2009年05月22日

死ぬのはいつも他人ばかりだから安心、だった

relax.jpgさていよいよ「裁判員制度」が始まりました。これはヤバい。しかし誰にとって「ヤバい」のかというと、他ならぬ関係各位にとって一番「ヤバい」ようなのです。あまりのことに全員が全員キがヘンになりました。

「安心して参加して」 法相が裁判員の意義強調

 国民の司法参加をうたった裁判員制度が21日、施行された。森英介法相は同日午前、法務省で会見し、「これまでの『お上の裁判』から『民主社会の裁判』へと司法が大きく変わる」と意義を強調。「(国民参加で)治安や犯罪被害、人権などの問題を、私たち一人一人のこととして考えるきっかけになり、より良い社会の実現に役立つ」と訴えた。
 刑事裁判に参加する国民には「肩の力を抜いて、自然体で、安心して参加していただくよう希望します」と呼びかけた。
 国民の消極的意見の一部に、死刑判断への不安があることについて、「ある意味当然だが、現に死刑制度があって社会の秩序が保たれている。乗り越えて参加していただきたい」とコメント。「裁判員制度の導入をきっかけに(死刑についても)意識が高まり、国民的議論が起こることはむしろ歓迎するべきことだと思う」と付け加えた。

2009年5月21日 産經新聞


森法相は今までの裁判は「民主社会の裁判」ではなかったのだと言い出しました。ところで日本では法制度上「民主主義」を原則としておるところ、司法もまた例外ではありません。ところが「これまで」は「民主社会の裁判」ではなかったというのですから、従来行われて来た「裁判」とやらは、実は日本の法体系の原則に則ったものではなかったようなのです。したがって全ての判決はその効力を否定されることになりました。全部最初からやり直しです。めんどくさいですが仕方ありません。

「死刑の判定などとんでもないと思うのは、ある意味で当然」だというのは、ある意味でもない意味でも当然ではありますが、「現に」「社会の秩序が保たれている」かどうかは疑問なしとはしません。まあ、たまに物やお金を盗られたり人が殺されてみたりするようだがそれも「秩序」のうちだ、というのであればしょうがないですが。なあるほど大局的な見地とはそういうものかと思うだけです。もっとも犯罪も、それが発生した場合に定められた仕方で処理されるならば「秩序が保たれている」というべきでしょうが、その場合に犯罪を処理する仕方に「死刑」が含まれていなければならないということにはなりません。「現に死刑制度があって」、ときとして死刑が行われる場合に「秩序が保たれている」と言うことが可能ですが、死刑制度がない場合に死刑が行われないときにも同様に「秩序」は保たれているのではないか。

このような訳の分からないお話で「乗り越える」というのは難しい相談です。もっとも何を「乗り越える」のか今ひとつ明らかではありませんが、いずれにしても「参加していただきたい」というのは口先だけのデタラメで、「参加しろ」という仕組みになっているのですから森さんの言うことが全然アテにならないのは今日も昨日も同様であります。

まあ、世の中には「乗り越え」ちゃった人もいるんでしょう。そういう人は「肩の力を抜いて、自然体で、安心して」誰かを殺したりすることが出来るようです。どうもなんというか「ある意味」たいへんにうらやましい境地というか、人間ここまで来たらオシマイだという気もしますが、やはり6人も殺していると余裕というものが生まれてまいります。「一人殺すも二人殺すも同じこと」なんて申しますが、6人となるともはや「ベテラン」の域に達していますから、僕たちのような素人から見るととんでもないようなアドバイスを行ったりするもののようです。

産経などがあまり書きたがらないことのようですが、さすがの森さんも「死刑制度を国民の約8割が支持している」ということになっている件については「率直に言って随分高いと思う」と言っています。より率直に言えば怪しいくらいに高すぎるんですが、森さんのこの発言はそのことではなくて、各種の世論調査等によって裁判員制度において死刑判断への抵抗が強いことが政府広報室の「調査」結果に比して矛盾するんじゃないかという感想を述べたに過ぎないでしょう。しかし森さんだってよく考えたら、その「8割」の中の3割程度が「状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい」と考えていることに気がつくはずですし、「状況が変われば」の中には例えば裁判員制度というものが出来る、というようなことも含まれるものであるということも分るはずなんですが。

