2012年07月29日

暗い日曜日一家

政治的影響力試される日本の反原発運動

【東京】29日の日曜日、日本で高まっている反原発運動の政治的影響力が試される出来事が2つある。日本で最も著名な反原発派の1人が候補となっている山口県知事選と、1960年代の日米安保闘争の時をほうふつとさせる国会周辺で行われるデモだ。

この数週間続いてきた数万人規模の定期的な反原発デモは最近の日本では見られなかった光景で、国民の間で新たなレベルの政治活動が広まっていることを示している。だが反原発デモの声は高まり、規模も拡大しているが、まだ政治の主流派からの賛同は得られていない。山口県の知事選挙は、それが変化するかどうかを示すリトマス試験になるとみられている。

慶応大学の竹中平蔵教授は「みんな日本では中東で起きているジャスミン革命やアメリカのオキュパイ・ウォールストリート運動みたいのは日本では起こらないと言っていた。でも実際に起きている。これはかなり大きな影響があると思う」と話す。竹中氏自身も、政府の原発再稼動のやり方は、あまりに性急かつ不透明だと批判的だ。

反原発グループは自らの活動を、6〜7月の梅雨の時期に咲く花になぞらえて「あじさい革命」と呼んでいる。多くの小さな花が集まって1房の花となることも、一人一人は無力でも多くの人々が結集した今回の運動を象徴していることも、あじさいを選んだ理由だ。

蒸し暑く不快な梅雨の季節にもかかわらず、東京のデモ参加者の数は毎週増えているようにみえる。主催者発表によれば、7月16日に代々木公園で行われたデモには17万人が参加した。これは昨年の福島第1原発事故以来の規模だ。ただし日本の報道機関が引用した警察発表によれば参加者は7万5000人となっている。デモは平和的に行われ、子連れの家族もたくさん参加していた。警察の広報担当者は、今年、デモに関連した逮捕者はいないと思うと述べている。

次回の大規模デモは29日に計画されている。参加者はろうそくを持って人間の輪で国会議事堂を取り囲む予定だ。今までデモ隊は道路を挟んだ首相官邸を目指したが、主催者側は、今回は「日本の政治の中枢に向かう」と述べている。主催者の一部は、今回のデモで1959年と1960年の日米安保闘争を思い起こさせるような大規模なデモを実現したいと語る。当時は国会周辺に安保反対を唱える人々が30万人以上集まった。

反原発デモの声は高まり、規模も拡大しているが、まだ政治の主流派からの賛同は得られていない。与党民主党の大半の議員は、福島第1原発事故後、維持作業とストレステストのために稼動停止している原子炉の再稼動に賛成している。そして、日本の原発の成長を後押ししてきたのは2009年まで半世紀にわたって日本の政治を支配してきた最大野党の自民党だ。

原発に反対してきたのは共産党や社会民主党など、少数の弱小政党だ。これらの政党は反原発デモ行進にも積極的に参加している。また、もうすぐ総選挙となる可能性が高まっていることから、最近民主党から離党した小沢一郎氏率いる新グループなど、反原発の世論の高まりに乗じようとする政治的な動きもみられる。国政進出を視野に入れている人気の高い大阪市長、橋下徹氏率いる大阪維新の会もその1つだ。

だが、原発再稼動決定に反対してこの数カ月毎週のように集まっている抗議者の心をつかんだ政党はまだないようだ。反原発を旗印に掲げる全国的な政党はないが、地方選挙では反原発を唱える候補者が現れている。だがその多くは落選した。最新の例では、3週間前、鹿児島知事選で原発推進派の現職知事が反原発派を抑えて圧勝した。

しかし、反原発派は29日に行われる山口県知事選挙に立候補した環境NPO代表の飯田哲也氏に期待を寄せている。飯田氏は原発業界で働いた後、最も著名な反原発活動家の一人となり、代替エネルギーを考えるシンクタンクを設立した。福島第1原発事故後多くのメディアに登場しており、大阪の橋下市長は同氏を出馬による辞任まで、大阪市のエネルギー政策の顧問に迎えていた。

今回飯田氏が知事選に立候補した山口県は自民党が長く権勢をふるった「保守王国」だ。選挙戦では2030年までに原発ゼロとする目標を掲げ、公約の中心は県内の上関原発建設の白紙撤回だ。

朝日新聞によれば、同氏は選挙スピーチで「しっかりと国策に対して真正面から戦い、ものを申していく。四人の候補のうち、それができるのは私一人」と述べている。山口県知事は現職が引退するため、新人候補が争っているが、有力な対立候補は、公共事業拡大を提唱し、自民と公明両党の推薦を受けた元国土交通審議官の山本繁太郎氏だ。

飯田氏が草の根運動によって、山本氏と自民の集票組織の機動力に打ち勝つことができるかどうかは、組織票が決定する選挙から無党派が左右する争点中心の選挙へと日本の政治がどれだけ変化したかを示すバロメーターとなるかもしれない。

地方選挙で反原発候補が勝てない要因の1つには、原子力の地元経済への貢献が挙げられる。山口県の有権者を対象とした世論調査によれば、上関原発に7割が反対する一方で、有権者は雇用や経済の方をより重視している。それが福島の事故後も原発を持つ市町村が脱原発をためらう主な理由だ。

全国レベルでは反原発はさらに厄介な政治問題となる。日本大学の岩井泰信教授(政治学)は「既存政党は原発を選挙の争点にはしたがらない。与党の座を戦う政党は、原発に代わるエネルギー政策を打ち出さなくてはならないので、反原発は小さな野党の主張におさまっているのが現実」と指摘する。

安定した電力源の確保と原発反対を政治的に両立させることは難しい。そのよい例が飯田氏をかつて特別顧問に迎えた橋下大阪市長だ。同市長は総論では原発に批判的だったが、夏のピーク時に大阪の電力が18%不足する可能性があると分かったあと、大飯原発再稼動容認に転じた。

そして29日の知事選で飯田氏を応援することは「難しい」として、橋本市長が主宰し広く人気のある大阪維新の会による支援を否定した。飯田氏を支持している既存の政党は共産党のみだ。そして共産党ですら、市場主義と小さな政府を推進する大阪維新の会と同氏と関わっていた同氏への支持を間接的なものに留めている。

一部のアナリストは、反原発運動は、他の問題も取り込んで、幅広い国民の不満に訴えることができればさらに弾みがつく可能性があるとみている。

慶応大学の小熊英二教授は「見ていて一番気がつくのは、30代、40代のスーツを着ていない男性、子連れじゃない女性がすごく多い。これは、晩婚化、不定期雇用の増大と、日本の社会が変わった(ことの表れ)としか言いようがない」と指摘した。

記者: Yuka Hayashi、Toko Sekiguchi  

2012年7月28日 ウォール・ストリート・ジャーナル


夏場のデモにスーツなんか着て行ったら死にますが、まあ、安定した雇用、適齢期に結婚して家庭に入る、という、「お決まり」と思われていた「人生設計」の崩壊が人々の自覚を促した、てゆーか単にデモに行くヒマができたんでしょうけど、確かに「安定した生活」の代わりに手放したものは、日本人にとって大きすぎた様です。

そういうわけでマスゴミでは「就活」だ「婚活」だと騒ぎ立て、若い連中を無理矢理にでも眠り込ませようとしている最中ですが、「当たり前」のハードルをことさらに上げているだけですから、バカバカしくなって戦線離脱するのも「当たり前」というわけです。

しかしながら非正規雇用の女性の生活もお気楽なものではなく

サザエさん症候群

A子さんは、日曜日の夕方のテレビアニメ「サザエさん」を見ているうちに、「あーこれで休みも終わりか」と、憂鬱でたまらなくなってしまう。
 サザエさんを見ている最中や月曜日の朝には、気分がふさぎこんで理由もなく涙が出たり、頭痛やめまいに襲われ、出社するのが苦痛になる。

「こんな人は要注意」
仕事以外にこれといった趣味もなく、休日に誰かと遊びにいくことも少なく、近所に親類や親しい友人がいない一人暮らしの働く女性に多い。特に都会暮らしを始めたばかりのまじめなタイプは要注意です。月曜業とも呼ばれます。
 気分転換が下手で、人とのコミュニケーションが希薄な人が陥りやすいと言われています。

