2011年04月29日

引退しなかった高橋君の演技に絶賛の嵐!

暴言警部補に求刑超える判決、罰金30万円


 遺失物横領事件で任意の取り調べ中に暴言で脅したとして、脅迫罪に問われた大阪府警警部補で東署元刑事課係長(現・東署地域課)・高橋和也被告(35)の判決が28日、大阪地裁であった。岩倉広修裁判長は、罰金20万円の求刑を超える同30万円を言い渡した。求刑を上回る判決は異例。

 判決によると、高橋被告は昨年9月、落とし物の財布を着服した疑いがあるとして事情聴取した会社員・岡本和真被告(35)(別の窃盗、強要未遂罪で起訴)を「殴るぞお前。手出さへんと思ったら大間違いやぞ」などと脅した。

 府警は2月に開かれた高橋被告の初公判翌日、勤務先からパソコンを盗んだとする窃盗容疑で岡本被告を逮捕。さらに財布を落とした女性に面会を迫ったとする強要未遂容疑で再逮捕したが、岡本被告はいずれの容疑も否認している。

 岡本被告は高橋被告の事情聴取の様子をICレコーダーで録音し、特別公務員暴行陵虐容疑などで告訴された。大阪地検特捜部が昨年末、脅迫罪で略式起訴したが、大阪簡裁は略式命令を不相当と判断し、審理を地裁に移す異例の経過をたどっていた。

2011年4月28日 讀賣新聞


讀賣さんダメじゃん。ダメはいつもの事ですが、この記事はダメダメです。ナニがなんだかサッパリ分かりません。記事を書かせるのなら中学校くらい卒業した人の方が良いと思います。

「岡本被告は高橋被告の事情聴取の様子をICレコーダーで録音し、特別公務員暴行陵虐容疑などで告訴された」。これ、どう読んでも「特別公務員暴行陵虐容疑などで告訴された」のは「岡本被告」という人である、という意味になります。確かに讀賣新聞はナベツネさんの妄想を書くもので、事実との多少の齟齬は問題にならないのかも知れませんが、これはヒドい。

これを読んだ人は「事情聴取の様子をICレコーダーで録音」すると「特別公務員暴行陵虐容疑などで告訴され」るんだと思っちゃいます。事のついでに「特別公務員暴行陵虐罪」というのは「裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者によって暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をされる」ことである、というふうに誤解してしまう虞れもあります。

もっとも、これはワザと誤解させているのではないかと考える事も出来ないわけではありません。被疑者によるICレコーダを用いた「取調べの可視化」てゆーか「可聴化」をなんとしても阻止したい。そのためには法律なんて糞食らえだ。『讀賣新聞』ならあり得る事です。

しかしながら、他人をそんなに悪者扱いするのも考えものです。それではナベツネさんの妄想語りと同じだ、と言われてしまうかも知れません。個人ブログですからどうせそんなモンなんですが、『讀賣新聞』と一緒にされるのは不本意であるというのも正直な気持ちであります。

そこで讀賣記者さんにはそんな悪意などは微塵もなかったのです。それでも慌てていたので書き間違えてしまったのでした。即ちこれは単なるミスであり、ミスがいつまでも放置されているのは二重のミスですが、それは人間だもの。てゆーかまあ、社風です。

三流新聞社の「社風」を云々しても仕方がないのですが、中には優れた社員もいるかも知れません。そんな優秀記者を下らないミスに導いたものが問題です。ミスの原因を追及し、同じミスを犯さないようにしなければなりません。

おそらく、この記事で岡本さんのことを「岡本被告」と書いてしまったのがその原因でしょう。「被告」なんだから「告訴され」るのはいわば当然であります。しかしながら岡本さんはこの裁判の被告人ではありません。この裁判の被告人は高橋さんの方です。ところが両方を「被告」と呼んでしまった事から優秀なる讀賣記者さんの雑駁な頭脳は混乱してしまったのでしょう。能力を超えた事を要求された記者さんこそ可哀想であります。

とはいえ、この判決に関する報道では各社とも岡本さんのことを「岡本被告」と書いています。岡本さんが被告人の裁判ではないのに1つの例外もなく岡本さんは「被告」と呼ばれているのです。まあ、事件そのものが取調べの過程で発生しているのですから、岡本さんには刑事手続の上で定義される地位というものがあるわけですが、事件の性質上、それは「被疑者」ではないでしょうか。

おそらく岡本さんの呼称に関して「特別公務員」関係筋からの指示があったものと思われます。得意の「印象操作」というやつですが、普段から「印象捜査」ばかりやっているんであまり区別がついていないのかも知れません。岡本さんが「被告」呼ばわりをされる一方では高橋さんは「深く一礼」してみたり「涙を浮かべて法廷に立ち尽くした」かと思ったら「謝罪のコメント」を出したり(産經新聞)と、なかなかの好印象であります。

判決は金額こそ求刑を上回ったものの、脅迫罪の法定刑は「2年以下の懲役又は30万円以下の罰金」であるところ懲役刑を選択しないという温和なものでしたが、その理由というのは結構デタラメです。犯行の動機は岡本さんの供述態度が悪いというのでアタマにキタという「短絡的かつ感情的」なもので「計画性はない」ということですが、いや、高橋さんはそんな人じゃない。

これでは高橋さんがすぐアタマに血が上るバカのようではありませんか。実際には高橋さんは「これまでの仕事ぶりも評価されて来た」優秀な警察官なのです。それをどっかのクルクルパーのように低能扱いするのは許される事ではありません。「暴言」は今まで「評価」されてきたという「仕事」の重要な部分であり、怒った振りをしてみたり優しくしてみたりするような「演技」は優秀であろうとなかろうと警察官であれば誰でも「計画的」に駆使するテクニックなのではないでしょうか。

岩倉さんの判決は「違法な取り調べ」だとか「冤罪を生む温床になり許されない」だとか、言葉だけならなんぼでも書けるわけですが、高橋さんが今回の「不運」にめげずに今まで通りの「仕事」を、出来たらもうちょっと「計画的」に遂行する事を奨励しているようです。この判決は全国の「演技派」のオマワリさんにとって励みとなるものですが、高橋さんは「演技派」であるばかりでなく、ああ見えてちょっとした二枚目ですから、役者にでもなって「本物の迫力」をフィルムに叩き付けてみせるのも彼の人生にとっては良い事かも知れませんし、そんな「演技」はスクリーンの中だけにしてもらうのが他の全ての人の人生にとって良い事であることは言うまでもありません。
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2011年04月27日

極東実験島でマルタを叱る

意味不明な世田谷新区長の主張


世田谷新区長、保坂展人氏曰く、今回の勝利は区民の良識によるものとのご高説である。

問題は区民の良識なるものの中身が意味不明な点である。保坂氏は今回の選挙を、原発から再生可能エネルギーへに焦点を当て戦われ勝利されたと理解しているが、一体世田谷区として具体的にこれをどう進めると言うのだろうか?
大震災の余震が毎日続き、原発事故の影響がどこまで拡がるのか判らない時期に行なわれた選挙で「原発依存から自然再生エネルギーへ」と訴えたことや、「心ある被災地支援を徹底しよう」、「区民参加の世田谷をつくろう」と呼びかけたことを積極的に評価して頂けたと感じています。

脱原発と言った所で、世田谷区が新たな原発建設計画を進めていた訳ではない。それとも、密かに下北沢や三軒茶屋のビルの地下にコンパクトなマイクロ原発を建設する計画でもあったのだろうか?

或いは、原発との共存共栄路線の継続を決めた敦賀市の様な市町村を暗に批判しているのだろうか?

仮にそうならば、偏光したイデオロギーや小賢しいパーフォーマンスとは無縁に、純粋に原発と向き合う事を決めた敦賀市民に対し余りに失礼である。全体最適により、決して原発が建設される事もなく、電力が優先的に供給されるであろう世田谷区の驕りではないのか。

具体的に、世田谷区として30%に達する、電源を原発とする電力供給分を節電すると言うのであれば、東京電力の負荷軽減に直結する訳で、高く評価する。

全国に先駆け、各家庭に電力消費の監視を行う為のスマートメーターの設置を義務付け、ディマンドレスポンスとHome Energy Managemet System(HEMS)を導入する事で可能となる確立が高い。しかしながら、区民の意識がそこまで到達しているとはとても思えない。

今一つは、再生可能エネルギーへの転換である。しかしながら、これも意味不明である。一昨日の記事で説明した通り、NEDOが年間2,000億円超の予算を30年以上使いながら、未だ実用化の目途が立っていない。

NEDOに比べ、人材も居らず、技術もなく、開発資金のない世田谷区に一体何が出来ると言うのであろうか?

再生可能再生エネルギーと言えば一般に、太陽光・太陽熱、風力、バイオマスそして地熱・水力と言った所である。

太陽光に就いて言えば、人口密集地であり集合住宅、商業ビルの多い世田谷区は最も適していない。

風力はそもそも風車の建設用地がなく、世田谷区にそれ程風が吹くとも思えない。

バイオマスは実用技術の確立が先決で世田谷区単独では無理。

地熱は世田谷区内に火山が無く、水力は多摩川の高低差では無理。

現実的には何一つ出来ないのではないか?

保坂氏に世田谷区を預かる区長、政治家としての自覚、責任感に疑問を感じる。3.11の福島原発の事故以来世の中に充満する、反原発のムードに安易に流される区民に対し、全く実現性はないが、取敢えず世論の追い風を受ける事が容易な原発から再生可能エネルギーへで対立軸を明らかにし、選挙に勝利したと言う所ではないか?

仮にそうなら、保坂氏が胸を張る、区民の良識の勝利等ではなく、区民の非常識の勝利と言う事になる。

保坂氏は早急に原発から再生可能エネルギーへに就いて具体的プランを纏め、区民に提出すべきである。

山口 巌

2011年4月26日 BLOGOS - livedoorニュース


とのご高説でありますが、山口さんの気持ちというものはひしひしと伝わって参りますので、これはよく出来た作文です。気持ちだけは本物だと思いますが、中身の方は「世田谷区民にはエネルギー問題に関して発言権はない」という、なかなかに鋭いものです。

この説によれば、発電施設を所有しない人は原発に反対してはいけないことになります。つまり結局のところ電力会社の言うことを黙って聞いていろ、という意味明瞭な結論が導かれるわけで、事実、「小賢し」くも「偏向」した「脱原発」は「安易」な「ムード」であるとされるのに対して、「原発との共存共栄路線の継続を決め」ることは「純粋に原発と向き合う事」であるとされています。

まあ、山口さんとは違う意味で僕たちは「原発と純粋に向き合う」、てゆーかイキナリ全裸となって迫って来るという、ある意味童貞の夢のような状況に直面しているのですが、裸になっちゃったのがウランちゃんで迫って来るのが放射性物質なので、モテ過ぎて困るというのはこういうことなのか、人生半ばを過ぎてやっと分かったという次第でありますが、多くの人がゴムも付けずマスクもしないで「原発と純粋に向き合」っている様は戦慄すべき状況であると言えないこともありません。

ファーイーストコンサルティングファームの代表取締役である山口さんは、普段から結構立派な事を言っているのですが

代表取締役ご挨拶

我々を取り巻く環境の変化が速くそして大きく成っています。
成すべき事は、今まさに起こっている現象と真摯に対峙し、その背景とか意味を深く知る事ではないでしょうか。 その上で、今後確実に起こるであろう事を予測し、各企業様のコアコンピータンスや経営計画を参照の上、取り 組むべき「ビジネスモデル」の提案をさせて戴きたく存じます。
ご要望があれば、実際に企業様に入り込み、事業の立ち上げを担当する事も可能です。お気軽にお声掛け下さい。


「我々を取り巻く環境の変化が速くそして大きく成っています」という認識は極めて正しいものです。水や空気の汚染が問題になっているのですから、まさにこれは「我々を取り巻く環境」の問題に他なりません。そして「成すべき事は、今まさに起こっている現象と真摯に対峙し、その背景とか意味を深く知る事ではないでしょうか」というのも立派な態度です。僕は逃げようかと思っているのに、山口さんは「真摯に対峙」すると言っています。

