2011年09月29日

わざとじゃないのマジなのよ

データの数値「ミス」12件
志賀原発の耐震安全性評価



 北陸電力は28日、志賀原発(志賀町)の原子炉建屋について耐震安全性を評価した報告書の中で、データの数値に計12件の誤りが見つかったと発表した。北電は「誤った数値による計算結果と、正確な数値による計算結果に大きな差はなく、耐震安全性に影響はない」としている。

 国の原子力安全・保安院に提出された九州電力玄海原発の「耐震安全性評価報告書」にデータの誤りが見つかったことを受け、同保安院が今年7〜8月、全国の電力会社に同報告書のデータを再点検するよう指示していた。北電は1、2号機合わせて計約18万件分のデータの数値をチェックしたところ、1号機で6件、2号機で6件の数値に誤りが見つかった。

 データ解析の実務は原子炉建屋を建設した鹿島建設が担当したが、誤りのほとんどが「0と8」「5と6」など数字の読み間違いによる入力ミスだったという。

 北電によると、解析を行った2007年当時、北電は鹿島建設に対して複数の人間によるダブルチェック態勢などを特に要請しておらず、その結果、単純なミスが素通りしてしまったとみられる。

 北電は「現在はダブルチェック態勢を整えている。今後も引き続き再点検を行い、誤りの原因究明と再発防止策を早急に取りまとめたい」としている。

2011年9月29日 讀賣新聞


「入力ミス」には数字を誤って読み取る場合と、入力の際に間違ったキーを叩く場合があります。僕は電話と電卓のキーの並び方が違うのが気に入らない人間の一人ですが、自分の脳がその辺についてどうやって対応しているのか全く分かりません。

そういうワケなので時々間違い電話をかけることがあったとしてもご寛恕願いたいものであります。あれは仕方がありません。僕は悪くないんです。口惜しかったら電話に「ダブルチェック」機能をつければ宜しい。しかしながら今回の場合は「数字の読み間違い」なんだそうです。

「0と8」とか「5と6」って「読み間違い」し易いのです。ほとんど代表的な例であると言って良いでしょう。誰にでも思いつく、てゆーか誰にでもこのような「読み間違い」の経験があると思います。もっとも、常に数字が少ない方に間違えるというのは、ちょっとやそっとの「うっかり」ぶりではない、と言えないこともありません。

志賀原発 耐震想定で誤数値を正しく入力


 北陸電力は28日、志賀原子力発電所1、2号機の原子炉建屋が地震の力にどこまで耐えられるか、シミュレーション(想定実験)するための入力データ計7か所に誤りがあったと発表した。データ入力を委託した鹿島建設が、数値を誤入力するなどの単純ミスが原因。

 誤入力が見つかったのは、地震の力が南北方向から加わった場合、原子炉建屋の耐震安全性をシミュレーションするデータ。1号機地下1階の壁1か所、2号機の屋根6か所の計7か所が間違っていた。

 正しい数値を入力したところ、揺れの速度などが建屋内の場所によって増えたり減ったりしたことから、北陸電力は「意図的に数値を低くしたものではない」とし、耐震安全性にも「影響はない」としている。

2011年9月29日 讀賣新聞


実にどうも全くもってエラいものです。こっちの記事はミスが「7か所」しか判明していない、従ってより早く発表されたものですが、北陸電力が「意図的に数値を低くしたものではない」と言っていることから、「ミス」は「数値を低く」「間違えた」ものであることがわかります。

ここで「数字の読み間違い」は、常に「数値を低く」なるように発生したということでありますが、12件の「読み間違い」が全てそうなる、というのは、こう言ってはナンですが不可能ではありませんが中々難しいのではないかと思われます。一種の「奇跡」のようなものです。

しかも「正しい数値を入力したところ、揺れの速度などが建屋内の場所によって増えたり減ったりした」んだそうです。北陸電力としてはこれをもって「意図的に数値を低くしたものではない」ことの証拠になると考えている模様ですが、詳細が分からないので成る程そうですかとしか言いようがありません。

もっとも、後になると「誤った数値による計算結果と、正確な数値による計算結果に大きな差はな」いということになったそうです。「正しい数値を入力したところ、揺れの速度などが建屋内の場所によって増えたり減ったりした」にも関わらず、それは「大きな差」ではなかった、ということでしょうか。まあ、「計算結果」の差がいくつまでなら「小さな差」で、どれだけあれば「大きな差」になるのかは不明です。

一般に間違いを素直に認めると「正直者」との評判を頂けるので、僕などはよく「間違い」をして、それを素直に認める事にしています。毎日2〜3回はやっているので、大変に立派な人間で現代の日本では貴重な人格者であると思われているに違いありません。

北陸電力もそのような効果を狙ったものであると思われますが、あまり上手ではないようです。ミスは常に数値が小さくなるように発生し、しかも結果は両義的であって尚かつ大きな差異は無い、よかった、と言われても、正直言って困ってしまいます。実際のところ、こんな僕でさえ本当は「単なるバカ」だと思われているんですから、わざとらしいのはそう簡単ではないようです。
posted by 珍風 at 06:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月27日

思い込み思いやり

元秘書全員有罪、「司法は真剣にやれ」


 「大変残念だ。無罪を信じている」。小沢一郎・元民主党代表の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件で、元秘書3人が有罪判決を受けたことに、小沢氏の地元岩手で波紋が広がった。小沢氏頼みの「民主王国」に影響を与えそうだ。

 判決言い渡しの午後1時半、県議会は本会議の最中だった。主文を知った民主党県連の佐々木順一幹事長は驚いた表情を隠せなかった。「今後控訴されると思うので、無罪を信じて県連の活動を行っていきたい」と語った。

 公判では石川知裕被告が特捜部の取り調べの「隠し録音」が示され、検察側の調書が証拠採用されなかった。無罪判決の期待も高まっていたが、判決では検察側の主張をおおむね認める結果に。党への影響については「最小限にとどめる努力をしていかなければならない」と話した。

 小沢氏に近い達増拓也知事は記者団に「驚いている。(無罪を)信じているというか、客観的事実から有罪にならないケースだと思っている」と語った。その上で「司法関係のみなさんは真剣に、しっかりした根拠に基づいた事実関係を認定して結論を出して欲しい」と注文を付けた。

 一方、野党は有罪判決を好機と受け止める。自民党県連の千葉伝幹事長は「小沢さんへの県民の目が厳しくなる」と勢いづく。地域政党いわての飯沢匡代表は「有罪判決は県政界に大きな汚点を残した。今後、説明責任はもとより政治家の責任をしっかり果たすべきだ」と指摘した。

2011年9月27日 asahi.com


飯沢匡さんは中々珍しいお名前ですが、劇作家の人ではありません。こっちは「ただし」と読みます。大東貨物自動車株式会社という「家族の「きずな」を大事に」している会社の、「家族」、てゆーか要するに二代目にして「地域政党いわて」の代表さんであります。

「地域政党」というものが去年あたりから一斉に出来てきたわけですが、この「いわて」さんも結党は2010年の4月16日です。ちなみに例の「京都党」は同じ年の8月26日。両党は今年の震災を機に、6月15日に連携協定を結んでおります。「地域政党運動の先駆けとして全国にネットワーク化を働きかける」んだそうです。

「全国にネットワーク」された「地域政党」がはたして「地域政党」なのかどうか分かりませんが、飯沢さんの御意見は全国平均並みの凡庸なものですから、国政進出も夢ではありません。まあ大したことを言っているわけでもないんですが、「汚点」が残ったとすれば「県政界」ではなくて日本の司法にでしょう。

多くの人が言ったり書いたりしていることですから繰り返しませんが、東京地裁登石郁朗裁判長の判決は

 岩手県や秋田県では、公共工事の談合で小沢事務所の了解がなければ本命業者にはなれない状況。小沢事務所の秘書から発せられる本命業者とすることの了解はゼネコン各社にとって「天の声」と受け止められていた。元公設第1秘書の大久保隆規被告は2002〜03年ごろから天の声を発出する役割を担うようになった。

共同通信「判決要旨」


という認識を「大状況証拠」としています。しかしこれはいわば良くいえば「社会通念」、悪くいえば登石さんの「思い込み」のようなものでしかありません。特に何か証拠があるとかそういうものではないようなのですが、これが極めて重要であり、全てはここから導かれることになっています。

この基礎の上に、登石さんは更に無理な相談を積み重ねます。

 西松建設は公共工事の談合による受注獲得のために寄付しているのだから、同社としては西松建設による献金と小沢事務所に理解してもらわなければ意味がない。献金の受け入れ窓口だった大久保被告が理解していなかったとは到底考えられない。

共同通信「判決要旨」


なるほど、西松建設としては、これは西松建設からの献金だよと小沢事務所に分かってもらわなければ意味がないかもしれません。相互理解は大切です。分かって欲しい。どうして分かってくれないんだ。分かってくれよ。

で、分かってもらうのに一番良いのははっきり口に出して言ってしまうことですが、ちゃんと言ったんでしょうか。多分言ってませんよ、言うに言えないこの気持ち。近くて遠きは男女の仲でありますが、登石さんは言わなくても分かれ、と言うのです。てゆーか言わなくても分かってるはずだ、と言っています。

つまり分かってくれなきゃ西松建設に取って意味がない、故に大久保さんは分かっていたのである、というのが登石さんの、いわゆる行論でありますが、これは完全にストーカーの言い分、というよりはむしろ妄想でしょう。どうして大久保さんは西松建設の意志を忖度してあげなければならないのか。

てゆーか、大久保さんがここまで寛容なる「理解」を示すためには、その前提として全ての政治献金にはそのような「意味」があるのでなければならないでしょう。これでは登石さんが擁護して止まない「政治資金規正法の趣旨」に疑問を付すことになりかねませんが、登石さんの気がつくところではない模様です。

登石さんの判決では「全ての政治献金は賄賂である」という前提が密かに導入されており、この前提に合致する状況として「天の声」が挙げられ、この前提から被告人が献金を隠蔽する必要が「推認」される、という仕組みになっています。

そして大久保さんと西松建設の間にほとんでテレパシー的とも言える超自然的コミュニケーションの回路を見いだす登石さんは、もちろん石川さんと大久保さんの間にも

 明示的にせよ黙示的にせよ、石川、大久保両被告が意思を通じていたことが強く推認され、そうでなくても石川被告が大久保被告に登記の繰り延べ交渉を依頼した際、隠蔽の一環として、その必要性と対応を説明し、認識を共有したとみるのが自然かつ合理的。

共同通信「判決要旨」


「黙示的」というのがいわゆるテレパシーでありますが、「強く推認され」るそうです。「強く」と書いたからといってもそれは登石さんの都合でしかなかったりするので何も「強く」はなりませんが。ちなみに「自然かつ合理的」というのも「推認」を「強く」しようとして書いてあるだけで、いずれにしても登石さんがそう思っただけであります。

もっとも池田さんに至っては仕事の引き継ぎを受けたというだけで有罪です。

 池田被告も石川被告から引き継ぎを受けるなどし、4億円を報告書に記載しないこと、仮装のため設定した定期預金担保融資にかかる借入金4億円や転貸金4億円は返済も含め記載しても構わないことなど、隠蔽について石川被告の意図と方法の説明を受け、認識を共通にしたことが認められる。大久保被告は池田被告との間でも意思を通じ合ったといえる。

共同通信「判決要旨」


「4億円を報告書に記載しないこと」や「定期預金担保融資にかかる借入金4億円や転貸金4億円は返済も含め記載しても構わないこと」については被告人においてそれぞれ理由があり、当然池田さんも知っているわけですが、「隠蔽」の「意図」は登石さんの「推認」によらずしてその存在を認められないのですからとばっちりもいいところであります。