「予防と対策」
職場に問題がある場合もあるので、人間関係の改善や、仕事にやりがいを持つことが大切。サークル活動などを通じて休日を一緒に過ごせる仲間を作ったり、気分が落ち込んだ時に話をできる友人をつくるようにしましょう。一人暮らしをやめ、会社の寮に入ったり、親しい人と共同生活をするのも良いでしょう。
 また、万一出社できなくなったら、周囲は決して励ましてはいけません。励ましが逆効果になることがあります。
 任せられる仕事は他人に任せ、ゆっくりと休養をとることが大切です。そして、たまには嫌な月曜日は休んでしまうのも手です。

メンタルヘルス健康ガイド
http://web.archive.org/web/20100809082552/http://www.kyosai-cc.or.jp/health/mental/SP_1/5c_pages/c5_03.html


だからTVなんて観てないでデモに行けばいいじゃん、15時に代々木公園に集合な、とも思ったのですが、デモが明日の労働の活力として回収されてしまうというのもちょっとどうかと思います。そこへいくと「たまには嫌な月曜日は休んでしまうのも手です」なんてサラリと言ってのけてしまう全国共済連の無責任な発言をみんなで真に受けてしまう方が過激というものです。

ところでA子さんの日曜日を暗くしているのは『サザエさん一家』という曲であります。無闇に明るく、しかし物寂しさが残る名曲は筒美京平さんの作曲。TV番組のエンディングでは歌詞の1番を飛ばして2番から歌い始め、2コーラス目の箇所は伴奏だけになっているんですが、これは1番にサザエさんの家の「2階」が登場してしまうためです。TVの設定だとあの家に2階はないんですね。

しかしその伴奏だけの部分が、これまた寂しさを募らせるんです。アレは良くありません。そこで今回僕が特別に、この曲に『暗い日曜日』の歌詞を当てはめましたので、日曜の夜にはTVに合わせて家族みんなで歌うと明日への活力が湧いて来ると、こういう寸法になっておりますよ。

暗い日曜日(サザエさん一家)

作詞: ヤーヴォル・ラースロー
訳詞: 色々参考
作曲: 筒美京平

両手に花を抱えたら
ひとりぼっちですすり泣く
木枯らしが 呻き叫ぶ 日曜日

日曜日には死にましょう
あなたが戻ると死んでいる
見えない目を 見開いて 死んでいる

ほらほらあなたを見詰めてる
地獄(こころ)の底から 暗い暗い日曜日
posted by 珍風 at 09:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月28日

2行だけの報告書差し戻し

民主党執行部は「国民の生活が第一」に代わるキャッチフレーズを党内で募集していますが、離党が相次ぐ現状から「辞められる政治」に決定しますたせん。
posted by 珍風 at 06:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月25日

落体の法則

26日から生徒聴取開始=保護者同伴で配慮も−いじめ自殺問題・滋賀県警


 大津市で市立中学2年の男子生徒=当時(13)=がいじめを受け自殺した問題で、滋賀県警は26日から同級生を中心に生徒の事情聴取を始める。県警はすでに当時の担任など教員の聴取をしており、8月中にも聴取を終える。

 県警はいじめの実態を解明し、加害者とされる少年3人の暴行や恐喝容疑などでの立件の可否について判断する方針。

 県警は生徒の聴取について、保護者の同席を求める。場合によっては、聴取場所を自宅にしたり、いじめ相談や心のケアなどを扱う「少年サポートセンター」の女性職員らを派遣したりして、生徒の心情に配慮する。

2012年7月25日 時事


加害者の家庭環境が周知されているわけですから、比較的そういう「環境」に敏感な「保護者」が同席することによる「配慮」ってのはどんなもんなんだか、大体想像がつくというものです。「聴取場所を自宅にしたり」したら、何時誰が「聴取」されたか丸分かりなワケですよね。なるほど「配慮」が行き届いております。

ところで、

死後も続いた“いじめ” 大津の自殺生徒の机でトランプ


 大津市の中2男子自殺では、男子生徒が死亡した後も、加害者とされる3人の生徒たちが嫌がらせのように男子生徒の机でトランプ遊びをするなど“いじめ”はやむことがなかったと、同級生が取材に明らかにした。

 自殺した翌日の20分間の昼休みも「ぎゃははは」と甲高い笑い声が教室に響き、男子生徒の机を囲み、3人がトランプを始めた。6時間目の授業が終わり、帰りの会が始まるまでの空き時間には、3人のうち2人が笑いながら、掲示板の体育祭で撮った男子生徒の写真に画びょうを刺していたという。

 担任や学年の教員がトランプ遊びに気付いていたのかどうかは不明。

2012年7月25日 スポニチ


なもんですから、世間ではこの加害者連中のことを取り分けヒドく悪い人のように受け取っている様です。しかしながら、他人を虐める人なんて大体こんなもんです。この件は取材量が多いからこんな話しも出て来たというだけのことでしょう。

とはいえここにはいわば純粋な悪、絶対的な悪が垣間見えるかの様です。それは人を傷つけることの純粋な喜び、無償の享楽です。これはかなり危険なもんですから、世の中にはこういう連中を死刑にしてしまえみたいな話もあるようです。確かにこういう人たちの「更生」は難しいような気がしないでもありません。

とはいえ彼等も悪の純粋性の中に生き続けるわけにはいかないでしょう。大人になったら悪はそれ自体のためではなく、何か別のものの手段に成り下がってしまいます。それは醜悪ではありますが、もはや輝ける悪そのものではありません。それは悪よりももっと悪いのかも知れませんが、実際、こんな連中の多くがそのようにして「更生」し、しかも以前と同じようなことをしながら幸せな生活を送っているのでした。

そこで「更生」したとしてもせいぜい渡邉美樹さんの様になるのがオチだとしても、じゃあやっぱり死刑にすべきなのか。しかしながら、「死刑」とは元より彼等の様な加害者たちの所有に属します。それは加害者の一部の親戚に警察官がいるからというだけではありません。それは彼等の基本動作に関わっています。

皇中の連中は被害者を落としたわけです。直接落としたとか間接的に落としたとかに関わらずそうしたわけですが、渡邉美樹さんも人を高い所から落としたがります。直接落とすわけではない様ですが、よく知りません。そして死刑も、人を落とすことに他なりません。

取り分け日本の処刑は、あれは絞首刑と称していますが、正確には落下させることによる殺害です。首を絞めて殺しているわけではありません。ガロットなんかとは違うわけです。本当はもっと高い所から落とさないと死なないわけですが、首縄によって高低差の不足を補い、身体の生死に関わる部分を、ほぼ確実に破壊することを狙っています。

銃殺などは「一人の命は地球より重い」という格言を良く表現しています。それは見方を変えれば、文字通り「一人の命より軽い」ところの「地球」に、人体がすばらしい速度で激突しているのです。しかし何もそんな無理なことを言わなくても、古代の断崖に始まり現代の高層ビルの窓から会議テーブルを滑り台にして行なわれる非公式のそれに至るまで、「落とすこと」は死刑の一般的な形式であると言うことが出来るでしょう。

連中がどうして「人を落とすこと」に拘るのかは不明であります。例えば「高さ」を測るためには何かを落としてみる必要があるでしょう。崖の上から谷底に向かって小石を投げてみる、なんていうのは手軽な、しかしよく考えてみると相当に危険で迷惑な手段です。しかし、だったらその代わりにそこらにいる誰かを落としてみるのでも構わないのではないでしょうか。

もしかするとそれは「人を蹴落とす」という意味の象徴的行為なのかも知れませんが、実際に断崖の上で誰かを落とすんだということになった場合に、自分が落ちないということは少しは慎重に扱うことが望ましい程度には重要なことです。しかしここで自分が落とされる心配をするよりも他人を落とす喜びに今から震えている人もいたりします。その人は多分「言い出しっぺ」ですが、もう誰かを落とすことばかり考えています。そうなったが最後、周りの人たちは自分の代わりに誰か別の奴を落とす心配をしなければならなくなるのです。なにしろガリレイによれば、それは太った奴でも痩せた奴でもどっちでも同じことで、誰でも良いんですから。