死ぬのは勝手ですが、「その背景とか意味」について、山口さんは4月17日に「原発問題の本質を考える」ことにしました。
http://agora-web.jp/archives/1309191.html

最後は安全保障との兼ね合いである。原発問題を突き詰めて考えれば、ドイツの様に脱原発に舵を切り、再生可能エネルギーに活路を求めるか、或いはアメリカの様に原発を推進し二酸化炭素と中東のカントリーリスクを軽減するかの2者択一である。

アメリカとの日米同盟を安全保障の基軸に置く日本が、フリーハンドを持っていないのは明らかであろう。


日本に原発があるのもアメリカの安全保障のためであることを、山口さんは的確に指摘しています。山口さんによれば「本質」は全部で5つありまして、それは「危機管理」、「管理の危機」、「核燃料リサイクルが実質破綻している現実」、そして「脱原発に舵を切った場合の代替電源の確保」ですが、それら全てが解決されたところで、これはアメリカ様の都合ですから日本は「フリーハンドを持っていない」のです。

世田谷区民はエネルギー政策に口を出す資格がないというばかりではなく、日本には脱原発に踏み切る権利がありません。状況はあらかじめ八方塞がりなのだ、というのが山口さんのご高説でありますが、しかしこのように現状をどうしようもないものと捉えてしまう発想で、はたして有用な「「ビジネスモデル」の提案」などが可能であるのかどうか、はなはだ心配であります。他人の商売の事なので知った事ではありませんが、アメリカに甘やかされた業界ではこんなんで大丈夫です。
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2011年04月25日

セックスと嘘ともう一回セックス

記者会見、25日から一本化=東電、保安院など−福島第1原発事故


 福島第1原発事故で、政府と東京電力の事故対策統合本部は23日、東電本社と経済産業省原子力安全・保安院、原子力安全委員会が別々に行っている記者会見を25日から一本化すると正式に発表した。毎日午後5時をめどに東電本社で行う。説明の食い違い解消が目的という。

 会見には同本部事務局長の細野豪志首相補佐官も出席。記者は事前登録制となる。東電によると会見にはフリージャーナリストも参加可能だが、参加の可否は保安院が審査するといい、批判の声が出そうだ。

 保安院の西山英彦審議官は参加記者に条件を付ける理由について、「メディアにふさわしい方に聞いていただきたいと考えている」と説明した。

2011年4月23日 時事


統合本部、まあつまり統合参謀本部みたいなもんですから文字通り「大本営」に相当する機関が存在し、その様な機関に相応しい広報を行なう事になりました。理由は2つあるそうです。

1つは「説明の食い違い解消」でありまして、これは各々が勝手に記者会見をしていると芸能人水泳大会のようにポロッと何かが露出してしまってオーディエンスを喜ばせることがあるので、それの防止です。つまり「口裏を合わせる」ということで、「共犯」者同士ではその重要性をいくら強調しても足りません。

福島第1原発:初の共同会見 東電・保安院・安全委


 福島原子力発電所事故対策統合本部(本部長=菅直人首相)は25日、これまで東京電力や経済産業省原子力安全・保安院、内閣府原子力安全委員会などが個別に開いてきた会見を一本化し、初の共同会見を開いた。事務局長の細野豪志首相補佐官は「原則としてすべての情報を公開する。私を信じてほしい」と強調した。だが、約250人が集まった会見では記者の質問機会が限られ、原子力安全委から専門家の委員が出席しないなど、情報量と質の低下が懸念される。原発を推進する東電と規制官庁が同席する会見形態を疑問視する質問も相次いだ。【足立旬子、江口一、西川拓、臺宏士】

 本部のある東電本店(東京都千代田区)で開かれた会見では、資料配布に25分、細野氏、文部科学省、原子力安全委、東電、保安院の各担当者からの説明に計1時間近くを要したうえ、政府の対応や共同会見への批判、モニタリング、原子炉の現状など、質疑の内容は多岐にわたり、会見は4時間近くに及んだ。

 細野氏は一本化について「個別会見で情報の重複やそごがあった。東電と規制官庁が同席する会見では、事業者、監督官庁の立場を守るが、テーマごとに一元化した情報を発信し、正確性を期したい」と訴えたが、記者から「すり合わせで情報が遅れるのではないか」との質問も出た。

 事故後の会見は、原則として、保安院が毎日午前と午後計2回、東電本店が同午前、午後計2回、開いてきた。原子力安全委も毎日、文科省が実施するモニタリングの評価や原子炉の状態への認識について、原子炉工学や放射線防護の専門家の委員が会見で説明してきた。26日以降、午後の会見は共同会見に一本化される。

 また、安全委から共同会見に出席したのは、官僚出身の広瀬研吉・内閣府参与(原子力安全委員会担当)。班目(まだらめ)春樹委員長は25日午後の定例会後、今後は週2回の定例会後に自身が会見すると話し、「原子力安全委員は何でも相談室ではない。(共同会見とは)場を分けてお答えする」と答えた。細野氏も「安全委は独立機関で、委員も自由に意見を述べることが認められている」と述べた。

2011年4月25日 毎日新聞


口裏を合わせたからといって「正確性」が高まるわけでもないのですが、口裏を合わせた「情報」を「正確な情報」と呼ぶことにしたのですから、その意味では大いに「正確性」が向上する事が期待されるでしょう。しかし、単に口裏を合わせるだけではなく場合によっては「情報」をより「正確」ならしむるための様々な操作が行なわれることが考えられるので、かえって「口裏合わせで情報が遅れるのではないか」という指摘もあったようです。

この質問をした記者さんは「情報が遅れる」こと自体が「大本営」における「発表」の形式的側面である可能性を考慮していないようです。要するにワザと「情報を遅らせる」ということが行なわれる可能性のことですが、「大本営」設置のもう1つの目的が、このような詰めの甘い記者さんの保護育成にあるようです。

記者会見への「参加の可否は保安院が審査」することになっており、保護育成すべき対象を特に優遇することになっています。このような対象を大本営では「メディアにふさわしい方」と呼んでいます。即ち大本営発表の媒体として「ふさわしい方」に「聞いていただきたい」のであって、媒体として「ふさわしくない」奴には「聞いていただきたくない」のです。

したがって「規制官庁」が「原発を推進する」ところの「経済産業省」内の機関であることについては「疑問視する質問が相次」がなかったりもするわけで、早くも「メディア」としての「ふさわしさ」全開でお届けしておりますから、「メディア」を含めた「原発を推進する」公的な「機関」の安定した稼動振りは全国の原子炉が是非とも見習っていただきたいほどであります。

このようにして東電も、経済産業省原子力安全・保安院も、原子力安全委員会もお互いに相談の上で言いたい事を聞かせたい人にだけ伝えるという、甚だしく信頼度の欠ける状態に陥ることになりました。メッセージは極めて明白です。情報に信用はおけません。しかし信用の置けない情報しか存在させないのです。

ありがたいことに、これで国民はやっと安心する事が出来るわけです。もう「信じていいのかどうかわからない」などと戸惑う必要はありません。「メディア」は100%嘘を言う事に決まったのですから、迷わず信用しなければいいのです。

一方で「ウワサ」や「風評」の方には、もしかしたら信じても良い情報が含まれている可能性があるようです。それを自分で判断しろ、という極めて啓蒙的なメッセージが「大本営の設置」という政府の身振りには含まれていると考えるべきでしょう。もはや日本という国が国際社会からの信頼をすっかり失ってしまった現在、国民一人一人の民度を高めようとする政府のこのような施策が正しいものであることは言うまでもありません。将来、かつて存在した日本の歴史の研究者には、民主党政権の歴史的な功績として評価されるに違いありません。
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2011年04月22日

帰ろかな帰るの予想かな 断層に相談だ

専門家“一時帰宅 住民の協力大切”


政府が21日に示した一時帰宅の考え方について、住民の防災対策に詳しい専門家は、距離や放射線量で一律に制限するのではなく、立ち入りの目的や放射線量のレベルに応じて差をつけることが必要だとしています。そのうえで、住民の理解と協力が何より大切だとして、科学的な根拠を示すとともに、住民との事前の話し合いが重要だと指摘します。

21日に政府が示した一時帰宅の基本的な考え方では、原発から3キロ以内や放射線量が1時間当たり200マイクロシーベルトを超える区域は一時帰宅の対象から除かれています。これについて、住民の防災対策に詳しい「社会安全研究所」の首藤由紀所長は、放射線量の高い地域は20キロ圏内でも点在しており、本来、対象地域は距離や放射線量で一律に規定すべきではないとしています。そのうえで、「立ち入りの目的や放射線量のレベルに応じて時間や人数に差をつけることが必要で、貴重品を持ち帰りたいとか、家畜の世話をしたいといった住民のニーズも踏まえて決めるべきだ」と指摘しています。また、首藤所長は、今回の一時帰宅にあたっては、まだ事態が収束していないなかで行われるということを十分に理解することが重要だとして、「万が一、発電所の状況が変わって温度や圧力が上がってきたときに、一時帰宅の方々をおもんばかって、結果的に誤った判断になってしまうことがあっては絶対にならない。ちゅうちょなく事故を収めるための選択ができるようにしておくことも大事だ」としています。そのためにも、住民の理解と協力が必要で、科学的な根拠を分かりやすく説明する場を設けて、住民と事前によく話し合い、理解を得ておくことも重要だとしています。

2011年4月21日 NHK


今になって「住民の理解と協力」もないもんだと思う次第でありますが、とにかく「警戒区域」にするのが遅いわけです。政府は「安全な原発」や「無害な放射線」との齟齬をきたさないために「避難している住民から防犯上の不安が多く寄せられていることを踏まえ」(朝日新聞)て警戒区域を設定したそうですが、これだと「立入り制限」の理由は「防犯」であって放射線の危険ではない事になりますから、自分の家に行って自家用車をとって来たい人に「科学的な根拠」を説明する事は困難でしょう。

現に危険は「万が一、発電所の状況が変わって温度や圧力が上がってきたとき」にしか存在しないことになっていますし、「発電所の状況」については1カ月くらい後に知らされるようになっていることが分かっていますから、放射線危険に関する「科学的な根拠」などは公式には存在しないも同然なのです。

そもそも世界に冠たる東電の「科学」たるやそれはもう大したもんでありまして、

福島第1原発の活断層評価 保安院「間違っていない」


 経済産業省の西山英彦官房審議官(原子力安全・保安院担当)は21日の記者会見で、東京電力福島第1原発の耐震安全性確認で「活断層ではない」としていた断層に、今月11日の震度6弱の地震でずれが生じたとの調査結果について「(活断層ではないとした)評価の考え方は間違っていない」との見解を示した。

 東電によると、この断層は福島県いわき市にある「湯ノ岳断層」。平成18年改定の原発耐震指針に沿った福島第1原発の耐震性確認で、東電は考慮対象となる13万〜12万年前以降に活動した活断層ではないと評価。一方、近くにあり規模も大きい「井戸沢断層」を考慮したと説明し、「井戸沢断層が動いたことで湯ノ岳断層にずれが生じた可能性がある」としている。

 西山審議官は「より規模が大きく原発に近い井戸沢断層を評価すればよいと考えた」と述べた。

2011年4月22日 産經新聞


東電の活断層の定義は「13万〜12万年前以降に活動した」断層の事でありまして、これは極めて大胆かつ独創的な見解であるといっていいでしょう。この「間違っていない」という見解は間違った前提から導きださている可能性があります。

ふつう「活断層」とは新生代第四紀に地殻変動があったのをさすようです。これは地質学的に「現在」そのものであるとはいえ、258万8000年前からの話であるようですから要注意です。東電ならびに原子力保安委員会は、「活断層」の大部分を「活断層」と呼ばないのです。じゃあなんと呼んでいるのか知りませんが、要するに無視するだけなのですから名前なんかあってもなくても同じ事です。女の子が沢山いるアイドルグループが、名前を知っている人とその他のブスに分けられるのと同様でしょう。

「井戸沢断層」を考慮したそうですがアヤシイもので、

発生源は想定外の断層 いわき連続余震 山形大など調査


 福島県いわき市などで11、12日に震度6弱を観測した東日本大震災の余震は、政府の地震調査委員会の長期評価対象外だった「井戸沢断層」が活動して起きた可能性があることが13日、山形大の八木浩司教授(地形学)や東北学院大の宮城豊彦教授(環境地理学)らの調査で分かった。断層に沿って地滑りが多発しており、専門家は陸地で発生する同様の地震への警戒を呼び掛けている。

