2011年10月31日

三人寄れば三馬鹿

もんじゅ、無理解な国民をひっぱたく 原子力機構理事長


 核燃料サイクルの中核を成す高速増殖炉の原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)を運営する日本原子力研究開発機構の鈴木篤之理事長は30日までに共同通信のインタビューに答え、実証炉や実用炉の建造を目指す従来路線は「なかなか国民には理解してもらえない」との認識を示し、発電の実用化とは別の研究開発に軸足を移す方向性を明言した。

 鈴木氏は「いろいろな新しい技術を試す原子炉として使った方が、日本だけでなく世界のためになるのではないか」と語った。核燃料サイクルを支える高速増殖炉について、運営主体のトップが路線修正の必要性に言及したことで抜本的な政策見直し論議が加速しそうだ。

2011年10月30日 共同


鈴木さんは「国民」のせいにしたい様ですが、大丈夫です。「理解」していないのは「国民」だけではありません。アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、EUでも「理解」は難しいようです。彼等も以前は「理解」していたようなのですが、現在では「より深い理解」に達した模様です。

現在まだ「浅い理解」のレベルにあるのは、お仏蘭西を始め露西亜、哈薩克、印度、中国、韓国などですが、日本もようやく、といっても鈴木さんを除きですが、このレベルを脱した模様です。文殊だけに一種の「サトリ」に達したのかもしれませんが、名前のワリには馬鹿です。

「仏教者としてざんげしたい」永平寺が読み間違え


 曹洞宗大本山永平寺(福井県永平寺町志比)が11月2日、福島第一原発事故を機に生活を見つめ直そうと、シンポジウム「いのちを慈しむ〜原発を選ばないという生き方〜」を開く。

 シンポでは、「原子力発電に反対する県民会議」代表委員で小浜市の中島哲演・明通寺住職が講演、福島県飯舘村の酪農家、長谷川健一さんが福島の現状を報告する。その後、人権などをテーマに講演活動している在日韓国人の作家朴慶南さんを交えて討論を行う。

 敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」と新型転換炉「ふげん」(廃炉作業中)は、釈迦如来の両脇にいる「文殊菩薩(ぼさつ)」と「普賢菩薩」が名前の由来。講演を企画する「永平寺禅を学ぶ会」によると、永平寺が命名に関わった説もあり、西田正法事務局長(56)は「菩薩の知恵を借りて無事故を願ったのなら浅はかな考えだった。仏教者として世間にざんげすることから始めたい。シンポが負の遺産を子孫に残さない生き方を考えるきっかけになれば」としている。

 会場は永平寺町山の「町緑の村四季の森文化館」で入場500円。午後1時開演。申し込みは、禅を学ぶ会事務局(0776・63・3456)。

2011年10月26日 讀賣新聞


というのも、「懺悔」を「ざんげ」と読むのはキ印教の皆さんでありまして、仏教方面では昔から「さんげ」と読んでいます。「懺悔」はサンスクリット語「ksama」の音写「懺摩」(さんま)に由来しますから本来は「さんげ」なんですが、そのうち「ざんげ」と言うようになったものの、仏教業界では「さんげ」という読み方を頑固に守ってきたものです。

もっとも、「さんげ」は仏とか菩薩の前で行なわれるようですから、「世間に」というのは仏教的な意味での「さんげ」とは違うのかもしれません。ところが西田さんによると、この世俗的な意味での「ざんげ」を「仏教者として」行なうというのですから意味深長なのか意味不明なのか、文殊の智慧を持たぬ身の知る由もないのであります。

まあ、言ってみれば「世間」に出て行くのは普賢の役割なんですが、「ふげん」の方はとっくに廃炉しております。予定では2028年には更地になって、その後は解体した原子炉は高濃度放射性廃棄物として数万年に渡って管理される、てゆーか管理してくれないと困るわけですが、予定は未定でありますから、世間にあまねく放射線を顕わして衆生をぶち殺すことにもなりかねません。

「浅い理解」の各国ではちょうどその頃に高速増殖炉の商用運転を予定しているようですが、そのうち「深い理解」に達することもあるでしょう。早く気がつくに越したことはないわけですが、どうせ遅くなってから気がつくので余計なゴミが増えます。全く困ったものですが、鈴木さんはこの事態を憂慮し、「もんじゅ」をゴミ扱いにしないために「研究開発」に使うそうです。

といってもこの原子炉をお湯を沸かす以外に何に使えるかというと、あまり良いことには使わないみたいですが、いわば本来の姿に立ち返るとも言うことが出来ます。これもまた一種の「サトリ」のようなものですが、永平寺としてはますます原子炉の名前が気になって仕方がありません。しかし改名をしたりしないで未来永劫に渡って後悔していれば良いでしょう。どうせお寺の将来の方がプルトニウムの半減期よりも短いです。
posted by 珍風 at 06:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

ビンボー人には回ってこないメリットとビンボー人に押し付けられるデメリット

単純労働者、ただちに来ませんからっ!
 TPP交渉参加の不安に政府が反論



 民主党は17日、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加の是非を話し合う経済連携プロジェクトチーム(PT、鉢呂吉雄座長)の会合を開いた。政府側は、参加慎重派が懸念する外国人単純労働者の大量流入や、医療保険制度の大幅変更といった事態が起きない見通しであることを強調したうえで、交渉参加に理解を求めた。政府は11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合までに、交渉参加の合意を取り付けたい考えだ。

 TPP交渉への参加をめぐっては、主に(1)外国人労働者や専門家の受け入れ(2)医療・保険制度(3)食品安全−の3分野で、党内の慎重派や日本医師会、全国農業協同組合中央会(JA全中)など関係団体から反対論が強まっている。政府は「(反対意見には)誤解に基づくものも多い」(枝野幸男経済産業相)として、説得を急いでいる。

 この日のPTで政府側は、労働者の流入について「短期商用目的や企業内転勤のケースは(移動自由化の)交渉対象だが、単純労働者は対象外」と説明。「流入が容易になるとは考えられない」と結論付けた。海外資格を持つ医師、弁護士など専門家の受け入れでも「海外資格をそのまま国内資格として承認する義務はない」として、即時の大量流入を否定した。

 一方、医師会などは、営利企業の参入による医療の質の低下や、保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」解禁による医療格差の拡大を懸念。これについて政府は「いずれも交渉の対象外」として、国内の現行制度が維持される見通しを強調した。

 輸入食品の安全性確保については、仮にTPP交渉に参加した場合でも、検疫制度の変更などを一方的に求められるとは考えづらく、「たとえ求められても受け入れない」方針だ。

 政府側はPTを通じて慎重派の不安を払拭したい考えだが、慎重派の間ではPT役員の人選や会合の進め方といった導入部分ですでに異論が相次いでおり、今後、議論の難航も予想される。

2011年10月17日 産經新聞


日本がアメリカに「求められて」「受け入れな」かったことがあったのかどうか知りませんが、いやまあ、ちょっとはあるんですが、たいていの場合は何だかんだ言って受け入れる、最初のうちは受け入れないけど何年かすると忘れた頃に受け入れたりしているようですから、政府の「方針」というものも、どうだか分からないシロモノではあります。

TPPは原則として全面的な障壁の撤廃ですから、「交渉の対象外」であることは「国内の現行制度が維持される」ことを必ずしも意味しません。逆に当然のように「単純労働者」が「流入」してきたり、「海外資格をそのまま国内資格として承認する義務」が生じる可能性があります。

もっとも、政府も「即時の大量流入を否定」しているだけですから、これは枝野さんが得意の「ただちに影響はない」をここでも言っているわけです。今の若い人は将来の展望がないそうですが、枝野さんだってそんなものはありません。政府はその日暮らし、宵越しの考えは持たない方針です。

とはいえ、単純労働者がやって来る前に問題になりそうな点もあります。この分野では「輸出競争力を高めるために労働条件を不当に引き下げて安い製品を生産することは認めない流れ」なんだそうで、これも政府の説明ですからアテにはなりませんが、もしそうだとすれば日本経済には大きな打撃となるでしょう。

「輸出競争力を高めるために労働条件を不当に引き下げて」いる国がありまして、そこの国の人が過重労働で死亡するとその国の言葉で「Karoshi」というそうです。かの国の経営者の団体は、「国際競争力の強化」のためにはそのような事態も避けられないとしており、更により一層の「労働条件の不当な引下げ」を求めている模様ですが、アメリカはイザというときにはこの国に対してツッコミを入れる可能性を手にします。

もちろん日本の頸断連などは、TPP協定国間でILOよりも低い労働基準が通用することになると予想していると思われ、それは多分事実です。なるほど「労働条件を不当に引き下げ」ることは認められていないようですが、単に「労働条件を引き下げ」ることは認められているのです。しかし何が「不当」かどうかを決めるのは、必ずしも正当なプロセスではないかも知れません。ある国が特定の産業分野で国際競争上不利になった場合には何を言い出すことか分ったものではありませんし、それはお互い様とはいえ、頸断連もあまり手放しで歓迎できることではないことは確かです。
posted by 珍風 at 07:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

ウラでコソコソ値上げ始めるズル東電

枝野経産相、東電にコスト削減求める 社長らと会談


 東京電力の西沢俊夫社長、原子力損害賠償支援機構の下河辺和彦運営委員長らが24日、枝野幸男経済産業相と面会し、東電と機構が今月末にも枝野氏に提出する予定の緊急特別事業計画について話した。

 枝野氏は「東京電力に関する経営・財務調査委員会」が示した10年間で約2.5兆円のコスト削減▽素早い賠償金の支払い▽被害者の視点に立った対応、の3点を十分に踏まえた計画づくりを求めた。

 会談後、取材に応じた下河辺委員長らによると、下河辺氏らは「3点と調査委の報告書を十分に踏まえて計画をつくるので、よろしくお願いしたい」と大臣に説明したという。

 計画は、東電が福島第一原発事故の賠償で政府の資金支援を受けるための前提となる。今回は、電気料金の値上げは盛り込まず、当面の賠償費用として7千億円程度の支援を受けることなどが柱。枝野氏の認定を受けなければならず、この日は事前に考え方の共有を進める目的で会談した。

 この日の面会について、枝野氏は記者団に「経営・財務調査委員会と全く違う方向を向いたものが出てきて賠償が遅れないように、私自身の問題意識をあらかじめ伝えた」と話した。また、賠償を巡って被災者と東電の言い分が食い違った場合の解決について「できるだけ訴訟にせず、被害者が納得できる十分な賠償ができるように東電も努力して欲しい」と述べた。