そこで自分を落とそうとしている奴を、誰でもいいからとにかく落とそうとしている奴に生け贄として捧げてしまうのは良い思いつきだと思えるかも知れません。例えば「死刑」ということで、取りあえず自分以外の人を落とす、てゆーか落とさせておけば、当面は安心です。その当座は、とにもかくにも落とされる方ではなく落とす方になったんですから幸福に満ちた憩いのひとときですからお茶でも飲んで、しかし人の死なんてものは、特に転落死なんてものは、殊に落とす側に取っては、誠にあっけないもので、直ぐに次が欲しくなりますからあまり安心もしていられないんですが。
posted by 珍風 at 22:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

楽しい金属工作講座

Do It Yourself(てめえでやれ)鉛カバーの作り方


 「APD」と呼ばれる線量計は縦97ミリ、横58ミリ、厚さ16ミリ。防護服の下のシャツの胸ポケットに入れ、ガンマ線やベータ線を前面のセンサーで感知し、全身にどれだけの放射線を浴びたかを測る。毎日、東電が作業員に貸し出す。

 作業員らによると、昨年11月30日、ビルド社の作業チーム約10人の半数ほどが原発構内の作業場に集められた。役員は厚さ数ミリ、縦横1メートルほどの鉛板を用意していた。通常は汚染水の配管を覆って放射線を遮るために使う鉛板とみられる。

 役員はAPDの実物を使ってサイズを測り、鉛板に油性ペンで線を引かせて金属用のはさみで切断させた。作業員たちは万力やハンマーでAPDの前面、両側面、底を覆うカバーの形に整えた。「手で折り曲げた」と話す作業員もいる。

2012年7月21日 朝日新聞


手で折り曲げるとケガをするおそれがあるのでやめさせなければなりません。会社は作業員さんたちの安全にもっと注意を払うべきです。

役員さんがおっしゃる通り「いっぱい線量浴びちゃうと、年間なんてもたない。3カ月、4カ月で(50mSvが)なくなる。自分で自分の線量守んないと1年間原発で生活していけない」ということもあるでしょう。作業員の生活のことを考えると、賃金を線量に応じて増やすことも考えられますが、下請なんでそんな事はしません。東電が何を考えているかというと、

実は線量計の他にバッジを付けているそうで、バッジにもカバーを付けないと線量計の数値と矛盾するんですが、そこんとこのチェックは受注業者がやっているということで、東電は相変わらず知らんぷりです。東電は作業員の被曝にはあまり興味がない様ですが、そんな事を気にしていては核発電などやっていられるものではないでしょう。

まあしかし、こんな手軽な金属工作が出来るのがビルドアップという会社だけなのかどうか、僕は知りません。核ヤクザ関係者は意外と手先が不器用なのに世渡りは器用なのかも知れません。とはいえ、

福島原発の作業員死亡、放射線の影響認められず 
国連委が発表


 【ウィーン=共同】国連放射線影響科学委員会(事務局ウィーン)は23日、東京電力福島第1原発の事故後、復旧作業に携わり死亡した6人の作業員について、放射線の影響は認められなかったと発表した。

 委員会は日本側の測定データを基に、事故で放出された放射性物質が人体にどのような影響を与えたかを調査中で、皮膚に放射線を浴びた数人の作業員に関しても特段の影響は報告されていないとした。

 世界保健機関(WHO)も23日、事故による国内外の被曝(ひばく)線量の推計値を発表。全身被曝線量で、がんのリスクが高まるとされる100ミリシーベルトを超す数値が出た場所はなかったとした。委員会は来年、最終報告をまとめる。

 第1原発では病気やけがなどで計6人が死亡しているが、東電は「被曝との関係はない」としている。

2012年5月24日 日経


「日本側の測定データを基に」すると放射線による「特段の影響」は認められないことになっている様です。中部電力の課長さんの「放射能の直接的影響で亡くなった人は一人もいない。今後5年、10年で変わらない」という謎の発言も納得できるというものです。

「日本側の測定」では「特段の影響」が出てくるような線量は報告されません。それは下請の末端まで徹底される村の掟なのであって、そんな核共同体への堅固な信頼感が5年10年先の未来までの安心感に繋がっているのですから美しい心がけだ、てゆーかビルドアップの役員さんは多分良い人なのです。他の人はそんな面倒な金属工作などしないで線量計の電源を切ったりしていますけど。
posted by 珍風 at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月20日

インドの山奥で修行するぞ修行するぞ

中学生のくせに渡邉美樹さんのマネをして「飛び降りろ」と言ってみたりするのが流行っている様ですが

契約社員で賃金抑える手法に反発 スズキのインド子会社暴動


 スズキのインド子会社、マルチ・スズキで18日に発生した従業員による暴動は、生産体制の急拡大を図る企業側と、低賃金で採用される短期契約社員たちとの摩擦が背景にあるようだ。マネサール工場では昨年にも労働争議が起きており、昨年度は計画より生産が8万5千台も少なくなるなど、大打撃を受けた。今年1月にはマネサールで第2工場が稼働、反転攻勢をかけようとした矢先だっただけに、先行きの不透明感が強まっている。

 現地の関係者の話を総合すると、マネサール工場は約3000人の従業員のうち半数以上が短期の契約社員という。契約社員の給与はハリヤナ州の最低賃金を上回るものの、福利厚生では正規社員には及ばない。契約社員には他州出身者のほか低カースト出身者が少なくない。

 インフレの進行で食料品や燃料費は高騰し、契約社員の生活は「働けど苦しくなる状態だ」(現地のエコノミスト)という。急成長する大企業で、収入が増える正規社員との格差を目の当たりにする契約社員には賃金面での不満が高まっていたようだ。

 共産党系の労組による外国資本の大企業を標的とした労組立ち上げの動きがあったの情報もあり、スズキ側も警戒を強めていたとの指摘もある。

 スズキは今後、西部グジャラート州に新工場を建設する方針だ。州政府の影響力が強く、外国資本の誘致に積極的なことから労働争議が抑えられるとの期待が高い。リスクヘッジの側面もありそうだ。

 スズキのインドでの生産台数は日本国内の102万台(昨年度)を抜き、世界生産280万台の4割を占める「生命線」だ。争議が長期化すれば業績悪化は避けられない。

 急成長するインドの自動車産業では、韓国の現代自動車や外資系タイヤメーカーなどでも、組合設立の要求をめぐる労使対立がたびたび問題化している。半面、これはインドに限った問題ではない。中国では賃上げや待遇改善を求めるストやデモが頻発し、バングラデシュでも同様の動きが相次いでいる。(外信部 田北真樹子、経済部 平尾孝)

2012年7月19日 産經新聞


とゆーよーな話があるわけですが、まあ「不満が高まっていた」ことは間違いないでしょう。ちなみに雇用契約形態によって同一労働でも賃金が違うというのは日本のような国では割と一般的です。もっとも日本では「暴動」はあまり一般的ではありません。日本では「州政府の影響力が強く、外国資本の誘致に積極的なことから労働争議が抑えられ」ているからでしょう。

しかし日本ではインドの「カースト制」に原因の一端があるというような報道が一般的であります。もっとも、「カースト制」はこの際余り関係がないという説もありまして

マルチ・スズキの工場での暴動で死亡した人事部長、手足骨折で放火された事務所から逃げ遅れ


 【ニューデリー】スズキのインド子会社であるマルチ・スズキ・インディアの同国北部マネサール工場での従業員による暴動で死亡した人事部長は、両手両足を折られていて、事務所が放火された際に逃げることができず窒息死していたことが明らかになった。

 マルチ・スズキの広報担当者が、検視の結果を引用して伝えた。18日夜の暴動で死亡したアビナッシュ・クマール・デヴ人事部長(50)の遺体は「黒焦げ」になっていたが、金歯のインプラントを基に家族が確認したという。19日夕に火葬が行われた。マルチ・スズキは、売上高でインド自動車業界最大。

 インド北部ハリアナ州の警察幹部は20日、同警察がマルチ・スズキの労働組合幹部12人の捜索を開始したことを明らかにした。この警察本部長補佐はダウ・ジョーンズ経済通信に対し、これまでに同州マネサール工場の従業員91人を逮捕したと明らかにした。