 井戸沢断層は福島県浜通り南部に位置する。茨城県境付近まで南北約20キロにわたるとされ、過去数千年で活動した形跡はなかったという。

 今回の余震発生後、八木教授らが震源に近いいわき市田人町黒田地区を調査したところ、南北方向に地割れがあり、断層上の建物に変形が見られた。測定の結果、井戸沢断層の東側が最大1.2メートルほど隆起し、30センチ程度ずれていることも判明した。

 約7キロ離れた地点でも同程度のずれが確認され、少なくとも7キロ以上の断層が動いたとみられる。さらに断層から数百メートル付近では、地滑りが多発していた。

 地震調査委が12日発表した余震の評価によると、震源周辺では1923年以降、マグニチュード(M)5を超える震源の浅い地殻内の地震はほとんど起きていないが、東日本大震災後はまとまった地震活動が続いている。

 2008年の岩手・宮城内陸地震でも、震源とされる断層は今回の井戸沢断層と同様、地震調査委の長期評価の対象となっていなかった。

 内陸地震でも断層に沿って多数の地滑りが確認されるなど、今回と状況が似ていることから、八木教授は「他にも陸地で同様の地震が起きる可能性があり、非常に心配だ」と話している。

2011年04月14日 河北新報


井戸沢断層は1メートル以上ずれちゃってるようですから相当に派手な動きがあったんですが、それは「想定外」なんだそうです。「政府の地震調査委員会の長期評価対象外だった」のですが、そんなものを東電が「考慮」したのかどうか、はなはだ疑問であります。そうでなくとも「活断層」を勝手に再定義して危険を過小評価する原子屋が、地震屋も考慮していなかった断層を考慮に入れていたとはとても思えません。そういった「科学」のレベルですから、「住民と事前によく話し合い、理解を得ておく」なんて軽く言いますけどそいつぁムリだ。
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2011年04月20日

健康と環境と脅迫の核偽術

【電力危機を経済活力に!】(1)気を緩めると大規模停電 不足慢性化の恐れ
 

 東京電力福島第1原子力発電所事故など東日本大震災による「電源喪失」で今夏、関東・東北地方は電力危機が懸念されている。国内総生産(GDP)のほぼ半分を生み出す両地方で企業活動が停滞すれば、日本経済の失速は避けられない。生産を落とさずにいかに夏を乗り越えるのか、知恵と工夫が必要だ。危機は、節電・省エネ型の経済構造や働き方への転換を進める好機でもある。

 東電は7月末時点で5200万キロワットの電力供給力を確保し、5500万キロワットを目標に上積み努力を続けている。政府も先にまとめた節電対策で、大口利用者の場合、日中の瞬間的な最大電力使用量の25%削減、一般家庭にも15〜20%削減を求めた目標の緩和を検討中だ。だが、気を緩めるわけにはいかない。

 猛暑になれば東電管内の最大消費電力は6千万キロワットを超える。たくさんの人が一斉に冷房を強め、一瞬でも使用量が供給量を上回ると、需給バランスが崩れ、「不規則で大規模な停電」につながりかねない。

 福島第1原発は「廃炉」が濃厚で、福島第2も地元の理解を得るまでは再稼働できない。日本の消費電力の約3割を賄ってきた原子力発電を再び安定的な電源として運用するには、安全と信頼を取り戻す長く厳しい道のりが待ち構える。電力不足が、慢性化するのは避けられない状況だ。

 第一生命経済研究所は、電力不足による生産の落ち込みなどで、今年度のGDPが3兆円以上目減りする恐れがあると試算する。震災による自粛ムードと相まって消費が萎縮する懸念も拭えない。経済活力の低下は復興の妨げにもなる。

 日本に今求められていることは、電力危機を活力にしてより効率的な経済構造や働き方を実現し、日本人のライフスタイルを含めた社会全体の大きな変化につなげていくことだ。

2011年4月20日 産經新聞


「日本人のライフスタイルを含めた社会全体の大きな変化」とか書いていますが、要は「生産を落とさずに」ということのようですから、「生産」の為にビンボー人に犠牲を強いる「社会」に「大きな変化」が訪れることなどは期待すべくもありません。

てゆーか原発が「安全と信頼」を保持していたためしなどないのですから、それを「取り戻す」ことなど出来ようはずもなく、その意味では「安定的な電源」であったことなど一度たりともなかったりするわけですが、そうでなくても原発の稼動停止が著しい電力不足に直結するという見込みは根拠に乏しいようです。「気を緩めると大規模停電」などは単なる脅し文句でしかないことは周知の事実でしょう。

とはいえ、これが単なる脅し文句でない事は誰でも知っています。要するに東電が電気を停めてしまえば、それが「単なる」脅しではなく本当の脅迫である事がわかるというわけです。この場合、「気を緩める」というのは国民の多くが「原子力発電を再び安定的な電源として運用する」ことに反対し、原発の廃止を求める「気」になる、という意味でしょう。要するにそれは心がけ次第、ということなのです。

つまりあなたが原発に反対すると東電は電気を停めるということです。そうすると医療機器で命をつないでいるあなたの隣人が死にます。それでもいいんですか、というのが東電が提示している僕たちの生きる条件です。未来のために現在を殺すか、現在のために未来を殺すか。

これは大変にキビシーので、石原さんなどはパチンコや自販機を槍玉に挙げています。それは大変にもの柔らかな言いようであると言えるでしょう。だからといって要点を外しているわけではありません。「節電」が必要なのであり、それは原発が稼働していないからなのであり、原発を受け入れるのでなければ不便な思いをすべきである、というわけです。ここで石原さんが「不便」を特定の、特に敵に回してもコワくない人たちに押し付けようとしているのは、いかにも彼らしいといえば言えるものではありますが。

石原さんの忠実なバカ、じゃなかった馬鹿、いや部下である猪瀬直樹さんなどは、その有り余る才能を持って石原さんの言い分を敷衍しているわけですが、あまりにも才能がありすぎて『産經新聞』あたりとあまり変わらなかったりするのは、才能の方をいち早く「節電」してしまったもののようです。なにしろそのタイトルは「節電を機にライフスタイルの見直しを 快適さとは別の尺度で生活設計を考える」などというものなのです。そして猪瀬さんの思いついた「快適さ」というのはどうも「温水洗浄便座」に尽きるようです。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110418/267282/?top_jihyo

たしかに最後の方で「会社の夏休みを分散して取得し、ヨーロッパのように避暑地に行くようにすれば、東電管内の使用電力量は抑制される」などと書いていますが、本気とは思えません。「避暑地」ってどこですか。タダで連れてってくれるんですか。てゆーか「夏休みを分散して取得」するのは会社全体が休業しないためではないんですかね。

もっとも「避暑地」の話は付け足しに過ぎません。それは「快適」だからです。猪瀬さんは「快適さとは別の尺度」を推奨しています。隣の家で機会に接続されている爺さんの命と引き換えなのは「快適さ」なのであって、未来の命ではありません。まったく肩の荷が下りるというものです。そして「快適さ」とは、「不要不急」のものなのです。パチンコとか自販機とか温水洗浄便座はすべて「不要不急」ですが、問題は電力消費ではないようです。「尺度」が問われているのであり、それは「快適さ」を排除するということに他なりません。

それは多分、石原さんや猪瀬さんの本気の「思想」です。しかしそんな「思想」も他の人にとっては道具でしかありません。そんな役割に甘んじる中で、たまにちょっとだけ好きな色を塗らせてもらう、そんな「ライフスタイル」に満足しなければ現在の地位はありません。そしてそれは決して「快適」ではないと思うのですが、やってみれば結構楽しいものであったりするのかもしれないのです。

そういうわけで10年以上「温暖化」が努めていた役割を「快適さ」が果たすことになったわけです。ちょうど人事異動の季節でもありますので、ここで世間の「自粛」ムードに負ける事なく盛大な歓送迎会を催すべきでしょう。もっともこの世界では大先輩の煙草がまだ現役で癌ばっているようですから、「温暖化」だってもう引退して休んでいてよいというわけでもないかも知れませんが、だいたい流行るものは要警戒であるとはいえ、「生産」の為に尻を冷やすのもこの夏流行の兆しが。

喫煙の有害性に関する歴史


1900年(明治33年)、生命統計学者らが肺癌の増加を指摘(喫煙と疾患の関連を示唆した最初とされる)。その後さまざまな研究が行われ、タバコやタバコ煙の成分が分析され始めた。やがて臨床的・病理学的・疫学的に、タバコの人体への影響の研究が進み、1930年には肺や循環器疾患の発症率や死亡率の上昇が指摘された。その後もさまざまな国・研究機関でタバコの研究は増えていき、ドイツではナチス統治下で、またアメリカ合衆国では1938年ごろ生物学者レイモンド・パール (Raymond Pearl) が、タバコは健康に悪影響を及ぼすと発表している。

1939年から1963年の間に、肺癌に関してだけで29の逆向き研究が行われ、1952-1956の疫学研究の発表以降、喫煙と肺癌の関係が特に注目されるようになり、1950年代から1960年代の間に医学界や各国政府のコンセンサス「喫煙は、特に肺癌や心臓血管疾患に関して健康を脅かす」が発表された。リーダーズ・ダイジェスト誌も、喫煙がいかに公衆衛生に害を及ぼすかを示すことによって喫煙率を減らすキャンペーンを始めた。

1954年(昭和29年)初頭、タバコ産業の代表者らは、喫煙と健康の問題研究を後押しする目的で、「たばこ産業研究会」(Tobacco lndustrv Research Committee/TIRC)を設立し、研究に積極的に資金提供・情報収集を行い、喫煙が健康を害するとの科学的な証拠はないと示した。

以前と比べ多くの禁煙活動が進んだものの、2008年(平成20年)時点では、世界保健機構 (WHO) は「世界各国で喫煙による死の予防が不十分」と公表している。

ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/喫煙


1900年からの先駆的な研究の存在にも係らず、「喫煙の有害性」に関しては1950年代を中心に、しかも「癌」をターゲットに研究が進められて来た事が明らかであります。一方その頃は核実験の最盛期でありまして、しかもその頃の核実験というものは青天白日のもと正々堂々と行なわれていたもんです。1950年代には16シリーズの核実験で187回の核爆発が行なわれました。

またまたその一方では広島・長崎での貴重な「実験」のデータが収集されつつあり、1950年代初頭をピークとした白血病の発症、その後に続くがんの発症が確認されていたところです。ここで核とがんとの関係が「公式に」認められたわけではないのですが、認めるまでの間に大急ぎでそれ以外の「発癌物質」の探求が行なわれたと思えないでもありません。「喫煙と肺癌の関係が特に注目されるようにな」ったというよりは、注目させたのかも知れません。

まさに「煙幕」といった感じですが、エンストロームとカバットが研究費を煙草メーカーに頼っていたんですから、それ以外の人もどこかから費用援助を受けていたんでしょうし、その「どこか」が核兵器についてどのようなスタンスをとっているかというのは興味深い問題であります。連邦政府やWHOの方がフィリップ・モリスやJTより信頼できるというわけではありません。

もっとも最近では喫煙とがんとの間はやはり放射線がとりもっているという研究もありますので、悪い事は出来ません。ここで問題になっているのはラジウムのようで、これはとりあえず核実験とは無関係らしいのですが、放射線とがんとの切っても切れない関係が再確認されてしまったのは少々惜しい事のようでもあります。

中皮腫や喫煙で「肺がん」が起こる仕組みを解明 - 岡山大学チーム


アスベスト(石綿)吸入による中皮腫や喫煙などによる肺がんが起こる仕組みを、岡山大の中村栄三・地球物質科学研究センター長らの研究チームが解明した。

石綿やたばこ、粉じんに含まれる鉄が肺に入ると、鉄を含む「フェリチン」というたんぱく質が形成される。フェリチンは大気中などにある放射性物質ラジウムを集めて蓄積させ、がんを引き起こすという。28日付の日本学士院発行の自然科学系英文学術誌に論文が掲載される。

