってしまう」

 群衆の行動や心理について詳しい新潟青陵大大学院の碓井真史教授(社会心理学)は「現在、自分が普段と違う心理状態だと自覚する必要がある」としたうえで、こうアドバイスする。

 「一部の極端な行動で多くの人が脅かされる。そういうことを皆が理解し、協力しようとすれば、パニックは避けられる」(高橋裕子、森浩)

2011年3月30日 産經新聞


碓井さんは「群衆の行動や心理について詳しい」人なんだそうです。これはウソではありません。碓井さんはそういうことに本当に詳しい、てゆーか「群衆」の良き理解者なのです。例えば碓井さんは畠山鈴香さんをいじめた「群衆の行動や心理」に最大の理解を示しています。

しかしながら、現在の彼女を見ると人格障害的な部分を感じるのですが、おそらく高校生のときからそのような言動が見られたのではないかと推察できます。

この文集の言葉だけを見ると、ずいぶん冷たいひどい言葉だと感じます。ただ同時に、おそらく級友達もずいぶん傷ついてきたのではないかとも感じます。。彼女は大変なトラブルメイカーだったのではないでしょうか。(だからといってこんな言葉を文集に残してよいわけではありませんが。)

 彼女が「反社会性人格障害」や「演技性人格障害」の傾向をもっていたとすると、平気でルールを破り、責任を果たさず、他者を傷つけ、同時に自分に危害が及ぶことにも無頓着で、そして芝居じみた大げさなウソをとても上手くついていたが想像できます。

 仕事をすぐに辞めそう、自殺しそう、詐欺師、女優、といった文集に載っている言葉は、当時の彼女の様子をあらわしているようにも思えます。
彼女は、嫌われて、このような悪口を言われてもいたしかたない面があったのかもしれません。(悪口を言っても良いという意味ではなく、なぜこんな悪口を書かれたのだろうかということに関する考察です。)

***

(いじめを肯定しているのではありません。いじめられる側にも問題があるなどと言っているのではありません。問題があればいじめても良いなどといっているのではありません。
もし私が容疑者女性が高校生の時に、彼女から「私はいじめられている。文集にもこんなことを書かれた」と言ってきたら、全面的に彼女の側に立ったことでしょう。)

http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/news2/2006/akita_muder3.html


碓井さんは自分自身が誰かをいじめるとは言っていないそうですし、いじめるのが良いと言っているわけでもないそうですが、「いじめ発生のメカニズム」を「イジメられる側の要因」に基づいて理解しています。もっとも、「いじめられる側にも問題があるなどと言っているのではありません」と言っていますから、多分それは「問題」なのではなく、単にいじめが発生している状況における「要素」でしかありませんが、「ずいぶん冷たいひどい言葉」であります。

碓井さんはこのページに色々と加筆をしていますが、どうしてもいじめの原因を被害者側に持って行きたいようなのであまり言い訳になっていないようです。もっとも最初から「文集」の文言をほぼそのまま畠山鈴香さんに関する事実の記述として受け止めているくらいですから、「群衆」の理解者であるばかりでなく、その味方であり、擁護者であり、そうかと思ったらただの「群衆」の一部でしかなかったりするところに碓井さんの真骨頂があるものと思われます。

そこで碓井さんは現在「普段と違う心理状態」なんだそうですが、してみると普段よりマシになっている可能性があるわけです。広瀬弘忠さんによればこのような「心理状態」は、「この先どうなるか分からない」というものであるようです。これは「この先」のことを真面目に考え始めたことを意味しています。「普段」は「どうなるか分からない」ところの「この先」については、「不安」なので考えないようにしているのですが、「普段と違う心理状態」においてはこの「不安」に向き合うことになるようです。

例えば放射線に関する「風評被害」が存在します。これは本当は「風漂被害」と書くのですが、難しい漢字が不得意な産經新聞のコンピュータでは変換出来なかったようです。これなども「基準値を超えた」ものの「ただちに健康に影響はない」という情報に接した「普段と違う心理状態」が、「この先どうなるか」を考えてしまったことに起因します。「ただちに健康に影響がない」程度に「基準値を超えた」のは現在、というか正確には過去の話であり、「この先どうなるか」というのは「今頃どうなってるか」を含むわけですが、それは原発の事故状況に左右されます。ところがその原発の方がどうなっているのかあまり明らかではありません。

もちろん、「普段と違う心理状態」においては「ただちに健康に影響がない」という表現も「あとで健康に影響がある」と正しく反対解釈される程度には注意力が鋭敏になっているとも考えられます。「ただちに」は現在に注意を向ける言い方ですが、「不安」は未来を向いているのです。そしてそれは概ね、人に慎重な行動をとらせるものです。

「普段」の「心理状態」においてはあらゆる危険が軽視されます。例えば自動車の運転者は警察による取締が存在しない限りにおいて制限速度を無視して走行しています。時速20キロかそこら超過していてもただちに事故に遭遇することはありません。極たまに事故っている人がいますが、多くの人は度重なる速度違反がただちに事故に結びつくわけではないことを知っています。「安全規準」というものはそういうものなのです。飲酒運転も同様であり、飲んで運転して帰って事故らずに家に着いたことのある人は大勢いるでしょう。

これが一回事故に遭ったり、身近な人が事故を起こしたりすると「普段と違う心理状態」に陥ってしまいます。きちんと制限速度を守り、飲んだら運転しないようにします。助手席に座ってもスピードメータが気にかかり、左手がドアの上についている把手から離れません。もっとも、半年位するとまた「普段の心理状態」に戻るようですが。

飲酒運転については、一時はマスゴミと警察が「普段と違う心理状態」になってしまい、事故を起こしてもいない飲酒運転を矢鱈と沢山捕まえるのみならず、昨日は何件今日は何件挙げたと報道して大騒ぎ、果ては当事者は職場をクビになるなどの「パニック」に陥ったりしていたものでしたが、今では「普段」に戻ったようです。

もっともマスゴミの「普段と違う心理状態」は「不安」に起因するものでもないようで、「不安」の存在しないところでパニックを起こし、「不安」の存在するところでは乱暴なことに「普段の心理状態」における「安全規準の軽視」を推奨すらしています。だからと言って普通の道路を時速160キロでつっ走るような「極端な行動」は「多くの人が脅かされる」ので考えものですが、「リスクの過小評価」はむしろ「普段の心理状態」において起こりやすいものです。そしてそれが経済的な利益と結びついている時には、異常なまでの過信ということになるのですが、幸いなことにこの利益は「群衆」とは関係のないものですから、大多数の人は安心して不安がることが出来るのです。
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2011年03月28日

呆射精ウヨ素 浜松で検出

◇ コ ラ ム ◇ 大地震発生


 本日午後東北地方を中心に大地震が発生した。

 私はたまたま偶然浜松にいた。ちょうど地震発生時に階段をいそいでおりていたので気がつかなかった。まわりの人たちがいうには結構浜松でも揺れていたという。浜松の震度は3のようだ。横浜の両親に連絡したらかつてないような揺れだとのこと。

 東京の議員会館の秘書のH君が妻にいうには、議員会館はかなり揺れていたとのこと。

 それにしても、国会会期中は金曜日はほぼ100%東京におり、夕方に浜松に戻るのだが、なぜか昨日の木曜日「地元に戻らないと」と思って、15時からの比較的重要な会合を途中で抜け出して16時03分東京発の新幹線で浜松に戻った。

 東京発の新幹線がとまっているので今日東京にいたら浜松に帰って来れなかったかもしれない。不思議なことがあるものだ。

 しかし、実はちっぽけな存在の私のことなどどうでも良いのだ。

 大事なのは被災地の方々である。国と全国の地方自治体あげて被災地のみなさんの一刻も早い救出活動と復旧作業をすすめなければならない。みんなでできることからはじめようではないか。(その場合ひとりよがりや押しつけではなく、現地の人に迷惑のかからない形での支援が大切である)

 菅直人総理はつくづく運が良いなと思った。これで「外国人からの献金問題」がトップニュースから消えたのだ。天上界の神々が菅直人総理にもう一度チャンスを与えたのか、それとも地底の神々がなんとか菅直人総理をやめさせないように策動したのか。

 私はいかなる宗教団体にも所属していないが(多くの国会議員は便宜上複数の宗教団体の信者になっている)、唯物論者ではなく神々の存在を信じているのでふとそう感じたのである。

 菅直人総理大臣の外国人からの献金問題発覚直後の大地震、そして地震の発生源は菅直人総理と敵対している小沢一郎氏のおひざもとの岩手県である。何か偶然とは思えないではないか。

 地底の「根の国底の国(ネノクニソコノクニ、又はネノクニカタスクニ)」の神々は何にお怒りなのであろうか。これから何が起こるのであるか。われわれは何をなすべきか。

 今回のことをたかが自然現象、天災と受け止めて良いのであろうか。政治とは本来国家の繁栄と国民の幸せ、世界平和を祈りそれを実現させる「まつりごと(=「政」の訓読みは「まつりごと」)」なのに、党利党略や個人の欲得、足の引っ張り合いに走っていることに神様がお怒りになったからではないか。でも犠牲になるのはいつの時代も為政者よりも無辜の民なのである。

 いつだったか国会議事堂のてっぺんに雷が落ちた。これを天上界からの神の警告と受け取った国会議員は何人いたのであろうか。

 天上の高天原(タカマノハラ)に坐します神々がわが国と国民をお護りしてくださいますように、被害が最小限にくいとめられるよう祈るばかりである。

2011年3月11日 城内実オフィシャルサイト ブログ


「地震の発生源」は岩手県ではないような気もしますが、まあ当日のことですから多少の間違いは大目に見なければなりません。もっとも、岩手県だって被災しているんですし、そこが「小沢一郎氏のおひざもと」であることは勿論「偶然」ではありません。

小沢さんといえば「土建政治」などと言われるわけですが、これは岩手県の特産品が地震と津波であることの帰結であると言うことも出来るでしょう。そして、岩手県が被災したことが「偶然とは思えない」のであれば、今回のような地震と津波による被害がいつかは発生するということは想定の範囲内であったと言わなければなりません。

もっとも、城内さんが言っているのはそういう意味ではないようです。何しろ当日のことですから多少の気違いも大目に見なければならないのですが、地震が発生したのは「神様がお怒りになったから」なんだそうです。

まるで石原さんか何かですが、まあ、アノ手の人たちの可愛らしい頭の中が透けて見えるようでもあります。そこには大災害の報に接しての不安がむき出しに現れています。天災の偶然性に耐えることが出来ないので、その「ちっぽけな」頭から「天罰」とか「神意」の類いをひねり出してきて災害を必然化しようとしているのですが、言わなくても良い事を言い書かなくても良い事を書いて一生モノの恥をさらしたりするものです。

とは言うものの、それもある程度仕方のないことなのかも知れません。「天上の高天原(タカマノハラ)に坐します神々がわが国と国民をお護りしてくださいます」という信仰は災害への備えを困難にしかねません。なんてったって神国ですから日本に限って大災害など起こるはずがありません。てゆーか少なくとも城内んさんに限っては、そういう気持ちはほとんどないようです。

 蓮ほう節電担当大臣、辻元清美ボランティア担当総理補佐官という人事にも驚いた。今、必要なのは知名度の高い政治家ではなく、誰も名前を知らない専門家である。政治主導も結構であるが、このような大災害にあっては、専門家の知識と政治家の決断と責任が肝要なのである。

2011年3月14日 城内実オフィシャルサイト ブログ


誰ですか「誰も名前を知らない専門家」って。知らないのは城内さんだけです。知らないのは関心がないからで、城内さんにとっては「神様の怒り」に事前に備えるなどは不遜なことであり、そんな事をしてはならない。そのかわりイザ事が起こってから何だかエラそーな事を言えば良いというわけです。

ところでその「エラそーな事」というのは、実際には他愛もないことで、小沢さんがどーのこーのというのもついでの事に過ぎません。城内さんの趣旨は

 菅直人総理はつくづく運が良いなと思った。これで「外国人からの献金問題」がトップニュースから消えたのだ。天上界の神々が菅直人総理にもう一度チャンスを与えたのか、それとも地底の神々がなんとか菅直人総理をやめさせないように策動したのか。


というようなことです。神様のご加護かなにか知りませんか、菅さん有利な状況である、したがって「菅直人総理と敵対している小沢一郎氏」を「党利党略や個人の欲得、足の引っ張り合いに走っている」ものとして批判してしまえ、というわけです。「神々の存在を信じている」ということは強そうな方につくということに他なりません。

そんな城内さんですから、

 私が総理大臣であったら、先方が受ける受けないは別としてあえて野党自民党の谷垣自民党総裁を副総理兼防災担当大臣に任命するのだが。

2011年3月14日 城内実オフィシャルサイト ブログ


などという建設的な提案を恥ずかしげもなく公にしてみたりもしたものです。もっとも、菅さんの火事場泥棒的な「大連立」構想が頓挫したのは周知の通りです。神々は気まぐれであります。

神々の気まぐれのおかげで「犠牲になるのはいつの時代も為政者よりも無辜の民」なんだそうですが、城内さんが「ちっぽけな存在」よりもさらにちっぽけな「無辜の民」などを気にかけているわけではありません。

 なお、ご皇室について、ここでは詳しく申し上げるわけにはいかないが、私なりにあらゆる人脈を駆使して関係者にご進言申し上げた。とにかく太古より連綿と続く皇統をどんなことがあってもお護りしなければならない。

 今日の午後、不眠不休で今回の大地震の対応に追われているわが同志の某大臣政務官いわく、「皇統さへお護りできれば、自分たちにどんなことがふりかかろうとも、後顧に憂いなく、そのまま笑って死んでいけるよね。」

 けだし、そのとおりである。

2011年3月14日 城内実オフィシャルサイト ブログ


別に城内さんや某大臣政務官に「どんなことがふりかかろうとも」知った事ではありませんが、城内さんたちは先ず第1に「ご皇室」のことを考え、その次には「自分たち」のことを考え、そして「そのまま笑って死んでい」くそうですから、「無辜の民」の存在など忘れてしまいました。それは天皇や城内さんたちのこのようなあり方のために必要とされる限りにおいて時々引き合いに出されるものの、どうせ沢山いるんですから生きようが死にようがあまり関係ありません。

「某大臣政務官」さんは「皇統」のためにわがままな片思いをして、死ぬ覚悟をしている自分を鏡に映してセンズリをこいておられるところ、城内さんも負けずにそれを見ながら「けだし」だか「毛出し」だか何を出しているのか分ったものではありませんが、おそらく自分の燃料棒を露出してしごき立てているご様子であらせられます。不潔な物質をまき散らさないうちに早いとこ笑って死ぬべきでしょう。