もっとも、実は登石さん自身がテレパスなんですから僕たちのような旧人類とは考え方が違います。新政治問題研究会や未来産業研究会が献金してきたら、それは西松建設からの、いわば「賄賂」のようなものであることを大久保さんは認識している。何故なら認識してくれなきゃ西松建設にとって「意味がない」からである。

隠れた「意図」が超自然かつ非合理的に伝達されるこの関係は、登石さんにとってはおなじみのものです。これは彼のところに起訴された案件が来たら、これを有罪としなければ検察にとって「意味がない」ことを登石さんが「理解」している、という関係とパラレルなのです。

そして登石さん自身としては常に相手の気持ちを慮って行動しているのですから、他の人もそうしていると思ってしまうのです。こんな判決が許されるなら誰でも有罪に出来るという批判はもっともですが、登石さんにとっては起訴されたものを無罪にするということがなんとしても「理解」出来ないのです。そしてそのためには裁判官が「法の趣旨を踏みにじ」ることになっても、それはそれで致し方のないことなんでしょう。
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2011年09月22日

狂徒党とは何ともステキ

こうなると「京都市の行政書士の男性(27)」ってのはどんなヤツだ?などと俄然興味が湧いてしまったりもするのですが

山本太郎を告発「表現の自由から著しく逸脱」


 佐賀県の玄海原発2、3号機の再稼働をめぐり、佐賀県庁に侵入し抗議活動したとして建造物侵入や威力業務妨害などの疑いで、俳優の山本太郎(36)ら数人を京都市の行政書士の男性(27)が告発、佐賀地検が受理したことが21日、地検などへの取材で分かった。

 山本らは7月11日午後、反原発団体のメンバーら約150人と佐賀県庁を訪れ、「人の命を犠牲にする電力なら使いたくない」と再稼働への抗議活動を展開。県庁内に入って古川康知事との面会を求めたが、会えないまま職員に請願書を手渡し立ち去った。

 告発状で男性は「バリケードを乗り越えるなどして県庁に入っており、憲法が保障する表現の自由から著しく逸脱している。法治国家として是認できない」と述べ、厳重な処罰を求めている。

 告発を受け、山本は21日夜、自身のツイッターに「何があっても覚悟してるよ。それが闘うって事でしょ。僕の事は自分で決着つけるから心配しないで」などとする文章を掲載した。

2011年9月21日 共同


てゆーか共同さんイキナリ呼び捨てですか。この記事は19時30分ってことになってて、その後19時38分配信のテクストだとちゃんと「さん」付けになってるんですけどね。誰かに指摘されて直したんでしょうか。よっぽど抑え切れない「気持ち」があったみたいです。

ところでこの「京都市の行政書士の男性(27)」の人てえもんはブログなんてものがありまして

2011-08-17 07:20:05
山本太郎氏らを佐賀地検に告発しました
テーマ:ブログ
7月11日に反原発団体が佐賀県庁に「突入」(マスコミの表現)した事件がありましたが、ご記憶にございますでしょうか?「突入」した人物の中に俳優の山本太郎氏がいたことで、大きく報道されました。

このニュースを見て、私は大変な怒りを覚えました。少し前に同じようなことをやった在特会が摘発されたのは記憶に新しいところですが、本事件では捜査機関が捜査を着手したという報道もなされていないことから、7月14日に佐賀地検に告発状を郵送しました(7月22日に一部訂正した告発状と証拠も補充して再送しました)。

「告発状を速やかに受理し、同封致しました告発状副本に受理印を押印して、告発人住所地まで遅滞なくご返送頂きたくお願い申し上げます」という添え状を付けたのですが、未だに受理印を押印した副本は私のもとに届いておりませんので、告発状が受理されたかどうか不明です。

佐賀地検から一度電話がありましたが「あなたが告発状を提出されたことに間違いありませんか」「告発状は警察など他の捜査機関にも提出されていませんか」という事実確認のみで、「受理するかどうか検討中」とのことでした(ちなみに告発状は検察のみにしか提出していません)。

佐賀地検から電話があった日から既に約1ヶ月経ちましたが、未だに捜査が開始されたという報道はなされていません。やはり、私は腰が重い検察を動かすためには「地域政党京都党 代表村山祥栄」の名前で告発するのが一番ではないかと思料します。京都市とは一切関係ない事件ですが、わが党の代表に告発への協力を要請したいと思います。

以下、告発状に記載した告発事実の全文です。

反原発団体の構成員・支持者である被告発人は平成23年7月11日、佐賀県庁前で玄海原発2・3号機の再稼働に反対する抗議活動を展開した。
被告発人は原発再開反対の請願書を佐賀県知事に渡すために佐賀県庁に立ち入ろうとしたが、管理権者である佐賀県は「庁舎管理の面から制限せざるを得ない」として県庁の正面玄関を含む多くの出入り口を封鎖する措置をとり、被告発人の県庁立ち入りを明白に拒否した。
こうした県庁の対応に反発した被告発人は県職員と押し問答の末、被告発人は管理権者の意思に反して県庁に侵入した。
県職員はバリケードを築いて被告発人の侵入を必死に防いだ。被告発人の中には警備員を羽交い絞めにする者もいた。
結局、被告発人は知事との面会はかなわず、県民ホールで原子力安全対策課の職員に請願書を手渡し、立ち去ることとなった。
このような被告発人の所為は憲法が保障する表現の自由から著しく逸脱するものであり、法治国家として是認できるものではない。県職員(とくに女性職員)の中には被告発人の本件所為に畏怖したであろうことは想像に難くない。
本件事件が発生してから相当な期間が経過しているが、未だに被告発人を被疑者とする捜査が行われているという報道はなされていない。従って、被告発人のような過激な者を野放しせず、厳重な処罰が行われるよう、速やかに捜査に着手することを求めるため、敢えて告発に踏み切った次第である。

京都党をまじめに考える会
http://ameblo.jp/kyoutotouin/entry-10988512900.html


という「次第である」わけなんですが、この人は告発の受理を受けて

2011-09-21 19:34:07
告発状受理の件
テーマ:ブログ
俳優の山本太郎氏を含む反原発団体の構成員・支持者を佐賀地検に告発した件について、先日、佐賀地検から電話があり、告発状を正式に受理した旨の連絡を頂きました。

これを受けて、マスコミ各社に情報を流したところ、共同通信、朝日新聞、読売新聞から電話にて取材を受けました。

尚、マスコミ報道をご覧になられた方から多数のコメントを頂いておりますが、今回の告発は「地域政党京都党」は一切無関係です(告発について党への協力要請は行いませんでした)。または私は「地域政党京都党」の末端の党員です。本ブログも個人的に開設したものです。このことをよくご理解して頂きたいと思います。

http://ameblo.jp/kyoutotouin/entry-11025141028.html


いろいろ「理解」しなければならないことがあるようです。始めのうちは「やはり、私は腰が重い検察を動かすためには「地域政党京都党 代表村山祥栄」の名前で告発するのが一番ではないか」などと「思料」していたみたいなんですが、結局「「地域政党京都党」は一切無関係」ということになった模様です。

実際はどうだか知りませんが、この「TVを見てたら腹が立った」という「告発」は、相当にスジが悪いんですから、「党」としては「無関係」にしておくのが賢明でありましょう。野田さんや前原さんも見習った方が良いわけですが、だからといってこれが「末端」の党員の「暴走」かというとそうとも思えないものがありまして、

京都党・村山代表「京都に原発ないのに反対を言う党がある」と暴言


 京都市議選に8人の候補者を立てた京都党の村山祥栄代表(左京区候補)が3日、「京都には原発が1基もないのに、原発反対を言う党まである。一体何のための選挙なのか。首をかしげたくなる」などと述べ、原発の危険に不安を募らせる府民に敵対する暴言を吐きました。


 同日夜、左京区の松ヶ崎立正会館で行われた自身の個人演説会での発言。「選挙で、突然あちこちで他党が防災の話ばかりするようになった。もっとひどいところになると…」とした上で述べたもの。続けて「防災については、…そういう話はしないことにしている」と発言しました。


 京都府に隣接する福井県の若狭湾沿岸には関西電力などの原発が14基(全国の原発54基の26%)あり、半径80〜100キロ圏にほぼ京都府全域が入ります。大量の放射能が漏れ出す東京電力福島第1原発の重大事故を受けて、「このままでいいのか」という不安が、いま府民の中に広がっています。


 「京都に原発が一基もない」のは、関電が1970年代から立地を狙ってきた久美浜(蒲井・旭地区)、宮津(田井)、舞鶴(野原)の各原発計画を、府民と日本共産党が「安全性が未確立。命と暮らしを破壊するもの」と粘り強い反対運動で阻止してきたからです。村山氏の発言は、関電の京都への原発建設計画があった事実、府民の運動がこれを阻止してきた京都の歴史の事実への無知をさらすものです。


 京都党は「京都のことは京都で決める」とアピールしてきました。「国難」ともいうべき東日本大震災のもとでの今回の選挙は、多くの国民・府民が、被災地の惨状に心を痛め、救援と復興をどう進めるか、原発事故の影響を心配し、「福祉と防災の京都をどうつくるのか」を考えています。村山氏の発言は、こうした府民の思い、「京都のこと」に全く責任を持てない立場を自ら語ったものです。(ひ)

2011年4月4日 京都民報


後半が共産党の自慢になるのはご愛嬌ですが、福島第一以来、核発電は「地元」だけの問題ではないことは明らかです。せっかく「府民と日本共産党」が「阻止」しても、隣の福井県にあったのでは何にもならないではないか。それにしても「京都党」は京都府に核発電所がないことを良いことに「賛成」を言うにやぶさかではないようであります。

こんな「京都党」ですから、「地元」に放射性物質を散布する危険にも「賛成」であります。

地域政党京都党京都市会議員団は、京都市長に対し以下の内容でプレスリリースを行いました。


京都市長
門川 大作様
平成二十三年八月十日
地域政党京都党市会議員団
団長 村山 祥栄

このたびの五山送り火騒動に際し、下記の通り申し入れを行います。 

京都市は、五山の送り火の事務局を庁内に設け、緊密な関係にあるにもかかわらず、連日の報道で門川市長は、市に何の権限もなく、まるで大文字保存会こそが全ての元凶であり、京都市には何の落ち度もないような言動を繰り返し行われております。しかしながら、京都市文化財保護条例3条に市の責務として「活用が適切に行われるために必要な措置を講じなければならない」とされており、また27条では「市指定無形民俗文化財に対し市は必要な助言、勧告する」権限を有しております。これまでの言動はこれらの条例にある市の責務を放棄したと受け取られかねないものであります。 

また、事実はこれまでの市長の発言とは異なるということが大文字保存会および文化財保護課への聞き取りで確認されましたので、事実関係を時系列で申し述べます。 


1. 当初、放射性物質を懸念する市民からの苦情が文化財保護課に寄せられた際、苦情を保存会で受けるよう要請(保存会側は事務局対応を要請)。
2. その後、京都市は大文字の薪と陸前高田の薪、両方の放射能検査を行うよう事細かに保存会に指示
3. さらにサンプル検査ではなく、全ての薪を検査するよう指示、保存会側は全ての薪を削り、検査(これまでの検査は全て京都市主導で実施)
4. 安全性の確認後、極めて難しい判断を迫られた保存会に対し、一切を保存会の責任とした上で、市としての判断は見送った。
5. 保存会が中止の決断を当局に伝えた際、当局は「そうですか」と要請どころか慰留もなく、了承された。
6. その後、騒動拡大後、これまで保存会の自主性に任せるといいながら一転、8日には陸前高田に返却した薪の一部を京都市へ持って帰ってくるよう保存会に依頼、保存会は話がまとまったということで拒否、今度は先方の担当である鈴木氏に市長自ら電話で要請、拒否される。