これまで石綿を吸入すると、肺にフェリチンが形成されることが知られていた。研究チームは形成過程を突き止めるため、中皮腫や肺がん患者の手術後の肺切片を詳しく調べた。

すると、6人の中皮腫患者のフェリチンからバリウム、鉛、カドミウムなどの重金属が検出された。中でもラジウムは海水中の100万〜1000万倍に相当する高濃度だった。肺がん患者6人でも同様の傾向がみられた。

研究チームは、高濃度のラジウムが出す放射線で強力な内部被ばくが起き、肺組織の遺伝子を損傷させてがんを発生させると結論付けた。研究チームの岡部和倫(かずのり)・国立病院機構山口宇部医療センター呼吸器外科医長は「肺のラジウム蓄積量を調べる技術や、肺のフェリチンを溶かす薬剤を開発できれば、早期診断や治療につながる」と話している。

2009年7月28日 毎日


この記事を読んで「喫煙者から放射線が出ている!」と思った人がいたらしいのですが、きっとつくば市の人でしょう。
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2011年04月17日

株主優待原子風呂

収束めど付け6月下旬にも辞任=「経営責任痛感」−東電会長


 東京電力の勝俣恒久会長は17日、福島第1原発事故の収束に向けた道筋に関する記者会見で、「個人的には退く方向で検討を進めている」と述べ、事故処理にめどを付けた段階で引責辞任する意向を明らかにした。同会長は「原則は、(6月下旬の)株主総会の時に責任を取って退任するものと考えている」と明言した。

 勝俣会長は「(清水正孝)社長も私も経営責任を十分感じている」としながらも、「辞める方が経営責任か残ってやる方がいいのか、社長とはまだ相談していない」と指摘。清水社長とそろって退任する可能性も含め、「しかるべき時期までに、どうしていくのがベストか判断していく」と述べた。

2011年4月17日 時事


6月に「収束」の「めど」がつくと思っている人は誰もいないわけですが、一種の「区切り」みたいなものが欲しいという気持ちは解らないわけではありません。勝俣さんの最大の「経営責任」は社長が清水さんであることでしょう。清水さんの渾名は「コストカッター」だそうで、年々ポキポキと背が低くなって行くのかと思ったらそうでもないようですが、かの『Wikipedia』によれば

東電の制服を中国製に替え、調達費3億円の削減に成功


だとか

海外出張で遣う航空会社の絞込


んでみたり

納入業者を競わせてコストを下げる方式を導入


というような、言ってみれば平凡な手法で、いわば安いものを安く買うというのが「コストカット」の秘訣のようでありまして、

発電所の六十数万点の部品・部材の調達方法を見直し、全体で2兆円かかっていた調達費を4割削減に成功


しているところを見ると、他にも今だからこそ人には言えないコストをカットしている可能性もありますが、そんな清水さんが社長であるという東電の経費削減至上体質が今回のような事故の原因となったのかといえばその通りであります。

別に安全対策にお金をかければ原発は安全になるというワケでもないのですが、どうしても原発を建設しなければならないという「政治的」な事情は別としても、てゆーかそういう事情で建てなければならないのであれば尚更、安全には気を配り、お金をかけるようにしたいものではあります。

ところがどうも東電では「コストカッター」が一番偉いんだそうです。安全とかはそれよりも偉くないので社長ではありません。なるほどたいしたもので、さすがに東電は「経営」の鑑というべき尊敬すべき企業でありますが、こういう会社が多数の人命に関わる大事な仕事をしているというのも日本が経済大国たる所以であります。東の東電、西のJR西日本というくらいなものですが、「西日本旅客鉄道」を「西鉄」と略す事が出来ないのが誠に惜しい、というくらい世の中は分かり易くなっているのです。

もっとも、6月の株主総会で株主さんたちが何を言い出すのか、ある意味タノシミですらありますが、東電の「コストカット」の最大の受益者が当の株主さんたちである事に疑問の余地はありませんから、エラそうなことを言えた義理でもありますまい。経営者に「責任」を問うのもなるほど大切な事で、立派な良い行ないなのかも知れませんが、株主の「責任」というものは問われる事がないのか、などということを考えてもらうのも面白いかも知れません。しかしそんな事を考える間もなく、てゆーか考えたりしないでしょうから、株主連中ひとり残らず捕まり次第有無を言わせず即座に原子炉に放り込む方がもっと面白いことは言うまでもないでしょう。彼等の冷たい血には冷却効果が期待されますので一石二鳥であります。


ビバノンノン大株主(上位10名)
【2010年(平成22年)9月30日現在】
単位:千株

日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 59,845
第一生命保険株式会社                 55,001
日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 54,850
日本生命保険相互会社 52,800
東京都 42,676
株式会社三井住友銀行 35,927
株式会社みずほコーポレート銀行 23,791
東京電力従業員持株会 22,179
SSBT OD05 OMNIBUS ACCOUNT-TREATY CLIENTS 17,627
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口4) 16,405
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2011年04月16日

40メートルの神域

東日本大震災:コンクリ地盤など提案 復興構想会議委員の河田恵昭・関西大教授


 復興構想会議の委員に選ばれた関西大社会安全学部の河田恵昭(かわたよしあき)部長(巨大災害、危機管理)は、津波の届かない高さにコンクリート製の人工地盤を造成するなど被災地に応じた三つの復興ビジョン私案を提唱している。大胆な案には実現可能性を疑問視する見方も他の委員にあるが、会議で検討される見通しだ。

 河田氏は3月28日に松本龍防災担当相に同案を提出した。人工地盤案は、市街地全域がほぼ壊滅した宮城県南三陸町などを対象に想定。今回の津波(7〜9メートル)より高いコンクリート柱の上にコンクリートの床板を載せ、土を盛って人工地盤を造成する。旧来の地盤と人工地盤の間は雨水などを貯水し夏場の冷房に活用する。漁港に近接する地域は旧地盤の上に水産業や物流施設を整備し、津波の際はすぐに人工地盤の市街地に逃げられるようにするという。

 河田氏の私案ではこのほか、100世帯単位の小さな集落が点在する同県石巻市などを対象に集落ごとに高台を造成し高架のバイパスで結ぶことも提案。仙台市若林区荒浜など海に面した平地が広がる地域には、海岸に沿って津波の届かない高さの海岸砂丘をがれきも使って造った上でバイパス道路を走らせ、道路より内陸側は旧地盤の上に市街地や農地を復元する。大量のがれきで市街地を守る「スーパー堤防」を構築する案だ。河田氏は11日、毎日新聞の取材に「被災地の皆さん自身がわがまちの未来像を議論してもらうたたき台として提示した。まちを造る事業として雇用を生むこともできる」と話した。【西田進一郎】

2011年4月12日 毎日新聞


なるほど「大胆な案」であります。ちょっと大胆すぎると言ってもいいでしょう。「津波より高いコンクリート柱の上にコンクリートの床板を載せ、土を盛って人工地盤を造成する」んだそうですが、津波はその柱には当たるんだろう、砂上の楼閣じゃないか、とは言わないまでも伝説の空中庭園を連想させるに充分なものがあります。

東日本大震災 岩手・宮古市で津波が38.9メートルの高さまで到達していたことが明らかに


岩手・宮古市に押し寄せた津波は、高さおよそ40メートルの山の上にも及んでいたことがわかった。

岩手・宮古市では、今回の津波が38.9メートルの高さまで駆け上がっていたことが明らかになった。東京海洋大学の岡安章夫教授は「海岸から450メートルぐらい上がったがけの上に、木が倒れている地点があり、その木の根元の高さを測ったところ、海面から38.9メートルまで津波が駆け上がっていることがわかりました」と語った。これは、明治三陸津波の際、大船渡市で記録された38.2メートルを上回る。

この地区では、かつて受けた津波被害の経験が、今回人々の命を救ったという。住民は、「この下には家を建てるなってことが書かれているんだ」、「明治の時も流されたんだって。昭和8年(1933年)後に、みんな上に家建てたみたい」などと語った。

岡安教授は「集落にはほとんど被害が出なかったということで、非常に過去の経験が生かされたと思う。今回の津波を教訓として、あらためて考えることは、非常に需要だと思う」と語った。

2011年4月15日 岩手めんこいテレビ


40メートルの柱の上に立つ空中都市。大変に魅力的です。夢のようです。もっとも世の中にはこのような「ロマン」を解さない人がいるようで、「実現可能性を疑問視する見方」を示しているようですが、ケチな了見であります。こういう話は「実現可能性」を云々するようなものではありません。これは「実現」だの何だのというような味気ない現実の話ではないのです。

そんな残念なメンバーを含む「復興構想会議」ですが、一体全体どんな連中が男の夢に冷却水をぶっかけるというのでしょうか。それは秘密です。

問題起こるから…復興会議議事録匿名に記事を印刷する


 政府の東日本大震災「復興構想会議」議長の五百旗頭真防衛大学校長は14日の記者会見で、会議議事録について当面、発言者を明記しない「匿名」の形で公開する方針を示した。「復興問題は機微に触れる。個人名の入った議事録を直ちに公開すると、難しい問題が起こる」と説明した。

 その上で「われわれの任務が完了した時に、個人名入りで全議事録を公開する」と強調した。

2011年4月15日 日刊スポーツ


とは言っても、誰が参加しているかは明らかですから、公表された「発言」が誰のものであるかを推測する事は可能ですし、その推測が間違っていることによって誰かが不当に非難されるという「難しい問題」も発生しうるわけですが、そんな事は知った事ではありません。とにかくみんなの邪推のネタになることになったのは以下の犠牲者の皆さんであります。

議長   五百旗頭 真 防衛大学校長
議長代理 安藤 忠雄  建築家
議長代理 御厨 貴   東大教授
委員   赤坂 憲雄  学習院大教授
同    内館 牧子  脚本家
同    大西 隆   東大大学院教授
同    河田 恵昭  関西大教授
同    玄侑 宗久  作家
同    佐藤 雄平  福島県知事
同    清家 篤   慶応義塾塾長
同    高成田 享  仙台大教授
同    達増 拓也  岩手県知事
同    中鉢 良治  ソニー副会長
同    橋本 五郎  読売新聞特別編集委員
同    村井 嘉浩  宮城県知事
特別顧問 梅原 猛   哲学者


なかなかよく考え抜かれたテキトーな人選であります。五百旗頭さんは日米関係論を講ずる方でありますが、「日米関係論」を知らずして原発を語る事は出来ないと言われております。原子核崩壊なんかも原発には欠かせない大事な事かも知れませんが、「日米関係」がなければ日本に原発が存在する事もなかったわけです。そしてその意味では讀賣新聞社から特別編集委員の橋本さんが参加しているのはむしろ当然であると言って良いでしょう。

これに比較すると、単に原発を建てただけの企業などは末端の構成員でしかありません。東芝の社外取締役である佐々木毅さんがこのメンバーに加えてもらえなかったのはそのためです。当初は「日米関係」に与える影響が「あまりにも大きい」ために原発については議論から外そうという事だったようですが、やはりそういうワケにはいかないようです。そういうわけであまり「問題」を「大きく」しないように、五百旗頭さんには議長としての役割が大いに期待されるところです。

副議長の安藤さんも石原慎太郎さんの良いお友達ですから、五百旗頭さんをよくサポートすることが出来るでしょう。それに東北地方に原発が林立する限り、そっち方面に「遷都」してしまう心配は未来永劫存在しないのです。もっとも赤坂さんのほうでは日本を「いくつか」に分裂させようとしているようですから、汚染された東北地方を「分権」して見捨ててしまうのもひとつの選択肢として考えられている可能性もあります。この点では大西さんの協力も得られるでしょう。

清家篤さんは能天気な雇用政策を思いついたりする商学の先生で、その雇用政策の要点は「放っときゃいい」というようなものですが、震災地域の雇用問題について菅政権が取り得るであろう政策と一致するものです。震災地域でなくてもですが。しかしながら「お魚記者」の高成田さんが半減期にも達していない新鮮なお魚を僕たちの口にねじ込もうとしているんですから、「生涯現役社会」でも「定年」が「破壊」されること請け合いでありましょう。「生涯」が「定年」に届かなくなるのです。

