2010年01月25日

わたしのリーク体験

北海道新聞東京編集局国際部の高田昌幸さんの『ニュースの現場で考えること』では「「リーク批判」に対する新聞の「言い分」」
http://newsnews.exblog.jp/13562517/
というエントリで、日本を代表する新聞社2社の花形記者によるリーク体験を引用しています。

先ずは産經新聞の社会部長でいらっしゃる近藤豊和さんの、リークの裏にあるちょっといい話し。

 捜査畑で辣腕(らつわん)をふるったある検察幹部は、何かを問い掛けると、「足で稼いでこい」と言うだけだった。別の検察幹部は、同僚記者が雨中に官舎前で待っていると、ずぶぬれの足元を見て靴下を手渡し、何もしゃべらずに、玄関の中ににまた消えたという。
 「検察のリーク」「検察からの情報による報道の世論誘導」…。こうした指摘の根拠を知りたい。

2010年1月21日


根拠は近藤さん御自身です。そして讀賣新聞論説委員の藤田和之さんの涙なくしては聞けないリークの苦労話。

 「関係者」の中でも、検察官の壁は特に厚い。無言か、「知らない」。寒風吹く中、質問内容を忘れるほど震えつつ5時間待った結果が、わずか数十秒のこうしたやり取りだ。その繰り返しである。
 政治家も、記者と同じ取材を1週間やってみればよい。その上で「検察リークを確認した」と言うなら、その言葉に耳を傾けよう。

2010年1月23日


お寒かったでしょう。まあ、その甲斐はあるんでしょうけど。お二人とも、実は「リークはない」と言っているわけではありません。近藤さんの同僚が雨の中を立ち尽くし、藤田さんだか誰だかがお寒い中で5時間も待っていたというのも、ただただリークを待っていたからに他なりません。

仮に検察官がリークをしないものであれば、こんな苦労、てゆーかはっきり言って時間のムダですが、そんなことをしている必要はありません。どっか別のところに取材に行くとか、帰って寝ちまうとかすればよろしい。雨が降ろうが寒かろうが、それはムダな動きでしかなく、同情の余地もありませんし、そんなバカなことをやっている連中の給料を払うために新聞代を払うのは真っ平です。

しかし実際にはリークは行なわれるのであり、だから悪天候にもかかわらず記者さんたちは待ち続けます。それは決して簡単なことではありません。しかし連中には、お役人様からおこぼれを頂戴して紙に書くくらいのことしか出来ないので仕方がないのです。その他のことは不可能なのであって、事は単に簡単だとか大変だとかいうことではありません。可能な事と不可能な事があるのです。

しかし、マスゴミがリークをそのまま書いているとすれば、それはやはりある意味で「簡単」なことです。検察官はそうはいきません。彼等はマスゴミと違って、聞いたことをそのまま喋っちゃうのではないのです。記者さんたちが外で待っている間、検察官たちは暖かいところでお茶を飲みながら談笑しているわけではありません。

おそらくその間に、リーク情報が作られます。今日は何かを話してあげられるかどうか、話してあげるとしたらどんなことを言うのか。検察官たちは取調室から出て来てそのままを記者に放り投げるようなぞんざいな事はしません。たとえ短くとも、彼等の情報は思惑と利害のこもった温かな手作りの創作物なのです。それを頂戴するとき、記者さんたちは喜びにうち震え、暑さも寒さも忘れて、喜び勇んで口にくわえて社に帰り、丁寧に傷つかないように、そっとそのまま書いちゃうのでした。そんなもの犬にでもくれてやれば良いようなもんですが、犬が犬から貰ったんだからどうすれば良いのか。川に向かって吠えるなよ。


posted by 珍風 at 05:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
えー、この件に関しては日頃仲が悪い(と思われる)サンケイと朝日も社説なりなんなりで異口同音で「リークなんてない」「原口大臣の発言は報道の自由を侵すものだ」なんてやっているのが微笑ましいですね。うん、仲善き事は美しきことかな。どぉせなら「ウチの情報は真っ当だが、あっちのはリークだ」「いやアソコのはおかしい」なんてやってくれると外野的には楽しいんですが、皆さん一致団結じゃぁツマンナイですね。まぁそこらが身内意識と言うか何と言うか、どこの世界でも似た様なもんでしょうが。そう言う意味ではこの北海道新聞の方はリッパですね。良くも悪しくも地方新聞。是非稲毛新聞とやらにも頑張って欲しいものであります。
でマジメな話、法的にはどうか別にして、西山記者の沖縄密約問題露見みたいなこともあるしリークはあっても良いんじゃね?と思っとるわけですが、それより何よりその情報の信憑性を疑いもせず(若しくはとっても意識的に)垂れ流すことの方が罪が重いとアタシは思うんですが、どんなもんで松花堂弁当。だって読むのが「相当数が大脳皮質で冷静に判断する能力をお持ちでない」とカメちゃんに言われちゃう国民なんだしね。
Posted by ika@新聞とってませーん at 2010年01月26日 13:04
地方紙界の白眉『稲毛新聞』は正月早々一面に「千葉創価学会」の広告を掲載して頑張っております。もうお互いに「なりふり構わぬ」って感じで、どうも大変に痛々しいわけですが、他のクライアントが逃げて行くのではないかと、若干心配しております。まあどうでもいいですけど。

で、悪梛さんがその「新聞」に問題のビルに関する記事を「書かせた」わけですが、いわゆる「リーク」ってのはそれと同じような事ではないかと。西山さんのは相手が隠したがってる事を(なにしろ「国家機密」だ)暴くんだからちょっと違うようです。

しかしながら西山さんにおいてそれが可能だったのは、何も西山さんが人並みはずれた美男子だったからではなく、普段からマスゴミと官僚との間にナレアイ的な関係があったという背景があってのことでしょう。出会いのチャンスはもとより沢山あったというわけです。

そこで「リーク」は、マスゴミが西山さんみたいな事をするための条件である限りにおいて、まあ仕方ないか、という程度には容認されるでしょう。そのかわり読者は、普段は毎朝配達されて来る「古新聞」をトイレットペーパーと交換する事を繰り返さなければなりません。金のエンゼルよりも確率は低いかもしれんが。
Posted by ご町内の皆様糞紙を糞拭き紙と交換致しま珍風 at 2010年01月28日 05:34
もう知ってると思うけど、検察が石川の取調べでこういったらしい。

http://d.hatena.ne.jp/Tony_Shikaku/20100126/1264512919
「あの女の秘書、小さな子供がいるんだろう。(事情聴取に)呼ばれたら、困るんじゃないか?」(P24)

いやー、警察検察が、「事情聴取に呼ぶ」ことが脅迫として機能している現実を自覚していたとは驚きですなぁ。
あの密室の中で何が行われているのか、興味が尽きないねぇ。
Posted by gen at 2010年01月28日 21:15
「検察も権力である」。警察や検察や軍隊などの物理的な暴力こそ権力であり、他の「権力」てのはその暴力を使用する権限の事なんでしょう。

警察検察の「聴取」はそれ自体が不安を呼ぶものですが、「自覚」てゆーか、それは機能の一部です。これには密室性が大きな役割を果たしている事は間違いないでしょう。要するに「何をされるか分らない」不安、イキナリぶん殴られそうな恐怖が必要なのです。

これが単なる不安に留まるものではないようで、既に聴取を受けている人に対して、家族など他の人を聴取に呼ぶ事が心理的に圧迫を加える事になる、ということから、その人の受けている「聴取」がどのようなものであるか想像がつこうというものです。
Posted by 密室で若いママさんを珍風しちゃった! at 2010年01月29日 06:56
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