2008年08月25日

貧困のイメージ

ところで、年収260万円の男性が、結婚を考えている「彼女」の両親に笑われたという話しが一部でウケているようで、
http://anond.hatelabo.jp/20080816045217
色んな人が「憂鬱」になったり「激怒」しているとのことであります。

これを読むと、まずセンテンスを短く、頻繁に改行すると読みやすいということが分かります。それはいいのですが、叙述と主観がゴッチャに書かれている、てゆうか実際には全面的に書き手の主観であるような文体ですから、実際にどのような事実があったのか、またはこれ全部「ネタ」なのであるかは不明、あるいはどうでもいいことであって、問題は読者と共有される情報系の中で一定のイメージを描き出すことが出来るかどうかということでしょう。

実はこの話しの主人公の年齢もよく分からないのですが、とにかく高卒で販売店勤務、ということのようです。この主人公が「彼女」とどこでどのように知り合ったのか、彼女の「お父様」はとにかく大卒であることは確かなようですが、サラリーマンなのか公務員なのかも不明であります。とにかくその辺の説明というのは一切行なわれません。記述は時系列であって、ほとんど全てのセンテンスが現在時制によって語り手の目の前を通り過ぎるものの印象が語られる、という文体になっております。

つまり語り手の感想を持って叙述に代えるということになっているんですが、だからといっていまいち具体的なイメージがわかない、という人は、残念ながらこれを読み書きする人たちとは異なる世界にいるんだと思ってあきらめるしかないようです。たとえば主人公が訪れる店は「おしゃれなお店」という一言で片付けられています。

なにがどう「おしゃれ」なんだかよく分かりません。「おしゃれ」に興味がある人には不満でしょうし、暗い性格の人は「おしゃれ」の内容によってこの店を選択した人間の「品定め」をしたりしかねないのですから、なんらかの情報が欲しいところです。実際、ちょっとした店の前に30分くらい立って観察しているだけでも、もう少し書けそうなもんですから、筆者は実際にそんな店には行っていないか、そのような「取材」を一切していないのかも知れません。

しかしもっと考えられることは、読者の方がそんな「具体的な描写」によって「おしゃれ」の概念を構成してくれない、出来ない、だから書いても仕方がなく、ダイレクトに「おしゃれ」と書いてしまった方がよい、という点を考慮した可能性です。想定読者は「おしゃれなお店」とは全く縁がなく、そういう世界とは隔絶されていて、それは全く馴染みのない環境であり、従って「苦手」、「キツイ」、「ヤバイ」、「吐きそう」な気がするんだよ、ということが伝わればそれで良いわけです。

これは似たような状況、例えば生まれて初めて女を買うとか、行ったことのない国のレストランに入るとか、火星の支配者に会うなどの状況で誰でも経験する「気持ち」を表現するのと同じような言葉で書かれています。つまりここでは「おしゃれなお店」は読者にとって未知なものですが、そこで経験する「苦手」や「吐き気」は既知のものなのです。そしてここで読者はよく知っている「気持ち」に出会うことによって、それでもう「おしゃれ」については納得してしまうようです。

ちなみに主人公は「普段チェーン店か屋台くらいにしか行かない」んだそうです。つまりここでの「おしゃれ」と言われているのは、値段が高いことなのです。この店を予約したのは主人公ではなくて「彼女」のご両親の方であります。主人公にとってそれは文字通り「手の届かない」場所であり、「ご両親」はそういう世界の住人なのです。親がそうなら娘もそのはずで、主人公との接点がありそうに思えないのですが、そこは仕方ありません。筆者がどこかで無理をしなければこの主人公と「ご両親」が接触することすらあり得ないでしょう。

おそらく筆者としては、筆者なりの「富裕層のイメージ」を描き出そうとしているのでしょう。しかし実際にこのエントリに見る「富裕層のイメージ」は、それこそ一昔前なら「イメージの貧困」と言われてしまいそうなシロモノです。この後主人公はその店の「個室」で、「彼女」とその両親と会うのですが、問題の「年収」の話題に行くまで「1時間くらい」が経過しているのですが、まずどのような料理が出て来たのかさえ述べられません。筆者と想定読者においては食べたこともなく、名前も知らないような料理の記述は何も意味しないからでしょう。