しかしながら、こういう人たちも何かに使えるのかも知れません。問題は「皇統」でありますから、天皇自身よりも皇族の人々の動向が気にかかります。あの人たちが今どこにいるのか、「某大臣政務官」さんには「詳しく申し上げ」て頂きたいものであります。地下のシェルターに隠れているとか、那須の御用邸に行ったとか、その様な情報は大変参考になります。なにしろ「無辜の民」の胸の線量計はいつでも「故障」して急ぎ足だし、おしゃべり好きなカナリヤを鳥籠に入れてぶら下げて歩くわけにも行かないのです。
posted by 珍風 at 17:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

十八時の放射線浴

放射線を知る(上)放射線とは何か 不安定な原子核から放出


 一般によく使われる「放射能」という言葉は、物質が放射線を出す能力を持っていることを指している。放射性物質は、放射線を出す能力=放射能を持った物質という意味だ。

 では、放射線とは何か。物質を構成する原子核には安定しているものと不安定なものがあり、このうち不安定な原子核は余分なエネルギーを放出することで、安定した別の原子核になろうとする。この、別の原子核になるために放出されるエネルギーが「放射線」と呼ばれている。

 今、食品などに付着した放射線物質の単位として、「ベクレル」をよく見かけるが、これは不安定な原子核が、エネルギー=放射線を1秒間に何回放出しているかを示している。つまり、10ベクレルは1秒間に10回放射線を放出しているという意味を持つ。

 ただ、人体に与える影響の強さは放射性物質によって異なる。そこで、人体に与える影響度については「シーベルト」という単位で数値化されている。

 放射線は人体に影響を与えるというが、一般的に、普通に生活していても年間約2.4ミリシーベルトの自然放射線を受けている。国連科学委員会の2000年の報告によると、その内訳は呼吸で1.26ミリシーベルト、大地からが0.48ミリシーベルト、飛んでくる宇宙線からが0・39ミリシーベルト、そして食物からが0.29ミリシーベルトだ。このほか、胃のX線検診1回で0.6ミリシーベルト、CTスキャン1回で6.9ミリシーベルト被曝している。

 一方、ブラジルのガラパリという地域では、年間10ミリシーベルトの自然放射線を受けているが、それでも健康への影響はないとされている。

 現在、各地で大気中に1マイクロシーベルト以下の放射線が観測されているが、1マイクロシーベルトというのは1ミリシーベルトの千分の一。現状では人体に影響はない。心配しないでほしい。

 ■池内嘉宏(いけうち・よしひろ) 理学博士、財団法人日本分析センター理事

2011年3月22日 産經新聞



「放射線は人体に影響を与えるという」ときに、必ず胃部X線撮影が0.6mSvであるとか、X線CTは6.9mSvだとかいう事になっています。よく、このくらいの線量で人体にこういう影響があるという一覧表があるわけですが、その様な表には必ず医療被曝の値が入っているものです。これは一説には自民党政権が入れさせたという話もあるんですが、医師が全く安心して平気で患者をスキャナに放り込んでいると思ったら大間違いです。

てゆーか同じ胃部X線でも、「Wikipedeia」によれば4mSvということになっているし、CTは7〜20mSvとされています。立場によって違うのかも知れませんが、様々な見解があるようです。

線量限度の被ばくで発がん 放射線、少なくてもリスク


放射線被ばくは低線量でも発がんリスクがあり、職業上の被ばく線量限度である5年間で100ミリシーベルトの被ばくでも約1%の人が放射線に起因するがんになるとの報告書を、米科学アカデミーが世界の最新データを基に30日までにまとめた。



報告書は「被ばくには、これ以下なら安全」と言える量はないと指摘。国際がん研究機関などが日本を含む15カ国の原発作業員を対象にした調査でも、線量限度以内の低線量被ばくで、がん死の危険が高まることが判明した。



低線量被ばくの人体への影響をめぐっては「一定量までなら害はない」との主張や「ごく低線量の被ばくは免疫を強め、健康のためになる」との説もあった。



報告書はこれらの説を否定、低線量でも発がんリスクはあると結論づけた。業務や病気の診断や治療で放射線を浴びる場合でも、被ばく量を低減する努力が求められそうだ。



米科学アカデミーは、従来被ばくの発がんリスクの調査に用いられてきた広島、長崎の被爆データに加え、医療目的で放射線照射を受けた患者のデータなどを総合し、低線量被ばくのリスクを見積もった。



それによると、100ミリシーベルトの被ばくで100人に1人の割合でがんを発症する危険が判明。この線量は、胸部エックス線検査なら1000回分に相当するという。



また、100ミリシーベルト以下でもリスクはあると指摘。10ミリシーベルトの被ばくになる全身のエックス線CTを受けると、1000人に1人はがんになる、とした。



また、国際がん研究機関などが約40万7000人の原発作業員らを長期追跡した調査では、100ミリシーベルトの被ばくにより、がん死の危険が約10%上昇するとの結果が出た。



調査対象の平均累積被ばく線量だった約19ミリシーベルト程度でも、がんの死亡率がわずかに高まる可能性が示された。



日本の商業原発では2002年度の1年間に作業員が浴びた線量の平均値は1.3ミリシーベルト、最も多く被ばくした作業員は19.7ミリシーベルトだった。




※線量最小化の正しさ裏付け 利益と危険、厳密に評価を



低い線量の放射線を浴びても、発がんの危険性があるとの調査結果は、国や国際放射線防護委員会が「放射線被ばく線量は最小化すべきだ」としてきた正当性を裏付けるものといえる。

一部の研究者の間では、一定量以下の被ばくに害はなく、免疫効果が高まってかえって体にいい「ホルミシス効果」があるとの説も根強いが、今回の調査結果はこうした主張を退けた。

国の安全基準では、原発や医療業務に従事する人など職業被ばくの線量限度は5年間で100ミリシーベルト以下、1年間で50ミリシーベルト以下。

また、一般人は年間1ミリシーベルト以下とされる。専門家は、従来の基準をただちに見直す必要はないとしている。

米科学アカデミーの報告書によると、全身エックス線CTで1回に浴びる線量に相当する10ミリシーベルトで、1000人に1人ががんを発症する危険性がある。

専門家は、こうした医療被ばくが認められるのはあくまで、検査で未知のがんが見つかって早期治療できる「利益」が、被ばくによるがんの「危険性」を上回るという厳密な評価に基づいていることを強調。

こうした利益が見込まれる場合でなければ、余分な被ばくを極力避けることが大原則だとしている。



※従来評価より高リスク

草間朋子(くさま・ともこ)・大分県立看護科学大学長(放射線防護)の話

 

原発作業員の調査は、低線量の放射線を長期間、被ばくした人を対象にした初の大規模な調査だ。低線量でも影響があること、さらに、瞬間的に被ばくした広島、長崎での調査を基にした従来の評価より高いリスクを示していることは興味深い。

カナダなど一部の国のデータに引っ張られて高くなった可能性があるが、低線量では人体に影響がないと言い張るのは難しくなったのではないか。



※国際がん研究機関


世界保健機関(WHO)の付属機関として1965年に発足。現在日本を含む16カ国が参加し、本部はフランスのリヨン。がんを引き起こす原因や発症のメカニズムの解明、予防や治療法の研究が目的。

約900種類の化学物質や食べ物、電磁波などの環境要因について、ヒトへの発がん性を5段階に分類した評価報告が主な成果。放射線やウイルスの発がん評価にも力を入れている



※被ばく線量限度


個人が受ける放射線の被ばく線量の制限値。国際放射線防護委員会の勧告に基づき、各国が導入。日本では放射線障害防止法で定めている。

一般人は1年間で1ミリシーベルト。原発や医療現場にいる放射線業務従事者は1年間で50ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトとされる。自然放射線と、エックス線検査など医療で浴びる放射線は含まれな
い。

日本の商業原発で2002年度の1年間に作業員が浴びた線量の平均値は1・3ミリシーベルト、最も多く被ばくした作業員は19・7ミリシーベルトだった。


2005年7月1日 共同


アメリカのX線CTは10mSvなんだそうですが、この線量で「1000人に1人ががんを発症する危険性がある」そうですから、病院でやってるんだから身体に悪いことはないだろうと考えるのは早計です。病院では「検査で未知のがんが見つかって早期治療できる「利益」が、被ばくによるがんの「危険性」を上回るという厳密な評価に基づいて」やってるんだそうです。まあ、そう願いたいものです。

もっとも、「未知のがん」を見つけるための検査でいちいちCTスキャンやってません。アレは結構高いので、現状では「健康診断」的に使うのは一般的ではなく、少なくとも既に何らかの症状があって治療を要する患者に使っているようですから、リスクに比較した利得はより大になりますが、だからといって線量が低くなるわけでもありません。

一時は「健康に良い」というので原発の近所に引っ越したり、レントゲン車の後をつけて集団検診に紛れ込んでX線を浴びて来て「いやー若返るわい」という人も多かったようですが、そんな人いませんが、そういう「放射線ホルミシス」のようなことをいう人が最近あまりいないようなのは、この報告書がきっかけになっています。

しかしながら、「「被ばくには、これ以下なら安全」と言える量はない」という趣旨はあまり徹底されているとは思えません。てゆーか放射線の確率的影響については敢えて無視されているのが現状です。松本義久さんはTVに出て来て盛んに「100mSv以下の被曝で人体における影響が確認されたことはない」と繰り返しておられます。

まあ松本さんはまだマシな方で、「あとみん」では「200mSv」のところに「(これ以下の被ばくでは放射線障害の臨床的知見はない)」とされていますので、
http://www.atomin.go.jp/atomin/high_sch/reference/radiation/jintai/index_06.html
こういう話にも「半減期」があるようですが、これは確定的影響に限った話であることを断った上で言ってもらいたいものです。もっとも、「確認されたことはない」という言い方だと、それが「ない」ということも「確認されたことはない」ことにはなりますが。それから松本さんはグラフを書いたりするのもコワい。口で言っていることとは裏腹にグラフの線が上に向かって上がって行く可能性がある状況であることを、イヤでも思い知らされるというものです。
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2011年03月25日

放射線管理員の存在確率分布

建屋の水、通常の1万倍  福島第1原発事故


東京電力福島第1原発3号機で復旧作業に当たっていた協力会社の3人が高線量の放射線に被ばくし、うち2人が皮膚への障害が大きいベータ線熱傷の疑いと診断された事故で、東電は25日、現場のタービン建屋地下にたまった水の放射性物質の量が、通常の原子炉内の水の約1万倍に達していたと発表した。

冷却機能が失われた3号機で、原子炉や使用済み燃料プールにある燃料の一部が損傷している可能性を裏付けた。

2人は長靴をはいておらず、足が水に漬かった。東電は被ばくの原因について「前日の現場調査の際は水はほとんどなく、線量も低かった。このため、線量計のアラームが鳴っても故障と思い込み、作業を継続したとみられる」としている。今後、アラームが鳴った際の現場退避を再度徹底する。

2人は25日、詳しい検査を受けるため、前日に入院した福島県立医大から放射線医学総合研究所(千葉市)に移される。

2011年3月25日 共同


なんか「故障」とか言ってるみたいですけど。何よ「故障」って。線量計は故障なんかしないけど。「前日の現場調査の際」の線量なんてほとんどアテにならないんじゃない?事故の最中なんだから。これじゃまるで線量計がしょっちゅう故障して全然信用されてないみたいじゃん。そりゃーねーでしょー。おい、困るぜホント。何言っちゃってんのよ。

「線量計のアラームが鳴っても故障と思い込」んだ理由は2つしか考えられません。ひとつは線量計が故障していることが非常に多い場合で、この場合はそんなポンコツ線量計を使用している東電の責任が問われることになります。もうひとつは過去において線量計のアラームが鳴った場合に、常にそれは「故障」と解釈されていた場合です。東電は3つ目の理由を考案したようですが、いつ何が起こってもおかしくない状況で、「昨日大丈夫だったから」といって昨日のデータを信用して今日の線量計を信用しないという判断は普通の知能のよくなしうるものではありません。

まあ、実際のところ線量計がダメな場合も考えられないではないのですが、やはり「線量計のアラーム」が鳴ったときはすなわちそれが「故障」したときである、というふうに思う、そのような習慣が存在した疑いが濃厚であります。この場合、アラームが鳴動した時に「それは故障なんだよ」と教えてあげる人がいなければならないんですが、

被ばく作業員、放射線高い現場に管理員同行なし


 福島第一原発では事故後、これまでに少なくとも14人が年間100ミリ・シーベルトを超えていた。

 労働安全衛生法に基づく電離放射線障害防止規則では、原発などの作業員の一般的な許容被曝限度は年間50ミリ・シーベルトとされる。原発事故などで「緊急作業」をする際の被曝限度は年間100ミリ・シーベルトだが、厚生労働省は福島第一原発事故での緊急作業時に限り、被曝線量の限度を、250ミリ・シーベルトに引き上げている。

 福島第一原発では、放射線が高い現場では、放射線管理員が同行することになっていたが、24日は同行していなかった。前日に管理員が現場を調べた際、たまった水の量は少なく、放射線量も数ミリ・シーベルトと比較的低い状態だった。

 このため、管理員は、作業員が24日の作業で浴びる放射線量は上限が20ミリ・シーベルト程度と見て、同行しなかったという。しかし、作業員が現場に入ると、水も放射線も格段に増えていた。

 放射線防護の専門家は「汚染された水がたまる場所で作業をする際は、靴の中に水が入り込まないようにするのが当然の措置。それができていないとすれば、作業員に対する教育や管理員の指導が十分にできていないということだ」と指摘し、作業現場の安全管理のあり方を問題視する。

2011年3月25日 讀賣新聞


当日に限ってその人はそこにいなかったようです。どこで何をしていたのか不明ですが、いるべきところにいなかった模様です。何だか難しいのですが、原子核とか電子、それに中性子などが幅を利かせている業界ではよくあることなのかも知れません。「放射線管理員」はいわば「確率的に存在する」のです。彼はどこかに存在することは間違いありませんが、同時に原発敷地内の全空間に広がっています。トイレとか休憩室とか。ただし、何らかのトラブルがあった場合、彼がそのトラブルの起こった場所に存在する「確率」は低くなるであろうことが予測されます。