このように京都市が本件に密接に関与したことは事実であり、市長が知らなかったという発言そのものが、復興支援や被災地との観光連携を進める上で重大な過失である。また、京都市が決断局面になって積極的に介入しなかったことが、中止という決断に至る大きなきっかけとなった。それを踏まえた上で、京都市長として良識ある見解を示すべきであり、下記の通り申し入れる。 


1. 京都市は、被災地及び死者の魂に精神的苦痛を強い、さらには復興支援の著しい妨げとなる甚大なる風評被害を招いたことに対し、責任を認め、京都市民を代表して謝罪の上、市長として見解を発表すること。
2. 本件の事実関係を究明し、風評被害ではなく、人為的被害であることを明らかにすること。
3. これらを踏まえ、復興支援のあり方を再確認し、具体策を早急に取りまとめ、積極的に取り組まれたい。


以上


「大文字保存会こそが全ての元凶」ではないことは誰でも知っているわけですが、こんな書き方をして真の「元凶」を隠蔽している「京都党」はどうやら「元凶」の仲間のようであります。その他にもお仲間がいるようですが、ロクな人とつき合わないようで

地域政党「京都党」 顧問に堀場氏、リニア誘致・橋下維新連携掲げ

 
 前京都市議で平成20年の京都市長選に無所属で立候補した村山祥栄氏(32)が30日、京都市内で記者会見、市民の声を吸い上げ、中央政党に頼らない市民主導の政治の実現を目指して、地域政党「京都党」を設立したと発表した。来春の同市議選では11選挙区すべてに候補者を擁立するという。

 村山氏は、同党の最高顧問をつとめる堀場雅夫氏(堀場製作所最高顧問)らと記者会見。「中央政党だけで政治が行われていることには疑問を感じる。地方分権時代の中、市民の声をしっかりと吸い上げることができる組織体をつくり、未来に誇れる街京都の実現のために、市民とともに取り組んでいきたい」と語った。

 具体的には、30年後を見据えた基本政策として、「議員定数の削減」「10年間で起債ゼロを実現」「日本一の学力都市の実現」「リニア中央新幹線の誘致活動」などをあげている。

 村山氏は、平成15年の京都市議選で初当選。19年の同市議選でも2期目の当選をはたしたが、翌年の同市長選に立候補して敗れている。

 同党ではすでに村山氏を含めて来春の市議選に擁立する5人の候補者を決定。今後、公募も行ってさらに候補者を募り、全選挙区に候補者を立て、議案提出権のある6人の当選をめざしたいとしている。

 また、地域が共通して取り組まなければならない課題では、同じ地域政党の「大阪維新の会」などとも連携していきたいという。

2010年8月31日 産経


橋下の友達、というわけでこれが近畿地方を縦断する核ヤクザの巨大なる山脈であります。少し大袈裟でしたか。大袈裟です。それでも「京都党」には錚々たる「村人」がカンケーしているんデスって。

結党メンバー(2010.8.30現在)

最高顧問 堀場雅夫
     株式会社堀場製作所最高顧問

顧問   渡邉隆夫
     京都府中小企業団体中央会会長
     木壽一 
     元京都市副市長

政策顧問 溝部英章
     京都産業大学法学部教授

     風間規男
     同志社大学政策学部教授

     村田晃嗣
     同志社大学法学部教授

     小川顕彰
     弁護士

     及川敦
     地域政党いわて幹事長・岩手県会議員

代表   村山祥栄
     前京都市会議員 大学講師

支部長  左京区担当
     代表兼務

     中京区担当
     佐々木隆吏
     元京都トヨペット株式会社

     南区担当
     中島拓哉
     元株式会社シンプレクス・テクノロジー社員

     右京区担当
     江村理紗
     元株式会社ミスミ社員 

     伏見区担当
     松永卓也
     学習塾 高志塾 塾頭

会計監査 徳永栄治
     公認会計士

広報チーム座長  桜井肖典
         有限会社ワイプ代表取締役


もう最高顧問が堀場さんですから何も言うことはありません。堀場さんたらもっと安い線量計を出せば儲かるのに奥床しい人なんですよ。とっても高いんです。安いヤツだと「 Radi(ラディ)」なんていかにもカワイイ名前なのに「希望販売価格125,000円(税込131,250円)」であります。

まあメーターちゅうもんは安ければ良いというわけではないわけですが、外国産のメーターがアヤシいと言われているんですから半額くらいのを出せば良いようなところ、絶対やりませんね。あんまり高いんでビンボー人に買わせたくないんじゃないか、などと全く正当にも邪推してしまいましょう。

実際にはこの商品は学校などに売って、「教育」とか「放射線の正しい知識に関する啓蒙活動に」役立てるためのものです。というのはつまりバックグラウンドを測って、普段から放射線に親しんでいただく。そうしますと、万が一の場合でも単に「程度の問題」にすぎない、という「正しい知識」が身に付くんですよ。

しかしこれは要するに普段から痴漢をされていれば強姦されても平気だろう、ということですから気をつけたいものです。これは「教育」と言うよりもむしろ「調教」ですね。デートの時にはミニスカでノーパンで来なさい、というようなところから始めたいものです。
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2011年09月20日

年上の新米が仕事のできないヤツで困ってしまいました

しかし案の定、「日本の農業が壊滅的な打撃を受ける」「地域社会が崩壊する」とTPPに対して農業関係者が猛然と反旗を翻した。表明の環境が整うまで待ったことも「唐突」「拙速」と批判を浴び、裏目に出てしまった。さらに民主党内に国会議員百十人を集めて山田正彦前農水相を会長とする「慎重に考える会」が発足。鳩山由紀夫前首相ら小沢一郎民主党元幹事長と関係の深いメンバーが名を連ねたほか、国民新党の亀井静香代表まで加わったことから、政治抗争の色合いまで見せ始めた。

米軍普天間基地の移設問題を抱える沖縄県には砂糖、衆院補欠選挙が迫っていた北海道にはデンプンという保護品目がある。寝た子を起こす事態を招く恐れもあった。

吹き荒れる反発の嵐の中、民主党内を何とかまとめ上げようとしたのが、山口壮筆頭政調副会長を座長とする「APEC・EPA・FTA対応検討プロジェクトチーム」だった。わずか一カ月の間に開いた会合は十数回。「TPPは全部の関税をすべてゼロにしてしまう。とんでもない話だ」とまくし立てる山田前農水相に対し、直嶋正行前経産相が「感情的な議論はよくない。100%自由化を迫られるというのはうそだ」と反論する場面もあるなど、推進派と慎重派の激しい応酬が続いた。

もっとも、党としては政調会が復活して初の大型案件で空中分解≠オ、政府に一任という事態はどうしても避けたかった。そうこうするうち、TPPにマレーシアが加わって交渉参加国は九カ国に拡大。APEC首脳会議も迫って意見集約は急務となってきた。

こうした中、党と並行して議論を進めてきた政府が取りまとめたのが、TPPに参加した場合の経済効果を示す試算だった。内閣府がマクロ経済への影響を計る「GTAPモデル」でGDPを0.48〜0.65%引き上げる効果があるとはじき出した段階で「プラスなら実施するべきだ」(平野達男内閣府副大臣)と決着が付いたはずだった。ところが、農水省が七兆九千億円のGDPが失われ、三百十万人の失業者が発生すると試算。一方、経済産業省がTPPに参加しなかった場合として、GDPが十兆五千億円減少すると試算したことから議論は混迷の度を深めた。

結局、推進派と慎重派の溝を埋めることはできなかったが、TPPの「協議」に入るが「交渉参加を前提」ではなく、原則関税撤廃と分かっていながら「WTO整合的」、つまり重要品目として農産物を守ろうという妥協点を見いだし、党の提言として政府へ提出した。

「党は政府の土台」(山口筆頭政調副会長)という事実から逃れることはできず、閣内で「交渉参加」にこだわった推進派の仙谷由人官房長官、前原誠司外相も折れざるを得なくなった。産業界の意向を代弁するはずの大畠章宏経産相が、鳩山グループの一員であるためか、慎重派に転じたことも推進ムードを抑え込み、「TPP協議開始」に落ち着いたというわけだ。

APEC首脳会議での菅首相の「TPP協議開始」表明は、日本の国内農業問題を熟知している関係各国に、とりあえず温かく迎え入れられはした。だが、新設する「農業構造改革推進本部」を通じた戸別所得補償の拡充や農業経営の大規模化など農業対策の具体化はこれから。さらに農産物や工業製品などモノと並んで労働力の受け入れを自由化する「人の移動」、「非関税障壁」を取り除く規制緩和の問題にも正面から取り組まなければならない。郵政問題がやり玉に挙がる恐れから、既に国民新党は反発を強めている。

http://www.chosakai.gr.jp/news/pdf/2212.pdf


これは2010年11月時点までの環太平洋戦略的経済連携協定をめぐる状況のようです。ナカナカの名文章であると言えましょう。これは「新聞通信調査会」というのが発行している2010年12月1日付『メディア展望』に掲載された「TPP参加問題、これからが正念場 「経済大国」幻想からの脱却不可欠」という記事の一部でありまして、筆者は今をときめく時事通信社経済部の鈴木隆義さんであります。

「新聞通信調査会」は社団法人同盟通信社の「文化遺産的な資料と資産の一部」を継承するとともに調査研究部門が独立した財団法人通信社史刊行会が改称した組織ですが、いわば民間の大本営、大日本帝国広報部としての同盟通信社の魂を受け継ぐ由緒正しい組織であります。

そういうわけでこの号の『メディア展望』も、イキナリ1面からアグネス・チャンが出て来るという「文化遺産的な資料」の一部を構成しているわけですが、鈴木さんの書き物は2番めであります。チャンさんの写真は掲載されていますが、残念ながら鈴木さんの御真影はございません。最近では出回っておるようですが、やはり載せるようなものではなかった模様であります。

ここでは、鈴木さんにしてはまあ、比較的丁寧な言葉遣いで書いておられるようです。もっともこれはいわば「独り言」でありますから、あえて乱暴な言葉遣いをする必要もないのであります。普段はいい人なのかもしれません。少なくとも1人だけでいる時には他人に乱暴なことを言ったりしないようです。

相手が存在する場合にはその限りではない、とはいうものの、鈴木さんだって一種の「ルール」のようなものを持っているのです。自分の言動については「ルール」が存在しない鈴木さんも、他人に向かって従うように要求するような種類の「ルール」は豊かに持ち合わせているようです。それは例えば上記の文章にもちゃんと出て来るのであります。

鈴木さんによればAPECで「TPP交渉参加」を打ち出せず、「協議開始」に留まったのは、イロイロあるとしても「主犯」は大畠さんのようです。大畠さんは経済産業大臣なのに「産業界の意向を代弁」しなかったのです。「するはず」なのにしなかったのであって、これはしない人が悪い。

鈴木さんの「俺ルール」によれば経済産業大臣は「産業界の意向を代弁するはず」の犬でなければなりません。経産相なんてゆーものは黙って頸断連の言うことを聞いていればそれでいいんだよ。それは国民に荒廃と犠牲を強いるかもしれませんが、金持ちさえ金が儲かればそれは問題ではありません。何を隠そうそれが経産相のお仕事なのですから仕方がありません。そう考えると確かに、鉢呂さんは経済産業大臣としてやるべき仕事をしていないのであります。これは由々しき事態であり、なんとしても何とかしなければならないかんとかではないでしょうか。

