ところでその記者クラブというものを、当のマスゴミがどのように正当化してみせるか、というところこそ正に文筆で身を立てようという人の実力が試されるところであります。言い換えればここんところが腕の見せ所であり、各紙の実力の程がここでヘンタイのチンポのように露呈されるということになっているわけです。
しかしながら『産經新聞』は、露出狂には珍しい、極めて「女性的」な名を名乗っております。どうも餓鬼を産んだことがあるらしい。あたかも早朝のそそり立つシンボルを思わせる『朝日新聞』とは対称的であると言わねばなりません。もっとも記者クラブに関しては基本的な立場は似たり寄ったりであると考えられますので、このさいどうでもいいことです。
ちなみに婦人警官は全員子持ちです。その証拠に「婦警さん」と10回続けて言ってみて下さい。10人の婦人警官がやって来ます。警官騒動の栃麺棒みたいですが、そんなことをするのはしかし、なんといっても不経済なのですからヤメておきましょう。
その産經新聞が先月の末頃に2人の人物に記者クラブについての意見を聞いているんですが、1人は『JanJan』の竹内さんで、これはもう当然クラブ開放派です。そして一方の記者クラブ現状維持派、つまり新聞社なんかの立場を代弁するのは、帝京大学名誉教授というフレコミですが、要するに元産經新聞記者という身内中の身内、福井惇さんであります。
【金曜討論】記者クラブの開放
≪福井惇氏≫ ■一人の力だけでは難しい
●クラブ外でも切磋琢磨
−−記者クラブの長短は
「昭和40年ごろ、警視庁担当から国会担当になった。各社が社会部記者を国会へ送り始めたころ。ところが夜の番記者懇談で、有力政治家は記者を見渡して『知らん顔がある。やめだ』という具合。よく見知った政治部記者だから安心して本音を言う。一方、社会部記者は国会記者会を作って、会見に応じるよう求めたんだよ。次々に汚職が発覚した黒い霧事件だ。黒い霧解散につながった。記者クラブという単位だからこそできたのであり、そこから裏を探るのが本当の新聞記者だ」
−−それぞれ持ち場で報道した
「クラブに首までつかってはだめだ。あの10年は、米国に次いでGNP世界2位に躍り出たと同時に、一挙に問題が噴出した。羽田事件、よど号事件が起き、6大都市すべてが革新市長になり、過激派闘争も爆弾闘争へ突入した。石油ショックでトイレットペーパーが消えたときは、自分がいかに勉強不足か痛感したよ。事件以外にも目を向けようと国会記者会を作った仲間と水円会を始めた。水曜日午前7時半に20人ほどで朝飯を食う。NHKの伊達宗克氏は三島由紀夫から遺書を託された記者。週刊誌の田中健五氏は後に文芸春秋社長になった。小林陽太郎氏は経済同友会終身幹事、小長啓一氏は通産省次官に。真の記者はクラブの外で切磋琢磨(せっさたくま)するものだ」
●みな良識ある人間か
−−会見方式が変わりつつある
「だれもが取材できる制度は理想かもしれないが、ジャーナリストがみな良識ある人間だと私は思わない。平成17年、NHK慰安婦番組に政治家が介入したと朝日新聞が報道、NHK側は否定して全面戦争になった。カットされたのは、昭和天皇を有罪にする場面という。そういう放送も怖いし、それをひろって政治家をたたこうとする朝日をみて連続企業爆破事件を思い出した。あの事件は大道寺将司らが、昭和天皇を荒川鉄橋で爆殺しようとして失敗し、“侵略”の象徴として海外進出企業が標的となった。朝日やNHKにも天皇有罪に肯定的な人がいることに、大道寺と似た思想を持つ人がいるのではと危惧(きぐ)を覚えた。インチキなジャーナリストはいる」
−−最近の記者をどう思うか