この「確率」が線量計に拘る「事象」と関連を持つのではないかと思われます。線量計が頻繁に「故障」を起こす場合は、そこに「放射線管理員」が存在する「確率」が低下します。「放射線管理員」は「故障」した線量計を交換することが出来ますが、それが行なわれない場合、線量計が「故障」した時と場所に「放射線管理員」が存在しない可能性が高くなるからです。しかし線量計の「アラーム」の鳴動を「故障」であると解釈するためには、そこに「放射線管理員」が存在しなければなりません。しかし逆に「放射線管理員」が存在しなくても「アラーム」の鳴動が「故障」であると解釈されるためには、「アラーム」が常に「故障」であるような「世界」が存在しているものと思われます。

これを日常的な「世界」では「線量計のアラームが鳴動した場合に常に放射線管理員がそれを故障によるものであると説明していた」とでも言うのかも知れませんが、「専門家」によればこの状態は「放射線管理員が同行していなかった」と表現されることになります。つまり「放射線管理員」は常日頃から自分の仕事をキチンと果たしていたので、イザというときに彼がいなくても作業員に仕事を続けさせることが出来たのです。日常の心がけが大事だとか、何か知りませんがそのような話しで、大変参考になりますが、しないに越したことはありません。
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2011年03月23日

私の運命線量計

IAEA 新たに専門家派遣へ


福島第一原子力発電所の事故を受けて、IAEA=国際原子力機関は、現在、福島県で放射線量を測定している専門家に加え、新たに東京などに専門家を派遣することを決め、調査体制を強化することにしました。

これはIAEAの当局者が、22日、明らかにしたもので、日本政府の要請を受けて、現在福島県で活動している4人の専門家に加え、新たに3人の専門家を東京など首都圏に派遣することを決めたということです。3人は23日に日本に到着し、今後、文部科学省などとともに大気や土壌に含まれる放射線の量を測定したり、草木などを採取したりして影響を調べることにしています。IAEAは今回、調査体制を強化することで、短期間にできるだけ多くのデータを集め、日本側から提供されるデータと比較しながら、より客観的な情報を加盟国に提供していきたいとしています。

2011年3月23日 NHK


IAEAでは日本政府や東京電力から提供される情報が不十分であるということで、「専門家」を3人前追加したようです。IAEAは「われわれは正確な状況を知らされていないのではないかと懸念している」そうですが、これは日本が辻雅之さんがかつて指摘した事に留意しているためであると思われます。

辻雅之さんによれば「日本のような先進国が原発の安全性を確かめてもらうためIAEAにお願いするというのは、実はちょっと迷惑」なのですから、「正確な状況を知らせ」たりして「お願い」しないことが求められます。
http://allabout.co.jp/gm/gc/293846/

辻さんによればこれはIAEAの予算の問題、そしてIAEAが存在する目的に関わります。その目的はひとつが「原子力平和利用の促進」であり、もうひとつは「核物質の軍事転用防止」です。もっとも特別な予算がつくのは特別査察だけであり、これは主に軍事転用防止の目的に沿って行なわれます。現在日本で行われている調査は、「迷惑」なことにIAEAの通常の乏しい予算の中から行なわれているのです。

もっとも、IAEAとしてもその活動は「原子力の平和利用」の「促進」という目的に規定されますから、「迷惑」をかけようがかけまいが同じ事なのかも知れません。菅政権ではこの「目的」のために「運命」を受入れる崇高なる義務を自覚している模様です。

原発は重要エネルギー源=地震多いのは運命−与謝野経財相


 与謝野馨経済財政担当相は22日の閣議後会見で、福島第1原発事故に関連し、「日本中どこの地域を探しても環太平洋火山帯の上に乗っている国だから(地震が多いという)その運命は避けようがない」と述べた。これは原発推進の立場から地震が多いことは原発を止める理由にならないとの考えを強調した発言。

 同相は「将来とも原子力は日本の社会や経済を支える重要なエネルギー源であることは間違いない」と語り、あくまでも原発を続けるべきだとの考えを示した。 

2011年3月22日 時事


核災害で癌になったり死んでみたりするのは日本の「運命」でありますから、どうせもうどうしようもありません。それに「運命」のとばっちりを受けるのは与謝野さんではありませんから平気なものです。もとより原発の設計はこの「運命」について相当割り切った考えで行なわれているようです。

原発安全性確保に「想定」世界的見直し必要


  班目(まだらめ)春樹・原子力安全委員会委員長は22日の参議院予算委員会で、今回の東京電力福島第一原発事故について「12日の班目氏の総理への発言が総理の判断を楽観的なものにしたのではないか」と福島みずほ社民党党首から追及され、「水素爆発がおきないとしたのはあくまでも格納容器内での話で、建て屋での話には言及していない」とした。そのうえで、今回の事故については(安全対策上)「想定を超えたものであり、想定について世界的な見直しがなされなければならない」との認識を示した。

  また、12日の総理への発言で総理の判断を狂わせたようなことはないと言明した。

  福島社民党党首はさらに、班目氏が浜岡原発の裁判で行った証言をとりあげ「非常用ディーゼルが2台とも動かない場合に大変なことになるのではないかと質問を受け、そのような事態は想定しない。そのような事態を想定したのでは原発はつくれない。だから、割り切らなければ設計なんて出来ませんね、と言っている。割り切った結果が、今回の事故ではないのか」と追求。班目氏は「割り切らなければ設計は出来ない、というのは事実。ただし、割り切った割り切り方が正しくなかったということも十分反省している」と答弁した。

  また「(そういう想定をすると原発はつくれないという発言は)ある意味、原子力をやっている者全体の意見を代表していってきたこと」としながらも「原子力を推進してきた者の1人として、個人としては謝罪したい気持ちがある」と語った。(編集担当:福角忠夫)

2011年3月22日 サーチナ


このような割り切りは「原子力をやっている者全体の意見」なんだそうですから、もう僕たちとしては「運命」がこの身に降り掛かるのを待っているしかないようなのですが、アメリカでは重要な軍事施設である日本列島の核汚染を懸念していたようです。

日本の原発は「コスト優先」=米外交官が06年に疑念−ウィキリークス


 【パリ時事】22日発行の仏紙ルモンドは、内部告発サイト「ウィキリークス」が入手した米外交公電を基に、在日米大使館の外交官が2006年の時点で、日本の原発について、コスト削減を優先し安全性をおろそかにしているのではないかと疑念を抱いていたと報じた。

 同紙によれば、米外交官は公電で、電力各社にコスト削減を強いる電力自由化の問題点を指摘し、日本政府が原発の安全性に関してルーズなのではないかと疑念を示した。また、原発の耐震性に関心を寄せ、地震が多い地域で原発建設への反対運動が増加していると指摘した。

 外交官はさらに、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを再利用する「プルサーマル発電」に関して、東京電力の事故隠しで延期されたものの、日本政府が推進すると決めた以上、電力各社に選択の余地はないとする関係者の話を紹介。「われわれは経費節減と生産性向上を合言葉に、安全が犠牲になる例をあまりに多く見てきた」と報告したという。 

2011年3月23日 時事


アメリカでは電力自由化が大問題を引き起こしましたが、福島第1原発については1971年から稼働していますから、「経費節減と生産性向上を合言葉に、安全が犠牲になる」のは自由化だけの問題というワケでもないようです。

とはいってもやはり安全性を確保するような考え方だと「原発はつくれない。だから、割り切らなければ設計なんて出来ません」というのが「原子力をやっている者全体の意見」であることには変わりありません。これはおそらく火力発電とのコスト競争が存在したんでしょう。

原子力発電は火力発電よりも低コストでなければならなかったのではないでしょうか。そうでなければあんなアブナい事をする意味がありません。原発推進はいわば国策なのであって、法律もないのにいきなり原子力研究予算を提起した中曽根康弘さんの縁故で就職した日本原子力発電株式会社出身の与謝野さんなどはそれを象徴するような政治家であるわけです。

したがってコストは何がどうなっても抑制しなければなりませんが、この場合、事故が起こった場合は仕方ない、てゆーか事故は常に「想定外」であり、したがってコストがかからないわけですから、「想定」については思いっきり「割り切る」ことによってコスト削減を図ることになる、というのが関係者の共通した了解であった、と斑目さんは言っています。事故が起これば大変な被害が発生するがそのときは政府が面倒見ますということです。

逆に高度な安全対策を行なった結果コストが上昇すると電気料金が上がる可能性があります。これは電力消費を抑制する効果を持ちますが、そうなると原発を作る理由がなくなってしまいます。作らなくてもよければ作らなければよい、というワケにはいかないらしいのがツライところなのです。

したがって安全対策上の「想定」は故意に低く抑えられ、起こるべくして起こる災害は「運命」として国民に押し付けられることになります。「心配ない」「大丈夫」と言っていたのが、一転して「運命ですからヨロシク」になっちゃう日が来ないとも限りませんが、「運命」に不公平があるのは何かと不都合ですから、東京ドームには隣接して専用の原発を設ければ良いのではないでしょうか。しかし東京も要りもしない、しかし除去可能な「日本の運命」を2つも背負わされちゃ大変ですね。
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2011年03月21日

ゆかいななかまがポポポポ〜ン

まあ確かに毎日毎日一日中、テンガロンハットに蝶タイの小僧が口を半開きにして笑いながら踊っていたり、仁科亜季子さんが出て来るのは良いとしても、癌だ脳卒中だ死ぬぞとオシムさんに睨みつけられたりするのは「ゆかい」でもなければ「たのしく」もないかも知れません。たとえ3日で撮った思いつきの字幕だけのでも、変わってもらった方が有り難いです。何の価値もありませんが。

ACジャパン テレビCMで抗議を受け、新CM開始


ACジャパンは19日、東北地方太平洋沖地震発生を受け、緊急制作した新CMの放映を開始した。

新CMは、震災の大規模な影響を鑑み、節電、買いだめの自制、無駄なメール・電話の自制などを促す明朝体フォントのテキストメッセージとナレーションのみの映像。



― 新CMのメッセージ



今わたしにできること



使っていない電化製品のコンセントは抜いておこう



災害時の連絡方法を決めておこう



必要がないのに買うのはやめよう



被災地の人の気持ちを考えよう



デマに惑わされるのはやめよう



無駄なメール、電話はやめよう



みんなでやれば大きな力に



まだこれまでの「大切なあなたへ」 、「あいさつの魔法。」、「オシムの言葉」、「見える気持ちに。」篇などのCM放送が多いが、新CMのオンエアも開始された。今後、徐々に新CMに移行していく。



◆宮城の方からも「今、がん検診?それどころじゃない」



震災後、テレビではACジャパンのCMが急増。この事態に、ネット上では「なぜACのCMばかりが流れているのか?」という声が多数あがっていた。
「モデルプレス」編集部がACジャパンに電話取材を行ったところ、AC担当者からは「宮城の方からも、なぜこの時期にがん検診に行けというのか?それどころじゃない」や、「怖くなるからやめてほしい」など、放送内容に関する電話が多数入っていたという。
「地震対策や被災者支援、励ましのメッセージなどのCMに一刻も早く切り替えられるよう、現在新CMの制作を開始し、対応します。」とのコメントがあった。



◆ACジャパンは公共広告活動の非営利団体



ACジャパンとは、広告を営利目的のためでなく、公共のために役立てようと、全国の企業から寄せられた会費で公共広告活動を行なう民間のボランティア団体。



◆ACのCMはテレビCMが空いてしまった枠を埋めるために放送されている



担当者によると、「地震が発生したことで、クライアント様の約70%以上がCMを自粛しているとテレビ局の方から聞いています。
また、テレビ局側も空いている広告枠を埋めるために、営利目的ではないACのCMを流さざるを得ないのが現状のようです。」



◆3月16日にはACジャパンが謝罪



「未曾有の大惨事となったこの度のことを受けて、多くの企業がCMの放送を自粛され、ACジャパンのCMが放送されることになりました。これらのCMはかならずしも非常時に対応できるようには作られておりません。」と謝罪文を発表していた。

2011年3月20日 モデルプレス


あれらはクライアント企業がCMを自粛した関係でテレビ局が仕方なく流しているもんだそうですが、ACジャパンには苦情が殺到していたとか。中にはACジャパンが余ったCM枠を買い漁っていると思った人もいるようです。

そう思われるのも無理のないところもあります。あれらのCMに酷似したものがラジオではしょっちゅう流れているんですが、それは『聖教新聞』の広告に他なりません。「あかひげ薬局」のラジオCMも目立つ、てゆーか耳立つもので、そんなモノが立ったってしょうがないんですが、『聖教新聞』の出稿は群を抜いていますから、聞いたことのある人は多いでしょう。

当たり障りのない、いちいちごもっともな「メッセージ」に続けてさらっとサウンドロゴを流されると、本体の「メッセージ」は意識されなくなって行きますが、サウンドロゴはより深く印象づけられる、というのが『聖教新聞』の高等戦術ですが、ACのサウンドロゴにも同様の効果を認めて「洗脳されてしまうのではないか」という恐怖を感じる人もいるようです。ACではサウンドロゴを削除するようにしているそうですが、それでも画面には「AC」のロゴは出てきます。そして多くの人は「AC」という胡散臭い略称が何のことやらサッパリ解りません。

ラジオで『聖教新聞』がやっているのと同じことをTVでやっているのがACである、という印象を持てば、この「AC」というのがなんかアヤシイ宗教団体のようなものであると勘違いする人もいるのではないでしょうか。もしかしてアレは「American Church」というキ印教の狂信者の団体なのではないでしょうか。いや、もしかすると世にも恐ろしい「Anarchist Club」なのかも知れません。

実際には「AC」とは「Advertising Council」のことで、昔は「公共広告機構」と言っていました。設立は1971年、大阪でのことで、発起人はサントリーの佐治敬三さんであります。いわば関西財界がでっちあげたようなもんですが、佐治敬三さんといえば東北地方では知らない人がいないというくらい有名な人でありますから、「AC」の正体を正しく理解したところでやはり被災地には反感を持たれる運命なのです。

「公共広告機構」の英語名を「Japan Advertising Council」としたのですが、「公共広告機構」という名称がなんだか公的な機関みたいだというので2008年に団体名を「ACジャパン」と改称し、ロゴの下に「よりよい社会をめざす民間の広告ネットワーク」という文字を入れましたが、これでますます正体不明になったことは否めません。

ACジャパンは、アメリカの「Advertising Council」みたいなのを日本に作ることを目的として設立されました。本家の方は「Ad Council」と言っておりますが、こちらの方の歴史はもっと古く、その設立は1942年に遡ります。当時は第2次大戦中なわけで、それは「The War Advertising Council」として発足しました。要するに「戦時体制における国民の理解と協力を得る活動を展開」していたわけです。国策に従って自国領域内での情報戦に従事し、戦意高揚に努めていたもんですから、戦後、といってもアメリカの場合「戦後」も戦争のしっぱなしですが、とりあえず「War」の文字を外したものの、アメリカ政府とは切っても切れない関係を続けているようです。
http://www.admt.jp/exhibition/permanent/koukyo.html

