2012年03月21日

人生には「苦労」が付き物

震災瓦礫の処分を全国の自治体で分かち合おうとするのを 受け入れ声明した地元民...

震災瓦礫の処分を全国の自治体で分かち合おうとするのを
受け入れ声明した地元民が反対しているのって沖縄の
基地負担軽減に名乗りを上げない都道府県と
似てると思うのは私だけでしょうかね?

補足 沖縄県知事が瓦礫受け入れの表明をしたことは驚きましたね、
あれほど基地負担を強いられている県のトップが・・懐が広いですね。
また基地移転に関しての私的意見ですが国内に50近くあって使ってない
地方空港をもっと活用させる方法として米軍の招致は出来ないのですかね?

http://chiebukuro.toremaga.com/dir/detail/q1382674663/


いやいや、あなただけではありません。それにこの意見はとても深いものです。実際のところ、「震災瓦礫」の受け入れは米軍基地の受け入れと同じように害がありますから、「似ている」どころの騒ぎではありません。それはほとんど同じようなものだと言って良いでしょう。

例えば千葉県の匝瑳市では、「震災瓦礫」には「苦労」がくっついていることをきちんと指摘しています。

匝瑳市議会 震災がれき受け入れ決議

 東北地方で復旧・復興の妨げとなっている震災がれきについて、同じ被災地でもある匝瑳市の市議会が、市長に受け入れを求める決議を採択しました。

 決議は議会最終日の21日、全会一致で採択されたもので、匝瑳市によりますと、がれきの受け入れに関する決議は県内では初めてということです。決議では、東北地方の震災がれきについて「同じ日本国民として、その苦労を分かち合うことが必要」としたうえで、放射線量の測定などを条件に、通常の廃棄物相当と判断されるものについて受け入れ態勢を整えるよう市長に求めています。

 匝瑳市は東日本大震災で特定被災区域の指定を受けた被災地でもあり、匝瑳市議会の苅谷進一議長は「被災地が手を挙げることで、全国的に受け入れの機運が高まれば」と話しています。 匝瑳市では多古町・横芝光町との事務組合による清掃工場と最終処分場が市内にあり、今回の決議を受け、地元住民や近隣2町の了解を得たうえで、県を通じたがれきの受け入れに取り組んでいく方針です。

2012年3月21日 ちばテレ


「がれき」を受け入れることは、単に焼却するごみの量が増えるだけのことではないでしょう。それは市の担当者にとっては大問題かもしれませんが、住民にとってはあまり「苦労」とは感じられないものです。一体全体どんな「苦労」があるというのでしょうか。単にごみを焼くというだけの話しなのではないのでしょうか。しかし仮に何らかの「苦労」があるのだとすれば、それは「震災がれき」が「通常の廃棄物相当」ではないところに由来するものであるでしょう。

その「苦労」とは癌や心筋梗塞、何世代にもわたる畸形や知能低下を意味します。これが放射線環境における「苦労」なのであり、匝瑳市議会ではそういうことを「分かち合おう」としています。もっとも、「分かち合」ったところで、「東北」におけるそれらの「苦労」が減少するわけではありません。それは「分かち合う」というだけの一定の限られた量を確定出来ていません。むしろそれは拡散することによって増加するでしょう。

その「苦労」は病気であり、死です。また、千葉県の人々は最近、東金市で知的障害者が少女を殺害するという「事実」を受け入れました。知的障害者の増加も「苦労」の一部ですから、そのような事件もまた、「分かち合う」べきものなのでしょう。もっとも、その手の事件を「知的障害者」に押し付けることが出来れば、それは「苦労」でも何でもないという人もいるかも知れませんし、そのような人にとってこれからの世の中は良いことばっかりですが。

とはいえ、この「苦労」はあなたの子どもや孫に降り掛かる可能性があるでしょう。もちろん、あなたのお子さんやお孫さんは少女を殺したりしないと思いますが、だからといって殺したことにされないというわけではありません。なにしろ知的障害者ですから、どのような形で「世の中のお役に立つ」のか分かったものではないのです。そういうわけであなたは人殺しのヘンタイバカの親であったり祖父母であるという「苦労」を受け入れなければならないのです。

もっとも、そのような不幸なことにならないように、あなたは別の「苦労」を「受け入れ」る準備をしているかもしれません。あなたは自分の子どもや孫がトンデモナイことをしでかさないように監視されることを「受け入れ」ます。あなた自身も監視されることになるでしょう。あなたは身内の「犯行」を隠匿する虞れがあるからです。もしかすると幸いにしてあなたの親族にはそのような事態が起こらないかもしれませんが、隣の家の餓鬼はどうもアヤシいようです。そこであなたは隣の家を監視し、なにか「異常」があったら通報する、という「苦労」を喜んで「受け入れ」ることでしょう。

それに監視されることはあなたの生存の役に立つかも知れません。あなたは癌を発症するかもしれませんし、もっと恐ろしいことにイキナリ心臓がオカシクなって倒れて死ぬかもしれないのです。若いからといって安心はしていられないのですから、煙草とかそういう公に認められた危険から身を遠ざけつつも、突然襲いかかる死に抗すべくもありません。誰かに見張っていてもらえれば助かる可能性もあるというものです。しかしまあ、AEDにも寿命というものがあるそうですし、しょっちゅう使っていてはバッテリがなくなっていることもあるでしょう。そういうことはよくあることです。今はそうでもありませんが、これからよく使うようになりますから練習しておくべきでしょう。そしてあなたの番にはちゃんと使える人が近くにいることを祈ることです。それしかありません。


posted by 珍風 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。