2009年06月13日

「平和を愛する諸国民」なんていない、と言う平和を愛さない国民はどこの国民だ

憲法審査会:規程、衆院で可決 与党、野党分断狙う

 衆院は11日の本会議で、衆院憲法審査会の委員数など運営手続きを定める審査会規程の与党案を、自民、公明両党などの賛成多数で可決・制定した。野党各党は反対した。ただ、与党は今国会で審査会委員を選任しない方針で、野党が過半数を占める参院では、規程制定の動きはない。国会で審査会が動きだすのは、次期衆院選後にずれ込む見通しだ。
 憲法審査会は、07年5月の国民投票法成立を受けて衆参に設置された常設機関。憲法改正の発議前に、改憲原案を審査し、各院本会議に提出する。審査会規程は、与党の国民投票法の強行採決に野党側が反発し、制定が先送りされてきた。来年5月の同法施行まで改憲案の提出・審査はできず、与党が制定を急ぐメリットは少ない。与党側の強い姿勢には衆院選を控え民主党との対立軸を明確にするほか、護憲の共産、社民両党と民主党との野党共闘のもろさをあぶり出す狙いがある。
 11日に制定された規程は(1)審査会の委員数は50人(2)国会開会中・閉会中を問わず活動できる(3)議事は出席委員の過半数で決める−−などと定めた。【木下訓明】

2009年6月12日 毎日新聞


鳩山邦夫さんを追い出していよいよ切羽詰まったアホ太郎政権ですが、「民主党との対立軸」が「改憲」ではとても選挙は戦えないような気もしますが。「北朝鮮に攻め込むから改憲するぞ」というマンガそのものでしかない呆れたウワゴトに国民がついて来るかどうか。

民主党の鳩山さんが改憲派であることに抵抗を感じる人は「護憲の共産、社民両党」に投票することになるかも知れませんが、自民党の票が増えるわけではありません。「野党共闘のもろさをあぶり出す」ことは結果として「野党共闘」の中の「護憲」成分を増やす結果になります。

実際には「野党」同士はおろか民主党内部でも「改憲」については意見が分かれていますし、それは自民党の内部でも同様です。「改憲」をこのように政局に用いるのもどうかと思いますが、考えてみれば他の利用法はありません。先の総選挙でいい気になってしまった自民党を始め、一時は「改正案」が出て来たりしたもんですが、どれもこれも箸にも棒にもかからないようなシロモノで、「押しつけ」でも何でも今の方がまだマシだとしか考えられない惨状を呈していたのは記憶に新しいところです。

ところで「押しつけ」論を振り回す人は、当然英文の「THE CONSTITUTION OF JAPAN」が「ホンモノ」で日本文の「日本国憲法」はその翻訳だと思っているんだと思いますが、そういう人に限って英語が読めないのは渡辺昇一さんに限ったことではないようです。もちろん米国留学の経験がある鳩山(兄)さんも例外ではありません。

彼の「憲法会思案の中間報告」の中で「楽観的な国際認識」として挙げられていた、前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」というところですが、「改憲」論者によれば世界中どこを見渡しても「平和を愛する」国家が存在しないことをもって、この文を単なる誤謬として片付ける傾向があるようです。ところがこれは「国際」認識を記述した分ではありません。

「国際」というのは国家と国家の関係のことですが、憲法前文で「信頼」をおくことにしているのは、どっかの「国家」ではありません。それは「諸国民」であって「諸国家」ではないんですから、そんなことは分り切ったことではないかと思われるのですが、世の中には「国家」と「国民」の区別がはっきりしていない人がいるものです。例えば「ナショナリスト」などはそのような迷妄にとらわれている可能性があります。

英語だと「the nations」が「諸国民」と訳せますが、「nation」の語は政治的共同体そのものおよびその構成員に使用出来ます。だからといってどうと言うわけではなく、「改憲」派諸君が日夜枕頭において熟読玩味すべき「THE CONSTITUTION OF JAPAN」では、「平和を愛する諸国民」は英語で「the peace-loving peoples of the world」です。「peoples of the world」が「諸国民」だというのは、かなり曖昧な翻訳であるとしか言いようがありません。ちょっと「和風」にアレンジしてみました、といったところでしょうか。日本人は憲法に「people=人民」が登場するのを嫌ったのです。

まあ、ちゃんと訳すと「全世界の平和を愛する人民」とか?「人民」がヤだったら「全世界の平和を愛する人々」にすればよろしい。このように意味を明確にすると、全世界の平和を愛するとはいい難い諸国家の行動はこの文と矛盾しません。中国がガス田で北朝鮮がミサイルでもいいわけで、「国家」はあまり平和を愛好しないものですから、そんなものには最初から「信頼」をおかないことにしているというだけの話しです。ちなみにこれは「国連」に価値を置くものでもありません。ネーションがユナイテッドしてもアテにはならないのです。しかしそれらの国に住んでいる人々の中には平和を愛好している人もいますから、「日本国民」はそういう人たちを「信頼」するという、そういう意味になっております。

ちなみに「日本国民」は「We, the Japanese people」であって、ネーションでもナショナルでもパナソニックでもありません。憲法を制定する人民は国家に論理的に先行するので「国民」とは言わないのですが、日本人民と全世界の人民の信頼と連帯が憲法前文のテーマです。前文のもっと前の方に出て来る「諸国民」は「all nations」であり、「平和を愛する」ほうの「諸国民」とは別の言葉ですから、これには誤解の余地はありません。これではまるで非国民のようなものですが、これはいわば非国民の、したがって国境を越えた一種の政治的共同体の理念のようなものです。そっちから見ると「改憲」論者は「ガイジン」ですからガイコクに帰れ。


posted by 珍風 at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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