そういうわけで鈴木さんは鉢呂さんに対してすっかり腹を立ててしまったようです。鉢呂さんは分を越えて余計なことをしようとし、「主人」に逆らった、と言うほど華々しい活躍をしたわけでもないのですが、少なくとも畏れかしこまって恭順の意を表するという態度にはほど遠いものであったことは確かです。鈴木さんは古参の奴隷として、使い物にならない新米の奴隷に対してなすべきことをなした、ということが出来るでしょう。乱暴に怒鳴りつけるだけでは足りません。本当はウラに連れて行ってしたたかにぶん殴るのがスジと言うものです。
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2011年09月19日

馬鹿が原子炉を持って来る

独シーメンス、「クラフトワーク」解散


 欧州のエンジニアリング最大手、独シーメンスは18日、ドイツのメルケル政権が原子力発電から段階的に撤退する方針を表明したことを受け、原子力発電所建設事業から撤退することを明らかにした。ロシアの原子力発電大手、ロスアトムとの原子炉分野での提携に向けた計画も取り下げる。

 シーメンスのペーター・レッシャー最高経営責任者(CEO)が独誌シュピーゲルとのインタビューで明らかにした。これに続き、同社の広報担当者は18日、同CEOの談話が事実であることを認めた。

 同社は世界的にも規模の大きい原発建設の支援を手がけた後、ここ数年は原発事業を徐々に縮小。風力タービンや太陽光発電をはじめとする持続可能エネルギー分野の事業を推進してきた。原発にも利用できる契約済みの蒸気タービンと原発施設のうち、契約済み分の建設は続ける。

 同社は高速列車や医療用スキャナー、工場の自動機器を製造。7〜9月期のエネルギー部門全体の売り上げは67億7000万ユーロ(約7200億円)と、2番目の規模を誇る。

 シーメンスは過去数十年のうち、ほとんどの期間は原発世界最大手、仏アレバとの合弁による「クラフトワーク」のブランド名で原子力発電事業を展開してきた。シーメンスは09年に同事業から撤退できるというオプション契約を行使。今年、複数の契約上の義務を履行できなかったためアレバへの6億4800万ユーロの違約金支払いを迫られた。

 ドイツでは東京電力福島第1原子力発電所で起きた事故を受け、今後数年をかけ原発から撤退することになっている。(ブルームバーグ Benedikt Kammel)

2011年9月19日 SankeiBiz


Kraftwerkは英国風に「クラフトワーク」ですが独逸ですと「クラフトヴェルグ」ですか。仏蘭西と合弁だとどういう発音になるのかわかりませんが、多分これはヤパニッシュにとっては良いニュースです。露助とのビジネスチャンスには思わずジャパニーズスマイルがこぼれるというものです。

首相国連演説、世界の「死に神」へ


 野田首相がニューヨークの国連総会で行う一般討論演説の概要が17日、明らかになった。

 東京電力福島第一原発事故の教訓を踏まえて「世界の原発の安全性を高める」ために日本が協力する方針を打ち出すほか、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)への部隊派遣に向けた手続き開始を表明するなど、世界の安定・安全のため積極的に貢献する日本の姿勢を強調する。

 演説では冒頭、大震災に対する各国の支援に謝意を表し、復興に向けた日本の取り組みを説明、防災に関する国際協力を推進する立場も示す。原発事故に関しては、世界の原発の安全性を高めるために協力する一方、日本としては再生可能エネルギーの比率を高め、中長期的に原発への依存を減らしていく考えを盛り込む方向で調整している。

2011年9月19日 讀賣新聞


日本から来るパッとしないオヤジの売りは、何と自衛隊の海外派兵と原発の輸出です。シーメンスの撤退によって、ますます「世界の原発の安全性を高めるために協力する」ことが出来るのですから、こんなに喜ばしいことはありません。日本は世界中に「死」をまき散らすために積極的に貢献します。

原発の安全を最高機密に 首相の国連会合演説案


 野田佳彦首相が22日にニューヨークの国連本部で開かれる「原発の安全性と核の安全保障に関するハイレベル会合」で行う演説案全容が18日、判明した。東京電力福島第1原発事故を受け「原発の安全性を最高水準に高める」と表明、同時に「安全でより信頼性の高い原子力エネルギーの確保は引き続き必要だ」と直ちに「脱原発依存」へ移行しない立場を明確にする。事故原因を徹底検証し、結果は国際社会への全面開示を約束する。

 また、原発設備へのテロ攻撃は深刻な事態をもたらすと指摘、核物質や原子力施設の防護・保全を図る核セキュリティーに取り組む決意を表明。

2011年9月19日 共同


原発の輸出とPKOが同列に論じられるように、核発電は軍事問題です。日本人どもはレベルが低いので知らないのかもしれませんが、そのことについては「原発の安全性と核の安全保障に関するハイレベル会合」において高度な議論が行なわれることになっているのです。そこで話し合われることが予定されているのは、「原発設備」が軍事施設に相応しい待遇を受けていないのではないかという重大な問題です。「原発」は軍隊の基地やなんかと同じであり、それなりのセキュリティが必要であるという、考えてみれば当たり前の話です。

したがってこれからは核にまつわる機密が厳重に守られなければなりません。今までもヤラセをしてみたり、事故を隠したりといった、それなりの自覚を持った取組みがなされてきたことについては一定の評価をしてあげることが可能ですが、そのうち幾らかの事例がバレているという嘆かわしい現状が存在します。

軍事問題の要諦は国家内部に国民の目の届かない領域を設けることですが、核発電もそれと同様の闇、隠れ蓑を要請します。重大な事故が発生して放射性物質が大量に漏洩したり、原子炉が爆発したりしても、セキュリティはそれを隠すことを要求します。原子炉を地下に建造するのは良いアイデアで、大爆発が起こっても「余震でした」とか言い張ることが出来るかもしれません。

このような姑息な技術では日本は世界をリードしているそうです。目先のビジネスチャンスに食いつくのはすぐれた政策であり、50年もすれば日本はマイナーで古いテクノロジーの盟主となっているでしょう。主要国が核発電から撤退した時点で日本は世界中の核廃棄物の処理の責任を負うことになります。連中が以前作り出した分も含めて押し付けられるのですからたまったものではありませんが、その頃には核発電などをやっている国でそれが出来そうな国は日本くらいしかない、という状態になっているのです。その時こそ「世界の安定・安全のため積極的に貢献する日本の姿勢」に世界中が喝采するでしょう。逃げ遅れた間抜けに。
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2011年09月18日

夏のタイムマシン

原発ゼロでは経済停滞…福井4首長が無理心中


 国内最多の原発14基が立地する福井県の敦賀、美浜、おおい、高浜の4市町でつくる同県原子力発電所所在市町協議会は17日、臨時の意見交換会を開き、原子力発電を今後も重要なエネルギー源として位置づけるよう、国に求める方針を決めた。

 福島第一原発の事故を受けた政府のエネルギー政策の見直し論議に、原発立地自治体の立場を反映させたい考えという。

 敦賀市の河瀬一治市長、美浜町の山口治太郎町長ら4首長が、高浜町内で会合。県内には運転30年を超える原発が8基あることから、野田首相の「新増設は困難」「寿命がきた原発は廃炉に」などといった発言を取り上げ、「原発がゼロになると地元経済が停滞する恐れがある」「住民に雇用の不安が広がっている」とする声が相次いだ。

2011年9月17日 讀賣新聞


死にたい人が死ぬのは一向に構わないわけです。自殺予防週間は前日の16日の終わっていますから何の問題もありません。とはいうものの、新小岩駅じゃないんですから他の人をマキゾエにするのは感心できません。イザというときには「敦賀、美浜、おおい、高浜の4市町」の「地元経済」の為に死ななきゃならん人が随分と広範囲に多数存在すると考えられます。

例えば福島の例について菅さんが今更になって何かを言っているわけですが

原発事故、首都圏も「死の町」に 菅氏、最悪予測を隠蔽


 菅直人前首相は18日までに共同通信のインタビューに応じ、3月11日の東京電力福島第1原発事故発生を受け、事故がどう進行するか予測するよう複数の機関に求め、最悪のケースでは東京を含む首都圏の3千万人も避難対象になるとの結果を得ていたことを明らかにした。

 発生直後には、現場の第1原発の担当者と意思疎通できないなど対応が困難を極めたことを強調。原因究明を進める第三者機関「事故調査・検証委員会」(畑村洋太郎委員長)は菅氏から事情を聴く方針で、事故対応をめぐる発言は、再発防止の鍵になりそうだ。

2011年9月18日 共同


半年もしてから言われても困るわけですが、鉢呂さん流に言えば首都圏も「死の町」になる可能性があった、というわけです。てゆーか、首都圏は現在「死の町ではない」のかどうか、実際のところよくわかりません。まあ人が沢山いることはいますから厳密に言って「死の町」には当たらないのかもしれませんが、どうせ本当のところは菅さんのように後になってから言うんでしょう。

ところがこの「死の町」というのが、実は鉢呂さんのオリジナリティ溢れる表現であったわけではない、ということがバレましたんで鉢呂さんは二重に気の毒です。

鉢呂氏発言に盗作疑惑 「死の町」発言はモノマネ 


   鉢呂吉雄経済産業相が辞任に追い込まれた、いわゆる「死の町」発言。だが、4か月ほど前にも鉢呂氏同様、原発周辺地域を「死の町」と表現していた大臣がいた。

   しかしこの時は、発言に対する非難が起きた形跡はない。一方、さかのぼること25年前のチェルノブイリ原発事故の際には、マスコミが「死の町」と使っていたケースもたびたび見られる。

「本当に町全体が死の町のような印象をまず受けました」

   これは鉢呂前経産相の発言ではない。2011年5月16日に開かれた参院行政監視委員会で、当時の細川律夫厚生労働相が、民主党・石橋通宏氏の質問に答えたときのものだ。石橋氏は、細川氏が5月7日に東京電力福島第1原子力発電所を訪問して事故処理にあたる原発作業員に会い、現場環境を視察した件に触れて「政府の責任として作業員の皆さんの命、健康を守るんだという思いについて、改めて大臣のご見解をお願いしたい」と促した。

   細川氏はこれに応じ、原発作業員の拠点として使われているサッカー施設「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町)から福島第1原発にマイクロバスで行く途中、人影が全く見えない風景に接して、冒頭の発言につながったとした。その後、現場で作業員を激励したエピソードを明かし、作業員の健康管理について「しっかりやっていきたい」と結んでいる。

   鉢呂氏の場合、福島第1原発を視察後に周辺の自治体について「人っ子1人いない、まさに死の町」と話したが、現地の感想を語った内容としては細川氏と大差ないようにも思える。異なるのは、鉢呂氏が記者会見の場で報道陣にダイレクトに語ったのに対して、細川氏は国会の委員会で、議員の質問に答えたという点だ。

   それにしても、細川氏の発言の際には特に問題視されたとは思えない。当日、行政監視委には野党議員も出席しているが、その場で訂正を求めたり非難したりといった記録は残っていないようだ。大きな騒動に発展したわけでもなく、細川氏は菅内閣が総辞職するまで厚労相を務めあげている。