日本でも当初「公共広告機構」というやたらに四角張った、というのも子音が全部「K」であるという、プロの広告屋の仕事とはとても思えないお役所みたいな名前をつけたのにはアメリカと同様に政府のエージェントとして、あるいは政府のエージェンシーの元に活動するという目論見があったのではないかと疑われるわけですが、ACジャパンと内閣府政府広報室との関係はあまり明らかではありません。あくまで「民間のボランティア団体」というのが建前であるようですが、一朝事あらば何をおっ始めるか解らないというか明らかによく解るというか、胡散臭い事には変わりがないようです。
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2011年03月19日

ザ・略奪人

震災下でも「文化に根ざす規律」 東京滞在の米学者


略奪行為も、食料を奪い合う住民の姿もみられない。震災下の日本で守られる規律は、地域社会への責任を何より重んじる文化のたまものか――。東京に滞在している米コロンビア大学の日本研究者は、大地震への日本人の対応をこう評価した。



同大ドナルド・キーン日本文化センター所長のグレゴリー・フルーグフェルダー氏は会議のため来日し、11日の地震発生時は東京の国会図書館内にいた。「図書館は閉館を1時間半遅らせた。通常のスケジュールが変更されるのは非常に珍しいことで、災害の規模の大きさがうかがえた」と振り返る。



深夜になって地下鉄が運転を再開した時、きちんと列を作って待つ人々の姿に感銘を受けたという。「普段から社会的秩序と規律が守られているため、日本人は習慣通りの行動を容易に続けられるのだろう」と、フルーグフェルダー氏は話す。日本文化の根底にある共同体意識は、災害のストレス下で平時よりさらに強く働いているというのが、同氏の見方だ。「looting(略奪)という行為は日本では発生しない。われわれがこの言葉から受けるのと同じ意味を持つ日本語の単語が存在するかどうかも疑わしい」という。



米ボストン大学で日本文化を研究する人類学者のメリー・ホワイト教授は、「米国社会で略奪が起きたり秩序が乱れたりするのはなぜかを考える必要がある」と話す。同教授によれば、背景にあるのは社会的疎外や階級格差の問題。「日本にも疎外や格差はある程度存在するが、暴力に訴えたり、他人の所有物を奪ったりすることは文化的にとにかく受け入れられないのだ」と、同教授は分析する。



フルーグフェルダー氏によれば、米国人は個人主義に基づいて行動する。自分の利益を守るために全力を尽くし、他人も皆そうするという共通認識の下に、「見えざる手」ともいうべき秩序が生まれる。「日本人の場合は違う。秩序は集団や地域社会から、個々の要求を均等化するものとして発生する」と、同氏は語る。こうした傾向は大地震からの復興に役立つかとの問いに、同氏は「ひと言でいえば、そうだ」と答えた。

2011年3月14日 CNN


人は見たいものしか見ないもので、それはドナルドダックであろうとグレゴリーであろうと変わらないようです。フルーグフェルダーさんは地下鉄の行列を見てきただけです。しかも「運転を再開した時」の。「looting(略奪)という行為は日本では発生しない」という断定は、石原さんの「スーパーになだれ込んで強奪するとかそういうバカな現象は、日本人に限って起こらない」という決めつけと同じくらい、大した根拠はありません。

今のところ「スーパーになだれ込んで」「looting」を行なうような事態は発生していない模様ですが、しかしその理由を「文化」に求めるよりはスーパーに商品が存在しないことに求める方が簡単でしょう。いわば「略奪」は既に前もって行なわれてしまっていたのです。

しかし日本における「略奪」の特殊な形式は特筆されて然るべきであるかもしれません。それは見かけ上は通常の購買行動と区別することが困難です。ほとんどただの買い物のように見えますし、実際のところ普通の買い物でしかありません。しかし政府の詳細な研究によれば、1回の購買量が多いということです。

要するにヒマと金のある順に生活物資を買い占めてしまうわけですが、小売業者としては仕入れた商品を望む価格で販売しているだけですから特に損害はありません。お値段を吊り上げるのも勝手ですし、儲かり過ぎて困るくらいですが、本当に困るのは後から買い物に来た人で、この人たちのための商品はもはや店頭には存在しません。

日本における「略奪」は購買機会に恵まれない人の購買機会を奪う、という形で発生しています。それは「犯罪」を構成しない形式において他人の権利を侵害しますが、これが「日本文化の根底にある共同体意識」というものであるということらしいのです。それは神聖なる所有権を侵すことなく、同じような境遇にある人たちの間で奪い合いが起こるということなのです。

ホワイトさんによれば、日本では「暴力に訴えたり、他人の所有物を奪ったりすることは文化的にとにかく受け入れられない」んだそうですが、それは要するにあまり荒っぽいのは好まれない、ということでしかありません。スマートに、手を汚さずに出来ることであれば「日本文化」は大抵のことを受入れるようですから油断は禁物です。もっとも、そのような「キレイな」手段は、お金持ちや地位の高い人にとってよりアクセスが容易なものです。

このような状況をフルーグフェルダーさんは「秩序は集団や地域社会から、個々の要求を均等化するものとして発生する」と解釈しています。これは簡単に言えば、日本では「秩序」は「上から」「発生」するものであって、「略奪」といえどもその「秩序」の内部で行なわれ、「秩序」を破壊することはない、という意味でしょう。このような理解に基づいて、たとえばある共同体の「合意」はその「ボス」を説得したり、酒食オマンコで接待することによって得ることが出来る、という方針が導かれたりするようです。

しかし日本人は困った時にも暴れたりしないというわけではなく、過去においては略奪を伴う「打ちこわし」が行なわれたこともありますし、米騒動においては集団で米屋に押し掛け、値下げや在庫の放出を強要することが行なわれました。しかし現在では「格差」による「地域社会」の分裂が、このような集団行動を難しくしているかも知れませんから、各人が商品を無料で獲得して来るような形をとる可能性は存在するでしょう。

「買い占め」はお金のある人にしか可能ではありませんが、「略奪」であればビンボー人にも広く門戸が開かれています。いわば一時的に「平等」が実現されるわけです。この意味では逃亡中の小堺秀彦さんが「価格は市場が決める事だし、高くても売れる時はガンガン値上げするべきです」というのも、価格が極端に高騰することによって「略奪」の発生を促進する限りにおいて賞賛されるべきでしょう。

もっとも「略奪行為も、食料を奪い合う住民の姿もみられない」というのはまるっきりウソです。

略奪相次ぐ、石巻署が警戒 貴金属やレジの現金、食料品


 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市内で、強奪や無人になった店舗の金品や貴金属類を持ち去る事件が増えている。通行人を刃物で脅し、食料品を奪い取る事件も。石巻署は被害地域の警戒態勢を通常の3倍に強化した。

 特に市中心部から西部にかけて被害が目立つ。貴金属店では、浸水がなくなった後、残していた大半の貴金属や高級腕時計などが盗まれた。経営者の斎藤信子さん(64)は「大津波警報の発令と同時に従業員をすぐ避難させた。生命が優先と考え、商品を持ち出す指示はしなかった。被災者に追い打ちをかけるような犯罪」と泣き崩れた。

 高級衣料品でも、浸水しなかった男性用衣料品を中心に数百点が持ち去られた。レジを壊し、現金十数万円も盗まれ、被害額は2000万円を超える。経営者の高橋健悦さん(46)は「津波が引いた後、店のシャッターを閉めて管理したが、犯人はウインドーを壊して侵入した。女が段ボールに詰めて運んだという情報がある。経営再建のためにも何とか取り戻したい」と憤る。

 ドラッグストアでも略奪事件があった。目撃者によると、レジに並んでいた客ら数十人が、突然、金を払わずに逃げたという。石巻市釜地区から同県東松島市赤井にかけての国道398号沿線でも無人になったコンビニなどから食料品を持ち出す行為が続発。石巻駅前周辺では自転車盗も横行している。

 石巻署は「県警本部の応援を得て被害地の警戒態勢を強化している。復旧で大変とは思うが、地域が協力し合って自衛手段も進めてほしい」と言っている。

2011年3月17日 中日新聞


「秩序」を守るために「日本では略奪はない」という虚報が流されますが、その一方では「自警団」の組織を推奨するために「略奪があった」ことが報じられます。「報道」を元来「報導」と書きますが、まさに「導く」意図がない限り「報じ」られることはありませんし、一定の方向に「導く」ものである限り、相反する情報が併存してしまうのも平気であります。もっともフルーグフェルダーさんは偽情報に基づいていい加減な思いつきを得意になって喋ってしまったので恥をかきましたが。
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2011年03月17日

日本が世界に挑む、史上初のSFエンターテイメント

市場混乱させた欧州委員、「制御不能」発言を撤回


 欧州連合(EU)のエッティンガー欧州委員(エネルギー担当)は16日、欧州議会で福島第1原発事故について「制御不能に陥っている」などと発言、これを受けて欧州、米国の株式市場は一斉に急落した。



 同委員の報道官は「個人的な懸念を表明したものだ」と釈明し、発言を事実上撤回。国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は「この時期に『制御不能』などと言うべきでない」と苦言を呈した。



 エッティンガー委員は「今後数時間以内に、日本国民の生命を脅かすさらなる大惨事が起きる可能性がある。すべては神のおぼしめし次第だ」などと述べた。

 委員は日本の原発事故について、IAEAや報道を通じて情報を得ているとされ、独自の情報源は持っていないという。

2011年3月17日 共同


「市場混乱させた」から「撤回」したわけですが、「報道を通じて情報を得ている」点では僕もエッティンガーさんに劣るものではありませんので、人民の闘争に冷や水を浴びせるための高圧放水車まで動員して核反応を「鎮圧」しようというような「場当たり的」な対応には「技術的能力の問題」を感じてしまうわけで、「原発は制御不能に陥っている」という言明が説得力を持ったのも不思議ではないようです。とりあえず天野さんによれば「そういうことを言うのはマズい」ということですから、まあ、そーゆーことなんでしょう。

もっとも、エッティンガーさんの発言は、政府と東電の間の連携はどーなってんだ?というようなソフト的な要素も含んだ全体の印象によるものであることは確かです。そして、そういうことであれば日本の原発は事故が起こる前からテクノロジーではなくガバナンスの問題として「制御不能」であった、というべきでしょう。

なにしろ日本の首相は「原子力にものすごく詳しい」んだそうですから余計心配になるわけですが、海外では福島第1原発の状況はかなり深刻に受け止められています。

福島原発で最大のリスクはプールに保管の使用済み核燃料−米専門家


3月17日(ブルームバーグ):米原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長は議会証言で、東日本大震災で被災した福島第1原子力発電所の原子炉の一つで使用済み核燃料プールの水が全てなくなり、高レベルの放射性物質が漏れる結果を招いたと述べた。

  ヤツコ委員長の議会証言に先立ち、国際原子力機関(IAEA)や医師、原子力技師らは、福島原発事故による住民の健康への最大の脅威は、プールに保管されている使用済み燃料だと警告した。

  当局者らによると11日の地震と津波で冷却装置が機能しなくなり、3つの原子炉のプールの水温が上昇している。米ロスアラモス国立研究所の元幹部でウィーン在勤の技師、ロバート・ケリー氏は露出した使用済み燃料棒は発火して溶け、大気中に放射線を出す恐れがあると指摘した。使用済み燃料プールは原子炉とは異なり、鋼鉄やコンクリートで包まれてはいない。

  ヤツコ委員長は下院エネルギー・商業委小委員会で証言し、「使用済み燃料プールで水がなくなったと考えられる」と述べ、「放射線量は極めて高く、是正措置を講ずる能力に影響を及ぼしている恐れがある」との見解を示した。

  プールの水は作業員を保護するものだが、元NRCの安全性指導員で米科学者団体「憂慮する科学者同盟」の原子力物理学者、デービッド・ロックボーム氏は、使用済み燃料棒の上部が露出すると、プールの淵にいる作業員は16秒で致死量の放射線を浴びると電話会議で発言した。

  科学者らによれば、水が蒸発して燃料棒が露出すると、燃料棒のウランが保護鞘を溶かして熱や放射性セシウムを放出する可能性がある。その後、ウランは残った水と混ざり、制御できない核反応が始まって大気中に放射性物質が出ていくという。

  ケリー氏は電子メールによる取材に対し、「ウランが水中で溶ければ、ある種の原子炉を作ってしまうことになる。こうした状況でこの原子炉は制御不能となり、核分裂を始めることになる」と回答した。

2011年3月17日 ブルームバーグ


作業員は走って行って、3分程度の作業をして、走って戻って来ると100mSvくらい浴びて帰って来るそうです。これだと現場は2000mSv/hr以上の線量があることになりますが、仮にそこに7分くらいいると白血球が減少、15分でリンパ球が減少、30分で気持ちが悪くなって事実上作業は無理、1時間もいれば出血し、頭髪が抜け始め、死亡する確率は5%だそうです。

更に放射線量が増加すると、もう死ぬことにして作業しても有効な作業時間は「16秒」とか秒単位の話になりますから、「制御不能」となります。もっとも、ある人によると「高濃度放射能と同程度に恐ろしい」ことがもうひとつあるんだそうで、その人はそれを「制御」すべく決死の「緊急作業」に従事しているところです。

「チェルノブイリのような人為的ミスなどが原因ではない」…


 「チェルノブイリのような人為的ミスなどが原因ではない」。国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が「想像を超す自然災害に見舞われたため」と話したのは14日のことだった

▼誰もがそう思っていた福島第1原発の事故は、15日、人為的ミスで高濃度放射能漏れにつながったことにより様相が一変した。職員が目を離したすきに海水注入ポンプが燃料切れを起こして原子炉が空だき状態となり…

▼2号機の原子炉格納容器が爆発音とともに損傷した。メルトダウン(全炉心溶融)の恐れが出てきた。住民に「念のため」の避難を指示して始まった福島原発事故は、最悪の事態を迎えるのか

▼IAEAは原発事故の深刻度をランク付けしている。1986年の旧ソ連のチェルノブイリ事故は最悪の「レベル7」。79年の米スリーマイル島事故が「5」で続く。福島第1は当初は「4」程度とみられていた。今は「6か7」の声が聞かれる