もっとも森さんは「肩の力を抜いて、自然体で、安心して」という暢気な人です。まあ色々あるだろうけどここはひとつ、つき合ってもらって言う通りにして貰えんだろうか、イヤとは言わせねえ。要するに他人の気持ちなどあまり考えない人のようですが、そういう人は意外と多いものです。

裁判員制度:「死刑判決は全員一致で」新潟県弁護士会

 新潟県弁護士会(和田光弘会長)は21日、裁判員裁判の死刑判決について、裁判官と裁判員による評議で多数決によって決めるとしていることに反対し、全員一致となるまで慎重に評議するよう求める決議を発表した。死刑制度の見直しも求め、国に送付した。
 同弁護士会は08年2月、裁判員制度施行の延期を求める決議を全国の弁護士会で初めて行っている。【黒田阿紗子】

2009年5月21日 毎日新聞


たしかに「多数決」は問題ですが、「全員一致」も同じくらい問題です。「全員一致となるまで慎重に評議する」って、仕事や家庭の事情のある人が少しばかりの日当でやるようなことではありません。てゆうか自分以外の全員が「死刑」だと言っているのに自分だけがそれに反対している場合、多数決ならそれで済んじゃいますけど、あくまで「全員一致」ということになるとかなり強力で露骨な圧力が加わることが予想されます。で、結局は、自分の意見を変えるわけだ。圧力に負けて。自分を曲げて他人を死刑台に送るのと、自分は反対を貫いたけど多数決に負けて人を殺すことに加担する結果になったというのと、どっちがツライのか想像もつきませんが、新潟県弁護士会ではその辺についてどのように考えているのでしょうか。

逆に自分だけが賛成しなかった結果として量刑が変わることになったとすると、それもオカシナことになるような気もします。たった1人の意見が結果を左右するというのは仕組み全体としてどうなのか。てゆうかおそらく、「死刑判決は全員一致で」という人は最終的に「全員一致」に至らなかった場合のことを本気で考えていないのではないでしょうか。趣旨としてはおそらく、全員が確信を持って死刑台におくることが出来るものだけを死刑にするようにすれば良い、ということだと思いますが、そんな理想的なタイプが現実に存在するという保証はありません。それで予想される結果は裁判員のトラウマ体験です。それだけではありません。不本意であろうと何であろうと結果に責任を持たなければならないんですが、「多数決」の場合は他の人を説得できなかった責任ということになるのかな?「全員一致」の場合は自分を偽った責任を一生負うと。それが後で冤罪だったと分ったら、なんて考えると楽しくて夜も眠れません。

あ、ついでに
まず、参加した裁判員が裁判官に自由に物を言うこと。経験したことを言葉にし、制度の課題を見直していくこと。それが問題を抱える刑事裁判を変え、司法全体を変えていく一歩になる。

2009年5月22日 毎日新聞

とか書いていた毎日新聞社会部長小泉敬太さんは、その「一歩」ごとに他人の運命を誤る可能性のあることをもうちょっと考えましょう。てゆうかこの手のお気楽な発言が、立場上「裁判員制度」を擁護しなければならない職責を持った人に散見されるのは興味深い現象です。

◇安心してほしい−−仲家・地裁所長

 仲家所長は「設備を整え、重大な裁判を運営するパートナーである裁判員や候補者の方々のおいでをお待ちしている。負担を軽くする工夫をしているので安心してほしい」と呼びかけた。そして「裁判員を経験した皆さんが『裁判がよく理解できた』『評議で自分の意見を言えた』などの実感を持ってもらえるよう努力したい」と抱負を述べた。