 同本部長補佐は「マルチ・スズキは12人を告発した。労働組合の幹部だ」と伝えた。さらに、「捕まえて尋問する」と語った。

 マネサール工場の従業員たちは18日に暴徒化して事務所などに放火し、デヴ氏が死亡するとともに、警官9人や日本人駐在員2人を含む100人近い幹部が負傷した。数十人の幹部が依然、入院している。

 マルチ・スズキは19日、班長に暴力を振るったとして停職処分となっていた従業員の停職処分撤回を労働組合が求めてきた後に、この暴動が発生したと明らかにした。この工場では3200人の組立作業員が働いており、その約半分は常勤者で、残り半分は契約社員だという。

 一部報道では、班長と従業員間の議論は班長による階級制に基づく侮辱に端を発したものだったと伝えていた。しかし、先の警察本部長補佐は20日、警察はこれについては疑っていると話した。というのも、関係したとみられているこの班長は伝統的なヒンズー教の階級制に属さないインドの原住民族の出身だからだという。またこの従業員は下のほうの階級の出だった。

 同本部長補佐は、「発生時点ではカースト制に関することは関係していなかった」とし、「さらに、労働組合幹部の大半はこの班長や従業員の階級と何の関係もない地元出身者で、階級制の要因がかかわっていたという見方はここでは全く当てはまらない」と話した。

 本部長補佐は、警察は労組の12人の幹部が同工場で計画的な暴動を起こすために、工場の従業員の一部および、以前に解雇された従業員と共謀していたのではないかとみていることを明らかにした。労組の幹部たちは「企業側幹部と交渉をしていて、この工場の1階にいた。彼らが窓を割って、作業現場にいた従業員たちを招き入れ、企業側幹部全員に乱暴を加えたり、けがをさせたりした」と述べた。

 工場は暴動発生以降、閉鎖されており、広報担当者は工場再開の時間的なメドについては明らかにしていない。

記者: Santanu Choudhury  

2012年7月20日 WSJ日本版


「カースト制」なる「野蛮国の悪弊」に責任をおっかぶせようと言う気持ちは分かりますが、物事はそう上手くは運ばない模様です。仮に「カースト制」のようなものが機能しているとすれば、それは死亡したのがインド人の人事部長であり、「日本人駐在員」が軽傷ですんだというあたりなのではないかと思われます。しかしそれは実は「カースト制」ではなくて、日本人や「伝統的なヒンズー教の階級制に属さないインドの原住民族」も漏れなく参加させられるグローバルな身分制の野蛮なのでした。

いずれにしても「労組の12人の幹部が同工場で計画的な暴動を起こすために、工場の従業員の一部および、以前に解雇された従業員と共謀していた」ものだとしても、それは何故か、あるいは「従業員の一部および、以前に解雇された従業員」が「共謀」して多数による「暴動」を惹起することの出来る条件とは何か、ということになりますから、『産經新聞』の仮説もまんざら捨てたものではありません。

インド当局はこの機に乗じて約3千人の労働組合員を殺人罪に問う(ブルームバーグ)というあからさまな弾圧を仕掛けるそうです。ちなみにこの数は常勤及び契約社員を問わずマネサール工場の労働者全員に当たる数です。「組合」というよりは全ての労働者が相手です。てゆーか組織率が極めて高いようなんですが、確かに人が死んでいるわけですし、その「責任」は問われなければならないでしょう。そして思うに、その「責任」は日本の労働者にも問われなければならないのではないでしょうか。

スズキがこんなことになったのも、考えてみれば日本の労働者が企業を甘やかしすぎたことが原因なのです。甘やかされた日本企業は労働者なんて怖くないとばかりに軽い考えで外に出掛けて行って、本物の労働者の何たるかを知るハメになり、大使館に泣きつきます。外国に行こうなんて10年早いといえば早いんですが、100年遅いといえば遅いわけで、そうするとその国の当局は自国の労働者を弾圧せざるを得ません。それはナショナリズムに火をつけるようなものですが、アマチャンのやることは碌なことにならない道理です。

一方ではこの10年余りの間、日本の労働者は鍛えられていると言って良いでしょう。しかしそこでは労基署に駆け込んだり訴訟を起こしたりという個別の闘争という形態が有効になっています。日本では法律が企業を「暴動」から守ってくれているのです。しかしながら甘やかされた奴に限って感謝の念というものを知りませんから、そんな法律のない国に行ければ良いなと思い、そして実際に行ってしまい、死人を出しますが、死ぬのは「現地人」ですからどうでもいいことだったりします。それでめでたしめでたしということになるのかも知れませんが、日本でも40歳定年制などといって企業をもう一回鍛え直してやろうという気運が高まっていますから、日本でも人事担当者が何人か死ぬことになるのが明日の心だ。
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2012年07月19日

人手不足で質も低いのよ

エネルギー聴取会 多様な意見を封殺するな


 エネルギーと環境の基本政策について国民の声を聞く政府主催の意見聴取会の運営方法が見直された。電力会社社員らが原発利用に関する考えを述べたことが批判されたためで、今後はこうした発言を認めないことにするという。

 だが、意見聴取会は原発を含めて将来の最適な電源構成を検討する場であるはずだ。電力会社社員が自らの知見を生かし、原発の必要性を訴えることが、なぜ問題視されるのか。

 野田佳彦政権は、エネルギーに関する多様な意見を封殺することがあってはならない。

 政府のエネルギー・環境会議は平成42年の原発比率を「0%」「15%」「20〜25%」とする3つの選択肢を示した。8月初旬まで全国11カ所で意見聴取会を開く。グループで議論する「討論型世論調査」を経て、来月末には新たなエネルギー政策を決める。

 15日の仙台市と16日の名古屋市で開かれた聴取会では、電力会社社員が意見を述べた。「原発0%は(経済的に)破綻したシナリオだ」「原発比率は20〜25%が望ましい」と主張した。

 これに対し、脱原発派の批判が集まり、聴取会を担当する古川元久国家戦略相は、首相の指示を受けて「電力会社社員の意見表明はご遠慮願う」と新たに制限する方針を示した。次回から意見表明者に対し、事前に「電力会社社員かどうか」を確認するという。

 しかし、意見表明は国民の応募を受けて政府が無作為抽選によって決めたものだ。出席した電力会社社員は自ら所属を名乗った上で意見を述べている。原発の安全性などについては技術的知識も必要だ。問題化した「やらせメール」とは全く次元が異なる。

 政府は、意見聴取や世論調査を「国民的な議論」の一環と位置づけている。それならば、脱原発や反原発だけでなく、原発の維持・推進を求める意見も公平に聞く必要があるのは当然だ。

 原発利用の3つの選択肢そのものにも、産業界の反発は強い。経団連は、「たとえ25%の原発利用が認められても、経済成長に必要な電力は確保できない恐れがある」と批判している。

 電源構成は国の将来を左右する重要な問題だ。野田首相は国民の意見を聞きながら、最終的に安価で安定的な電力供給を確保できる道を選ぶ責任がある。

2012年7月18日 産經新聞


将来にわたって「放射能の影響で亡くなる人は一人もいない」ってのがどんな種類の「技術的知識」に基づくものであるのか定かではありませんが、まあ確かにこれは「電力会社社員が」電力会社社員としての「知見を生かし」、電力会社にとっての「原発の必要性を訴え」ていたのでした。

色んな所にそれぞれ電力会社があるんですが、どうせ言いたいことは一緒ですから「多様」ですらありませんが、これは電力会社の人が電力会社の都合を言いに来ただけでありまして、こういうのは「意見」とは言いません。それは局所的な利益関心の表明以上のものではなく、あまり人前で大きな声で喋るようなものではないのです。産經新聞様のお好みの例で言えば、これは死刑廃止論を唱える人が全員死刑囚だったら、産經新聞はそれをどう扱うか、とゆーよーなことなんですが。

同じ理由で「産業界の反発」を引き合いに出すのも当を得ないものです。産經新聞の「主張」で正しいのは「安価で安定的な電力供給を確保できる道を選ぶ責任がある」という所だけです。電力会社から給料をもらってやっとこさ生きているというわけではない人の「技術的知識」によれば、それは核発電ではありません。それは「安価」でもなければ「安定的」でもないのです。ところが産經新聞は、どうも核発電が「安価で安定的」だと思っているようなのです。その証拠に「安全な」という形容詞が使われていません。それはお世辞にも「安全」とは言えないシロモノなのですし、さすがにそれくらいの「技術的知識」は持っているらしいんですが、「安全」でなくてもいいや、という「知見」を電力会社や産業界と共有しているんですからバカは死ななきゃ直らないのは5年経っても10年経っても変わりません。
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2012年07月18日

