2008年06月28日

オシャレでエロティックで不適切で不穏当なふらんす小咄

『世界の日本人ジョーク集』から引用したギロチンの話ですが、それのオリジナルっぽいのがありまして。

今まで、嘘もつかず、何ひとつ悪いこともせず、定年前までコツコツと働いてきた老いた銀行員が、ふとした悪の誘いに乗って銀行ギャングの手引をしてしまった。2人のギャングとともに大金を奪って逃走し、途中、数名の警官を殺したが、遂に逮捕された。銀行員は後悔したが、時すでに遅く、他の2人とともに死刑の判決を受けた。
まず、ギャングの1人がギロチン台に乗せられたが、何故か、どうしてもギロチンが動かない。仕方なく、死刑は中止、彼は放免された。2人目のギャングも同じこと。ギロチンの刃が降りず、これまた、放免。
さて、老銀行員の番。やはり、ギロチンは動かない。仕方なく、放免にしようとしていた時、起き上がってふと上を見た銀行員、
「旦那、ほら、あそこが引っかかってるから動かないんじゃないでしょうか」
刑は執行された。


文章はこっちの方が良いですね。笑えるか笑えないかは表現によるところ大ですから気をつけないといけません。特に題材が「死刑」などという陰惨極まることになると、下手をするとそれこそ「死刑という厳粛な問題を風刺の対象にすることも、不穏当ではありませんか」などと返されてしまいます。本当はこっちの方がよっぽど気の利いたジョークになっているんですから「風刺はつくづく難しいと思う」。

これはタモリの本から引用したんです。『タモリのちょっとアレですが』というのは音楽関係の本を出していたエイプリル出版(株式会社エイプリル・ミュージック)から1978年に出てるんですが、著者は一応タモリということになっていますけど、実は「フレンチ狂」の永瀧達治さんがフランス小咄をまとめたもののようです。イラストレーターの河村要助さんのブックデザインがオシャレです。もっとも中には「ロンドン」の「ジェントルマン」が「バーボン」を飲んでいたりと、ちょっといい加減なところもありますが。

この本から死刑関係を拾ってみると、こんなのがあります。

弁護士が死刑囚の独房を、予審判事を伴って訪れこういった。
「あなたの刑に対する恩赦願いは、残念なことに取り下げられました。刑は明日の朝、執行されます」
それを聞いた囚人、顔は青ざめ、恐怖は次第に怒りに変わった。
「ええ!そんな馬鹿な……明日、死刑だって……おまえたちが、悪いんだ、おまえたちが……この野郎、殺してやる!!」
男は予審判事につかみかかると、床に引き倒した。弁護士は男を引き止めて、
「やめなさい、そんなことをすると、罪が重くなりますよ」


これがもっとコンパクトになるとこんなふう。

南米でゲリラが5人捕えられ、その場で銃殺刑に処せられることになった。目隠しをされていざ銃殺というときに、ゲリラの1人が一目散に逃げ出した。あわてた兵士は銃を構えて、
「止まれ!!さもないと撃つぞ!!」


いずれにしてもこれから殺されようとする囚人が死を前にして気の利いたことを言おうという「ガルゲンフモール」とはちょっと違うようです。やはりそれは並大抵のことではないようです。あまり良いのが思いつかない場合に募集をかけるのはなるほど思いつきですが、そもそもそのような立場にない人が考えたって凄みがありません。フロイトはそれに「魂の偉大さ」を感じる一方、花田清輝は「刑場へ曳かれてゆく途中、死刑囚が、告別の歌をうたうことにょって、いささかも死をおそれていないおのれの不敵な面魂を見物に示さなければならないという中国古来の慣習」にこの「窮余の諧謔」の典型を見いだしています。

これは死を前にして国家に対して傲然と頭をもたげるということであり、つまり「アスの会」あたりが死んでも許容出来ないもんなんでしょうな。もっとも中国ではこのような反抗的な態度の表明がガス抜きのために儀式化されているようで、それはそれで困ったことですが。いずれにしても「死刑」自体が相当に「不穏当」なシロモノであり、これについてはどのような表現をしようとも「不穏当」を免れません。とはいうものの、公然と他人の死を願い、「死刑囚の死刑執行が一日も早いことを願っている」と真顔で話す「アスの会」の「不穏当」さにはとても敵わないのが実情です。
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「視野が狭い」ことの例


posted by 珍風 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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