チェルノブイリ事故でも新聞記事に「死の町」

   「死の町」という言い方ではないが、住民がほかの土地へ移ったため無人化したという意味の「ゴーストタウン」という言葉は、東日本大震災の被災地や福島第1原発の周辺地域を指す表現としてたびたび、国会の委員会で使われている。例えば2011年4月5日の衆院総務委員会で、自民党の吉野正芳氏は出身地の福島県いわき市について、原発事故後「一時期ゴーストタウンになりました」と説明。また6月6日の参院決算委員会でも、新党改革の荒井広幸氏が、被災地となった宮城県仙台市の状況について「31か所、2100戸の住宅が大変な被害に遭って、そこにいるわけにいかないのでゴーストタウン化しているし……」と話した。いずれも現地の状況を示したもので、「住民感情を逆なでした」などと非難されることはなかった。

   マスコミでも、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の報道で「死の町」という言葉を記事に載せている。事故の翌年に大手各紙は現地に記者を送ってルポを掲載しているが、原発近くにある地域を指して「人影ひとつ見当たらず、完全に『死の町』と化し」(毎日新聞)「約千人の作業員が15日交代で周辺の放射能汚染の除去作業などに当たっている『死の町』である」(読売新聞)と表現した。

   鉢呂氏の場合、「死の町」のみならず、記者に向かって「放射能をうつす」といった趣旨の発言をしたことも伝えられたため、一連の不適切発言の責任をとる形で大臣の座を降りた。だが「死の町」という言い回しについては、新聞の投書欄やインターネットで「深刻な事実を率直に表現しただけではないか」という疑問や、「誰が死の町にしたのか」と原発事故そのものに対する責任を問う声もある。

2011年9月15日 J-CASTニュース


鉢呂さんを陥れたのは「知的財産権」を侵害された細川さんなのかも知れませんが、「死の町」から「死の町」に至る宇宙の端から端までの長過ぎた旅の途中で何かが起こった可能性があります。それは例えば最大の被害を受けるはずの地元が原子炉の稼動を求めたりするような倒錯行為が発生するかと思えば菅さんが早くも「歴史の証言」のようなことを口走ったりするような事態です。

これはいわゆる「ウラシマ効果」に似たものであると思われます。福井県原子力発電所所在市町協議会にとっては、福島第一惨事はあまり関係のない、いわば遠い過去の出来事のように考えられている模様ですが、菅さんにも同じことが起きています。菅さんによって、ほんの半年前のことがあたかも「歴史秘話」のように語られるでしょう。

この「加速された」時間の流れに乗り遅れたのが鉢呂さんで、ついこの間誰か他の人が言ったことだから問題ないだろう、と思ったのが大きな間違いでした。マスゴミも「早い」時間の流れに乗っていたのです。そして「死の町」などという表現を口にすることは、事故直後の「当時」であればともかく、今ではトンデモナイ悪行だったのです。

したがって鉢呂さんを襲ったのはタイムトラベルの悲劇であった、と言うべきでしょう。鉢呂さんは「未来に来て」しまったのです。しかしながらそんな「悲劇」に見舞われているのは鉢呂さんやスミスさんだけではないようです。多くの国民が自らの「遅れる時間」に苦しみ、一体全体何がどうなっているのかサッパリ分からないので今日もお酒を飲んで寝てしまいます。放射性物質のせいで自分のアタマがおかしくなったに違いない。あるいは核爆発の巨大なエネルギーが時空間の歪みをローレンツ変換でなにがなんだか。

「遅延した時間」の方から見るならば、この狂った世界は「死」がタブーとされる「日常」への大急ぎでの回帰を行なったのではないか、と疑われるでしょう。あたかも「死に神」を槍玉に挙げるように、「死」から無限の距離を置こうとすることによって「死」から逃れたことにしようとする「日常」です。惨事が遠い歴史のエピソードとなる未来時点の先取りによってさしもの大事故も「何事もなかったかのよう」であります。思えばそんな事もあったな、と遠い目をしておいた方がいいのかもしれません。

しかしながら、時間が遅れるのは亜光速とかで運動している宇宙船に乗ったりしている人たちの方なのでした。つまり主観的運動の速度が速い方が時間が「遅く」なる、ということは時間が「早い」人たちは遅い、要するにノロマとか鈍臭い人たちである、という言い方はヒドく間違っているようなのですが、結果的には正しいことを言っているようにも見えるでしょう。見えるだけです。
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2011年09月16日

北関東ゾンビ

昨日は会社の食堂でNHKのTVを見るハメになりましたよ。年寄りが見たがるんで一緒に見てたんですが、呆れたことに諸悪の根源、中曽根康弘さんが出てきてヌケヌケとエラそーなことを喋っていたのですが、ここで嬉しいお知らせです。

中曽根元首相、群馬県に原発を誘致しなかったので顕彰


 群馬県は14日、中曽根康弘元首相(93)を、名誉県民として顕彰する方針を明らかにした。

 過去には、歌人の土屋文明氏(故人)や福田赳夫元首相(同)、小渕恵三元首相(同)ら7人が選ばれており、15日に有識者や県議で組織する選考委員会を開く。選考委で決定すれば、同日開会の県議会9月定例会に提案し、同意を求める。

 中曽根元首相は1918年、群馬県高崎市生まれ。47年に衆院議員に初当選。82年11月から87年11月まで首相を務め、97年には大勲位菊花大綬章を贈られた。2003年に国会議員を引退した後も、財団法人世界平和研究所会長として、活発な言論活動を展開している。

2011年9月15日 讀賣新聞


ちなみに「群馬県名誉県民」は

1986年 長谷川四郎(自民党)
1987年 土屋文明(歌人)
1990年 福田赳夫(自民党)
1992年 福沢一郎(画家)
1999年 牛久保海平(実業家)
2000年 小渕恵三(自民党)
2006年 星野富弘(画家


ですが、基本的には死んでから、あるいは死にそうになってから決めるようであります。まあ、選定には一定の方向性というものがあるようですから、後になって考えを変えてもらったり、女子高生とオマンコされたりなんかしちゃ困るのでしょう。やったらスゴいが。

そこで中曽根康弘さんはもうすぐ死ぬこと決定ですが、大切なことは今までの「功績」を自ら否定するようなマネをしないことです。その点では福島の惨事を目の前にして後悔しないんですから安心でしょう。アレで懲りないんであればもう後は何年生きていても同じことで死んだも同然、「功績」に傷がつくことはありません。

まあ原発推進派も人事不足であるというか、最終兵器と言うか、年寄りの言うことなら聞くとでも思っているのか、ふざけた話ではあります。ところが世の中には「喋る死体」を見たくないという人もいるようです。

政府公報化でNHK受信料解約申込が9万件超に


 NHKは8日、7月24日の地上アナログ放送終了に伴う受信料契約の解約の申し出が、8月末までに9万件を超えたことを明らかにした。実際の解約対象となる件数は不明だが、仮に全件が解約されると年20億円規模の減収となる。松本正之会長は会見で「(申し出は)10万件は超すだろう。今年度の契約増加目標約40万件の4分の1に当たり、影響は大きい」と述べた。

 解約は地上デジタル放送対応機器を持っていない場合に可能で、地デジ化に伴う解約は来年7月24日までNHKふれあいセンター((電)0570・077・077)で受け付けている。センターが送付した届け出用紙に記入して返送し、解約条件を満たすことが確認されれば、7月以降の支払い済み受信料が返金される。

 NHKによると、不自然な点がある場合は、テレビの廃棄を証明する書類の提出を求めたり、訪問するケースもあり得るという。また、ワンセグ機能付き携帯電話を持っている場合は、解約の対象外となる。

2011年9月8日 産經新聞


「放送界の東京電力」の呼び名も高いNHKですが、電気が生活を便利にする一方、NHKのおかげで何か良いことがあるという話しは聞きません。災害時等にはその情報が必要になると思いきや、核災害に際しては何の役にも立たないことが明らかになってしまいました。

間抜けな人はいち早く高いTVを買ったようですが、やっぱり地デジ対応はのんびり、ぐずぐずしていた人の勝ちでした。TVがその真価を発揮したのがアナログ停波前であったことは僥倖であります。それで半年もするとゾンビが出てきてオモシロいことを口走ったり

ここで、産經新聞さんの記事が評価される点は、解約したい人に情報を提供している点でありましょう。連絡先とか注意事項も書いてあります。なぜか解約受付に期限があったり、NKHが「不自然」だと思ったら東電のようにややこしい書類の提出を要求したり、傍若無人にも他人の家を訪問するんだそうです。なんとも野卑な人たちですが、ヤクザと同じで手を切るには犠牲がつきものなのです。

すぐ電話
NHKふれあいセンター 0570-077-077
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2011年09月14日

大腸は狂ってる

一、まじめに

 第百七十八回国会の開会に当たり、東日本大震災、放射能、集中豪雨や台風や菅直人やマスゴミ、そしてまた放射能、そしてデモ隊をボコるオマワリ等の災害、によって亡くなられた方々の御冥福をお祈りし、これから亡くなられてゆく方々のご冥福もついでにお祈りします。また、被害に遭われ、不自由な暮らしを余儀なくされている被災者や拘留者やTV視聴者の方々に、改めてお見舞いを申し上げます。

 それは別にどうでもいいんですが、この度、私は、内閣総理大臣に任命されました。政治に求められるのは、いつの世も、「精神分裂」の四文字があるのみです。最近では「統合失調症」の五文字ですが、「メルクマニュアル家庭版」によればその症状は

妄想、幻覚、思考障害、奇異な行動など

感情鈍麻、会話の貧困、快感消失、社会性の喪失など

集中力、記憶力、整理能力、計画能力、問題解決能力などに問題があること


などが挙げられております(http://merckmanual.jp/mmhe2j/sec07/ch107/ch107b.html)。全く間違いがありません。

 これはブロイラーが「早発性痴呆」と呼んだものですが、この点、いつも自慢ばかりで申し訳ありませんが、私などはほとんど「典型」と申し上げて宜しいかと存じます。1980年に早稲田大学を卒業致しまして、いきなり松下政経塾に入塾したあたりは確かに「早発」ですが、あまりにも若くして「痴呆」に陥ったことは否定できません。そればかりか私は松下政経塾の第1期生でございます。いわば日本で一番「早発」した「痴呆」でございます。

 この私が内閣総理大臣を務めるという国難のただ中を生きる私たちが、決して、忘れてはならないものがあります。それは、私が頂きました某広域指定某両断相談役の関係企業からの献金です。まあ、「事情通」の言うことですし、前原、蓮舫君の他にもみんなの党の渡辺代表も関係しているようですので、各党、各会派の御理解と御協力を切にお願い申し上げます。

 忘れてはならないものがあります。それは、永田メール問題です。永田君が消えてくれましたからまあ良いようなものですが、よく考えてみればヘンなところが沢山ある「メールの写し」を公表してよろこんでいたのは何を隠そうこの私であります。脇の甘さは前首相の比ではございませんが、当時の党代表だった前原も同じようなもので、それが現在政調会長であります。これを国難と言わずして何といえば良いのか、我がことながら開いた口が塞がりません。

 今般、「基本的には原発はゼロになる。野田首相は、そういうふうに言っていると理解している」、などという関係する方々の心情に配慮を欠いた不適切な言動によって辞任した閣僚が出たことは、誠に残念でなりません。失われた信頼を取り戻すために申し上げますが、私の考えは7月に申し上げた「完全に原発をゼロにするのは個人の夢としてはあるかも知れないが、政府として前提にするのはそう簡単ではない」という言葉そのものであります。決してゼロにはなりません。誤解しないで下さい。原発は存続します。