2009年5月22日 毎日新聞 福岡都市圏版


いや、別に遊びに行くわけでもなければオマンコしにいくわけでもないので「パートナー」とか言わないでもらいたいものです。「負担を軽くする工夫」は有り難いものかもしれません。しかし「『裁判がよく理解できた』『評議で自分の意見を言えた』」なんてことで満足してもらって良いんですかね。これはむしろ「パートナー」ではなくて単なる「見学」とか、「研修」とかいうもんでしょう。まあ実際には素人ですから、裁判員をやった結果が「裁判がよく理解できた」というものであったり、「評議で自分の意見を言えた」ことが非常に満足感を与えるものであったりすることは当然考えられるんですが、そのわりには連中のしでかすことの結果というものは人が死んだり閉じ込められたりというものであって、これは裁判員の「実感」に比べてあまりにも重大すぎるような気がしますけど。

◇迅速的確に立証−−清水・地検検事正

 清水検事正は「裁判員が確信を持って判断できるようになれば、人を裁くことへの不安も解消されるはず。迅速で的確に立証したい」と決意を表明。「公判だけではなく、自らも捜査して起訴すべきかどうかを判断するのが職務」とした上で「容疑者・被告の人権などにも十分配慮し、証拠のない者は起訴せず、有罪の確信があり、真に処罰する必要がある者のみ起訴してきた」とアピールした。

2009年5月22日 毎日新聞 福岡都市圏版


すいません同じ記事の続きです毎日新聞ばっかりでごめんなさいでも「容疑者・被告の人権などにも十分配慮し、証拠のない者は起訴せず、有罪の確信があり、真に処罰する必要がある者のみ起訴してきた」ってオモシロいでしょ?オモシロくない?僕はこの発言は「単に」オモシロいものと思いましたのでここに引用させていただきました。「容疑者・被告」はおろか目撃証人の「人権など」にも「十分配慮」していることはよく知っているつもりです。10分くらいはそのことについて思いを致す、と。

裁判:強制わいせつ無罪判決 「目撃証言と髪型が違う」 捜査手法にも疑問呈す 福岡地裁

 帰宅中の女性(当時21歳)の身体を触ったとして強制わいせつ罪に問われた男性被告(40)の判決が19日、福岡地裁であった。林秀文裁判長は「事件当時の被告の髪形と被害者が目撃した犯人の髪形には看過できない食い違いがあるなど、被害者の犯人識別供述には信用性がない」として、無罪(求刑・懲役2年)を言い渡した。

 判決によると、被告は06年11月4日午後6時すぎ、福岡市西区のマンション1階の郵便受け付近で、帰宅中の女性の胸や尻などを触ったとして起訴された。

 林裁判長は「被害者は、犯人の髪形が真ん中分けであることを明確に記憶していた」としたうえで、「犯行時刻直前に被告が買い物をしたスーパーの防犯ビデオではリーゼントだった」と髪形の食い違いを認定。さらに「スーパーから現場に到着できる時刻から犯行開始までに1、2分しかなく、髪形を変える(時間がない)問題なども生じる」と指摘した。

 また、警察官が被害者に被告を見せて確認させる「面通し」「面割り」についても言及。複数回行ったが、いずれも被告だけを見せたことに触れ「目撃者に暗示を与え、予断や先入観を生じさせる危険性がある」と、手法に疑問を投げかけた。

 被告の弁護士は「本人は裁判所に感謝していた。判決は『単独面割り』という手法に警鐘を鳴らした点に意義がある」と話している。福岡地検の吉浦正明・次席検事は「判決文をよく検討して上級庁と協議のうえ適切に対応したい」とコメントした。【和田武士】

