2010年02月01日

警察官24時間

時効撤廃―人権の重さを賢く法に

 殺人など死刑にあたる罪の時効を撤廃し、強姦(ごうかん)致死や危険運転致死などの罪についても今の時効期間を倍に延長する。長く議論されてきた「時効」について法務省が改革案をまとめた。今国会に法案が提出される方向だ。
 未解決のまま時効を迎える殺人事件は年に50、60件を数える。時効制度は明治初期にできたが、捜査の手法や技術、そして被害、加害をめぐる社会の人権意識は大きく変わった。時代変化の中での改革案を支持したい。
 時効の撤廃をめぐってはなお、さまざまな考え方があるが、大事なことは国の法制度として犯罪にどう向き合うかということだろう。
 時効を見直すことで、犯罪を許さないという強い姿勢を示す意義は大きい。再犯や類似犯罪を防ぐという意義もある。欧米ではすでに重大事件の時効を廃止している国が少なくない。
 難題は残る。時効見直しを過去の事件にもさかのぼって適用するかどうかだ。法務省案では、実施時点で時効になっていない事件にも適用するとしている。これも一理ある。
 だが、ある時点で法的に許された行為はさかのぼって罰しない、という憲法の原則に照らして妥当かどうか。時効の撤廃や延長は処罰にあたるのではないか。国会での真剣な憲法論議を望みたい。
 時効制度の変更にあたって法務省と国家公安委員会に望みたいのは、冤罪を防ぐ制度も同時に整備することだ。
 時効制度が許容されてきたのは、発生から長期間が過ぎると証拠が散逸してしまい、公正な裁判が難しくなるためだ。近年、DNA型鑑定の精度が飛躍的に上がったため、現場に残された犯人のDNA型を保存しておけば、時間がたっても容疑者を特定できることが可能になった。このことが時効撤廃論に弾みをつけた。
 捜査中に採取したDNA型の試料は、再鑑定に十分な量を最適の環境で保管することを、捜査当局に法的に義務づけることが必須だ。法務省はそのための法的な検討を並行して進めてもらいたい。
 犯人とは別人のDNA型が紛れ込む恐れもある。犯人ではない人が逮捕、起訴されても、アリバイなど無罪を立証する証人はすでに亡くなっていて、DNA型鑑定をもとに自白を迫られるという事態が起きかねない。
 DNA型鑑定を過信してうその「自白」を強いたために起きた「足利事件」のような冤罪は、二度とあってはならない。それを防ぐには、一つには、取り調べの様子をすべて録画・録音する全面可視化を、同時に法制化することだ。捜査の誤りをできるだけなくすために、可視化の対象は容疑者だけでなく、未解決事件の被害者や目撃者まで広げるべきではなかろうか。

2010年1月31日 朝日新聞社説


DNA鑑定が時効撤廃の口実に使われている事は皆さんよくご存知でしょう。さすがに現在では足利事件当時よりも精度は向上しています。科学の進歩というのは素晴らしいもので、今後ますます精度が高まっていくことでしょう。科学のフロンティア、てゆーか足りないところは常に存在するのです。あまり頭から信用してはいけません。

というような事はともかく、この「社説」は実はDNAの話しをしているわけではありません。どうかすると「時効撤廃」の話しも枕に過ぎなかったりします。鑑定の制度がどこまで上がろうとも、それはあまり大した事ではないのです。なぜなら「犯人とは別人のDNA型が紛れ込む恐れもある」からです。そしてここにいう「犯人とは別人」というのは、次のセンテンスでいうところの「逮捕、起訴され」た「犯人はない人」その人であることは明らかです。

多くの冤罪事件で、警察による証拠物の操作が行なわれた形跡があります。重要な証拠物件は、決まって一度探したところから忽然と現れます。警察では誰かが時空を掴んでいるか、さもなければ買い物しようと町まで出掛け、裏金忘れて出直して、ペンとか鞄とか洋服を買って来ては味噌漬けにしたりしているんでしょう。しかしいくら裏金といっても、お金がかかるのは困ったものです。

その点、「犯人ではない人」のDNAは安いです。ほとんど無料だといっても過言ではありません。それに遺留品などから犯人のDNAをめっけて来るよりも簡単です。それは捜査員の目の前に豊富に存在します。血液型よりも容易ですし、指紋のように粉に塗れる心配はありませんが、排泄物を大事に持ち帰ることも必要になるかも知れません。しかし1日をどこかで過ごせば、人はDNAを残していくものです。これは警察にとっては何よりの御馳走になるのです。

と、いうようなことがこの「社説」には書いてあります。マスゴミには珍しく、あまり警察を信用していないようですが、警察としても時効撤廃は業務負担の増加に他なりません。ろくに捜査能力もないのに昔の事件に人をとられるし、DNA鑑定のおかげで証拠物の保管にはよりコストがかかる事になったうえ、保管期間が原則無限になるわけですから、警察に取っても時効撤廃は歓迎してばかりいられる事態ではないでしょう。

なんていうふうに、各方面に対する気配りが絶妙な「社説」ですが、そのようにしてようやく、「全面可視化の法制化」ということを書いても良いことになるわけです。オマワリは信用ならんからDNAもアテにならん、取調べを可視化しろ、ついでに被害者や目撃者の証言も捏造するに決まってるからそれも可視化しろ、というような身も蓋もない書き方をしてはいけません。

もっとも、オマワリさんは被害者や目撃者を警察署に呼びつけて聴取するだけではなく、それ以外の場所でもそのような人々に接触しますから、「可視化」には限界があります。そして人は誰でも隙間を狙って大切な事をやってのけるものなのです。ある人妻は五月蝿い姑の目をかいくぐって、日常の買い物の合間に15分くらい恋人とカーセックスをして帰って来るくらいですから、オマワリさんなどはもっと有効に時間を使う事でしょう。

したがって本当は「全面可視化」とはオマワリさんの行動を24時間記録することでなければなりません。警察はそんな事はおイヤでしょうが、そんなに嫌がるとは、さてはもしかしてさっきの人妻の相手は君か。しかしそうでもしなければいくら警察が捜査しようが検察が起訴しようがその論告はたんなる「おはなし」でしかありません。まあ浮気ぐらい大目に見るさ。こっちはオマワリさんのプライヴェートな人間関係が捜査に及ぼす影響にも興味があるんで。


posted by 珍風 at 11:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
朝日は1年前と全く逆の主張をしていますな。

時効見直し―多角的な議論をもっと

(cache) asahi.com(朝日新聞社):社説 2009年5月31日(日)
Posted by よしだ at 2010年02月01日 23:07
そればかりか、実は不遡及原則を掲げた憲法第39条について「真剣な憲法論議を望みたい」なんて書いてあります。法の不訴求は単なる憲法の文言であるに留まらず、近代法の原則でありますが、これをだた「改憲」すりゃそれでオッケーさ、というのは些か不見識な御意見であると申せましょう。

「冤罪を防ぐ」のは権力を洗練することであるに過ぎないのですが、日本の警察のレベルが低すぎるので、そのことが大きな問題になっちゃう。しかし一方で権力は法によって制限しなければならないのであって、権力が「犯罪」を利用して制限をかなぐり捨てることは許されるものではないでしょう。権力が洗練されていなければ尚更ですが、洗練されていれば益々です。
Posted by 15 Minutes of Fuck珍風 at 2010年02月02日 10:18
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