二、妄想(ICD-10 F20.0)

 今この瞬間にも、原発事故や災害との戦いは、続いています。原発周辺地域の方々は見えない放射線の「不安」と格闘しておられます。「不安」が存在するということは「魂」が存在するということでありまして、つまり「素粒子」というものは世の中にありません。「放射性物質」が「健康への被害」を及ぼすなどというのはキチガイのタワゴトであります。先月、福島で全国総合文化祭を開催し、日本各地の優秀な高校生を被曝させましたが、大丈夫です。

「福島に生まれて、福島で育って、福島で働く。福島で結婚して、福島で子どもを産んで、福島で子どもを育てる。福島で孫を見て、福島でひ孫を見て、福島で最期を過ごす。それが私の夢なのです。」

 悲しみや怒り、不安やいらだち、諦めや無力感といった感情を乗り越えて、明日に向かって一歩を踏み出す力強さがあふれています。こうした若い情熱の中に、被災地と福島の復興を確信できるのではないでしょうか。

三、解体した思考(ICD-10 F20.1)

 「農業は国の本なり」との発想は、今も生きています。食は、放射線物質を含まない限り、いのちをつなぎ、いのちを育みます。消費者から高い水準の安全・安心を求められるからこそ、基準は「暫定」なのです。「健康に影響はない」と枝野君が言い張っている間は、農林漁業は、新たな時代を担う成長産業となりえます。東北の被曝地の基幹産業である農業の再生を図ることを突破口として、「食と農林漁業の再生実現会議」の中間提言に沿って、早急に農林漁業の再生のための具体策をまとめます。

 枝野君のヨタが海外の皆さんに信用されるとはとても思えませんが、TPP、環太平洋パートナーシップ協定への交渉参加について、しっかりと議論し、できるだけ早期に結論を出します。日本の農業は潰れるかもしれません。その方が安全かもしれません。

四、命令自動症(ICD-10 F20.2)

 原子力発電について、「脱原発」と「推進」という二項対立で捉えるのは不毛です。ではどう考えれば良いのか。これでは何も考えられませんが、何も考えてはいけません。単に「脱原発」の項を取り除けば良いのです。中長期的には、原発への依存度を「可能な限り」引き下げていく、という方向性を目指すべきです。そう言っておいた方がいいでしょう。しかしもちろん現状で既に「可能な限り」を下回っておりますので、定期検査後の再稼働を進めます。3年で元の木阿弥にし、全ての原発をフル稼働いたします。

 人類の歴史は、新しいエネルギー開発に向けた挑戦の歴史でもあります。化石燃料に乏しい我が国は、世界に率先して、核依存社会を築いていかなければなりません。「死の町」を日本中に広げて「死の国」に致しましょう。もうなってますが。こうなったら世界中に原子炉を輸出し、我国の誇る立証済みの低い技術力で地球が「死の星」になれば、「被災者の心情」もご満足頂けることと存じます。

五、能力の著名な低下(ICD-10 F20.6)

 政治とは、相反する利害や価値観に「不毛」を投げつけてひねり潰す営みです。議会制民主主義の要諦は、脅迫と裏取引を丁寧に重ねた合意形成にあります。ねじれ国会の制約は、「大連立」の好機でもあります。

 ここにお集まりの、国民を代表する国会議員の皆様。そして、国民の皆様。改めて申し上げます。

 この歴史的な国難から日本を再生していくため、この国の持てる力の全てを結集しようではありませんか。与野党は、予め一致した利害のために心を合わせて、力を合わせて、この好機を利用しようではありませんか。

 私は、この内閣の先頭に立ち、「精神分裂」的な言葉の裏で、ただ目の前の村の危機の克服と讀賣新聞の宿年の課題の解決のために、愚かなことに直ぐに取り組んでいく覚悟です。これが私の初診の病名だそうです。
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2011年09月11日

弛緩した幹事長の摩訶摩訶史観

政治の世界では軽い言葉が重くて重い言葉が軽いようですが、頭の軽い人は重い言葉も軽くなります。

「聖戦の大義は歴史の必然」=講演で自爆テロ−自民石原氏


 自民党の石原伸晃幹事長は10日、青森県弘前市で開かれた同党衆院議員主催の会合で講演し、2001年9月の米同時テロに触れ、「キリスト教支配に対するイスラム圏の反逆、歴史の必然として起こった出来事ではないか、と(当時)思ったことを覚えている」と述べた。同時テロ10年を迎え、テロ抑止や再発防止への取り組みが改めてクローズアップされる中、同時テロを「歴史の必然」と表現したことには批判が出そうだ。


 石原氏は当時、小泉内閣の行政改革担当相だった。講演では、自身が閣僚として「大変なことが起こったと(思い)、まず首相官邸に向かって会議に臨んだ」と述懐。「歴史の必然」発言はその後に飛び出した。


 石原氏はこの後、盛岡市で記者団に「歴史の解釈に関する持論を述べただけで、決してテロ行為を肯定したわけではない」と釈明した。

2011年9月10日 時事


さすがに石原さん、「歴史の解釈」などという大問題を極めて明解に語っているようです。もっとも、「歴史の必然」などと言葉だけは何か大変に立派なことを言っているようにも思えますが、実は意外とではなくそうではありません。

まあ石原さんが言うんですからしょうがないんですが、これは「支配に対して反逆が起こるのは当たり前じゃん」ということでしかありません。「やられたからやり返したんだろう、と思った」だけで、これは「歴史」がどーのこーのという問題ではないようです。こう言ってはナンですが、「支配」に対する「反逆」は規模の大小を問わず毎日世界中のどこでも発生している事象であります。ニューヨークやリビアだけではなく、一般家庭でもわりと頻繁に発生していますが、それが「歴史」とカンケーしてくるかどうかはビミョーであります。

てゆーか「支配」とは即ち「反逆」との絶えざる闘争のことですから、たまに「反逆」の大きいヤツが来たとしてもそれだけでは「歴史」的に意味があるとは言えないかも知れません。それは安定した「支配」の様相に過ぎません。まあ、それで支配被支配関係に大きな変化が生じれば別なんでしょうけど、そのような局面の変化がこの時点で起きたかどうかは、それこそ「歴史」が後になってから語ることでしょう。

実際の状況は「キリスト教」だとか「イスラム圏」だとか、そんな大雑把な話ではないようなのですが、石原さんが誤って「歴史観」だと思っている彼の「世界観」にとっては、細かいことは関係ありません。かれは「支配」と「反逆」で出来た「世界」に住んでおり、そこでは宗教などはプレーヤーの属性でしかないのです。

もちろんそういう「世界」に住んでいるキリスト教徒の人やムスリムの人もいるでしょう。てゆーか石原さんの世界観はキ印やムッツリムの助のそれと親和性が高いような気もしますし、ムスリムに取っては、この「反逆」の勝利にこそ「歴史の必然」が存在する模様ですから、その限りで石原さんの発言は極めて当然のこととして受け止められる可能性があります。

もっとも石原さんとしては「反逆」が勝利するとは思っていないわけですから、石原さん自身としては何も不都合は感じないものと思われます。むしろ家庭環境に恵まれなかった石原さんにとって、自分は「支配」する側として「反逆」に対して闘争するのが「必然」なのです。つまり石原さんは「イスラム圏」の側から見た「キリスト教支配」に与する、という生まれながらの「支配」者にも相応しからぬ婉曲なやり方で、アメリカに対する忠誠を誓う、というわけです。

ところでこの闘争は相手が飛行機で突っ込んできたりするような、あからさまな敵対行動を取ることを必ずしも必要としません。「支配」しているならば、もう「反逆」されているのも同然です。そして反逆者に対しては攻撃あるのみであります。そこで10周年を迎えたアメリカは「集団ヒステリー」に陥るのです。

ここで大切なことは、「支配」されている人は「被支配者」とゆーよりは潜在的に「反逆」行為を実行する可能性を持つ「反逆者」として定義されてしまうという点で、なかなか勇ましい世界観であります。実際のところ日本の公安当局では日本に在住するイスラム教徒については全てをそのように取り扱っているところであります。しかしながらこれを「支配」の一般原則に拡張することにするといささか不都合が生じます。こうなると「支配」は対象の殲滅を目標とすることになってしまうのです。

これではもはや「政治」というようなものではありませんが、他ならぬ石原さんがそうおっしゃるんですから間違っていないことはひとつもありません。何を隠そう石原さんは「政治家」ではなく、ファシストなりそこないの家のバカ息子がコネで読売新聞社に入って、コネで転職した先が自民党だったという、なんだかワケの分からない人です。

それでも自身の「世界観」にどこまでも忠実なのは、お父様の「教育」のおかげか、先天的何か気の毒な事情かよく分かりません。ウワサでは市民がガイガーカウンタで線量を測定しているのを止めさせるんだとか言ったようですが、当然のことです。反逆者が生き延びようとすることを妨げるのが「支配」なのです。

幹事長がこんなんで自民党も困難だろうと思ったりもするわけですが、石原さんも毎日のように「万死に値する」失言をしてくれるので石原さんの命がいくつあっても足りません。もう百万死くらいしているんじゃないかと思いますが、実際の「被支配者」は石原さんの世界観と違って、闘争のゲームに参加しているわけではなく、むしろ石原さん同様、「キリスト教支配」の子分になってローカルな「支配」を任せられれば喜んで満足しちゃう善男善女ですから、もっと石原さんをTVに出して毎日万死してもらえば、みんなその真似をしてバタバタ死にます。
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2011年09月10日

空気は読むものじゃなくて吸うもんだろ?

鉢呂経産相:「死の町」発言を撤回 野党は「お前が死ね」


 鉢呂吉雄経済産業相は9日の閣議後会見で、東京電力福島第1原発の周辺地域について「死の町」と発言した。野田佳彦首相は同日、訪問先の三重県紀宝町で記者団に「不穏当な発言だ。謝罪して訂正してほしい」と要求。これを受け、鉢呂経産相は同日午後、「被災地に誤解を与える表現だった」と陳謝し、発言を撤回した。しかし、野党は「大臣として失格」(自民党の大島理森副総裁)と批判を強めており、臨時国会で首相の任命責任を含めて厳しく追及する構えだ。

 鉢呂経産相はは9日午前の会見で、首相に同行して8日に福島第1原発などを視察した際の印象について「残念ながら周辺市町村の市街地は人っ子一人いない、まさに死の町という形でした」と発言。2度目の会見では「軽率だった。被災をされている皆さんが戻れるように、除染対策などを強力に進めるということを申し上げたかった」と釈明した。

 一方、藤村修官房長官は9日の記者会見で、鉢呂経産相が佐藤雄平福島県知事に対し、謝罪の電話をしたことを明らかにした。その上で「ただちに(経産相としての)適格性につながるとは思わない」と閣僚を辞任する必要はないとの認識を表明。一川保夫防衛相の「素人だが文民統制」など問題発言が続いていることを踏まえ、近く各閣僚に発言に注意するよう求める考えを示した。

 鉢呂経産相の発言に対し、野党は一斉に反発した。自民党の逢沢一郎国対委員長は9日、記者団に対し「(被災地の)希望を打ち砕く暴言で、首相の任命責任を問わざるを得ない」と批判。公明党の斉藤鉄夫幹事長代行も、取材に対し「被災者の心を踏みにじる発言だ。大臣として不適任で、首相の任命責任も問われてしかるべきだ」と断じた。【影山哲也、念佛明奈】

2011年9月9日 毎日新聞



またもやユッキーナ的な「軽はずみ」な発言であります。といっても、木下優樹菜さんが「するような」軽はずみな発言というわけではなく、木下優樹菜さんが「言う意味での」軽はずみな発言、つまりつい口が滑って本当のことを言ってしまうことですが。