2009年5月20日 毎日新聞


問題はこの清水さんが、これだけ裁判員制度への不安と疑問が渦巻く中で平気な顔をして「迅速」とか言える、その辺の神経が極めて興味深いものがある、ということです。「迅速」と「的確」が両立し得るのか、というのは清水さんに親切な問題設定です。いままで別段「的確」であるとは限らなかった「職務」が、「迅速」を求められる中でその「的確」さをより確かならしむるのは如何にして可能か、というのは清水さんが我が意を得たりとまたもや喋り出すには格好の質問です。間違いなく小一時間は聞かされます。

まあ確かに裁判員諸君は市井の労働者であり生活というものがあるのですから「迅速」は望ましいことでしょう。しかしながら「迅速」はなにも裁判員諸君の都合を考えてのことではありません。時と場合によっては国民を徴兵してそのまま帰らない、というようなことを平気でやる国家がてめえらの都合なんて考えてくれると思うか?事情は全く逆です。「迅速」の理由付けのために裁判員が存在するのです。分かりやすく言うと「迅速」とは証拠の制限のことです。検察側が審理を完全にコントロールするのがその目的であり、最終的には司法の廃絶を目指します。検察の「求刑」がそのまま「判決」となるような門田さんのパラダイスであり検察の約束の地では完全なベルトコンベア式の犯罪処理が実現します。検察にとっては裁判官はそのプロセスに介入するノイズでしかありません。裁判員は検察にとってそれ自体がノイズを減衰してくれる可能性がありますが、さらに裁判官による証拠調べを妨害する機能も備えています。公判前整理手続によって採用される証拠は調べる余地もない程に確実なものとなっているのですから、もはや裁判員も裁判官もお飾りです。したがってやっぱり西内裕美さんが全部担当しても差し支えはないのですが、彼女は今年は「婚活ロボット」になってしまいましたんでどーもちょっとナンだ。


posted by 珍風 at 21:42| Comment(2) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
relax!

イイですね! ところで、珍風さんとこでマジメな話をして恐縮ですが、今週のマル激見てビックリしたのが社民党の党首夫妻(どちらも弁護士)が裁判員制度を容認しているとのこと。神保さんの見立てだと「55年体制を知る政治家は右も左も賛成しているが、実は同床異夢。これはかなりヤバイ状況」だそうです。左の人からすれば司法権力に少しでも市民の感覚が入るからカイカクっつーことでOK。もちろん右の人は大歓迎。

で裁判員制度。イマイチ理解できていない私から見ても、これはもう「ワイドショー裁判=人民裁判」の除幕式に尽きると思うのですが、どんなもんですかね。まあ熱くなっても仕方ないので、肩の力を抜いてあの世に逝くまでは考察してみたいと思います。Let's relax!
Posted by や.き太郎 at 2009年05月25日 22:17
「評議」が密室で行われ、しかも厳しい「箝口令」が敷かれている点からみると「左」の人は楽観的すぎます。裁判官にとっては評議の誘導の手腕が評価に繋がるんでしょう。これは確かに今までの裁判官の仕事とは違いますが、どうせ相手は裁判はおろか裁判所に来るのも初めてでどうして良いか分らずにオロオロしてる連中ですから、「専門家」としてデカイ顔をしていれば何とかなりそうです。まさか裁判員は数珠を投げたりしないだろうし、今までと同じですからリラックスしていきましょう。一方裁判員になるかも知れない国民諸君は「自然体」で死刑判決を下す練習を各自で行うこと。見つからないように。見つかった人は裁判員の参加する裁判の被告人となりますから折角の練習が台無しです。
Posted by 珍風 at 2009年05月27日 14:51
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Tracked: 2009-05-23 16:43

民主党新代表に鳩山氏、エコポイント、裁判員制度スタート
Excerpt: A:なふぁはわふんほ、はすふしふぁほうはいいよ。N:何言ってんだか分んないからマスク取れよ。A:中川クンも、マスクした方がいいよ。N:確かに新型インフルエンザが国内でも広がっているけど、マスコミは少し..
Weblog: 謙遜と謙譲の音楽
Tracked: 2009-05-25 22:25
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