更に人手不足でこの暑いのにホントにもう

電力社員の意見表明認めず=「疑念生じさせるな」と首相指示―エネ政策の聴取会


 政府が主催する将来のエネルギー政策に関する意見聴取会で電力会社社員が原発推進の意見を述べた問題で、政府は17日、電力会社や関連会社の社員による意見表明を認めない方針を決めた。野田佳彦首相が、首相官邸を訪ねた古川元久国家戦略担当相に「聴取会に対するいささかの疑念も生じさせてはいけない」と指示した。

 聴取会で意見表明する人は、申込者からコンピューターで抽選している。22日に札幌、大阪両市で開く次回聴取会からは、当選段階で確認し、電力会社などの社員の場合は参加を断る。参加を受け付けるホームページなどで、団体組織ではなく個人として意見を述べるよう要請する。

 また、枝野幸男経済産業相は18日、インターネットなどを通じたパブリックコメント(意見募集)への組織的対応を自粛するよう、電力各社を指導する。

 その一方で、聴取会で意見表明する人数を現在の1会場当たり9人から12人に増やす。政府は2030年の原発比率を0%、15%、20〜25%とする三つの選択肢を示しているが、傍聴者に対するアンケート調査では、0%について意見表明を希望する回答が多い。このため札幌、大阪両市の聴取会では、増やす3人をすべて0%への意見表明に充てる。

 三つの選択肢以外について意見表明を望む声もあり、28日の富山市での聴取会以降は、そうした声に対応する枠も設ける。

 聴取会は来月4日まで全11市で開催予定。しかし、15日の仙台市で東北電力執行役員、16日の名古屋市では中部電力課長が原発推進の意見を表明し、批判が出ていた。 

2012年7月17日 時事


これはやっぱり「中部電力課長」の岡本さんですか、「放射能で亡くなった人は一人もいない」という勇まし過ぎる強弁がアダになりましたね。東大に喧嘩売ってんのかと思いましたけど、正確には「福島第1原発事故で、放射能の直接的影響で亡くなった人は一人もいない」と言っていたわけだ。まあ、よく知ってるもんだ、と思います。確かに「福島第1原発事故で、放射能の直接的影響で亡くなった人」について報道されたり、東電や政府が発表したりはしていませんが、だからといって「一人もいない」ってのは、ちょっと確信が持てません。隠してるんじゃないか、という疑いを払拭できるものは何もありませんから、東電や政府が発表しないことはそれが存在しないことの証明にはなり難い様です。

てゆーか、岡本さんたら「今後5年、10年で変わらない」なんて未来の事まで根拠も無く言っちゃうもんだから、その直前に喋ったことまで信用されないわけですが、要するに電力会社社員のパフォーマンスが思わしくなかったのでした。政府も仕方なく「お前らもう出て来るな」と言わざるを得ません。連中は何かというと電力会社に勤務していることを鼻にかける、てゆーか会社の名前を出すと店の女の子にモテたり、相手が恐れ入ってしまうというようなクセがついてしまっていますから、言ってはいけない所でもついつい不要な自己紹介をしてしまうのです。

というわけで明らかな間抜けを排除することにはなったものの、問題は残ります。仙台の5人のうち間抜けが2人いまして、これは今度からいなくなります。安心です。しかし残りの3人東京の人が2人、神奈川から1人来ているんですが、これが「いささか」どころではない「疑念」を生じさせているのです。「いささかの疑念も生じさせてはいけない」のであれば、こういう遠隔の他地域からわざわざいらっしゃる方々も襟首をつかんでケツを蹴っ飛ばして追い出した方が良いのではないでしょうか。

勿論考えてみればそんな事は出来ません。そんな事をすれば「15%」や「20〜25%」の人が1人もいなくなってしまいますから役人が困ります。役人思いの野田さんは、そんな無理難題を押し付けたりしないので優しい人だと言われています。とにもかくにも3人ずつ揃えなければならない、というのがお役人様の仕事なのですから、地元にいなければ遠くからでも呼んでくるのが彼等の仕事です。場合によっては一時的に会社を辞めてもらったり、住民票を移してもらったりというような手間が増えるわけですが、そこを面倒がらずにやってのけるのが「有能さ」というものです。選挙の時にいつもやってるからお手の物だ、という人が必ずいるものですから、手伝ってもらうのもひとつの方法ですよ、というのはちょっとしたヒントです。
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2012年07月17日

業界は人手不足

仙台聴取会 騒然 発言者に東北電と原発推進団体幹部


 政府は十五日、将来の原発比率について国民の意見を聴く二回目の意見聴取会を仙台市で開いた。抽選で選ばれた九人の発言者の中に、東北電力や原発推進団体の幹部二人が含まれ、「原発が不可欠」など従来通りの主張を展開し、会場から批判の声が上がった。

 聴取会は、政府が提示した二〇三〇年時点の原発比率(1)0%(2)15%(3)20〜25%の三案に対し、抽選で選ばれた各三人が意見を述べる形式。この日は進行側の手違いで、0%案四人、15%案二人、20〜25%案三人だった。

 このうち、原発の新増設を前提とする20〜25%案に対し、東北電力の岡信慎一執行役員(企画部長)は「会社の考え方をまとめて話したい」と切り出し、電力の安定供給などを理由に、原発は必要と自社の主張を述べた。

 また、原子力推進を目的に企業や商工団体などで組織する東北エネルギー懇談会の関口哲雄専務理事(元東北電力執行役員待遇)は「政府の案は再生可能エネルギーを大きく見積もりすぎだ」と、原発の積極的な活用を訴えた。

 広く国民の意見を聴くはずの会が一転、原発推進団体の会と化し、参加者からは「被災者をばかにしているのか」など非難の声が上がった。司会者が「お静かに」を連発するが、会場の怒りは収まらず、一時中断した。

 会場にいた仙台市の男性会社員(35)は「推進の考えでも、一般の人の意見を聞きたかった」と憤っていた。

 事務局によると、聴取会には百七十五人の参加応募があり、抽選で百三十人を選んだ。うち意見表明を希望したのが九十三人で、0%案が六十六人、15%案が十四人、20〜25%案が十三人。

 これほど差があるのに、バランスを取ろうとするため、0%を支持した人はいずれも宮城県の人だったのに対し、15%と20〜25%案は東北電力関係者二人のほか、東京都の会社員二人、神奈川県の会社員一人と、いびつな発言構成となった。

 岡信、関口両氏は取材に対し、会社や組織からの依頼で応募したことを否定した。

 政府代表として出席した細野豪志原発事故担当相は「抽選で選ぶので仕方ない。福島で開催するときは一般の県民の声が聞けるよう選び方を考えたい」と話した。

2012年7月16日 東京新聞


そもそも無理があったわけで、3つのカテゴリーから必ず3人出さなきゃいけないことにしちゃったところが、なんと「20〜25%案」の発言者のうち2人が東北電力の関係者になってしまいました、と細野さんは言っているわけですが、「抽選で選ぶので仕方ない」かどうかは不明です。

希望者は13人いたそうですが、この人たちがどういう立場の人なのか分かりません。全員電力会社の関係者である可能性も存在します。てゆーか、「15%と20〜25%案は東北電力関係者二人のほか、東京都の会社員二人、神奈川県の会社員一人」という状態をみると、電力会社関係者や他地域の人を除くとすると、発言者の数が確保できないのではないでしょうか。

確かに「やらせ」である可能性は否定できません。特に「15%」の人について詳しく知りたいもんだ。しかしながらもしかすると、「20〜25%案」を支持する人が電力会社関係者以外にはほとんど見当たらない、というだけのことなのかもしれないのです。つまり「男性会社員」の希望するような「一般の人」の「推進の考え」を聞くことは、そんな「一般の人」がなかなか見当たらないことから、実は極めて困難なことである可能性があります。

この意味では、とにかく3人出さなければならない中でなんとか頭数を揃え、発言者は自分が東北電力の幹部であったり関係団体の理事であったりすることを隠さず語る、てゆーかむしろ「会社の考え方」を喋っちゃったわけですが、それはそれで「仕方ない」とは言えそうであります。