▼チェルノブイリ事故の原因には運転員の操作ミスや責任者の不適切な対応も挙げられた。茨城県東海村のJCO臨界事故(99年、レベル4)は作業ミスなどが指摘された。今回の事故もまた然(しか)り

▼海外紙は大震災と向き合う一般国民について「冷静さに世界が感心」などと報じてきた。冷静さをなくして慌てふためく人たちの下で制御を失った東京電力の原発が、世界に拡散させる原発不信は高濃度放射能と同程度に恐ろしい。

2011年3月17日 西日本新聞


場合によっては高圧放水車に本来の任務に戻って頂くこともあり得えない話ではありません。ともあれ、ついに九州まで高濃度放射線が到達した模様ですが、このような意識障害をもたらすほどの線量がどういうワケで九州方面だけに飛んで行ったのかは不明であります。もしかすると1人だけに影響があるような極めて局地的な現象かも知れませんが、もうこうなるとたいていの場合5日以内には死亡するようですからご愁傷様であります。
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2011年03月16日

チャイナ・シンドロームは万事快調

原発作業員の放射線許容量引き上げ


 福島原発の事故を受け、厚生労働省は福島原発の作業員の被ばく線量の限度を、現在の2.5倍にあたる250ミリシーベルトに引き上げることを決めました。放射線許容量の引き上げは、初めてことです。



 原発作業員の被ばく線量の限度は、厚労省が所管する規則で100ミリシーベルトと定められていました。しかし、この許容量では現在の福島原発では短時間の作業しかできないということです。



 このため14日、官邸は厚労省に対し「作業員の被ばく線量の許容量を上げるよう」要請。審議会で検討された結果、250ミリシーベルトまで引き上げることはやむを得ないという結論がでました。

 これを受け、厚労省は15日付で「福島原発の作業員に限る」として、被ばく線量の限度を250ミリシーベルトに引き上げると改定しました。

2011年3月15日 TBS


まず、100mSvてのは緊急作業のときの作業1回あたりの被曝「許容量」です。誰が「許容」するかというと「緊急作業」をしない人が憐れみ深くも「許容」してくれているわけですが、「緊急」でないときはどうかというと、この値は5年間の被曝「許容」限度ですから、「緊急」というのは5年分を一度に浴びるという程度には「緊急」であるということです。

この「一度」というのが緊急作業現場の放射線量によって異なるわけですが、現場が100mSvであれば1時間です。5年を1時間で過ごすよい男(妊娠可能な女子を緊急作業に従事させてはいけない事になっています)、ざっと43800分の1です。もっとも「作業」が5年に1回で済むというわけではありません。今日も明日も仕事ですから、作業員は比較的近所に寝泊まりして、比較的弱い放射線に晒され続けているのです。

これを一気に2.5倍に緩和するというんで、これはまあ、忙しいから法定労働時間を1日20時間にするぞというような感じですが、1日の労働時間が24時間を越えることは難しいのに対して、放射線被曝量には上限がありません。

てゆーか10Svくらいに被曝するとすぐ死ぬわけで、これが上限といえば上限ですが、そこまで行かない程度で、「許容量」というのはご都合によって変更可能であります。例えば何事にも鷹揚であり、寛容にして許容範囲が広い『讀賣新聞』によれば

 放射線の専門家でつくる「国際放射線防護委員会」が示す国際基準では、緊急作業時の例外的な被曝線量の限度は約500ミリ・シーベルト。厚労省によると、250ミリ・シーベルト以下で健康被害が出たという明らかな知見はないといい、同省は「被曝した作業員の健康管理には万全を期す」としている。

2011年3月15日 讀賣新聞

さすがに「国際規準」でも、500mSvというのは「限度」であって「許容量」ではありませんが、その程度まで「規制緩和」してもノープロブレムであると言わんばかりです。おまけに「250ミリ・シーベルト以下で健康被害が出たという明らかな知見はない」そうですが、健康被害がないという明らかな知見も同様に存在しません。ちなみにある資料によれば250mSvで「白血球の減少」が発生します(http://ja.wikipedia.org/wiki/被曝)。

これによると500mSvで「リンパ球の減少」がみられるようです。「国際規準」ではちょっとぐらいの「健康被害」は「許容」されているようです。てゆーか、作業員の健康問題が「規準値」の根拠であるという明らかな知見は存在しません。1000mSvで「急性放射線障害」が起こり、そうなると作業が継続出来なくなります。「国際規準」による「限度」はその半分に設定されていて、作業の円滑な進行を助けています。

これが「国際規準」とかTPPとかいうものなんでしょう。有り難いことです。もっとも、日本では「緊急時」のための国内規準を「緊急時」には政府が勝手に何のためらいもなく変更してしまうのですから、あってもなくても同じだと言われればそれまでですが。

しかしながら、元々の「許容量」だと「現在の福島原発では短時間の作業しかできない」んだそうですから、現場は400〜500mSvくらいになっているんでしょう。もしかするとそれ以上なのかも知れませんが、事故が「100mSv」という値を「許容量」として決定した時点で想定されていた規模を超えるものになっているのは確かでしょう。事態が「想定外」であることは、制御不能に陥る可能性を示すものですが、東京電力と政府は死んでもそんなことは言いません。言う時にはもう死んでいますが、死んでいるのは僕とかの方ですから。
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2011年03月15日

東京シャロンの氷の微笑

東京べべは中島そのみ、東京のシャロン・ストーンならこの人です。もちろんゴールデン・ラズベリー賞候補。

石原知事「津波は天罰、我欲を洗い落とす必要」


 東京都の石原慎太郎知事(78)は14日、東日本巨大地震に関連し、「津波をうまく利用して『我欲』を洗い落とす必要がある」「これはやっぱり天罰」などと述べた。

 石原知事は同日午後、都内で「震災に対する日本国民の対応をどう見るか」と報道陣に問われ、「スーパーになだれ込んで強奪するとかそういうバカな現象は、日本人に限って起こらない」などとした。さらに親が亡くなったことを長年隠し年金を不正受給していた高齢者所在不明問題に言及し、「日本人のアイデンティティーは我欲になった。政治もポピュリズムでやっている。津波をうまく利用してだね、我欲を1回洗い落とす必要があるね。積年たまった日本人の心のアカをね。これはやっぱり天罰だと思う」と語り、「被災者の方々はかわいそうですよ」と続けた。

 その後の記者会見で「『天罰』は不謹慎では」と質問が相次いだが、石原知事は「被災した方には非常に耳障りな言葉に聞こえるかもしれませんが、と言葉を添えている」とした。

2011年3月15日 讀賣新聞


讀賣新聞は書いていませんが、てゆーか書くわきゃねえが、「被災した方には非常に耳障りな言葉に聞こえるかもしれませんが」などという注釈は一切付けていなかった模様です。こんなところで下手な「小説」を書かなくても良いようなもんですが。

これでは真っ当な日本人としては「スーパーになだれ込んで強奪」するしかなくなるわけですが、恵まれた環境にいるらしい石原さんにここで一行知識です。スーパーになだれ込んでも強奪する品物がありません。

この場には、息子に「これは勝てそうだぜオヤジ」と囁かれて例の寒々としたニヤニヤ笑いを浮かべながら出馬を決めたであろう石原さんの「我欲」の「津波」に「洗い落と」された松沢さんも同席していたようですが、石原さんは「かわいそう」だと思ったものか、殴られちゃかなわないと用心したか、埼玉県知事の上田さんに、この大変な時に公務を投げ打って「人間の盾」となることを要請した模様です。

この件についてワタミは「私は決断した以上、相手がどんなに大きな存在であっても、ひるまず、正々堂々闘って参ります」などと言っていますが、石原さんのどこが「大きな存在」なのか「理解不能」(スポーツ報知)ではあります。しかしどうせなら「剣道似段」の千葉県知事に竹刀を持たせて間に入ってもらえばより安全であったかとも思いますが、やはりその腕前に疑念をもたれているんでしょう。

石原さんを「うまく利用して」松沢さんが「洗い落と」されたことは賀としますが、世界一の東京都民が石原さんの「我欲」または石原さんという「我欲」を「洗い落と」すことは出来るでしょうか。石原さんは海がお好きですから、「文学碑」のかわりに髪の毛を剃った頭部に金粉を塗って岩手の海岸に当分立たせておくのもひとつの手ではあります。

しかしながら津波も来なければ停電もしないし交通機関も動いていた東京では、石原さんの発言が都民の皆さんにどのように受け止められるのか大体想像がつこうというものです。もっとも、そのうち見えない「津波」が北風とともに来襲するというウワサもあります。このウワサは日に日に現実となりつつあるようですが、これを「うまく利用してだね」、積年たまった東京のアカを1回洗い落すのが「核の平和利用」ですよ。
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2011年03月14日

計画的無計画

本当に電力供給は足りないのか、鉄道の広範囲な、しかも終日に渡る運休は必要なのか。何故夕方にされるはずの発表は夜まで延期され、なぜ翌日の早朝からイキナリ始まるのか。自分ちはいつ停電するんだよ。自宅で人工呼吸器を使用している人を把握しているのでしょうか。解らないことが多すぎますが、確実なのは混乱と不安が惹起されるという、効果です。全ては極めて効果的に進められたと言えるのではないでしょうか。人命を危険晒してまで進められる「対策」、そのターゲットはこんな「声」かもしれません。

福島原発事故「国の説明不十分」 県内団体、疑問の声


 東日本大震災の被災地にある東京電力福島第一原発の事故は、県内の関係者や被爆者らにも衝撃を与えた。大津波による被害の大きさが時を追って明らかになるなか、支援の動きも広がっている。

 かつてない原発の爆発事故に、県内でも怒りや疑問の声が上がった。

 「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の森滝春子さん(72)=広島市佐伯区=は「爆発の原因やその後の行動について国の説明が不足し、恐怖を感じた。原子力政策に対する不信感が増した」と話す。「世界一の原発技術と言われる日本でこのような事態が起きたことを、深刻に受け止めなければならない。核と人類は共存できないと改めて訴えたい」と述べた。

 1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故の被害者を支援している府中市の市民団体「ジュノーの会」の甲斐等代表(60)は、同様の事故があれば「負担は半永久的に続く」と警鐘を鳴らす。チェルノブイリ事故後の負担として、避難者の住居などの整備や健康被害の検証費用、がんの治療費や子どもたちへの健康被害を挙げた。「それでも原発と生きるなら、国は『想定外の事故』という言葉に逃げ込まず、最悪の事態を現実問題として考え、具体的な補償の道筋を用意しなければならない」

 反核と平和を訴える市民団体「ピースリンク広島・呉・岩国」の広島世話人、新田秀樹さん(47)も「国は安全と言っていたが、原発は大きな危険を抱えていることを露呈した」と批判。「原発を積極的に求める地方はない。財政的な見返りがあるから受け入れているだけ。原発行政を問い直すべき時だ」と述べた。

 核被害の実態解明に取り組む広島大原爆放射線医科学研究所の星正治教授(放射線生物・物理学)は「国が測定した放射線レベルが正しければ、直接人体に影響が出ることはない」としながら、「今回は想定を超える地震が起きたが、世界ではもっと大きな地震も起きている。危険性とコストをにらみつつ、どの程度まで対応できるかを考えてほしい」と指摘した。

 父親が原爆被害の解明に取り組んだ社会学者だった湯崎英彦知事は「災害というのは必ず想定以上のことが起きる。その時にどうするのかを考えないといけない」と述べた。

 中国電力は、放射線管理の知識を持った島根原発(松江市)に所属する社員ら5人を12日に被災地に派遣した。(中野寛、水田道雄)

2011年3月14日 asahi.com


当然あなたが今日会社に行けなかったとしても、頸断連も了承済みです。個々の人のクビの保障はしませんが。まあ、核に傾斜したエネルギー政策にこそ問題があるという意見も引き起こしそうですが、電気が止まるのでここまで。
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2011年03月13日

あなたと僕のための空気中に存在する

福島第1原発、少なくとも住民3人被曝 県が発表


 福島県は12日午後9時過ぎ、福島第1の爆発で、住民3人が被曝(ひばく)したと発表した。保安院などと連携してヨード剤の投与など除染を進める。県は一緒にいた双葉厚生病院の患者や職員ら87人も被曝した可能性があるとみて検査する。3人に目立った症状は出ていないもようだ。

 90人は福島第1から約4キロメートルで避難のためヘリコプターを待っていたところ、爆発に遭った。病院に戻り、衣服を検査したところ、放射線を浴びていたことが分かった。3人のうち1人は10万cpm(1分間に検出される放射線の数)、2人は3万〜4万cpmだった。原発の建屋内で1日作業した場合、多くても5〜10cpmという。

2011年3月12日 日本経済新聞


10万cpmは1分間のサンプリングで放射線を10万カウント検出したということなので、1秒あたりおよそ1667ベクレルの放射能が検出されたことになります。

これは衣服から出ている放射能の量ですが、この衣服が被曝した放射能の強さはどのくらいなのか。俗に1080cpmで1時間あたり1μGyに換算出来るんだそうですが、ここで大胆にも放射線加重係数を無視してしまうと、てゆーかそれを「1」とすると、10万cpmを検出された検体が被曝した放射線は93μSvくらいになるんでしょう。これは原子力発電所の事業所境界での一年間の放射線量とされている0.05mSvのおよそ倍になります。

福島第1原発、住民9人が被曝の可能性 官房長官


 枝野幸男官房長官は13日午前の記者会見で、東京電力福島第1原子力発電所がある福島県双葉町からバスで避難した住民9人が被ばくした可能性があることを明らかにした。9人のうち4人から1800〜4万cpm(1分間に検出される放射線の数)の数値が確認されたという。

 枝野長官は「表面についている状況にとどまるなら健康に大きな被害はないと専門家から報告を受けている」と強調した。現在は衣類や皮膚など表面で汚染が確認された。今後、汚染を除去するとともに、身体内部の被曝の有無について検査を進める。

2011年3月12日 日本経済新聞


もちろん「表面についている状況にとどまる」のであれば、「健康に大きな被害はない」のかも知れませんが、大きくない被害はあるのかもしれませんし、生きている人はやっぱりどうしても呼吸をしてしまいますので、そもそも「表面についている状況にとどまるなら」という仮定が全く何の意味もありません。

そして「身体内部の被曝」があった場合には、「専門家」によると「健康に被害」があります。低線量の放射線の健康への影響についても、確率的影響は存在するとされているのです。つまり「被害はない」のではなくて確率が小さくなるだけです。もっともこれには反論もあるのですが、それなら閾値はどこかというと、それは誰も知らないのが現状です。

要するに何もあまり解っていないのが実情なのですが、マスゴミには御用学者が出てきてあまり根拠のない楽観的な見通しを述べ立てているのは御存知の通りです。そういう人は是非とも1015μSvもしくは1mSv/hrの放射能場で1年間生活してみて頂きたいものです。細胞の修復が間に合ううちはすぐに死ぬこともないでしょう。長期被曝の晩発的影響については知られていることは少ないんですが、大丈夫ですよ、きっと。

もっとも、こんな暢気なことを言っていられるのも今のうちなのかも知れないんで今のうちに書いているんすが。それにしてもTVがこういう時に役に立つかと思ったらそれは被害のない、あるいは小さいところだけですね。被害の大きいところは停電するのでアナログだろうがデジタルだろうがあってなきが如しです。停電してないところでもネットでTVのニュースが見られるので、緊急時に限ってTVは不要です。役に立ちそうなのは、辛うじて携帯電話についているワンセグが携帯TVになるだけでしょう。別途手動式発電機が必要になります。デジタル化で意味があるのはワンセグだけのようですが、それももちろん御用学者のウソを見るために役に立つだけなのです。
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2011年03月11日

「検察の在り方検討会議」が過小報告!果たして「検事」は存在するのか?