この意味では梅原猛さんの参加は極めて重要です。原子炉からは様々な核種、てゆーか神々が出現され、そのどれもが「寛容」とは言い難いおっかない神様ばっかりではありますが、そんな気の滅入るような状況を何らかの「優越性」として語る事が出来るというのは、考えてみれば希有な才能であると言えないこともありません。しかしその無根拠さにおいて、そんな神々が暴れ回るサンクチュアリの「復興」を論じる会議には不可欠な基調をなすものであるとも考えられるのですから、人間長生きはするものです。もし可能であればですが。
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2011年04月14日

サイハイおじさん

「原発周辺20年住めない」 首相発言として伝わり波紋 全村避難の村長「これが政治家の言葉なのか…」と涙


 「10年住めないのか、20年住めないのか…」

 菅直人首相が13日、官邸で松本健一内閣官房参与と会った際、東京電力福島第1原発の半径30キロ圏の避難・屋内退避区域について、少なくとも10年間は居住が困難との認識を示したとの情報が駆け巡った。原発被害の深刻さを示す衝撃的な発言だけに、情報は一気に広がった。首相は同日夜、公邸に戻る際、記者団に「私が言ったわけじゃありません」と否定した。

 情報の発信源は松本氏が首相との会談直後に行った記者団への説明。松本氏は「10年住めないのか、20年住めないのかということになってくると、そういう人々を住まわせるようなエコタウンを考えなくてはいけないということを言っていた」と発言。時事通信が首相発言として速報した。

 波紋は全村避難の対象となっている福島県飯舘村にも広がった。住民への説明会の途中で情報に接した菅野典雄村長は「少しでも早く戻れるようにするのが政治家の仕事なのに、これが政治家の言葉なのか。全く悲しくてならない。直ちに抗議する」と涙ながらに訴えた。住民からは「そうだ」との声が上がった。

 このため首相は、松本氏に電話をかけて記者団に情報を否定させた。ただ、松本氏は、長期間にわたって原発周辺が居住困難になる見通しを首相に説明したことは認めた。その上で移住先として内陸部に5〜10万人規模のエコタウンを建設する案を示し、首相も賛同したことを明らかにした。

2011年4月13日 産經新聞



選挙後に急に正直になる政治家の習性から考えると、「少なくとも10年間は居住が困難との認識を示」すことに特に問題はありません。そう思ったからそう言ったまでであり、選挙後のこの時期というのは、思ったことを言ってみるには一番いい時期ですらあります。

したがって「これが政治家の言葉なのか」という菅野村長の言葉は、政治的センスの著しい欠如を示すものであると言えるしょう。それこそ「これが政治家の言葉なのか」と疑わしむるものがあります。思うに、国政などとは比べ物にならないほど「甘い」飯館村の政治状況の然らしむるものであると言えるのではないでしょうか。

実際のところ、菅さんはその必要のない限りは自分の見通しを隠そうとはしないようです。

「最悪なら東日本つぶれる」=専門家自任、笹森氏に明かす−菅首相


 「最悪の事態になったときは東日本がつぶれることも想定しなければならない」。菅直人首相は16日夜、東京電力福島第1原発の事故をめぐり、首相官邸で会った笹森清内閣特別顧問にこう語った。放射性物質の飛散により、広大な地域でさまざまな影響が出かねないとの危機意識を示したとみられる。


 笹森氏によると、首相は「僕はものすごく原子力に詳しいんだ」と専門家を自任。東電の対応について「そういうこと(最悪の事態)に対する危機感が非常に薄い」と批判し、「この問題に詳しいので、余計に危機感を持って対応してほしいということで(15日早朝に)東電に乗り込んだ」と続けた。

2011年3月16日 時事


なにしろTVに出て来る「専門家」が全然「専門家」でも何でもないのですから、菅さんが「専門家を自任」することに何の妨げもないのが日本の現状です。確かに菅さんの見通しはTVに出て来る「専門家」の見解とはかけ離れたものであったかも知れませんが、3月16日には事故状況は間違いなく重篤なレベルに達していたわけですから、菅さんが「ものすごく原子力に詳しい」と言ったとしても、これだから素人は恐ろしいね、などという必要もなかったようです。

「専門家」には何種類かあるようで、TVに出て来て適当なことを言ってお茶を濁すのも、そういう事をやる「専門家」ですし、余計な事を喋るのでTVに出してもらえない「専門家」もいます。そして実は、みんなには内緒ですが菅さんには正確な所を教えてあげている「専門家」もいることでしょう。

「最悪の事態」を仮定すると「東日本がつぶれる」というのも、半径30キロ圏内が「10年住めないのか、20年住めないのかということになってくる」というのも、いわば極めて当然な「認識」なのであって、特に奇異な事を言っているわけではありません。もっとも、後になって「情報を否定させ」るあたりが「政治家」といえば「政治家」ですが、そんな気を遣ってウソをつかない限りにおいて菅さんには政治家としての瞬間が突発的に訪れるのかも知れません。

このような多重人格的な立場は、首相としては珍しいものなのかも知れませんが、考えてみたらそんなに珍しいものではありません。日本女性のキモノには「チラリズム」の伝統があり、この語源が浅香光代さんであるというのも「衝撃的」であったりしますが、未だにポルノに修正を加えている日本では真実は露出されず、何かの拍子にチラリと見せる「衝撃的な発言」を出したり引っ込めたりして事の重大さを示唆することになっているようです。

ところが『産經新聞』は「絶対領域」のただ中で涙の抗議を行う菅野村長に同情的なようであります。まあ単に菅さんに同情的でないというだけですが。菅さんの言葉のマジックで放射性物質があっちへ行ったりこっちへ行ったり消えてなくなってみたりするのであれば大変便利なのですが、「政治家の言葉」にそんな力はありません。

しかし「政治家の言葉」に気休めを期待するのも間違っているでしょう。本当は正確さと責任をもった言葉が必要なんでしょうが、「パンチラ」だの「ニーソ」だのと言っているような性的風土の中では最初から期待すべくもありません。そしてそんな所ばっかり見ていると肝心のお顔の方がカワイクないどころの騒ぎではない事に気がつくのが遅れてしまうものです。
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2011年04月13日

科学日本世界一

<福島第1原発>最悪レベル7 チェルノブイリに並ぶ


 政府は12日、東京電力福島第1原発1〜3号機の事故について、原子力施設事故の深刻度を示す国際評価尺度(INES)で、最も深刻なレベル7(暫定)に相当すると発表した。1〜3号機では東日本大震災に伴い、原子炉や使用済み核燃料プールの冷却機能が失われ、水素爆発などで大量の放射性物質が外部に放出される事態に陥っている。史上最悪の原発事故と言われた86年のチェルノブイリ原発事故(旧ソ連)と同じレベルに並んだが、経済産業省原子力安全・保安院によると、放出量は同事故の約10分の1とみられるという。

【1〜4号機を図解】福島第1原発の現状を見る

 チェルノブイリ事故で放出された放射性物質の量は520万テラベクレル(ベクレルは放射線を出す能力の強さ、テラは1兆倍)。これに対し、今回の事故で放出された量を、保安院は37万テラベクレル、内閣府原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定している。

 INESは、国際原子力機関(IAEA)が定めた世界共通の尺度。0〜7までの8段階で評価する。数値が大きいほど深刻さを増す。INESでは、数万テラベクレル相当の放射性物質の外部放出がある場合をレベル7と定めている。

 安全委は原発周辺で計測された放射線量などから、事故直後から4月5日までの間の大気中への放出量の逆算を試みた。各号機ごとの放出量は特定できていない。また、保安院は炉内の状態から試算した。

 安全委は11日、福島第1原発事故について、発生当初から数時間、1時間当たり最大1万テラベクレルの放射性物質を放出していたとの見解を示した。放射性物質の相当量は3月15日に爆発が起きて損傷した疑いがある2号機の圧力抑制プール付近から放出され、現在は1時間当たり1テラベクレル程度まで落ちているとみている。

 保安院は3月18日、福島第1原発1〜3号機の暫定評価を「施設外へのリスクを伴う事故」のレベル5と発表していたが、今回の事故は数時間の放出でレベル7に相当すると判断し、評価尺度を引き上げた。

 原子力施設の事故を巡ってはこのほか、炉心溶融が起き、放射性物質が外部に放出された79年の米スリーマイル島原発事故がレベル5。国内では99年のJCOウラン燃料加工施設臨界事故がレベル4で最高だった。

 東電の松本純一原子力・立地本部長代理は12日、「事故の様相は違うとはいえ、放射性物質の放出量から見てチェルノブイリ事故に匹敵する、あるいは超えるかもしれない事故になったことを重く受け止めている」と述べた。【河内敏康、八田浩輔、山田大輔】

 【ことば】チェルノブイリ原発事故

 1986年4月26日、旧ソ連のチェルノブイリ原発4号炉で出力が急上昇して制御がきかなくなり爆発、原子炉や建屋が破壊された。火災も発生し大量の放射性物質が飛散し、北半球全体で放射能が検出される未曽有の事故になった。この事故で原発職員や消防士31人が死亡、周辺住民ら数百万人が被ばくした。世界保健機関(WHO)によると、事故起因のがんで9000人が死亡。ウクライナでは、事故後に生まれた子どもが甲状腺がんを発症するなど被害は今も続いている。

2011年4月12日 毎日新聞


「チェルノブイリ事故で放出された放射性物質の量」というのは「総量」ですから、福島が少ないからといって落胆する必要はありません。今もこれからもどんどん放出中ですから、近いうちにチェルノブイリを越える事が可能です。経済では負けたけど原発では世界一であります。科学日本万歳!

まあ、選挙が終わったのでやっとレベルを上げてくれたようですが、放出の多くは事故の初期に起こっているんですから、今になってレベルが上がったわけではなくて最初からレベルが高かったわけです。で、その間国民は何をしていたかというと、停電に一喜一憂していた、というのが残念な実態であったと言えるでしょう。

限定的に予告された停電で、同じグループに属していても停電したりしなかったりで対応が大変だったと思いますが、あの「無計画」ぶりが東電の「無能力」を示唆するものではなかったことは、東電と政府の名誉のためにも指摘しておいてよいでしょう。むしろそれは卓越した危機管理能力の表れだったのです。

もっとも、「卓越した危機管理能力」とやらを原発の方に向けてもらいたいものだという気もするわけですが、そっちの方はどうも3月の12日から13日には「能力」を越えるものであると評価されたようです。そこらへんの判断も「卓越」しているわけですが、そこでプランBに移行します。原発が放射性物質をまき散らしているのは急には止められないので、その被害を受ける方をコントロールしようとしました。

これが大層うまくいったのが先の選挙の結果に現れています。民主党の候補が負けたから政府にとっては痛手だ、などというのは皮相な見方であります。政府は勝っています。めでたし(仲間由紀恵)。

もっとも政府では選挙の前に東京に避難勧告を出していたようです。

節電で「本社機能移転」も=銀行・証券などに対策要請−金融庁


 金融庁は7日、夏の大幅な電力不足に対応するため、銀行や証券会社、生命・損害保険会社などに対し抜本的な節電計画を策定するよう要請した。エアコンの使用中止や消灯の励行などに加え、本社機能移転といった中長期的な対策の検討も求めている。電力不足による大規模停電を回避するため、大口需要者の電力使用量前年比25%削減を念頭に、政府が総合的な電力需給対策を検討していることを踏まえた措置。

 金融庁は同日午後、全国銀行協会や全国地方銀行協会、日本証券業協会、生命保険協会など同庁が監督する業界団体の幹部を集め、政府の節電対策の検討状況や同庁の考えを説明。

 各業界の会長会社に対し、現在のピーク時の電力使用量や、本部・支店・電算センターといった事業拠点ごとの使用量の内訳などの情報を取りまとめるよう求めた。

 その上で、具体的な節電対策として(1)エアコン使用中止や消灯といった夏までに実行可能な施策(2)自家発電設備の活用などそれ以外の対策(3)本社機能の移転や勤務形態の抜本的見直しなど中長期的に考えられる施策−について、11日夕までに回答するよう要請した。 

