2009年03月09日

「自民党」は、「ない」。

フリガナがつくようになったのは田原総一朗のおかげであるとはいうものの、「うるま」と入力して「漆間」コンピュータがと出してくれる程には悪名が轟いていないのは残念至極であります。

漆間副長官「そういう発言したことないという記憶になった」

 漆間(うるま)官房副長官は9日午後、首相官邸で記者会見し、西松建設の違法献金事件を巡る東京地検の捜査が自民党には及ばないとする見通しを示した自らの発言について、「私と3人の秘書官の記憶を突き合わせた結果、そういう発言はしたことはないという記憶になった」と述べ、発言自体を否定した。

 一方で、「メモを取っていたわけではないし、録音もしていない。もし私の記憶に誤りがあれば(事実と)違うのかもしれない」と語り、記憶にあいまいな部分が残ることも認めた。
 漆間氏は5日のオフレコの記者懇談で、「自民党の方にまで波及する可能性はないと思う」と述べ、報道各社が「政府筋」の発言などとして一斉に報じた。
 この日の記者会見では、記者側が、発言のきっかけとなった懇談での記者の質問は自民党に捜査が及ぶかどうかを明確に聞いたものだったとして見解をただした。しかし、漆間氏は「直接、政党名を挙げて聞かれた記憶もない」と述べたうえで、特定政党に絡んで捜査の見通しを述べたのではないと重ねて強調した。
 一方で、「一般論であっても捜査に関する話をしない方が良かった。多くの皆さんに迷惑をかけて申し訳ない気持ちでいる」と陳謝した。自らの進退については、「少なくとも任命権者が辞めろと言えば従うつもりだ」と語り、麻生首相の判断に委ねる考えを示した。
 漆間氏はこれに先立ち、9日午前の参院予算委員会でも、「特定政党の議員に捜査が及ぶかどうか述べた記憶は全くない」などと釈明した。午後も同委員会に出席し、記者会見はこれを挟んで断続的に行われた。
 漆間氏の釈明について、野党は「不十分だ」とし、さらに追及する構えだ。
 民主党の鳩山幹事長は9日、山形市内で記者団に、「必要に応じて(辞任要求が)出てくる可能性がある」と語った。共産党の市田書記局長は同日の記者会見で、「記憶のない人なのに、検察の捜査の中立性、公平性を否定する発言はしていないと覚えている。不自然だ」と述べたうえで、証人喚問などを求めることもあり得るとする考えを示した。

2009年3月9日 読売新聞


なんでも全くの誤解なんだそうです。何をどう誤解したのか分りませんが、ご本人によるとその時は

・この種の事件は一般論として違法性の認識を立証することがいかに難しいかは、私の経験から言える
・金額の多寡は違法性の認識を立証する点で大きな要素となるだろう。また、請求書があるということは傍証の一つといえるが、それだけで立件できるかは疑問だ
・検察がこの時期に秘書を逮捕した以上、本人が否認しても起訴に持ち込めるだけの証拠をもっているのだろう


というような、まあ、特にオフレコにしなくてもいいようなことを喋ったということなのですが、それがいつの間にか「東京地検の捜査が自民党には及ばないとする見通しを示した」ことになってしまったんだそうです。全くもって不可思議としか言いようがありません。そこで各社がどのように「誤解」したかってゆうとこれが

「自民党議員に波及する可能性はないと思う」(共同)
「自民党側は立件できないと思う」(朝日)
「自民党の方にまで波及する可能性はないと思う」(読売)
「この件で(東京地検が)自民党の方までやることはないと思う」(毎日)
「自民党に及ぶことは絶対ない。金額が違う」(日経)