2011年10月24日 asahi.com


「今回は、電気料金の値上げは盛り込まず」などと書いてあるようですが、実際には電気料金は値上げされてるようでありまして、御存知の通り「燃料費調整」というのがあって、これがもう毎月のように上がる、という仕組みになっておりまして、御家庭では気がつかないうちに電気料金を上げられています。

これは善良な御家庭が黙って払ってくれる分でして、気がつかない人も多い一方では件数がいっぱいありますからこれが意外とバカにならない。それでも御家庭に輪をかけて善良にして敬虔なる企業・事業所関係、高圧電力のお客さまには、一応ことわってから上げることにしているようでありまして、こんな挨拶文を配っているそうです。

電気需給契約のご契約種別につきまして


拝啓 この度の東日本大震災により、お客さまには多大なるご不便とご迷惑をお掛けしていることを深くお詫びいたしますとともに、皆様の節電におけるご理解と最大限のご協力に対し、厚く御礼申し上げます。
 現在、政府・関係各省庁、自治体のご支援とご協力を仰ぎながら、緊密に連携をはかりつつ、事態の一日も早い収拾に向けて、全力を挙げて懸命に取り組んでおります。
 一方で、当社を取り巻く経済状況につきましては、今までになく大変厳しいものとなっております。
 つきましては大変申し訳なく存じますが、ご締結させていただくご契約種別につきましては、電気需給約款に記載のご契約種別とさせていただきたくお願い申し上げます。
 弊社といたしましては、安定供給に向け、最大限の対策を講じることで一日も早い復旧に取り組んで参りますので、ご理解を賜りますようお願いいたします。
敬白


おそらくストロンチウムなどは「ご迷惑」の中に含まれているんでしょうが、そういうことはおくびにも出さないようですので、この「拝啓」に始まり「敬白」に終わる礼を尽くした文書に物騒な物質は含まれていないかのもしれません。したがって読んでもただちに健康に影響はないようです。しかしその一方では、あまり何かを反省したり後悔したりしているようには受け取れません。もちろんそれはワザとそのように書いているんで、「謝った方の負け」という、予想される訴訟に対する防衛的な表現をとっているわけです。

それだけに「当社を取り巻く経済状況」に対する同情が得にくいように思われますが、なんたって独占企業ですから同情しなくても良いから金をくれ、てゆーか勝手に取っていきます。ただし持って行く時に「持ってくぜ」と声をかけてくれるらしい。下々の者はせいぜい、「多大なるご不便とご迷惑」がより一層降り注ぐという事態を「ご理解」するより仕方がありません。

肝心の値上げについては、「ご締結させていただくご契約種別につきましては、電気需給約款に記載のご契約種別とさせていただきたくお願い申し上げます」という、なんだか当たり前のようなことが書いてありますが、要は「ご契約種別」を変更するんだと言っています。これは例えば「業務用電力」とか、「低圧高負荷契約」とか、「業務用季節別時間帯別電力」だとか、AだのBだのという「種別」がありまして、それぞれ条件によって従量料金にメリハリが付けてあるんですが、それを変更して高くするから文句を言うな、というご趣旨です。

「お客さま各位」におかれましては全くもってとんでもない「ご理解」を「賜る」ことを、どうやら強制されているようなのですが、仄聞するところによると、東電を「取り巻く経済状況」の中には、原子炉の点検も入っているとのことです。つまり東電としては、原子炉が全部停止する状況において「安定供給に向け、最大限の対策を講じる」ことが、この値上げの「理由」とされているようなのです。

即ち核発電の停止が値上げの理由である、と東電さんは言っている模様なのです。言い換えれば、東電さんは値上げする以上は核発電を止めるんだ、と言っていることになります。逆に言えば値上げに応じなければ核発電を稼働するというわけですが、仮に値上げさせてもらえるのであれば喜んで核発電なんか止めてしまう、ということになるでしょう。

何と言ったら良いのでしょうか。感動を禁じ得ません。これは東京電力株式会社の「脱原発」宣言に他ならないのではないでしょうか。信じられないという方もいらっしゃるかと思いますが、しかし、原子炉が停まるとコストが増えるから値上げする、という前提で値上げに「ご理解を賜」と言っているんですから、間違いはありません。東京電力は人類の未来のために困難な、しかし大きな決断を下したのであります。東電万歳!今日から東電の悪口を言う奴は僕が相手だ!
posted by 珍風 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

リスキー工学恐怖の「じゅもん」であなたの街も最終的には死の街に!

3人よれば文殊の知恵、4人よれば専門家多くしてトリチウム山に登る

「エネそれぞれに課題」 原子力4村人が指摘 福井


 東京電力福島第1原発事故の現状や高速増殖炉「もんじゅ」(敦賀市)の対応などについて専門家らが説明するシンポジウム「原子力フォーラム」(文部科学省主催)が21日、福井市の県産業会館で開かれた。県内外から約150人が来場、質疑応答で「説明に違和感を覚える」などとの質問もあった。

 文部科学省敦賀原子力事務所の川口悦生所長が福島の事故状況などを紹介。日本原子力研究開発機構の弟子丸剛英・もんじゅ副所長が緊急安全対策を説明した。

 続いて専門家ら4人によるパネルディスカッションがあり、筑波大大学院の内山洋司教授(リスク工学)が「発電に使う化石燃料、原子力、再生可能エネルギー、それぞれに問題がある。じっくり議論することが大切だ」などと話した。

 質疑応答では、来場者が「福島の状況を見て、原発推進の考え方はおかしい」などと声を荒らげる場面もあった。

 これに対し、内山教授は「福島の事故で多くの人が感情的になっている。トルコへ原発輸出するなど国の態度もわからないが、原子力政策は国が最終的には決めることだ」と理解を求めた。

2011年10月22日 産経ニュース


ひどい話しもあったもんですが、この内山さんとかいう人、日本原子力研究開発機構の紹介するプロフィールによりますてえと、もう60過ぎの常識と分別で凝り固まっているはずのお年頃なんですが、さすがは学者さんでありまして、

内山 洋司
筑波大学大学院 システム情報工学研究科 教授
1949年、神奈川県生まれ。1981年東京工業大学理工学研究科原子核工学専攻博士課程を修了(工学博士)し、(財)電力中央研究所に入所。専門役、グループリーダー、上席研究員を経て、2000年に現職である筑波大学機能工学系教授に就任。現在、筑波大学大学院システム情報工学研究科リスク工学専攻長。この間、米国電力研究所(EPRI)客員研究員、東京工業大学総合理工学研究科人間環境システム専攻客員教授を勤め、現在は放送大学客員教授を兼務し「エネルギー工学と社会」を担当。専門は、エネルギー・環境を対象とする技術評価、技術経済、ライフサイクル評価。主な著書に、「エネルギー工学と社会(放送大学出版)」、「私たちのエネルギー:過去と将来(培風館)」、「破局からの脱出(電力新報社)」など。専門は、エネルギーシステム分析、技術評価、ライフサイクル評価。


常識と分別のかけらもないわけですが、今まで「原子力政策は国が最終的には決める」ということでやってきてあの事故ですから、また同じことをやろう、というのが「リスク工学」なんだそうです。というわけで「もんじゅ」は将来、確実に事故を起こします。内山さんがそういう意味のことを言っているのですから間違いありません。

しかしながら、このセンセイの言うことをきいて、福井の人たちの不安感が余計高まることはおそらく望ましいことでしょう。なにしろ「リスク工学」というのは、要するに「沢山儲かるんだったら何人か死ぬのは仕方ない」ということですから、仕方がありません。問題は自分が儲かる方に回るか死ぬ方に回るかなんですが、そこのところに「リスク工学」を研究する価値があるのです。

とはいうものの日本は文化国家であります。内山さんですら理路整然として語り、一点の隙もありません。内山さんによればおまえら死ね、俺はほっくほく、しかしそのためには「国」が「最終的」に「決める」ことが条件となるのです。「国の態度もわからない」にしても、「国」に任せておけば、内山さんにとっては間違いなし、というわけです。

そこで「リスク工学」には学ぶべき点がないわけではない、ということが理解できるでしょう。内山さんなんかの言うとおりにしているとビンボー人は殺されるわけですが、死にたくない人は「リスク工学」の教えるところの逆をやれば良い、ということになります。具体的には「原子力政策を国に決めさせてはならない」ということになるのですが、何だかこの結論はとても常識的です。しかしそのおかげで内山さんは優良村民の例として保存展示することになるでしょうし、そうなれば彼をナトリウムの中に放り込むという分別のある処分は保留されるでしょう。つまりこれが内山さんのリスク対策なのでした。それに比べると「4村」で「フォームラ」と読め、というのはいかにも非常識ですね。
posted by 珍風 at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

人糞大海を泳いで渡れ

新聞を読んでいると、思わず天を仰いで慨嘆してしまうような記事に遭遇することも稀ではありません。しかしながら本格的な中年期を迎えると、この「天を仰ぐ」という動作、いささかキツいものがあります。多分肩が凝っているんでしょうけど、そういうわけで今年の新聞週間の標語は「上を向く 力をくれた 記事がある」。

ちんちんかいかい開幕、震災特別決議を採択…京都


 第64回新聞大会(日本新聞協会主催)が18日、京都市東山区の「ウェスティン都ホテル京都」で開幕した。

 「上を向く 力をくれた 記事がある」を今年の標語とした新聞週間(15〜21日)のメーン行事で、新聞、通信各社の代表ら約530人が出席した。

 東日本大震災を受け、大会では初めて、被災者に寄り添った報道を誓う、特別決議を採択した。避難所で新聞をむさぼるように読む被災者の姿に「新聞に対する大きな期待を改めて感じた」とし、「今なお続く震災との闘いの中で、真に読者の視線に立った社会の公器としての責務を果たし続ける」と決意した。

 採択に先立ち、新聞協会会長の秋山耿太郎・朝日新聞社社長があいさつ。若者の新聞離れや広告収入が落ち込む現状から「経営基盤の安定が求められ、印刷や輸送面など協力できるところは互いに協力していくことが必要」と訴えた。

2011年10月18日 讀賣新聞


いつもながらの肩の凝らないお話でありますが、今や新聞記者諸君は、避難所では新聞紙の他に読むものがない、という状況にすら気がつかないようですから、そんな連中の書いた誤字を読む人が少ないのは当然であります。おかげでやっと経営が苦しくなってきたようで、「協力できるところは互いに協力」することになったのはご同慶の至りでございます。