とはいえ、岡信さんが「会社からの依頼で応募したことを否定」したというのは怪しいもんです。執行役員というのはただの部長ですから、個人の資格で出て来て勝手に「会社の考え方」を説明したりしてはならず、それは会社に対する背信行為となり得ます。多分、岡信さんが「否定」したのは「依頼」という部分でしょう。彼は会社からの「命令」で応募した、と言いたいのです。もっとも本当に「応募」したのであればですが。実際には「20〜25%案枠」が空いてしまったので政府が東北電力に誰か出すように「依頼」した可能性も否定できません。

ところで、こんな場合、「希望者」の比率に応じて発言者の数を変えることも考えられます。確かに実態を見ればそうしておいた方が良かったようにも見えますが、少数意見を尊重することを考えれば、各カテゴリーの発言者を互いに同数にすることには意味があるでしょう。

もっとも、この場合は「(1)0%(2)15%(3)20〜25%」とのカテゴライズは政府と電力会社が決めたことであり、「15%」とか「20〜25%」は「意見」ではありません。むしろそれは、そのような「意見」が存在するかのように偽装するために設定された「選択肢」であり、最初から誘導的な「悪い」アンケートの結果なのでした。しかしまあ、いずれにしても「原発推進」はほんの少数の人のためのものですから、一般的に言って人が足りません。そこでこういう時に「一般の人」がいなくて困ることになるのです。
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2012年07月08日

脳がとける15の習慣

meltdown.jpg

これが一応そのアレだ、とはいうものの、正確に言ってこれは「脳がとけ」てはいません。溶けているのはむしろ頭蓋であって、溶けた頭部から溶けていない脳髄が落っこちて来ちゃっているように見えるのではないでしょうか。

もっとも、実際のところ「脳がとける」という事態を画にしてみろ、と言われたらこういう風にするしかないようにも思えます。恐らく、「溶けた脳」を絵に描いてみても、それは脳には見えないでしょう。そして頭蓋骨の中で脳が溶けていたとしても、それは外からは見えないのですから描きようがありません。

そういうわけで僕たちはこの「脳を落としている人」の画を「脳がとける奇病の絵」ということで素直に受け取っている次第です。一方で「脳が溶ける奇病」といえばフォーラーネグレリアなるアメーバが脳を食い荒らすということが知られていますが、これなどはむしろ『吸血鬼ゴケミドロ』のイメージでしょう。

あのアメーバみたいなのは、高英男さんの頭蓋内に侵入するにあたって脳を食べているに違いありません。どう考えてもそうでもしなければ狭くて仕方がないのです。もっとも、食べたところで多少嵩は減るかも知れませんが、その分ゴケミドロの腹は膨れるわけですから、事態が劇的に好転することは期待できません。恐らく、脳は額のワレメちゃんから少しずつ排泄されるようになっているのではないか。

少し汚い様ですが、そんなことでは折角の白いスーツが台無しですからそこら辺はどうなっているのかよく分かりません。いずれにしても「吸血鬼」ということですから他人様を襲わなければならないところ、怪しまれずに近づくのが常套であるはずなんですが、おでこにワレメはアヤシ過ぎるものがあります。そういう人を見たら逃げた方が良さそうです。

実際のところ脳が溶けた吸血鬼は誰にでもすり寄っていくそうで、

【社説】「闇将軍」小沢氏に日本再生のチャンス与えた消費増税


 過去20年間にわたって消費増税を政治家に働きかけてきた日本の財務省がついに、思い通りの結果を手に入れた。6月26日に衆議院を通過した法案は、現行5%の消費税率を2014年4月に8%、2015年10月に10%にまで引き上げるというものだった。官僚たちは金融危機を防ぐために必要な措置だと言うが、経済に占める政府の割合が拡大されるのも事実である。これにより官僚はさらに大きな力を握ることになる。

 この法案の可決によって得をしたのは財務省ぐらいだろう。6月6日付の朝日新聞の朝刊に掲載された世論調査の結果によると、回答者の56%は増税に反対していた。経済にとっても痛手となるはずだ。結果として、野田佳彦首相が率いる政権の余命はいくばくもなくなった。

 野田首相が代表を務める民主党所属の衆議院議員のうち57人がこの法案に反対票を投じた。野党である自民党、公明党の協力で衆議院を通過した同法案だが、参議院での可決後、両党は衆院解散・総選挙に追い込むため内閣に不信任案を提出することを明言している。

 これで優位に立ったのが、民主党内で造反を主導した小沢一郎氏である。その駆け引きのうまさから「闇将軍」として知られる同氏は民主党を離党し、新党を結成するとみられている。小沢氏への国民の支持は、4月に政治資金規正法違反事件で無罪となったこと、消費増税に長年反対してきたことなどが好感されて高まることもあり得る。

 そうなれば日本にとっては朗報である。小沢氏は減税と官僚制度改革に的を絞った新党設立のために自民党からの離反者を取り込んだり、選挙戦術を駆使したりするかもしれない。経済政策をめぐる論争がついに公の場に移され、1980年代のバブル崩壊からずっと問題を先送りにしてきた一連のコンセンサス主義の短命政権とは違う選択肢が有権者に与えられるかもしれない。

 これに似たことが起きるのではという期待感は、小沢氏の力で民主党が自民党に大勝し、政権交代が起きた2009年にもあった。しかし、初めて与党になった民主党の政治は、公的部門の組合の支持に頼っていることもあり、過去の保守的な党派政治に姿を変えてしまった。政治家が財務省の圧力に抗うのは容易ではない。というのも財務省には公共支出を各選挙区に振り分ける権限があり、これで政治家の再選を後押しすることも可能だからである。結局、消費増税をする前に行政機関を徹底的に見直し、無駄や不正を排除することを約束した民主党の選挙時のマニフェストが守られることはなかった。

 財務省の支配から脱却するには、米国の保守系草の根運動「ティーパーティー(茶会)」のようなものが必要になろう。日本の保守的な政治制度では無理なことのようにも思えるが、勇気づけられるような兆候もある。たとえば、大阪市や名古屋市で勢力を誇っている地域政党は「大きな政府」に異議を唱え、自由主義市場原理経済派のみんなの党もまだ小規模ながら全国的な支持を集め始めている。

 増税の開始が転換点になるかもしれない。1997年に消費税率が3%から5%に引き上げられた時のことを振り返ってみよう。経済はそれまでプラス成長を示していたが、翌四半期には前期比で2.9%、年率換算では11.2%も縮小し、1974年以来で最大の下げ幅となった。好調だった輸出の伸びがなければ、その縮小幅は14.7%にもなっていたという。消費の低迷はその後も続き、自動車の販売台数に至っては減少が32カ月間も続いた。

 その影響が政治に現れるのにも長い時間はかからなかった。翌年、自民党は参議院の議席で過半数を失い、当時の橋本龍太郎首相は辞任に追い込まれた。景気がようやく回復したのは、小沢氏が当時代表を務めていた自由党が自民党との連立の条件として減税を要求してからのことだった。

 小沢氏を説得力のある改革の先導者候補にしているのは、同氏の官僚制度に対する根深い不信感である。衆議院で民主党を過半数割れに追い込むには、小沢氏は少なくとも54人の民主党議員を引き連れて離党する必要がある。

 「小沢チルドレン」と呼ばれる初当選議員にとって財務省に刃向うことは、大きなリスクとなる。そうした造反議員たちが慰めを見出せるとしたら、それは国民の間で広がっている無駄な政府支出や失敗に終わったケインズ主義的な景気刺激策に対する不信感だろう。既得権益という時限爆弾は早急に処理されるべきであり、景気回復は規制緩和によって実現されるべきである。さもないと日本はギリシャのような危機に直面することになるだろう。今の日本に欠かせないのは、こうした議論を始めることである。

2012年6月29日 ウォール・ストリート・ジャーナル


しかしこれは、むしろ巧妙な小沢攻撃ではないのでしょうか。誰が「ティーパーティー」だの「自由主義市場原理経済派のみんな」だのを望んでいると言うのか。もしそんな事になるんであれば小沢さんが支持を得られなくなるのです。これは陰謀に違いない。