2011年4月8日 時事


真夏の東京のビルで「エアコンの使用中止」は非現実的なのであって、これは要するに(3)で行けというオススメであります。そもそも金融業界はそれほど電気を使うわけでもないでしょう。製造業の方がよっぽど電力を消費しそうなのですが、工場はそう簡単に移転することが出来ません。金融業はデータを持って行けば大丈夫、というわけで比較的移転が容易いものだと考えられます。

木曜の午後に言って月曜に回答しろも無理な相談ですが、この日の「説明」で事故評価レベルの引き上げが漏らされていたか、事故が実はかなり深刻な事態にあるということを匂わせていたとすれば別段無理を言っているようにも聞こえません。これは「対策」をまとめて回答しろ、という話ではなく「東京を放棄しろ」ということなのです。そういうわけで東京のビルは空き家になって、その後には全部病院が入ることになるでしょう。かつてのオフィス街はどこまでも続く病院街になります。餓鬼どもを集めて甲状腺を切るんですよ。
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2011年04月11日

性本能と原発選挙

<統一地方選>原発4道県は現職 安全対策や見直し約束


 福島第1原発事故を受け、原発が立地する北海道と福井、島根、佐賀の各県の知事選は、原発問題も選挙戦の大きな争点となったが、いずれも現職が当選した。新人候補が「脱原発」を訴える中、現職候補も急きょ「万全の対策を行う」とマニフェストを書き換えるといった対応を迫られたり、将来的なエネルギー政策の見直しに言及するなど、今後の対応や政策が有権者の注目を集めそうだ。

 国内初のプルサーマル発電を実施した九州電力玄海原発を抱え、原発問題が重要争点に急浮上した佐賀県知事選。3選を果たした無所属の古川康氏(52)はマニフェストの筆頭を急きょ「安全・安心」に替え、選挙戦では「同様の事故が県内で起きないよう強い決意で対策を取る」とアピール。「原発の必要性を説いてきたので逃げずにしっかり取り組む」と宣言した。

 共産新人の平林正勝氏(63)は、九州電力が3月、定期検査で停止中の玄海原発2、3号機の運転再開延期を発表したことを追い風に「プルサーマル即時停止を」と攻勢を強め、原発に絞る戦略をとったが及ばなかった。

 北海道知事選で3選を果たした無所属の高橋はるみ氏(57)は、今後の原子力政策について「原子力エネルギーは過渡期的なもの。ただし、現実問題として道民の生活の4割をまかなう現状もあり、安全対策を最大限やっていく」と強調。「北海道は新しいエネルギーの宝庫なので、他地域以上に高めていく。原子力の防災計画は抜本見直しを進める」と話した。

 国内最多の原発14基が立地する福井県知事選で3選を果たした無所属の西川一誠氏(66)は、原子力産業と県の40年以上の共存共栄路線を踏襲。国や原発事業者に確実な安全対策を求めていくと訴え、当選を確実にした後のあいさつでも「県民の皆さんが納得する形で、安全対策を進めたい」と話した。

 県庁所在地の松江市に原発がある島根県知事選で再選を果たした無所属の溝口善兵衛氏(65)は「原発や安全対策のあり方、国全体のエネルギー政策の抜本的な見直しを国に求めていきたい」と強調し、「中国電力には国の対応を待たずに津波対策などを申し入れている」と話した。【竹花周、久野華代、安藤大介、御園生枝里】

2011年4月11日 毎日新聞


確かに原発事故で沢山の人がバタバタ死んだというわけではないのですが、有権者のほとんどが勝間さん並みの無知蒙昧であると考える根拠は無いようです。しかし「危機感」が逆に作用する可能性もあるでしょう。

大震災で困った所といえば、それがたまにしか起きないということでしょう。しょっちゅう発生していればまた違うんでしょうが、またもう少しすると素敵な浜辺のリゾートに別荘を買ったりするのが狂気の沙汰であるとは思えなくなってくるものです。阪神淡路大震災は16年も前の出来事です。

ということはつまり、当分大きな地震はなさそうだ、と思えない事もありません。「地震国」とはいえ地震も休み休み発生するという事実は、ひとつの希望ですらあります。その間はあたかも地震などというものが地球上に存在しないかのように暮らして行く事が出来るのです。

身近に震災による原発事故が発生するというのは結構恐ろしいことです。それはあまりに恐ろしいので、直視するものは石に変ずるとも言われているわけですが、大地震から1カ月目の選挙では、有権者はコワいので、これを「無視」することに決めたようです。地震は「もう起きてしまった事」であり、「終わったこと」なんですから、これは大変に心の休まる事には違いありません。

もっとも、「日本」がいくら「ひとつ」になろうとしても、東日本は北米プレート、西日本はユーラシアプレートに乗っており、それぞれが太平洋プレート及びフィリピン海プレートに押され、しかも太平洋プレートはフィリピン海プレートにも遠慮のないプレッシャーを与えているところですから、地震の方で「ひとつ」の「日本」を襲っているわけではありません。「日本」各地の地下にそれぞれの事情があって地震が起きるわけでし、プレート同士で話し合って手加減をしてくれることもないようですから、今回の地震があったおかげで他の地域の危機が去ったというわけではないのです。

むしろだからこそ敢えて地震の危険は「無視」する必要があるでしょう。原発に反対するなどはもってのほかであります。それは目の前に存在する危険を直視させるだけなのです。それは正確な話であるかも知れませんし、必要な話であるかも知れませんが、耳を傾けるには恐ろしすぎるようです。

これは長崎大の山下俊一さんが言うような「正確な知識」とやらを越えています。基準値の百万倍譲って放射能の健康被害がないものと仮定しても、広範囲に渡る避難の必要や、いわゆる「風評被害」のことを考えると、地元にとっては「脱原発」が最も現実的な選択肢であり、無ければ無いに越した事はないはずなのですが、有権者の選択は「正しく」だか「正しくなく」だか知りませんが、ただなんとなく「怖がらない」というものであったと言えるでしょう。

したがってこれは山下さんたちの流布する流言飛語やデマが奏効したというわけではないようなのですが、それでも「恐怖から目を逸らす」こと自体の恐怖を山下さんたちが和らげてくれていたかも知れませんから、ナンボか役に立ったとは言えるかも知れません。てゆーかそれは正にそのように役立つものなのであり、「正しく怖がる」というのは恐怖を抑圧することに他ならないのですが、そういう事も例えば癌などの原因になりかねないという説もありますので、そうなれば一石二鳥です。
posted by 珍風 at 22:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月08日

ニセモノを洗え

「生産者や漁業者に責任ない」森田知事 風評被害防止や補償など農水相、厚労相に要望
 

 東京電力福島第1原子力発電所の事故に伴い、県内の農水産物に風評被害などが出ていることを受け、森田健作知事は8日、東京・霞が関の農林水産省と厚生労働省を訪れ、鹿野道彦農水相に対し「生産者や漁業者に責任はない。仮払いなど補償をしっかりやってほしい」と風評被害防止を含め、急ぎ対策を講じるよう求めた。細川律夫厚労相には放射性物質の基準値緩和を要請した。

 森田知事は両大臣に、出荷制限措置や風評被害などを受けた人への補償内容を明確にすること、流通業者や消費者に正しい情報を提供することなどを求める要望書を提出した。

 農水省で森田知事は、鹿野農水相に「生産者らは将来に不安を抱いている」として、対策方針を早急に示すよう求めた。これに対し鹿野農水相は「迷惑をかけ、政府の一員としておわびする。しっかりと対応するのが責務と思っている」と、対策を進めることを約束した。

 続いて訪れた厚労省では「日本の放射線の基準値は厳しい」と基準緩和を細川厚労相に要請した。森田知事によると、細川厚労相は将来的な見直しの検討に言及したという。

 放射性物質での汚染問題をめぐっては県内のJA、漁協、森林組合、生協で構成する県協同組合提携推進協議会が7日、風評被害防止や補償などに関する早急な対策を求め、要望書を森田知事に提出している。

2011年4月8日 産經新聞


流石は偽二段であります。農業者などは作物の「安全性」を盛んにアピールしているにも拘らず、「基準緩和」を「要請」してしまいました。しかしこれは「危険」を「安全」と呼び替えるに過ぎません。消費者は「安全」だと言われているのが信用出来ないでいるところ、これでは益々不信を高めるばかりです。

まあ森田さんなので仕方がないといえば仕方がないのですが、邪魔をするくらいなら出てこないでくれと思う人もいるでしょう。しかしながらTVなどでは相変わらず「安全」だと言ってホウレンソウを水で洗ってみせたりしているようですが、そんな事をしても何の効果もない事は明らかであります。

僕は何も放射線の計測に際しては

野菜等の試料の前処理に際しては、付着している土、埃等に由来する検出を防ぐため、これらを洗浄除去し、検査に供すること。
なお、土、埃等の洗浄除去作業においては、汚染防止の観点から流水で実施するなど十分注意すること。

厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課
「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」に基づく検査における留意事項について


というような「事務連絡」が遵守されており、したがって洗っても「放射能」が公表されている数値から減るわけじゃないんだとか、そういう事を言いたいわけではありません。森田さんちはどうか知りませんが、大半の御家庭では普段から、買って来た野菜は水で洗う事にしているようです。

ちなみに野菜を洗浄した場合、「放射性降下物の50〜60パーセント」が除去される、とチーバくんが言っています。
http://www.pref.chiba.lg.jp/eishi/faq/05-yasai-chui.html

したがって泥付き野菜の放射性物質は公表されている数値のおよそ倍であるということになります。これは土壌の汚染が作物自体の汚染とほぼ同程度である事を意味するでしょう。この場合、「流水」に含まれる放射性物質が測定値に及ぼす影響は無視されていますが。試験場では水道水を使用しないということも考えられます。水道水で洗った場合はそれに「由来する検出」を防ぐ事が出来ません。しかし残念な事に大半の御家庭では野菜を水道水で洗っているようです。

もとよりより安全な選択をしようというのは消費者の当然の行動であります。消費者が「安全」な農作物を購入しないからといってTV如きに何だかんだ言われる筋合いはありません。生産者の「風評被害」の責任は、一重に東京電力が負うものです。消費者が東京電力のために発癌性物質である可能性の高いものを摂取しなければならない義理は全くありません。たまに電気を止められるからといってそこまで卑屈になる必要はないでしょう。

むしろ海外の報道に文句をつけたり、「インターネット上の流言飛語」に「適切な対応」を「要請」したりする政府の姿勢が、連中の言う「安全」の信頼性を益々下落させている事に注意しなければなりません。

そうは言っても折角育てた野菜を得る事も出来ずに潰してしまうのは気の毒な事であります。生産者の生活の問題もあるでしょう。東京電力に責任を問うのは当然としても、東京電力が責任を果たす事を期待出来るかどうか分ったものではありません。一から十まで徹頭徹尾信用出来ないと言っても過言ではないのです。

だからと言って嘘を言って野菜を売る事も感心出来ないところであります。ここはひとつ、本当のことを言ってしまえば良いのではないでしょうか。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれと申します。何の事やら分かりませんが、少なくとも首都圏にお住まいの皆さんは、首都圏で取れた野菜を食べたところで大勢に影響がない、と言うことも出来るのではないでしょうか。

野菜に付いているものは土壌にも同じくらい降っているわけですから、環境中に存在する放射性物質はあなたにも付いていますし、家に入る前に玄関先で全裸となってシャワーを浴びたわけでもないのであなたのお部屋の中にも入ってしまいましたし、もう身体の中に入っていて、盛んに放射線を出しているところです。そこに少しばかりのホウレンソウやミズナが加わったところで大勢に影響ありません。もう手遅れなのです。いいから喰ってしまえ。

この方がより野菜の消費を促進するかも知れません。野菜の嫌いな人も意外と多いものですから「促進」は言い過ぎかも知れませんが、消費を抑制しない事は確かです。「危険」なことを「危険」と言っているのですから、「安全」の領域を拡張して「危険」の一部を取り込んで言いくるめようなどという姑息なところがなく、男らしい態度であるとも申せましょう。いちいち「おれは男だ!」と一言断っておく必要もないくらいであります。
posted by 珍風 at 22:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

上を向いて足掻こう

大滝秀治さんが何を歌っているのかよく分からないわけですが、本木雅弘さんが出て来てもあまり事態がはっきりしないので、分かり易いようにベッキーのパートをやや長くしてみた、というところでしょうか、