このような「軽はずみ」は非難されます。てゆーか単に非難だけで済めばめっけもんで、命拾いをしたというべきでしょうが、「非難」は最初、ドジョウ倶楽部から出てきたわけでもありませんし、野党から出てきたわけでもありません。

配慮を欠くとの批判も出そうだ。
共同通信

担当閣僚自身が周辺地域を「死のまち」と表現したことは波紋を呼びそうだ。
『讀賣新聞』

担当閣僚の発言として配慮を欠くとの批判も出そうだ。
『毎日新聞』


そうだ村の村長さんはソーダ飲んで死んだそうですが、マスゴミの記者さんたちが豊かな責任感を所持しておられることは言うまでもありません。一に責任、二に責任であります。書いた以上は「波紋」が起きなければ責任問題です。そこで記者さんたちは手に手に「波紋」を持って、何か言われたらとりあえず謝ってしまうドジョウ倶楽部と何でもいいからひと言いいたい大島さんのところにそれぞれ届けにいって、無事に波紋を広げることが出来ました。

これが男の責任の取り方というものです。何だか違うような気がしますが、しかしデキるヤツはひと味違います。優秀なるマスゴミ記者さんはすかさず二の矢を放って責任を全うします。

鉢呂氏「放射能はうつる」と発言 政府、与党に防護服


 鉢呂吉雄経済産業相が東京電力福島第1原発の視察を終えた8日夜、都内で報道陣の一人に防災服をすりつけるしぐさをし、「放射能をうつしてやる」という趣旨の発言をしていたことが9日分かった。与党幹部が9日夜、「事実なら厳しい」と述べるなど、政府、与党内に進退問題に発展するとの見方も浮上した。野党は「死の町」発言と合わせ、13日召集の国会で追及する姿勢を強めており、野田佳彦首相が厳しい判断を迫られる可能性も出てきた。

2011年9月10日 共同


責任感が強いワリには相当にニブい人たちで、8日の夜にマスゴミの人が自分で経験したことが「分かった」のは翌日です。これでよく生きていられるものだと思いますが、マスゴミ連中は相互に接続しているので脳が処理し切れないのかも知れません。彼等が何となく砂時計のような顔つきをしているのもあながち故なしとはしないわけですが、みんなで同じことを書くためにはそうするしかありません。

今どき「砂時計」なんか出ないのかも知れませんが、鉢呂さんとこのような「接触」のあった「報道陣の一人」というのがどこの社の誰のことなのか、もうよく分かりません。彼等の記憶は共有され、人格は統合されました。誰であっても同じことです。鉢呂さんは顔見知りの記者と話していたと思っているのかも知れませんが、それは巨大な共生体の一部だったのです。

あまりにも巨大なので総身に知恵が回るには1日かかりますが、回ったからにはまず「与党幹部」のところに行って、この件を報道することを知らせました。そして記者さんとしては「進退問題に発展するとの見方」を「浮上」させることをここに誓うのです。彼等は責任を取ることでしょう。

もちろん鉢呂さんがこのヘンなイキモノを敵に回したのには十分な理由があります。

将来は「脱原発」=上関の建設は困難−鉢呂経産相が失言


 鉢呂吉雄経済産業相は5日、報道各社のインタビューで、将来は「脱原発」を目指す考えを表明した。また、中国電力上関原発(山口県上関町)の建設計画について「計画段階のものについては、新しく建設することは難しいのではないか」と指摘した。


 同計画は、瀬戸内海に面した上関町内に原発を2基新設するもの。中国電は1号機の2018年運転開始を目指して建設準備工事に着手していたが、3月の東京電力福島第1原発の事故を受けて工事を中断している。


 鉢呂経産相はまた、建設中の電源開発大間原発(青森県大間町)と中国電力島根原発3号機(松江市)の建設差し止めを求める可能性を問われ、「(東日本大震災後に)建設を凍結している段階であり、どう考えるかは今後十分検討していく」と語った。


 野田佳彦首相は2日の就任会見で、原発について「寿命が来たら廃炉、新規(建設)は無理」と明言済み。これに関連した「時間がたてば原発はゼロになるという考えか」との質問に対し、鉢呂経産相は「基本的にはそういうことになる。野田首相は、そういうふうに言っていると理解している」と述べた。

2011年9月5日 時事


俳優だろうが政治家だろうが「脱原発」とか言うとこういうメに遭うぞ、ということです。1週間とかかりません。連中の緩慢な情報処理速度から考えると、これは主観的には「即時対応」が行なわれた、というべきなんでしょう。鉢呂さんは世の中を甘く見ていたようです。菅さんだって退陣を表明した後でなければ「脱原発」とは言えなかったのではないでしょうか。いくらマスゴミの世論調査で「原発停止」の支持が多かろうとも、核発電に異を唱える人は彼等の敵となります。

そこで鉢呂さんは発言に気をつけるべきだった、と言えないことはありません。しかし「死の町」のどこが問題なのかよく分かりません。何をどう言ってももう遅かったのかも知れませんが、「誰もいなくて清々しかった」とか「空気が美味しかった」とか言えば良かったのかも知れません。「福島の美味しい空気」を缶詰にして報道陣に配ればなおのこと好感度が増す、とも考えられます。「空気の缶詰」ってバカバカしくて買う気がしませんが、福島のだったら本当に効果が期待できそうだから売れるかも知れません。ソーダよりも毒性が強そうだ。
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2011年09月07日

東電の社員を見つけ次第しっかり回収しますか?

東京電力、電気料金を詐取


 「東京電力」のリストラ策を検討している経営・財務調査委員会によると、過去10年分の電気料金の原価を調べた結果、複数の項目で常に見積額が実績を上回っていることがわかった。東京電力が電気料金を必要以上に高く設定していた可能性がある。

 下河辺委員長は6日の会見で、電気料金の原価について「こんなものまで入れるべきなのかという項目もある」と指摘し、原価の内容をさらに詳しく調べる考えを示した。

2011年9月7日 日テレ


会社更生とか倒産に詳しい下河辺和彦さんが調べたところによると、電気料金原価見積額が実績を上回っている場合が多いうえ、アヤシイ項目も「原価」に入っているそうです。10年分を調べて10年分が全部そういう状態であるようで、東電はこのような「乖離」を認識したまま放置していた疑いがあります。

そこで電気消費家は過大な電気料金を騙し取られていた可能性があるのですが、さすがの日テレでも上記のような見出しは付けないわけで、本当は「東京電力、電気料金を高く設定か」という穏当なものです。「高く設定」では意味がよく分かりません。

一番分かり易いのがおそらく皆様のNHKで、「電気料金割高か」というものです。ここでも「か」が邪魔ですが、夏にはつきものというものでありましょう「か」。

一方かなりボカした見出しをつけているのはやっぱり『讀賣新聞』さんでして、「東電の電気料金算定根拠見直す必要」という、どっちつかずの他人事のような書き方をしているのはプルトニウムでも飲んで頭が狂ったせいかも知れません。ちなみに「乖離」にフリガナを振ってくれているのは親切というかなんというか、ナベツネさんが読めない漢字にはフリガナ、という習慣があるらしい。

もっとも凶悪なのは『日本経済新聞』でして、「「電気料金、原価の透明性向上を」 東電調査委 」という東電に優しい見出しに、記事の内容は「特定の費用項目で、10年にわたって恒常的に計画が実績を上回っていたことなどから、原価の内容が不透明との意見が出たとみられる」という、何が起こっているのかサッパリ分からない頓珍漢なシロモノです。

それぞれ社風というものが反映されていて微笑ましく、「ヨタ」を書き散らすという「ブンヤ」の本来のあり方に立ち返ったものであると言えるでしょう。しかしながら、考えてみると今までの「原価」が本当に高すぎたかどうかはわからないのです。

たしかに「原価」の一部は高すぎたわけですが、「原価」の総額では合っている可能性があります。つまり逆に見積もりが低すぎる「原価」が存在する可能性があるのですが、他の項目を高く見積もることによって本来は高い項目を低く見積もって総額を合わせているということがあるのではないでしょうか。

おそらくその、低く見積もられた項目とは「原発」関連です。核発電はコストが安い、てゆーか安くなければならないのですから、高くても安く見積もる必要があったことは疑いありません。

そこで、核発電を停止して、その分の電力供給を全て火力発電でまかなうとして、その結果燃料費が増えるとしても、仮に核発電所が全く存在しないとすれば「原価」総額としては下がる可能性があります。つまり電気料金は「脱原発」によって下がります。

しかしながら現状では核発電所が存在し、発電しなくてもカネを喰うことになっているうえ、ただちに核発電を全面的に停止するとしても福島第一の事故の処理、その他全原子炉の廃炉費用、数年後の地震の際に廃炉が間に合わなかった原子炉で発生する新たな事故の処理など、無駄なコストがたくさん必要なのです。もっとも、過去10年のみならずおそらく最初から高すぎる電気料金を取ってきたんですから、なんとかなるでしょう。足りなければ下河辺さんに、退職金をごっそりもらった連中に損害賠償請求をしてもらえばよろしい。
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2011年09月06日

長時間労働や放射能より煙草が危険に決まってる

「集団的自衛権」の定義議論=日本版NSCに意欲−玄葉外相


 玄葉光一郎外相は5日、時事通信などとのインタビューで北朝鮮による日本人拉致問題について、「何をもって拉致の解決とするのかは大事な問題だ。定義をきちっと省内で検討したい」と述べた。政府は「全ての拉致被害者の1日も早い帰国を実現する」との方針を掲げている。玄葉氏の発言は、日本側の要求を改めて明確にすることで、拉致被害者調査の再開を含め、解決に向けた誠意ある対応を北朝鮮側に促す狙いがあるとみられる。


 また、玄葉氏は外交・安全保障政策を一元的に推進する日本版国家安全保障会議(NSC)の設置について「十二分に検討に値する」と述べ、意欲を示した。

2011年9月5日 時事


何をもって日本版国家安全保障会議の機能とするのかは大事な問題で、その定義については色々な人が好きなことを言って良いことになっています。バカ殿によればそれは「総理官邸とホワイトハウスが常に意思疎通できる枠組み」に他なりません。

もっともアメリカは日本に連絡担当係を置け、と言っているわけではありません。その要求するところは、アメリカの外交防衛政策に従った政策決定を迅速かつ隠密に行なう組織の設置であり、日常的な「意思疎通」によるより確実なコントロールです。

つまりNSCは政策調整と大統領へのアドヴァイスを行なうこととされていますが、これに日本の下部組織への「アドヴァイス」という、新たな仕事が増えることになるでしょう。一方「日本版」では、この「アドヴァイス」に基づいた政策調整とか、首相へのアドヴァイス、てゆーか命令の伝達を行なうことになります。

アメリカとしてはそれで良いわけですが、日本の愛国者の中にはこれを利用した企画を様々に考えている人たちがいます。たとえば競艇の下部組織である「東京財団」では、「安全保障コミュニティー」を作ろうと言っています(東京財団「新しい日本の安全保障戦略― 多層協調的安全保障戦略 ―」2008年10月)。

つまり「安保村」の拡大です。落ち目の「原子力村」の村民が避難先を探しているわけですが、おそらくこれがそれです。みんなで移住しましょう。しかし例えばこんな人はこれからどうやって生きていけばよいのでしょうか。