「協力できるところ」は「印刷や輸送」に限りません。更により広範囲な「協力」を深めていくことが急務でありましょう。問題の「震災特別決議」によれば新聞業界の未来、というか行く末と言うかナレのハテが、他ならぬ被災地に見いだされた模様です。さすがはマスゴミの雄、どこかに行けば何かを見つけて来るのが仕事です。

拭取大会:特別ケツ議全糞 「読者の視線に思わず勃起」


 2011年3月11日、日本列島は大地震と大津波に襲われ、原子力発電所の重大事故に見舞われた。死者・行方不明者がおよそ2万人に及んだ東日本大震災である。

 被災地の人々が耐え、全国からさまざまな機関やボランティアが駆けつけ、闘いと支援の日々が始まった。新聞もまたその使命を果たすべく、残されたあらゆる手だてを駆使して報道を続けた。

 通信が途絶え、輪転機も回せぬ中で、どう使命を果たすか。ある新聞社は手書きの壁新聞を作り上げ、避難所に張り出した。車載バッテリーでコピー機を動かし新聞を印刷、配布した社もある。新聞発行を継続しようとするその使命感と熱意が多くの被災地にあった。

 災害援助協定を結んでいた新聞社同士の協力もあった。自家発電機を使っての印刷支援、燃料の提供……。記事は交換され、遠く離れた他社から届く被災地への応援メッセージも掲載された。また、他県の避難先に被災地の地元紙を届けたり、地元紙の題字を掲げた張り出し号外を連日発行したりする新聞社もあった。そして、各社は道路が寸断されガソリンが枯渇するなか、輸送網を死守し、新聞販売店は戸別配達を守り抜いて読者の元に新聞を届けようとした。

 取材・執筆し、紙面を作り、印刷し、配達する。この当たり前のことが極めて困難になった。避難所では届けられた新聞をむさぼるように読む被災者たちの姿があった。「新聞を必要としている読者のために」。我々は、新聞に対する人々の大きな期待を改めて感じた。そこに「新聞の原点」があった。

 復旧復興の道のりは長い。そしていまだ収束しない原発事故は、過去の経験ではとらえきれない課題と、それを冷静に乗り越えていく知識、情報を求めている。新聞は誠実で的確なパートナーでありたい。

 未曽有の大災害に、新聞協会会員社であると否とにかかわらずすべての新聞人が発揮した使命感と遂行の力を改めて分かち合おう。そして、今なお続く震災との闘いの中で、真に読者の視線に立った、社会の公器としての責務を果たし続けることを誓う。

2011年10月18日 毎日新聞


嘘と誤魔化しの最終処分場、てゆーか「社会の便器」の未来は「共同便所化」とでもいうのでしょうか、記事を交換したり、他社の新聞の題字を掲げたニセモノを出してみたりということのようであります。元々「協定を結んでいた新聞社同士」では記事なんてお互いに似たり寄ったりなのですから、これこそが「協力できるところ」に他なりません。

もはやどの新聞社がどの新聞の題字を掲げていようがそれは大事なことではありません。これは冗談でもなんでもなくて現実に技術的な基盤が存在するとのことであります。

凶徒が第64回無視無視大会開催 産経新聞社の新システム開発など8件表彰


 日本新聞協会が主催する第64回新聞大会が18日、京都市東山区のホテルで始まり、新聞、通信、放送各社の代表ら約530人が出席した。

 大会では、新聞は国難に際して「政治、経済、環境など多角的な視点から、日本が進むべき道を読者に提示し、未来への展望を切り開いていかねばならない」とする大会決議を採択。さらに、東日本大震災を受けて「いまなお続く震災との闘いの中で、真に読者の視線に立った、社会の公器としての責務を果たし続けることを誓う」との初めての特別決議を採択した。

 今年度の新聞協会賞授賞式も開催。技術部門で選ばれた産経新聞社の新聞製作システム「ASURA」構築など8件が表彰された。同システムはグループ全体の横断的な素材管理・活用を可能にし、省力化やコスト削減など経営への貢献が高いとして評価された。

2011年10月18日 産經新聞


他に八百長か何かを表彰していたようですが、よくもまあ他人のことが言えたものであります。それはともかくとして、産經新聞社の「ASURA」というどっかで聞いたような名前のシステムは真に画期的なものです。それは「グループ全体の横断的な素材管理・活用を可能に」してしまうのです。今回の表彰は、このシステムが産経さんちの「グループ」のみならず、「協定を結んでいた新聞社同士」で「横断的な素材管理・活用」を行なうようになる可能性を強く示唆します。これによって業界各社の経営が改善されることは間違いありません。

これは無論、言論の多様性に対する脅威であるとお考えになる向きもありましょう。しかしながら現在、新聞の多様性は「題字」の差異にしか存在しません。このシステムが業界横断的に導入されても各社発行の新聞の題字はそれぞれ変わらないはずですから、このシステムが今日現に存在する限りでの多様性の確保を阻害することはあり得ません。

ここには新聞の輝ける未来があります。どの社も全く同じ記事を掲載するのですから、記者すら必要ではありません。記者の機能は政府機関等の発表をリライトすることによって独自の風味を加えることですが、もはや新聞ごとの風合いに気を遣わなくて良いのですから、役所や警察の発表をそのまま掲載すれば良いのです。つまり、いわば取材対象が記事を書いてくれるわけです。

広告取りは必要ですが、無駄に沢山いる記者どものクビを全部切れるのですから「経営への貢献」は計り知れません。新聞は「日本が進むべき道」を提示できるかどうかははなはだ疑わしいものの、自らが進むべき道は確かに見いだしたようなのですから、もう読者がいなくても十分にやっていけるでしょう。そうしていなくなった読者のかわりに「読者の視点に立つ」のは新聞社自身をおいて他にはありえないのでした。
posted by 珍風 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

県民怨念の再稼動

調査前、佐賀県知事に辞任促す 九電やらせで郷原弁護士


 佐賀県・玄海原発をめぐる九州電力やらせメール問題で、同県議会の原子力安全対策等特別委員会は17日、九電第三者委員会で委員長を務めた郷原信郎(ごうはら・のぶお)弁護士を参考人招致した。郷原氏は答弁で、古川康・佐賀県知事が郷原氏との電話で「(やらせに関わる)私の発言が表に出たら辞任は避けられない」と話していたことを明らかにし、知事自身が責任を認識していたと述べた。

 郷原氏は答弁で、第三者委発足前日の7月26日、福岡市で個人的に古川知事と会談し「早期に辞任した方がいい」と促していたことも明かした。県議会は急きょ同知事を招致したが、知事は出席を拒否。

2011年10月17日 共同


口が軽い、というのは基本的には良いことであります。もっとも、嘘を言っている場合にはいくら喋っても「口が軽い」とは言われないものです。周辺の人々は口の軽い人を嫌うわけですが、それはその口から迷惑な真実が漏出しているからに他なりません。

古川さんは何でも言っちゃうので顔に似合わず意外と良い人なのかも知れません。考えてみれば「やらせメール」は絶対に必要だったのです。再稼動を求める「声」は確実に存在しました。それはほとんど「村」の中にしか存在しなかったのですが、だからこそ「村の声」を出すことが必要でした。少数の「村民」は数の上では圧倒的に不利です。

実際のところ数の上でどのくらいの比率になるのか分かりませんが、それは比喩的に「1%」の「声」に過ぎないことは古川さんには分かっていたからこそ、あんなことを言ったわけです。一方の九州電力の態度は「そんな事は言われなくても分かっている」というものですが、どうだか分ったものではありません。

九州電力は古川さんに言われなくても自分で気がついてやった、と言いたいようなのです。そんな事で威張られても困っちゃいますが、社長の眞部利應さんの様子を見ていると、それほど優れた人材に恵まれているとは思えないのが悲しいところです。「無実」とか、言葉の使い方がおかしいし。

九州電力は「やらせメール案」がどこから湧いて出てきたかを曖昧にしようとしていますが、これは特に古川さんを守ろうというわけではありません。むしろ古川さんにもウソの上塗りを重ねる形で協力して貰わなければならないのです。

佐賀知事、辞任に言及=郷原氏が証言−本人「明言してない」・九電やらせ問題


 九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)2、3号機の再稼働をめぐる「やらせメール」問題を調査した同社第三者委員会で委員長を務めた郷原信郎弁護士は17日、佐賀県の古川康知事と8月初旬に電話で話した際、やらせ問題をめぐる発言について知事が「どんなに説明しても(自らの)辞任は避けられない」と語っていたことを明らかにした。参考人として出席した佐賀県議会の原子力安全対策等特別委員会で証言した。

 これまで古川知事は、やらせ問題について「私の責任に直結するものではない」などと、自身の責任を否定してきた。知事は委員会後、報道陣の取材に応じ、「私が辞めると明言したことはないが、そういう流れになれば辞任ということもあるんですかね、というような話はあった」と述べた。

2011年10月17日 時事


「あんるんですかね」という話になってしまいました。なかなか微妙な誤摩化し方であって、確かに「明言」はしていないようなのですが、「辞任に言及」と言われてしまえばそれまでです。たしかに「辞任」に「言及」していることは間違いありません。どうも古川さんは誤摩化し方が下手です。

その発言は郷原さんとの電話でのことで、他に誰も聞いていないんですから、例えば眞部さんのような人だったら全然全く否定してしまうところでしょう。それが出来ない古川さんは、少なくともウソとホントの区別くらいはつくようなのです。こんなことでは「村民」として失格です。

まあそれでも何とか頑張っている古川さんは「九州男児」の鑑であります。鑑だかどうだか知りませんが、一皮むくとあんな風になるのかも知れないな、というのが世間一般の「九州男児」のイメージでありましょう。もっとも、「九州男児」の代表は肥後のもっこすとか薩摩のぼっけもんとかいう、熊本や鹿児島の話であって、他県の人にはあまり関係がないのかもしれません。

古川さんは佐賀県のご出身ですが、「佐賀もんが通ったあとには草も生えない」と言われているところをみるとやはり環境に悪影響を及ぼす模様です。ちなみに佐賀県男児は「ふうけもん」とか「いひゅうもん」なんだそうです。どちらもロクな言われ方ではないようなので、ヤケになって再稼働したりなんかすると「ああやっぱり」と言われてしまうのです。
posted by 珍風 at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月15日

服毒本で小学生も皆殺し

山本太郎、千葉麗子らが原発の是非をめぐる住民投票実施のため署名活動!
「政府だけにすべての判断を任せていいのか」


 18日、千代田区の参議院議員会館にて、市民団体「みんなで決めよう『原発』国民投票」による、東京都民投票・大阪市民投票の直接請求に関する会見が行われ、請求代表人を務める、山本太郎、千葉麗子、ジャーナリストの今井一が、署名への協力を訴えた。