3月11日の東日本大震災後、日本が明日に向かって前進するためにサントリーグループとして何かメッセージをお届けすることはできないか。

そこで、弊社の広告宣伝にご登場いただいている方々のご協力をいただき、希望の歌のバトンリレーを行うことで、少しでもたくさんの人の気持ちに絆の和を広げていくことが出来ればと考えました。
日本中で幅広く愛されている名曲『上を向いて歩こう』『見上げてごらん夜の星を』の2曲を、ご厚意で参加いただいた総勢71名の皆さん一人一人が、心を込めて歌い上げてくださいました。

サントリー
http://www.suntory.co.jp/enjoy/movie/d_s/880953905001.html


日本ではお花見が自粛だとか萎縮だとか言っているようですが、御馳走の魅力には勝てません。有名なスキヤキの歌で被災者の方々を元気づけようということのようです。勿論スキヤキのお供にはサントリーのウ井スキー。

ところでどうして『上を向いて歩こう』なのか、スキヤキの他に何か理由があるのか知りませんが、電通か何かがこれをキャンペーンソングに決めたのは、海外でも結構有名だから、という事もあるんでしょう。

サントリーだけではありません。FNS・フジネットワークでは「FNS音楽特別番組」としてその名も『上を向いて歩こう』という番組をラジオで放送していたようです。坂本冬美さんが『上を向いて歩こう』を歌ったりしていたらしい。
http://www.fujitv.co.jp/FNS/index.html

しかしこれはいささか無責任な選曲であると言うべきでしょう。広範な国民に対する悪影響が懸念されるところです。夜の星を見上げていたり、上なんか向いて歩きながら呼吸をしていると空から降下する放射性物質を取り込んでしまって体内被曝しますよ。

もっとも土壌に降下した放射線物質の事もありますから、うつむきながら歩いたところで地面から巻き上がるやつを吸い込んじゃう虞れがあるわけですから、事態が改善されるわけではありません。

この発癌音楽祭にも、グループ共通のキャッチフレーズがついているんですが、

FNS・フジネットワークでは、今回の大地震で被害にあわれた方々、復興へ向けて様々な形で支援している方々を応援するため、「ひとつになろう日本(にっぽん)」というキャッチフレーズを作りました。
これには、「今こそ日本中の人々がひとつになって立ち上がり、復興へ向け、そして未来へ向けて踏み出して行こう」という思いが込められています。

平成23年3月21日
フジテレビジョン


このキャッチフレーズは黄色いマルのマークになっておりまして、今や日本人にはお馴染みになった二重丸の中、20キロ圏内に3行に分けて「ひとつに」「なろう」「日本」と書いてあるわけで、いわゆる「未来」てゆーか行く末というものを暗示するかのようであるのが不気味ですが、外側の円はその線がより太く、溶解して「ひとつ」になってしまった「日本」を「特殊シート」で「閉じ込め」るかのようです。なかなかよく考えられていると言うべきでしょう。

この手の「日本」が「ひとつ」であるとか、そうなろうとか、そうすべきだとかいうキャンペーンが業界を挙げて展開されているようなので、実際はともかく「業界」が「ひとつ」になっている事は想像に難くありません。

しかしこれは、いわば「銃後」の宣伝工作にあたるものです。戦地の兵隊さんや被災者の事を思い、彼等と一体となって頑張ろうという、まあ立派な心がけではあります。

産業戦士の歌

作詞:産業報国連盟選定
作曲:林伊佐緒

1.
銃はとらねどハンマーもつて
俺等銃後の産業戦士
アジア興その 心は一つ
どうだ兄弟やらうぢやないか
明日の日本は 明日の日本は
ソレ天下晴れ ソレ天下晴れ

2.
腕に覚えの男の意気よ
削る旋盤ボイラーのひびき
生命打ち込む心は一つ
どうだ兄弟やらうぢやないか
富士の日本は 富士の日本は
ソレ大丈夫 ソレ大丈夫

3.
慣れた機械に血潮は通ふ
汽笛鳴れ鳴れサイレン鳴らせ
空は青空 心はひとつ
どうだ兄弟やらうぢやないか
桜日本は 桜日本は
ソレ意気の国 ソレ意気の国

4.
技術自慢の製品あげて
護る銃後の鉄壁陣よ
おいら日の丸 心はひとつ
どうだ兄弟やらうぢやないか
科学日本は 科学日本は
ソレ世界一 ソレ世界一


しかし「おいら日の丸心はひとつ」とはいえ、やはりこう言ってしまってよければ「銃後」ならではの暢気な雰囲気が横溢していることは確かであります。何といっても「空は青空」で「明日」は「天下晴れ」なんですから、要するにお気楽なものなのです。

ACジャパンはやっとその本領を発揮する時が来ました。さすがは日本の「戦時広告評議会」です。その目的は「戦時体制における国民の理解と協力を得る活動」、要するに銃後に対する宣伝工作であり、総力戦下における総動員体制にあります。

ACジャパン震災臨時キャンペーン新作のお知らせ


ACジャパンでは未曾有の大災害に対して、直後より「震災臨時キャンペーン」制作を決定。震災から一週間後の3月18日から放送局にCM素材送付を始めています。

今回、新たに、EXILEのHIROさん、m−floのVERBALさんご出演による「日本の力を、信じてる。」篇の新バージョン(テレビCM、ラジオCM)を制作。本日より順次、全国の放送局に発送いたします。

なお、現在放送中の震災臨時キャンペーンCMは、下記のとおりです。

◎「みんなでやれば、大きな力に」をスローガンにして「今、わたしにできること」を文字で呼びかけた「文字篇」2種類。
◎世界で活躍するサッカーの岡崎慎司選手、長友佑都選手、内田篤人選手からの応援メッセージ「サッカー篇」。
◎SMAPの皆さんとトータス松本さんによる「日本の力を、信じてる」篇。
◎嵐の皆さん、アントニオ猪木さん、内田恭子さん、江口洋介さん、AKB48(前田敦子、大島優子、高橋みなみ)さん、大竹しのぶさん、片岡仁左衛門さん、為末大さん、テリー伊藤さん、中川翔子さん、西田敏行さん、野口健さん、ベッキーさん、松たか子さん、三浦知良さん、三谷幸喜さん(五十音順)の出演ご協力による「今、わたしにできること・呼びかけ篇」(テレビ、ラジオともに4種類)。
今後ともACジャパンの活動にご理解をいただきたく、よろしくお願い申しあげます。

以上

2011年3月31日 (社)ACジャパン


「大和魂」を讃えるトータス松本がSMAPの補欠かなにかに見えるわけですが、「今、わたしにできること・呼びかけ篇」というのは銃後の生活の諸注意を色んな人が言うやつで、この分野では典型的なものであると言っていいでしょう。「サッカー篇」によれば「日本はひとつのチーム」なんだそうですが、勿論チームには監督というものがいて、「一君万民」の喩えであります。

ACジャパンはその本来の任務に就いています。人でも組織でも、やるべき事をやっている姿は美しい、かどうかは知りませんが、随分と元気のよろしい事で何よりであります。しかし「国民精神の発揚」、「家庭生活の合理化」、「社会公共に奉仕」を銃後の国民に呼びかけているうちは良いのですが、そのうち被災地に「自力更生」を押し付けそうなのが心配といえば心配です。

しかしながら、何よりも大切なメッセージはその内容ではなく、例によって「銃後宣伝」という形式にこそ存在します。被災地以外は「銃後」なのであって、被害は「被災地」だけで発生しているものとされます。「被災地」以外の場所では「核戦争」が起こっていて原子レベルで身体が破壊されている、なんてことは一切ありません。さすがに「科学日本は世界一」とは逆立ちしても言えないようですから、その辺についてはもう見ない事にしたようです。そういうわけで暢気に上を向いて天下晴れの青空の下、どうだ兄弟ヤらうぢやないか、姉妹もオッケーだぜ。
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2011年04月06日

ワックわく放射線リゾート

たまに書店に赴くのも興味深いもので、てゆーか無粋な僕としては他に赴くところもないので、どうしても紙魚などという諸君とその好むところを同じくせざるを得ないのですが、いわばそこは一種のリゾートであると言ってもいいでしょう。まさにそこは「国民が多様な余暇活動を楽しめる場」なのです。

しかしながら例えば今どきであれば放射線関係の本をかき集めて目立つところに置いておくなどは商売としては当然の事だと思われるので、どれ近所の書店ではどうやってこのチャンスを活かしているのかな、などと生臭い興味を持って覗きに行ったりもしないわけではありません。

とはいえ面倒くさいのでとある駅の中の書店で暫しうろつくだけであったりもするのですが、エキナカという事情もありまして、目立つところにドラッカーがどうしたこうしたという本が並んでいるのは、これはもう仕方がありません。どうしても売れるらしいので、もし本屋がドラッカーの『マネジメント』を読まなくても、並べておけば大丈夫です。

ドラッカーは季節定番的な扱いですからいいとしても、やはり時節柄ということもあります。放射線とか放射能とかの関係の本も、もし置いてあれば売れるはずであります。こういう機会を見逃すべきではなく、誰に何と言われようとも便乗して売上を上げるのが商人というものではないでしょうか。

でもって、ありました。ちゃんとそういう関係の本が。エキナカだけあってスペースが狭いんですから、ここにあるのはいわば選りすぐりの逸品、ほぼ間違いなく売れ筋間違いなしの王道とも言われるべき商品であるに違いありません。

でもってそこにあったのは

『私たちは、なぜ放射線の話をするのか』
木元教子(評論家)/碧海酉癸(消費生活アドバイザー)/東嶋和子(科学ジャーナリスト) 著
ワック株式会社

『放射線の健康への影響』
大朏博善(科学ジャーナリスト) 著
ワック株式会社


木元教子さんたちがどうして放射線の話なんかをしているのかはワック株式会社のHPにでも当たってもらうとして、大朏さんの本を見たんですが、裏表紙に本文の見出しの抜粋みたいのが印刷してありましてこれがどうも

「自給率4%というエネルギー事情から再処理関連の問題を考えてほしい」

などと余計な事が書いてあるのは残念としか言いようがありません。ここで百歩譲って「放射線の健康への影響」を過大に軽視するとしても、それは「自給率」とはとりあえず無関係です。むしろこんな事を書くと、この本は「自給率」のために「健康への影響」について嘘が書いてあるのではないかと疑われてしまう虞れがあるのではないでしょうか。

本はもうひとつ並べてあって、この3種類で小規模なブックフェアを開催中なのかも知れませんが、これは講談社のブルーバックスで近藤宗平さんの

『人は放射線になぜ弱いか一少しの放射線は心配無用一』


というものです。これもサブタイトルの存在が極めて残念です。『人は放射線になぜ弱いか』だけであれば良かったのですが、講談社さんは消費者本位の発想によって本の内容を極めて短いサブタイトルの中に分かりやすく濃縮して表現してしまいました。「これさえなければ」と思わざるを得ません。

「少しの放射線は心配無用」、このような事は政府が決めてTVが伝えています。つまりそんなことはわざわざお金を出して苦労して読まなくてもTVでやっているのです。この副題がつくことによって、この本は自分で「わざわざ読むにはあたりません」と言っているのと同じ事になってしまうのでした。買う価値がないのに価格がついている、という極めて困難な状況に直面した消費者の選択する行動は想像に難くありません。

それかあらぬか、この書店のミニ・ブックフェアは不発もいいところ、上記3点が全く売れていなかったのは当然とはいえ多少気の毒ではあります。書店ではこれら3点が積みっぱなしで減る気配もありませんでした。出版社ももうちょっと内容をボカすとかすれば騙されて買う人もいたかも知れないわけですが、あるものは裏表紙に、そしてあるものはあろうことか表紙にデカデカとその内容を表示しているのは、あるいは出版界では良心というものが機能しているという事であるのかも知れません。これらの本が売れないのであるとすれば、それはそれだけ騙される人が少ないということなのです。