各社とも表現は様々ですが、全てに共通している単語は「自民党」と「ない」です。ところが漆間さんによる当時の「発言要旨」には「自民党」どころか「ない」も全然出て来ません。もちろん漆間さんは「自民党」のことを「自民党」とは言わずに、もちろん「自滅党」とも「棄民党」とも言わずに、単に「うち」とか「うちの党」とか「おいら達」とか言ったのかも知れませんから、「自民党」が出てこないのはいわばそれが一人称だからでしょう。いい歳をして「イワオは思うんだけどね」とか言ってたら、それはそれで問題です。

問題は「ない」がない、ということ、いわゆるひとつのNot、命題の真偽を反対にするインバータが漆間さんの「発言要旨」に存在しないことです。漆間さんは何も「否定」していません。全ては肯定的に語られています。青空のようにポジティヴで大変に前向きであり、躁病的な多幸感に浸されたパラダイスのようなシャブ漬けの楽園です。

「違法性の認識を立証」することは「難しい」かも知れませんが、「違法性の認識を立証」が「ない」ことにはならず、「請求書があるということ」だけでは「立件できるかは疑問」かもしれませんが、「立件」することができ「ない」わけではありません。なんといっても「検察がこの時期に秘書を逮捕した以上、本人が否認しても起訴に持ち込め」「ない」などということはありえないのです。検察には否定も不可能もありません。

しかしもちろん、検察にだって「ない」はあります。それは元々予定していないことはしない、というようなことです。例えば先週末は週末だからといってみんなで居酒屋で打ち上げに行ったりということは「ない」し、明日から連休を取って南の島に遊びに行くことも「ない」のです。このように様々な想定されていない行動があるのであり、そのようなことが行なわれることは「ない」のですが、それをいちいち枚挙していたらキリがありません。

そこで記者諸君が何かを聞き間違えるか誤解するかしたとしても、それは漆間さんが彼の所属する政党に関して何事かを否定した発言があったものと見られなければなりますまい。ところでそこでの話題は居酒屋の打ち上げでもなければキャバクラ嬢の移籍に関する情報交換でもなく、はたまた「深田恭子の網タイツどうよ」でもなかったようです。そんな庶民的な話題には連中の高尚な頭脳はついていけないものと思われます。そこで語られていたのは、たとえば東京地検特捜部が西松建設の政治献金を捜査している、というような大変に程度の高い、いわゆるひとつのハイブラウな、高尚な話題について、真面目な意見交換がシリアスに交わされていたものであると思われております。

「自民党」と「ない」が結びつく様々な文があり得るのですが、しかしそれが上記のような文脈の中で現れなければならないとすれば、可能な文はそんなに多くもないでしょう。ただしこの時点で「自民党」は「事件」の中に登場していませんから、実は「否定」しなければならないことなんて一つもなかったのです。そこで「自民党」に関する「否定」は、「事件」の外での関与、または未来における関与のいずれかを否定することでなければなりません。つまり「自民党が操作しているのではない」、または「自民党が捜査されることはない」ということになります。

いずれにしても「ないという記憶になった」というのは、「ない」わけでもなければ「記憶にない」というのとも違います。漆間さんの「記憶」は憶えていることのことではなく、みんなで話し合って決めることのようです。まあだいたい、警察というのはそういう所だそうで、容疑者と取調官が「話し合って」容疑者の「やったという記憶」を構成していたりするんですから、漆間さんの脳味噌がすっかりパーになってしまっていたとしても何ら不思議ではありません。

その点では一歩も引けを取らない検察では、週明けに早速何か動きがあるかといえばそういうことではないようです。今日いちんち、二階さんのとこの「関係者」に対して「任意」で「事情聴取」することを「検討」することに費やしたそうです。3日経っても同じようなことを言っているばかりで、何も進んでいません。まあ確かに、ただでさえ忙しいのに急に言われたって困るでしょう。しかしながら、検察としては「言われたからやってる」ような印象を与えるのは大変にマズいわけですから、出来たら早めに誰か「関係者」を引っ張って来て大々的に報道してもらうとかすることが必要ですね。


posted by 珍風 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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