「ふり返ると、朝霞・自衛隊員殺害事件で、ある記者は、捜査本部より先に過激派学生を割り出し、戦闘宣言の筆跡をたよりに定期券購入用紙から特定した。そうして突き止めた主犯の自宅近くの家具店には別の記者が住み込み、はたきを掛けながら逮捕の瞬間を待った。密着と癒着は違う。最近、秋葉原無差別殺傷事件など、人権への配慮か恐る恐る取材しているように見える。家族に迫らないと世の警告にもならない。もっと踏み込んで真実を書いてほしい」
2009年10月30日 産經新聞
せめてもうちょっと何とかならなかったのでしょうか。これは「金曜討論」であります。してみると産經新聞では毎週金曜日にこんなことを印刷して配って歩いているのでしょうか。いやもうえらい騒ぎです。
もちろん福井さんの立場上、記者クラブを擁護しなければならないのは分りますし、産經新聞もそのつもりでわざわざ福井さんの大きな写真を載せたりして金曜日の朝食を徒に不味くしているわけですが、マズイのは福井さんの顔ばかりではありません。
傲慢な政治家様が「知らん顔がある」という、どこからみてもかなり正当な理由で取材を拒否なさったそうですが、それは社会部の記者クラブがないの悪かったんだそうです。政治家様には何の罪もない。そういう大変良い態度なので皆さん出世なされて、三島由紀夫から遺書を託されたり、それから中京女子大学とかの教授になったり、文春の社長になったり、帝京大学の名誉教授になったりして末永く幸福に暮らしましたとさ。もうすぐ死ぬけど。
そればかりではありません。記者クラブには良いことがまだまだあるようです。例えば福井さんは「ジャーナリストがみな良識ある人間だと私は思わない」といい、具体例として福井さん自身が、例のNHK番組改変問題について「朝日やNHKにも天皇有罪に肯定的な人がいることに、大道寺と似た思想を持つ人がいるのではと危惧(きぐ)を覚え」るという「インチキなジャーナリスト」であったことを挙げています。記者クラブは「良識ある」ジャーナリストを排除し、良識もなく人権にも配慮しない「インチキなジャーナリスト」を護るはたらきもするのです。
これが『産經新聞』が挙げることの出来た記者クラブ擁護論です。なるほど記者クラブは権力志向の強い記者さんがエラい人と仲好くして自分もエラくなるためには強い味方であります。しかし僕たちがそんな記者さんのかいた記事を読んだところで一向にエラくなれる気配はありません。
まあ考えてみればエラい人には他の人がエラくなって自分の地位が脅かされるのをジャマしたいという動機が存在します。マスゴミ連中もグルになっていると考えて然るベキでしょう。出世した人が書いた出世本にも何らかの罠が仕掛けられていると考えて遠ざけておくに越したことはありません。カツマとか読んでいるとあんな顔になってしまうぞ。新聞なども、読むと手にインクが付くばかりではなくどんなバイ菌に感染しているか知れたものではありません。
しかしながらそんなマスゴミにも良心的な記者がいるようです。例えば、この「金曜討論」を書いているのは牛田久美さんという美人記者です。経産婦かも知れませんが渾名はギュウちゃん。知らない人が読んだらギュウちゃんはマスゴミの総意に従って記者クラブの必要性を書いているんだと思うかも知れませんが、しかしその「必要性」の根拠は異常なほど説得力を欠くものです。これはギュウちゃんがそんな書き方をしているのであって、決して福井さんがバカだからとかそういうわけです。いずれにしてもこういう良心的な記事を読むことによって読者は記者クラブなんぞいらね、という意見を持つことになるようになっています。さすがは天下のクォリティペーパーであります。皆さん『産經新聞』を読んだ方がいいです。そんなことやめましょう。



そう言えばくるくるパーさんは各方面からの批判にびびって報償費を一部後悔いや公開する気になったとかならなかったとか。
「ほー、しょうかい」てなもんであります。