そしてその間に4人の間でかわされた話題がどんなものだったのか、「30分程は思い出そうとしても良く思い出せない。彼女の話題が中心だったと思う」という、きわめていい加減な記述に終始しております。それにしても「彼女の話題」で1時間持つというのは、普通はないような気がします。「彼女」がよほど変わった人物であればその限りではありませんが、そのときは別の問題が発生するでしょう。それよりも、娘が結婚しようという男を「品定め」しようとするのであれば、「お父様」とすればもうちょっと色々な話題を振って来そうなものです。だいたいそういう場合にはアメリカの金融政策とかの話題でOKでしょう。君んとこの保険はどうせ政府管掌だろうが全国健康保険協会ってどーよとか、株券の電子化はちゃんとやったかこのあいだタンスの引き出しの奥に本当にあったからビックリだぜワッハッハ、とか言い出すと既にイヤミに入っているので止めておいた方が無難です。

その場合主人公がそのような話題についていけないのを描写すると読者の共感を呼べるというものですが、そのような感覚はもはや古臭いのでしょう。ここでは肝心の筆者がついていけなかったのか、読者には分からねーだろと思って省略したのか知りませんが、「思い出せない」というまるで国会に呼び出された商人のような言い逃れで流してしまう手法は見事と言う他に何と言い表せば良いのかよく分からないほどです。まあ、そんなことを書いたところで、読み飛ばされるだけの話しでしょうから。

従ってその後、「お父様」が「ちょっと色々質問させて貰いたいんだ」と言っていきなり単刀直入に「収入」のことを切り出しても、もはや誰も驚きません。実際には娘の結婚相手ということになると、現在の収入の多寡(260万円がそれほど少ないかどうかはさておき)も確かに考慮に入れるんでしょうけど、なんとかして「人となり」或は「人格」、すなわち将来において収入が増加する可能性を推し量ろうとするものでありますから、現在の収入と学歴だけで判断してしまう「ご両親」はちょっと不自然なようです。しかしながら、誰でも人から笑われたことくらいあるでしょうから、筆者としてはひたすら既知の感情への回収の手続によって、リアリティに代えようとします。つまり「今までもこうした笑い方を何度かされた。だから分る。」というわけです。

主人公は散々に嘲笑され、「高卒」であることから将来の収入増の可能性をも否定され、おまけにその場の飲食費も持たされる、というのがオチです。ここで描き出されている「富裕層のイメージ」は、和解不可能なほどの隔たりの彼方にいて、他人を「商品価格」(つまり「品格」ですけど)で評価し、有用性の基準に達しない者に対しては考えられないほど失礼な態度を取ったあげく、追い討ちをかけて金を巻き上げる、といったものです。しかし同時に彼らは「彼女」の両親であるわけですから、実をいえばはそれほど主人公と違うというわけでもないのです。にも関わらず彼らとの間には超えられないギャップが存在するのであります。

このエントリは元より「本当らしさ」のかけらも感じさせないものです。いくらなんでも他人の年収を聞いて笑い出す夫婦はいないでしょう。まず無理にでも娘を一緒に帰らせますな。少なくとも、もうちょっとやんわりとバカにするはずであって、これは「ネタ」以外の何ものでもないと思われるのですが、それだけに「ビンボー人から見た富裕層のイメージ」を余すところなく表現しているといって良いでしょう。より分かりやすく言えば、この「ご両親」の職業は「会社経営者」であると想定できます。ビンボー人は彼らの実際の姿を知りません。彼らがどんな店で何を喰い、どんな話題を語り合うのか、そんなことは全然わからないのです。分からないことは書いてありません。したがってこれを個人的かつ具体的な「事件」として読むことは出来ません。

実際にビンボー人が「富裕層」と接点を持つことが出来るとすれば、企業における雇用関係においてのみであります。ビンボー人にとって「富裕層」は「会社」としてのみ現れるでしょう。そこでこの「求婚事件」で表現されているのは、雇用関係を通して見た「富裕層のイメージ」であると思われます。逆に言い換えればこれは、ビンボー人は雇用関係の中で、誰からどのような目に遭っているのか、ということになります。

このエントリのアヤシイ文体は、いってみれば扇動的なものであって、何を煽動するかといえば、これはもう「階級意識」ということになるでしょう。主人公の「憂鬱」は、「彼女」のワレメにおいて、階級格差が目の前で地割れのように広がってゆくのを目にするからなのです。したがって主人公が訪れた店は「日比谷蟹工船」であると思われます。僕だったら「彼女」を残して自分だけ逃げて来ますが。取り残されたブルジョア娘には「蟹の横歩き」でもしてもらいましょうか。もちろん冬のバルト海は愛よりも冷たいぜ。

とかなんとかテキトーなことを書いてたら、これまた別の人が書いた「復讐編」。オヤジが不幸になりますよ。そこで主人公は……。
http://afiliate.livedoor.biz/archives/51100351.html


posted by 珍風 at 04:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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