2008年12月29日

死(いのち)のメッセージ

交通事故の被害者の「人型パネル」展示で有名な「生命のメッセージ展」というのは日本財団の広告に使われているから、アレは日本財団でやっているんだと思う人もいるかもしれませんが、違います。これは「生命のメッセージ展」の名誉のためにも是非言っておかなければなりません。

とはいえ日本財団は「生命のメッセージ展」に多額の助成をしています。これも日本財団の名誉のために忘れてはならない点でしょう。しかし「日本財団」という名称は正式のものではありません。アレは広告向けの「愛称」のようなもんです。ものごとをハッキリさせないための「曖称」とも言います。本名は日本船舶振興会です。これは競艇ファンの名誉のためにも誤解を解いておきたいものです。

この日本罪団こと日本浅薄信仰会は交通事故死事例を中心に「犯罪被害者」のセンターにでもなろうというつもりかもしれません。なんといっても交通事故による死者は年間数千人いますから、「殺人」の被害者ばかり相手にしているよりも分が良いのです。

それでこのような人たちの活動の結果、飲酒運転に対する罰則が強化され、ひき逃げが増加し、ひき逃げに対する罰則が強化され、ひき逃げどころか死体を引きずったまま自宅に持って帰るマヌケが増加した、というのが現在までの素晴らしい成果です。

もっとも、飲酒運転の基準が引き下げられた結果、飲酒運転による事故と飲酒運転によらない事故との境は曖昧になりました。「飲酒運転」と呼ばれるもが必ずしも僕たちの考える「酔っぱらい運転」であるとは限りません。そういうのはむしろ「危険運転致傷罪」の規定、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」というのがそれに該当するのです。そしてそのような人はそんなに沢山いません。

「飲酒運転」というのも「曖称」でありまして、これは3つに分かれます。1つ目が上記の「危険運転」、「正常な運転が困難な状態」のうちアルコールによるものです。2つめが「酒酔い運転」であり、これは「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」です。「おそれがある」かどうかの基準が警察の内規として存在すると言われています。つまり胸先三寸ということ。3つめが「酒気帯び運転」であって、呼気中アルコール濃度0.15 mg以上です。

多くの「飲酒運転」、特に検問で引っかかっただけで報道されているようなのが「酒気帯び運転」です。「酒気帯び運転」における事故はとんど素面の人間と同様の自動車の操作ミスによるものですが、酒気帯び点数が加算されてより重罪となったり、勤め先をクビになったりします。

年末 相次ぐ飲酒事故 千葉の40歳教諭ら逮捕

 年末の27日夜から28日にかけて、首都圏で飲酒運転による事故が相次いだ。

 28日午前1時ごろ、千葉県成田市飯仲の国道51号で、乗用車が駐車中のトラックに追突。運転手から呼気1リットルあたり0・45ミリグラムのアルコールが検出されたため、成田署は道交法違反(酒気帯び運転)の現行犯で、富里市立富里中教諭、山中裕治容疑者(40)を逮捕した。調べでは、山中容疑者は27日夕〜28日未明、成田市内で同僚と酒を飲み、車で帰宅途中だった。「ビール中ジョッキ3杯、日本酒4合を飲んだ」などと供述している。

 埼玉県内では4件発生。27日午後10時すぎ、ふじみ野市亀久保の市道で、乗用車がガードレールに衝突。運転手の呼気から0・45ミリグラムのアルコールが検出され、東入間署は道交法違反(酒酔い運転)の現行犯で、坂戸市紺屋の会社員、吉野四郎容疑者(54)を逮捕。真っすぐ歩けないほど泥酔し、「忘年会の帰りだった」と話している。

 川口市内では28日朝、飲酒運転で事故を起こし、タクシー運転手(44)にけがを負わせ逃走したとして、川口署が自動車運転過失傷害と道交法違反(ひき逃げ、酒気帯び運転)容疑で、桶川市坂田のアルバイト、北山裕也容疑者(20)を逮捕。草加署も同日、道交法違反(酒気帯び運転)の現行犯で、追突事故を起こし逃走していた杉戸町深輪の自称アルバイト、戸塚祥子容疑者(21)を逮捕。呼気から0・4ミリグラムのアルコールが検出されたが、「酒は飲んでいない」と否認している。