小宮山厚労相:「たばこ1箱700円に」 税収より原発のため


 小宮山洋子厚生労働相は5日の記者会見で、たばこ税について「毎年一定額上げていくべきだ。少なくとも700円台まではたどり着きたい」と述べ、大幅引き上げを求めていく考えを示した。小宮山氏は超党派の禁煙推進議員連盟の元事務局長。愛煙家の野田佳彦首相は財務相当時の7月、たばこ増税について「税制を通じた『おやじ狩り』みたいなもの」と発言したことがある。

 たばこ税は10年10月に過去最大幅となる1本あたり3・5円引き上げられ、現在のたばこ価格は1箱(20本入り)400円程度。小宮山氏は「世界の平均は600円台。日本は価格が低い」とし、増税による税収減を危惧する意見には「税収のためではなく、健康を守るためにやるべきだ」と反論。財務省所管のたばこ事業法についても「(財源確保目的の法律ではなく)健康の法律として厚労省が持てるようになればいい」と提起した。【山田夢留】

2011年9月6日 毎日新聞


まあ予算を寄越せという話ですが、煙草の害を強調する人には2種類あります。すなわち相次ぐ核実験で拡散した放射性物質の影響を隠蔽したい人と、そんな人に騙されている馬鹿です。小宮山さんは後者の可能性が高いと思っていたのですが、意外とそうでもなく、頭の良い人のようです。

2011年の9月5日に「健康を守るためにやるべき」優先事項は何でしょうか。小宮山さんによるとそれは煙草なんだそうです。何を言わないためにそんなことを言っているかは明らかですが、小宮山さんも物事を隠す方に回ることが出来ました。

小宮山さんは「原発推進」ではないにしても「原発黙認」だと思っていたのですが、これで立派な「村民」です。そんな小宮山さんが無事に「安保村」に住み着くことが出来るかどうか、大変興味深いわけですが、どうもそっちの水は合わないような気がするから、煙幕を一生懸命になって張りまくっている、と言えないこともありません。ご苦労様です。
posted by 珍風 at 07:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

ナノはなだより

細野大臣 「福島の汚染を日本全体で分かち合え」


原発事故で放射性物質に汚染されたがれきや土壌の最終処分場について細野環境大臣は4日の会見で「福島の痛みを日本全体で分かち合うことが国としての配慮だ」と述べ、福島県以外に設けたいという考えを示しました。


これは4日行われた就任会見で、細野環境大臣が明らかにしました。原発事故で放射性物質に汚染されたがれきや放射性物質を取り除く除染作業で出た土壌などの処分をめぐっては、先月、菅前総理大臣が福島県の佐藤知事に対し、一時的に管理する中間貯蔵施設を県内に整備する方向で検討していることやその施設を最終処分場にすることは考えていないという意向を伝えています。


4日の会見で細野大臣は、中間貯蔵施設について「具体的な場所や保管しておく期間については地元の理解がなくては進めることができない」と述べ、施設を設ける場所などについては今後、地元と十分話し合ったうえで決めたいという考えを示しました。


また、最終処分場については中間貯蔵施設とは別だという認識を示した上で、「福島の痛みを日本全体で分かち合うことが国としての配慮ではないかと思っている。福島を最終処分場にはしないということは方針としてできる限り貫きたい」と述べ、福島県以外に設けたいという考えを示しました。

2011年9月4日 NHK福島


世間では「モナ男」とか何とか言われていますが、言いたい奴には言わせておけばいいのです。ヤっちゃった方が勝ちに決まっています。口惜しかったら山本モナさんと路上でオマンコしてみればいいのです。

さすがにそこまではしていない、てゆーか見られていないだけかも知れませんが、とにかく、モテる男というのは違うものであります。大いに見習いたいものだ、と素直に敬意を表するのが当たり前なのではないでしょうか。

「福島の痛みを日本全体で分かち合う」。どうです。これが言えるかどうかです。マトモな神経ではこんなことは言えない。そうです。その通りです。それが普通です。だからみんなモテないのです。

なんだか自己犠牲的な男気を感じる、こんな発言に女性は弱いものだ、という発言は女性差別的ですが、まあやってみれば当たるかも知れません。しかし女性が「自己犠牲」に自己陶酔するとでも思っているのなら大間違いです。

こういう発言は、自分は「痛み」を感じない、そういう場所にいる、ということを言い表しています。みんなで分かち合おうじゃないか。みんなそうしなさい。しかし自分は「みんな」の中には入っていないのです。これは独り言ではありません。自分は「みんな」に呼びかけている、したがって自分は「みんな」の一部であるはずがありません。

そこで女性にとっては、この発言をしている人の身近にいることは彼女が安全に生存する可能性を高めます。近くにいれば自分だって「みんな」から除外してくれるかも知れません。そのためなら路上でフェラくらい平気なものです。いやそんな事は誰もしていません。

この発言に関する記事は東京のNHK、『讀賣新聞』、テレビ朝日においては消去されています。何かマズいんじゃないかと思ったようですが、そりゃマズいです。細野さんは「原発事故で放射性物質に汚染されたがれきや放射性物質を取り除く除染作業で出た土壌など」を「日本全体」にバラまくと言っているのですから、山本モナさんのような美人ではない人たちは比喩ではなく「痛み」に晒されることになるのです。

まあ、記事を消した人はモテない人なんでしょう。何の慰めにもなりませんが、僕と同じですよ。そういうもんです。しかし、細野さんが「痛み」と言ったからやっと気がついたわけです。陸前高田の松の木を持って回っている人たちは「国としての配慮」の先遣隊でしたが、成田山の分はどうなったんでしょうか。

予定どおりであれば9月25日の日曜日には「祈願東日本大災害復興開運厄除柴灯大護摩供護摩木祈願火渡り行」が行なわれ、命知らずの修行者が史上初の本当に危険な「火渡り」に挑みます。もっとも、松の木片は検査に出され、放射性物質が「検査」で護摩化し切れないほどであれば燃やすのは止めて祭壇に供えるんだそうです。

坊主どもがどうなろうと知ったことではありませんが、そんなシロモノが置いてある寺院に近づくのはあまり賢明な行為であるとは考えにくいものです。それに「祭壇」が「最終処分」なんでしょうか。美しい日本の伝統に則るならば、そういうものは「最終」的には焼くことになるのではないでしょうか。ということはつまり同じことなのですから、千葉県の皆さんは今から路上に出て、何でも好きなことをしてしまいましょう。
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2011年09月02日

なのはなだより

県暴力団排除条例:「暴力団を恐れない」 施行前に県民大会 /千葉


 県民と民間事業者らが一体となって暴力団排除を目指す「県暴力団排除条例」の来月1日施行を前に、条例施行を記念した県民大会(県と県警など主催)が25日、千葉市中央区の県教育会館で開かれ、市町村の担当者や経済団体関係者ら計約450人が参加した。

 同条例は、暴力団事務所への少年の立ち入りや、学校周辺への組事務所開設などに罰則規定を設けて厳しく対処すると規定。事業者に対しても契約の際、相手が暴力団員でないことの確認を求める努力義務を定めている。

 大会で、森田健作知事が「県民が暴力団排除を自らの責務として認識することが大切。より一層の尽力を」とあいさつ。全員で「暴力団を恐れない」などとする大会宣言を読み上げた。

 県警によると、県内の暴力団は昨年末で115組織あり、計約2500人の組員と周辺者がいる。ここ数年、人数は横ばい傾向で「暴力団撲滅には民間の協力で資金源を絶つことが重要」(県警幹部)としている。【中西啓介】

2011年8月26日 毎日新聞


オジサンの若い頃は「暴追」とか言っていたものですが、最近では「排除」なんだそうです。しかしよく考えてみるとヤクザさんは既に「排除」されているんですから、これをまた「排除」するとなると、どうなるのか。こっちに戻ってきてしまうのではないでしょうか。

この点について、千葉県はさすがというか呆れたもんだと言うか、ポスターやチラシが雄弁に語っています。
千葉県暴力団排除01.jpg
なんと「排除」とは海に落っことして溺死させることです。オジサンの若い頃は誰かの足元をコンクリで固めて海洋に投棄するのがヤクザだと思っていましたが、最近では海に放り込まれるのはヤクザの方です。千葉県民諸君も随分とあか抜けたもので、みんなでヤクザを崖っぷちに追い詰めて、棒やなんかで押して海に落とすのです。

TVドラマだと悪い人が海に落ちれば、船越英一郎の頭髪が寂しく風になびいてそれで終わりですが、現実には厳しいものがあったりします。残念ながらヤクザさんは溺れて死に、伊勢エビの餌になったり膨れ上がって海岸に打ち上げられると決まったものではないのです。最近流行っているではないですか。海は海賊のものです。

それはどうだか分かりませんが、このポスターが語っていることはそれだけではありません。そこには千葉県民の海洋に対する意識の変化が物語られていると言って良いでしょう。千葉といえば水産県です。銚子とか勝浦とか鯛の浦があり、海中公園なんかもあるくらいですから、海は県民諸君の親しい生活の場なのです。

てゆーかオジサンの若い頃はそうだったんですが、最近では房総の海はヤクザの処分場です。海岸も港も、去年の海水浴場のようにヤクザ死体が芋洗い状態でひしめくことに、もはや県民は異論を唱えることはありません。海にはもう、他に使い道がなくなったのです。汚染された海にはヤクザこそが相応しいのです。

ここでヤクザさんに特徴的な「入れ墨」というものが、元来は漁業者における水死体の識別の役に立っていたことを指摘して、海とヤクザとの間に存在する親和性を云々してみるのもオモシロいのかも知れませんが、実際のヤクザはみんながみんな泳げるわけではありません。学校のプールが嫌いでグレた人もいるくらいです。

しかし実際のところ千葉県民の意識がそれを受け入れたとしてもヤクザをいちいち溺死させるのは大儀であります。そこで「資金源を絶」たれたヤクザさんは、なんのことはないただの犯罪者になるわけで、細かくセコいシノギを余儀なくされることでしょう。「事業者」とかではない一般の県民諸君もこれからは夜道で7千円くらい取られたりするのです。

多くの法律がヤクザさんのための「犯罪」領域を守っています。例えばクスリとか売春がそれで、それなしでは世の中はやっていけませんが、ヤクザ以外の人がキノコを売ったり援助交際をしたりすることは非難されます。ヤクザが可哀想だからです。「排除」とは、ヤクザにはヤクザの仕事があるんだからそれに専念してろ、ということでもあるでしょう。

デモ隊の排除やスト破りなどは今や流行らないお仕事であるようなのは情けない話ですが、もちろん核発電もヤクザなしでは1日たりとも動きません。何が大事といってウランやプルトニウムも大事かも知れませんが、ヤクザさんはとても大切です。殊に事故の収束にはヤクザが欠かせません。履歴を隠して被曝し続け、白血病で死ぬまで働く人を見つけて来るのはヤクザの仕事です。面倒な募集や労務管理から東電を解放するのがヤクザです。

ところが千葉県ではこの貴重なヤクザを獲りもしないし獲っても喰えない魚の餌にしてしまおうと言うのですから、大したものであります。それは社会から薬物乱用と売春と核をなくそう、と言っているのと変わりません。クスリやウリは素人でも出来ますが、核発電はちょっとそこらの女子高生が駅前でお菓子を食べながらやってのけられるようなことではありませんし、東電が直接作業員を雇用するはずもありません。したがって千葉県は、クスリからの「離脱」と女子高生の「脱衣」とともに、事実上「脱原発」をここに宣言したものであります。しかもこのような「脱原発宣言」は、全国の自治体で相次いで行なわれているのです。
posted by 珍風 at 06:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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