2010年04月10日

村で2番目のモダンボーイ

名張 地元住民は困惑


 事件現場となった三重県名張市葛尾地区の住民たちは、奥西勝死刑囚を「犯人」として心の平静を保ってきた。奥西死刑囚の再審の可能性が生まれ、「それでは誰が犯人なのか」「もうそっとしておいてほしい」と困惑の声が広がった。

 半世紀前の事件当時に十八戸あった集落は現在、十四戸に減った。事件現場の公民館は一九八七(昭和六十二)年に取り壊されゲートボール場になっている。

 奈良県山添村側から懇親会に参加し、ぶどう酒を飲んだが助かった浜田能子さん(78)は「亡くなった人や今も苦しんでいる人を思うと複雑です」と伏し目がちに語った。「再審になっても完全に気持ちが晴れることはないと思う」という。

 ぶどう酒を飲んだが、一命を取り留めた植田民子さん(79)は「小さな集落でみな家族同然の付き合いをしてきて、静かな環境が戻ったのに」と今回の決定に戸惑いを隠さない。「五人も亡くなっているのに、いつまでも裁判が続くのか」

 やはりぶどう酒を飲んだ神谷すづ子さん(83)も「五十年たって真犯人が出てくることはない。残り少ない人生を静かに暮らしたいのに」と顔を曇らせた。事件で姉を亡くした神谷武さん(72)は「奥西死刑囚が事件のカギを握っていることは間違いない。無罪ならやっていない証拠を示してほしい」と話した。

2010年4月7日 東京新聞


この事件で目立つ点は、周囲の人の証言が事件直後から2、3日後くらいまでと、2週間経過した時点とで大きく変わっている点でしょう。オマワリさんがムリヤリ証言を変えさせたのはわかりますが、心ならずもウソをついて奥西さんを死刑台の手前まで追いやっちゃったわけです。もともとそんな悪い人たちでもないでしょうから、およそ50年の間「完全に気持ちが晴れる」ことはなかったんでしょう。

名張市によると葛尾地区には15世帯42人(男性20人、女性22人)が住んでいます。昔の小学校の1クラスの人数です。当時は100人程度いたわけですが、出て行くことはあっても入って来ることは滅多にないんでしょう。つまり現在の住民で事件当時に存在しなかった世帯はないか、極めて少ないものと考えられます。

変更された証言とはぶどう酒を売った酒屋による販売時間に関するもの、ぶどう酒を購入した人によるそれを会長宅に届けた時間に関するもの、及び受け取った人による受け取った時間に関するもの、公民館にぶどう酒を持っていく奥西さんに同行した女性による公民館の状況に関するものです。

これらの証言者の氏名は現在のところ不詳で、てゆーか当時の新聞でもみればわかるんでしょうが、「小さな集落でみな家族同然の付き合い」をしている地域ですから、虚偽証言を強いられたことはみんな知っているんでしょう。秘密の共有が地域の結束を高めたかどうか知りませんが、いずれにしても現在の住人のうちの誰かがこれらの証人もしくはその家族や子孫であるという可能性が極めて高いわけですから、心穏やかではありません。

毒ぶどう酒事件の「解決」というのは、警察の主導による地域住民との合作によって「下手人」を出す、というものでした。ところが問題は白羽の矢が立った奥西さんだけがそれに納得しなかったということです。地域で話し合いをして奥西さんに「悪いけど頼む」ということでやれば良かったんでしょうが、他所からオマワリさんが来て勝手に話をまとめてしまったのが良くなかったんでしょう。

警察としては地域のみんながそういうことになってるんだから奥西さんも受入れるだろうと希望的観測を行ったものと思われますが、奥西さんは「そりゃおかしい」ということに気がついて否認に転じてしまいました。現在ではこういう人を「空気が読めない」といいます。

否認に転じたところで奥西さんは自分を地域から切り離すことになりました。もう地域の人間ではありません。この間まで牛を散歩させていたのに、もう「ムラビト」ではなくなってしまったのです。地域の方でも奥西さんちを排除します。始めのうちは「加害者家族」を庇っていたのですが、奥西さんが否認に転じると口をきかないようになり、石を投げつけて追い出し、墓を掘り返して捨ててしまいました。そして証言を変更して「静かに暮らし」ましたとさ。

「五十年たって真犯人が出てくることはない」でしょう。時効ですから。公訴時効制度について「処罰感情の希薄化」とか「犯人の社会関係の保護」なんていう理由もあると言われておりまして、しかしこれはあまり説得力のある議論ではないと思われるのですが、このような事例ではそれが成り立ってしまうようです。

もっとも、別の人間が間違って犯人とされていた間は時効を停止する、という考えもあるようですし、重大事件について時効を廃止し、しかも過去の事件に遡及するなどという思いつきもあるようですから、奥西さんの無罪が確定すると再びオマワリさんがやってきて、爺さん婆さんをしょっぴいて紙に字を書いて踏ませたりするようになるのかも知れません。

真犯人の追究は「正義」に他ならないんでしょうが、「正義」は別として、ウソをついた村人たちの事情を無視するとしても、多くの重大犯罪において犯人に常習性がないことを考えると、「真犯人」を捕まえたりすることが必ずしも世の中のためになるわけでもないようです。それは被害を回復することも将来の被害を予防することも出来ませんから、何のためにやってるのかよく分からなくなったりもするのです。しかしだからこそ、警察が自らの存在を正当化するためには、それは必要なことであるかも知れません。

したがって冤罪を作り出した警察に何食わぬ顔で「再チャレンジ」する機会を与えることは、なんだか納得のいかない話です。警察は不名誉に甘んじ、以後こういうことのないように気をつけるようにすれば良いのです。一方、地域の方でまた改めて「真犯人」をめぐって疑心暗鬼に陥るかどうかは分りません。僕はその可能性はないんじゃないかと思っています。

しかし必ずしも「真犯人」に興味がないわけではありません。村の女共皆殺しを企んだ真犯人こそ青シャツに真っ赤なネクタイもつけず、山高シャッポもかぶらずロイド眼鏡もかけず、ダブダブなセーラーのズボンを穿いていないとしても、村中で一番のモボだった可能性があるので。


posted by 珍風 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2010-04-10 14:49
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