2010年07月17日

ヤリ部屋で女の子の一番大切なものを脅し取る。キモチー!

議員定数半減案を提出へ 大阪市議会で橋下派の維新会派、9月議会で


 11日の大阪市議補選(生野区、欠員1)で圧勝した地域政党「大阪維新の会」(代表、橋下徹大阪府知事)の市議会会派「維新の会市議団」が、9月開会の定例市議会で議員定数を半減させる条例改正案を提出する方針を固めたことが12日、分かった。

 すでに3月の定例議会で最大会派の自民のほか、公明、民主が提出した定数3減の条例改正案が可決されており、所属議員12人の維新が提出する改正案の可決は現時点では困難な情勢だが、来年春の統一地方選に向け、改革の姿勢を鮮明に打ち出す狙いがあるとみられる。

 同市議団幹部によると、条例改正案は定数を現在の89から44〜45まで一気に半減させる内容。選挙区ごとの削減数もほぼ固めているという。加えて、現在実施している月額102万円の議員報酬の5%カットを、30%カットにする条例改正案も同時に提案する方針だ。

 この幹部は「大阪市議会の改革は非常に遅れており、一気に“近代化”を進めたい」と話している。

 橋下知事は11日夜、生野区の市議補選で維新の会の候補が圧勝したことを受けて、「(参院選で大敗した)民主党も相当なことをやったが、有権者は本当に厳しい。維新の会も心して9月議会をやらないとそっぽを向かれる」と話していた。

2010年7月13日 産経ニュース


最近では議員定数を削減したり議員報酬を削減したりする事を主張するのがハヤリのようですが、なんだか根拠が曖昧なのが困ったものです。どうして「半減」なのか、考えようによっては10分の1にすることだって考えられるではないですか。

議員定数に関しては議会内多数派が民意の反映として意味を持つようになるための数はどんくらいか、とか、少数意見を反映させるためには議会にどれだけいれば良いか、とか、議員定数によって「少数意見」の「足切り」が行なわれることになるんですが、それをどの辺で切るのがダトーであろうか、というようなことも考えないとイケナイみたいですが、単に「半減」などと言ってしまうと、アタマの粗雑な人がイイカゲンにブチ上げたデタラメの思いつきにしか見えません。

阿久根市では例の市長が議員を「日当制」にしたようですが、この場合は単に議会が敵対的であるから兵糧攻めにしようとしているだけですから、話になりません。ちなみに議員さんというものはお金持ちである場合が多いですから、そんな事で敵はへこたれないと思いますが。

ちなみにお金持ちといえば今では「みんなの党」なんだそうで、ヨシミさんもだいぶ稼いでるし、東京のコーヒー屋も金に飽かせて夜な夜な「みんなでどう?」とか「ヘンなのどう?」などと言ってオルグ活動に余念がないとか雑念があるとかなんだかわかりませんが、

1.国会議員の数を大幅削減し、給与をカットする
•衆議院議員は300人(180減)、参議院議員は100人(142減)に。参議院には都道府県知事など地方を代表する議席枠を創設。将来的には憲法改正時に衆参統合による一院制を実現。
•国会議員給与を3割、ボーナスを5割カットを即時実施。


「アジェンダ」という言葉の嫌いな人も多いと思いますが、agendaは本当は「問題」のリストのことを言います。つまり「協議事項」とか「議事日程」のことなんですが、似非アメリカ人の党ではこれが「マニフェスト」の代わりに使える、同じような意味でしかもカッコいい舶来の言葉だと思ってしまったようです。

そこで例えば「agenda」の中で、ひとつの提案として「問題」に対するソリューションを提示するとしても、それは議論のたたき台として示されるものですから、最初からそれを「飲む」だの「飲まない」だのという話にはならないはずなのです。

こういう文盲が子分ではアメリカも苦労が多いとは思いますが、僕の知った事ではありません。しかし似非アメリカ人が不自由な英語を駆使してやりたい事は、やはり阿久根市と同様に反対派の排除のようです。

というのも議会では票もあまり取れず議席も少ない党の議員が実に良く働いていて、何だかんだと調べて来ては都合の悪い話をみんなの前で大声でしてくれたりするのです。まあ日共のことですが、これが実に邪魔であろう事は容易に想像がつきます。

民主党がこのマネをしようとして極めて悲惨な事態に立ち至ったことも記憶に新しいわけですが、少数党は無闇に頑張ったりして多数党を脅かすことがあるので、これを排除出来れば万々歳であるところ、議員定数の削減によってそーゆーれんちゅーを追っ払う事が出来るわけです。

もちろん、ただ「定数を削減する」と言うと、国民としては少数意見が反映されない議会でバカ共が暴走することを心配するに決まっています。議会のバカ共は国民から信用されておらず、この「政治家不信」を利用して小沢さんを攻撃することが出来たものの、結果として「不信」は増幅して帰って来ることは予想済みです。信用されないのであれば脅かすんです。女性にそんな事しちゃいけませんよ。国民相手ならかまわないようですが。

ヨシミさんの「消費税」の使い方は、恐喝におけるナイフの使い方として巧妙なものです。映画じゃないんですからよく見せてライトをギラリと反射させたりする必要はなく、ちらりと見せ、相手の身体に上手く押し付ける。相手が、自分から動くと刺さってしまう、そんな気持ちにさせること。上級者の手口であり、お金持ちにも似つかわしくないスキルです。

一方名古屋の河村市長は「議員のボランティア化」などということを言っているようです。これは「お金がかからない」ことを別とすれば、現状より改善される点は何一つありません。議員のほとんどが議員報酬の他に所得があるのであり、既に「ボランティア」のようなものなのです。落選したからといってハローワークに通う議員はいません。

そのかわり、そのような「ボランティア」をする金と暇のある人しか議員になれません。しかし、だから本当にボランティアでいいじゃないか、ということにはならないでしょう。「ボランティアに金を払っている」ことが問題なのではなくて、「ボランティアを出来る人が限られている」ことが問題なのです。

しかしながら、「ボランティア」をする金と暇が、万人に存在するのであれば話は別でしょう。生きるための、しかし余裕を持って生きるための労働に費やす時間を現状の半分以下に出来ればそれは可能ではないか。ボランティアで議員になる機会があらゆる人に開かれます。国民の一定の部分は常にそういう事に興味を持つでしょう。しかしそうなると、国民は単に投票をするだけの存在ではなくなって来るのであって、国民と政治との関係が変わってしまいます。

単に数だけ集めて、それで勝手な事をすることの正当化することが出来なくなるので、もちろん竹原さんみたいなマネは出来ないことになります。アメリカが日本の全国民を3カ月間招待する事も不可能でしょう。ヨシミさんの嫌いな少数党が、排除されるどころか逆に常に議会を包囲している状態です。河村さんがどこまで考えて「ボランティア」と言っているのか知りませんが、ボランティア参加を全員に可能にする条件がないところでは単に「金持ちが支配する」現状を強化するだけです。

てゆーか河村さんは「議員活動のための経費は自分で寄付金で集めるべき。どれだけ寄付金を集められるかは本人の努力次第」と言っているのね、名古屋で。こういうシステムが民主的であるためには所得格差が劇的にフラット化されなければなりませんが、どうやるつもりでしょうか。沢山寄付してくれる人のために働くのが「本人の努力」、というわけでもちろん一番たくさん寄付をくれるのは自動車メーカーでしょうね。とんでもない話しですが、河村さんはそこまで考えていないようにしか見えないところが、一種の「人徳」で、人気があるわけです。考えない人たちに。


posted by 珍風 at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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