2013年03月12日

三年目の浮気なら恥部

原発関連死789人 避難長期化、ストレス 福島県内本紙集計
 

 東京電力福島第一原発事故に伴う避難やストレスによる体調悪化などで死亡したケースを、本紙が独自に「原発関連死」と定義して、福島県内の市町村に該当者数を取材したところ、少なくとも七百八十九人に上ることが分かった。死者・行方不明者一万八千五百四十九人を出した東日本大震災から十一日で二年。被災三県のうち福島では、宮城、岩手よりも多くの人が今も亡くなり続けている。原発事故は、収束していない。(飯田孝幸、宮畑譲) 

 地震や津波の直接の犠牲者だけでなく、震災や事故後の避難中などに亡くなった人に対し、市町村は「震災関連死」として災害弔慰金(最高五百万円)を給付している。福島では二十二市町村が計千三百三十七人(十日現在)を関連死と認定。二十市町村はこのうちの原発事故に伴う避難者数を把握しており、本紙で「原発関連死」として集計したところ七百八十九人に上った。南相馬市といわき市は把握していない。

 南相馬市の担当者は「事故後、市全域に避難指示を出した。震災関連死と認定した三百九十六人の大半は原発避難者とみられる」と話しており、これを合わせると原発関連の死者は千人を超えるとみられる。

 二百五十四人が原発関連死だった浪江町では、申請用紙の「死亡の状況」欄に「原子力災害による避難中の死亡」という項目がある。町の担当者は「全員がこの項目にチェックしている。自殺した人もいる」と話す。

 震災関連死の認定数は、福島より人口が多い宮城で八百五十六人(八日現在)、岩手が三百六十一人(一月末現在)で、福島が突出している。復興庁は「福島は原発事故に伴う避難による影響が大きい」と分析している。

 認定数の多さだけではなく、影響が長期に及んでいるのも福島の特徴だ。震災後一年間の震災関連死の認定数は福島が七百六十一、宮城六百三十六、岩手百九十三。その後の一年の認定数は福島が五百七十六、宮城が二百二十、岩手が百六十八。今も申請は続き「収束が見えない」(浪江町)という状況だ。

2013年3月11日 東京新聞


「収束が見えない」わけですが途中集計で震災の被害がまとめてありまして、震災による死者が15,881人、行方不明者2.668人、避難中などに死亡した震災関連死が2,554人です。死者・行方不明者が2万人を越えることになりますが、震災関連死のうち原発事故に伴う避難者の死亡を「原発関連死」として789人ということです。

原発 福島に負の連鎖 県外避難5万7000人


 東日本大震災による震災関連死は福島、宮城、岩手の被災三県で二千五百五十四人が認定され、その半数以上となる千三百三十七人を福島が占める。背景には、原発事故で膨れ上がった避難者数と避難の長期化がある。

 「原発事故は避難者の分母が大きいから関連死という分子も増える。さらに元の家に戻って生活再建ができないところにも厳しさがある」。福島県避難者支援課の原田浩幸主幹は、県内の関連死が多い理由を分析する。

 復興庁がまとめた二月現在の避難者数は、宮城の十一万七千人、岩手四万二千人に対し、福島は十五万四千人。宮城、岩手は県内での避難が大半だが、福島は五万七千人が県外に避難し慣れない生活を送っている。

 復興庁は二〇一二年三月までに震災関連死した千二百六十三人の抽出調査をしている。九割が六十六歳以上で、災害弱者に大きなしわ寄せが生じたことを物語る。

 浪江町の佐藤良樹福祉こども課主幹は「病院をたらい回しされたり、施設機能が止まった病院で数日間とどまることを余儀なくされたりした人もいたようだ」と明かす。南相馬市は県内で医療・介護の中核施設が多く、入院患者千六十七人と六百七十九人の施設入所者がいた。津波被害でいったん市内に避難した後、原発事故で市外避難を迫られた人も多く、長距離移動が死期を早める原因となった。

 ある町では、介護の必要な両親を抱え、震災後の食料不足に悩んでいた男性が、原発事故で栃木県に退避。避難所に到着と同時に急死した。担当者は「原因は震災と原発が半分ずつ」と指摘する。

 避難生活だけが関連死の原因ではない。復興庁の分析では、原発事故のストレスによる肉体的・精神的負担などが、死と直結する人も福島県に三十三人いた。死亡にいたる経過として「原子力災害により心身ともに著しいストレスを受けた」「放射能の不安、今後の家族を心配しつつ体調悪化」などの例を挙げている。

<取材班から>「原発事故死ゼロ」は本当か

 震災の避難生活で体調を崩すなどして死亡した場合、震災関連死と認められる。ならば、「震災の避難生活」を「原発事故の避難生活」と言い換えれば、「原発関連死」と定義できるのではないか。こうした考えから、今回の取材は始まった。

 福島、宮城、岩手の三県で、津波や建物倒壊などの直接的な原因で亡くなった人数の中に占める福島の人の割合は10%。ところが、震災関連死となると52%に跳ね上がる。この数字の異常さこそ、原発事故の恐ろしさを示している。放射能で身体をむしばまれる死だけが、「原発事故による死」ではない。

 今回、関連死とした死のほかにも、原発にかかわる死はある。二〇一一年七月、福島で二人が自殺した。「避難中の自殺は原発事故が原因」として、東電相手に損害賠償請求訴訟を起こしているそれぞれの遺族は、関連死の認定を申請していない。

