2009年04月10日

海は男のロマンだぜ

海賊新法「国会承認あって良い」 防衛省首脳、修正容認

 防衛省首脳は10日、ソマリア沖・アデン湾の海賊対策のために政府が提出した海賊対処法案について「国会承認を付けても良い。国会の意思として自衛隊を出すかどうか決めるべきだ」と話し、民主党が求めている国会の事前承認を盛り込むための法案修正を容認する考えを示した。
 政府案では首相が自衛隊の派遣を承認したときに「遅滞なく国会に報告しなければならない」と規定し、国会の事前承認は不要としている。民主党は「自衛隊の派遣に際しては国会の事前承認を求めるべきだ」と法案修正を求めており、14日からの国会審議で焦点の一つとなる。

2009年4月10日 asahi.com


政府案によると自衛隊はどんどん勝手に好きなとこ行きなさい、大丈夫だからさ、と調子の良い事を言っているのですが、軍人さんの方から「国会の意思として自衛隊を出すかどうか決めるべきだ」と言い出したようです。自衛隊はアフリカの方まで行って、帰って来たら状況が変わっていた、ではちょっと困ると思ったのではないでしょうか。

つまり彼等は政権交替の可能性を考えています。防衛省としてはいい加減に出掛けてしまってから政権が変わってしまい、後から責任を追及されるのは避けたいということなのではないでしょうか。政権が変わっても事前に国権の最高機関の承認を得ておけば大丈夫です。

ところで海賊、というのはどうも追い詰められて喰い詰めた漁民か何かであって、その形態はより「犯罪」に近づいた「テロ」のようなものです。あらゆる犯罪が革命的なのかどうかは定かではないのですが、「革命」から「犯罪」に至るスペクトルを仮定してその中に「テロ」を置くとすれば、「海賊」は「テロ」と「犯罪」の間に位置するでしょう。

そこで「海賊退治」を反革命戦争としての「対テロ戦争」の一種である、とすることも可能なわけですが、富の配分によって「革命」や「犯罪」や「テロ」をある程度防止することが可能であるならば、「海賊」に対してもそのような手段をとることが考えられるでしょう。

もっとも問題は「海賊」というのは海の男のロマンなもんですから、国会の承認があろうがなかろうが出掛けていった水兵さんが、くそったれな軍隊生活を捨てて海賊に身を投じる気にならないとも限らない点です。順序としては一応捕虜ということになってしまえば問題ないでしょう。それよりもキャプテン・キッドの例のように海賊退治から転じて海賊になってしまうのが良いかも知れません。

いずれにしても「海賊」というのは、どちらかというと成り行きでなってしまったりするもので、「商戦」や「漁船」や「海軍」との境界はきわめて曖昧なものであるのが現実です。船乗りなら誰でも海賊になれるのですし、なりたがっていたりするものです。ならない奴はモグリだ。モグリってのは海女さんだ。さあ、海の男達よ、自由な海が君を待っているぞ!それとも清徳丸事件は漁船退治の練習だったとか?


posted by 珍風 at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。