「〜が存在するか」という質問に対して「どちらともいえない」という回答は何を意味するのでしょうか。それはアート・リンゼイさんとかパトリック・グライユさんが言うような「曖昧な存在」なのかも知れませんが、「〜の経験があなたに存在するか」と問われた時に「どちらともいえない」と言っているようでは、「曖昧」なのは回答者の「存在」に他なりません。

検事の4分の1「実際と異なる供述調書作成指示あった」 意識調査で不適切取り調べ浮き彫り

 
 大阪地検特捜部の押収資料改竄(かいざん)・犯人隠避事件を受けて実施された全検事対象の意識調査で、「実際の供述と異なる特定の方向での供述調書作成を指示されたことがある」と回答した検事が4分の1以上の26%に上ることが10日、分かった。「任意性に問題が生じかねない取り調べの事例を見聞きした」も28%に達し、郵便不正事件で指摘された不適切な取り調べが組織内に広がっている実態が浮き彫りになった。

 調査は、法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」の依頼で最高検が実施。同日開かれた会議で報告された。

 他省庁への出向などを省いた1444人を対象に2月、インターネットを通じた無記名方式で行われ、回答率は90・4%(1306人)。質問項目は62項目にわたり、「大変よく当てはまる」「全く当てはまらない」などの5択で回答を求めた。

 供述と異なる調書作成を指示された経験は「大変よく当てはまる」が6・5%、「まあまあ当てはまる」が19・6%で、全体の4分の1以上が経験があると回答。無理な取り調べを見聞きしたかは「大変よく当てはまる」が5・4%、「まあまあ当てはまる」が22・3%で、「全く当てはまらない」は17・5%にとどまった。

 上司の見立てと矛盾する証拠を積極的に報告していると回答したのは90%以上を占めた。だが、21・3%が自分の判断より上司への忠誠心が優勢になったことがあると答えた。

 また、起訴した事件が無罪になるとキャリアにマイナスの影響があると感じている検事は30・8%いて、「全く当てはまらない」の13・3%を上回った。

 新たな捜査手法の必要性を訴える意見は多く、80%以上が「捜査を取り巻く環境変化で供述を得ることが困難になっている」と考え、「真相解明には取り調べ以外の捜査手法を充実させる必要がある」とした回答が90%を超えた。

 また、58・7%が基本的能力が一部検事に不足していると不安に感じ、14・7%が取り調べに苦手意識があると回答した。

 同会議の委員で、人事管理の専門家である高橋俊介・慶応大SFC研究所上席所員は「検察不信の中でも検事は相当のレベルで使命感を持っているといえるが、若手に上司との衝突回避の傾向が読み取れる」と指摘している。

2011年3月10日 産經新聞


もっとも、検事というものがよっぽどのバカであれば話は別ですし、その可能性は決して低いものではありません。そればかりか検事さんたちははお互いに「基本的能力が一部検事に不足している」と思っているようで、自分自身を除くバカに取り囲まれたバカ、という状態が検事の基本的な存在様式なのかもしれませんから、あまりアテにならない話ではあります。

ともかく、このアンケートには5つの選択肢がありまして、問題になっている項目に対して各選択肢を選択した検事または曖昧な存在の割合は以下の如くであります。

「実際の供述と異なる特定の方向での供述調書作成を指示されたことがある」

大変よく当てはまる   6.5%
まあまあ当てはまる  19.6%
どちらともいえない  16.1%
あまり当てはまらない 23.4%
全く当てはまらない  34.4%


「まあまあ」とか「あまり」の意味が極めて不明瞭で、その「曖昧さ」加減は「どちらともいえない」に勝るとも劣らないものがありますが、最終的にはシロかクロかという勝負の世界に生きる検事さんたちを対象にしたアンケートであることを考えると、中央の3つの選択肢を選んだ「曖昧な存在」が実に6割に上るという事態は極めて異常であると考えざるを得ません。

このような人たちは存在しないか、脳がどうかしてしまったか、急に乖離を起こしたか、ウソをつくのが下手な人であるかのいずれかであると考えられます。「あまり当てはまらない」というのは単に頻度の問題であるとも考えられます。その場合はその人たちにも調書捏造の指示を受けた経験があることはあるようですが、「それは極たまにあることにすぎない」と言っているだけです。

したがって3分の2が偽の調書を作成するように指示された経験があることになります。一方で3分の1が「そんな指示をされたことはないよ」と言っているわけですが、相手は一旦上司となれば平気でウソをつくことを部下に命令する人たちであることを考えると、これをそのまま信用してしまうのは考えものであります。

いずれにしても、調書捏造指示は3分の2の検事が多かれ少なかれ経験しています。4分の1ではありません。これこそが「人事管理の専門家である高橋俊介・慶応大SFC研究所上席所員」言うところの「相当のレベルで使命感を持っている」ことの賜物であります。ロクな「使命感」ではありません。少なくとも検事であれば、この結果から検察という集団は極めて危険な反社会的集団であり犯罪組織であると判断してもおかしくないでしょう。

『産經新聞』とか『讀賣新聞』では「不適切な取調べ」と書いていますが、それはほとんど「取調べ」ではないばかりか、「不適切」では済まされないような違法行為に他ならないでしょう。検察ではこのような違法行為を組織を上げて奨励し、指示命令して実行させているようです。

しかし、かわいそうな検事さんたちは日頃から予め決められた方向で供述を取るように言われているので、指示どおりの「供述を得ることが困難になっている」と思っており、「取り調べに苦手意識」を持っています。海千山千の検事さんは自分がウソをつくことは簡単でも「任意性に問題が生じかねない取り調べ」によって相手に不利益なウソをつかせるのは容易なことではないようです。

上司に指示された無理なでっちあげに苦労している検事さんの姿が浮き彫りになった形ですが、そこで「新たな捜査手法の必要性を訴える意見は多く」なることになります。勿論その目的は「特定の方向」に歪曲した捜査をより容易に行なうことが出来るのではないかという希望的観測に立っていることは言うまでもありませんが、しかし、そんなことを質問する必要があったのでしょうか。現に違法行為が一般的に行なわれている組織に、それをもっとやりやすくする道具を与えるのは、その組織のメンバーがそれを望んでいるだけに、適当ではありません。

さすがに高橋俊介さんは「人事管理の専門家」だけあって、組織が全体として間違った方向に進んでいる場合には手も足も出ません。せいぜい下級メンバーに責任を転嫁するのが関の山ですが、言うまでもなく問題は「若手」が「上司との衝突回避の傾向」からやむを得ず違法行為に手を染めていることではありません。そんなの「実際の供述と異なる特定の方向での供述調書作成を指示」する上司の方が悪いに決まっています。

もっとも、「起訴した事件が無罪になるとキャリアにマイナスの影響があると感じている検事は30・8%」いるそうですし、実際のところ検事は有罪に出来るものしか起訴しませんので、無罪ばっかり出していると検事としてはどんなもんだかと思われてしまうことになるでしょう。検察に何らかのプレッシャーを与えられる存在は裁判所なのです。

個々の事件の起訴事実は検事さんが苦労してこしらえた作り話です。よく出来たお話は褒めてあげることも必要ですが、それは別に文学賞でも作ってあげれば済む話です。裁判官としてはお話に惑わされることなく、判決は基本的に無罪とするように方針を変えるべきでしょう。無罪で大丈夫です。刑罰は人を更生させません。それは税金の無駄遣いです。とにかく何が何でも闇雲に無闇矢鱈と無罪判決を出しまくる、検察を更生させるにはこれしかありません。
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2011年03月10日

喜劇聖書神学大系

そこで「アジア人」でもキ印教にお入りになれば「ヨーロッパ人の奴隷」から「聖隷」に昇格出来るんですよ。有り難いことです。

民主・渡辺周氏「土肥氏は公の場で説明を」 竹島領有権否定問題


 韓国で日本政府に竹島の領有権主張の中止を求めた民主党の土肥隆一衆院議員(衆院政治倫理審査会長)に対して、与党内からも批判が相次いだ。

 民主党の渡辺周国民運動委員長は9日夜、BSフジの番組で「政府としても民主党としても、竹島は日本固有の領土だと一致している。(土肥氏は)まったくの見当違いで撤回すべきだ。放置してしまうと、党として黙認したことになりかねない。公の場で説明していただきたい」と指弾した。斎藤勁民主党国対委員長代理も同じ番組で「信じられない」と語った。

 また、別の民主党の旧民社党系グループに所属する中堅議員は「こいつは死刑だ。死刑!」と、土肥氏を非難した。

 また、竹島がある島根県選出の国民新党の亀井亜紀子政務調査会長(参院議員)は産経新聞の取材に対し、「日本の国会議員とは思えない発言で考えられない。与党の議員なので責任は重い」と述べた。

2011年3月9日 産經新聞


これは「韓・日キリスト議員第92周年3・1節日共同宣言文−和解と平和を遂げる韓・日両国の未来を拓こう」というもので、三一節にちなんだものです。三一節は1919年3月1日に朝鮮の宗教指導者を中心とした「民族代表」が「独立宣言」を発表したのをきっかけに全土に波及し数ヶ月に及んだ独立運動の記念日ですね。

デモ行進や警察・学校への襲撃が行なわれたものですが、大日本帝国としてはこれらの「暴徒」に対してカダフィさんみたいな対応をしました。もっともカダフィさんの方で明治天皇をリスペクトしているというウワサもありますので、日本の方がカダフィさんのお手本になっているのかもしれませんから「八紘一宇」とはそういうことを言うのかもしれませんが、日本ではこの事件はあまり有名でもないようです。しかし韓国では3月1日は祝日です。

そこで「3・1節日共同宣言」は韓国の祝日を記念する立場から起草されているわけですが、「日本政府は歴史教科書歪曲と独島の領有権主張により、後世に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない」というのは、韓国のキ印側としてはいささか配慮に欠ける点があったのではないでしょうか。

この領土問題に就いてはいわば意識的に放置されていて、お互いに領有権を主張したり相手の領有権を否定したりして構わないことになっているようですから、韓国政府が独島を自らの領土であると主張し日本政府の主張を批判するのは良いことですし、キ印教は「神によりて立てらる」(ローマ書13章)ものである自国の政府に忠実なものですから、韓国のキ印教徒が同じことを言うのも賞賛されるべきでしょう。

ただしキ印教は不都合なもので、日本のキ印にとっても日本政府は「神によりて立てら」れたもんなんで、他の国のキ印とつき合うにあたって日本政府と相手国政府の主張が衝突する場合にはちょっと困ることになります。キ印のくせに外国などに行かなければ良いのですが、そうはいかないことになっているのもキ印教の難点であります。そこで「共同宣言」などでは対立のある案件については触れないようにするのが賢明でしょう。

もっとも、土肥さんが自分の意見として「個人的には、竹島は日本の領土とは一概にはいえないのではと思っている」(産經新聞)のであれば別に構わないでしょうし、一歩進めて「竹島は日本の領土ではない」という見解を有していたとしても問題はありません。キ印教的には「神によりて立てら」れた政府見解と違う主張をなすことがどのような問題になるのか知りませんが、幸いなことに日本はキ印教国ではないようです。

てゆーか色々な問題に就いて政府見解と違うことを言う与党の国会議員は自民党にも民主党にも沢山います。キ印教徒のはずのアメリカにもいるようですが、政党というのは人の集まりですからそういうことは普通にあることです。むしろ「政府見解」としてある程度固定する必要というのは、個々人の見解に相当の幅があるということを前提としているのです。ですから土肥さんの発言は「日本の国会議員とは思えない発言」ではありませんし、「拓殖大の下條正男教授」のように、このキ印文書への署名が「韓国側には『日本政府が韓国の領有権主張を認めた』と解釈される」(産經)という心配は無用であります。

だいたい議員は「国民の代表」らしいのですが、「国益」の代表ではありません。どこの国の政府にも外国政府の議員個々の発言をいちいちその政府の見解であるとして受け止めて混乱しなければならない義務はありませんし、与党の議員だからといって何でもかんでも政府見解と一致しなければならないという義務もないわけですが、もしかすると下條さんなどは韓国の人が「誤解」するのではないかと心配しているのかもしれません。つまり韓国の人たちはどこにでも何にでも色んな見解が存在する、ということを想像すら出来ないような大馬鹿者であると。

しかしそれほど馬鹿ではない韓国人は、日本にも話せるヤツがいる、と思うかもしれません。これも「誤解」ですが。「領土問題」は「歴史的根拠」やなんかで「解決」はしませんし、武力で取っても負けた方は報復と奪取を誓うだけです。放置して、お魚や地下資源のことはそれぞれ話し合う事にするしかありませんし、現にそんな感じでやっていますが、そんなイイカゲンな事でいいのかというと、これは民族や国家という歴史的事実が過ぎ去る将来に賭けているとしか言いようがありません。

ところで「民主党の旧民社党系グループに所属する中堅議員」ってのは誰のことですかね。『産經新聞』の流儀に従って都合の良いことならどうでも良いような「事実」でも拾い上げて来るわけですし、飛ばしも多いと評判ですが、『光る風』に「こまわり君」が乱入したみたいで面白いといえば面白いじゃないですか。逆だと『中春こまわり君』ですが。是非ご紹介頂いて、政府与党の「マニフェスト」に反対する「与党議員」も早速「死刑!」にしてもらいたいもんで。
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2011年03月08日