 熊谷市内でも同日午後6時20分ごろ、酒気帯び運転で事故を起こしたとして、熊谷署が自営業の新井正樹容疑者(37)を現行犯逮捕。市内で知人とビール1本とウーロンハイ5杯を飲んだという。

2008年12月29日 産經新聞


「生命のメセージ展」の活動のおかげで「飲酒運転」による事故はなくなりません。失業者が無銭飲食をするのと違って、こういう人たちは捕まるためにわざと「飲酒運転」をしたり事故ったりしているわけではないのですから「厳罰化」が功を奏しないのも当然ですが、記事を参考にして「酒酔い運転」と「酒気帯び運転」の境目を各人の体質と体力に合わせてご検討頂きたいものであります。同じ呼気中アルコール濃度でも、吉野さんは「真っすぐ歩けない」ような状態だったのに、山中さんは大丈夫だったようです。

ところで交通事故死の代表的な「被害者遺族」である井上郁美さんは「危険運転致死」は故意の殺人と同じだ、という超法規的な主張を展開しているようです。交通事故で死刑を求めようという、死刑存置論ならぬ「死刑拡張論」として現在のところ最右翼に位置する観がありますが、やっぱちょっとムリのある主張のようです。故意に車で人を轢き殺すとういのはアキバの加藤君とか千葉のドカタ少年とか、ああいうんでしょう。井上郁美さんは一度、澤田美代子さんと話し合ってみた方が良いようです。

しかしこのような「死刑拡張論」、井上さんみたいのはともかくとして、既に司法の現場では一定の地歩を築いているようです。

死刑判決 今年は27人に 大幅減少も厳罰化変わらず

 今年1年間に全国の裁判所で死刑を言い渡された被告は27人だったことが、毎日新聞の調べで分かった。最高裁にデータがある80年以降で最多の46人だった昨年から大幅に減少した。重大事件数の減少などが理由とみられるが、被害者が1人の殺人事件や少年事件で死刑が言い渡されるなど議論を呼ぶ判決が目立っており、厳罰化の流れに変化はなさそうだ。

 27人の内訳は、1審5人▽控訴審14人▽上告審の最高裁で8人。主な判決では、山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われた当時18歳の元少年(4月22日、広島高裁)▽伊藤一長・前長崎市長射殺事件の城尾哲弥被告(5月26日、長崎地裁)▽埼玉・本庄の保険金殺人事件の八木茂死刑囚(7月17日、最高裁)など。

 光市事件では、未熟さを考慮して成人より刑が軽くされることが多い少年への死刑適用が争われた。市長射殺事件は、強盗や身代金目的誘拐などでない被害者1人の事件で死刑が選択された。最高裁が83年に死刑選択の判断要素9項目を示した「永山基準」やその後の判例に照らして、量刑に議論を呼ぶ判決が目立った。

 死刑判決を受けた被告数は80年以降、年間5〜23人だったが、01年に30人に達した。その後は▽02年24人▽03年30人▽04年42人▽05年38人▽06年44人▽07年46人−−と増え続けていた。【北村和巳】

2008年12月2日 毎日jp


この記事にくっついていたグラフによれば、死刑判決を受けた被告数は

1999年 16
2000年 23
2001年 30
2002年 24
2003年 30
2004年 42
2005年 38
2006年 44
2007年 46
2008年 27

ということで、今年は一段と死刑判決が減少したものの、長崎市長射殺事件では被害者1人の事例での死刑判決、また光市「本村事件」では未成年者の犯行に対しての死刑判決など、数は少なくてもヌク機会がなかった分内容はドロドロに濃厚でありまして、なかなか飲み込めない。死刑判決の対象を拡張した意味ではまさに「死刑大国」の名に恥じない実績を挙げております。

一方今年の死刑執行数は15人でストップしました。世界でも評価の高い「クリスマス死刑」は今年はありませんでした。23日だか24日だかに執行があるという「情報」が世間を駆け巡ったんですが、もしかすると予定がバレたので中止したのかもしれません。26日という可能性もあったのですが、もう仕事納めですからねえ。執行後の事務処理とかを考えると見送ることになったかもです。