 これまで、国や電力会社、そして立地先自治体の判断だけで、すべてを決定されてきた原発問題。たくさんの人々の生活に関連する「原発」をこれからどうするのか。今回の署名運動は、原発の是非を決定する都民投票を請求するために行われる。

 請求人である今井氏は、「東電株を2.66パーセント保有する大株主である東京の住民として、原発に関与する責任と権利がある」と都民投票の実施を求める署名収集の趣旨を説明。3月の東日本震災以来、何度も福島を訪れている山本は、「福島第一原発の事故は、電力を消費している、僕らが責任を感じなければいけない問題」と話し、「今、一歩踏み出す時期がきています。政府だけにすべての判断を任せていいのか、よく考えてください。若い人たちの力を借りたいんです。(署名収集に)ぜひ張り切って参加してください」と若い世代に語りかけた。また、福島県福島市出身の千葉は、「東京電力がしていることは殺人だと思います」ときっぱり。「早くに亡くなった父が、わたしの手を引いて、福島原発を止めないと大変なことになる、と言った言葉をよく覚えています。いつまで首相でいるかもわからない野田さんや石原都知事に原発のことを任せることはできません。母親が、わが子を守るのは当たり前のことだから、わたしたちはもっと勉強しなくちゃいけないんです。わたしは、署名運動のとき、渋谷で呼びかける予定ですが、109に買い物に来ている若い女の子たちも、いつかは子どもを産み、母親になる。みんなにもかかわることだから、彼女たちと同じ視線で、訴えていきたい」と話した。

 都民投票という言葉は、聞き慣れないかもしれない。だが実はこの16年で住民投票は401件行われており、原発問題に関する投票は三重県、新潟県などでも行われた。だが、東京での都民投票は、過去一度も行われたことがない。

 イタリアやドイツなど、原発に関する国民投票は世界でも行われ、高い評価を受けている。今井氏は、今の日本の現状について、「8割の国民が、政治家任せではなく、大切なことは自分たちで決めたいと考えていることは、世論調査で明らかになっている」と話し、都民全体で、原発の是非を考える、今回の投票実現への協力を訴えた。

 署名運動は、 東京での都民投票・大阪での市民投票を請求するため、東京で30万人、大阪で7万人を目標に12月から開始される。渋谷、新宿、新橋などの主要エリアでのアクションを始め、ホームページでは現在署名を集める受任者も募集中。自分たちによって未来を選択する都民投票が実現するかどうかはまだわからないが、もしも実現すれば、推進派・反対派に関わらず、たくさんの人がきちんと原発問題を考える重要な機会になることは間違いないだろう。(取材・文:森田真帆)

2011年10月14日 シネマトゥデイ


109に買い物に来ていない若い男の子たちもそのうち父親になります。もしかすると昨夜あたりなっちゃってるかもしれませんし、まだ気がついていないのかもしれませんが、そういうわけで、チバレイも勉強しろと言ってますから勉強した方が良いでしょう。もっとも、餓鬼どもの「勉強」の方は、学校で面倒見てくれることになっています。

放射線等に関する服毒本の作成について

平成23年10月14日

別添のとおり副読本を作成しましたのでお知らせします。

1.作成目的

 東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故により、放射線や放射性物質、放射能(以下「放射線等」)に対する関心が高まっております。

このような状況においては、国民一人一人が放射線等についての理解を深めることが社会生活上重要であり、小学校・中学校・高等学校の段階から、子どもたちの発達に応じ、放射線等について学び、自ら考え、判断する力を育成することが大切であると考えます。

 そのため、文部科学省では、小学校・中学校・高等学校における放射線等に関する指導の一助としていただくために、放射線等に関する副読本を作成し、以下のとおり掲載しました。

 なお、学校、教育委員会等には、印刷物が出来次第、校種別にご送付させていただきます。

2.掲載先

URL
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/detail/1311072.htm
http://radioactivity.mext.go.jp/ja/1311072/index.html

文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/10/1309089.htm


それで、例えば小学生の餓鬼どもは、いきなりスイセンのイメージングプレート画像を見せてもらえるわけです。こういう写真を撮るには数日から2カ月かかるそうですが、近頃ではもうちょっと短い日数で出来るのではないでしょうか。良い子の皆さんは学校の先生に聞いてみよう。

まあ、下手をすると画像が真っ白になってしまうかもしれませんので、もったいないお化けが出ないように気をつけないといけないんですが、ここでの「学習のポイント」は別に「モノを大切にしよう」というようなものではありませんで、

学習のポイント
◎スイセンからも放射線が出ていることを知り、身近に放射線があることを学ぶ。

「放射線について考えてみよう」解説編【教師用】


というものです。

良い子の皆さんは「身近に放射線があること」くらい言われなくても御存知でしょうが、文部科学省では小学生の餓鬼は、いや中学生や高校生のお兄さんお姉さんも、相当なアホだと思っているようです。そういう連中の方がよっぽどアホだ、と言いたくなっても、じっと我慢です。学校では大人の都合に合わせてあげましょう。

しかしながら大人の都合というものは勝手なものでして、ここんとこの「指導上の留意点」では

指導上の留意点
◎身近に受ける放射線があることを伝え、放射線に対して児童が不安を抱かないように配慮する必要がある。

「放射線について考えてみよう」解説編【教師用】


らしいのですが、これは「スイセンのように身近にいくらでもあるんだから大丈夫」という開き直った「指導」をしたものか、「スイセンやなんかの放射線は微弱なので大丈夫」と言ってなだめれば良いのか、今ひとつはっきりせず、指導上悩むところではあります。もっとも、大事な点は「放射線に対して児童が不安を抱かないように」することでありますから、以下のページでは「私たちは今も昔も放射線がある中で暮らしてい」ることが強調され、様々に利用されて結構役に立っているところが紹介されています。

餓鬼どもを取り巻く環境から考えると、導入部としてもかなり脳天気であるとしか言いようがありません。原発の事故とか、本当にあったんでしょうか。

実際、副読本が放射性物質や壊変の説明を経て、いよいよ佳境に入り放射線による人体への影響を教えるところにくると、餓鬼どもは時間錯誤の罠に陥って次元断層でゲロを吐くことになります。

 放射線の利用が広まる中、たくさんの放射線を受けてやけどを負うなどの事故が起きています。また、1945年8月には広島と長崎に原子爆弾(原爆)が落とされ、多くの方々が放射線の影響を受けています。

「放射線について考えてみよう」


「やけど」ですか。それにしても1945年には原爆が落ちたんですね。ここでの「学習のポイント」は「原爆の爆発により発生した放射線が人体に影響を与えたことを学ぶ」ことです。チェルノブイリの原発事故により発生した放射線によってやけど「など」の「影響」があったのかどうか、良い子の皆さんは先生に聞かなければなりません。この「副読本」にはどうしてそのことが書いてないのでしょうか。

もっとも、本の始めの方にある「はじめに」では福島第一の事故について触れられてはいます。しかしどうも中身を書いた人はその事故のことを知らなかった模様であります。チェルノブイリの事故さえ知らないようなのです。しかしこれは。中身を書いた時期がずっと昔だったと考えれば無理がありません。多分30年くらい前のこと、良い子の皆さんのお父さまお母さまが生まれたか生まれないかというくらい、遠い昔のことです。

良い子の皆さんは知らないかもしれませんが、昔は自動販売機で本を売っていまして、そうした本の中には古い本の表紙だけを取り替えて新しい本に見せかけて、古本を新しい本と同じ値段で売る、という詐欺のようなことが行なわれていました。表紙と中身とで登場人物が違うので直ぐに分かったものですが、実際にお金を払って現物を手にするまではそれは分かりませんので、分かったところで後の祭りです。

今回、文部科学省は自販機本業者のようなことをやっているようです。税金の無駄遣いを避けようとしたのかもしれませんが、餓鬼に対しては教育上の問題がなしとしません。ゴトンと落ちたあの本を広げる時のわくわくする期待を裏切られた、あの砂を噛むような思い。子どもたちにあんな思いを二度とさせたくありません!

まあ人生何事も勉強です。さて、副読本ではここら辺で悪名高き「がんの輪」が登場します。これは中心に「がんなどの病気」を置き、その周囲を「色々な原因」が輪のように取り囲んでいるものなのですが、これは大人の人が「本のテーマ」というものに対してほとんど一顧だにしない、という悲惨な事例となっています。

ここでの「学習のポイント」は「がんなどの病気になる原因には、色々あることを学び、健康的な暮らしの仕方を考えてみる」ことです。本のテーマは「放射線」だったのですが、いきなり「がん教室」になってしまいました。ちなみにその「色々」は時計回りに

年を取る 
遺伝的な原因
ウイルス・細菌・寄生虫
働いている所や住んでいる所の環境
食事・食習慣
放射線・紫外線など
たばこ


といったところです。ちょっとこれは、「放射線・紫外線など」なんて、放射線に対して失礼ではないでしょうか。少なくとも「放射線」は、この本の「主賓」のはずなんですが、「紫外線など」と一緒に末席に追いやるとは、マナーに反すること夥しいものがあります。

たとえば、「年を取る」の老人のペアを花嫁花婿に見立てる、というかなり無理のある見方をするとき、「放射線・紫外線など」の席は両親とか親族とかが座る位置なのです。なんとも随分な扱いですが、大人の事情というものは「色々あることを学び」ましょう。

良い子の皆さんはむしろ、「働いている所」でガンになりやすいのはどのような職場があるか、先生に聞いてみましょう。「食事」についても、給食に出て来るお米の出所について確認しておくのは大切なことです。

さて、暫時「など」や「色々」扱いにされた放射線も、病気の話が終わると再び主役となります。まったく、人を素粒子かなにかみたいに雑に取り扱いやがって。今度は「測定」だそうですが、驚くべきことに30年前では考えられないようなナウな測定器が登場します。御存知堀場製作所の「はかるくん」であります。色々なタイプの「はかるくん」があるそうです。「色々」が好きな連中ですが、ここでも「身の回りに放射線があることを理解できるようにする」ことが大切なのだそうです。良い子の皆さんも大変だとは思いますが、もうすぐ終わります。

最後に付け足しのように「放射線から身を守るには?」どうしたら良いのか、説明をしてくれています。かなり大雑把ですが、小学生向けですから要するに「事故が起こった時は、学校の先生や保護者の指示に基づいて行動すること」に尽きます。「学校の先生」というのは今までトンチンカンを言っていたその人のことですが、その人に従え、ということです。良い子の皆さんはどうかひとつ、「自ら考え、判断する力を育成」するようにして頂きたいものです。