 遺族の代理人は取材に「(弔慰金が支給される)関連死認定なんて意味はない。金の問題じゃなく、なぜ死ななければならなかったのか問うているんだ」と語った。この二つの死は、本紙調べの七百八十九という数字に積み上げられていない。

 「原発事故で死者はいない」とする人たちが見つめようとしない多くの死。その重さを考えることなく、原発は必要か、という問いに答えを出すことはできない。 (飯田孝幸)

2013年3月11日 東京新聞


ところで「原発関連死」は『東京新聞』の専売特許であるというわけでもなくて、昨年の11月から『福島民報』が「原発事故関連死」として詳細を書いています。
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012-11genpatsukanrenshi/

今でも31万5千人以上が避難生活です。住んでいた場所が汚染されて一生帰れない人もいるわけで、そういう人は「避難生活」が終わることがありませんし、そのような土地はいつまでたっても「復興」することができません。核事故は長く続く惨事です。

しかし日本政府にとっては、この現在進行中の悲惨な事故もオリンピックを招致するための有力なツールなんだそうです。

日本には、多くの人を触発する物語(ナラティブ)があります。だからこそ、東京を選んでいただきたいのであります。

 「破壊から、新たな活力へ」。それがナラティブであります。つまり何かというと、地震、津波、原発事故の結果、わたくしたちが忍んだ災厄が一方にあり、そこからの復興がもう一方にあります。

 両者に架橋したものこそ、みなが見せ、与え合った思いやりであり、勇気であって、また、落ち着きでありました。

 わたくしは、一度総理として失敗した人間です。でも、家族を亡くした人たちがいる小さな町へ出かけたりしますと、まさにそういう被害者の方に、わたしは逆に慰められたものです。「もう一度立て」と、しばしば言われました。

 被害者の方たちが見せた思いやり、勇気と落ち着きこそは、もう一度立ってみようとわたしの背中を押してくれたのでした。

 そうすることによって、わたしは国中に、誰もがセカンド・チャンスを与えられるべきなのだということを示したいと思ったのであります。

 天災があれば、人の手で生み出された惨劇があります。たとえそうなのだとしても、みなさんはカムバックを果たすことができるのです。それこそが、東京2020が世界に向けて出す力強いメッセージになります。

平成25年3月6日
公式歓迎・東京オリンピック開催50年記念夕食会
2013年3月6日 首相官邸


この人間として失敗した総理は核事故を「ナラティブ」にします。「人の手で生み出された惨劇」を「復興」の物語にしてしまうことで、それはいわばロンダリングされ、除染されているかどうかは定かではありませんが、白く塗られた墓のように「東京2020が世界に向けて出す力強いメッセージになります」。

この「ナラティブ」などという難解系の言葉の機能については、Wikipediaにも載ってる通りで、しあわせなんて、へへ、人それぞれ。

物語という概念は、ナラティヴセラピーを考える上で鍵となるものである。私たちは過去の体験を語るとき、それは巧拙を問わず「物語」として語る。また他人の経験も「物語」として把握する。さらに人は物語」を演じることによって人生を生きているともいえる。また、古典的な精神分析などにおいては物語は解釈である。
フロイト派もユング派も、かつての精神療法は、治療者はクライエントの一段上に立っており、間違った物語に囚われている患者を、治療者が正しい物語へと導く、という進展が一般的であった。しかし、社会構成主義によれば、どのような物語になるかは平等な主体どうしの主観の持ち方、すなわち「ものの見方」の問題であり、「正しい」物語も「間違った」物語もなく、ましてやどのような主観にも依拠しない「客観的な」立場から見た解釈や物語も存在しない、ということになる。


そもそも患者のことをクライエントと呼ぶようになったこと自体、治療する者とされる者は人間として平等で対等であるという認識に基づく。よって、治療者の役割はクライエントとの対話によって新しい物語を創造することとなり、セラピーの目標は、問題を解決することではなく、新しい物語・解釈による新しい意味を発生させることによって、問題を問題でなくしてしまう、ということに置かれる。

「ナラティヴセラピー」


しかしながら治療は医で仁術なのかも知れませんがオリンピックは算術なので、「問題を問題でなくしてしまう」ような「物語」を、しかし「新しい物語を創造する」のではなく「一段上」から「正しい物語へと導く」のが「復興の物語」の機能です。これは「戦後の復興」の物語の語り直しです。

「復興」は「戦後」、つまり戦争が終わった後に始まります。つまり「復興」の開始、あるいは現在を「復興過程」であると言うことは、「戦争が終わった」ことを意味していたのです。「復興の物語」を語ることには、なんとなくもう災害が終わってしまったという前提がこっそりと導入されているのです。

いつまでも避難生活を余儀なくされる人々、これからも核事故のせいで死んでゆく人々は、この、事故がすっかり終わってこれから復興していくんだという、明るく楽しく前向きな「ナラティブ」の中に場所を見いだすことができません。そういう連中はどっか「周縁」の方で死んでしまえ、というわけですが、事故が終わっているのでなければオリンピックの招致など狂気の沙汰です。だからオリンピックのために事故を終わらせてしまうのでした。もう終わった。よかった。続きはもう始まっていますが。


posted by 珍風 at 07:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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