邪教のナイトメア

メア日本部長の発言要旨 

 米国務省のメア日本部長の発言要旨は次の通り。

 海兵隊8千人をグアムに移すが、軍事的プレゼンス(存在)は維持し、地域の安全を保障、抑止力を提供する。

 (米軍再編の)ロードマップのもとで日本は移転費を払う。日本の民主党政権は実施を遅らせているが、私は現行案が実施されると確信している。日本政府は沖縄の知事に対して「もしお金が欲しいならサインしろ」と言う必要がある。ほかに海兵隊を持っていく場所はない。

 日本の文化は合意に基づく和の文化だ。合意形成は日本文化において重要だ。

 しかし、彼らは合意と言うが、ここで言う合意とはゆすりで、日本人は合意文化をゆすりの手段に使う。合意を追い求めるふりをし、できるだけ多くの金を得ようとする。沖縄の人は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人だ。

 沖縄の主産業は観光だ。農業もあり、ゴーヤー(ニガウリ)も栽培しているが、他県の栽培量の方が多い。沖縄の人は怠惰で栽培できないからだ。

 日本に行ったら本音と建前について気を付けるように。言葉と本当の考えが違うということだ。私が沖縄にいたとき、「普天間飛行場は特別に危険ではない」と言ったところ、沖縄の人は私のオフィスの前で抗議をした。

 沖縄の人はいつも普天間飛行場は世界で最も危険な基地だと言うが、彼らは、それが本当でないと知っている。(住宅地に近い)福岡空港や伊丹空港だって同じように危険だ。

 日本の政治家はいつも本音と建前を使う。沖縄の政治家は日本政府との交渉では合意しても沖縄に帰ると合意していないと言う。日本文化はあまりにも本音と建前を重視するので、駐日米国大使や担当者は真実を言うことによって批判され続けている。

2011年3月6日 共同


「もしお金が欲しいならサインしろ」というのは「ゆすり」とあまり違わないような気がしますが、なんとも教養に溢れた発言ではあります。

例えばカール・フォン・リンネは『自然の体系』において人間を「動物界」において「四足網」の「ヒト形目」に位置づけます。この中にはサルばかりかナマケモノまで入っていますから何だかわかりませんが、その後でよくよく考え直した結果、新たな分類では「哺乳網」の「霊長目」ということになり、ナマケモノは「鈍重目」というあんまりな項目に追放された模様です。しかしその一方で今度はコウモリが霊長目に入ることになったんですからバットマンは宇宙猿人ゴリの親戚です。人間、つーかホモ・サピエンスはその中で「ヒト属」に属しますが、これで終わりではありません。更にこれが6つの「亜種」に分けられいています。

すなわち「ヨーロッパ人」、「アメリカ人」、「アジア人」、「アフリカ人」、まではまだいいとしてあとの2つは「野生人」、「奇形人」です。「野生人」というのはいわゆる「オオカミ少女」的なアレであり、「奇形人」とは普通の奇形のことなんですが、それが「ヨーロッパ人」やなんかと同列に扱われているところが特徴であります。

どうもリンネさんあたりの考えだと、ホモ・サピエンスの「亜種」というのは外的な環境の影響によって分かれるもんだと思われていたようです。ブルーメンバッハなどという人は「
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2011年03月05日

最後のテレビ選挙

「地デジ難民あふれる」識者ら、アナログ終了延期訴え


 テレビの地上デジタル放送への完全移行をめぐり、砂川浩慶・立教大准教授やジャーナリストの坂本衛さんらが4日、東京都内で記者会見し、「このままでは地デジ難民が多数出る」として、7月24日に予定されているアナログ放送の終了を延期するよう訴えた。近く総務省に要求書を提出する。

 要求書では「地上アナログ放送の終了を地域ごとに段階的に行うこと」「地デジ難民がゼロになるよう万全を期すこと」などを総務省とテレビ各局に求めている。

 昨年9月の総務省の調査によると、地デジ受信機の普及率は90.3%。だが、要求書では「地デジに未対応で調査に非協力的な世帯が多数漏れており、実態を反映していない」と批判。「経済的弱者への支援も遅れている」と主張している。

2011年3月4日 asahi.com


別にTVなんか見ないからどうでもいい、という人もいるかもしれませんし、現に1人ここにいるわけですが、そうも言っていられない事情というものもあるようです。この「識者ら」というのは

岩崎貞明(『放送レポート』編集長)

小林潤一郎(編集者)

坂本 衛(ジャーナリスト)

清水英夫(青山学院大学名誉教授、弁護士)

砂川浩慶(立教大学社会学部准教授)

なだ いなだ(作家、医師)

原 寿雄(元共同通信社編集主幹)


といったみなさんで、ご趣旨としては

 地上デジタル放送の移行予定期日まで5か月を切りました。しかし、受信者側(家庭や事業所)の準備がどうにも間に合わず、このまま地上デジタル放送完全移行・現行の地上アナログ放送停止を強行すると、テレビを見ることができない世帯が最大数百万規模で発生することが確実な情勢です。


 国民や視聴者大衆はもちろんのこと、地上デジタル放送を推進する国(総務省)や放送局にとっても、地上アナログ放送の終了を2年ほどをメドに延期したほうが、大きな混乱を回避し、ムダなコスト増や収入減を避けることができます。日本国内のほとんどすべての人・世帯・企業・団体・役所(都道府県市町村)や放送関係者・関係会社にとって、計画を延期するメリットのほうが大きいことは、否定しようがない状況です。


 そこで、私たちは標記の記者会見を開き、総務省と全放送局にむけた要求書と数十人の賛同人メッセージを発表します。また、私たちがなぜ延期を求めるかをお話しさせていただくとともに、現時点で実現可能と私たちが考える地上アナログ放送「終了延期」プランを発表・説明します。


 このプランは、(1)地上アナログ放送の終了期限を事実上、最大2年3か月延長して継続し、(2)放送エリアごとの段階的終了(停波)を認め、しかも(3)アナログ「本放送」は既定方針通り終了し、(4)総務省やデジサポの地デジ支援策や地デジ未対応者に対する告知・警告を継続できる、(5)電波法改正の必要がない、(6)地デジ難民の発生を最小限に抑え込むことができるプランであると信じます。


 新聞社、通信社、雑誌・出版社、放送局(テレビ・ラジオ)、インターネットはじめさまざまなメディアにたずさわるみなさまに、ぜひ、ご取材いただき、地上デジタル放送の正確な現状、地デジ難民が発生する恐れ、地上デジタル放送への完全移行・現行アナログ放送の終了を延期することの大きなメリット、地デジ計画をソフトランディングさせ地デジ難民をゼロに近づけるその望ましい方法などを、広く社会にお伝えいただきたいと考えております。


 多くの方々のご出席を心よりお待ち申し上げます。

http://analogenki.web.fc2.com/kaiken.html


つーことだそーデスヨ。

まあ、一番大きな問題はおそらくNHKの受信料だと思うわけです。難視聴地域にお住まいの方などの狭義の「難民」の皆さんは別としても、地デジ対応のTVセットを買ったもののアンテナの事まで考えていないとか、アナログ波放送を見ながら地デジだと思っている人が相当数いるでしょうし、アンテナや配線の工事が間に合わない事も考えられます。

視聴者の地デジ化に対する対応としては地デジ受信のために用意をすることの他に、TVを見ないという選択肢もあります。現在のところ後者の選択を行なっている人が7月になって急に気が変わらないとも限りませんし、7月の賞与をそのために充てることを考えている人もいるでしょうから、7月に入ってからアンテナ工事が渋滞することが考えられます。

お金のない人にはチューナを配ればいいなどといわけではなく、誰かが屋根に登ってアンテナの取り付けや調整をしなければなりません。屋根の上は怖いし今は寒いし調整は結構手間ですからおそらく7月24日に間に合わない場合が相当出るでしょう。こういう人たちは停波後のある期間TV受信が出来ないわけですが、その間の受信料をどうするのかという問題があります。

放送法第32条には「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」とされていますから、アンテナ工事が間に合わなかった人は「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置」したことにはならないでしょう。

しかしながら世の中には色々な人がいます。取扱説明書などというものは読まないことをもって人生のポリシーとしている人もいますし、しかしながらその様な人が実は読んでも理解出来なかったりすることも多いものです。「受信設備」は整ったものの設定とかが自分では出来なくて受信に至らない人もいるかも知れません。この場合は「受信設備を設置」したからといって受信料を徴収されるかも知れませんが、実際のところ見えていないわけですから、その間の受信料について徴収されることに釈然とせず、返金を求められるかも知れません。

おそらくNHKは各契約者の受信状況を確認する事なく、従来に引き続いて受信料を徴収してしまうと思われます。もっとも契約者に受信状況を尋ねても「見えてません」と言われるに決まっているような気もしますが。いずれにしても後になってから紛争が多発する可能性があるようです。それはそれで一種の見物ですが、もしかするとNHKだけは停波を延期するのかもしれません。

もっとも、国会では7月以降はみんながTVを見ているわけではないということは理解されているようです。

7月までに解散・総選挙を 伊吹元自民幹事長


 伊吹文明元自民党幹事長(衆議院議員)は28日の衆議院予算委員会で、菅直人総理に対し「首を差し出すから予算を通せというような話に乗るべきじゃない」と述べ、「3月31日までに通すもの、通さないものに分けて、衆議院から参議院には(予算と関連法案を)一体として送るべき」と質した。

 また、伊吹議員は「財務省証券で資金繰りができる。国民に迷惑をかけない。7月まで時間がある」として、年度内に通すべきものは通して、その後、7月までの間に解散・総選挙を行うよう促がした。

2011年3月1日 IBTimes


現在までのところインターネットを利用した選挙運動は認められていないようですから、各党にとってTVは選挙の主要なツールとなっています。自民党の支持者などはおそらく、とりわけTVの熱心な視聴者であるにもかかわらず、同時に地デジ対応が遅れがちな集団であるような気もしますが、民主党の支持者がテレビ放送技術について例外的に詳しいというわけでもないようです。

いずれにしてもマスメディアを利用した「B層」の取り込みが各党選挙戦略の要であります。ここでの「B層」は元の意味とは若干異なり(「菅総理のキャラクターを支持する層」を大きなクラスターとして想定することはほとんど不可能です)、対「B層」戦略が奏効するクラスターすなわちマスメディアを利用した「客観的第三者」を装った「発話」に対する抵抗力を持たない層を考えていますが、これはつまり要するにTVが効く人たちということです。したがってTVの視聴者数が総数として減少することはかなり問題ですから、是非ともこの次の総選挙はアナログ停波までに実施したい、とにかく7月までにはやれ、というのが伊吹さんの偽らざる気持ちではないかと思われますし、それは与党の皆さんも同意なさることでしょう。

これには次の総選挙までには地デジを見れるようになっている人がほとんどだろう、というムシのいい観測が伴っているわけで、1年もしないうちにまた解散ということになったらどうするんだというような理性の声には耳を傾けないわけですが、しかしながら、民主党が統一地方選で惨敗するのはほぼ既定だということですし、小沢さんは「菅さんは、破れかぶれで解散することもあり得る」(共同)そうです。菅さんは最初から破れかぶれのような気もしますが、そう見えるのが素人の浅はかさ、最初のうちは菅さんも自信に満ちていたのかも知れないのですから人間というものは奥深いものでありますが、どっちにしろTVのことを一番心配しているのは菅さんですから、僕たちはそんな心配はしなくてもいいようです。
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2011年03月03日

JK1♥♥♥♥♥♥♥♥♥nagata1-7,3pm

コミュニティサイトでの児童被害が過去最多、出会い系の5倍に


 警察庁は2011年2月17日、いわゆる「出会い系」サイトなどにおける事件の発生状況を発表した。2010年に出会い系サイトを通じて性犯罪などの被害に遭った18歳未満の少女ら(以下「児童」)は、254人で減少傾向にある。一方、SNSサイトやゲームサイトといった「コミュニティサイト」が原因で被害に遭った児童は1239人で過去最多だった(図1)。

 ここでの出会い系サイトとは、インターネットを利用して異性紹介事業を行うサイトのこと。コミュニティサイトとは、SNSサイトやプロフィールサイトなど多人数とコミュニケーションを取れるWebサイトのうち、出会い系サイトを除いたサイトを指す。

 出会い系サイトがきっかけで犯罪被害に遭った児童は、2006年には1153人に上ったが、近年は減少傾向にあり、2010年には254人にまで減った(前年比199人減)。

 一方、増加傾向にあるのは、コミュニケーションサイトにおける児童被害。コミュニケーションサイトにおける統計を取り始めた2008年以降増えていて、2010年には過去最多の1239人になった。

 コミュニケーションサイトにおいて被害者が最も多かった犯罪の種類は、青少年保護育成条例違反で、被害者数は772人。次いで、児童買春が214人、児童ポルノが180人だった。
(日経パソコン 勝村幸博)

2011年2月21日 日本経済新聞


法律上の「児童」という用語に日常用語との極端な乖離があるので勝村さんも「18歳未満の少女ら(以下「児童」)」とか書かなければいけないので大変ですが、その「被害」というのもやはり日常の感覚とはかけ離れているようです。法的には「青少年保護育成条例違反」とか「児童買春」とか「児童ポルノ」に分かれるみたいですが。

多分、「条例違反」というのは普通の恋愛とか単なるオマンコのことで、「児童買春」というのがオマンコの対価にお金を貰うという「被害」、「児童ポルノ」は好きな相手にエッチな写メを送るという「被害」なのではないでしょうか。『神奈川新聞』が少女たちの凄惨な「被害」状況を報じています。

ゲームサイトに「援助交際」抜け穴、4月から県内でフィルタリングの解除厳格化も…/神奈川


 携帯電話を使った援助交際の“温床”に変化が起きている。出会い系サイトの規制強化が進む中、ゲームサイトやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などの「非出会い系サイト」を利用した少年少女の性被害が急増。県内では4月から有害サイトの閲覧を制限する「フィルタリング」の解除が厳格化されるが、その効果の限界を指摘する専門家の声もある。

 「JK1年です。良い仕事ありませんか」

 昨年11月下旬、県警の捜査員が、あるゲームサイトに記されたプロフィルに不審な書き込みを見つけた。

 JKとは、「女(J)子高(K)生」の略語。わざわざネットで仕事を探している点が怪しかった。

 同サイトは登録して、さまざまなゲームで遊べる。ニックネームや住所地、年齢を公開し、メールなどで連絡を取り、他の人と一緒に楽しむことができる。

 JK「お金なくて困っています」

 男「会いませんか?」

 男「2万でどうですか?」

 県警はやりとりから援助交際の相手を探している可能性が高いと判断。捜査を進め、現金2万円を渡す約束をし、みだらな行為をしたとして、児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで都内の男(20)を逮捕した。