もっとも、ここんとこで大事なのは「事故後しばらくたつと、それまでの対策を取り続けなくてもよくなることを学ぶ」ことです。「しばらく」というのがどのくらいか、先生に質問することが増えてしまいました。まさか半年や1年ではないわけですが、また、「それまでの対策」とはまた違った「これからの対策」についても今のうちから聞いておかなければなりません。

しかしながら先生は放射性物質は地面に落ちれば金輪際そこから動かないと思っている可能性があります。本当は思っていないかもしれませんが、本当のことを言う「リスクとベネフィット」について、先生は「勉強」していらっしゃいます。難しい言葉ですが、それは先生が、自分が得をするために良い子の皆さんに害を与える程度のことなのです。
posted by 珍風 at 07:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月13日

あやしいごはんを食べよう

福島 コメの風評被害対策で狂気へ


福島県が進めてきた収穫後のコメの放射性物質の検査が終わり、コメの作付けが行われたすべての市町村で国の基準を下回って出荷が認められました。福島県は、今後、コメの安全性を消費者にピーアールするなど風評被害対策を強化することにしています。

原発事故を受けて福島県が進めてきた収穫後のコメの検査は、12日、二本松市などを最後に終わり、すべての地点で国の暫定基準値を下回ったため、ことしコメの作付けを行った48市町村すべてで出荷が認められました。検査をした1174か所のうち82%に当たる964か所で放射性物質は検出されず、1キログラム当たり200ベクレル以上の放射性物質が検出されたのは、1か所にとどまりました。このため福島県は、県内産のコメの安全性は確保されているとしています。福島県は、今後、知事や職員が首都圏などの消費地に出向いてピーアールを行ったり、飲食店や学校給食で県内産のコメの積極的な利用を呼びかけたりするなど、風評被害対策を強化することにしています。

2011年10月13日 NHK


「風漂被害」だったら僕たちだって受けているんですからこれは他人事ではありませんね。関東の南半分にも年間1mSvどころか20mSvを超えちゃうところが沢山あるもんですから、これからはパチンコ屋の近所に落ちているお菓子を拾って食べるのは危険です。

まあ、かつてのおおらかな時代にはそういう餓鬼がいた、てゆーか今ここにいますが、現在では学校給食が道に落ちているチョコレートよりも危険なようですから餓鬼の躾も困難でありましょう。昔は危ないものを口に入れると怒られたんですが、今では危ないものを口に入れないと廊下に立たされるようです。

「呼びかけたりする」なんて書いちゃったりしていますが、「学校給食」については強制でしょう。学校の先生というものは、それが校長だろうが組合だろうが、要するに自分より上位の存在というものに対して盲目的に従順ですから、餓鬼どもに逃れる術はありません。そう考えると、餓鬼が毒を盛られていることを思えば、大人の人が「飲食店」で何を喰わされようとも文句は言えない、というわけです。

決して佐藤知事が気が狂ったとかそういうことではありません。米なんざ喰わなくたって死にゃしませんが、他人に米を喰わせないと死ぬ人たちがいまして、おそらくそういう人たちが自分の命を守るために必死になって他人の命を犠牲にしていたりするようです。例えば福島県には「福島県米消費拡大推進連絡会議」なるものがあって、これは「米を中心とした日本型食生活の普及・定着を促進する関係機関・団体等で構成」されているそうですが、この「連絡会議」の連絡先は福島県庁の農産物安全流通課内です。今年からこの部署は「農産物危険流通課」に改称されます。

そこで背後に存在するのは「米を中心とした日本型食生活の普及・定着を促進する」団体とかです。たとえば世の中には「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」なんてものがあります。もっとも、国民の皆さんは言われなくても毎日ごはんを食べているようです。中にはビンボーのためにごはんを食べられずに餓死する人もいますが、この団体は死にそうな人にごはんを食べさせてあげるわけではありません。死んでゆく人に「ごはんを食べよう」と「呼びかけたりする」ことはするかもしれませんが。

国民一人ひとりが米を通じて、わが国の豊かな食文化、美しい自然を将来に継承し、健康な生活が送れるよう、消費者をはじめ生産者、学識経験者、団体・企業、国や地方公共団体が一体となった国民総ぐるみによる運動を推進する。


というのがその目的です。「ごはん」というのは単なる食事ではなくて「米」のことのようです。もっとも最近では下手に「米を通じ」たりすると「将来に継承」というところが危うかったりするわけですが、他人に毒を喰わせて生き残る人たちの団体ですから、自身の「将来」についてあまり心配する必要はないようです。それはこんな人たちです。

会 長
林 良博
(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)

顧 問
川勝 平太
(前会長、静岡県知事)

副会長
井戸 敏三
(兵庫県知事)
今井 通子
(医師・登山家)
木村 良
((社)米穀安定供給確保支援機構理事長)
松沢 成文
(神奈川県知事)
茂木 守
(全国農業協同組合中央会会長)
渡辺 文雄
((財)栃木県国際交流協会顧問)

理 事
足立 己幸
(女子栄養大学名誉教授)
合瀬 宏毅
(日本放送協会解説委員)
鳳 蘭
(女優)
嘉田 良平
(横浜国立大学大学院(環境情報研究院)教授)
伊達 公子
(プロテニス選手)
富山 和子
(評論家・立正大学名誉教授)
中畔都舍子
(全国地域婦人団体連絡協議会会長)
中村 靖彦
(東京農業大学客員教授・農政ジャーナリスト)
山根 香織
(主婦連合会参与)
平尾 誠二
(神戸製鋼ラグビー部ゼネラルマネージャー兼総監督)
松谷 満子
((財)日本食生活協会会長)

監 事
山下 俊史
(日本生活協同組合連合会会長)


いやはや大変に頼もしい顔ぶれであるとしか言いようがありませんが、「会員」には47都道府県全部と農協、米穀の流通・小売関係の団体、農機メーカー農薬メーカー肥料メーカー、米を使う製菓業者、酒造業者、炊飯器のメーカーから食品加工業者、外食産業など、まさに他人に米を喰わせないと死ぬ人たちの錚々たる集合体となっております。

まあ生活のためですし、ほんの去年くらいまでは「米」も喰ったところでさして害のない食べ物のひとつだったんですから別に何でもいいようなものですが、どうもこの人たちは礼儀を知らないので困ったものです。米を買って欲しければ消費者に頼めば良いようなもんですが

食生活の多様化、急速な都市化や核家族化の進展等に伴い、伝統的な食文化のよさが失われ、米の消費量も年々減少しています。この結果、栄養バランスの偏りから若い人を中心に糖尿病や心臓病などの生活習慣病が増加し、また水田の荒廃、農村の弱体化が進んでいます。
 こうしたなかで、私たち一人ひとりが、栄養面や安全面からごはんを中心とした日本型食生活のよさを見直し、“お米”を基本とした「健康的な食生活」を送っていくことがなによりも大切です。

「設立趣意書」


なんて、まるで米を喰わないヤツが悪い、と言わんばかりです。この人たちは自分でも米を沢山消費しているのでしょうか。そうだとすれば、米の喰い過ぎは精神に悪影響があるようですから注意するにこしたことはありません。餓鬼に喰わせる米にはセシウムが入っていますが、そうでなくても米には「先人たちが営々として築いてきた豊かな食文化、美しい日本の自然」という毒が入っていますから、頭の弱い人には禁物なのです。

それはそうとして、それでも、上から目線であるとはいえ、「日本型食生活」は「健康的」であったりしていたようです。「生活習慣病」という政治的な病気の「増加」が「米の消費量」の「減少」によるものであるという証拠はありませんが、一方で米の消費量が増加したところであまり健康に害はなさそうだ、ということで、「食育」などをした方が良い、するべきだ、などとホザイていても放置されてきたものです。

いや、関係者は「放置」どころか積極的に乗ったと思いますが、世間では放置していました。誰しも生活のために戦っているのです。米屋も農家も同じです。「農村」が「弱体化」しているんですから可哀想です。あまり悪いことをしないのであれば放っておいて全然構わなかったのです。

このように、事情はともあれ、ついこの間までは「若い人を中心」とした餓鬼どもの「健康的な食生活」を心配してくれていた、すくなくともそうするフリはしていたようですが、今年からはそんな暢気なことは言っていられなくなりました。「核化」したのは「家族」ばかりではありません。「急速な都市の汚染、水田の汚染、農村の汚染が進んでい」るんですから大変なことで。

この先、まだ連中が「日本型食生活」とか「食育」とか言い続けられるのかどうか、見物といえば見物であります。とはいえ、「日本型食生活」の概念は高度にイデオロギッシュですから、安全だろうが危険だろうがあまり関係なかったりするでしょう。つまりそれは「安全」で「健康的」だから「推進」すべきなのではなく、「日本的」だから推進すべきなのですし、その理由はそうしなければ連中がビンボー人と同じ「あやしいお米」を食べなければならなくなるからです。したがって「日本型食生活」は、むしろそれが危険である時により一層強調されるべきであるかもしれません。「日本型食生活」と「食育」が牙を剥く、ということになるんですが、その「牙」は元々あったものなのです。
posted by 珍風 at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

オレオレ岸井毎日詐欺

検察審査会も色々言われているんですが、世の中には「検察審査協会」という、いかにもアヤシゲなる「協会」が存在しておりまして、疑惑と不信を増幅しているところであります。とはいっても検察審査会、所詮は素人の集まりですからその質は要するにバラバラで、とんでもない連中もいるかもしれませんが中にはちゃんとした人もいるかもしれません。

2010-10-09
東京第5審査会小沢氏強制起訴議決について


22年10月4日、東京第5検察審査会が2回目の「起訴相当議決」を公表して、検察官に代わって指定弁護士による裁判が実施されることになりましたが、このことに関して、メディアが法の趣旨を曲げたと思われる議決の問題点を指摘して報道しなければならないのに、裁判の結果も出ない内からあたかも有罪結論が出たかの様な報道をして、国民を同様な認識を誘導しているのは、とんでもない間違いです。

今回の議決の趣旨は、第1回の起訴相当議決の事実である土地取得資金の原資を政治資金規正法の政治資金報告書の不記載のみを第2回の検察審査会において、市民の目線で審査して議決をする事を例外規定として求めるものであることに対して、既に裁判所で結論の出ている土地代金の原資にまで含まれているのは、とんでもない間違いである事を吉田補助弁護士が認識せずに議決書を作成したと思われます。