かと思ったらオデコに「聖痕」のあるおにいさんはまだまだいるそうで

『小沢一郎の離党と今後の政局について』
2012年7月3日 17:08


今回の小沢氏による「離党騒動」については、主要メディアが挙ってネガティブな見解を示しているというのが現況です。


勿論、主要メディアがそうした形になるということを小沢氏自身もある意味分かっていたとは思いますが、分かっていたにも拘らず敢えてその道を選んだという彼の純粋さのようなものに今回私は驚きました。


小沢氏というのは「権力の亡者」であるかのようにマスコミ通じて喧伝され続けていますが、例えば自民党に所属していれば疾うの昔に総裁・総理になることが出来ていたにも拘らず、彼は敢えてそれを蹴飛ばしたような人物です。


要するに「権力の亡者」であるならば、普通は今回のような離党劇を演じることはないわけで、必ずしも権力だけを追及するような人物ではなく、寧ろ非常に純な人ではないかと思います。
そして彼が何に対して純かと言えば、自分自身の信念に対して非常に純な人なのであろうという気が私はしています。


小沢氏は毀誉褒貶の激しい人物であり、例えば2010年10月に検察審査会が2度目の「起訴議決」を下す前に行われた民主党代表選の時にも丁度悪い噂が流れたわけですが、今回も「妻の離縁状」とされるコピーが投票日近くに国会議員等にばら撒かれたように何か極めて恣意的なものを感じています(※1)。


今回我々が見たものは官に追随する民自公の連中と小沢一郎という政治家との戦であったというふうに私は捉えていますが、その戦いの結末が如何なるものかと言えば民主党という政党が終焉を迎えたということなのだろうと思います。


民主党は分裂したものの衆議院での「議席は251となり、与党での単独過半数は維持され」、参議院でも「議席は92となり、自民党などの会派の86議席を上回り、第一党を維持できる」というのは勿論事実ではあります(※2)。


唯、49名の議員が一挙に党を割り、その上『首相が政治生命をかける法案に異を唱えた「離党予備軍」』として反対票を投じたものの離党届を提出しなかった20名、及び欠席・棄権した15名が未だ党内に残っているわけですから、野田総理の政権基盤は著しく弱体化したということなのだろうと思います(※3)。


振り返って見ますと、民主党政権というのは「自民党では駄目ですから一度政権を担わせてください!」と国民に熱心に訴え掛け2009年夏に誕生したものの、結局はマニフェストに「書いてあることは命懸けで実行」せず、消費税増税等のマニフェストに書いていないことを一生懸命実現しようとしてきたわけです(※4)。


そして、消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革についても全く以って一体改革の体を成しておらず、そうした状況の中で終焉を迎えてしまったということで、この信を完全に失った民主党という政党に対しては今後党首が誰に代わろうとも国民は二度と与党としないことでしょう。


『論語』の「顔淵第十二の七」にも政治の要諦に関して「信なくんば立たず」と述べられていますが、やはり先ずは国民との約束をきちっと一つ一つ履行するのが政権にとって最も大事なことであると思います。消費税増税については実施しないと彼らのマニフェストでも鳩山元総理も国民に言ってきたわけです(※4)。


では自民党が次期衆院選で勝ち得るのかと言えば、野党としても駄目という烙印を押された政党に対して民意が集まるというふうには考え難く、小沢氏も「オリーブの木みたいな形でやればいい」と最近言い出していますが、恐らくどの政党も大きな票を獲得出来ないという状況が生じるのではないかと思います(※5/※6)。


そういうふうに小沢氏自身も考えているからこそ、今回先ずは50人程度を固め出来るだけ多くの人間が次の選挙で勝ち抜いて行けるようにすべく、嘗ての選挙でも小沢氏が見せたある種のポピュリズムを利用しながら、それに上手く乗っかる形で数を維持して行こうとしているのでしょう。


これから後、小沢・橋下の連携という展開もあり得るかもしれませんが、小沢氏は橋下氏を橋下氏は小沢氏を夫々利用すれば良いと思いますし、2人が手を組めば一つの革新が生まれるのではないかという気もします。


即ち、今の日本を救うのは大幅な規制緩和による構造改革以外にないと私は考えており、民主党政権では為し得なかった政官財及びマスコミといったものの癒着構造を叩き潰すということ、あるいは私がずっと指摘し続けている「農地法」(法令番号:昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号)等の戦後直ぐに作られたような法律の抜本的な改正といったことも含め、革新が生まれるのではないかというふうに思うのです(※7)。


今回の小沢氏の一連の言動について賛否両論あるとは思いますが、メディアにおける逆風が吹き荒れる中で党を割ったということで「小沢には信がある」というふうに見た人も結構いたのではないでしょうか。
少なくとも自身の主義主張を簡単に曲げてマニフェストに書いてあることは実行せず、何も書いていないことを政治生命を掛けて実現しようなどという人間よりも、小沢一郎という人物の方が評価が出来ると私は考えています。

参考

※1:Yahoo!ニュース「民主党・小沢元代表の政治資金問題」

※2:2012年7月2日ニューズウィーク日本版「小沢氏ら50人が離党届、民主党分裂」

※3:2012年7月3日日本経済新聞「小沢系、対応分かれる 山田元農相ら離党届出さず」

※4:2012年5月7日北尾吉孝日記『今後の政局と消費増税・TPP』

※5:2012年4月17日北尾吉孝日記『トップの資質』

※6:2012年7月1日YOMIURI ONLINE「小沢新党との連携、石原氏・維新は否定的」

※7:2011年8月23日北尾吉孝日記『民主党代表選と小沢一郎』

北尾吉孝日記


どうも何か勝手な妄想を書いているようですが、これは北尾さんの希望的観測でしかありません。「革新が生まれるのではないかという気も」する根拠は、なんと「今の日本を救うのは大幅な規制緩和による構造改革以外にないと私は考えてお」るからなのですが、残念なことに北尾さんの脳は小沢さんの頭の中には入っていないのです。どうして自分の考えに従って他人が行動すると考えることができるのか、よくわかりません。

まあ、脳が溶けちゃった人の言うことですからアレですが、「自由主義市場原理経済派」とか「構想改革」だのといった連中が今度は小沢さんに取り憑いてやろうとしているようです。多分、消費税増税が他人を悪者にして都合良く片付きそうなので安心して、知らぬ顔で小沢人気に上手く乗っかる形で金持ちのための政治を維持して行こうとしているのでしょう。何だか知りませんが賢者は歴史に学ぶそうです。なるほどですね。最近「なるほどですね」って言う人がいますが何なんだアレは。
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2012年07月05日

放射脳がとける奇病

事故調“規制当局は事業者の虜”


国会の事故調査委員会は、原子力安全・保安院など国の規制当局に対して、「専門性の欠如などから、事業者の虜(とりこ)となり、事業者の利益を図ると同時にみずからの責任を回避してきた」と厳しく批判しました。

国会の事故調査委員会は、規制当局が、原子力の安全を監督する立場にありながら、電力会社で作る電気事業連合会による働きかけによって、安全性に疑いが生じるような基準の採用を必要なものでも見送ってきたと指摘しています。


また、規制当局も事業者も「もともと原発の安全は確保されている」という立場に立っていて、安全性に疑いが生じるような内容について、非公開の場ですり合わせるなど、透明性が確保されていたとは言い難いとしました。


さらに規制当局の方が事業者に比べ専門性に乏しいことから、基準について事業者側の提案を受け入れるといった方法がとられることもあり、規制当局の独立性も疑わしいと指摘しました。


そのうえで、規制当局と事業者の関係は、必要な透明性と独立性が確保されることはなく、まさに「虜(とりこ)の構造」といえる不健全な関係だったと厳しく批判しました。


ほかにも国会の事故調査委員会は「規制当局は原子力の推進官庁からの独立性も形骸化し、その能力においても国民の安全を守るには程遠いレベルだった」と指摘しました。


そのうえで「規制当局は組織を変えるだけでなく、実態を抜本的に転換しないかぎり国民の安全は守られず、変化に対応し、継続的に自己改革を続けていく姿勢が必要である」と結論づけています。

2012年7月5日 NHK


「規制当局の方が事業者に比べ専門性に乏しいことから」という「専門性の欠如」の強調はいかにもNHKらしい歪曲であると言えるでしょう。「虜」になったのは、なにも規制当局がバカだったとか、知識がないとかいうことからばかりではありません。まあ確かにそれも事実の一半をなしてはいます。連中はバカだ。