 出会い系サイトは規制が強化されてきたが、ゲームなどの「非出会い系サイト」は、明確に出会いの場として運営されてはいないため、規制から外れている。

 そこで期待されているのが、有害サイトなどの閲覧を制限する「フィルタリング」という機能だ。「青少年インターネット環境整備法」で未成年者の携帯電話に義務づけている。県内では改正県青少年保護育成条例が4月から施行され、フィルタリングを解除する場合に保護者の書面が必要になる。

 しかし、“抜け穴”を指摘する声もある。

 フィルタリングには大きく分けて二つの方式がある。携帯電話会社が選定したニュースや学習などのサイトだけにアクセスできる「ホワイトリスト方式」と、子どもに望ましくないサイトをリスト化して制限する「ブラックリスト方式」だ。

 NPO法人「情報セキュリティフォーラム」(横浜市神奈川区)の植田威(たけし)事務局長(51)は、「ホワイトリストでは、指定した以外のサイトが見られず、ブラックリストは、有害と思われるキーワードがあった場合は接続できないが、ゲームサイトなどは見られてしまう」とフィルタリングの抜け穴を指摘する。

 その上で、「子どもの考える力や判断力を育てながら、ホワイトリスト方式からブラックリスト方式にする段階的な措置が必要に思う。いずれにせよ、家庭が子どもを見守ることが大切だ」と述べている。

2011年2月28日 神奈川新聞


神奈川県警の「捜査員」がゲームサイトを監視しているそうですからJKの皆さんは気をつけたいものです。この「JK1年」ちゃんの「被害」は、自分で「援助交際の相手を探し」たことですが、県警の介入によって「みだらな行為をした」にも拘らず「現金2万円を渡す約束」は「約束」で終わってしまった模様です。これは全くの話、普通に「被害」と言って然るべき事態であるといえるでしょう。

このように、法的な「被害」の概念はときに難解であり、ほとんど「被害」でも何でもないことも多いものです。JKとチューをしたいような気がしますが、彼女たちの「被害」について所謂「常識」で判断すると大きな間違いの元になるので注意したほうがいいでしょう。

これは、例えばここで「被害者」が「JK1年」ちゃんである、とされていることが物事を難解にしているようです。これではオマワリさんがネットを監視する際にその根拠としている諸法の保護法益がJK自身に関わるものであるとの解釈を導くものですが、これでは「JK1年」ちゃんが自ら進んで自己の不利益=「被害」となる行為を行なうことを説明出来ません。

これらの法律における保護法益は社会的法益ですが、それでも法は「被害者」を必要とするようです。一説によれば人権意識の高まりによって社会的法益を保護する法律を個人的法益を保護するものであるかのように解釈することが行なわれるようですが、共同体の利益と個人の利益は必ずしも一致するものではありませんから、このような解釈には無理があるように思われます。

もっとも、オマワリさんが「JK1年」ちゃんを「被害者」に仕立て上げるのには、より高度な国家的法益の考えがはたらいている可能性がないわけではありません。一般的に言ってお見合いや社内結婚よりも出会い系や援助交際の方がなんぼかマシですが、別にそういうことではなくて実際のところ「出会い系サイト」は「危険」です。

出会い系サイトでデモ組織=反体制工作の一端明らかに−リビア


 【チュニス時事】リビアの最高指導者カダフィ大佐打倒を目指す反体制派指導者の一人、オマル・シルビー氏(42)は2日までに、インターネット上の若者向け出会い系サイトを通じ、反体制デモを仕掛けたことを明らかにした。アラブの独裁体制の中でも徹底した強権支配を敷いたリビア当局の監視をかいくぐる狙いがあったという。

 首都トリポリ在住の実業家としても知られるシルビー氏は、ネット上の交流サイト「フェイスブック」や簡易ブログのツイッターが当局の厳しい監視下に置かれているのを察知し、出会い系サイトをデモ動員の場に使うことを思い付いたと語った。

 出会い系サイトの中では、女性を装った男性の反体制活動家が別の活動家と連絡を取り合ったほか、アラビア語や英語で愛を意味する文字の一つを複数回つづることで、それぞれがデモ参加のために集めた人数を伝え合ったりした。また、デモの場所や時間を交換し合うこともあった。

2011年3月2日 時事


リビアの出会い系は「Mawada」というそうですが、リビアの反体制運動では出会い系で女性になりすますなどの「反社会的」行為が繰り広げられていた模様です。これはおそらく活動家同士の連絡に利用されている状況でしょう。カダフィさんはその「危険性」に気がついていなかったようですが、さすがに日本は千年の弾圧の国ですから、一般人同士が連絡を取り合うことの危険性には敏感であったと言うべきでしょう。

すでに日ノ本では「出会い系サイト」による「被害」が減少傾向にあるようで、ほぼ警察に制圧されたと思われます。政府側はゲームサイトやSNSに侵攻し始めており、「アンチ警察」のはずの弁護士会もその「危険性」を宣伝するのに一役買っているところです。

悪質サイトの被害者対象 無料で電話相談


 横浜弁護士会の「悪質サイト被害対策弁護団」(武井共夫団長)は七日午前十時〜午後六時、インターネットサイトで金銭をだまし取られるなどの「出会い系・SNSサイト被害」について、無料で電話相談に応じる。

 悪質なサイトによる被害は二〇〇八年から顕在化し始め、同弁護士会は昨年十一月に同弁護団を設立した。メッセージの送受信が有料の出会い系サイトで、芸能人を装ったり悩み相談を持ち掛けたりして、延々と送受信をさせられるケースが多く、平均七十八万円の被害があるという。

 中には、情報交換サイトで競馬の当たり予想と引き換えに高額な料金を請求したり、難病や障害のあることを装って支援金の振り込みを求めてくることもある。同弁護団では、年配の主婦が一千七百万円を振り込んでしまったケースも確認。「若い人だけでなく、給与所得者の被害が徐々に増えている」と危機感を募らせている。

 連絡は、専用ダイヤル=電045(664)3624=へ。 (志村彰太)

2011年3月3日 東京新聞


どこにでも悪い人がいて他人を騙そうとしているわけで、別に武井共夫さんに悪気はないのかも知れませんが、このようにして、いわば個人的法益と国家的法益がねじれた一致をみることがあるようです。少なくとも「JK1年」ちゃんの「被害」よりはよほど「被害」に見えるところが値打ちです。そうして、みんなで自分の個人的法益を守ろうとすることで、知らず知らずのうちに国家のお役に立つことが出来るようになっているんですが、詐欺とかそういうことやってる人たちの方が、皆さんよりもよっぽど政府側に近かったりもするのです。
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2011年03月01日

エジプト風警官の殴り方

というわけで惨刑新聞は今日も頑張っておりますよ。

「喧嘩したいなら黙秘しろ」「日弁連はアンチ警察」…取り調べ警察官の違法性認定 大阪地裁判決


 強盗致傷などの罪に問われた無職、前島浩之被告(28)の裁判員裁判の判決公判が1日、大阪地裁であった。西田真基裁判長は「取り調べ警察官が違法、不当な言動に及んだ疑いがある」と述べ、弁護側の主張通り窃盗罪と傷害罪を適用、懲役4年6月(求刑懲役8年)を言い渡した。

 前島被告は、帰宅途中の酔った女性を殴り財布を奪ったなどとして、昨年4月に強盗致傷罪などで起訴。黙秘した後、認める内容の供述調書を取られたが、公判では「財布を盗んだ後、女性を送る際に逆上して殴った」などと主張し、今年2月25日に供述調書の証拠採用が却下されていた。

 判決は、警察官が取調室で行った疑いのある言動として「警察と検察ひっくるめてけんかしたいんやったら、俺の前で黙秘したらええわ」「日弁連はアンチ警察や。弁護士解任せえや」−などを列挙。「違法な脅迫で、被告の権利を侵害している」と認定した。

 判決後に会見した裁判員経験者3人は、取り調べの録音録画(可視化)に関し「証拠としてこれ以上のものはない」などと賛同。一方で「取り調べにはある程度の怖さ、厳しさは必要だと思う」との意見も出た。

2011年3月1日 産經新聞


どこのどなたか存じませんが、ある人の「意見」によれば「取り調べにはある程度の怖さ、厳しさは必要」なんだそうでありますが、その「怖さ」とか「厳しさ」というのは、共同通信によれば警察官が被告人に向かって

「黙秘の理由を言う義務がある」「弁護人を解任しろ」


などと言ってみたり、容疑者の要望にも拘らず弁護人への連絡を拒否することを指すようです。時事通信によれば

「検事調べでは余計なこと言うな」などと脅迫


することも、「必要」な事の内に含まれる模様であります。

まあ、どこの馬の骨とも解らないゴロツキが偶々裁判員となってワケの分からない事をほざくのは勝手であるとはいえ、良識のある人は愚か者の発言をわざわざ取り上げて一般市民たるご当人に恥をかかせるような事は極力避けるべきところ、産經新聞さんがこの「意見」をことさらに特筆するのは、やはり「我が意を得たり」と思ったのではないかと考えられないでもありません。

何しろ産經新聞さんときたらわざわざ遠いエジプトまで出掛けて行って悪名高い警察に同情を惜しまないくらいなのですから、「取調べにはある程度の拷問が必要だと思う」という「意見」に全面的な賛同を惜しまないものと思われます。

千夜一夜 殴られた警官


 わがカイロ支局はリビア大使館のななめ前にある。同国のカダフィ政権による反体制派への大弾圧が伝えられる中、近所では連日のように、リビア人を支援するエジプト人の小さな抗議デモが続いている。

 先日、大使館を警備する警官がデモ隊を制止しようとしたことがあった。ところが、デモの男性が「うるさい!」と警官の頭を叩いたのだ。周りの人もポカポカとやり出す。警官は頭を抱えて立ち往生だ。

 すると、警官の上官が駆けつけて言った。「申し訳ない、勘弁してやってくれ」。上官は一人一人に握手を求め、低姿勢に徹して警官を連れて行った。

 一般のエジプト人にとり、警官は圧倒的に怖い存在、だった。言いがかりのような職務質問にも甘んじるしかなく、タクシーの無賃乗車も当たり前だった。

 以前なら警官を殴った男性は即座に連行されていたはずだ。警察署で手ひどく殴られる可能性だってある。それが1月25日に発生した一連の反政府デモとムバラク前大統領の辞任を機に変わった。

 横暴な振る舞いの報いとの面が大きいとはいえ、今やエジプト警察は国民から“なめられて”いるのだ。警察が国民の信頼を得て健全な権威を取り戻すのにどれだけ時間がかかるのか。今、リビア大使館は軍が警備している。(大内清)

2011年3月1日 産經新聞


エジプトでは国民は警察に対して「健全な権威」を取り戻している模様ですが、大内清さんはこれが口惜しくて仕方がないようです。「今やエジプト警察は国民から“なめられて”いる」などと、まるで我が事のように地団駄を踏んでいます。「今、リビア大使館は軍が警備している」んだそうで、警察が「なめられ」ると軍が出て来るぞ、と言いたいようですが、大内さんはエジプトの警察が何をしてきて、エジプトの軍隊が何をしたのか御存知なのでしょうか。もちろん御存知です。

とはいうものの、エジプトの警察だってそんなに変わった事をしてきたわけではありません。「言いがかりのような職務質問」は日本でも身近に経験する事が出来ますし、近所の商店街では「無賃乗車」に類する事も耳にするではありませんか。エジプト辺りでは「以前では」「警官を殴った男性は即座に連行されていたはず」だそうですが、日本では未だに警官を殴ったら「即座に連行」されます。「警察署で手ひどく殴られる可能性だって」負けてはいません。

大内さんの書くところによるとエジプトの警察がやっている事は日本のそれと大差ないようであり、実際のところそう大した違いはないようなのですが、エジプトの警察が日本のそれのような「怖さ」を喪失している事が何か問題ででもあるかのように述べている辺り、さすがは社内で出世して恥ずかしい署名記事を書かせてもらっているだけのことはあるようです。

もっとも、産經新聞が大内さんに恥を書かせっぱなしにしているのも無責任な放任主義のなせるワザというわけでもありますまい。エジプトと日本と相呼応して産經新聞の主張するところは、昨日と同じ相も変わらぬ事でありまして、要するにオマワリさんは通行人に言い掛かりを付けたり薬局でドリンク剤を強奪したり容疑者を脅迫したりして、「圧倒的に怖く」ならなければならないということのようです。

しかしながらこれが他ならぬエジプトで書かれた事は意味のないことでもありません。むしろエジプトにいればこそ、警察が暴力団としての本領を発揮する事が期待されることになります。日本があんなことになったら大変なのであります。

民主化運動が中東からアフリカとか東アジアにも波及しようとしているんだそうですが、これには色々な対処の仕方があるようです。地球のどこかで民衆が自由を求めて立ち上がった時に各国の政府は気分を害するわけですが、どうもアメリカは腹をくくったようです。一度腹をくくれば影響しようが波及しようが対応は可能で、これを受入れた上で自分に有利なように操作しようとしているようです。

一方で中国や北朝鮮はひたすら警戒し、否認する事に余念がありません。このような対処の仕方では、様々な場所で自由を求める民衆が立ち上がり、それに応じて他の場所でもそのような動きが広がるにつれてますます追い込まれて行く事になりますのであまり利口とも狡猾とも思われないものであります。中国や北朝鮮は自分とこの国民に運動が伝わる事を怖れ、民衆に怯えていますが、我等が産經新聞もいわゆる「特定アジア」と同一歩調を取ります。

てゆーかそういう読者層がいて『産經新聞』を買ってくれているから大内さんも書くわけです。優れた新聞には優秀な読者がつきものであります。もっとも情報を完全に遮断するわけにはいきませんから、あたかも何事かを報道しているかのようにエジプトやリビアのことは書きますが、国内で起こっている事は「黙秘」しているところを見ると喧嘩上等ということでしょうか。

しかし民衆をヤクザ者に抑えさせなければ夜も眠れないらしいのですから、可哀想に同胞に怯えるという不幸な境遇に生きているようではありますが、彼等の恐怖は極めて理にかなった事であるともいえるでしょう。やはり人間生き死にがかかって来るとものの道理が解って来るようですから、その様な人々に対しては「ある程度の怖さ、厳しさ」をもって対処する事が「必要」だという「意見」も、言われてみればもっともなことであるとしか言いようがありません。
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