内容による問題点                                                      1・検察審査会の議決は22年9月14日に議決されているのに、何故通常は2日位手で公表するのに10月4日に公表したのか。      2・政治資金報告書の期ずれ(年度が2か月ずれていた) 部分の議決をすべきなのに、原資等を含めた石川議員の議決とほぼ同じ内容なのはなぜか。                                                 
3・二度目の起訴相当議決の検査審査会には、補助弁護士の助言が必要で第1回議決の補助弁護士が裁判所の都合で今回の吉田弁護士が指定されていますが、どう見ても検察審査会の二度目の議決の趣旨と、政治資金規正法の趣旨を正しく理解していたとは思われない。 

今回の検察審査会の強制起訴議決による公判を実施するに当たって、この議決に従って公判を維持するためには、ほとんど具体的な証拠がなく、供述書と状況証拠のみで行われた東京地検特捜部が不起訴を決めた事件が、検察官役のやったこともない指定弁護士が行うのは、きわめて厳しい状況で、有罪の立証を行うためには、信用性のある物証が存在する可能性は極めて低く、その法定費用(一審につき120万円)で賄うのは到底無理です。端的に言えば 国税の浪費に終わるだけです。

問題点で指摘した法の趣旨から外れた議決を行った事を関係者が認識して、再度検察審査会を開いて結論を出すのが一番良いのですが、これとても国税の無駄遣いであることにかわりはありません。司法事態を見直す必要があると思われます。

浜松検察審査協会

http://iwamoto.blog.ocn.ne.jp/kensin/2010/10/5_1640.html

「とんでもない間違い」があるんで漢字を見直す必要があると思われますが、内容があまり間違っていないので退屈だと思う人もいるでしょう。そこで岸井さんにご登場願わねばなりません。全世界が注目していた毎日新聞社朱筆だか校正係だか知りませんが岸井ナントカさんでありますが、例によって小賢しい発言が電波に乗って宇宙に向かって飛んで行きました。また地球に恥をかかせるつもりでしょうか。

ところが岸井さん、小賢しい、てゆーかなかなか考え抜かれた発言をなされた模様であります。2011年10月9日のTBS『サンデーモーニング』で、岸井さんは「国民から選ばれた検察審査会」を意味もなく絶賛されていたということでありますが、一体何を言っているのかワケが分かりません。

「検察審査会」はたしかに選挙権を有する国民の中からくじで選ばれた人たちでありますから、「国民から選ばれた」ことは間違いありません。全くの話し、「国民から」選ぶようにして頂きたいものであります。エスキモーの中から選んでみたりするのも面白いかもしれませんが、いささか考えものでもあります。ペットや家畜の中から選ぶ、などということになればあるいは日本の司法に良い影響を及ぼすかもしれませんが、花壇の花の中から選ぶ、などという事になると議事が一向に進行しない可能性が出てきます。そういう意味で、これをより正確に言うとすれば、「国民の中から選ばれた」と言うべきでありました。

一部には「国民から選ばれた」という部分を「国民によって選択された」と誤解する向きもあるようです。無理もありません。岸井さんは検察審査会のメンバーが「国民の中から選ばれる」という、あまり大した意味のない属性を取り上げて、これを何故か「検察審査会」を権威づけるかのように用いているのです。

「国民から選ばれた」ことが何かよっぽどエラいことであるとすれば、それは「くじ引き」のような偶然によるものではなく、国民が意志的に選択したようなものでなければなりません。ところが日本には「検察審査員候補」の演説を聴いてこの人は良いとかこの人はダメだなどと「選んだ」覚えのある人は一人もいないんですから、岸井のバカはまた何を言ってるんだと思う人がいても不思議ではないわけです。

ところがこれは「バカ」どころではありません。これこそがマスゴミの得意技、岸井さんによるトリックであります。言及する対象に、無意味な語を修飾辞としてかぶせることによって、あたかも対象が権威づけられたかのようなイメージ操作を行ないますが、どのようにも解釈出来る曖昧な表現をすることによって、後からツッこまれた場合にも言い抜けが出来るように工夫されているわけです。

これが日本のお笑い番組を背負って立つ岸井さんの「日本の話芸」です。TVに出て笑われている分には無害かもしれませんが、要するに詐欺師の手口ですから困ったものです。仮に岸井さんが毎日新聞社の仕事を失うようなことがあれば何をしでかすことになるか、およその想像がつこうというものでありますから、岸井さんの収入の道を守るのもおばあちゃんを守るためです。毎日新聞社はいくら愚昧なゴロツキだと言っても岸井さんのクビを切ったりすることなく、記事を書く最後の一人になるまで捕まえておいて、外で悪いことをしないようにしておくことが極めて肝要とされる所以であります。
posted by 珍風 at 06:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

IZO2011

世の中には『産經新聞』を購読して面白がるという高尚な趣味があります。この趣味の高尚たる所以は、何か面白いことが書いてあると一人で笑っているに留まらず、他の人にもこれを教えてあげて、ひとつウケてやろう、というサービス精神の存在でしょう。

そんなわけで、天狗佑太呂さんも「朝刊もなく値段も安くページ数も広告も少なくエコ」だからという理由で『産經新聞』をご購読のようで、もっとも「朝刊もなく」は「夕刊もなく」の間違いだとは思いますが、とはいっても『産經新聞』のことですからこのうえ朝刊までなくなってチラシだけになったところで何の差し支えがあるわけでもないのですが、「阿呆な政治記事やコラム満載で失笑出来るお笑い材料としては参軽が最適」であるとされているところ、やはりその道の方であると拝見致しました。

んで、天狗さんによると賛成新聞では「『まじめで堅実』大善裁判長」という記事を載せているんだそうであります。
http://tengunosasayaki.blog.eonet.jp/109/2011/10/post-75e7.html

これは面白可笑しい話である半面、「報道被害」というものを考えざるを得ない事例でもあります。なにしろ大善さんは天下の『産經新聞』が「まじめで堅実」と評するような人物である、ということが満天下に知れ渡ってしまったのであります。

裁判官も人の子ですから生活のために色んな判決を書くのは致し方ない面もあるでしょう。しかしその人格まで『産經新聞』レベルに貶められる、というのは少々気の毒なようでもあります。『産經新聞』に褒められる。家族や親戚の方はこれを見てどう思われるのか、産經新聞社の記者は考えたことがなかったのでしょうか。裁判官といえば自分は他人よりエラいと思いがちの人たちであります。ご家族は尚更でしょう。そのような方々が、まさか『産經新聞』並みだと言われようとは、人を馬鹿にするにも程があります。

と思ったら

小沢氏裁判に「堅実で真面目な人」


 小沢氏の裁判を担当するのは、東京地裁刑事11部。大善(だいぜん)文男判事(51)が裁判長を務め、平塚浩司(47)、井下田英樹(41)の両判事が横に並ぶ。

 大善裁判長は1986年に任官。名古屋、高知、広島の各地裁などを経て、01年から司法研修所教官を4年余り務めた。06年から高松高裁事務局長を4年務めた後、10年春に東京地裁の部総括判事に着任。裁判員裁判を多く手がけてきた。周囲の評価は「堅実で真面目な人」で一致する。

 検察官役を務める指定弁護士は3人。中心の大室俊三弁護士(62)は、リクルート事件や、今年9月に無罪が確定した旧日本債券信用銀行の粉飾決算事件などを担当してきた刑事弁護のベテラン。政治資金規正法に詳しい村本道夫弁護士(57)、山本健一弁護士(47)を加え、推薦した第二東京弁護士会は「政治的な中立性を重視し、実務に徹して選んだ」という。

 小沢氏弁護団は9人で構成し、主任は弘中惇一郎弁護士(65)だ。村木厚子・厚生労働省元局長が無罪となった郵便不正事件、故・三浦和義氏の「ロス疑惑」事件、薬害エイズ事件などで無罪を勝ち取り、「無罪請負人」とも呼ばれる。長年、コンビを組んできた喜田村洋一弁護士(60)は、法廷で相対する大室弁護士とは司法修習の同期で、旧知の仲という。

2011年10月6日 asahi.com


なんのことはない、『朝日新聞』も一緒になって「堅実で真面目な人」などと書いています。「まじめ」が「真面目」になったのは「漢字くらい読み書きできるんだぞ」という、ウェブ記事に面倒なルビを振る『讀賣新聞』や括弧書きで読みがなをつける『産經新聞』との、いわゆる「差異化」というものでしょう。

とはいっても大善さんの名前には括弧をして「(だいぜん)」と書いてあります。このお名前は大変読みにくいものとされている模様です。そうでもないようなのですが、少なくとも「鈴木」やら「佐藤」やら「大室」とか「弘中」などといった下々の、村一同で同じ名字を付けたようなのとは違うんだぞ、という気遣いが実に心憎いまでに行き渡った紙面であるということが出来るでしょう。

「大善」はおそらく「大膳」の産経化したものだと思われますが、なかなかに由緒正しいお家柄と推認されます。これは「大膳大夫」と言う閑職、いや官職から来ています。「大膳職」の一番偉い人のことですが、要するに食材調達から調理までやる部署、とはいっても天皇の食いもんは「内膳」の掌るところ、「大膳」は臣下に対する饗膳が担当です。位階は従四位下。

まあ毎日のご飯のことですから、ここはひとつ「堅実」で「真面目」にやって頂くに越したことはないわけで、単に面白そうだからといってエクスペリメンタルな方面に走るのは考えものではあります。とはいっても毎日同じようなものでも困るものですから、大変にお加減が難しゅう存じますところのものでございます。

それで糞マスゴミがこぞって賞賛してやまない大善さんの「人格」も、別の言い方をすれば別の言い方になるもので、

小沢「無罪」 最大の難関は超カタブツ裁判長


◆人生初の判断を下せるのか

検察審査会に強制起訴された民主党の小沢一郎元代表に対する判決が、来年4月下旬に言い渡されることになった。
司法関係者の間でも「無罪は確実」といわれ、政界をメチャクチャにした不毛な争いにはサッサとケリをつけて欲しいが、心配のタネがある。
小沢裁判を担当する東京地裁の大善文男裁判長(51)の存在だ。

大善裁判長は1986年任官。東京地裁を皮切りに名古屋地裁、高松地裁、広島高裁の判事を経て、昨年4月に東京地裁刑事11部の総括判事となったベテランだが、司法界では「堅物判事」として有名だ。刑事事件が専門のある弁護士は「無罪判決を一度も出したことがないのでは」と言うほど、極めて保守的で予定調和的な判決ばかり出してきた。