報告書の要約版によれば

東電は、新たな知見に基づく規制が導入されると、既設炉の稼働率に深刻な影響が生ずるほか、安全性に関する過去の主張を維持できず、訴訟などで不利になるといった恐れを抱いており、それを回避したいという動機から、安全対策の規制化に強く反対し、電気事業連合会(以下「電事連」という)を介して規制当局に働きかけていた。


わけですが、「規制当局」の方も「専門性の欠如」のみならず

過去に自ら安全と認めた原子力発電所に対する訴訟リスクを回避することを重視したこと、また、保安院が原子力推進官庁である経産省の組織の一部であったこと等から、安全について積極的に制度化していくことに否定的であった。


のでした。「安全神話」を守るためには迷わず「安全」を犠牲にすることを選択することにしていたわけですが、それというのも「原子力」は「国策」だったんだから仕方がなかったわけです。これではいくら「規制当局」に高度な「専門性」が存在したとしても何にもなりません。

これは「虜の構造」てゆーか単なる「規制の不在」でしかありませんが、黒川さんによればこれはスティグラーの「捕獲理論」なんだそうです。スティグラーさんはこの理屈で、政府による規制は独占業界の利益に奉仕することになる、と主張しておられます。例えば床屋に流し台を付けろとか。それはそれで困ったことですが、ここでスティグラーさんは反対側の極端に振り切ってノーベル賞をかっさらいます。曰く規制より自由市場が有効である。

よく考えなくてもこれはまた別の「規制の不在」に他なりませんが、スティグラーさんが核技術にまで市場原理主義を押し通すつもりがあったのかどうかは不明です。いや、もしかしたらその辺は簡単に考えて取りあえず原則的な立場を押し通すのかも知れませんが、今頃になってそんなことを言い出したらやはりちょっとどうかしてると言われても仕方がありません。

東電が「安全対策の規制化に強く反対し」たのは市場での独占的地位を守るためではありません。そんなものは特に守る必要もないほど当たり前のことだったんです。それでも「稼働率に深刻な影響が生」じたり「訴訟などで不利になる」のがいやだったので規制の強化に反対したのでした。

ところが事故調の報告書では

本来原子力安全規制の対象となるべきであった東電は、市場原理が働かない中で、情報の優位性を武器に電事連等を通じて歴代の規制当局に規制の先送りあるいは基準の軟化等に向け強く圧力をかけて来た。


などと、まるで「市場原理が働かない」ことが「事故の原因」のように書いているのはアタマがどうかしているのか脳が軟化しているのかわかるません。核発電業界に「市場原理」が働いていたら、という仮定そのものが極めて空想的なんですが、「市場原理」が「安全性」を高めるという想定はそれ以上に非現実的です。おそらく競合する電気事業者は価格競争に陥った挙げ句「安全性」を犠牲にすることになるでしょう。あるいは技術格差によって独占が生じますが、独占企業自身が「安全性」のために犠牲を払うことを考えることは困難です。

国を挙げて間違った方向に突き進んでいるところに「市場原理」などに出る幕はありませんし、「市場」は業界と産業の利益のためにのみ機能します。市場は「公共」という言葉を知らないか、知っていても遥かか彼方で肯定されるだけの否定的要素でしかありません。いずれにしてもこんなところにもシカゴ学派の医師という世にも珍なるシロモノが忍び込んでいるんですから要注意ですが、しかしながら考えてみたら何だって連中の手にかかれば人殺しの道具になるわけで、その点では核発電などはむしろ優れた道具であることは間違いありませんから、別に矛盾したことを言っているわけではありません。
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2012年07月03日

永田町ゲリラ教程

“剛腕”の求心力に陰り…小沢氏誤算、離党ドタキャン2人


 民主党の小沢一郎元代表は2日、野田佳彦首相の消費税増税方針に反対し、支持グループ議員と共に離党届を提出した。衆院38人、参院12人の計50人。週内にも新党を結成する方向で、党分裂へ発展した。しかし、離党届を土壇場で撤回する議員が2人現れ、小沢氏の側近も離党を先送りするなど、ほころびも露呈。100人超を誇った党内最強グループの同調者は半数に及ばず“剛腕”の求心力に陰りが見えてきた。



 離党届は小沢氏側近の山岡賢次副代表らが輿石東幹事長に提出した。



 小沢氏はその後、国会内で記者会見し、正式に離党表明。消費税増税をめぐる首相の対応について「国民との約束を守ろうとする者たちを処分するというのは本末転倒だ」と痛烈に批判した。「もはや野田首相の下での民主党は政権交代を成し遂げた民主党ではない」とし、新党結成の意向も示した。主要政策に、消費税増税先行の反対と脱原発を掲げる。



 離党組からは「第2弾、第3弾と続く」と威勢のいい声が出たが、離党への“造反”が水を差した。離党届を小沢氏に一任していた階(しな)猛、辻恵の両衆院議員が「了解なく提出された。無効だ」と土壇場で撤回、党に残る意向を示した。階氏は小沢氏の地元・岩手1区選出。辻氏は弁護士として小沢氏の裁判闘争を支えた人物だ。



 民主党幹部は離党届に関し「日付が入っていないなどの不備があり、現時点では受理できない」と再確認を求めており、今後さらに離党への“脱落者”が出てくる可能性もある。



 さらに、地元選出の黄川田徹衆院議員(岩手3区)は離党届提出を見送っており、小沢氏側近の山田正彦元農相は離党を先送りした。6月の法案の衆院採決で反対した小沢グループは45人。このうち7人が今回の離党に同調しなかった。



 小沢氏はこの日夜、離党届を提出した参院議員らと会食し「国民が私たちを後押ししてくれる。いろいろな連携も必要だが、民意を得て政権党に必ず復帰する」と言い切った。しかし、各世論調査で小沢新党の支持率は低く、橋下徹大阪市長が率いる大阪維新の会は連携に否定的。小沢氏は会見で新党の結成時期を「まだ言える段階ではない」と口ごもるなど、今後の展望は見えていない。



 今回離党したのは選挙基盤が弱い1年生議員が3分の2を占め、次の選挙に勝算が見いだせない議員が寄せ集まっているのが実情。小沢氏の影響力に陰りも見え、100人を超えるとされた「小沢軍団」は溶解が進み、剛腕神話にたそがれが忍び寄っている。

2012年7月3日 Sponichi Annex


なんだそうです。「離党への“造反”」というのは多分「残置諜者」のことでしょう。むかし小野田さんがやっていたアレですが、敵に占領された地域に残留して、反撃に備えて諜報活動を行うという、ツライ任務であります。その逆は「先遣諜者」であって、攻撃を行なう前に敵地に潜入させるんですが、そういう人もいるかも知れませんので注意が必要だというわけですが、いずれにしても政界は遊撃戦の状況を呈しつつある様ですから松下政経塾より陸軍中野学校のほうが参考になりますし、毛沢東ぐらい読んでおかないといけないらしい。

今後の民主党としては消費税を上げたらもう他にやる事のなくなる野田さんは廃棄する事として、総選挙に至る過程で選挙に勝てる「顔」としての代表を立てる事が出来るかどうか、多分そんな人は誰もいないんですが、やっていることがやっていることなので大敗が約束されている状況であって、今や民主党は「次の選挙に勝算が見いだせない議員が寄せ集まっているのが実情」なのですから、「第2弾、第3弾」がボロボロと出て来るでしょう。

てゆーか自民党にだって「三等」からは遠い人もいますから、そっち方面も崩れていく可能性もあります。「三等政治」が続く限りは、そのようなプロセスを通じて「三等」の「溶解が進み」、まあ良く言えばいわば「純化」てゆーか「純ちゃん化」されていく一方で、そっから離れてった人たちが小沢さんを核として集結するか、てゆーか小沢さんはそのつもりなんでしょう。橋下さんは例によって「連携」には2万パーセント「否定的」です。ということはつまり碌でもない人たちが集まってくる可能性もあるわけですが、まあ政界の事ですから仕方ありません。一般の人たちによって「デモ」という手段が所有された事の方がよっぽど重要でしょう。
posted by 珍風 at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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