出版業というのはこのようにして社会に貢献する事が出来るものなのです。ワック株式会社や講談社は立派な仕事をしました。ほとんど捨て身の社会貢献であります。敢えて増刷に踏み切り、そしてそのほとんどが返本されます。まったくもって多大な損害であるとしか言いようがありませんが、ワックさんや講談社さんはそれはそうするだけの価値のある事であると言います。言わないかも知れませんし、そのつもりもないのかも知れませんが、そうなってしまっている、とはいうものの、ここで功徳を積んだのだと思えば死後に悔いはありません。「少しの放射線」はもちろん「多くの放射線」も「心配無用」です。

ちなみにその書店では、新書コーナーでNHK出版の『日本断層論』の平積みが薄くなっていましたので、よく売れている様子でした。これは中島岳志さんが森崎和江さんにお話を聞きに行くというものなんですが、近所の原発の下を活断層が走っていないか心配な皆さんがつい手に取ってしまいそうなタイトルではあります。とはいえ、騙されたと思ってつい読んでしまうのであればこちらの方がマシでしょう。
posted by 珍風 at 22:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

わくわく放射線シー

基準100倍の汚染水を1万トン放出


 東京電力は4日午後、福島第1原発の集中環境施設という廃棄物処理建屋内にたまっている水約1万トンを海に放出すると発表、午後7時すぎに放水口付近で排出を始めた。(数日間続く見込み。)水に含まれる放射性物質は、法律で環境中への放出が認められている濃度基準の100倍。

 2号機のタービン建屋の地下などには、さらに高濃度の汚染水が大量にあり、この水を移送、保管する場所として予定している集中環境施設のスペースを確保するための異例の措置。

 経済産業省原子力安全・保安院は「大きな危険を避けるためやむを得ないと判断した」としている。東電の松本純一原子力・立地本部長代理は記者会見で「地域の皆様、関係者に誠に申し訳ない」と謝罪した。

 (約1万トンは、2号機の高濃度汚染水の移送先に予定している集中環境施設という廃棄物処理建屋にたまっている水。)原子炉が冷温停止している5、6号機の建屋付近にも、低濃度の汚染された地下水がたまっていることが判明。安全確保に必要な施設が水没する恐れがあるとして、地下水計約1500トンも海に放出することにした。(約1500トンは、原子炉が冷温停止している5、6号機の建屋付近にたまった汚染された地下水。安全確保に必要な施設が水没する恐れがあるとして海に放出することにした。)

 (これらの水に含まれる放射性物質は1立方センチ当たり最大20ベクレル。)東電は、汚染水放出の影響として、成人が近くの魚や海藻を毎日食べた場合、被ばく線量は年間約0・6ミリ シーベルト で、自然界からの線量の4分の1と説明。原発事故時には「応急の措置を講じなければならない」としている原子炉等規制法に基づく措置としている。(2号機の建屋の高濃度汚染水は1立方センチ当たり1千万ベクレル以上。)

 4日午前の段階では、集中環境施設にたまっている水は、現在は復旧作業に影響しない4号機のタービン建屋に移送する計画だった。だが千トンの水を移したところ、3号機の建屋付近の立て坑にたまった汚染水の水位が連動して高まり、あふれ出る恐れもあるため東電はこの計画を断念した。

 2号機の取水口近くにある作業用の穴(ピット)からは、高濃度の汚染水が海に流れ出ていることが判明しており、東電は流出元とみられる2号機のタービン建屋や立て坑の汚染水の移送を急いでいる。(共同)
 
2011年4月4日 日刊スポーツ


なるほどものは言いようというものです。日刊スポーツの記事は共同通信が4日の5時に配信した記事ですが、若干の異同があります。上記括弧内は共同通信の元記事に含まれていて日刊スポーツ版から省かれている記述及び表現の違うところであります。

しかし何といっても全然異なるのが見出しであります。共同通信では「福島原発の汚染水、海に放出 東電謝罪、保安院も容認」とされており、何だか知らないけど東電が謝って保安院が許してあげた、という話になっております。

一体何のことだか分からないわけですが、「汚染水、海に放出」というのはこの間から話題になっている高濃度の汚染水の流出のことなのでしょうか。少なくとも見出しではそんな感じがしますが、本当は全然違います。よく見ると「流出」ではなくて「放出」ですから、今度はワザと外に出すのですが、不注意な人にはよく分からなかったりします。

もっとも、この段階ではさすがに「低レベル」などというレベルの低いことは書いていないようです。『日刊スポーツ』では「基準100倍」であることを強調しておりますが、その濃度はお世辞にも「低レベル」と言えるようなものではありません。まあ確かに、一方では冗談の通じないレベルの汚染水がどんどん海に流れているので、そっちに比べると「低い」という、あくまで比較の問題において「低レベル」と言って言えない事はありません。

もっともこれは自分より背が高くてカッコいい人をチェ・ホンマンと比較して「あのチビ」などと言っているのとあまり変わりませんので、みっともいい話しでもないようです。

しかしながらそういう状況にも拘らず、「低レベル」汚染水の影響として東電が「成人が近くの魚や海藻を毎日食べた場合、被ばく線量は年間約0・6ミリ シーベルト で、自然界からの線量の4分の1」などと「説明」しているのはやはり何かの冗談であると思われます。一方では「高レベル」の「流出」があるんですから、成人向けのお魚も考えものであります。

情報というものは提供の仕方で印象を操作出来ますから、「基準の100倍」が「低レベル」だったりもするわけです。もうそういうところまで来てしまったわけです。「基準」そのものが変更されたりすることもあるようですし、「基準」を超えることはもはや問題になりません。「基準」の何倍かになることも軽く流される模様です。100倍だって、先に「低レベル」と言っておけば大丈夫の範囲内です。

その意味では見出しに「低レベル」とか「低濃度」とか付け始めた人は一種の才能があるんでしょう。「低レベル」を見出しに使った例はおそらく『讀賣新聞』の「低レベル放射性廃液、海洋廃棄へ…福島第一原発」というのが4日の16時57分で、これが早いんじゃないかと思いますが、やはり讀賣新聞だけに大したものであります。「100倍」という事実を前に「低レベル」という言葉を思いつけるというだけで、常人を超えたものを感じさせます。頭がどうかしているのかも知れませんが、単に「讀賣新聞だから」というだけのことなのですから、それさえ分かっていれば成人が毎日『讀賣新聞』を読んでも「低レベル」になる心配はありません。
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2011年04月03日

わくわく放射線ランド

タイの煙草、みたいな。

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2011年04月01日

致死性健康のグレイ・ゾーン

被ばく上限見直し検討


 原子力安全委員会の代谷(しろや)誠治委員は三十一日の記者会見で、福島第一原発の事故が収束した後、放射能汚染が残った地域に住民が住み続ける場合に限って、一般人の被ばく線量限度を引き上げるよう検討を始めることを明らかにした。現在の上限は年間一ミリシーベルト。国際放射線防護委員会(ICRP)は二〇〇七年の勧告で、事故からの復興期は一〜二〇ミリシーベルトが妥当と設定している。

 代谷委員は「年間の放射線量が一ミリシーベルト以下にならない場所も出てくる。そういった地域に戻ったり、住み続けたりする際は、何らかの基準を設けないといけない」と述べた。

 年間の被ばく線量が一〇〇ミリシーベルトを超えると、発がんの恐れがわずかに高まるとされる。日本では、原発事故などの復旧時を想定した基準はこれまで設けられていなかった。

 一方、代谷委員の会見に先立ち、ICRP日本メンバーの丹羽太貫(おおつら)京都大名誉教授らが三十一日、都内で記者会見、〇七年の勧告内容について解説した。

 丹羽教授らは放射線物質の放出が止まった後も汚染地域は残るとした上で、そこに住む場合は年間一〜二〇ミリシーベルト内が妥当とされていると強調。「長期的には年間一ミリシーベルトを目標にしている」と説明した。

2011年4月1日 東京新聞


これは「二〇〇七年の勧告」というよりは、今年の3月27日にICRPが日本政府に直接「規制緩和」を要請したものに唯々諾々と従ったものです。

福島原発周辺住民の放射線量緩和を…ICRP


 放射線防護基準などを決める国際組織・国際放射線防護委員会(ICRP)は、福島第一原発事故に関連し、同原発の周辺住民が居住し続ける場合、その地域で浴びる放射線量限度を当面年間20ミリ・シーベルトに引き上げるよう日本政府に求める声明を発表した。

 現在の一般の年間許容量は1ミリ・シーベルトだが、ICRPは、2007年に勧告した緊急事態発生時の一時的な緩和基準が今回適用できると判断した。同勧告では、放射性物質の汚染地域に一般住民が居住する場合、20〜100ミリ・シーベルトの範囲ならば健康影響の心配がないとしており、今回は、この基準で最も低い20ミリ・シーベルトを適用した。基準の緩和は一時的で、将来的には、1ミリ・シーベルトに戻す。

2011年3月27日 讀賣新聞


本当は100mSvにしなければならないところ、20mSvで我慢してくれるそうで、有り難くて自然と感激の涙が溢れて参ります。ICRPも鬼ではありません。「放射性物質の汚染地域に一般住民が居住する場合」は、100mSvでも「健康影響の心配がない」そうです。

一方、汚染地域でないところに一般住民が居住する場合は話は別であるようですから、汚染地域に住むと住民の身体が強くなるのか、放射線による居住地域への汚染が発生するとICRPの気が強くなるのかよく分からないわけですが、そもそもどのくらい「健康影響の心配がない」かというと、ICRPによれば癌による死亡リスク係数というものが「心配ない」ようです。

細かいことを言うとICRPでは「低線量、低線量率放射線被ばくに伴うかん死亡の生涯リスク」が10,000人あたりの全年齢平均で1Svあたりの過剰死亡数が何人いるかという数を出してます。身体の器官別に

赤色骨髄  50(人)
骨表面    5
膀胱    30
乳房    20
結腸    85
肝臓    15
肺     85
食道    30
卵巣    10
皮膚     2
胃    110
甲状腺    8
その他   50

合計   500

これで1Svあたり10,000人に500人ですから5%のリスク、ということになります。癌の発症ではなくて癌で死ぬリスクです。これが線量が減ると同じ割合でリスクが低下すると仮定して

1Sv=1000mSv  5%(100人に5人)
100mSv      0.5%(1000人に5人)
10mSv       0.05%(1万人に5人)
1mSv        0.005%(10万人に5人)

ということになっていますから、要するに1000人のうち5人が死ぬくらいはあんまり目立たないから無視する、というのが「健康影響の心配がない」という意味です。

20mSvだと1000人のうち1人が放射線汚染による癌で死亡するだけです。例えば飯舘村の人口は6千人くらいですから、まあ6人というところですが、そんな連中のことは政府の知ったことではありません。癌の発症だけならもうちょっと多い数になりますが、それでも「心配ない」そうです。

この放射線被曝による癌死亡リスクにも色んな考え方がありまして、被曝がなくても癌に罹ることがあります。この被曝のない場合の癌死亡リスクは年齢とともに上昇しますが、相加リスク予測モデルを採用するICRPの計算だと被曝によるリスクは年齢に関係ないものと仮定されていますので、各年齢層において被曝と関係ないリスクに被曝による過剰リスクを加算しております。

相乗リスク予測モデルでは、被曝による過剰リスクも、被曝によらないリスクに比例すると仮定し、年齢層が上がると過剰リスクも上がるように計算します。この場合全年齢の平均も当然上がりますが、国連科学委員会ではこのモデルによる予測も発表しており、それによると1Gyの被曝で7.1%になります。

ICRPでは敢えて低い数字が出る方の予測モデルだけを採用しているようですが、だからといって「健康影響の心配がない」わけではなく、死ぬ人が少ないというだけのことです。まあ確かに僕たちの命などは虫けら以下のものではありますが、しかし、「心配がない」というのはかなり厳密さに欠ける書き方ではないでしょうか。

しかしながら、実は記事の中の「健康影響」というのが「住民の」健康への影響のことを指す、というのが間違った解釈です。記事では「放射性物質の汚染地域に一般住民が居住する場合、20〜100ミリ・シーベルトの範囲ならば健康影響の心配がない」と書いてありますが、「一般住民が居住する場合」に「健康影響の心配がない」のは「一般住民」であるとは書いてありません。住民がどんな所に住もうが健康の心配をしなくていい人がいる、ということが書いてあるだけなのでした。
posted by 珍風 at 12:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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