被告人が「無罪」を主張しようが、お構いなし。淡々と実刑判決を言い渡す。全面無罪を主張する小沢にとっては、ちょっと厄介な裁判長なのだ。

大善裁判長のクールさが如実に表れたのは、昨年6月の裁判員裁判。都内で起きた2件の強盗事件を巡り、強盗致傷罪に問われた被告の事件への関与が争われたケースである。
「被告は、実行犯で知人の男に『強盗を指示した』として逮捕されたが、捜査段階から一貫して容疑を否認。唯一の証拠は『指示された』という実行犯の供述だけでしたが、その実行犯が公判の過程で『実は自分ひとりでやった』と供述を翻したのです。実行犯の捜査段階での供述と公判での証言のどちらが信用できるのか。判断の難しいケースですが、大善裁判長はアッサリと『捜査段階の供述の方が具体的かつ詳細に状況を述べている』と検察側の主張を支持。被告を『否認を続け、反省の態度が全く見られない』と断罪し、懲役9年の実刑判決を言い渡したのです」(司法記者)

小沢の元秘書3人の裁判では、検察調書の大半が「任意性」を否定され、証拠として採用されなかったが、大善裁判長の手にかかると、どう転ぶか分からない。

来月スタートの裁判で、カタブツ判事は小沢に“人生初”の無罪判決を言い渡すのか。常識的な司法判断を期待したい。

2011年9月10日 日刊ゲンダイ


ついにその名に相応しくなく、煮ても焼いても喰えない「カタブツ」にされてしまいました。こういうのは鰹節のように少しずつ削って主要な料理の上に載っけたりするのが精々でありまして、とても主菜を張れるような食材ではございませんです。

実際のところこの判例は「カタブツ」だの「クール」だのという軽い言葉で片付けるにはあまりに重大な冤罪の可能性があるようですが、とにかく有罪にする他に能がない、というのが大善さんの「使い途」なんでしょう。小沢さんの裁判は「暗殺」でありますから、大善さんに担当させるにはまことに相応しいというわけです。

ところで稲盛和夫さんは「大善は非情に似たり」とか言っていたようですが、全然意味は違うようです。むしろ大善さんは豪快に斬って斬って斬りまくる一方で粗暴にして教養に欠ける点、「司法界の岡田以蔵」といえば褒め過ぎでしょうか。
posted by 珍風 at 06:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月06日

村〜運命の放射線

米に放射性物質 水田の砂原因か

先月、コメの予備検査で福島県二本松市の1か所のコメから食品の暫定基準値と同じ値の放射性セシウムが検出されたのは、水田の土に多くの砂が含まれていたことが原因とみられることが福島県などの現地調査で分かりました。

先月、コメの予備検査で二本松市の旧小浜町の1か所のコメから食品の暫定基準値と同じ1キログラム当たり500ベクレルの放射性セシウムが検出されました。福島県などが現地調査を行った結果、コメを栽培した水田の土は放射性セシウムが結びつきにくいとされる砂の割合がほかの水田の土より高く、これが原因とみられることが分かったということです。調査に参加した学習院大学の村松康行教授は「砂は粘土質に比べ、放射性セシウムと結びつきにくい性質があるため、イネがより多くの放射性セシウムを吸収した可能性が高い」と分析しています。一方、福島県とは別に調査を進めている新潟大学の野中昌法教授によりますと、二本松市の落ち葉などが積もった里山では土1キログラム当たり1万ベクレルを超える放射性セシウムを検出した場所もあったということで、野中教授は「里山から雨水とともに水田に放射性物質が流れ込んでいる可能性がある」と指摘しています。こうしたことから、福島県は専門家とともに周囲の里山でも調査を進め、コメの安全性を高める取り組みに生かすことにしています。

2011年10月5日 NHK


ヒドい見出しでありまして、「砂」にセシウムが含まれているのかと思ったら違うそうです。二本松市の水田の土には、通常の粘土質の水田に比べて砂が多く含まれているため、土中のセシウムがより速やかに植物体に吸い上げられる、ということのようです。

したがって、国の「基準」以下のセシウムが検出された米を育てた水田の土には、まだまだ沢山のセシウムが残っている、ということになります。これは汚染がより長く続く、ということを意味しています。一方で、米から「基準」以上のセシウムが出た水田では、セシウムの植物体への移動がより速やかに行なわれたのであって、より早期に除染が達成されることが期待されるわけです。

とはいえ、いくらイネがセシウムを吸い上げても、水田の周りの里山からどんどん供給されるらしいので、セシウムがなくなる心配は当分ないようです。里山では積もった落ち葉の中にもセシウムが溜まっていますが、それは土壌に吸収され、それを樹木が吸収して、汚染された樹木から汚染された落ち葉が落ちて、汚染された土壌が汚染された樹木を再び汚染する、というサイクルが形成されます。

いずれにしても水田の土から米とか藁とかにセシウムが移ったことによって、「汚染物質」の嵩が増えているのであって、米を作れば作るほど問題は厄介になっていることに変わりはありません。それどころか里山を除染するとすれば、そこに生えている木を全部切り倒して、それは汚染された「がれき」となるのです。

放射性廃棄物の広域処理に不安の声


東日本大震災の被災地で発生した大量のがれきを被災地以外の自治体で受け入れる「広域処理」を進めようと環境省が開いた会議で、受け入れを検討している自治体からは、放射性物質に対する不安の声が住民から上がっていることなどを背景に、処理が進められないという意見が相次ぎ、環境省は住民説明会に専門家を派遣するなどの対策を取ることになりました。

地震や津波で大量に発生したがれきの処理を進めるため、環境省は、焼却した際の灰に含まれる放射性セシウムの濃度が、1キログラム当たり8000ベクレル以下のものについては、埋め立てができるなどとする指針を示すとともに、被災地以外の自治体に受け入れてもらう広域処理を進める考えを示しています。しかし、自治体の中には、放射性物質に対する不安の声が住民から上がっていることなどから受け入れが進まず、東北地方以外の自治体で正式に受け入れが決まったのは、岩手県宮古市のがれきを東京都が受け入れるケースだけにとどまっています。こうした状況を受けて、東京で開かれた会議には、43の都道府県と74の市区町村の担当者などおよそ170人が出席し、細野環境大臣が「被災地では災害廃棄物の処理が、復旧復興の大きな前提と同時に、関門になっています。この関門を乗り越えるためには、皆さんの力がどうしても必要です。環境省の責任で全力で対応し、皆さんの気持ちをむだにすることがないように努力をすることを約束します」とあいさつしました。会議では、岩手県と宮城県だけでも2040万トン余りのがれきが出たものの、多くの処理が進んでいない現状が報告されたのに続いて、受け入れを検討している自治体からは「住民の理解がなかなか得られない」といった意見や「本当に健康被害が出ないのか」といった質問が相次いだということです。これを受けて環境省は、今後、住民説明会に専門家を派遣することや、放射性セシウムの濃度が国の目安を超えていないがれきについては、焼いたり埋めたりしても周辺の住民に健康被害の心配はないことを分かりやすく伝えるパンフレットを作る方針を示し、自治体側に住民の理解を得るための協力を求めました。

東京都では先日、岩手県宮古市のがれきを受け入れることを表明し、東北以外の自治体として初めて広域処理に協力することを決めました。これに対して、都民から寄せられた電話やメールのうち95%は反対の声だったということです。東京都の担当者は「全国の自治体で受け入れの動きが進めば、被災地の復興に大きな力になる。ただ、東京都でも住民から抗議の問い合わせが相次いでおり、住民に丁寧に説明をしていくことが大切だ」と話していました。また、鳥取県の担当者は「地域の理解をどのように得るかというのが最大のポイントだが、残念ながら会議では参考になる具体的な方法については示されなかった。また、単純に数字で安全を示しているが、数字だけでは地域の理解を得るには難しく、国にはより分かりやすく具体的な説明を求めたい」と話していました。静岡市の担当者は「がれき処理を受け入れた場合、本当に健康被害が出ないのか、詳しい説明が欲しい。また、市民からは『放射能をばらまく気か』などという厳しい苦情も寄せられているが、被災地の復興のためにも、地域の理解を得ながら協力していきたい」と話していました。北九州市の担当者は「きょうの会議では、環境大臣が、国が責任を持って住民に説明していくと強い決意を表明し、非常に意義深い会議だった。住民説明の場に専門家を派遣するという話も、とても心強く思った」と話していました。

2011年10月4日 NHK


千葉県だって成田山で「がれき」を焼却したんですから「受け入れた自治体」の中に入れてやってはどうでしょうか。それにしても「放射能をばらまく気」満々の民主党政府ではありますが、厄介なことに「住民」が上手いこと騙されてくれないのが悩みのタネであります。政府は信用されていませんから、「責任を持って住民に説明していく」と言ったとしても、責任など持つはずがない、と思われてしまうのがオチです。

どうも御用「専門家」が町にやってきたり、ウソであることが「分かりやす」いパンフレットをまくんだそうですが、なかなか大変であります。政府も「健康被害の心配はない」などと言わず、どうせウソをつくんならしっかりと「健康被害の事実はない」とか「健康被害はない」などとしてしまった方が良いでしょう。

もっとも、実際のところ健康被害がないわけではないのですから気を遣うところです。後から「心配はしてなかったけど、あるみたいだね」と言うことが出来るように、幅広い解釈が可能な表現をとることは行政の基本であります。とはいえ将来において、健康被害に対しては「心配はない」=「予測不可能」であることから「責任」はない、と主張しなければならない機会が訪れることは予定されています。

しかしながら「住民」が政府に騙されないのは、お役人の文章表現が拙いからではありません。野田さんがどこか信用できないからでもありません。前原さんがどこも信用できないからでもないのです。核に関しては、日本の政府と名のつくものは政党に関係なく一言も本当のことを言ったことがありません。てゆーか本当のことなんてコワくて言えないわけですが、核は政治に虚偽と隠蔽を導入します。

そこで政府が「責任を持った説明」をするためには、核政策の根本的な変更がなされなければなりません。それが行なわれない場合には、政府の「説明」は相変わらずの虚偽と隠蔽であらざるを得ない、ということになるでしょう。

民主核エネルギーPT(プラント)に元日立製作所大畠氏


 民主党は4日、エネルギー政策のあり方を検討するプロジェクトチーム(PT)の座長に、大畠章宏元経済産業相の起用を決めた。「脱原発依存」を前提に、火力や自然エネルギーなどの効果的な使い分けのあり方を議論する。憲法調査会長に中野寛成前国家公安委員長、社会保障財源などを扱う経済財政・社会調査会長に仙谷由人政調会長代行をそれぞれ充てる人事も決定した。

