2010年12月07日

“理性”排し シャブ射った法廷

「自己中心的で冷酷」 家族3人殺害で22歳男に死刑判決


 宮崎市で3月、生後5カ月だった長男と妻、義母の3人を殺害したとして、殺人罪などに問われた無職奥本章寛被告(22)の裁判員裁判の判決で、宮崎地裁は7日、「自己中心的で冷酷な犯行。責任は重大で極刑に値する」として、求刑通り死刑を言い渡した。



 裁判員裁判での死刑判決は3例目で、殺害された被害者数は最も多い。奥本被告は起訴内容を認めており、家族内での事件にどんな量刑判断を示すかが焦点だった。



 裁判員だった宮崎市の会社員が言い渡し終了後の取材に応じ「評議の投票で自分の意思を表明するときは震えた。決まった後も涙を流した」と話した。



 判決理由で高原正良裁判長は「家族生活全般にうっぷんやストレスを募らせ、義母からのしっ責をきっかけに、自由で1人になりたいと3人の殺害を決意した」と指摘。



 犯行の計画性を認め、長男を浴槽の水中に放置した後で土中に埋めたことなどを「わが子への情愛は感じられず無慈悲で悪質だ」と非難した。



 被告人質問で動機を問われた際に「分からない」などとしか答えなかったことから「反省は表面的で、内省の深まりは乏しい」としたほか、遺族も峻烈(しゅんれつ)な処罰感情を持ち続けているとした。



 その上で、死刑適用の永山基準で示された「動機」「殺害方法」など九つの要素に言及し「若年であることなどから更生可能性は否定できないが、極刑を回避すべき決定的な事情とは認められない」と結論づけた。



 弁護側は「義母のしっ責で追い詰められた」として死刑回避を求めたが、判決は「義母に行き過ぎは少なからずあるが、大きく考慮するのは適当ではない」として退けた。



 言い渡し終了後、高原裁判長は「3人の冥福を祈り続けてください」と説諭。裁判員6人と補助裁判員4人の全員が、記者会見に応じなかった。



 判決によると、奥本被告は3月1日午前5時ごろ、長男雄登ちゃんの首を絞めるなどして殺害。妻くみ子さん=当時(24)=と義母池上貴子さん=同(50)=も包丁やハンマーでそれぞれ殺害し、雄登ちゃんの遺体を自宅近くの資材置き場に埋めた。

2010年12月7日 Sponichi Annex


動機は「分からない」だったそうです。この「分からない」をどのように解釈するのも自由なわけで、「反省は表面的で、内省の深まりは乏しい」と取るのも一つのやり方です。しかしどのように解釈するにしても、動機は「分からない」ままである事に変わりはありません。

したがって判決が「家族生活全般にうっぷんやストレスを募らせ、義母からのしっ責をきっかけに、自由で1人になりたいと3人の殺害を決意した」としているのは、検察の「自由に遊びたいと思って殺害した」という作り話をそのまま取り入れただけなのですが、作り話である事には変わりはありません。「自由で1人になりたい」などという動機は存在しなかったのです。

何よりもこの「動機」は事実によって裏付けられていません。そのような「動機」を持ち、その「動機」を「解決」するという目的を持った行動であれば、それは犯行様態に反映されていると考えられますが、奥本さんのやった事は「動機」に反する事ばかりなのです。弁護側は被告人の「犯行計画」の「稚拙」を言うようです。しかし元々はっきりした目標のない行動ですから、目的に対する手段の不整合を持って「稚拙」であるということは出来ません。

奥本さんの殺害はあまりにも無防備なものです。ただ単に3人を殺害してしまったものであり、この状態では奥本さんに嫌疑がかかる事は自明なのです。それはとてもではありませんが「自由」になりたい人がやる事とは思えません。ましてや「自由に遊びたい」人がやるような事ではないのです。

判決では長男の死体を埋めた事を持って「証拠隠滅を図った」としていますが、残念な事にあと2つも「証拠」が残っています。そっちの方も何とかしないと「自由」は難しいでしょう。しかもその2つは言い逃れのしようもない他殺体なのです。長男を道連れに義母と妻が無理心中を図った、というような偽装は無理な状態です。

仮に長男の死体を埋める事だけで「証拠隠滅」が完成するとすれば、義母と妻が自宅で殺されていて長男が行方不明であり、しかも夫であり父親である奥本さんに嫌疑がかからないという犯罪が行なわれたように偽装した、ということになりますが、そこでは一体どんな「犯罪」が想定されているというのでしょうか。この場合、「犯人」は2人を殺してでも長男を連れ去らなければならなかったことになりますが、この「犯人」の「動機」が何なのか、さっぱりわかりません。

判決が認定している「動機」には根拠がないようです。てゆーか「根拠」は検察の論告なのでありましょう。検察では「その若さであの家庭環境じゃ大変だよな、自由になりたいと思った事もあったろ?」と尋ねて、被疑者が「ええ、まあ」なんて答えればそれが「動機」になります。そのように答える事はわりと普通の事だと思えるんですが、言うまでもなく検察は優れた文学のようです。無駄な言葉は一つもなく、全てが罠なのです。

判決では全てが主文を説明するかのように物語られます。それが判決の構造ですが、しかしここでは判決に至る思考が死刑を目標にしてなされていると考える事が出来ます。奥本さんが長男の死体を埋めて他の2人の死体は埋めなかった事は、長男だけは不憫に感じたものであるとも解釈する事が可能であり、むしろ「わが子への情愛は感じられず無慈悲で悪質」という判決の解釈の方が了解し難いものでしょう。判決文の論理によれば、奥本さんは死体を埋めなかった義母の方に「情愛」を感じていたことになります。

判決による「「動機」「殺害方法」など九つの要素」の解釈には無理があるようです。それは全てを死刑判決に向けて合理化しなければならなかったことによるものでしょう。「ジャーナリスト・門田隆将」さんが書いておられるように、「裁判が始まる前から「結論(判決)は決まっている」という奇妙な現象」がここでも生まれているようです。しかしこのような「無理」も、その責任は「裁判員」という責任の所在がまるで明らかではない無責任な主体に帰す事が出来るようになったのですから、裁判官は充分な根拠のない判決を書く事に遠慮は要りません。それが異常な推定に基づく強引なものであってもです。まさに「司法の世界は、裁判員制度で新たな段階に入った」と言えるでしょう。したがって、「明日以降も、裁判員裁判では難しい判断が迫られる案件が目白押しだ。しかし、それぞれの法廷でどんな判決が導き出されるか、まったく予想がつ」かないというわけではないのです。まあ「まったく予想がつかない」とすれば、その方が問題なんですが。


posted by 珍風 at 22:06| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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