2012年11月13日

老いた大腸の党

世界はともかくとして、これが全くもってパロディなのは明白です。眼を焼きつくす太陽の、愚劣きわまるパロディ。

石原氏、太陽の党旗揚げ…「第3極」結集目指す


 石原慎太郎前東京都知事は13日夕、都内のホテルで記者会見し、「太陽の党」の結成を発表した。

 石原氏と平沼赳夫元経済産業相が共同代表に就任した。石原氏は記者会見で「この国はもっとしたたかに、強くなれる。(日本は)それができると思うし、しなければならない」と決意を語った。

 太陽の党は、平沼氏が代表を務める、たちあがれ日本を母体に結成された。石原氏は民主、自民の2大政党に対抗する「第3極」の結集を目指しており、日本維新の会(代表・橋下徹大阪市長)などとの連携に意欲を示している。

          ◇

 会見で、石原氏は「太陽の党は一過程に過ぎない。選挙前に必ず大同団結する」と第3極の結集に意欲を見せた。

 会見の冒頭、「暴走老人の石原であります」と切り出した石原氏は、「心の通う同志と、国のために働かないといけないと決心した」と述べた。

 また、次期衆院選について、石原氏は「自民、公明で過半数は許せない」とも述べた。

2012年11月13日 讀賣新聞


「第3極」が「結集」するわけではありません。「結集」していなければそこに「極」があることが分かりませんが、「極」がなければ「結集」も起こらないわけです。つまり「結集」すればそこが「極」ということになりますが、それが「第3極」なのか「第4極」なのかは不明であります。僕の部屋の隅の方ではゴミを中心にホコリが「結集」していますが、自然の摂理と言うべきでしょう。

シンボルマークとフォントを見れば、これが下手な冗談以上のものではないことが誰にでも分かる仕組みになっておりますが、少なくとも「暴走老人」の称号は石原さんに相応しいものではないでしょう。彼は「暴走」はしません。しませんが、政界を「徘徊」したい希望はある様です。美しい「暴走」は孤独ですが、「徘徊」はその決定的な速度の欠如からして人なつこいものです。1人で死ぬより結集して死ね。

実際のところ徘徊には手引が必要なのです。誰か家に連れて帰ってくれる人が一緒にいなければ、それこそ本当に1人で死んでしまいます。死んでしまっても構わないのですが、おめおめと生き存えた老残の似非前衛はもっと生きていたいのです。気持ちは分からないではありません。もっとも、石原さんが徘徊し橋下さんがそのお供をして、二人で好きなことをして遊んでいられるのも、東京都や大阪市の官僚が優秀な証拠なのかも知れません。

良いご身分、としか言いようがありませんが、持つべきものは優秀な部下であります。もしかすると優秀ではないのかも知れませんが、それはともかく「太陽の党」とはいくら何でもあまりといえばあんまりですが、「みんなの党」以来、そういう名前のつけ方が流行っているのかも知れません。菅原文太さんは「いのちの党」だそうで、これまた「自然農法」だとかの、こう言ってはナンですがいささか肥担桶臭い、てゆーか胡散臭いことをおやりになるそうで、何だかわかりませんが、これだって「極」かも知れません。

とはいえ、そこはシティボーイの石原さんのことですから、表立ってウンコを担いで回ることはしない様です。もっとも、何しろ「徘徊老人」のことですから、自分のウンコを弄んだりするのは得意中の得意であるという話しもあるみたいですから油断は禁物であります。もとより、彼は常日頃から口からウンコを出していることで知られていますが、「太陽の党」は80歳の肉体がもつ不潔な肛門なのです。そこからは衰弱と腐敗が、噴出するのではなく垂れ流されるでしょう。それで要するに言いたいことは、「自民、公明で過半数は許せない」というだけの話です。自分たちも入れて「過半数」になるようになって欲しいらしいのですが、高望みもいいところでしょう。


posted by 珍風 at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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