2011年10月4日 産經新聞


武蔵工業大学工学修士にして株式会社日立製作所核プラント設計技術者の大畠さんが「エネルギー政策のあり方を検討する」ことになりました。こうなると「脱原発依存」という言葉の意味に深く思いを致さざるを得ません。「脱原発」と「脱原発依存」とはどう違うのか。それは単に気分の違いなのかもしれません。「原発」はあるけど、「依存」はしていないよ、というような。

字面を素直にみれば「脱原発依存」とは電力消費量の全てを核発電以外の発電手段でまかなうことを意味するようにみえます。しかしながらそれは核発電が行なわれなくなることを意味しません。「依存」していなくても「予備」か何かのためにそれを稼働させ続けることが可能なのであって、核発電を停止する意味の「脱原発」とは重大な点で異なっているようです。

それにしてもどうして核技術屋に「自然エネルギー」のことがわかるんでしょうか。ちなみにお久しぶりの中野寛成さんは、例の菅さんが「脱原発」発言についてそれは「私個人の考えだ」と言った時に、「首相があのような形で言えば閣僚に諮った政府の見解だと受け止められる」というのでプンプン怒ってしまうほど「脱・脱原発」のお方です。どうにもこうにも明解なマエバリ人事ですが、そういうワケで「脱原発依存」が「脱原発」のウソである、というところから虚偽が虚偽を呼ぶ新たなウソの系列の始まりです。
posted by 珍風 at 13:38| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

男同士に証拠はいらない

ったく、昨日は忙しくてね、仕事だったんですが、TVでおふざけをやってお金を貰ってるヤツもいたようで、何ともうらやましい限りでございます。

僕と同じに黒い背景を持ったブログ「みなと横浜みなみ区3丁目」さんによりますと、『毎日新聞』の「筆政のすべてをつかさど」っておられる岸井成格さんがTBSの「サンデーモーニング」という番組に出てきて鋭いボケをかましたそうであります。

「法律偏重主義、証拠偏重主義に陥るあまり、従来の裁判が市民常識から遠ざかってきたことがある。それによって、市民がおかしいと思うことが司法の場で正しく反映されてこなかった。
この裁判で考えなければならないことは、ここ10数年にわたり司法改革が進んでいるという点だ。検察審査会制度の改正や裁判員制度の導入などで、裁判が市民常識に近づいていることを評価すべきだ。」(以上、要旨)

みなと横浜みなみ区3丁目「おかしいぞ!岸井(毎日新聞)さん。」
http://ojirowashi.no-blog.jp/ykminami/2011/10/post_eec8.html


島田紳助さん亡き後のお笑い界の覇者はたけしかさんまかはたまたきみまろか、なんて誰も言っていないわけですが、平仮名ばっかりじゃ読みにくくて仕方がありません。そこに彗星の如く登場したお笑い界のホープが、今度はまた「成格」という、漢字だからといって読みやすいわけではないぞ、という名前であります。これで「しげただ」と読むんですからタダモノではありません。

しかしこうして読んでみると確かに「可笑しい」ことは間違いありません。お笑いの明日は任せたぞ。しかしこの「しげただ」さんが、「法律偏重主義、証拠偏重主義に陥るあまり」などというぶっ飛んだことを口走ったのかどうか、僕はTVを見ていなかったのでよく分かりません。

別の、明るい背景で明朝体、ポイント大きめで読みやすい「ひょう吉の疑問」さんは簡潔にまとめておられまして

『私は非常に常識的な妥当な判決が出たと思う。なぜならこの10年間司法制度改革が進んでいるから。つまり一般常識をいかに裁判に反映させるか、それが裁判員制度とか検察審査会の変化なんです。』

ひょう吉の疑問「『大衆裁判に証拠は要らない』 語るに落ちた岸井成格毎日新聞主筆」
http://blog.goo.ne.jp/akiko_019/e/5520fc79b1abe7ff2d73d181362a5560


まあ当然のことながら趣旨は同じでありますし、発言の文脈からして「一般常識をいかに裁判に反映させるか」という課題に対して当該判決は「法律」と「証拠」から自由な心証のみによって、風聞に基づく推量を重ねることによって答えたわけですから、「しげただ」さんが司法は「「法律偏重主義、証拠偏重主義に陥」ってはならない、と考えていることは明白であります。

「ニュース時事能力検定」を受験予定の皆さんはご注意ください。「しげただ」さんは日本ニュース時事能力検定協会の理事長さんです。裁判は法律によって行なわれてはなりません。力の強い人は誰でも事実としての強力をもって誰かを捕まえてきて勝手に決定を下して煮るなり焼くなり処分することが出来ます。ですから「事実の認定は、証拠による。」などという寝ぼけたことが書いてある「刑事訴訟法」も無視して構いません。

裁判には「事実」などは何の用事もありません。先入観とか偏見、すなわち「常識」で十分です。イケメンは悪いヤツに違いありませんし、醜男は強姦をするに決まっています。ブスに人権は無く、美人は男を騙しているのです。

これでは日本の司法制度は崩壊してしまうとお嘆きの貴兄に耳寄りな情報です。実際のところ全くその通りなのですが、「しげただ」さんはウラで安田好弘さんと手を結んでいるそうです。いや、正確に言うと「しげただ」さんだけ一人でそのつもりでいるだけで、安田さんには全く関係がなかったりするのですが、安田さんが「死刑廃止論とは単なる建前で、本当は日本の司法制度を崩壊させるための政治闘争を目的としている」と「しげただ」さんは考えています。であるとすれば、二人はもはや敵同士ではありません。同じ目的に向かってともに戦う「戦友」ではありませんか。これが美しい友情の始まりです。
posted by 珍風 at 07:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月02日

「奇跡の54歳」見たくもネーゼ

プルトニウム、飯舘村まで悲惨=原発事故で、泥鰌から検出−文科省


 文部科学省は30日、福島第1原発周辺で行った土壌調査の結果、原発事故で飛散したとみられるプルトニウムが福島県双葉町、浪江町と飯館村の計6カ所から検出されたと発表した。原発敷地外での検出は初めて。沈着量はいずれも、過去に海外で行われた核実験で日本各地に降ったプルトニウムの測定値の範囲に収まっているという。

 飯舘村の1カ所は原発から40キロ以上離れていた。プルトニウムは粒子が重く、遠くまで飛散しにくいとされ、爆発を伴った事故の大きさが改めて浮き彫りになった。

 調査では6月6日〜7月8日、福島第1原発から80キロ圏内にある市町村の100カ所で土壌を採取。プルトニウムなどの量を分析した。

 その結果、3町村の各2カ所で1平方メートル当たり最大4.0ベクレルのプルトニウム238を検出した。事故以前の測定値に比べ、同239、同240に対する比率が大きいことから、今回の事故で新たな沈着があったと判断した。

 沈着量が最も大きかった浪江町の地点で、仮に50年間滞在した場合、同238の被ばく線量は0.027ミリシーベルトにとどまるという。

 また、45カ所ではストロンチウム89を検出。半減期が約50.5日と短いことから、事故後に沈着したとみられる。 

2011年9月30日 時事



Pu238は原子炉で生産されるプルトニウム中の2%程度なんだそうですから、全体で検出されたPu238の50倍の量のプルトニウムが存在すると推認されます。「事故以前の測定値に比べ、同239、同240に対する比率が大きい」というのは、「事故以前」のプルトニウムが核実験によるものであると考えられているようなのですが、核爆発の場合はPu238の生成はほとんどないわけです。

小出裕章さんによると軽水炉で生産されるプルト君たちの割合は

238  2%
239 58%
240 24%
241 12%
242  4%

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/Pu-risk.pdf

5ページの表に「1mg中の放射能」が出ていまして、それによるとPu238は1mgで「1.3×10の7乗」Bqですから13,000,000Bqですか。そうすると「1平方メートル当たり最大4.0ベクレル」だってえんですから、そこに存在するPu238は0.00000031mg。プルト君みんなで0.0000155mg。

内訳は

238 0.00000031mg
239 0.00000898mg
240 0.00000372mg
241 0.00000186mg
242 0.00000062mg

であります。

ところでPu239を吸入する場合、年間摂取限度が0.000052mgでありますが、半減期が短いと放射能が強いとかプルト君それぞれに事情というものがありますから、みんなの摂取限度を放射能の強さの比で推認してみますてえと

238 0.00000511mg
239 0.000052mg
240 0.00003427mg
241 0.000754mg
242 0.01311304mg

そこでPu238は16年分しかありませんがPu239は6年分であります。てゆーか6平方メートルで1年分になっちゃう。まあこのくらいあることが推認されるわけですが、これがそんなに「少ない」と言って良いのかどうか、福島県では呼吸をしないことにした方が良さそうであると推認されます。外気を呼吸しないためにはこんな方法がオススメです。

西山前審議官にカツラ着用禁止1カ月 勤務中に呼吸管理


 経済産業省は30日、週刊誌で女性問題が報道され、海江田万里元経産相から厳重注意された西山英彦前審議官(54)=大臣官房付=を同日付で停職1カ月の懲戒処分にした、と発表した。省内で報道について事実関係を調査した結果、勤務時間中の不適切行為があったと認められたため。

 経産省によると、西山氏は今年3月下旬から6月にかけて相当な回数、経産省内の執務室で、勤務時間中に女性職員と抱擁と口づけをした。女性職員も同日付で訓告処分を受けた。

 西山氏は東京電力福島第一原発が事故を起こした直後の3月13日以来、原子力安全・保安院の記者会見で報道対応を務め、知名度も高かった。女性問題報道が発覚し、6月29日に報道対応を外れた後、待機ポストの大臣官房付にされていた。

 西山氏の処分について、枝野幸男経産相は「今後二度と起こらないよう、全職員に規律徹底を図る必要がある。特に(原発事故で)被害を受けられた福島をはじめとする住民に改めておわびする」と述べた。

2011年9月30日 asahi.com


「相当な回数」の「口づけ」をすることが大切であります。もちろん勤務時間外には執務室の外で「相当」どころではない「回数」があったものと推認されますが、いくらなんでもお互いに二酸化炭素を吸い合っているのでは問題が生じる場合もあるでしょう。西山さんの現状から、髪の毛が抜けるなどの弊害が存在することが推認されます。いずれにしてもお元気そうで何より、Pu238を使った原子力電池はビンビンだぜ。健康が第一とはいえ、僕たちの健康には気を遣わないものと推認されているようで、おかげでバッテリーは貧貧だぜ。
posted by 珍風 at 06:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。