このことから、過去の実績に基づいて「執行予想」を流してしまうのは効果があるのかも知れません。2chは「怪情報」を流すための重要なツールとなるでしょう。アレは信じちゃいけない。でも使えるかもです。

それにしても15人というのは決して少ない数ではありません。1人だって多すぎるほどですが、以前書いたように2003年に1人なら2004年には2人、2005年は1人だったんですが2004年には2人、2006年がその倍の4人なら2007年はそのまた倍の9人、そして2008年は15人ですが、これは9人の倍にはなっていませんが、4人の4倍に近い数字です。

一方西の横綱アメリカでは死刑執行は減少しており、今年は37人だそうですから、日本の倍以上あるわけですが、人口比並びに治安状況からみて日本はアメリカと肩を並べるほど立派になったことは間違いありません。これもバイアグラのおかげか、はたまた日本古来の金冷法のたまものか知りませんが、この分では日本は名実共に世界の「死刑大国」となることもにわかに現実味を増してきました。

もっとも中国という大敵がいまして、あそこは日本に負けまいと思えば如何様にも死刑執行数を増やせる、てゆうかどのくらい殺しているかわかったものではないうえに、ほぼどのような「犯罪」であっても死刑に出来るという、日本の死刑拡張論者にとっては見果てぬ夢の国、西方の死刑浄土なのですからかないません。思えば日本は昔から中国に学んできたのであり、今後とも中国には学び続けるのかもしれないのです。

しかしながら中国ならぬ広島の「中國新聞」ではちゃんとした記事を書いていたりします。地方紙は書けるようです。

廃止国、3分の2超 執行停止求める声強く

 今年はほぼ二カ月に一回のペースで五回あり、一九七六年以来の二けたとなった死刑執行。しかし、海外を見ると、死刑廃止国がますます増え、今や世界の国の三分の二を超えている。死刑を続ける日本に対し、執行停止を求める声が強まっている。
 国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル日本」によると、通常犯罪に死刑を存続させている国は、日本のほか米国(一部州は廃止)、中国、北朝鮮、アフガニスタン、イラク、パキスタンなど五十九カ国。
 一方、あらゆる犯罪に対して死刑を廃止しているのは欧州各国、オーストラリア、カンボジアなど九十三カ国。軍法下などを除く通常犯罪への死刑廃止はイスラエル、ブラジルなど九カ国で、過去十年執行がない「事実上の廃止国」もロシア、韓国など三十六カ国。廃止国は「事実上」を含め計百三十八カ国に上っている。
 今年はウズベキスタンが新たに死刑を全廃し、通常犯罪だけだったアルゼンチンとチリがすべての犯罪への死刑廃止に踏み切った。
 こうした国際的動向を背景に、国連の自由権規約委員会は今年十月、日本政府に対し、死刑制度廃止を検討するよう勧告したが、森英介法相は「死刑廃止は適当でないと考えている」と記者会見で答えた。
 十二月に国連総会本会議で、死刑制度存続国に死刑執行一時停止(モラトリアム)を求める決議が採択された際も、日本は米国、中国などとともに反対した。

2009年12月29日 中国新聞


こちらさんもWikipediaでは

マツダに関する報道では定評かつ確実であり、原爆や平和に関することにも高い評価を得ている。しかし、これに対して「多くの記事が平和関連ばかりである」や「中立的な姿勢が保たれていない」といった批判が一時期同紙の読者投稿欄に多く載ったことがある。


という風にかいてありますから、死刑拡張論者の組織的攻撃によって読者欄が「炎上」した模様です。「死刑」を目一杯「拡張」すると「戦争」になるんですから、「戦争」と「平和」の間で「中立的な姿勢」に立たない以上は「死刑拡張」か「死刑廃止」しかないんですよ。ところで「戦争」と「平和」の間での「中立的な立場」って何だよ。「戦争」ってのは国民に「中立的な姿勢」を許容するのかよ。そういうワケわからんこと言う人は吊るし首にして死ぬ直前に降ろすのを繰り返して、「生」と「死」の間で「中立的な姿勢」をとってもらいましょう。夢うつつ、お花畑の向こうでお姉さんがおいでおいで永久に手が届かないのは現実と変わらねえな。


posted by 珍風 at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。